ロヒンギャ(ロヒンジャ)の最近のブログ記事

おでかけ、ってか


 リキシャ (力車) に乗り、難民キャンプ外へと出かけようとする
 ロヒンギャー難民たちの母と子たち。
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斜光を頼りに


 ロヒンギャー難民の家屋には、もちろん電気はない。
 目がなれないうちは、真っ暗闇に感じる部屋の中。
 
 写真撮影には、屋根や扉のすき間から差し込む斜光だけが頼りになる。
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 あ、食事中にすいません。
 笑ってますけど・・・。


  

薪売りの男の子

 
 ビルマとバングラディシュの国境地帯にあるロヒンギャーの難民キャンプ。
 キャンプ内の小っちゃな市場で男の子が薪を売っていた。
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 誰が買うのだろうか?
 やっぱり買い手はいるのだろう。
 もちろん、人の生活するところに「市」ありである。
 現金は、やっぱりキャンプ外の畑や田んぼで働いて手に入れるのだろう。
 
 とりあえず食住は確保されている。
 が、それだけでヒトは生きていくわけではない。

 と、自分の思い入れや思い込みだけで写真を撮るのが時に嫌になる。
 (だったら、やめれば だって?)

陽だまりの中で(3)


 ロヒンギャー難民の暮らすクトゥパロンの公式キャンプ。
 
 陽だまりの中で女性が投網を手入れしていた。

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 ため池?
 近くの川?
 
 キャンプを出て、果たしてどこで漁をするのだろうか。
 そこまでは追っかけなかったなあ。

その違いは?

 
 ビルマとバングラディシュのロヒンギャー難民キャンプ。

 同じ非公式の難民キャンプというのに、その支援と運営方法は全く異なる(ように見える)

 
 こちらはナヤパラ。
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 して、こちらはクトゥパロン。
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 なんでこんなにも違うんだろうか?

テキパキとレンガ運び


 ひと言でロヒンギャーの難民キャンプといっても、そこが公式キャンプか非公式キャンプか
 では、生活が大きく異なる。
 
 また、クトゥパロンのキャンプか、ナヤパラのキャンプかでも違う。
 
 そもそも、「ロヒンギャー」という存在の複雑さを理解せずに、単に"難民"として一括にしたがる
 外部者もいる(ま、私もだけど)

 
 が、そういう中にあって、子どもたちの元気さはどのキャンプでも変わらない。
 カメラのレンズを向けると、たちまち囲まれる。

 自然な姿の子どもたちを撮るには時間とエネルギーがどこよりも必要である。

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 ここはクトゥパロンの公式キャンプ。
 テキパキとレンガ運びをこなす子どもたち。

 男も女も、老いも若きも、あちこちで頭の髪の毛に手が入ります。
 
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( ↑ 大きくなります )
 
 神妙な顔つきで微動だにせずです。
 (ナヤパラの非公式キャンプ、2010年)

 食事中にちょっとお邪魔しました。

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 ( ↑ 大きくなります )
 
 ちょっと硬さが見られる写真ですが・・・。
 (ナヤパラの非公式キャンプ、2010年)

我が家を造る

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 ( ↑ 大きくなります )
 
 「難民」となった子どもたちも、こうやって自分の家を造る。
 文字通り手作りである。
 愛情がいっぱいになる我が家となるだろう(たぶん)

 が、国籍もない身分のため、果たしてこの我が家にも安心して
 住むことができるのだろうか。
 
 本来なら、脱出元である、父母の生まれ故郷のビルマに戻る
 ことができればよいのだが、もし、この子がこの避難先で
 生まれ育ったのなら、ここが故郷になるのだろうか。
 ふむ。

何もない部屋で

 ひと一人分寝るスペースさえあれば。

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 ( ↑ 大きくなります )

 そんなふうに思うのは、外から来た取材者の勝手な視点だと
 分かっているのだが。
 
 安心して眠ることができる、っていいなと思う。
 それも勝手な推測だが。

 難民キャンプにて。

 

2016年1月

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