ビルマかミャンマーか?の最近のブログ記事

ビルマとミャンマー、ってか(3)

 

 さて、ここで冒頭に戻ろう。
 
 <1>ビルマ語を使う、ビルマの人の立場

 <2>ビルマ語を使わないビルマ以外の人びと(私たち)


 
 <2>の立場である。

 「ビルマ(ミャンマー)」新政権には、軍服を脱いで平服となった元軍政の幹部が

 多い(テインセイン大統領も元大将)。



 繰り返すが、新政権は国際会議の場で、他国に対して、自らの国を

 英語呼称を〈ビルマ (Burma)〉でなく〈ミャンマー(Myanmar)過去と呼ぶように

求めている。

 
 だが、果たして、外国の報道機関にまで敢えて〈 ミャンマー 〉表記を求めているのだろうか。
 

 実は、2012年1月末、新政権のテインセイン大統領に初の単独会見を行った初の

 外国の報道機関、米国の『ワシントン・ポスト』は、その報告記事の中で〈ミャンマー(Myanmar)〉を

 使わず、〈ビルマ(Burma〉を使っている。
 

 〈 ビルマ 〉を使っている報道機関が、外国のメディアとして初めて、〈ビルマ〉の最高責任者に

 インタビューしたのである。

 

 各メディアが、自らが自らの判断として、どう報道するのかが、実は問われているのである。

 

 そこで、上記の各紙から〈 ビルマ 〉から〈 ミャンマー 〉に変更した理由を抜き出してみると、


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 (1)民族主義の台頭や国内事情を考え、現地の呼び方を尊重する

 (2)現地の発音に近い表記をとる

 (3)慣用化した書き方は変えない

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 現地から英語式の呼び方をやめるよう求めてきました。外務省が認めたので

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 日本の外務省が正式国名として採用するのを始め、国連でも名称を
 
 変更するなど、国際的に認知の輪を広げている。

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 ビルマ政府が表記を変更したのに伴って、外務省は10日からこれらの

 呼称変更を実施することを決めました。今回の措置はこれを受けたものです。

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 ビルマ大使館からの変更通告に伴い、日本政府は六月三十日に表記変更を
 
 決めました。今回の措置はこれを受けたものです。

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 外国地名の書き方を一部変更します。これは日本新聞協会加盟の

 新聞・通信社と放送局の担当者で構成する新聞用語懇談会の決定に

 基づくものです。

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 (1)現地の呼び方を尊重する(2)現地の発音に近い表記をする-を

 基準とし

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 ビルマ大使館が日本政府に国名変更を通告してきたのに伴い、政府は

 二十八日、ビルマの国名を「ミャンマー」(MYANMAR)に表記変更する

 ことに決めました。
 
 本紙もきょうの紙面から「ミャンマー(旧ビルマ)」と、国名の呼称を統一します。

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 それぞれの国内事情等を考えて現地の呼び方を尊重し、現地音に

 近づけた表記をするのが改定の主なねらいです。

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 現地政府から英語式の呼び方をせず、国名を「ミャンマー」とし、首都名も
 
 「ヤンゴン」(旧ラングーン)とするよう要請があり、外務省も認めたので

 七月九日からこの呼称に変えました。

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 ビルマがこのほど国名を「ミャンマー」と改め、国連など国際機関、各国

 政府とともに、日本政府も呼称変更を受け入れました。これに伴い、本社も

 1日から呼称をミャンマー(旧ビルマ)とします。

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 ビルマが自国国名をこれまでの英語の読み方の「ビルマ」から、自国流の

 読み方の「ミャンマー」に変更、その旨を外交ルートを通じて通報してきた

 のを受けたもの。

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 在京ビルマ大使館は二十日、ビルマ政府が十八日表記適合法を制定した

 のに伴い、国名を「ビルマ」(UNIONOFBURMA)から「ミャンマ」(MYANMAR)に

 変更すると外務省に通告した。これについて外務省の渡辺外務報道官は

 同日の記者会見で「ビルマ」の日本語表記を変更するかどうか検討中で

あることを明らかにした。

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 つまり、ビルマ政府が英語の呼称変更を日本政府に通告する。
 

 日本政府は、その通告に従って、日本語表記を〈 ビルマ 〉から〈 ミャンマー 〉に変更する。


 ※※※※※日本政府は、なぜ、「日本語」読みを「英語読み」に変える必要があったのか。
 

 例えば「グルジア」を英語読みで「ジョージア」にしているのか? 

 もしグルジア政府から要請があれば「ジョージア」に変更するのか? 
 

 韓国は「コリア」へ、中国は「チャイナ」と英語読みするのか。
 

 

 さてここで、 <2>ビルマ語を使わないビルマ以外の人びと(私たち)で、

 特にメディアに関しては、さらに2つの立場があるように思える。
 

 <2>ー(A)日本政府の広報紙のようになって、政府の方針をそのまま伝える

 <2>ー(B)日本政府とは別の方針を持って、「ビルマ」から「ミャンマー」へと

 日本語表記を変える。

 

 <2>-(A)新聞各紙は、日本政府が日本語表記を〈 ビルマ 〉から〈 ミャンマー 〉へ

 
変えたという理由だけで、現地の実状をあまり深く検討(研究)しないで変更した。

 
 <2>-(B)であるが、日本の新聞各紙は、現地の呼び方や発音を尊重する

 方針だとしている。


 だが、〈 ビルマ 〉と〈 ミャンマー 〉は、実は、同じ「ビルマ族」を表しているだけ

 なのである。

 呼称に関して、そこには政治的な意味が加えられたというビルマにおけ歴史的な

 背景を考慮に入れていない。
 

 また1989年当時は、口語では〈 ビルマ 〉が文語では〈 ミャンマー 〉が一般的で、

 従来、日本語の表記は〈 ビルマ 〉であって、そこに敢えて英語読みから変更する

 理由はない。

 また、ビルマにおいて最も重要な問題である、ビルマが抱える各民族問題を

 すっ飛ばしている。
 

 現地読みと言えば聞こえはいいが、実は、その現地読みを採用するその基準や

 危険性を全く考慮に入れていない。つまりは現地への理解不足である。

 
 
 では、なぜ、私がいまだに〈 ミャンマー 〉という単独ではなく「ビルマ(ミャンマー)」

 あるいは「ミャンマー(ビルマ)」と2つの単語を併記して使い続けるのか。
 

 今後、「ビルマ」という国名は世界の中で、これまで以上に〈 ミャンマー 〉呼ばれることに

 なるだろう。

 時代や社会の移り変わり、その時々の政治勢力によって呼称も変わるのも当然かもしれない。

 政治的な意味合いを含めないとしたらその流れには抗えないであろう。
 

 私が国名にあえて〈 ビルマ 〉と余分に付けるのは、1989年の軍事政権

 (「国家法秩序回復評議会」=SLORC)がいくつかの歴史的な事実の書き換えを行い、

 日本政府と日本のメディアはそのことに対して当然の疑問を差し挟むことなく、

 「日本語」の国名表の変更を当然としてきた事実を記しておきたかったからである。
 

 結果的に、当時の軍事政権を支える言動が繰り返されてきた事実は消されないのである。
 

 忘れるということがなければ、人間はある意味、前へ進めない。

 また、時がたてば個々人のこだわりも弱くなっていくだろう。

 ビルマに関わって、一つの国と地域の歴史と時代を見てきた者として、或いは

 そこで何人もの死を見て来た者として、果たして、それでもその忘却に乗っかり、

 時に自分に妥協しながらやくのが自分の選ぶ道なのか。
 

 
 〈 ビルマ 〉か〈 ミャンマー 〉に関して、さらに、以下の理由も付け加えられるであろう。


 ・東京外大や大阪大学(旧大阪外大)のウエブサイトを見るといまだに

 「ビルマ」「ビルマ語」と従来の日本語表記を使い続けている。


 ・日本のビルマ研究者の中には〈 ミャンマー 〉表記を使っている研究者

 も増えつつあるが、その研究者の集いの名称は今だに「ビルマ研究会」

 である。


 ・アウンサンスーチー氏自身が一貫して英語で〈 ビルマ 〉を使っている。

 

 しかしながら、〈 ビルマ 〉という国名を単独で使い続けると、日本では

 事実上〈 ミャンマー 〉という呼び方が一般化しているので、現地の現状を

 伝えようと記事を書いたとしても、その報告を読む読者に内容が伝わらないおそれがある。
 

 そこで、「ビルマ(ミャンマー)」或いは「ミャンマー(ビルマ)」という表記を使っている。

 
 
 また以下に、私個人がビルマに関わってきた経験を述べる(ビルマ国内には

 過去20年、30回近く入国して取材を続けている)
 
 

 これまで、ビルマ全土を歩き回った際、それぞれの訪問地で出会う人びとに、

 機会があれば同じ質問を続けてきた。
 

 「バー・ルゥ-ミョー・レー(あなたは何人(何民族ですか?)」と。

 10年ほど前は、ビルマ人であればその答として、
 

 「バマー(ビルマ人です)」とか、カチン人であれば「カチン・ルゥミョー(カチン人です)」

 という返答があったし、それぞれ「ラワン・ルゥミョー(ラワン人です)」

 「チン・ルゥミョー(チン人です)」「ムスリム(ムスリム人です)」と各民族名や

 宗教名を表す答があった。
 

 ところがこの数年は、ビルマ政府の教育が徹底してきたのか、「あなたは

 何人(何民族ですか?)」という質問に対して
 

 「ミャンマー(ミャンマー人です)」と返答する人びとが増えてきた。


 ビルマ族の人が「ミャンマー」と答えるのはまだ理解できるのだが、ビルマ族

 以外の人が「ミャンマー」と答えたのは驚いた。
 

 実は、「ミャンマー」と答えた人に対しては「バマー(ビルマ族)ですか?」と

 重ねて質問をするようにしている。
 

 「バマー(ビルマ族)ですか?」という質問に対して、ビルマ族の人なら

 「バマー」と返答し、それ以外の民族の人なら、例えば「カレン・ルゥミョー

 (カレン人です)」とか

 「モン・ルゥミョー(モン人です)」という返事があった。


 
 追記:
 

 『朝日新聞』は2012年から「ミャンマー(ビルマ)」から「ミャンマー」へと

 変えたのに伴い、「アウン・サン・スー・チー」を「アウンサンスーチー」へと

 変更。
 

 このスーチー氏の名前の表記の変更こそが、現地の実情に合わせて、

 日本の読者にできるだけ正確な事柄を伝えようとする報道姿勢であろう。
 

 なぜなら、ビルマ族の人は基本的に、日本の「姓名」に当たる「姓」を持たない

 からである。
 

 だから「アウンサンスーチー」を「・」で区切って表記することは、読者に対して

ビルマの人にはあたかも「姓」があるような誤解を与えるからである(例えば、

 米国人のJohn Smith さんを 〈 ジョン・スミス 〉 と表すように)
 

 もっともこの「姓名」表記に関しては、「シャン」「カチン」など他の民族には

 当てはまらない。



追記2:
 
 国名や人名など、日本語独自の表記があって当然である。
 
 だが、その日本独自の表記にこだわるあまり、読者に(視聴者に)、現地の

 実状をより正確にではなく「誤って」伝えるのは避けたいことである。




 以上


ビルマとミャンマー、ってか(1)


 「〈 ビルマ 〉〈 ミャンマー 〉 から 〈 ビルマ 〉〈 ミャンマー 〉」へ


 どうして私が、〈 ミャンマー 〉という一つの言葉ではなく、「ビルマ(ミャンマー)」 

 あるいは 「ミャンマー(ビルマ)」と2つの呼称を併記して使い続けるのか。

 
 今後、〈 ビルマ 〉という国名は世界の中で、これまで以上に〈 ミャンマー 〉とだけ
 
 単独で呼ばれることになるだろうに・・・。




◆結論を先取りすればこういうことである。

 
 時代や社会の移り変わり、その時々の政治勢力によって国や地域の呼称が
 
 変わるのも当然であろう。

 
 政治的な意味合いを含めないとしたらその流れには抗えないであろう。

 
 私がこの国の名前にあえて〈 ビルマ 〉と余分な呼称をつけるのは、1989年当時の
 
 ビルマ(ミャンマー)軍政(「国家法秩序回復評議会」)が、いくつかの歴史的な事実の

 書き換えを行い、日本政府と日本のメディアはそのことに対して疑問を差し挟むことなく、

 「日本語」の国名表記の変更を当然としてきた事実を記しておきたかったからである。
 


 結果的に、当時の軍事政権を支える言動が繰り返されてきた事実を消してはならない

のである。




◆以下、説明が長くなるがその理由を説明したい。
 

 東南アジア最後の軍事独裁政権国家「ビルマ(ミャンマー)」が2011年「民政移管」を

 果たした。
 

 全国紙で唯一「ビルマ」表記をしていた『朝日新聞』 が2012年に入り、これまでの

 「ミャンマー(ビルマ)」という表記から(ビルマ)を取り去り、「ミャンマー」とだけ表記し

始めた。


 それと同時に、「アウン・サン・スー・チー」という表記を「アウンサンスーチー」と変更した。

 ビルマ(ミャンマー)の問題にあまり詳しくない人には、この国をどう呼ぶ(表記する)

 のかということについて、それほど関心がないのかもしれない。


 
 この国の呼称の混乱の事の発端は、1989年に時のビルマ軍事政権(「国家法秩序回復

評議会」=SLORC)が、対外的な「英語の呼称」を〈 ビルマ 〉から〈 ミャンマー 〉に変えた

ことである。

 
 国連は、クーデター政権であろうと、事実上ビルマを「実効支配」しているのは軍事政権で

あったため、その呼称変更を受け入れた。
 

 日本ではこれ以降、〈 ビルマ 〉よりも〈 ミャンマー 〉という呼び方が一般的になっている。



◆〈 ビルマ 〉と〈 ミャンマー 〉は語源が同じ同じ言葉

 もともと〈 ビルマ 〉と〈 ミャンマー 〉は「ムランマー」という同じ語源の言葉で、

文語(書き言葉)で〈 ミャンマー 〉、口語(話し言葉)で〈バマー(ビルマ)〉という使い分け

があったことに留意しておかねばならない。
 

 軍政に反対するから〈 ビルマ 〉、軍政を認めているから〈 ミャンマー 〉と呼ぶということ

ではない。

 また、この国名の呼び方について単純に、「英語読み〈 ビルマ 〉」か「現地語読み

 〈 ミャンマー 〉」かという問題でもない。




◆〈 ビルマ 〉と呼ぶか〈 ミャンマー 〉と呼ぶかには、大まかに言って2つの立場がある。

 <1>ビルマ語を使う、ビルマの人の立場

 <2>ビルマ語を使わないビルマ以外の人びと(私たち)


 <1>ビルマの人の立場(主に民主化活動家)

 ビルマの人は、国の名前を変えた当時のビルマ軍事政権が選挙を経ずに武力で政権を

奪取したクーデター政権であるため、正当性を持たない政権が国名を勝手に変えたことを

認めたくないという。



<2>ビルマの人以外の立場

 日本語を使うわれわれは<2>である。

 日本では従来、映画では「ビルマの竪琴」という小説もあるし、オランダ語から入った

〈 ビルマ 〉という国の呼び方は定着していた。


 それをなぜ、英語読みの〈 ミャンマー 〉に変更しなければならないのだろうか?


(1)もともとビルマ語には書き言葉(文語)と話し言葉(口語)とがあり、ビルマ(バマー)と

いう語は「ムランマー」という言葉から派生し、(2)多くのビルマ人は文語では「ミャンマー」、

口語では「バマー(ビルマ)」と使い分けてきた。


(3)実は「ビルマ」にしろ「ミャンマー」にしろ、本来的な意味ではこの2つの語はどちらも

「ビルマ族」を意味してきた。


 


◆〈 ビルマ 〉に政治的な意味づけ 


 ややこしいのはこれからである。

(4)英国からの独立を闘った1930年代のビルマの人は、諸民族を全て含めた統一国家を

示す意味で「ビルマ」という語を使った。


※独立の志士たちはここで、政治的には中立であった「ビルマ」という単語に「諸民族を

含めた一つの国民」という意味を「付け加え」た。


 
 このように説明する研究者もいる。

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ところで、ビルマ政府は、1989年6月18日の法律によって、英語の対外呼称を Burma から Myanmar に変更しました。

これに従って、日本でも、ビルマをミャンマーと呼ぶことが多くなりました。

これについては、どちらの呼称を使うべきかについて様々な議論があります。


実を言うと、ビルマ語の現地音を尊重するという意味においては、「ミャンマー」を

用いたほうが良いのです。


ビルマ語ではビルマのことを[ミャ(ン)マー]あるいは[バマー]と発音します。


日本語の「ビルマ」は、、[バマー]の古音に基づくヨーロッパ語(おそらくオランダ語)

から江戸末期に入ったもので、発音としては現代ビルマ語の


 [ミャ(ン)マー]とも[バマー]とも大きく異なります。


 ですから、現地音を尊重するという意味では、ビルマよりミャンマーを用いたほうが

 良いと思われますが、日本語の学術用語としては「ビルマ」のほうが


 定着している等の理由により、このHPでは「ビルマ」を用いています。



 ではなぜミャンマーを使わないかというと、ビルマ政府が、ビルマ語の[ミャンマー]は

 国内に住むすべての民族を含む呼称であるかのように説明しているからです。


 この説明は嘘なのです。本当は、[ミャンマー]という呼称はビルマ族のことしか指しません。


 [ミャ(ン)マー]と[バマー]は、前者が文語的、後者が口語的という違いくらいしかないので

 あって、両方ともビルマ族を指す言葉です。


 政治史的には逆に[バマー]をビルマ国内のすべての民族を指す呼称として用いようと

 する動きさえありました。ところがビルマ政府は、


 ビルマ語にビルマ族を指す言葉が2つあったのを良いことに、他民族国家の呼称
 
 としては Myanmar のほうがふさわしいですよ、と説明したのです。


 
 この主張は、少数民族の立場を考えると受け入れがたいものです。もしここで、

 日本語のビルマをわざわざミャンマーに変更するなら、我々はビルマ政府の無理な

 主張を受け入れることになってしまいます。



 それならばむしろ、従来の日本語としての「ビルマ」を、現地音とは違うという憾(うら)みは

 ありますが、使っていこうじゃないかということなのです。


 そもそも、ビルマ政府が変更したのは英語呼称の Burma なのですから。

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◆〈 ミャンマー 〉に政治的な意味づけ
 
 ビルマは1948年に英国から独立する。
 
 その前年、1947年にできた憲法は『ミャンマー連邦』=Pyihtaunsu Myanma Naingan であり、

 「ミャンマー」という言葉を(もちろん文語なので)使っている。

 
 1962年、ネウィン将軍がクーデターを起こし、この時からビルマは軍事政権が始まる。

 
 1974年、新しい憲法が作られる。
 
 
 その1974年憲法では、これも文書であるので、『ミャンマー連邦社会主義共和国』=
 Pyihtaunsu Hsoshelit Thanmata Myanma Nainganto とした。


 日本ではこの憲法を「日本語」で『ビルマ連邦』『ビルマ連邦社会主義共和国』と表記した。

 
 1988年、ビルマではネウィン将軍によるビルマ式社会主義が行き詰まり、大規模な

 民主化デモが起った。

 
 この時、ビルマ国軍がクーデーターを起こし、国内の騒乱状態を収集するという理由で、

 あくまでも「暫定政権」という意味で、「国家法秩序回復評議会(=SLORC:

 State Law and Order Restoration Council)」と名乗った

 
 翌1989年「国家法秩序回復評議会」が対外的な「英語呼称」を「ビルマ」から

 「ミャンマー」へと変更した。



 ※※「国家法秩序回復評議会」はこの時、1930年代の独立の志士たちが
    意味づけしたこととは反対のことを主張した。


 「ビルマ」という語は「ビルマ族」だけを意味し、「ミャンマー」は「ビルマ族を含む

 諸民族全てを含む」言葉として適当であると。


 
 〈 ビルマ 〉 と 〈 ミャンマー 〉 という単語に、どのように意味づけをするのかは歴史的な

 文脈を無視して語ることは出来ない。

 
 この場合も、1930年代の独立の志士と1989年のクーデターを起こした軍部の
 
 どちらの主張が、より正しいかは判断できない。




◆呼称変更は地域名にも

 もう少しみてみよう。


 1989年に国名を「ビルマ」から「ミャンマー」へと対外的な英語呼称を変えた際、
 
 「国家法秩序回復評議会」は同時に、国内の地名の変更も行っている。
 

 主に英国の植民地時代の「英語表記」を「ビルマ語」に変更した。

 「ラングーン(Rangoo)」→「ヤンゴン(Yangon)」
 
 「ペグー(Pegu)」→「バゴー(Bago)」
 
 「モルメイン/モールメイン(Moulmein)」→「モウラミャイン(Mawlamyaing/Mawlamyine)
 
 「アラカン州(Arakan State)」→「ラカイン州(Rakhaing/Rakhine State)」
 
  「カレン州(Karen State)」→「カイン州(Kyin State)」

 「シポー(Hsipaw)」→「ティボー(Thibaw)」
 
 「ケントン( Kengtung)」→「チャイントン(Kyaingtong)」
 
 など他にもまだある。

 

 「国家法秩序回復評議会」はこの時、「ビルマ」から「ミャンマー」への英語の呼称変更の

 理由として、ミャンマーは「ビルマ族を含む諸民族全てを含む」言葉として適当であると

 していた。

 
 だが、地名変更を見てみると、例えば、シャン州の「シポー(Hsipaw)」や「ケントン( Kengtung)」は

 「ティボー(Thibaw)」や「チャイントン(Kyaingtong)」など、本来はシャン語に

 近い英語表記からビルマ語読みに変わっている。


 ビルマ語はr音がy音に変わる。

 よって「カレン」が「カイン」に変わる。

 だが、「ラカイン」は「ヤカイン」に変わらず「ラカイン」のままである(ビルマ人はヤカインと

 呼ぶが、政府の表記では「ラカイン」である。

 
 実際、ラカインを表す場合、「アラカン」「ラカイン」「ヤカイン」と3つもある)


 諸民族の立場を尊重しようとするなら、地名の変更をそれぞれの民族語に近い

 呼び方のまま残すのが適当ではないだろうか。


 1974年の憲法では「公用語としてビルマ語を用いることにする。必要な場合、

 当該の土着民族語を用いることができる」という規定を1989年の軍政は

 無視している。これこそが、各民族の人びとにとっては、当時のビルマ軍政の

 進めてきた少数民族の文化を認めない「汎ビルマ主義」に見えてしまうのである。


 
 〈 ビルマ 〉から〈 ミャンマー 〉への国名変更で、ビルマ国内に暮らす諸民族の

 位置を尊重しようと主張していた当時の軍政「国家法秩序回復評議会」(SLORC)の

 説明は、実は地名の変更をみると無理がある。


 
 また「国家法秩序回復評議会」は国名の英語呼称の変化に伴って次のような変更を

 行っている。

 
 1988年までビルマは「ビルマ社会主義計画党(BSPP:Burma Socialist Programme Party)」が国を支配していた。


 それまでこれまで「ビルマ社会主義計画党」を英語で表す際、" BSPP" と表記していたのが、

  "MSPP"(Myanmar Socialist Programme Party) と表記するようになった。


 「国家法秩序回復評議会」は、歴史的に事実としてあった「ビルマ(Burma)」という

 呼称をすべて「ミャンマー(Myanmar)」に変えることで英語の呼称 〈 ビルマ (Burma) 〉 を

 消し去ろうとしているようである。


 
 このような歴史的な表記までさかのぼって変更することは果たして可能なのだろうか。

 歴史的な事実の書き換えである。
 
 まるで『ビルマの竪琴』を『ミャンマーの竪琴』とするようなものである。

 
 1989年における「ビルマ」から「ミャンマー」への英語の呼称の変更は、同時に

 史実の書き換えがあり、諸民族の存在を弱めるような変更あったとしたら、その

 主張─「ビルマはビルマ族だけを指し、ミャンマーは諸民族を含めた言葉である」
 
 はどこまで受け入れる事ができるのであろうか。


 1988年のクーデター政権「国家法秩序回復評議会」は、この英語の対外呼称変更の

 一年前、1988年の大規模な民主化運動で国内が騒乱状態に陥った当初、あくまでも

 「暫定政権」という意味で、国家法秩序回復評議会(=SLORC:State Law and Order Restoration Council)と名乗っていた。

 
 ところが同じ軍政は10年後の1997年、その「暫定政権」という意味を捨て、これからも

 政権を担う意図で、自らを国家平和発展評議会(=SPDC:State  Peace and Development Council)と名前を変えた。


 軍事政権の動きを見ると、〈 ビルマ 〉から〈 ミャンマー 〉という呼称変更は、単に

 名前の変更だけでなく、そこには必ず、公にはされない隠された政策の変更がある

 ということを見落としてはならない。

 
 そこにはビルマの歴史、国民の意思や法を無視して、史実を書き換えてまで自らの

 政権の正当性を強調しようとするための名称変更だからだ。



 確かに〈 ビルマ 〉や〈 ミャンマー 〉という単語自体に政治的な意味はなかった。
 
 ビルマの場合、例えば国名表記の際には、1930年代に、その後1947年、74年、

 89年と後づけで政治的な意味が歴史的に付与されてきた。


 つまり、「〈 ビルマ 〉と〈 ミャンマー 〉から〈 ビルマ 〉か〈 ミャンマー 〉か」へと

位相が変わったのである。


 特に89年の英語の呼称変更の後、国名の変更に加えて「事実の書き換え」があった。

 それゆえ、当時の軍政の主張をそのまま受け入れるのは、ビルマの人であれ

 ビルマの人以外であれ、受け入れがたいのである。



◆新政権の態度 ─ 〈 ビルマ 〉と呼ぶか〈 ミャンマー 〉と呼ぶか
 
 ビルマは2011年3月、「民政移管」を果たした。
 
 新政府首脳の多くが、軍服から平服に着替えただけの元軍部出身ということはあるが、

 形の上では軍事政権体制は終わった。
 

 新政府は、国際会議などにおいて、自らの国を英語で〈 ミャンマー 〉で呼ぶように

求めている。

 
  2010年11月に自宅軟禁から「解放」された民主化運動家のアウンサンスーチー氏は、

 新しい政府のもと、自ら率いる国民民主連盟(NLD)の政党再登録を済まし、議会選挙の

 補欠選挙に参加しようとしている。
 
 
 スーチー氏は、テインセイン大統領と信頼関係を結ぶことによって、ある程度、

 新政権を認めている。だからと言って、スーチー氏は新政権の主張を丸呑みして

 いるわけではない。

 
 たとえば、スーチー氏は、ビルマを表現する際、ビルマ語では〈 ミャンマー 〉と

 言っているが、英語では「バーマ(Burma)」と言っている。

 
 2012年2月現在も、前の軍事政権の英語による呼称変更を受け入れていない。


 さてここで、日本の新聞が〈 ビルマ 〉から〈 ミャンマー 〉へと変えた頃の紙面を見てみよう。

 『朝日新聞』『北海道新聞』『毎日新聞』『読売新聞』『中日新聞』である。

 主に1989年の「ビルマ」か「らミャンマー」へと呼称を変えた頃を中心に。

 

< 続く >


 
 

またもや、ビルマかミャンマーか


 今週号の "THE MYANMAR TIMES" が報じてました。

 ビルマ(ミャンマー)のワナマウンルウィン外相が、同国を訪問した米国・ユン国務副次官補に
 「ビルマと呼ばすに、ミャンマーと呼ぶべきだ」 と。

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 He also called on the US should use the official term of ‘Myanmar’
 when it  refers to the country.

 “You might think this is a small matter, but the use of ‘Myanmar’
  is a matter of national integrity,” he said.


 http://www.mmtimes.com/2011/news/576/news57601.html

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 これは、英語(表記)の話
 で、日本語ではまた別の話である。 

 日本ではすっかり「ミャンマー」が定着しつつあるが、日本語表記では、まだまだ 「ビルマ 」 で
 通すべきだと思う。

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 そう、異国や異文化を語るときには、このように宗教や名前など、その社会特有の前提を
 ある程度知ることが必要なのだ。
 
 ここで改めて、ビルマを語る場合いつも議論となる、ビルマという国の呼称について考えて
 みたい。
 
 「 ビルマ 」 か 「 ミャンマー 」 かという問題である。
 
 ビルマ軍事政権は1989年、英語の呼称を「ビルマ」から「ミャンマー」に変えた。
 だが、多くのビルマ人にとって、現在のビルマ軍事政権は選挙を経ずに武力で政権を
 奪取したクーデター政権であるため、正当性がない政権が勝手に国名を変えたことを認めて
 いない。
 
 もっとも軍事政権そのものが呼称変更の1年前、1988年にクーデターを起こした当初、
 これはあくまでも「暫定政権」という意味で、国家法秩序回復評議会(=SLORC:
 State Law and Order Restoration Concil) と名乗っていた。

 同じ軍政は10年後の1998年、その「一時的な政権」という意味を捨て、これからも政権を
 担う意図で、自らを国家平和発展評議会(=SPDC:
 
State  Peace and Development Coundil ) と名前を変えた。

 今までの軍事政権の動きを見ると、「 ビルマからミャンマー 」 「SLORCからSPDC」という
 呼称変更は、単に名前の変更だけでなく、そこには必ず、政策の変更があるということを
 見落としてはならない。

 そこには国民の意思や法を無視して、自らの政権の正統性を強調しようとするための
 名称変更だからなのだ。
 
 ビルマの人が、「ミャンマー」でなく「ビルマ」を使うのは、そういう軍政のごまかしに対して
 否ということをいっているのだ。
 
 だがこのことは、例えば日本語を使う人にとっては、ビルマの人と同じような意味での
 「 ビルマ 」 か 「 ミャンマー 」 かということにはならない。

 ビルマ人の立場とそれ以外の立場は明確に区別されるべきなのだ。

 私は2008年8月8日、ビルマ入りしていた。1988年に起こった
 民主化デモ 「 8888 ( ビルマ語でシッ・レーロン=4つの8)」の20周年を取材をするため
 である。

 ホテルの部屋で英語の衛星放送を見ていたら、「ジョージア」と「ロシア」が交戦状態に入った
 というニュースが流れていた。

 私は一瞬、戸惑った。
 「ん? ジョージアっていう国があったのか?」
 後日、日本に戻って、この時のニュースを確認してみると、
 「ジョージア」とは「グルジア」のことであった。

 「ジョージア」とは英語の呼称で「グルジア」はロシア語の読みだった。
 日本では、ロシア語読みが一般的に日本語として通用している。
 
 似たような例は他にも見られる。例えば米国西海岸のカリフォルニア州 の「ロサンジェルス」を
 表す場合、英語では 「 LA (エルエー) 」 と呼ぶか 「 ロサンジェルス 」 と発音する。

 日本語で一般的に通用する 「 ロス 」 と呼んでも、英語では通用しない。
 また日本では、日本語特有の表記や発音をするので、ヴェトナムはベトナムであり、中米の
 エルサルヴァドルはエルサルバドルである。
 その一方、ルイビトンはルイヴィトンとのまま表記される。

 こういう風に見ていくと、国名や固有名詞の表記は、英語読みや現地読みに拘わらず、
 日本では 「 日本語特有の呼び方 」 をしている。

 それだから、「 ビルマ 」 という呼称も、もし、日本語の呼び方を大切にしようとするならば、
 従来通り日本語で 「 ビルマ 」 と呼ぶのがふさわしいのだ。

 わざわざ英語呼称で 「ミャンマー 」 と呼ぶことはないのである。
 
 それに「ビルマ」という言葉は英語からではなく、オランダ語から派生し日本語に定着してきた
 言葉だからである。
 
 それに言葉を学ぶ機関である東京外国語大学や大阪外国語大学は今も 「 ビルマ 」 「 ビルマ語 」
 という呼び方を使っている。
 
 
 あるいは、こうも言える。日本が国連に登録している「英語呼称」は「ジャパン < Japan > 」で
 ある。

 例えば、お隣の韓国で、韓国人同士が日本のことを話す際、日本のことをわざわざ英語で
 「ジャパン」と呼ばないであろう。

 韓国語では一般的に「「イルボン」と呼ぶのが普通であろう。
 
 それがどこの国であっても普通なのである。中国でもタイでも、それぞれの言葉で 「 Riben ( リーベン/リーペン」「ニップン」と言うだろう。
 
 現地の人が日本を表すのにわざわざ英語で「ジャパン」と呼ばないだろう。

 それなのに、どうして日本は日本語の「ビルマ」を英語読みの「ミャンマー」と変えてしまった
 のであろうか。
 
 国連で使用されている国名が「ミャンマー」だから「ミャンマー」と呼ぶと説明する人がいるが、
 では、日本で日本のことを国連で使われている英語呼称で「ジャパン」と呼ぶのだろうか。
 
 ビルマ関係の文章を読んでいて、「とりあえず、政治的な側面を避けるために、ビルマかミャンマーかは
 棚上げにして、とりあえずミャンマーと呼ぶ(書く)」と説明している説明を目にすることがある。

 そういう説明こそが、まさに政治に囚われているように思われる。

 日本語で書く場合は、「ビルマ」と書けばいいのである。
 
 軍事政権を支持するから「ミャンマー」を使い、軍事政権に反対するから「ビルマ」を使うという
 のは日本語を使う人には当てはまらないように思える。

 もちろん、もっとおおっぴらにミャンマーという呼称が定着すればまた話は別だが。

 http://blog.uzo.net/2009/03/post-2853.html
 --------------------

 ウエブでニュースを見ていたら、次のような記事が配信されていた。
 --------------------
 「グルジアやめてジョージアに」...ロシア語読みはイヤ!と
 3月21日15時1分配信 読売新聞

 グルジア政府が、日本語による同国の国名表記を英語表記
 (Georgia)に基づく「ジョージア」に変更するよう求めて
 いることがわかった。

 外務省は、「米国のジョージア州と混同しかねないなど問題はあるが、
 真剣な訴えなので前向きに検討したい」(幹部)としている。

 グルジアの国名はグルジア語でサカルトベロ。
 今月10日に行われた日・グルジア外相会談の際、ワシャゼ外相が
 中曽根外相に、「"グルジア"はロシア語表記に基づくので変えて
 欲しい」と訴えたという。
 グルジアは、ロシアとの間に紛争を抱えるなど、反露感情が根強い
 ことが今回の要求の背景にあるようだ。

 政府の公式文書などでの国名表記は、在外公館名称・位置・外務公務員
 給与法の表記を基準にしており、変更には法改正が必要だ。
 過去には「ヴィエトナム」を一般的な表記である「ベトナム」にしたり、
 国名変更により「ビルマ」を「ミャンマー」とした例はある。 

 最終更新:3月21日15時1分
 --------------------
 以上、ヤフーニュースです(改行あり)

 同じ日、『毎日新聞』のニュースにもこんな記事が配信されていた。
 --------------------
 野口健さん 海外戦没者の遺骨収集 比で活動開始
 3月21日13時23分配信 毎日新聞

 アルピニストの野口健さん(35)がNPO法人の一員として、
 海外戦没者の遺骨収集を始めた。17日からは太平洋戦争の激戦地
 だったフィリピンのレイテ島で活動し、25日に帰国する。
 海外戦没者約240万人。約115万柱もの遺骨が今も海外に眠る。
 野口さんは「国家の犠牲になった人たちの遺骨を野ざらしにはできない」
 と訴える。

 7大陸最高峰への世界最年少登頂記録を樹立し、清掃登山などの
 環境活動で知られる野口さんが、遺骨収集を思い立ったのは4年前。
 ヒマラヤの8000メートル級の「シシャパンマ」山頂近くで
 遭難しかけた時だった。

 猛吹雪の中で酸素ボンベが残り少なくなり、テントの裏地に遺書を
 つづった。死の恐怖に直面した時、旧日本軍の参謀だった祖父から、
 たびたび聞かされていた海外の戦没者のことが頭に浮かんだ。
 祖父はビルマ(ミャンマー)で部下が次々に飢えやマラリアで倒れ、
 死んでいくのを目の当たりにしたという。

 (以下、略)
 --------------------
 
 通常、『朝日新聞』だけがミャンマー(ビルマ)表記をしているが、
 今日の『毎日新聞』はビルマ(ミャンマー)だった。

 で、今ツラツラと書いている長い原稿で、グルジアとジョージア、
 或いは、ビルマとミャンマーに関する部分があるのでちょいと
 抜き出してみる。
 (今回の報道があったから書いたのではないという、ま、証拠で)
 
 ちょいと長いですが。
 --------------------
 そう、異国や異文化を語るときには、このように宗教や名前など、
 その社会を特有の前提をある程度知ることが必要なのだ。
 ここで改めて、ビルマを語る場合いつも議論となる、ビルマという国の
 呼称について考えてみたい。
 
 「ビルマ」か「ミャンマー」かという問題である。
 
 ビルマ軍事政権は1989年、英語の呼称を「ビルマ」から
 「ミャンマー」に変えた。だが、多くのビルマ人にとって、
 現在のビルマ軍事政権は選挙を経ずに武力で政権を奪取した
 クーデター政権であるため、正当性がない政権が勝手に国名を
 変えたことを認めていない。
 
 もっとも軍事政権そのものが呼称変更の1年前、1988年に
 クーデターを起こした当初、これはあくまでも「暫定政権」と
 いう意味で、国家法秩序回復評議会(=SLORC:State Law
 and Order Restoration Concil)と名乗っていた。

 同じ軍政は10年後の1998年、その「一時的な政権」という
 意味を捨て、これからも政権を担う意図で、自らを国家平和発展
 評議会(=SPDC:State  Peace and Development Coundil)と
 名前を変えた。

 今までの軍事政権の動きを見ると、「ビルマからミャンマー」
 「SLORCからSPDC」という呼称変更は、単に名前の変更
 だけでなく、そこには必ず、政策の変更があるということを
 見落としてはならない。

 そこには国民の意思や法を無視して、自らの政権の正統性を
 強調しようとするための名称変更だからなのだ。
 
 ビルマの人が、「ミャンマー」でなく「ビルマ」を使うのは、
 そういう軍政のごまかしに対して否ということをいっているのだ。
 
 だがこのことは、例えば日本語を使う人にとっては、ビルマの人と
 同じような意味での「ビルマ」か「ミャンマー」かということには
 ならない。

 ビルマ人の立場とそれ以外の立場は明確に区別されるべきなのだ。

 私は2008年8月8日、ビルマ入りしていた。1988年に起こった
 民主化デモ「8888(ビルマ語でシッ・レーロン=4つの8)」の
 20周年を取材をするためである。

 ホテルの部屋で英語の衛星放送を見ていたら、「ジョージア」と
 「ロシア」が交戦状態に入ったというニュースが流れていた。

 私は一瞬、戸惑った。
 「ん? ジョージアっていう国があったのか?」
 後日、日本に戻って、この時のニュースを確認してみると、
 「ジョージア」とは「グルジア」のことであった。

 「ジョージア」とは英語の呼称で「グルジア」はロシア語の読み
 だった。
 日本では、ロシア語読みが一般的に日本語として通用している。
 
 似たような例は他にも見られる。例えば米国西海岸のカリフォルニア州
 「ロサンジェルス」を表す場合、英語では「LA(エルエー)」と
 呼ぶか「ロサンジェルス」と発音する。

 日本語で一般的に通用する「ロス」と呼んでも、英語では通用しない。
 また日本では、日本語特有の表記や発音をするので、ヴェトナムは
 ベトナムであり、中米のエルサルヴァドルはエルサルバドルである。
 その一方、ルイビトンはルイヴィトンとのまま表記される。

 こういう風に見ていくと、国名や固有名詞の表記は、英語読みや
 現地読みに拘わらず、日本では「日本語特有の呼び方」をしている。

 それだから、「ビルマ」という呼称も、もし、日本語の呼び方を
 大切にしようとするならば、従来通り日本語で「ビルマ」と呼ぶのが
 ふさわしいのだ。わざわざ英語呼称で「ミャンマー」と呼ぶことは
 ないのである。
 
 それに「ビルマ」という言葉は英語からではなく、オランダ語から
 派生し日本語に定着してきた言葉だからである。
 それに言葉を学ぶ機関である東京外国語大学や大阪外国語大学は今も
 「ビルマ」「ビルマ語」という呼び方を使っている。
 
 あるいは、こうも言える。日本が国連に登録している「英語呼称」は
 「ジャパン<Japan>」である。例えば、お隣の韓国で、韓国人同士が
 日本のことを話す際、日本のことをわざわざ英語で「ジャパン」と
 呼ばないであろう。

 韓国語では一般的に「「イルボン」と呼ぶのが普通であろう。
 それがどこの国であっても普通なのである。中国でもタイでも、
 それぞれの言葉で「Riben(リーベン/リーペン」「ニップン」と
 言うだろう。
 
 現地の人が日本を表すのにわざわざ英語で「ジャパン」と呼ばない
 だろう。

 それなのに、どうして日本は日本語の「ビルマ」を英語読みの
 「ミャンマー」と変えてしまったのであろうか。
 
 国連で使用されている国名が「ミャンマー」だから「ミャンマー」と
 呼ぶと説明する人がいるが、では、日本で日本のことを国連で使われて
 いる英語呼称で「ジャパン」と呼ぶのだろうか。
 
 ビルマ関係の文章を読んでいて、「とりあえず、政治的な側面を避ける
 ために、ビルマかミャンマーかは棚上げにして、とりあえずミャンマー
 と呼ぶ(書く)」と説明している説明を目にすることがある。

 そういう説明こそが、まさに政治に囚われているように思われる。
 日本語で書く場合は、「ビルマ」と書けばいいのである。軍事政権を
 支持するから「ミャンマー」を使い、軍事政権に反対するから
 「ビルマ」を使うというのは日本語を使う人には当てはまらないように
 思える。

 もちろん、もっとおおっぴらにミャンマーという呼称が定着すれば
 また話は別だが。
 --------------------
 で、
 ビルマかミャンマーかの詳しくは、以下を参照願います。
 
http://www.uzo.net/notice/quo/b_m.htm

<ビルマかミャンマーか>

以下のリンク先に、ビルマをビルマと呼ぶか、ミャンマーと呼ぶかについての様々な見解をリストアップしております。

http://www.uzo.net/notice/quo/b_m.htm

 

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