2000年12月アーカイブ

 朝3時半、変な夢で目覚める。
 松竹芸能の芸人が「それはちゃうやろ!」っていう突っ込みで
 目覚めた(吉本芸能でないところがまたリアル)。
 ああ、あれはいったい何だったんだ。
 で、2度寝する。
 5時起床。
 5時半家を出る。
 すまないねぇ。
 仮眠中のガードマン3名を起こしてしまった。
 街灯がなく、まだ暗い通りを Mr.プリン氏はバイクをとばす。
 さすがにこの時間の交通量は少ない。
 ゴットン、ゴットンとバイクの後部座席の揺れが心地よい。
 右に左に揺られながら、ウトウト。
 と、大通りに入ると、あれ、やっぱり交通渋滞。
 *マーケットは24時間ひらいている。
 で、夜明け前だというのに人がいっぱい。
 で、相変わらずの砂埃。東の空が明るくなり始めた。
 朱色から深紅の空が広がり始める。
 や、これだ。この色が欲しかった。
 ごみ捨て場につくと、ちょうどいい空の色となる。
 が、撮影にはやはり暗い。手持ち撮影は難しい。
 で、フィルムの感度を400にまであげる。
 露出の決定が難しい。
 で、日が昇りきるまで出来るだけフィルムを消費。
 煙が広がる場所で撮影を始めたとたん、つまづいた。
 思わず右膝をついて体勢を立て直しかけたが、カメラバッグ
 の重さの反動で、げ、こけた。
 う、げ、ぐ。
 顔はゴミに埋めることはなかったけど、ズボンがどろどろ。
 長靴の中に生ゴミ進入。
 きもちわるぇ。
 で、夜明けの気分良さが吹っ飛んだ。
 ベラック先生に質問する。
 「この子どもたち、一日働いていくら稼ぐの」
 「子どもによるけど、500~1000リエルかな」
 「じゃあ、大人は」
 「4000リエルくらい」
  数日前手に入れたカンボジアの統計でスカベンジャーの稼ぎ
 が一日約$US1と書いていたから。
 そんなものか。
 9時半過ぎまで、ごみ捨て場の見学にくるというO氏を待つが、
 すれ違いか。
 ウナロムのチン・チャンナ氏に会いに行く。
 あれ、昨日対応してくれた、なんか怪しい僧が今日も
 チャンナ氏の部屋から出てきた。
 で、チャンナ氏は今日も不在。
 プノンペンで一番でかい(?)書店・モニュメントブック
 ストアにより、カンボジア関係の写真集を立ち読み。
 う~ん、やっぱ、カンボジアはアンコールワットが中心か。
 クメール人を中心に撮した写真がないぞぇ。
 キャピタルにより、Website チェックとメール返信。
 あわわ。
 6と7を間違えていた。
 11時過ぎ帰宅。
 O氏のメモ書きあり。
 「8時過ぎにごみ捨て場に行ったけど、会えませんでした」と。
 やっぱり、入れ違いになったんだ。
 ベッドの上でごろりとしているとO氏帰宅。
 5時半過ぎまでO氏と外出。
 帰りに北京飯店でミックスチャーハンと焼き餃子をテイクアウト
(3ドル)
 今日でちょうどフィルム40本終了・・・約2ヶ月取材だから、
 ちょいペースが早いかな?
 そろそろ例の下準備にかかるかな?
 帰国してから始めても遅いからなあ。
 やるなら今。
 しかし、今日はしてはいけないことをしてしまったなあ。
 人の道には反しないけど、んでも、なんか納得いかないなあ。
 明日も5時起きだぞぇ。
 いらんこと考えんと、はよ、寝よ。

 昨夜は遅くまでPIP(Prisoner in Phnom Penh ) を読んだ
 ため朝起きるのがつらかった。
 2時就寝。
 7時半起床。
 8時、 Mr.プリンのピックアップ。
 すぐにごみ捨て場横の学校へ向かう。
 ディレクターに明日からの住み込みの確認とお金の支払いの
 ためだ。
 さすがにこれ以上、砂埃は耐えきれない。
 道中、マスクを買う(お手製1こ500リエル)
 今日はディレクターはちゃんといた。
 お、オフィスに新しいコンピューターが入っとる。
 ディレクター開口一番、「プリンターが欲しいんやけど、
 なんとかならんか?」
 この人、いつも何か勘違いしている。
 さて、財布から30ドルを出しながら、部屋を借りる確認を
 してみる。
 と、なんか様子がおかしい。
 「ちょっと待て。確認してみる」と言う。
 あれ?彼の奥さんがあわただしく走り回る。
 なんか、困った顔をして、彼に言っている。
 もちろんクメール語だから分からない。
 「ちょっと、今日は確認できない。出直してくれるか」と
 言う。
 あれ、おかしいぞ。
 どうやら1階部分はディレクターの自由裁量になるようだが、
 2階部分はそうではないらしい。
 あ、カゼで予定が狂ったばかりに、うまく行かなくなった。
 ま、仕方ないか。
 すごすごと引き上げる。
 「お、ここ貸家じゃないかな」
  Mr.プリン氏、バイクを止めて、大きな鉄の扉を開けて
 長屋らしきところへ入っていく。
 やっぱりそうだ。1ヶ月25ドルだとか。
 が、大家は不在。
 Mr.プリン曰く、「このあたりは犯罪が多い地区だからやめた
 方がいいな。特に夜は危ないよ。それに1週間じゃあ貸して
 くれないし・・・」
 あ~あ、それじゃあ、自宅からここまで毎日通わなければ
 ならないのか。
 サム・ランシー氏へのインタビューの可能性を聞くため
 チャンナ氏に会いに行く。
 が、不在。 カンボジアの伝統的な入れ墨を撮影しようと
 思って、あちこち当たるが手がかりなし。
 Mr.プリン氏の知り合いの運転手が知っているというので、
 サンエイホテルまで向かう。
 その彼、ホテルの前で客待ちぶらぶら状態。
 「そうやな、プノンペン市内では難しいな、そういや3年ほど
 前に日本のカメラマンを入れ墨屋まで連れて行ったけど、
 もう詳しい場所は覚えていないなあ。たしか、そのカメラマン、
 MGというんやけど」。
 お、Mさんではないか。
 昼帰宅し、PIP読了。
 どこまでほんまの話やろ、これって。
 午後一番、キャピタルレストランで待ち合わせ。
 MYさんの Website 経由で連絡が来た加古川在住のYさん
 とだ。
 カンボジアの奥さんと一緒だった。
 うわ~、こんな人もいるのか、といろいろと話。
 Yさんもカンボジアへは初めてだとか。
 カメラバッグのストラップがちぎれかけている。
 ゴムのパッチを当てて修理。
 1000リエルなり。
 4時過ぎ、久しぶりにごみ捨て場撮影。
 今日は空気が澄んでいるから、数日前みたいに、胸躍る
 夕日を期待できるかもしれないと安易な期待。
 う、2日ぶりに現場に行って驚き。
 ゴミの山が真っ平らになっていた。
 どないなっとんのや。ブルトーザーでゴミをかき回したせいか、
 やたらけぶっている。
 と、初めて顔を見るフランス人が話しかけてきた。
 「実は、ここに有機肥料の基を作ろうという計画があるんや。
 そのための地均しやで」
 「たしかに、生ゴミは多いけど、病院からそのまま棄てられて
 いる薬品や注射針もようけみたで。で、そんなのを肥料にして、
 ええん 」
 彼は、苦笑いをするだけだった。
 う、久々の撮影で気合いが入った。
 汗びっしょりや。
 思ったほどきれいな夕日じゃなかったけど、それでもオレンジ色
 の太陽をバックに人のシルエット姿を撮った。
 ちょいクサイイメージやな。
 ま、久しぶりにシャッターを切ったんやからええやろ。
 家に帰っても全身酸っぱいゴミの臭いが抜けきれない。
 カメラバッグやウエストバッグもぷんぷん。
 「うっ」、とくるで。
 で、カメラとカメラバッグの掃除をする。
 住み込みが期待薄になりそうなので、明日は5時半出発。
 久しぶりに目覚まし時計を合わす。
 6年の時の流れは早い。
 感謝感謝。

2008年12月

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