ロヒンギャ(ロヒンジャ)の最近のブログ記事

在日ビルマ(ミャンマー)の人は今


 今回の投稿は、在日ビルマ(ミャンマー)の人、ビルマ(ミャンマー)を
 支援する日本の人向けとなるでしょうか。

 こんな書き込みのシェアが回ってきました
 (一部抜粋)

 《ミャンマーだけに問題解決を要求して、率先して解決策を提案した国や
  団体は未だに出てこない。
 ミャンマー軍=悪人、ロヒンギャ=可哀想のストーリーで報道される現状を
 見ると、ミャンマーに問題を起こしミャンマーの発展を阻害しようとしている
 いるしか見えない。
 欧米諸国によりヨイショされたアウンサンスーチー女史も梯子を外されて
 格好で、昨年の外交デビューした頃の面影はない。》

 このシェアだけ見ると、日本とビルマ(ミャンマー)との関係が完全に見過ご
 されています。
 また、この内容だと、ロヒンギャ問題に関して、丁寧な議論ができないようにも
 思えます。
 自分たちの足元の活動の不十分さが見えていませんから。

 本題です。
 この「ロヒンギャ問題」は、昨年10月から様相が変わりました。
 特に政府に「テロリスト集団」と認定されたグループが表になって出てくるように
 なってからです。
 それは、疑いようもなく、多くの人が一致する事実です。

 もうひとつ、アウンサンスーチー氏は、事実上、ビルマ(ミャンマー)の代表者
 といっても、国防省・国境省・内務省は国軍最高司令官の管轄下にあります。
 これも多くの人が認める事実です。

 つまり、今、バングラデシュ国境で起こっている事態は、国軍最高司令官
 ミンアウンフライン上級大将が責任を負っています。

 じゃあ、そこで、そのミンアウンフライン上級大将は、何をしているのか?
 私の知る限り、その上級大将は8月上旬、日本を訪れています。

 日本では、京都で物見遊山の金閣寺見物、隅田川では遊覧船に乗って
 観光を楽しんでます。
 これが、今回8月25日の事件が起こる直前、ビルマ(ミャンマー)の
 国軍最高司令官の姿です。



 そこで、日本政府は、昨年から危なくなっている、この「ロヒンギャ問題」に
 関して、非公式にでも協議したのでしょうか?
 私は、聞き及びません。
 知っていたら教えて下さい。

 また、在日のビルマ(ミャンマー)人たちは、司令官の訪問に対して、何らかの
 アクションを起こしたのでしょうか?
 それも、聞ききません。

 以前、テインセイン元首相が日本を訪問した際、在日ビルマ(ミャンマー)の
 活動家(?)/抗議者は、テインセイン元首相が泊まっているホテルの正面玄関
 に掲げられたミャンマー(ビルマ)国旗を降ろし、別の旗(NLD旗?)に、こっそり
 取り替えました。
 そういう行動を起こしていました。

 ところがです、バングラデシュとビルマ(ミャンマー)国境を管轄している
 ミンアウンフライン上級大将が日本に来ていた時、何もなかったようです。
 在日のビルマ(ミャンマー)は、ロヒンギャ問題に賛成であれ、反対であれ、
 何か意思表示をしましたか?
 私は知りません。

 以前、軍政時代は、民主化活動のために、在日のビルマ(ミャンマー)の人たちは
 地道な活動をしていました。

 私が思うに、今は何かあった時だけ「華々しく」動き、自分たちの社会(←ビルマ/
 ミャンマー社会のこと)をよりよくしようとする、ビルマ(ミャンマー)の人の
 積極的な姿が今、見えません。
 関西にいる私が見えていないだけかも知れません。
 それならスイマセン。

 どうやら(一部の)みなさんは、他のことに忙しいようです。
 (*註 私の知っているビルマ〈ミャンマー〉)の友人・知人の人たちの多くは、
      地道な活動をしています。
      誤解なきよう)


 


 このページをビルマ(ミャンマー)の人も見てくれているということで、
 もうひと言、つけ加えます。

 「ロヒンギャ問題」関して、私は、ビルマ(ミャンマー)の人だけに
 問いかけているわけではありません。

 例えば、日本にもミャンマー(ビルマ)研究者もたくさんいます。
 でも、この「ロヒンギャ問題」に関して、一般の日本の人に誤解を解くように、
 積極的に動いている研究者の人は極めて限られています。
 
 もちろん、複雑なロヒンギャ問題ですから、説明はビルマ(ミャンマー)の知識が
 少ない日本の人に説明するのは大変で す。
 それでも、ビルマ(ミャンマー)社会の成り立ちをある程度、説明出来ると思います。

 でも、日本の研究者の人もそれぞれ「事情」があり、立場があります。
 それを理解していますので、私は何もいいません(というか、いろんなことで私を
 助けてくれている研究者のセンセも多いです)
 
 だからこそ、失うモノがない(笑)<←かなり真実>私の立場から
 ビルマ(ミャンマー)の人に問いかけているのです。

 もしビルマ(ミャンマー)の人から私に、「もっとビルマ(ミャンマー)を理解している
 研究者に声をかけて『ロヒンギャ問題』を広めて下さい」って頼まれても、
 私は動けません。
 そういう意味で、私も弱いです。

 ただひと言いわせてもらえれば、おかしなことを言う日本の人や
 ビルマ(ミャンマー)のことで足を引っ張る日本の人には文句を言います。

アウンサンスーチー氏批判について


 今回の「ロヒンギャ問題」で、単にアウンサンスーチー氏を、一方的に
 非難する論調が目立っています。

 そのようなことで、この問題が解決できるでしょうか。
 ロヒンギャ問題は、今に始まったことではありません。
 1970年代からずっと「続いていた」のです。

 その責を負うのは、軍事政権、今の政府、国際社会ではありませんか。
 もちろん、今、目の前で生命の危機に瀕する人をなんとかしようと努力する
 ことは、 最優先です。
 それでもこの問題をごちゃごちゃにしてはダメだと思います。

 例えば、「(ロヒンギャ・ムスリム)をミャンマーは受け入れるにはできない。」 
 と言う人がいます。
 でも、アウンサンスーチー氏は、市民権のある人はウエルカムと言っています。
 (BBCの動画ですが、その部分だけ切り取りました。
 編集はしていません。2017年4月放送)

 もし、ロヒンギャ・ムスリムを受け入れることができない、という
 ビルマ(ミャンマー)人がいたら、まず、このスーチー氏の対応をキチンと丁寧に
 批判しなければならないと思います。

 ビルマ(ミャンマー)の人によるスーチーさんへの批判や意見(非難では
 ありません)が必要だと思います。
 自分の社会が良くなるための批判や意見ならスーチーさんは喜ぶと
 思います(きっと)

 また、メディアのいくつかは、スーチーさんがこの問題に対して黙していると
 批判していますが、 きちんとした方向性のメッセージを出しています。
 それはメディアがそのメッセージを受け取れていないだけです。
 メディアもまた、自らの不十分さも反省する必要があります(自分も含めて)

 次にINGOの対応ですが・・・また次回に。


 クリックでビデオ再生(始まりまで数秒~数十秒)

ラカイン人のことも


 私はロヒンギャ・ムスリムだけの事を話題にするつもりはありません。

 ラカイン人の話もしようと思います。
 ロヒンギャ・ムスリムたちと同じように、バングラデシュのコックスバザールには
 ラカイン人たちが避難民として暮らしています。

 これもまた、ロヒンギャ・ムスリムたちと同じようにも、ラカイン人たちも
 軍事政権の迫害から逃げてきているのです。
 
 でも、多くのビルマ(ミャンマー)の人たちは、そのことを知りません。
 軍事政権の負の遺産は、否が応でも、今の政府がキチンと対応を
 しなければならないところがあります。
 
 まずはキチンと歴史を知る必要があります(これは、日本の人〈私を
 含めて〉も同じだと思います)

 だからこそ、冷静な議論が必要だと思います。


 (2012年、撮影 手前の人は編集しています)

「ロヒンギャ問題」の原因


 「ロヒンギャ問題」の最大の原因は、歴代のビルマ(ミャンマー)の
 軍事政権にあります。
 ネウィン将軍やタンシュエ上級大将などの独裁者が作った問題に、
 多くの人が惑わされています。

 問題の原因から人びとの目をそらし、人びとを対立させようとする
 ことです (実際、いろんな対立が起きています)
 
 これは、軍事政権時代に作られた政治問題から気づかないうちに
 広がってしまった歴史問題・民族問題・宗教問題です。

 「不法移民」を拡大させた一番の原因は、元軍事政権の下で活動
 していた「ナサカ」(今はなくなりました)です。

 権益を持った「ナサカ」が自分たちの利益のために多くのロヒンギャ
 たちを、バングラデシュ側からビルマ(ミャンマー)側に入れました。
 その「ナサカ」に責任を持つのは、当時のビルマ(ミャンマー)政府でした。

 多くのロヒンギャたちは「民族として認定して欲しい」とは言って
 いません (「一部の声の大きな」ロヒンギャたちが言っているだけです)
 単に市民権を認めて欲しいと言っているだけです。

 今のビルマ(ミャンマー)政府は、前の軍事政権を、良いところも悪い
 ところも、引き継いでいます。
 だからこそ、その「ナサカ」の責任も、今の政府が引き継ぐ必要が
 あります。

おでかけ、ってか


 リキシャ (力車) に乗り、難民キャンプ外へと出かけようとする
 ロヒンギャー難民たちの母と子たち。
 _DSC1364.JPG

 

斜光を頼りに


 ロヒンギャー難民の家屋には、もちろん電気はない。
 目がなれないうちは、真っ暗闇に感じる部屋の中。
 
 写真撮影には、屋根や扉のすき間から差し込む斜光だけが頼りになる。
 DSC_5155.jpg

 あ、食事中にすいません。
 笑ってますけど・・・。


  

薪売りの男の子

 
 ビルマとバングラディシュの国境地帯にあるロヒンギャーの難民キャンプ。
 キャンプ内の小っちゃな市場で男の子が薪を売っていた。
 _DSC2224.jpg

 誰が買うのだろうか?
 やっぱり買い手はいるのだろう。
 もちろん、人の生活するところに「市」ありである。
 現金は、やっぱりキャンプ外の畑や田んぼで働いて手に入れるのだろう。
 
 とりあえず食住は確保されている。
 が、それだけでヒトは生きていくわけではない。

 と、自分の思い入れや思い込みだけで写真を撮るのが時に嫌になる。
 (だったら、やめれば だって?)

陽だまりの中で(3)


 ロヒンギャー難民の暮らすクトゥパロンの公式キャンプ。
 
 陽だまりの中で女性が投網を手入れしていた。

 DSC_4781.jpg

 ため池?
 近くの川?
 
 キャンプを出て、果たしてどこで漁をするのだろうか。
 そこまでは追っかけなかったなあ。

その違いは?

 
 ビルマとバングラディシュのロヒンギャー難民キャンプ。

 同じ非公式の難民キャンプというのに、その支援と運営方法は全く異なる(ように見える)

 
 こちらはナヤパラ。
 _DSC2193.jpg


 して、こちらはクトゥパロン。
 DSC_5727.jpg

 なんでこんなにも違うんだろうか?

2017年9月

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