2003年12月アーカイブ


 ・・・・・。
 ・・・・・。
 ・・・・・。

なんかええな

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 ・・・・・。
 ・・・・・。
 ・・・・・。

 12時過ぎ、電気をつけっぱなしで寝てしまったようだ。

 朝6時、自然と目が覚める。これまで通り、トー然の
 ように2度寝となる。
 7時半過ぎ頃、隣部屋のイスラエル人がどたばたし始める。
 ったく。

 9時、ようやく起きあがる。
 顔を洗い、1Fに降りていくと、テーブルは先客にフランス人
 2名とチェコ人一名、ドイツ人?1名がグッチャらと話を
 している。

 気分が悪くなるくらい(悪くなる方がおかしいが)観光客気分。
 ドイツ人とチェコ人にこの国の現状を話してやる。
 フランス人2名は極楽とんぼ。

 シャワーを浴びて10時半過ぎ、停電なり。
 外出するしかない。
 32番のバスでパンソーダン通りへ。
 IM行くと、おろ、あ、今日は休みやった。
 カレン新年。
 そうやった。
 うっかりしてた。

 澄んだ青空の下、テクテク歩く。
 MAI エアへ。
 X日~X日の間でバンコクもどりの座席予約。
 X日には国境に行きたいしな。
 サクラカフェも休み。
 トレイダーズで便所。
 きれいな作りのトイレだけど、不自然なほど
 機能的ではない。見かけ倒しだな。

 顔見知りの輩と挨拶を交わす。
 しばらく見なんだねぇ~、と。
 移転したメールオフィスへ顔を出す。
 以前の従業員は居らず。
 で、KM氏から、早速愚痴がでた。

 焼きそば喰らう。
 600Kなり。

 ホテルに戻ったのが13時前。
 停電は復旧。
 シャワーを浴びて、久方ぶりの長時間散歩の疲れをとる。

 15時20分、Dセンターへ。
 メッセージチェック。
 しっかし、遅いな~。
 ま、ADSLに慣れきってしまっていたから仕方ないな。
 1時間できっかり1000Kなり。
 おろ?値下がりしたのかいな。

 万一を考え、4種類のメールアドレスを使い分けて
 いるから、ほんま大変。
 重複メッセージを確認し、口あんぐり状態のスパムメールを
 削除。
 CD届きました、と。
 ほっ。

 16時5分前M氏登場。タクシー(1200K)にて
 インセインへ。
 ぶらぶら歩きながらちょこちょこ撮影。
 十分な写真は撮れず。

 18時過ぎ、暗くなるまで喫茶店で話し込む。
 えらい太りましたね、と。
 しっかし、音楽はやたらとうるさい。
 これは変わらないなあ。騒音に鈍感な社会やな。

 20時過ぎ、8マイルの中国レストランへ。
 麻婆豆腐、野菜炒め、青野菜、ジュースなど、
 3050Kなり。

 タクシーでダウンタウンへ戻る。
 2200Kなり。

 

先行き不安

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 1時過ぎ、ようやくホテルにチェックイン。
 いつもの503号室は先客あり。
 で、狭い501になる。
 同じ500Bなのになあ~。
 衛星放送クリアに映らず、エアコン調節できず。ったく。

 ファミリーマートへ行き、カップ麺と菓子パン2個買う。
 シャビ-な夕食。

 7時過ぎのモーニングコールを頼む。
 が、時間になっても起きあがることできず。
 9時過ぎ、起きる。
 朝食をとって、タクシーにてカオサンへ。

 いつもの旅行代理店へ行く。
 と、エクスプレスビザはもう取り扱っていない、と。
 最低でも4日かかる、と。う~んどないしよう。

 年末のため、フライトスケジュールを聞くと、
 25日以降はかなりきつい、と。
 とりあえずなんとかビザを手に入れよう。
 時計を見ると11時30分前。

 果たして間に合うか・・・。
 タクシーに飛び乗り、大使館へ向かう。

 タクシーの運転手に、12時までに着くことできる?って
 聞くと、よっしゃあぁ、任せんさい(と言ったと思う)と
 威勢のいいタイ語。
 びゅんびゅん、反対車線をとばし、裏通りをとばし、
 12時10分、大使館へ到着。

 信じられん。
 カオサンからシーロムまで30分。
 それもあの渋滞を突っ切って。
 大使館へ飛び込むと、まだ午前中の受付をしていた。
 ラッキー。最後尾に並ぶ。

 と、10分後、「午前の受付終わり~。
 午後2時から来てください」と。
 真ん前に並んでいた南アフリカ人は、「え~、2時間も
 並んでいたんだよ」と怒りの声。
 で、ここは大使館、そんな不満は通じるわけない。

 タニヤにて昼食を考えるが、どうも食べる気がしない。
 気持ちが落ち着かない。
 13時半すぎ、おなかがグルグル言い出す。
 しゃあないなあ○ホテルにで用足し。

 14時、歩いて大使館へ戻り、ビザ申請。
 なんちゅう非効率な手続き受付。
 まるで、入国はしてくれるな、という態度。
 が、 なんとかうまく話を通し、明日の午後ビザの
 受け取りとなった。
 信じられない。
 自分でも感嘆。

 バイクタクシー(100B)にてカオサンへ。
 チケットを買う。19日しかあいていない。
 仕方がない。
 タクシーで スクンビットへ戻る。
 17時過ぎ、渋滞の極み。
 約1時間20分かかる。
 タクシー代も110Bなり(普通は70Bくらい)

 K氏とアポが入るが、ちょいと時間が決定せず。
 メールチェックにいく。
 たびたび変わるアポ変更。
 そういう訳でしたか。
 で、その相手と同席することになる。

 19時過ぎ、サラディンで下り、セントラルデパートで
 ドライアーを買う(625B)・・・てへへ。
 と、電話あり。タニヤのラーメン屋で再会なり。
 太りましたね。
 ま、それはさておき、裏話を聞くなり。

 21時半、喫茶店に場所を移す。
 ヤツの携帯に電話が立て続け。
 22時過ぎ、お開きとなる。
 ホテルに戻り、パソコンを立ち上げると、真っ暗け。
 OS NOT Found と表示。またか・・・。

 約2時間あまりがんばるが、何ともならない。
 一日の最後がこれか。
 ったく。先行き不安。

 深夜2時過ぎまで『アウンサンスーチー・・・』を読む。
 
 
目が覚めたのは9時過ぎ、で、もう一寝入り。
 10時過ぎ、やっと起きあがる。
 1Fに降りていくと、やけにうるさいぞ。

 食事を終えたのに、後から来る客のためにテーブルを
 空けるというマナーさえないヨーロッパの観光客が
 騒がしい。
 
 と、T 氏、久しぶりですね。
 ぐちゃらと近況話をする。
 こうやって、時たま顔を合わせるのも悪くない。
 で、今日は、やけに優しいやんけ。
 ミカンまで剥いてくれるやんか。
 このさりげない親切がええな。

 12時過ぎまで、ぐっちゃら話をする。
 しっかし、彼氏の3又はやめたようだ。
 今は本命が1本のみ。
 ま、それがええよ。
 それとは別に、結婚を決めていたWSKは3又となっていた。
 ったく、どこが節操のあるビルマ人女性や。
 男女関係はやっぱりどこへ行っても同じかいな。
 まあ、同じやろな。

 いつもと変わりない騒々しさの通りをテクテク歩き、
 ラングーン中央駅へ。
 アウンジョに会うかな?と思ったが、甘かったな。

 タクシー(600K)でシュエダゴンパゴダへ。
 T氏、いるかな、と思ったがいなかった。
 ま、観光客のシーズンだから当然か。
 北、東、西と場所を変えながらしばしボーとし続ける。
 楽しそうなビルマの人々が目の間にいるなあ。

 軍政下で苦しんでいるようには全く見えない。
 ほんと不思議な光景だ。
 笑顔いっぱいの家族連れ、寄り添うカップルたち、あるいは、
 懸命に拝む人たち。
 それぞれが、たくましく生きている。
 生があふれている。
 苦しんでいると思える人びとの状況を変えようと、自ら勝手に
 
思い込んで、今の仕事を続けているのは、なんかアホらしく
 思えてくる。
 もっと苦しんでいるのは自分じゃないのかな。
 己こそが救済の必要があるのとちゃうかいな、と。

 17時過ぎ、やっぱり会えないな、と思う。
 落胆している自分に驚きながら、東門を下りる。
 いつも行く喫茶店でコーヒーを飲み、タクシー(700K)
 にて町中へ戻る。

 O にて魚のあんかけを喰らう。

 ホテルに戻ってTVをちらりと見てしまう。
 首相のKが、相も変わらずどこかのお寺のお坊さんに献げ
 ものをしている。
 その気分の悪くなる映像を見て怒りがメラメラとわいてくる。
 この時代に、なんか漫画(劇画)のような光景だ。

 馳星周の本を読み出す。

 8時過ぎ、起きる。

 急ぎ朝食を済まし、バスにてインセインへ。

 9時半、SM氏と再会。
 約1時間、奥さんも交えて和平交渉の裏話の裏の話をする。
 なんでも、K氏曰く、今回の機会が最後だと(昨日そう
 言われた、と。記念の写真をもらい、10時半、おいとま。
 タクシー(1700K)にてマーケットへ。
 両替、1ドル885Kなり。

 おろ、S のオフィスがなくなってた。
 さて?どこへ移ったんだろ。その近くの散髪屋で髪の毛を
 整える(300K)

 12時半すぎ、ホテルに戻る。
 16時過ぎまで仮眠する。

 夕食のためチャイナタウンのK亭まで行く。
 が、なんと店じまい。
 おろ~。驚き。

 バスでスーレーパゴダまで戻り、O レストランにて
 焼きめしと豆腐料理。
 O のゲストハウスも完成したとか。
 でも、満室。

 なんかビルマに戻った感じしない。
 あかんでぇ~、以前のようにのんびりしたら。
 気を引き締めな。
 今回は、時間がないのやし。

 2時過ぎまで馳星?『虚の王?』を読了。
 こういう小説をほんのたまに読むのも悪くない。
 文章の流れがつかめるからね。

 田辺/根本『ビルマ軍事政権とアウンサンスーチー』の
 残りを読了。
 コーヒーを飲みながら寝てしまう。

 8時過ぎ、電話あり。
 何かパニック状態。
 で、落ち着いて、と。
 10時半過ぎ、待ち合わせ。

 ゆっくり朝食を食べ、一寝入りして、シャワーを浴びて
 Dセンターへ。
 10分の遅刻でした。
 久しぶりに会いました。
 で、太りましたね、が第一声とは。
 グッチャラ続ける。
 で、今後の予定など。

 14時過ぎ、いったんお開き。
 メールチェックをする。
 と、たまっとるわい。
 で、ここまで来て仕事かいな。
 ほんまに休む間、ちゅうか気の抜く暇ないなあ。

 Dセンター、1時間ちょいで、1300Kなり。
 タクシーにてインセインへ向かう。
 軍の施設前のなだらかな登り坂、タクシーが急にエンスト。
 周りの警備の兵士が大あわてで出てくる。
 軍の高官が来るらしい。
 警備が厳しい。
 兵士と交通警官が怒鳴る。
 こちらも冷や汗。
 何でこんなところでエンストなんや。
 こんなところで怪しまれたら元も子もない。
 すぐに違うタクシーに乗り換える。
 エンストタクシーに500K払う。

 インセインに着いたが、タクシーにはお釣りがない。
 結局900K払う。
 1200Kのはずやったのに。

 今日はカレンの新年祭の初日。
 明るい時間では人ではそう多くない。
 そいや去年は1月3日だったな。
 SLと一緒だったような。
 今年も同じく人力観覧車に乗る。
 客が少ないのでなかなか回してもらえず待ちぼうけ。
 結局40分以上乗っていた。
 その間、観覧車を回してもらったのは2回のみ。

 19時前、ダンス会場へ。
 と、一番前に座らせてもらえた。
 激しいカレンのドーンダンスを堪能。

 20時半過ぎ、 食事をするところを探すが、適当な
 レストランや食堂はなし。
 ちゃっちいパブ風カラオケ点でタンミンパウンを喰らう。
 一人600Kなり。

 22時過ぎ、タクシー(2500K)にてダウンタウンへ
 戻る。
 菓子パンを3つかって帰る。
 写真を転送し、ちょっと一息したら、おろっ、零時前。
 あっという間に時間が経った。

 本を読もうとしたら、おろっ、寝入ってしまった。

なんとか移動

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 2時半過ぎまでパソコン復旧に取り組むが、結局だめ。
 OSの再インストールを考えるが、それだとデータが
 すべて消える。
 う~ん、Dドライブにデータだけでも移していたら
 よかったのにぃ。
 まさか、と思っていたがなあ。
 何が悪かったのだろうか。

 10時すぎ、インターコンチネンタルにてK氏と再会。
 情報交換をしながら、ビルマ取材いかがですか?と。
 やはり新聞社のような大きな組織になると身動きとれず、
 かな。

 郵便局へ行って、CにCDを発送。
 なんとか間に合った。
 12時、ホテルをチェックアウト。

 T氏と13時に待ち合わせ・・・のはずが連絡が来ない。
 仕方ない、SDに向かうか。

 14時10分すぎ、あたふたと T氏登場。
 ま、タイだから1時間の遅れはオーケーかな。
 食事をしている時間はない。2人して大使館へ。

 15時30分、無事ピックアップ。
 何で今でも我ながら不思議だ。

 XでXへと戻る。
 T氏とは立ち話と歩き話と車中話だけになる。
 さ、次はチケットのピックアップや。
 もう16時過ぎ。
 タクシーにてSKへ。
 車中、ぐっすり眠る。
 この渋滞にも運良く1時間10分で旅行代理店に滑り込む。
 これまた幸運なことに、18時の渋滞を1時間で抜けて、
 無事Kに到着。
 後まだ40分ある。

 KKへ、が、やっぱり席が確保できない。
 あ~あ。ま、なんとかなるやろ。

 19時15分の出発なり。
 20時過ぎ、到着。
 入国で・・・ちょいとビビる。
 21時、ホテルにチェックイン。
 すぐに電話連絡なり。

 が4件とも、不在。
 あれ~。SR 氏とだけ連絡取れる。
 明日の9時にアポ入れる。

 深夜、荒ゴミを出しに自宅と2往復。
 途中、新聞を入れている袋が破れ、大あわて。

 中村哲『辺境・・・』を部分的にツン読する。
 ダイエットコーラを開ける。
 冷蔵庫も空っぽにしなければならないし。

 朝刊を読んで、7時過ぎ就寝。
 10時過ぎおきる。
 ツアー会社にチケット引換券 のファックスが届いて
 ませんよ、と。
 借りていたラップトップを返却するのに、OSを
 アップグレードしよとしたらトラブル発生。
 ったくぅ~、このクソ忙しいときに。
 電話と携帯が鳴り続ける。
 インタビュー?むむむ。
 ま、情報交換ができたからいいけど。
 あかん、明日の用意、何もしていない。
 宅急便を2つ発送。
 バイクのカバーとテイルキャリアーのネジを買いに行く。

 20時過ぎ、ちょっと一息。
 チョコレートをほおばる。

 じっくりと書きたいことがあるが、余裕がない。
 一足早い、年末年始の挨拶をBCCその他で送る。
 納豆と豆腐のヘルシーメニュー。

 このヘルペスはストレス以外の何者でもない。
 結構、ココロの弱さが表れてるんやな。

 世の中、なんと不条理なんだろう。
 我が身を振り返ってしまう。
 涙しても、どうにもならない。同情なんてもってのほか。
 元気づけの言葉を探すが、思考が宙をさまよう。
 チームメイトとしての役割を果たすのみ。

アポのはしご

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 ホテルでチェックインしていると、ホテルのスタッフが
 読売新聞の号外の束を持ってきた。
 一部もらう。
 うわ、ほんまや。フセイン氏拘束や。
 コンビニに寄ってメロンパンと無糖アイスコーヒーを
 買ってくる。
 部屋に入り、ぐったり。
 睡眠不足で頭が朦朧としているが、BBCや日本のニュースで
 フセイン氏拘束のニュースを見る。
 3時過ぎ、知らん間に寝入る。
 8時、モーニングコールでおきる。
 ふぅ、ふぅ、しんどい。
 10時、ホテルをチェックアウト。
 外務省近くの広告代理店へ。
 ポスター制作の打ち合わせ。
 素材だけ無料提供なり。
 12時半、蒲田駅での 書名活動を撮影。
 しっかし、K氏の奥さんのMさんも必死だが、それ以上に
 K氏の勤め先の社長さんが献身的なので、涙腺がゆるみ
 そうになるわ。
 まだまだ捨てたもんやない。
 うん。
 14時半、築地へ。
 久しぶりの編集部。
 久しぶりの部員、うわ10年ぶりかな+初めて会う部員氏と
 簡単な話をする。
 まあ、詳細は、帰国してからということで。

 16時、水道橋の編集部へ。
 その場で色校の確認とゲラの最終チェック。
 第2弾のゲラチェックは、帰ってきてからということで。
 編集部に献本が陳列されていた。
 名前を提出したら、好きなだけ持って帰っていいよ、と。
 来て良かったな。
 荷物が増えるのを覚悟で、本2冊、画集を1冊頂く。
 神戸の旅行代理店から電話。
 チケット取れました、と。
 ほっ。

 19時、高田馬場へ。
 ビルマ滞在中に教えてもらった在日ビルマ人の家を訪ねる。
 ベルを押すが不在。
 空振りか。
 連絡先のメモだけ残す。
 20時13分ののぞみで関西へ。
 あ。新大阪止まりやった。
 ちぇ。
 車中、中村哲『辺境で診る辺境から見る』を読むと、
 「ビルマ(現ミャンマー)」という表記があった。
 決してミャンマー(旧ビルマ)ではなかった。
 意識的だとすれば、おそらくそうだろうが、たいしたものだ。
 23時半過ぎ、Kに戻る。
 日付が変わる前に、ガチャリ。


 朝6時半過ぎ、ようやく作業が一段落する。
 ふぅ~っと一息。
 ネット上からホテルの予約。
 日曜日の夜だから6割引のホテルもある。
 山手線のど真ん中に宿をとる。一泊4200円。
 安すぎる。

 2時過ぎの「のぞみ」・・・う、禁煙席はいっぱい。
 ひかりにて、東京に向かう。
 列車内ではひたすら寝入る。
 17時10分、東京着。
 地下鉄を乗り換え、後楽園へ。
 会場にはぎりぎり20分前に入る。
 すぐにラップトップのセットアップ。
 18時、まずは、入管に不条理な形で収容されている
 在日ビルマ人の奥さんが訴える。
 TBSとテレ朝が来てました。
 それに続いて、報告会スタート。
 やっぱりここでも真面目な報告会となる。
 うむむむ。
 21時過ぎ、時間オーバーで終了。
 これまでネット上だけでつきあいのあった人たちと
 初顔合わせ。
 
 う~ん、やっぱり想像と実際とはちゃうもんや。
 フセイン氏拘束のニュースあり。
 うわ。
 会場近くのアジアンキッチンにて会食。
 出席者は、ビルマ関係のNGOの事務局の人2名と
 私の3名のみ。
 こぢんまりとしてました。

 料理が出てくるのが遅い!
 温厚なK氏も目がピキピキ。
 吹き出しそうになる。
 う!なんと!
 思いは遙か遠く、地球の反対側。
 23時20分過ぎ、お開き。
 地下鉄の最終、半蔵門線にてホテルに向かう。

作業に没頭

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 今夜は井印『果てなき航路』を聴く。
 夕方から明日のスライドショーの準備を始める。
 一晩中の作業になりそうやな。

 新井、オオカミ狩り、を聴く。
 しっかし、なんで米軍にフセイン氏を拘束することが
 出来る のだろうか?
 どんな権限があるのだろうか。
 いったいどういう罪が。
 大量破壊兵器が見つからないから、米英軍は
 侵略軍だろうが。
 もし、過去の罪でフセイン氏を裁こうとしたら、米軍は
 過去、中南米でしでかした極悪非道暴虐の非をまず自ら
 正さねばならない。
 個人の不条理と社会の不条理を考えると、もう、お先真っ暗。
 でもね。
 引いたらあかんのやね。
 抗いもないような大きな力に翻弄されながらも生きるヒト
 がそこにいるから。
 それは、もしかしたら自分かも知れないから。

 一睡もせず出発準備。
 う~ぎりぎりやな。
 出発直前、講演会依頼の打診電話あり。
 ふぅ~、ここまできてもかぁ。

 14時10過ぎ、迎えのライトバン乗り合いタクシー到着 。
 車中、ずっと寝ていた。
 約1時間で関空へ。
 すぐにチェックイン、帰りの席が取れていない。
 その場で、キャンセル待ちを入れてもらおうとするが、
 全く融通の利かない新米スタッフに当たってしまった。
 ったく。
 強めにクレームを入れると、ぎりぎりキャンセル待ちだけ
 でも入れてもらう。
 今回荷物は28Kだけ。
 んでも、手荷物が多いと指摘される。
 あ~、ったく、そんな杓子定規にしてどないすんのぉ~。
 17時半前、予定通り出発。
 あれだけ窓側の列の通路側の席を頼んでいたのに、
 そうなっていない。
 ったく。
 インチェン空港での待ちは約1時間。
 19時20分、予定通りバンコクへ向けて飛び立つ。

 これまた予定通り、0時すぎバンコク到着。
 で、いつもの通りうんざりする入国手続き。
 手荷物が多いから大変。
 で、飛行機はターミナル2に到着して、なんで入国審査を
 ターミナル1でするのや。
 ったく。
 並ぶ列によって天国と地獄の待ち時間を経験する。
 どうしてもっと並んだ順番通りに手続きが済むように
 しないのか。
 荷物をズルズル引きずる。
 入国審査を終え、荷物をピックアップし、2万円を
 バーツに替え、タクシー(140B+70B+50B)で
 スクンビットへ。

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 <作業に没頭>

 今夜は井印『果てなき航路』を聴く。
 夕方から明日のスライドショーの準備を始める。
 一晩中の作業になりそうやな。
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 1時半過ぎ帰宅。
 神戸は雨はやんでいる。
 ダイエー付近ではやっぱり、客引きの中国人の
 お嬢さんたちがたむろしている。
 なれなれしく腕を回してくる。
 はい、はい。学校行きなさいね、という。
 はい、と素直な返事。
 夜中に野菜炒め。ちょっとだけ麺を落とす。
 あ~眠たい。
 昨日雑誌を買ったのは、はT氏が書いているのがその理由。
 結局、7時半まで、いい加減にツン読のみ。

 10時に目覚ましを書けるが、トー然起きあがることできず。
 電話がなっているぞ~。
 旅行代理店から電話。
 キャンセル待ちの席がとれません、と。
 なんとかしておくんなさい。強硬にお願いする。
 編集部から電話。色校正のため、編集部に来て欲しい、と。
 ビルマ関係、カンボジア関係、プロダクション関係、
 訳チェック。
 形の違う依頼がいろいろ来て、もう、トホホ状態。
 どうなっとんねん!
 岡山のGT氏、ごめんな~。
 コロラドのM氏、来るんかいな?
 何で削除?ってメールが来る。

 天気、ぐずる。
 今日から、ルミナリエ始まる。三宮は人だらけだろうなあ。
 17時過ぎ、家を出る。
 今日も電車の中では『底抜け・・・』を読み続ける。
 ほのぼのとしすぎや。
 でも、羨ましすぎる。
 あそこまで突き抜けることができるかのう。
 名前を出して日記を書いてやろうかと、ふと、
 いたずらココロが起こる。
 ただでさえ少ない友だちがいなくなりそう。

 ビルマ学習会。15分の遅刻。
 で、部屋に入ってみたら、おろ、いつものメンバー4名のみ。
 ざっくばらんにできるなあ。VCD上映。
 21時終了。
 T氏、もうすぐ東チモールへ旅立つ。
 2年間ですか~。
 今宵は簡単にうどん屋へ。
 みそうどんを頼む。
 「良いお年を」。今日もちょいと早い年末のご挨拶。
 帰りの電車を1本やり過ごし、座って帰ることにする。
 疲れてるわな。
 ストレスのピークがずっと続く。
 愚痴を言おうかな、と思うが、やっぱり引いてしまう。
 自分でじっと我慢して、耐え切らねば。

 23時10分の急行に乗る。
 あの、松下氏の、柔らかすぎる調子。
 なんとかマネできんかな。
 三宮周辺、人出それほどでもなし。
 のダイエーで買い物。
 日付が変わる前に帰宅。

不在です

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 本日から海外取材に入ります。
 海外でのメールは、
uzo@clubaa.com あるいは、
 
uzouda@infoseek.jp まで お願いします。

 メールの返信が遅くなることがあります。
 悪しからず。

 ソフトのインストールの間にネットでニュースを読む。
 と、読売新聞のネットニュースで、ビルマ軍政とKKUが
 停戦というスクープが流れていた。
 ちっ、あのソーソー氏が先頭にたってたのか。
 あのぉタヌキおやじめ。

 4時過ぎ、やっとこさラップトップの無線ランが復旧する。
 原因が分からないのがいっちゃんいやや。
 6時過ぎ就寝。

 10時半起床。
 夕方注文してたCRTが届く。いまだにブラウン管。
 でも、色がいいという、未だに予約販売の新品の代物。
 12月半ば発売予定。一足お先に納期になった。
 19インチ、フラット設計。
 なかなか、というか、かなり見やすい。
 今までのとちょいちゃう。
 黒が引き締まる。明るすぎるので、コントラストを弱くする。
 雨なり。
 冷たい雨なり。
 梅田に向かう電車の中で松下竜一『底抜けビンボー暮らし』
 を読む。
 最近、涙腺が弱くなっているようだ。ドキドキしながら読む。
 アカンで、泣いたら。
 紀伊国屋にて 『創』、『噂の真相』、『潮』、『論座』
 を買う。
 18時半、地下鉄淀屋橋駅で待ち合わせ。
 15分の遅刻ですよ。
 で、 修理済みのカメラを託す。
 19時半、梅田のプサンにて同窓会。
 10分前に店に入る。
 一番初めに現れたのは、N氏。で、続々と続く。
 最終的に8人の出席者。
 11時、お開き。
 井印のCDがっぽり。うわ。
 たまごが現れず、え。それから2次会へ。
 東通りからちょいとした小料理屋へ。
 11時35分過ぎ、お開き。
 11時45分過ぎ、阪急梅田3階乗り場へ。
 1年半ぶり?の再会。
 わいわい、と。
 0時発の最終で神戸に戻る。
 御影まではゆでたまごと一緒。
 それから、じっくり松下氏を読む。

 朝までかかって原稿の修正と写真編集。
 8枚だから、すぐに済むと思ってたが甘かった。
 現場の地図を探したり、作り替えたりしてたら、
 あっという間に朝になった。

 朝刊を読んであんぐり。
 新聞までもTVと同じ調子の伝え方。
 ほんま、商品情報機関と化している。
 そう、こうやってじわじわと流されていくのか。
 12月8日が本当の開戦の日でなかったように、次に来る
 取り返しのつかない日は、こうやって進んで行くのだなあ。
 TVや新聞は、その歯止めになっていない。
 あ、歯止めになっているという幻想を持っていた自分が
 あかんのや。
 ったく。
 反対論の多くは(すべてではないけど)、どれも、
 「殺されるかも知れない」「被害に遭うかも知れない」と
 いう伝え方。
 もしかしたら、現地で罪もない人を「殺すかも知れない」と
 いう主張は少ない。
 あくまでも、日本の都合による派兵。
 石油に依存しているから、中東が大事。
 だから安定させなければならない。
 それは日本側の都合。
 抜け落ちているのは、イラクの人の存在であり、苦痛で
 ある。
 ま、もっともこの侵略は米国の勝手で始まった、いまさら
 それをどうこう言うもんでもないが。
 が、言い続けねばならない。
 不条理のまま殺してはいけないのである。
 それに荷担してはアカンのである。
 命の重さは同じでなければならないのである。
 どうにか、生きていて欲しいと、知己を思いつつ、
 見知らぬ人の存在を思う。

 ABCラジオを聞きながら、ウトウトする。
 と、いつもは、ったく、と思わせるD氏、その次の番組の
 S氏も、番組自体をこのイラク侵攻について時間を割いて
 いる。
 それでこそ、や。
 しらんまに寝入る。
 昼過ぎ、セールスパーソンがドアのベルを押し、扉の前で
 怒鳴りまくる。
 で、怒鳴り返す。
 ったく。

 ええ天気風曇り空。
 三宮に行く。銀行と郵便局とチケット屋をはしご。
 修理済みのカメラをピックアップ。
 市役所横を通るとルミナリエのリハーサルをやっていた。

 ラップトップの無線ランがやはりおかしい。
 初期化しても動かない。
 Ya●●に電話をし、1時間半ほどあれこれやるが、だめ。
 ランカードのメーカー(●●●a)に電話をして、
 いろいろやるが、これもだめ。
 ったく、使いもんにならんサポートセンターや。
 結局、いつも末端の消費者が困る。
 何がサポートセンターや。責任の押し付け合いやんけ。
 結局、時間と電話代の無駄。
 結局、OSを初期化せざるを得ないか。
 う~。あ~、しんど。
 さ、時間が限られてるぞ。

 7時半、起床。
 ぬた~っとした目覚め。
 と、西北にそびえ立つ富士山。
 生富士を見たのは2度目。
 きれいやな~。ちょいと 感激。
 I 先生がわざわざメロンパンを2個買っていてくれた。
 富士山のようなパン。それも感激。
 久しぶりにおいしいドリップしキノコーヒーも飲む。
 それも大量に飲む。
 I 先生とぐっちゃら。
 なぜか共通の知人が多い。
 やっぱり研究期間はええなあ。
 資料がふんだんに使えるもんなあ。
 9時40分のスクールバスで駅へ。
 11時09分ののぞみにて関西へ。
 車内で『毎日新聞』、『日経新聞』、『週刊朝日』、
 『週刊新潮』を読む。
 フムフム。
 ちょっと間に比べて、なんだか読むところが増えたような、
 そんな気がする。
 新神戸で下りて、スーパーによって将kりょうひんの買い出し。
 やっぱり野菜が中心。
 ベジタリアンでもないのになあ。
 それだけ無意識的に身体のことを気にかけてるんやろなあ 。
 野菜ジュースを買うなんて信じられへんし。

 いっきにメッセージがたまってる。
 ちょっと疲れ気味。
 ラップトップの無線ランがおかしくなっている。
 ネットにアクセスできなくなっている。
 なして?
 YahooBBのカスタマーセンターに連絡し、
 40分ほどかけていろいろする。
 が、原因分からず。結局、すべての設定を初期化するハメに。
 東京の編集部から連絡。原稿の修正と写真送付の確認。
 う~、やっとこさ落ち着けると思ってたのにぃ。
 でも、仕事ですから。
 2時間ほど仮眠。
 いよいよイラク派兵が決まりそうだ。
 それに対して、メディアは「危機感」をもって報道しているか。
 ま、この国は行き着くとこまでいかなあかんからなあ。
 知らんぷり、はできないぞなもし。
 22時過ぎ、23時過ぎのニュースでイラク派兵を
 取り上げると思っていたが、難のことはない。
 それなりの時間枠でのみ放送。
 いくら気張って、この派兵がいかにおかしいと憤ったとしても、
 (23時のニュースは比較においてましだったが)、
 あんな伝えようじゃあ、全然危機感がないのは。まるわかり。
 やっぱり、情報としてしか伝えられていない。小泉首相が
 言ったことをそのまま伝え、それに反対する人の意見を
 伝えている。それだけ。
 どれだけのことがこの派兵が重大が分かっていない。
 もっと時間を割いて、本当ならすべての枠をこのニュースの
 ことに使ってもいいはずなのに。
 そうは決してしない。
 自分の番組ならそれができるはず。
 要はやる気がないのだ。

  pic_grey.jpg
 
朝起きて、目に入る風景としてはぜいたくすぎるな。

 日付が変わってベジタブルバーモントカレーをこさえる。
 ジャガイモ入れすぎた。

 2時45分過ぎ、ラジオ放送が終わった。
 日曜日の夜(月曜日の早朝)は、話し声がなくなるので、
 ちょいと寂しいな。

 で、なんとか原稿に集中。
 3時前、ようやく2つ目の原稿、第一稿が終わる。ふぅ~。
 さて、現実問題に向き合うか。
 いや、できん。逃げよ、っと。
 10時半前、家を出ある前に原稿の修正を終え、
 送信、バシッ。
 駅に着くと、と、指定はいっぱい・・げっ。
 お、2つ席が残ってた。
 毎日新聞と噂の真相別冊『日本のタブー』を買う。
 11時27分ののぞみで新横浜へ。
 線を乗り換え、横浜駅へ。して、戸塚で下りる。
 15時15分に着く。
 15時半、ちょうどトトロO氏と待ち合わせ。
 教員用のバスに乗る。
 約15分で到着。ふぅ、出迎えあり。
 しばし、研究室でぐっちゃら。
 16時半、報告会の部屋へ。最近はどこも設備がいいなあ。
 16時45分からスライドショー開始。
 途中、休憩をはさんで、18時15分、終了。
 しっかし、びっくりするくらいまじめな質問が多かった。
 寝る人は誰もいなかった。
 大量のイメージのため、ゆっくり見てもらう時間なし。
 取材した内容を効果的に伝えるのは、やっぱり2部制に
 した方がいいかな?
 写真家とジャーナリストの狭間で、ちょいと考える。

 今日は12月8日、ジョン・レノンの命日、いやいや、
 開戦記念日だと世間は言うけれど、よく考えたら。
 12月1日の御前会議で開戦は決定。
 攻撃という現象の裏には、もうすでに物事は進んで
 いたのである。
 ----------------------------------------
 11月5日、「帝国国策遂行要領」が御前会議にて承認される。
 内容は、
 一、 武力発動の時期は12月初頭。
 二、 対米交渉は別紙要領により行う。(11月30日を
 期限に対米交渉は続ける。これが成立すれば武力発動は
 中止。日本軍は直ちに南部仏印から撤退する)
 三、 ドイツ・イタリアとの提携強化。
 四、 武力発動の前にタイ国との間に軍事協力関係を作る。
 この席で鈴木企画院総裁(東条内閣でも留任)は物的国力に
 ついて次のような内容の発言をしている。
 「対英米戦の場合は、長期戦の性格を有するため、戦争の
 遂行に必要な国力の維持はなかなか容易なことではない。
 しかし座して相手の圧迫を待つことに比べれば、国力の
 保持上有利であると確信する。」
 11月26日、アメリカ側より新しい提案が出る。
 これがいわゆる「ハル・ノート」。
 この提案でのアメリカ側の、日本側に対する要求は、
 一、 日本軍の兵力及び警察力を中国(ただし満州は
 のぞく)と仏印から撤退すること。
 二、 重慶政府(中国国民党政府)以外の支援をやめること。
 三、 中国における治外法権を放棄すること。
 四、 アメリカ・中国・イギリス・オランダ・タイ・ソ連と
 の間に多角的不可侵条約を結ぶこと。
 五、 在日アメリカ資産の凍結を解除すること。
 六、 日独伊三国同盟は、太平洋全域については
 適用されない、と声明すること。
 これで日米交渉は完全に決裂。

 12月1日、御前会議にて対米英蘭開戦決定の聖断が下る。
 12月8日、日本軍、マレー半島に上陸。連合艦隊が
 ハワイ真珠湾を奇襲攻撃。
 対米英蘭に宣戦布告。
 ----------------------------------------
 ちゅうことは、実質的に11月5日に戦争は始まっていた
 と考えてもいいんではないかな。
 12月8日の攻撃のために、
 実際、戦艦は出動していたのだから。
 現象面だけを伝えるニュース伝道者とはおさらば、さ。

 報告会の後、理科(科学?)の実験室にて懇親会なり。
 メニューはおでんとピザなり。
 ビーカーにビールを入れての乾杯かぁ!
 アルコールを飲まない私は、ままよ。
 担当の I 先生はアフリカ担当の、めちゃくちゃフット
 ワークの軽い先生だ。
 生徒に一人は、この懇親会の様子に、あたふた、
 胸ドキドキとか。
 22時半過ぎ、お開き。
 郊外に位置する大学のため、静かだ。
 O氏は女子学生と歩いて駅へ。

 I 先生と施設内のホテルに泊まる。
 23時過ぎ、シャワーを浴びて、ちょっと気が楽になる。
 今日は早く寝ることができるぞ~。
 モバイルギアは電池がアウト。
 やっぱり充電式リチウム電池は通信には不向きかな。
 で、ラップトップを立ち上げる。
 メールをチェックすると・・・あわわ。
 企画書出すの忘れてた・・・!
 あ~あ。
 松下竜一『底抜けビンボー暮らし』を手に取ると、寝入った。

  pic_grey.jpg
 一風変わった、実験室での食事会。



 1本出し終わると、ふっ、と気が抜ける。
 連絡業務を続ける。
 う~、先が長い。終わらない。

 1時過ぎ、ガーリック、タマネギ、勇気(有機)にんじん
 と麺を炒める。
 力出さなきゃ。
 新聞をじっくり読む。
 考えながら読む。
 ようやく新聞の切り抜きにも増えてきた。本調子かな。
 ネット上でニュースを読む。
 ウエブ再構築の案を練る。
 今までサービスだからログを解析するにも一苦労。結局、
 ソフトのコマンドの使い方が分からず、できなかった。
 あ~あ。やっぱりそれなりの対価を払わねばならないの・・・
 これ以上、ってこと?
 朝刊読んで、7時過ぎ寝入る。
 ラジオでマラソンを聞きながら、再び寝入る。
 外はまぶしいぞ。
 カーテン開けることできず。

 昼過ぎ、・・・。やっぱりな。そうやったか。愕然とする
 メッセージ届く。
 恐れていたことが現実になった。

 頭が真っ白。胸が痛い。思考回路・感情回路が遮断された。
 やっぱり涙は枯らしていて正解。

 無謀なことをしようとしていた矢先だけに急ブレーキと
 なった。
 ネット上にて情報収集。
 思いこみよりも客観情報が必要。
 そうか。

 ミカンを食らう。
 甘い。
 感覚あるんだ。
 生きている証拠。
 千葉氏の著作を取り出す。

 16時過ぎから2本目の原稿を書き始める。
 2回じゃあ、書ききれないなあ。
 4回は欲しいなあ。
 だからまとまらない。
 1年の取材を2回では無理や。
 まとまらん原稿やな。
 やっぱり上手く書けんわい。

 4時半すぎ、3回目の推敲終了。
 ほっ、として、朝刊に目を通す。
 しかし、日本人が殺されて大騒ぎ。で、イラク人が
 殺されてもそれほど騒がない。
 それはやっぱり国が違うから。
 殺されたお二人とは面識もないのに、なのに、平常では
 いられないのは、なぜ。
 同じ人間なのに。同じ不条理な死なのに。
 この違いはなに。
 これをきちんと整理しないと、自分の仕事の方向性が
 定まらないぞ。
 う、壁や。
 8時すぎ、約30分の仮眠。
 9時、小雨降る中、HATT神戸の国際交流フェスティバル
 会場へ。
 1Fに41点の写真がずらり。
 デジカメでもここまできれいに伸ばせるか。
 ちょっと感激。
 ま、それは腕のせい、へへへ。
 顔見知りが何名か。
 エルサルバドルからの研修生と話をしようとするが、
 スペイン語が出てこない。
 思わずビルマ語がでてきた。あれれ。
 来年、思いやられるぞ。
 10時過ぎ、麦チョコと有機にんじん、食パンを買って帰る。
 雨が本降りになりそう。
 東南アジア史学会、受付は13時半か。
 ちょいと仮眠しよう。
 で、目が覚めたら15時。
 あらら。
 また、この繰り返し。
 行けませんでした。

 21時半すぎ、原稿の一発目発送。
 ちょっと気が休まる。

 仙台に電話。
 ボストンの友人が里帰り中。
 で、プライベートは、ううう、とか言いようがない。
 しっかし、お互いやな。こればっかりは。
 写真談義になる。
 結構、というか思った以上に頑張ってる。
 まあ、やり方→進む道は違えと、刺激になるなあ。
 がさつなヤツやと思っていたが、結構マメやったんやね。
 どうとり続けるか。
 まあ、フリーランスとそうでない立場はあるものの、
 影響力 のある写真を撮ろうと考えると、やっぱり、
 最近の自分の写真の取り方を振り返ってしまう。
 今はぎりぎりの線で頑張っているっていう感じ。
 これ以上、日本式の写真におぼれてしまうと取り返しが
 つかないようや。
 J・ナックウエイの写真集をこれでもか!と眺めな
 あかんなあ。
 書いたら写真の力は、確かに落ちる。
 でもそうでないと食っていけない。
 これ以上、どうやってフリーランスとして生き延び方が
 あるのだろうか。
 困ったぞ。
 これ以上、自分を追い込め、ってことかいな。

 今月後半の予定について、正直に報告。
 無事、安全を祈ってください・・・その一言を書くことが
 できなかった。
 自分自身にわだかまりがあるんやな。

 セットになったポストカードをバラにし、せっせと袋詰め。
 100枚ですね。サービスで124枚、入れときますね。
 写真展の準備が上手く行かないようだ。
 明日からなのに。

 風邪気味。
 咳はないが、だるい。
 鼻じゅるじゅる。
 肉体が病気になると、自覚症状がある。だが、心が病気に
 なるとどうなるのだろう。
 おそらく今、そんな感じだ。
 無気力ではないが、やる気が起こらない。
 寒さのせい。それともピーカンの天気のせい。
 スケジュールの確認をしていたら、おお、締め切りが今日?
 12日だと思っていた。
 頭の中に稲妻が走る。
 ゴロゴロゴロ。
 が、動けない。動かない。
 あ~あ、という気分。
 急ぎ、編集者に正直に連絡。

 このやる気のなさは、ココロの病気や。で、じっくり
 寝るしかない。
 昼すぎ、ポストカードパッケージを送る。
 やっとこさ外出。
 布団の中でネット上のニュースを読む。

 夜、ようやく原稿の下書きの準備に取りかかる。
 ビルマ滞在中の日記を整理し始める。
 資料の新聞を横に置く。
 日記の整理が結構時間を食う。だぶっている記述もある。
 日付が変わる頃から、びしばし書き始める。
 15枚程度だが、ラフを描き終えると、あっという間に
 25枚に達する。
 今月出た雑誌とかぶってはだめだから、内容をチェック
 しながら修正していく。
 ストレスが・・・迫ってくる。
 で、自己虐待へ。爪をかむ、左の腕をかきむしる。
 悲しい性なり。

 1時過ぎ、散会となる。
 I 氏はH氏の自転車を借りて帰宅。
 私はバイクで、ダッ!
 う~、深夜の空気は冷たすぎる。
 帰宅後、ブルブル。
 で、 ああ、なんか腹減った。
 昨日の残りのベジタブルカレーを食らう。

 今日の会話が弾みとなり、未返信のメッセージを一気に
 書き上げる。
 これで最後じゃ。
 バシッ!
 <bomb> 信管抜けた。

 H氏よりビルマVSミャンマーの資料の第一陣が届く。
 早いな~、いや、ほんま。
 朝刊に目を通し、コーヒーを読みながら寝る。
 なんかこれはこれで規則正しい生活。

 10時過ぎ、目が覚める。
 おろ?鼻がじゅるじゅる音を立ててる。
 風邪引いたかな。
 布団の中に潜り込む。あったけぇ。
 外は太陽燦々のようだが、窓を開けてお日様を浴びる
 勇気がない。
 12時過ぎ、目が覚める。
 急ぎのメッセージを布団の中から送り、あとはネットで
 ニュースを追っかける。
 サンタがいる?
 電話が2度ほど鳴る。
 が、無言。
 もう1回は子供の声。ドキッする名前T発する!
 おおこわ。
 東京のKさんから絵はがきの大量発注のお知らせ。
 サンキュウです。
 早速、発送の準備をせねば。
 そいや、1~2セット買いたいといっていたかの氏は
 連絡なしやな~。
 どしたんやろ。
 19時過ぎから、なんか急にエネルギーが充実し始める。
 で、いきなりキッチンに立ち、ヘルシー料理を作る。
 穀類中心のメニューなり。
 ちゅうか、それしか冷蔵庫の中にない。

 ラジオを聞いていると、相変わらずクリスマス関連のネタ。
 ええねんけどな。
 それよりもたちが悪いのが、「なんでクリスマスを祝うのや?」
 というコメントがあること。それを聴く方がいらつくな。
 いつまでたっても変わらぬ風潮。だからこそいいのに。
 このノー天気の平和さが、な。
 ケチつけるんなら、本腰を入れてつけんかい・・・自戒を
 込めて。
 連絡業務も仕事の一部なり。

 本をめくってたら、写真が出てきた。
 う、アウンジョやんけ。こやつ、こんなところに隠れてたか。
 アウンジョのストリーも書かなあかんなあ。

  pic_grey.jpg
 路上生活をするアウンジョと飯を食らう(S.I.氏撮影)


 日付が変わって風呂に入る。
 風呂から上がって、なぜか風呂釜掃除に取りかかって
 しまった。
 なんでこんな深夜に。
 洗剤の入った蛇腹の手ポンプを、お湯を沸かす口に
 差し込み、えらやっちゃら。
 あまり、汚れが出ないな。
 1時前に掃除を終わらせる。

 椅子から落ちそうになったわ、このメッセージ。
 それだけや。
 Rうじさんへ。
 そろそろ原稿の準備をせなあかんなあ。
 チケットを探し始める。
 で、電話をかけて、外出なり。
 陽は暖かいが空気は冷たいなあ。
 速達あり。
 郵便受けに『噂の真相』のバックナンバーが届いてた。
 15年も前の分や。
 15時半前、三宮の代理店で即決&購入。
 もう行くしかない!
 自分を追い込まないと動かんのう。

 16時半、いつものところで密会。
 A氏はそろそろ少年の面影が消えてきたなあ。
 お互い、ブヒブヒィなり。
 仕事とお金と時間とやりたいことのバランスがつかんのう。
 19時、H氏宅へ。
 やっぱり本業は哲学でした、はい。
 Oさんとタイから一時帰国の I 氏もいてはります。
 話がイラクのことになり、もしイラクへの派遣が
 決まったらどうします?って聞いてみた。
 (仕事柄)個人的には行きたいけど、家族が反対したら
 行けないだろう、と。
 それが正直なところだろう。
 う~ん、正直すぎる。
 9時半?ごろ、O氏去る。
 ナタの切り口の I 氏、カミソリのH氏とぐっちゃらが続く。

 遅い夕食は、ここに引っ越してきて初めての料理。
 ちゅうか、初めての肉料理。
 ちったあ、元気つけなあきまへん。

 ラップトップのソフトの再インストールを始める。
 しっかし、いったんHDを初期化すると、後が大変。
 一体、ソフトをいくつ入れなあかんのやろ。
 各ソフトのドライバーのこともあるし、順番間違えたら
 あかんし。
 エディターやメールソフトのカスタマイズも、いちいち
 初めからやらなあかんし。
 ったく、手間がかかって仕方ない。
 2時すぎて、まだ道半ば。

 帰国以来、いくつか報告会をこなしている。
 で、困るのが、自分の語れる分野以外のことを質問される
 ことだ。
 たしかに、日本社会にとけ込んで(ほんまかぁ)るから、
 日本政府による対外政策のことは、個人的な見解として
 (もちろん)コメントできるが、行ったこともないイラクや
 北朝鮮のことを聞かれても答えようがない。
 日本の外、かっちょよくいえば、国際的なことなら何でも
 語れると思われるのは少々心外なのである。
 新聞では、 イラクに行ったこともない輩がイラクのことに
 かこつけて日本政府の制作を堂々と話しているのには
 何だか違和感があるんやな。
 そんなに偉そうなこと言うなら、いっぺん、現場行けよな。
 今回の日本人殺害の件で、ちょっと腹立つし、切ないわ、
 ほんま。
 社会構造はこの50年近く変わっとらんな(って、そんだけ
 生きているわけとちゃうけど)
 布団に入って、本を読み出したら、コトリと落ちた。
 情けない。
 ベキッ。
 眼鏡が逝きそうになった。ぎりぎりセーフ、フレームが
 曲がっただけやった。
 で、安心して寝なおす。
 10時過ぎ、目が覚める。
 午前中に連絡せなあかんところ、とりあえずメッセージだけ
 送る。
 と、あかん。勢い起き出し、連絡業務に励む。
 今日のポイントは、雑誌にサンプル写真の追加を送ること。
 そのための写真編集。
 間隙をぬって、メール返信。
 17時過ぎ、一段落。これでだめなら、他や。
 写真展の準備、大詰め。
 セールス電話がかかってくる。「奥様お願いします」って 。
 あのね・・・。
 先月のガス代や電気代の請求が来る。
 各3000円前後ってのは多いのかな、少ないのかな。
 ひとりじゃ、ようわからん。
 カードや銀行をネット決済に切り替える。

 Y氏から電話あり。
 おろろ~♪、すんません、きちんとにって確認しませんでした。
 で、今日、会話したのこの2件だけ。

 米国の音信不通友人が大母経由で連絡あり。
 ったく、未だに名前をおぼえんやっちゃ。

 夕刊の一面見て、くたぁ~っとなる。
 写真のキャプションがおかしいぞ。
 どう見たって、「戦闘で割れたガラスを見つめる子どもたち」
 ではなく、子どもたちを移している写真家を見ているところだ。

 キャプションの原文を見てみたいもんだ。
 この写真の感じから推測されるに、穴のあいたガラスを
 撮影していたのを子どもたちが珍しそうにのぞき込んだ、
 というのが本当ではなかろうか。
 しっかし、イラクでなくなった2人を利用しようとして
 いる報道が目につく。
 あのなあ、・・・。これ以上はいわま。
 現場に行ったことがないから、いい加減なことは
 言われへん。私は評論家ではないからね。
 でも、おかしいと言うことはいわなあかん。
 川口大臣の「在外公館『自衛隊で警備』」発言は、もう、
 あかんわ。
 パニックに陥ってる場合か。
 紙面の中心は、日本の国益論が大勢を占めている。
 イラクに住む人びとのことに思いをはせた記事が少ない
 (1紙だけの判断だが)
 新聞読むのがいやになる。

 デスクトップのスイッチを入れると、おろ、立ち上がらん!
 
おろ、なんで?
 やっぱりモニターがおかしい。
 本体を解体し、ビデオカードを押し込み、再び、スイッチを
 入れ直す。
 なんとか復旧、ほっ。
 この間3時間あまり。
 ラップトップは相変わらず、立ち上がらん。
 OSのCD-Rを入れて、復旧さすが、動かん。
 で、仕方なくHDの一部をフォーマット。
 データ領域を別のドライブに入れておいて正解。
 5時過ぎ、新聞を読みながら、知らん間に寝入る。
 9時、一度起き出し、連絡業務だけこなし、2度寝とする。
 10時半、やっと起きる。
 連絡業務が多し。
 キャプションの追加。
 京都のNより連絡あり。今回は、申し出の企画は見送りたいと。
 ふにぃ。ちょいときついな。
 新しいフィルムスキャナーを本格的に稼働させる。
 ひたすらスキャン作業に没頭。
 と、名古屋のK氏より電話あり。お世話になりました、と。
 なんちゅう礼儀正しい人なんや。

 ファイル1つが110Mのデータを必死になってスキャンする。
 延々スキャン。
 空腹を抑え、スキャン。
 一気に55枚のイメージをスキャンする。これだけで軽く
 6Gを超してしまう。
 やっぱりいいマシンを買っててよかった。
 一番簡単な設定にもかかわらず、想像以上のクオリティの
 スキャンができるわ。
 ミノルタコニカの5700。Jさん、サンキュウです。
 CVの元をやっと見つける。

 別口のメールマガジンの発行元から最後通知がくる。
 ひぇ、もうちょっと待っておくれ。
 大阪のN氏より電話あり。
 今日、人と話をしたのは電話で2件のみ。

 <朝日歌壇>
 ****************************************
 「それじゃあ」と去り際にきみが手をあげてそこだけ
 白き残像になる
                 (東京都)中尾和子
 ****************************************
 白き残像に悩まされる今日この頃。
 そんな12月1日でした。

 山を越えたら、もっと高い峰がそびえてた・・・。
 今、そんな心境。
 で、そんな分水嶺のメッセージをなんとなく再読。
 身体だけには気ぃつけなあかん。

2008年12月

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