よもやま 話の最近のブログ記事

寂しく哀しく、ってか


(昨日の facebookの追記・・・長いです)
昨日の書き込みでも少々触れましたが、facebook で[友だち]に
なっているミャンマー(ビルマ)人の△△△さんが、長井さん関連の
新聞記事を自分のページにアップしていました([友だち]ですから
自動的に私のページに表示される ─ まあ[友だち]でも非表示設定
の人もいるけど・・・)

http://www.asahi.com/articles/ASK9T5J33K9TUHBI011.html

そこで △△△ さんのfacebook のコメント欄に奇妙に受け取れる
書き込みを見つけました。

△△△さんの[お友だち]である日本人の〇〇さんが、この新聞記事
関連でコメントを書き込んでいました。

そこで私は、その〇〇さんに対して、問いを投げかけました。
以下、次のようなやりとりです。
(読みやすいように、私が改行を加えています)

(新聞記事に対して)
__________
 〇〇:勝手にこけた人?
 △△△:いえいえ、取材中に撃たれて、即死しました。
     ジャーナリストです。

 〇〇:△△△さん、ダジャレです。私は事件の前日デモを取材して
     いました。安全も危険も判断出来ない情けない奴と思っています。
     ミャンマーにも日本にも大変な迷惑を掛けた人。
 △△△:〇〇さん、それはないと僕は思います。
     彼は軍事独裁政権が悲惨だということを身を持って世界に
     教えた人と私が思います。
     当時、僕らは日本政府にミャンマーの軍事独裁政権を支援
     しないように訴え続けてきた時期でもあります。
     その後、ミャンマー軍事独裁政権の悲惨な状況も日本政府を
     含め、全世界に知れ渡った事もあります。

 〇〇:ジャーナリストと言え、デモ隊と軍が対峙している真ん前に
     出れば危険な事は分かるハズ。
     日本大使館も彼に注意喚起していたにもかかわらずですよ。
     私は前日望遠を使い撮影をしてその事実をWEBサイトに流しました。
 △△△: スクープ映像撮りに気が取られて、・・・
     (以下略)
--------------------
 宇田(私):〇〇さま
       これはどういうダジャレなのでしょうか?
       ご説明願えますでしょうか?
       >>勝手にこけた人?
       >△△△さん、ダジャレです。
 〇〇:コメントに書いた通りです。
 宇田(私):はい、では、そのまま引用させていただきます。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 〇〇さんとは、以上のようなやりとりがありました。

 実は、私とfacebook [友だち] であるミャンマー(ビルマ)人の
 △△△さんとは、ロヒンギャを巡って、全く意見が合いません。
 それはそれでいいと思っています。
 それでも、△△△さんは、亡くなった長井さんに対して、〇〇さんの
 コメントに対して次のように書いています。
 --------------------
 それはないと僕は思います。
 彼は軍事独裁政権が悲惨だということを身を持って世界に教えた人と
 私が思います。
 --------------------
 こう思うのが、節度ある人としての態度だと思います。
 △△△さんは、「迷惑」どころか、感謝とも受け取れる言葉を述べて
 います。
 
 それに比べて、〇〇さんは(引用は前後しますが)
 --------------------
 安全も危険も判断出来ない情けない奴と思っています。
 ミャンマーにも日本にも大変な迷惑を掛けた人。
 --------------------
 と。

 〇〇さんはミャンマー(ビルマ)住まいだとか。
 この人がこの国にどのような思い入れがあるのかどうか、私は全く
 知りません。
 ただ、ビルマ(ミャンマー)という国が、軍事独裁政権体制からまともに
 なって欲しいと思うなら、まずは、長井さんに銃弾を撃ち込んだ国軍を
 責めるべきではないかと思います。
 この国がよりよい方向に向かって欲しいと願うなら、です。
 それなのに、そのことには全く触れず、いきなり長井さんのことを
 --------------------
 安全も危険も判断出来ない情けない奴と思っています。
 --------------------
 との書き込みでした。

 私は面識のない〇〇さんを誤解しては嫌だし、言葉の揚げ足取り
 みたいなことをするのも意図するところではないので、敢えて
 ダジャレの意味を問うた訳です。
 しかし、このやりとりから感じられるのは、この〇〇さんは、要は
 ビルマ(ミャンマー)の社会のことなど結局、どうでもいいのでしょう。
 自分の言いたいことさえ言えれば、と(そう思わざるを得ません)

 昨日の私の投稿に対して対して、facebook 上の私のページで
 怒りを「ポチっ」ている人も見かけます。
 もっとも私は、怒りよりも、「哀しさ」を感じました。
 この面識のない〇〇さんに対して、です。
 
 たぶん〇〇さんは私より年上でしょう。
 しかし、そのような年になっても、多くの人の目に触れる場で、
 表現して良い言葉遣いとそうでない言葉があることを判断できないと
 思うからです。
 まあ、それはいいでしょう。
 人それぞれですから。

 亡くなった長井さんは、〇〇さんのこのような言葉に対して、何も
 言い返すことができない。 
 それなのに、なんとまあ、こんな言葉を書くのか。

 それと同時に思ったことがあります。
 それは、〇〇さんの投稿に対して、その本人に誰も忠告したり、諫めの
 言葉を伝える人がいないと思われることです(今も投稿がそのまま
 ですから)

 「おい、〇〇さん、あの投稿はマズいのではないか?
  投稿を取り下げるなり、表現を和らげた方がいいのではないか・・・」
 という、友人からのひと言がないようです。

 その〇〇さんの投稿を、彼の多くの facebook の[友人]は見ていると
 思います。
 それなのに、ほったらかし。
 誰も、真剣に対応してくれていない。

 facebook で〇〇さんの友人を見てみると、幸運なことに、直接私と
 面識のある人は、△△△さん以外いませんでした。
 (3名ほどの直接面識のない [友だち] はいますが・・・)

 この〇〇という人はこれまで、自分の周りに、どのような人間関係を
 築いてきたのでしょうか。
 そのことを思うと、心底、寂しく哀しく感じます。

 

長けりゃいいのか、ってか


 「ロヒンギャ問題」が大きく報道されるにつれ、なんかトンチンカンとも
 思える書き込みを目にするようになってきました。
 そこで、ちょっと(これまた)長いですが、今年の4月、Facebookに
 アップした書き込みを再掲したいと思います。

 --------------------
 ビルマ(ミャンマー)で今日(30日)、民主的に選ばれた大統領の
 就任式と各閣僚の任命式が行われた。
 これで半世紀近く続いてきた軍政にようやく終止符が打たれたと
 いえようか。
 もちろん議席の25%は軍部が握り、非常時には国軍の最高司令官が
 全権を握るというような憲法条項があるにしろ、まあ、一応の「民政移管」が
 一歩進んだと思える。
 
 ビルマ(ミャンマー)での大きな変化を横目に、この間、感じることが
 ある ── それは、ビルマ(ミャンマー)に関わる一部の人の
 ビルマ(ミャンマー)に関わる姿勢が、あまり変わっていないなあという
 点である。
 実は、変わらぬその当人こそが、変わらぬ日本社会にどっぷりつかって、
 そのことに無意識に海外や外国人との交わりをやたらと強調している
 ことである。
 
 ビルマ(ミャンマー)は長年、軍事独裁政権が続いていたため、
 現地の状況や情報が正確に伝わってきたとは言い難い。
 そのため、少しばかり長くこの国に関わっている人が、がぁがぁとがなり
 立てていることだ。

 私の好きな旅行作家に蔵前仁一さんがいる。
 彼の著作『ホテルアジアの眠れない夜』(凱風社)に
 次のような章がある。

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  威張るな! 長期旅行者
  (・・・・・・)
  このような人は何もこの場合に限らず結構あちこちにいる。
  いかに長く旅行しているかということが彼らの勲章なのだ。
  日本人は一か月ですら旅行できる人はあまり多くないので、
  こいつのように「おれは一か月も旅行している旅人なのだ!」と
  威張ることができるのである。
 
  しかし断言するが、一か月の旅行なんてヒマとカネさえあれば
  誰にだってできるのである。二年三年ともなると人生の趣味という
  問題も出てくるだろうが、・・・・・・。
  旅のよさというのは、長さや、金の有無や、数の多さでわかるという
  ものではないと僕は思っている。
  要するに自分の中にあるものが旅によって引き出されてくるだけ
  なのだから、どんなに長く旅しても、何もない人からは何も出て
  こないのだ。だから、逆にそういう人にとっては、いかに長く、いかに
  多く旅しているかだけが大切な問題となるのであろう。
  こういう人に限って、自分より旅行期間の短い人を見つけては、
  説教なんかしたり、威張ったりしているような気がするけど、
  まあいいか。
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 今月初め、東京で話をする機会があったのだが、私はその冒頭、
 こんな話から始めた(うろ覚え)──
 
 私はビルマ(ミャンマー)関わって24年経っているから、時間を掛けて
 この国をじっくり見てきたことになる。
 でもそれは、私自身の見方にしか過ぎない。
 ただ時間をかけたからといって、現地を深く理解し、正確に日本に
 伝えているとは限らない。
 明日、初めてビルマ(ミャンマー)に入る人がいるなら、その人は
 その人なりに新鮮な視点でこの国を見ることができるでしょう。
 通り過ぎる人には通り過ぎる人の、短期間滞在する人にはその人なりの、
 (外国人で)そこに住む人には長期滞在者の物の見方があるでしょう、と──
 
 なぜ今さら、こんなことを強調するかというと、軍政時代から続けて
 長期間ビルマ(ミャンマー)に関わっている人が、やたらとその
 関わりの長さをもって発言しているような場面に出くわすからである。

 ビルマ(ミャンマー)軍政の何が悪かったのかを理解せずに、不正確な
 情報と状況だけを全面に押しだし、怒りをまき散らしている。
 ちょこっと現地に入り、そこに暮らす人びとの厚意にあぐらをかいている
 ようでもあるし。
 ホント嘆かわしいことだ。
 そういった点で、インターネットは便利だな。
 その怒りに中途半端に反応してくれる人が、その独善さを支えてくれる
 んだもの。
 
 ビルマ(ミャンマー)の社会が本当に良くなって欲しいと思うなら、もう少し
 自分の発言と行動に柔軟になって欲しいと思うんだが・・・(自戒を込めて)

 《まあいいか。》
 --------------------

 


 ビルマ(ミャンマー)の西方、ラカイン州で撮影。
 ロヒンギャ・ムスリムの難民キャンプ。

 子を想う、孫を想う人の気持ちには
 民族も宗教も国籍も関係ない。

 しかし、ロヒンギャ・ムスリムの難民キャンプで自然な様子の
 写真を撮るのは難しい・・・。
 すぐに人が集まってきて、囲まれる。
 うむむ~~、と唸るなるしかないのだよ。
 そん中でも写真を撮りきる、のだ。
 う~む。





 

タフンダン村では自家発電、ってか


 東南アジア最高峰カカボラジに通じるミャンマー(ビルマ)最北の
 タフンダン村には、 電気がある。
 NHKの放送では、触れていあなかったが、小川に小さな発電機を
 据えて発電しているのである。
 
 家の中には、テレビやDVDデッキ、テープデッキもある。

 番組的には、電気もガスも水道もない、っていう辺境地を描きたかった
 のかもしれないが・・・。
 はい。

2007_DSCF2343.jpg

2007_DSC_4142.jpg

2007_DSC_4209.jpg


 


 ビルマ(ミャンマー)の次の本、
 『観光コースでないミャンマー(ビルマ)』の校正を
 進めています。
 まあ、今のところ順調です。
 終わりが見えてきました。

 そいや、 緑色の目をしたビルマ(ミャンマー)の人、
 ナンダートゥエ(12歳)さんと8年ぶりに会った写真を引っ張り出します。

2014_UZO_7942 - コピー.jpg

2014_UZO_7929.jpg 

 で、写真集をプレゼント(向かって右、お母さんと一緒)しました。
 彼ら彼女たちは、、ビンジー(バインジー)人と呼ばれ、ポルトガルの人を
 祖先に持ちます。

 はい。

 

指折り、ってか


 先日、ちょっとしたことから、数を数える「指折り」の
 話になった。

 日本では多くの人が、指を使って数を数える時、指を
 内側に折って数える。
 
 一方、私の回りの米国人は、指を使って数を数える際、
 親指から順に「外に向かって」指を開くように、
 突き出していた。

 日米のノコギリには違いがある。
 日本は「引く」
 米国は「押す」
 ノコギリを「手や指の延長」として考えると、指を
 内側に折る→引く、指を外側に開く→押す、という
 推理が成り立つ、と思っていた。

 そこでビルマ(ミャンマー)である。
 ビルマ(ミャンマー)でも指を使って数を数える時、
 指を内側に折る。
 日本と同じである。

21_04_2006_DSC_0485.jpg

 で、ビルマ(ミャンマー)でノコギリをひく様子を
 見たことがあるのは数少ない。
 純粋なビルマ人やシャン人の大工さんを見かけた
 ことはない。

 唯一記録しているのは、ヤンゴンの中華街で見か
 けた、中国系ビルマ人である。

 それを見ると、どうやらノコギリや鉋を「押して」
 いる。

01_01_2008_DSC_0799.jpg

 中国の人とは、一般的に、指で数を数えるとき、
 指を内側に折るのか、それとも外に向かって開く
 のか・・・。
 う~む。
 
 そんなことを考えているから、原稿が進まない。
 トホ。

 

クリスマスの集い、ってか


 クリスマスの日の集い、ってか。
 2003年12月24日

DSCN0446_.jpg
( ↑ 大きくなります )


満月だったの、ってか


 ピーカンの青空です。
 空気は冷たいけど。

 いつもの時間にいつものようにズルズル起きていつもの朝食をとって、
 9時過ぎに机の前に座る。

 早速、作業を開始。
 やっぱり一太郎は限界か・・・。
 うー、本体のPCにメモリを32GBも積んでいるのに、その恩恵がソフトに
 反映されないとは、意味ないやんケ。
 やっぱりアドビですかね~、こういう作業は。

 ペチペチペチペチペチ。


 ぶっかけの昼飯なり。
 ぱくぱく。

 作業を続行。
 なんどもやり直し。
 ペチペチペチペチペチ、と退屈な作業です。

 やっぱり写真の枚数が多いか~。
 10枚くらいを外さねば~。

 これも外すかなぁ~。
 宝くじ売り場で真剣な顔をする男性。

_DSC7821.jpg
 
 
 ペチペチペチペチペチと作業を続行。

 あ、満月だったのに、写真を撮るのを忘れた、ワ。
 ったく。

 右腕しびれる→右肩バリバリ張る→首の筋に鈍痛→眼痛→頭痛へと。
 ったく。
 ヤワだわ。


 鮭とヤキソバと味噌汁なり。
 

Daily life in the Kachin State (2)


 On the way to Myitsone, north of Myitkyina

bd02041.jpg

 

朝の混雑、ってか


 シャン州ニャウンシュエ、インレー湖半。
 湖岸、朝の混雑です。

DSCF0997.jpg

 

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