む~、いくら頑張っても、強烈な睡魔には勝てない。
眼球がグリグリ状態。
やっぱり寝なあかんのかなあ。
雨がひどくなっているようだ。
分厚い窓ガラスと遮光カーテンを突っ切って、冬から春への
雨の匂いが部屋に入ってくる。まあ、それはそれで悪くは
ないもんだ。一雨ごとに春、ウララ。
さすがに今夜は早く寝よう。
布団の中に、『遠い太鼓』を持ってはいる。
「四十という分水嶺を越えることによって・・・」
「日本にいると、日常にかまけているうちに、だらだらと
めりはりなく歳を取ってしまいそうな気がした。
そうしてそうしているうちに何かが失われてしまいそうな気が
したのだ」
ふつうの人は、そんな気がしたからといって3年も
ヨーロッパに行けるような事はあり得ない。
ま、オマエが言うな!ってかいな。
自由は孤独に耐えなければならないのだよ。ウンウン。
今、手元にそのヨーロッパに滞在していた間に書いた
という『ノルウェイの森』(上・下)がある。
むかし、学生時代の最後の時に読んだ覚えがある。
いたく感動した覚えがあるか、まさか読み返すとは
思わなかった。
まあ、それを書いた村上春樹氏とほとんど同じ年齢に
なった今、彼がどういう思い出書きつづったのか。
何かを感じたくなり、『遠い太鼓を』を放り出し、
『ノルウェイの森』を読み始めた。
新聞がカタンと来た。
・・・って、思ったら知らん間に寝ていた。
なぜだか9時半過ぎに目が覚めた。
絶対的に睡眠量が不足しているのに、目が覚めた。
頭がぼんやりとしているわけではない。かといって、
すっきりしているわけでもない。
そう、今日の天気・・・どんよりと曇っていて、なにか
快晴の予感させる、湿った空気の空。
まあ、そんな感じかな。
さ、そういう頭の時に作業の続きをしよう。
マニュアル本2冊のポイントをざっと読み直し、不可欠な
部分だけ繰り返してやってみる。
自分のイメージを使ってやってみる。
フムフム。なんとか出来そうや。
パンがない。食べるものなし。
食欲ないから、濃いコーヒーで胃を黙らせる。
冷えたコーヒーじゃなく、香りのプンプンする苦いコーヒーが
飲みたいな。
12時過ぎ、ちょっと休憩。
シャビー麺を頬張り、腹を満たし、机に向かい始める。
さ、やろか。
とりあえず、自分のイメージを加工し始める。
ウンウン言いながら、18時まで。
あかん、気力が切れた。
空のアルミ缶とペットボトルを持って、スーパーへ。
野菜と豆腐と豚肉と牛乳とスナック菓子とにんじんと
ジャガイモとちくわとエノキとピーマンを買う。
しめて1390円弱なり。
今夜はまともなモノを食べることが出来そうや。
やっとこさ『ノルウェイの森』を読み始める。
ちゃんと読もうと思って、赤ペンは用意しなかった。
後から引用してやろうというスケベ心はなしね。
この時に集中して、本当に心に響いた部分が残るだろう。
20歳前後のオトコの心理。
生き方と性に揺れる男ココロ。
15年ほど前は、ドキドキしんながら読んだことだろう。
内容は、本当にすっかり忘れていた。
当時は、結構ズシンと来たはずなのに。
やっぱり歳をとったからかな。いろいろな経験を経てきた
からかな。
哀しみや苦しみに耐えるため(紛らわすため)に、ホントに、
必要以上に強くなったのだな。
こりゃ、実感だわ。
亀の甲羅のように堅いガードで、どんな事があっても
ココロが揺れないという自信もできた。
幸せも必要ないし。
愛という言葉を聞くのも、どこかで拒否している。
自分には必要ないのだと。
それらが大きければ大きいほど、喪失感も大きいのだ。
喪失感の痛手から立ち直っても、また次の痛手がどこからか
襲いかかるし。
自分が自分であるためには、何が必要なのか。
十二分に分かっているつもりだ。
揺れは確かにある。確かにあった、いや、今も確かにあると
思う。
嵐が過ぎ去るのを待つように、じっとして、その揺れを
やり過ごす方法も身につけた。
拒否はしない。
受け入れるのだ。ありのままを。
人生に期待しない。
(自分の)人生の主人公である自分をその役割から解放して
しまえばいいのだ。
自分は脇役でしかすぎないのだ、と。
脇役でしか過ぎなくても、それで、もういい。
そうやって、ゆがんだ?性格でもって、社会を斜めから見ると
結構気楽に生きていけるのである。
でも、 自分は確かに強くなったが、そのことで人を
ずいぶんと傷つけてきたのだと、ハタと気づいた。
あ、もう、遅すぎるか。
また、今後、その繰り返しがあるのかな。
もしかしたら、次は過去の教訓が生かせるかも知れないと
思いつつ。
自分で自分を崩壊させつつ、なおも補強していこうとする
自己矛盾。
イメージだけで生きて行けたら楽なんだけど。
でも、毎日具体的な日常生活がはじまるんだな、こりゃ。
最近、変なことばかり考えるのは、少々感動が足りないん
かな。
まあ、評論ばかりではなく、たまには小説を読むのも
悪くはない。