2004年5月アーカイブ

むぎゅ、3回

| コメント(0) | トラックバック(0)

 1時過ぎ、就寝。
 だんだんと不健康な生活になってくるぞ。
 シメなあかん。

 6時半過ぎ、目が覚める。
 7時には起き出す。
 朝食はいつものメニュー。
 昨夜のうちに冷やしたオレンジジュースをゴクゴク。

 9時過ぎ、ゲストハウスを出る。
 30番のバスは・・・なんかいつもとはルートが違うぞ。
 よくあるんやな、こんなことって。
 市場のおばちゃんの店に行くと、孫がいるだけ。
 で、孫に家まで連れて行ってもらう。
 うひうひ、いわゆる危ない地区を通る。
 で、アパートは危ない地区のはずれにあった。

 4階建てのアパートが4棟建っていた。
 1ヶ月80ドルの家賃。
 おばちゃんは51歳だが、13歳になる息子と13歳に
 なる孫と3人暮らし。
 何度も家族関係を聞くが、そのたびに頭がこんがらがる
 わ。
 約1時間ほどぐっちゃら。
 じゃあ、またね。

 危ない地区をうろつく。
 と、一杯飲み屋の入り口に女の人が3人立っていた。
 なんとか写真を撮れないかな・・・。
 近づいて、オーラ、と軽口をたたく。
 お姉ちゃんたちも、オーラと笑いながら答える。

 う、そのうちの一人はどうやら男やな。
 う、別の女性が近づいてきて、股ぐらを、むぎゅっと
 握ってきた。
 したい?って聞いてきた。
 今は、仕事中だから、ダメ、って返事。
 いいでしょ、笑いながら、また、むぎゅ。
 ちょっとなあ・・・(ちょっとどころではないが)
 カメラを構えると、それはダメ、って言いながらまた握る。
 そんなに無防備に握られてしまっては、ああ、無惨。

 やっぱり正面切っては写真は撮れず。

 う~ん、どうしよう。
 撮るモノがなくてもシャッターを押すのが、ね。
 でも、押せないから、ひたすら歩く。
 歩き疲れた。
 気分転換や。
 10番のバスに乗って北に向かう。
 アポパ市の前の、いわゆる経済的に貧しい地区を
 歩いてみよう。
 うわ、バスを降りるところを間違えた。
 ったく。
 でも、歩くことで身体を疲れさせよう。
 そうしたら考えすぎることもないだろう。
 まずは、なんでも前線に立つこと。それがふつうに見える
 日常生活
 であってもだ。
 見て見て見続ける。
 いつか、シャッターを切るだろう。
 何にレンズを向けるか、そこから見えてくるだろう。
 現実の前にひれ伏すことからスタートかな。
 現実を自分の考えに合わせるのは不可能。
 自分が現実に合わすしかない。
 写真は嘘はつかないから。
 そればかりは嘘か。

 早めに戻る。
 メトロセントロのBKへ。
 ラ・プレンサ(新聞)を読むと、明日の就任式の詳細が
 でていた。
 あ、なんちゅう偶然。
 早めに帰ってきて正解。
 オレンジユースをかって帰る。
 ゲストハウスに戻ると、マネージャーとばったり。
 明日の取材許可証を、今日中にピックアップしなければ
 ならないみたい、と。
 同宿のノルウェー人記者の分もピックアップしてあげて、と。

 あわててタクシーで就寝式の会場であるフェリーナに行く
 (4.5$)

 フェリーナは屋外+屋内が一体となった大イベント場。
 94年の選挙もここを取材したことがある。
 パビリオン12がプレスセンターとなっていた。
 日本からの取材は自分だけ?
 (日本人用の封筒は1つしかなかった)
 帰りはバスで(0.2$)

 夕食はハムサンドとツナサンド。

 2時過ぎまでセットアップに時間をとられる。
 約1ヶ月ぶりの夜更かしやな。

 朝、がたがたうるさい。
 8時過ぎ起きる。
 ゲストハウスに旅行者が増えた。
 米国アイダホ出身・在ホンジュラス勤務の軍関係者
 (若い女性だったから意外だった・・意外というのは
 おかしいか)、ハワイから来た若い男性、グアテマラ人の
 男2人、英国人男3人、南米からの・・・。

 ゲストハウスの朝食をとっていると、ノルウェー人の
 マネージャーが出勤。
 明日のことで、確認作業を頼む。
 ついでに、「エルサルバドルに問題がなくなって困るよ」
 と言うと、
 ほんとに、ジャーナリストっていう類の人はいつもなにか
 を嗅ぎ回って、もっとポジティブシンキングをして欲しい
 ねぇ、と言われてしまう。
 はぁ~、まさにおっしゃる通りです。

 10時前、ゲストハウスを出る。
 30Bのバスでダウンタウンへ。日曜日のせいか人出が
 少ない。
 席も空いている。
 モラサン広場でバスを乗り換え、東バスターミナルへ。
 バスは、ちょっとややこしい地区を走る。
 こんなエルサルバドルもあるのだよ、そういう違う写真は
 もう通用しない。
 なんのこっちゃ。

 東バスターミナルで117番のアギラレス行きのバスに
 乗る(50C)
 約1時間でアギラレスに到着。
 広場の周りは日曜日の雰囲気。
 ま、写真を撮るまでもないな。
 92年に初めてFMLNのゲリラキャンプに行ったのは
 この近くからだった。
 ・・・・・。
 そう、こうやって13年前の思い出を振り返るために、
 同じ場所を訪れているようだ。
 なにか自分の中で決着(納得)をつけるために。
 そう、もうここまで見たら、歩いたら、写真を撮ったら、
 エルサルバドルは一段落、と。
 あくまでも自分の中の処理というのが気に食わんなあ。

 線路沿いの、ちょっとくたびれた家の周辺をぶらつき
 写真を撮る。
 ププサを焼いているおばさんたちと話をする。
 若いヤツは悪くなったよ。
 5人も・・・。

 市場の中で、食堂のおばさんと話をする。
 ガソリンの値段が上がって、バスの値段が上がって、
 もうたいへんだよ、と。
 市場の中でぶらぶらと写真を撮り、広場に戻って一休み。

 近くのソンブレロのおじさんの姿を撮ろうと、カメラを
 構えてみると、おろ、
 デジカメの後ろについている、液晶のカバーがなくなって いる。
 あら~、カメラを肩に担いでいるとき、体とこすれて、
 はずれて落ちたらしい。
 メーカーも考えてほしいよな。
 市場でセロテープを買い、液晶を保護するために、テープ
 を貼る。
 しかし、暑い。
 食堂でチキンと野菜定食を食らう(2.5$)
 アギラレスも、また不発やった。
 トホホ。

 事件を追うのではなく、日常に潜む問題をあぶり出す。
 それは理想にすぎないのかな。
 それともやり方が悪いのかな。
 疲れて考えるのもやめちまった。
 いつもの、「おまじない」も効き目がないようだし。

 サンサルバドルに戻り、ダウンタウンのちょいとややこしい
 地域をうろつく。
 写真は撮れない。
 ただの単なるサンサルバドルの紹介を撮るのか?
 それを撮ってどうする。
 ミスタードーナツでシナモンロールを食らう。

 これぞ!という写真を撮ったのは、エルサルバドル初日
 だけやな。

 ゲストハウスがますますいっぱい。
 夕食は、ツナサンド・デラックス+オレンジジュースを
 食らう。

 30Bのバス(20C)でコロニアル・フォルタレサへと
 向かう。
 まあ、いわゆるスラム街があるところ。
 その昔写真を撮って、2年後に写真を持って行った家を
 探しに行った。
 が、キョロキョロ、どうも見つからない。
 辺りはそんなに変わってないのにな。
 入り組んだ路地を行きつつ戻りつつする。
 ま、見つからなかったらしゃあないか。

 写真を撮ろうと思うが、カメラを構えることができない。
 今、このスラム街を撮る意味がわからない。
 本当は撮らねばならないのに。
 そのためにエルサルバドル来たのだろう・・・。
 が、本当にそうなのか。
 自問自答する。
 どうやらそうではないらしい。
 ただ単に昔の感傷を思い出したくて来ただけなのかも
 しれない。

 シャッターを切れないというのはかなり重傷だな。
 ったく。
 見知らぬ人にカメラを向けるというのはかなりの
 エネルギーがいるものなんだ。

 ただ単にいいイメージを作るためだけではないのだから。
 単なる映像作家にはなりたくないと思うのである。
 では?
 ちょっと前に、とある平和関係の研究者から、いい取材
 とは?、と聞かれたことがあった。
 (できるだけ)当事者に近づくことかな?と答えたっけ。
 そう、写真を撮る動機を深化させなければならない。
 それも単なる写真論ではない方向へ。
 ウムム。

 モラサン広場の近くからアポパ行きのバス(38)に乗る。
 バスが北に向かって約40分後、あ、やっぱり違った。
 アポパじゃなく、ケツァルテペケ行きでネハブ降りやった。
 今度は109番に乗り換える。
 約10分後、見慣れた場所で降りる。
 ほんまや、ゴミ捨て場がなくなっていた。
 今はどこかで分別処理されているらしい。
 あ~、エルサルバドルはどこまで変わってしまったのか。
 本当は悲しむべきことではないが、自分の手から離れて
 いく・・・。

 近くの工場の前に立っていた警備員に、ゴミ捨て場は
 どこに移ったのか聞いてみる。
 う、どうやらバスで15分ほど行ったところにあるとか
 ・・・。
 もしかしたら・・・。
 再び109番のバスに乗り込む。
 車掌に、ゴミ捨て場に近づいたら教えて、と頼む。
 約10分ほど走ったら、ここだよ、ってハイウエーの
 ど真ん中でおろされた。
 近くにいる人に、ゴミ捨て場はどこ?って聞いてみると。
 ああ、あっちだよ、と、遠くを指さす。
 しゃあない、歩くか。
 炎天下。汗がダラダラ。
 なんちゅう無駄なことを・・・。
 取材は無駄から始まるんだ・・・口で唱えながら汗を拭く。

 さすがに参った。
 ゴミ捨て場まで歩いていける?
 近くの人に聞いてみたら・・・いや~、遠すぎて無理だよ、 と。
 ハイウエーとゴミ捨て場を往復している車があるから
 それに乗りなよ、と。

 おお、荷台に7人を乗せた4輪駆動車が、ハイウエーで人を
 おろして戻ってきた。
 これか、これに乗るのか。
 制服を着た運転手が、記者?写真を撮るの?
 役所で許可を取らないとだめだよ・・・と。
 責任者と電話番号を教えてもらった。

 今日だけだめ?
 ちょっと「しな」を作るが、もちろん通用しない。
 あ~あ、やっぱりダメか。
 エルサルバドル取材がますます八方ふさがりだ。

 このままゲストハウスに戻ろうか・・・。
 あかん、ここで引いたら思う壺(誰の?)
 ダウンタウンへ戻り、広場の北側の市場をぶらつきながら
 写真を撮る。
 お、また誰か逮捕されて、手錠をかけられてた。
 薬をやっていたらしい。

 8歳から屋台で働いているお兄さん(28歳)、今は野菜
 を売っている。
 1日働いて5~10ドルの稼ぎ。
 仕事がないねんな~・・・っていう。

 パン屋兼喫茶店に入って、体を休める。
 いったい毎日どのくらい歩いているのだろう。
 足がくたくたや。
 菓子パン2個とダイエットペプシで1ドルなり。

 29番のバスはメトロセントロ横で止まる。
 大通りは走らない。
 土曜日のメトロセントロは、まあままの人出なり。

 写真を撮っていると、案の定、話しかけられた。
 なんでもデザイナー兼写真家だとか。
 日本の(テクノロジー)のことをやたらとほめるがなあ。
 今のエルサルバドルは、悪いヤツが増えた、仕事がない、
 と。

 夜、ラップトップがおかしくなる。
 ったく。
 OSの修復をかけるがダメ。
 ったく。
 再インストールしかないか。

 今日は早めに6時40分に目覚める。
 で、いつものようにベッドの中でまどろむ。

 朝食は・・・8時過ぎ。
 頼んでから出てくるのが遅すぎるなあ。
 特に今朝の女性スタッフは愛想が悪いし、手際が悪い。
 ったく。
 ノルウェー人は果物の詰め合わせ朝食(詰め合わせっ
 て言わないか)

 9時過ぎ、ゲストハウスを出る。
 真っ青な空、気持ちよすぎる(でも、夜になると雨
 なんだろうなあ)

 30Bのバスでダウンタウンへ・・・って思ったら、
 30とはルートが違った。
 エスカロン、サンベニート、フォルタレサを経て、戻って
 きてしまった。
 ま、行きたかったフォルタレサへの行き方が分かった
 だけでもいいか。
 45分の周遊やった。

 メトロセントロから29番(20C)で東バスターミナルへ
 行く。
 コフテペケ行き(113)はターミナルからではなく、
 表の通りから出ているとか、あ、っそう。

 コフテペケまで約1時間(35C)、途中、これまた大きな
 ショッピングセンターを見つける(ソヤパンゴかな?)
 サン・マルティンも変わった。
 ど真ん中をアメリカンハイウエーが貫いている。

 コフテペケ・・・ここも01年の地震の被害が全く
 見られない。
 かつて坂の通りを閉めていた露天商群が消えていた。
 政府が建てた味気ない市場の中に収容されていた。
 鶏を喰らう。

 コフテペケ周辺を散策。
 で、やっぱりあった。
 コンクリートで固められた市場に入らない露天商の人々が
 居りました。
 結構広いな。写真を撮りたくても・・・これは!というモノ
 に出会わない。
 ふぅ~、同じようなイメージになりそうな。
 それでもシャッターを押さねばナラナイ。
 それが写真家の部分。
 ジャーナリストの部分はかなりヘコタレテイル、が。

 15時過ぎ、何にも撮るモノがない。
 サンサルバドルに戻る。
 アメリカンハイウエーは整備されすぎている。
 驚きのかぎり。

 113番のバスはサンサルバドルの治安の悪い地区が最終。
 ま、その昔はそのあたりに宿をとっていたのだな。
 安かったし。
 やっぱりカメラを持ってぶ~らぶら。
 暑い。やたらと汗をかく。
 50Cのペットボトルを買う。
 40Cのペプシダイエットを飲む(なんで水の方が高いの?)

 喫茶店兼パン屋に入る。
 と、よく見るとズボンがえらい汚れている。
 汚すぎる。なにやらクリームかバターが飛び散ったように
 付いている。
 どないしたんやろ。
 そんなことより、さすがにこれは恥ずかしい。

 屋台を物色するが、気に入ったズボンはサイズが合わない。
 で、 いつものおばさんチに助けを求める。
 大きなサイズがないねん・・・、で、形はこれがええし。
 よっしゃ、任せとき。私についておいで・・・。
 で、見つかりました。10ドルでした。
 ちょいと生地が厚いけど、ま、致し方ない。
 月曜日の10時におばさんの家に遊びに行くこと決定。
 子どもたちと一緒じゃないと危ないよ・・・。
 へぇ・・・やっぱりそうですか。

 セントロ・メルカードは危ないと聞いていたけど、そんなに
 危険は感じなかった。
 その辺の売り子にきいてみると、市場は危ないくないよ。
 住んでいる地域が危ないから、と。

 石炭売りのおばさんチへ。
 ちょうど、ズボン(パンタロン)売りが回って来てた。
 子ども用のズボンを欲しそうにしてた。
 でも、・・・、あきらめたようだ。
 いらんお世話だけど、いくら?って聞いてみた。
 8ドルだという。
 6ドルにしてよ・・・俺が払うから、と。
 あ~、滅多にしない、こんなこと。
 どないしたんやろ。エルサルバドルへのお別れのつもりか?
 ま、どうだっていいか。

 30番のバスをなかなか捕まえることができない。
 結局、モラサン広場まで来てしまう。
 と、なにやら人が集まって気勢を上げている。
 まずは写真を撮っておく。
 近くにいる人に、これ何?って聞く。
 毎週金曜日、FMLNの支持者が集会を開いているん
 だよ、と。
 来週の大統領の就任式の日には特別に集まりがある
 からね、と。

 またまた帰るのが遅くなってしまった。
 ダウンタウンは(慣れないうちは)、早めに引き上げないと。
 と、17か19av norte 近くでなにやら捕り物があり。
 15人近い若者が警官に取り調べを受けている。
 そのうち一人は標識に手錠でつながれている。
 どうやら薬の取り締まりのようだな。
 バスを飛び降りて、写真を撮る。警官からは何も言われ
 ないし、止めもされなかった。
 ちゅうことは、よくあることなのかな?

 再び30番のバスに乗る。
 空いている。
 10人も乗っていない。
 と、通路を隔てた右前方におばあさん?と女の子が乗って
 いた。
 女の子がちらりちらりとこちらを見る。
 カメラを向けると顔を背ける。
 でも、またじっとこちらを見つめる。
 思い切って、二人の後ろの座席に移って、話しかけてみた。
 おばあさん・・・にしか見えない、は女の子の母親。
 目が不自由らしく白い杖をついている。
 女の子はマリア、12歳。
 何で写真を撮ってるの?どこから来たの?
 人見知りをせずに話をしてくる。
 でも、写真はいやがる。

 突然、お母さんが、前を向いたまま、手を突き出した。
 どうやら、お母さんと物乞いに回っているようだ。
 なぜか、その突然の動きに、財布に手が伸びなかった。
 なぜだ・・・。
 そのなぜか、になぜか自分でも釈然としない。
 意味のない罪悪感を感じてしまう(深く考えたら、あるの
 かな?)
 そう考えること自体がおかしいのか?

 2人は メトロセントロで降り・・・ようとするが、目の
 不自由なお母さんは
 なかなか降りることができない。
 マリアが必死になってお母さんを誘導しようとする。
 バスの運転手はそんな二人にお構いなしにバスを発車させ
 ようとする。
 なかなか厳しい、・・・。

 次のバス停で降りる予定だったがバスが止まらなかった。
 ったく、なんちゅう運転手や。

 ゲストハウス近くのガソリンスタンドに併設のコンビニ兼
 カフェで買い物。
 オレンジジュース(79C)、ツナサンドを買おうと
 思ったら・・・おろ、
 現金の残りが1ドル弱。
 中米に来て初めて、買い物でカードを使う。
 それもマスターカードを。
 注文にあたふたとしている間に雨が降って来た。
 時計を見ると、19時半過ぎ。
 やっぱり降ってきたな。それも雷を伴って。
 ポンチョを持ってきて正解。それでも横殴りの雨。
 ずぶぬれになって帰る。
 ゲストハウスに着いて1分も経たないうちに落雷で停電。
 うへぇ。

 ケーブルTVでターミネーター2をスペイン語でやっていた。
 思わず見てしまう。
 ゲストハウスの文庫から Geoffrey Archer,
 "THE BURMA LEGACY" を借り出す。
 こんな本も出てたんだ。

 7時に目が覚める。
 が、またまた寝起きが遅くなり、8時に起きあがる。
 あかんな~、エルサルバドルに来てから気が抜けた。

 高めの朝食。
 同宿のゲストはノルウエーから来た新聞記者。
 取材かと思ったら、完全に休暇だとか。
 彼の職場では1年に9週間の休暇があるとか。
 ほんま、ひぇ~、やな。

 9時半過ぎ、ゲストハウスを出る。
 44番のバスで Venezula 通りへ。
 そこから歩いて西バスターミナルへ。
 205番のバスで・・・うへぇ~、エアコンのデラックス
 バスや。
 びっくりするほどのボルボの新車。日本でもこんな
 デラックスバスは見かけることはできんぞな。

 バスはアメリカンハイウエーを西へ走る。
 アメリカンハイウエー企画を暖めていたが、よく考えたら
 自分で車を運転しないと、モノにならんわな。
 甘かった。

 約1時間でソンソナテに到着。
 おろ、バスターミナルがダウンタウンではなく郊外に
 移転してた。
 変わったなあ。
 53番のバス(12C)で約10分弱、メトロセントロに
 到着。
 うわ、こっちもびっくりした。
 こぢんまりしているけど、立派なモール形式のショッピング 
 センターや。
 11時半。
 早くつきすぎた。
 BKで食べた後・・・することあらへん。
 O氏に電話。13時にそちらに行きます、と。

 13時までモールのフードコートで時間つぶし。
 しかしなあ、ソンソナテのような地方都市にもこんな
 モールができるんやな。
 びっくり。

 13時過ぎ、O氏が子ども(T君・6歳)をつれて登場。
 5年ぶりですね。
 太りましたね、と言われました、はい。
 フードコートで2時間ほどぐっちゃら。

 田舎暮らしの取材をしたいのだが・・・。
 やっぱり、難しいとか。
 今、エルサルバドルはネタがないから困るでしょう、
 とも言われる。
 確かにそう。困った。
 本来は日常生活の中から問題を掘り起こさねばならないが、
 それには語学力が不足しているし、しばらくエルサルバドル
 から離れすぎた。
 なんとか写真だけは撮って帰りたいな。
 今はそれ以上は望まない。

 過度の思い入れは危険な兆候。
 確かに11年前は何かがあった。
 でも、時代は変わったのだ。それを直視しなければ
 ならない。
 かつての・・・正確には初めての取材だったエルサルバドル
 だから、
 何かしらこだわりを持ちたいのだな。
 まるで初恋の人を忘れることができないような後味の悪さ。

 何でエルサルバドルに来たのか、そのことを考え直さなければ
 ならない。
 お金と時間とエネルギーを使ってこれじゃあたまらんな。

 エアコンが効いているフードコート・・・タカオ君が寒いと
 言い出した。
 で、ソンソナテの旧市街&市場周辺を散歩する。

 2回ほどぶらついたことがある街。
 町並みを思い出したようで、違うような感じ。
 エルサルバドルの地方都市は似たつくり(聖堂と市場を中心
 に町ができている)

 17時過ぎ、散歩を終え、ターミナルまでバス(53E)に
 乗る。
 帰りのバスもデラックスバス(1$)
 18時半過ぎ、サンサルに戻る。何か雲行きが怪しいぞ。
 西バスターミナル前で、ふふふ、ププサを4枚買う。
 4枚買って、おつりが14Cくらいあった。
 プラス、夜食のパンケーキ。こちらは1$25C、高いな。
 信号がなかなかない。
 道路を渡ることができないやんけ。

 19時前、ゲストハウスに戻る。
 しばらくして雷を伴った豪雨がやってきた。
 ふぅ~、すんでのところやったな。
 雨期か。日中はまだ雨が降らんだけましか。

 夜、『ストロベリー・ロード(上)』 を読み終える。
 こんなことなら(下)も持ってくるんやった。

 
 pic_grey.jpg
 O氏と息子のT君。
 エルサルバドルに(仕事抜きで住む)数少ない日本国籍の人。

1000対1

| コメント(0) | トラックバック(0)

 朝7時半起きる。
 だんだんと早起きができなくなっている。
 8時過ぎ、ゲストハウスの高めの朝食を注文。
 おいおい、頼んでから30分以上かかったぞ。
 石川好 『ストロベリー・ロード』を読み始める。
 その昔、読んだことあるはず。でも、なぜか読み直したかった。

 出勤してきた(ノルウェー人の)マネージャーの手を
 煩わし(ロイターに電話、大統領府に電話、担当者に電話) 
 大統領の就任式への出席の申請書をファックスする。
 ま、だからこのゲストハウスに泊まったんやけどな。
 マネージャーは、ダウンタウンへ行くなら十二分に注意と。

 中米一と噂されるメトロセントロ(ショッピングセンター)へ。
 クレジットカードで250ドルをキャッシング。
 後で負担やな~。
 バス30番でダウンタウンへ。
 つい先日まで17Cだったが25~30Cに値上がりしたとか。
 しっかし、紙幣にしろ硬貨にしろ、米国のお金が使われて
 いるのはちょいと 違和感やな。

 まずはマーケットのいつものおばちゃん のところへ。
 屋台形式の店に行くと、おろ、店がない。
 で、前の店の人に、「真ん前に服を売っていた店があった
 はずやが」と訊いてみる。
 と、服屋はないよ。今は靴屋だよ、という。
 あれ~、なんじゃい。
 さて・・・どうしようかと思う前に声がした。

 「チーノ、こっち、こっち」と呼ぶ声。
 なんやあ、店は南側に移ってた。しかも大きくなって。
 久しぶり。
 おばちゃん、年取ったなあ。白髪が増えているやん。
 ま、自分もそうやがな・・・。
 で、 今回、詳しく話を聞いてみると、手に乗ってたのは
 男の子じゃなく、女の子らしい。
 妹らしき人に家族構成を書き出してもらうが、なかなか
 理解できん。
 子どもたちは学校だとか。
 13時においで、みんなそろっているから、と。

 市場の中をぶらぶら。
 次にせなアカンのは、石炭売りのおばちゃんに写真を渡すこと。
 こちらの居所はすぐにわかる。
 ブゥエノォ、と挨拶しても、おばさんはきょとん。
 で、写真を見せると、あ~、あ~、とすぐに思い出してくれた。

 市場の一部が閉鎖中、どうやら改装?増築?が始まって
 いる様子。
 市場の中を撮影。
 しかし、久しぶりやな~、こんなに歩きながら汗をかいたのは。
 カメラバッグを担いでこなかったのは正解やな。

 13時過ぎ、おばさん一家に子どもたちが戻ってきていた。
 家族そろって写真撮影。
 引き続き、市場回り、ダウンタウンをぐるぐる歩いて写真撮影。
 市場の屋台の女性を撮ってたら、ヒモらしき男がブツブツを
 文句を言い出した(女性はまんざらでもないようすだった
 のに)そんなら写真はええわ。
 その場を離れかけたら背中に何かをぶつけられた。
 ったく。
 ま、わからんでもないけどな。
 しかしなあ。
 そんないやな気分になってまで写真に撮る必要があるのかな。
 それとも撮り方が悪いのか。
 1000人の笑顔と一人のいやがる顔が同じくらいの重さが
 あるような。

 ロスアンジェルスで働いていた男に会う。
 やっぱり仕事がないのが問題という。
 通りで下着を売っていたおばさんに聞く。
 4人の子どもがいて、一日の稼ぎは5ドルだけ。
 仕事がないんだよ、と。

 教会を2カ所回り、モラサン、ラ・リベルター広場を回る。
 92年、あの人の熱気でいっぱいだった公園も、見かけだけ
 は整備されていた。

 大聖堂の中で写真を撮ってたら、中年のおばさんにケチを
 つけられた。
 「おまえはラティーノじゃないんだから、写真は撮るな」と。
 5時をすぎたらバスが混むはず。
 その前にダウンタウンを後にする。

 今の部屋はちょいとしんどい(暑いし、蚊が多い、うるさい)
 なあ。
 3ドル余分に出して部屋を変わろうと思ったが、部屋は
 満室。
 ったく。

 ラップトップを電話回線につないでメールの受信を試み
 てみる。
 ま、ダイヤルアップならできそうかな・・・。

 19時過ぎ、雨が降ってきた。
 うわ、晩飯を喰らっていない。
 この住宅街で雨が降ったら外出できんなあ。
 これがダウンタウンのホテルとは違うところかな。
 グアテマラから持ってきたパンでおなかをふくらませる。
 ちぇぇ。

 初日から結構撮影した。
 フィルム換算で12本弱。
 データをバックアップし、Rに焼く。
 その日のまとめをしてたら、おろ、もう22時過ぎ。

 1時過ぎ、『一瞬の夏』 を読み終える。
 それにしても、沢木氏はなんていうことを書いて
 くれるのだろう。
 最後の章で、胸が痛くなったわ。
 思わず本を伏せてしまい、冗談抜きで、茫然自失状態に
 なりかけた。
 まあ、これは個人的なことだから仕方ないけど、それに
 しても、とても
 とてもなカスティーゴだね。
 うまい筆の運びだ。
 どうやったらあんな風に文章にリズムを持たせることが
 できるのだろうか。
 先週書いた、次の選挙に出ることになった足立氏の応援
 メールを読み返してみる。
 ****************************************
 「自分のために」

 前号のリレー・エッセイで古谷さんは、中米・グアテマラ
 のことについて書いていました(その前の号の安藤さんも
 同国のことに触れてました)。
 私は今、そのグアテマラに滞在中で、現地からこの文章を
 送っています。

 5月15日(土)の昼過ぎ、5年ぶりに首都グアテマラ
 シティーにやってきた。雨期の始まりであろうか、
 午後3時頃、分厚い灰色の雲が空を覆い、雷を伴う雨が
 降り始める。雨粒というより、石畳の地面に水玉模様の跡
 を残す、大粒の水滴が落ちてきた。

 大聖堂前の中央公園で話をしていた石川さんと私は、そんな
 雨から逃れるように、近くの米国系ファーストフード店に
 入った。

 石川さんは、このグアテマラに住んで約12年、現地のNGO
 に深く関わっている人である。この国に特有の味の薄い
 コーヒーをすすりながら、私は彼女に、久しぶりに訪れた
 グアテマラの感想を話してみた。

 「今回はまだ2週間しか滞在していないけど、なんか、
 ほっ、とした軽さを感じますね。まあ、TVや新聞で見る
 かぎり、一般犯罪は相変わらず多いようですけど、この
 数十年間、生活の中にしみ込んでいた軍への恐怖がなく
 なったような感じです。間違ってますか?」

 石川さんは、だいたいにおいて、同意してくれた。

 「確かに。でも、過去の事件で、同じ村に加害者と被害者
 が一緒に暮らしている状況なので、一見平和に見える村の
 中にも実は、癒しきれないモノがいまだ残っているんですね。
 それでも、軍への恐怖はなくなった。それは、そうですね。」

 子どもの足をつかんで、頭部を岩に叩きつけて殺害する。
 あるいは、殺した身体の一部を切り取り、口に突っ込み、
 見せしめのために道路に放置する。
 
 軍の暴力を背景にした、そんな目に見える恐怖はなく
 なった。それは確かであろう。内戦が終結してよかった
 ことは、毎日の暴力が減ったことだ。

 しかし、見えなくなったから問題がなくなったわけでは
 ない。というか、この国の抱える問題は解決されないまま、
 忘れ去られようとしている。

 「8年前からずっと、グアテマラに来たかったんです!」。 
 そんな日本人女性に先日、出会った。
 1年間、この国に住むんだ! そう言って、張り切って
 いた。

 彼女が最初に落ち着いたのが、グアテマラの中の「異国」、
 観光地で名高いアンティグア。そこで現地の人の家に
 下宿しながら、少しずつスペイン語を勉強しつつ、現地
 生活を楽しんでいる毎日だ。

 しかし、そんな彼女が偶然、『虐殺の記憶』(岩波書店)
 を手に入れ、読み始めた。別の日本人は、その内容の重さ
 に最後まで読み切れなかったというシロモノだ。

 彼女は、つい20年ほど前に起こったグアテマラの暴力の
 歴史を知ってしまった。

 「すごい国だったんですね。先住民の美しい衣装の国じゃ
 ないのですね。こんな国で、じゃあ私たちは今、一体、
 どうしたらいいの」

 本を読んで、この国に関わる当事者になってしまった
 ようなリアクションにも驚いた。こう言うしかなかった。

 「確かに、この国の歴史はむちゃくちゃだけど、それは
 どんな国にもあること。この国が好きだと言うなら、今の
 この国はどうなっている。それも知った方がいいじゃない
 かなあ。特に先住民族のことを」

 でも、外国人として、何を知ることができて、何を知るこ
 とができないのだろうか。

 今のグアテマラには、一見暴力のない、平和になった日常
 生活しか見えない。そんな平和な暮らしは、日本に帰って
 しまうと、とりたてて意識されないだろう。

 ショッキングな事件の被害者・加害者は記憶される。だが、
 たとえば交通事故の犠牲者は記録されるが、当事者となった
 近親者や友人以外の者には記憶されることはない。

 それゆえ、市井の日常生活はありふれているからこそ、歴史
 には残されることは少ないだろう。そう、歴史という形で
 残された記録はこれまで、果たしてどんな取捨選択がなされ
 てきたのか。その基準を、何かのきっかけで考えることが
 できればいい。
 
 自国民が犠牲になれば、当事者顔をして大騒ぎ。他の国の
 人の生命が失われても、単なるニュースに扱い。今の私たち
 の生活は、命の重さが平衡ではないことに気づきつつ、
 それをはっきりと指摘されるのを嫌うようだ。

 何も考えなくてもいい、現状維持的な平和生活は、もしか
 したら誰かの犠牲に上に立っているかもしれない。そのこと
 を指摘されるのも嫌う。

 たとえば私は、グアテマラも含め、中米各国や東南アジアの
 ゴミ捨て場で働く人びとの写真を撮り続けている。
 すざまじい貧困の現実である。もちろん、多くの子どもたち
 も働いている。

 写真を見た感想は、同じようなものだ。

 「過酷な状況の下でも、汗水流して働いている子どもたちの
 姿に感動しました。そんな彼らの姿を見て勇気が出ました。
 飽食の日本の姿を反省しました」

 これが大勢である。

 しかしながら、なぜ彼らがそういう生活をせざるを得ないか、
 どうして、貧困の生活を受け入れざるを得ないのか、その
 背景にまで想像を巡らせた感想はきわめて少ない。彼らの
 存在はあくまでも、対岸の悲劇のままである。

 飽食の一方で、飢餓がある。自然の生み出す産物は一定だと
 思ったことがある。本来なら他者が享受すべきモノまで、
 それが当然のように偏ってしまっている現実もある。

 厳しい状況下で生活する人びとは、毎日の生活に追われ、
 自分たちの生活をよくするために、ほんの小さな声を上げる
 こともできない。上げようと考えることさえ放棄させられて
 いる。

 強い者が得る。それは、自然界の厳しい掟かもしれない。
 そこには一考の余地はないのか。しかも、あたかも、
 公平・公正な立場で競争がなされているように、強者は
 錯覚したまま。

 ゴミ捨て場でのギリギリの日常生活は、今も続いている。
 為政者にとっての恥部となる現実は公にされることは
 少ない。その事実は、時代と平行して記録に残されること
 は、これまた少ない。

 グアテマラの(経済的な)貧しさ、エルサルバドルの
 貧しさ、カンボジアの貧しさ、フィリピンの貧しさ。
 太平洋を隔てた国の間に、貧しさに共通点があるのでは?

 現場を歩きながら、ふと、気づいた。もしかしたら、日本
 (先進国)と関わりがあるのかもしれない? 外国の富や
 資源の収奪をつづけているかもしれない。
 そう、指摘されるのを嫌う人々もいる。

 話は変わるが、グアテマラに入る4ヶ月前、私は、
 東南アジア最後の軍事政権国家ビルマに滞在していた。
 ビルマでは、かつてグアテマラでおこったことが、今、
 起こっている。

 政府批判をすれば、人生を捨てなければならない社会が
 そこにある。

 ビルマ滞在中、びっくりするようなことがあった。
 アウンサンスーチー氏を支持する人びとが約20名ばかり、 
 小さなプラカードを持って道路に立ったのだ。

 小雨降る中、無言で立つ人びと。軍事政下で、政府の意に
 添わない行動をすれば、その後何が起こるか、容易に想像が
 つく。

 軍部に対して、拳をあげることはできなくとも、抵抗する
 人がいた事実は動かせようがなかった。
 私は写真を撮った。
 それは、私が外国人だから許されたことだ(数時間後、
 私はビクビクしながら飛行機で隣国タイに出国)

 外国人だからしか(こそ)、関われないことがあることも
 知った。

 自分たちの住む社会をよりよくしようとする人びとは
 どこにでもいるし、実際、いた。
 小さな声は止むことがない。その止むことのない動きは、
 実は、権力者をおびえさせている。そのことも、知った。

 声を上げることの許されない社会。
 毎日、恐怖を感じなければ生きていけない社会。
 そんな社会はまだまだある。果たしてそれは、外国の
 ことだけだろうか。

 沢木耕太郎氏の著作に「シジフォスの四十日」(『馬車は
 走る』文春文庫)というのがある。石原慎太郎氏と美濃部
 亮吉氏とが東京都知事選を闘う様子を、石原氏の陣営から
 綴った作品である。

 結局、当時の石原氏は破れた。その敗因を石原陣営の参謀、
 浅利(慶太)氏、と牛尾(治朗)氏が語る場面がある。

 「(ふたりは)、口をそろえて、『都民の判断は賢明
 だった』と言う。美濃部を叩き、僅差に迫い込みながら
 石原を当選させはしなかった。石原に対する不安という
 のは、『ファッショ的』などということより、もっと
 本質的なところに根ざしていたのではないか。都民は
 それを敏感に感じ取っていた・・・・・・。」

 この石原氏の本質的なモノとは何なのだろうか。
 沢木氏は当時、遠回しに触れている。

 「だが、この(石原氏の)細心さが人と対応する時に
 発揮されない、とりわけ、不潔であったり無能そうで
 あったりする者に対して、苛烈とも思える言動をとる
 ことがある。まさにこのような人々にこそ優しさは
 必要なはずさったのだが・・・・。」

 また、石原氏が、ホテルのボーイを叱りつける場面も
 あった。それは必要以上に激しい叱責であった。立場的に
 弱い者を、力がないが故に叩いていた。沢木氏は選挙の
 結果をこう結論づけた。

 「彼は(石原)自分のために戦い、自分故に破れた。」

 今、石原氏は東京都知事である。かつて、氏の醸し出す
 「苛烈さ過酷さ」にノーを突きつけた東京都民は、現在は
 それを積極的(得票数を見れば一目瞭然)に受け入れて
 いる。

 都知事選に投票した、誰もが権力者の過酷さが自分の方に
 向かないと思っている。しかし、誰かがスケープゴートに
 なっているうちはいいが、そのうちその役割が自分の方に
 割り当てられるかもしれないのに。

 現実問題として、日本社会は変わった。
 それをまず受け入れなければならない。
 考えなければならないのは、どうして、彼(石原氏)が
 受け入れられる土壌ができてしまったのか、ということだ。

 力の論理が今、東京・日本を含め、世界を動かしている。
 個人活動している自分は、はっきり言って、怖いな、と思う。
 でも、コワイコワイ、とばかりは言っていられない。

 ビルマやグアテマラから見ると、日本社会はまだ、
 「それ以上でも、それ以下でもない」生活をしているよう
 に思える。不安を抱えながらも、微妙なバランスを保ち
 ながら生活しているようだ。

 今の自分は、自分のできる役割をどう果たしていくのか、
 自分なりに、小さな声にどう耳を傾け、意識し続け、
 行動し続けるしかない。それには、まずは自分の身を守る
 戦いをしていかなければならない。

 強者だけの歴史を残してはならない。

 グアテマラのファーストフード店。お代わりした2杯目の
 コーヒーも冷え始めたころ、石川さんにこう話した。

 「個人的には、足立君には『平和』を語ることだけの活動を
 続けてほしくないなあ。平和を語る正論はもちろんだが、
 まずは自分自身のために戦い続けてほしい。
 自分を信じる力、それが説得力をもつものなら、彼の動き
 は広がっていくだろうから・・・。」

 ****************************************
 7時過ぎ、起床。
 8時にはアタバルへ。
 ったく、連絡もしないで、で、この・・・を送る。

 11時、シャトルバスが自宅前に到着。
 先客はたったの一人、ルイジアナから来た米国人女性ひとり。
 グアテマラシティーまでの約1時間、車中は英語で話を
 してしまう。
 何のためにスペイン語をやったのや。
 弁護士である彼女もスペイン語を勉強していたとか。
 しっかし、聞き取りにくい英語やな。
 ちゅうか、スペイン語に耳が慣れすぎたということかな。

 市内の 3 Ave と 12 Calle でピエロ発見。
 また撮影せなあかんな。
 12時前、TICAバス到着。
 出発まで1時間ある。待合所の隣に座ったのはニカラグアに
 帰る女の子。
 20代前半かな?
 グアテマラ見物をしに来たとか。う~ん、ひとり旅の
 ニカラグア女性に会ったのは初めてやな。
 何かと話しかけてくるが、何を言っているのかようわからん。
 13時、(見かけだけ)デラックス(実は、車内は狭いし
 くつろぎにくい)バスは出発。
 エルサルバドルの国境まで2時間。
 途中、何回かの峠越えの時、大雨と濁流。
 国境の通過は簡単。
 今はグアテマラに出国と(エルサルバドル)の入国手続き
 ができる。
 両替屋は相変わらずたむろしている。
 ったく。汗水して働いている人がいると思えば、こうやって・・・。
 でも、彼らも結局、胴元にしめられているのだろう。
 1(US)ドル=8.1で交換。
 ま、悪いレートではない。
 2001年まで使われていた現地通貨であったコロン紙幣
 を見せると、あはは、それはもうコレクションやで~、と
 からかわれる。
 ったく、自国の通貨がドルになったのがこの結果。

 サンサルバドルまで約3時間。
 94年の選挙みたいに、道路や壁、岩に選挙運動のペンキを
 塗りたくっていたという感じはしない。

 グアテマラにろ、エルサルバドルにしろ、変わったな、
 という感じ。
 なにがどう変わった?
 自分が写真を撮る動機を呼び起こせないのだな。
 時代が変わったのだな。
 特にエルサルバドルはそうだろな(グアテマラはまだ、
 先住民族の問題があるし)
 外国人だからこそ関わることのできる問題とは何なの
 だろうか。
 何もないからこそ、日常から問題をきちんと掘り起こす
 必要があるのだが、それだけの力量があるのかな。

 18時前、サンサルバドルのTICAバスに到着。
 タクシーでXIMENA'S ゲストハウスへ。
 タクシーの運転手にいろいろ聞いてみる-
 今、エルサルバドルで一番の問題は何?
 
 -仕事がないこと。
 家族は4人、サンフランシスコにも家族がいる、とか。

 ゲストハウスは安い部屋が空いていない。
 1日22ドルの部屋を1週間割引で18ドルにしてもらう。
 ダウンタウンなら10ドル前後だが、今回は今まで泊まった
 ことのない地区で過ごそうと思っていた。
 毎回毎回、同じ繰り返しじゃあ進歩ないもんなあ。
 しっかし、アンティグアに比べて値段の割には部屋は
 安っぽすぎる。
 ま、観光客の少ないエルサルバドルだから仕方ないか。

 ホテルのレセプションから小川氏に電話。
 電話口にいきなり出ました。
 懐かしいですな。
 いろいろ話したいことがあるけど、それは明後日に。
 Blvd del los Heroes に出てジャンクフードで夕食。

 蚊が多い部屋やな。
 ケーブルテレビはいらんから、その分部屋を綺麗に
 してほしいな。
 蚊帳を吊って23時前寝る。

顔見せ百回

| コメント(0) | トラックバック(0)

 おっと、寝過ごした。
 目覚まし時計を見ると、ちょうど7時半や。
 すぐに顔を洗って、朝食とする。
 おろ、いつものマリアばあちゃんが来てない。
 と、娘さんが来た。で、ラミロじいさんと一言二言
 しゃべって帰っていった。
 じいさんによると、マリアさんは膝にけがしたらしい。

 どんよりとした曇り空。
 今日は雨かな。

 アタバルへ。
 "Lonely Planet" と 『地球の歩き方』 -エルサルバドル編
 とホンジュラス編、首都の地図とホテルリストをコピーする。
 12枚くらいで1Q弱。

 小雨が降ってきた。
 あわてて洗濯物を入れる。

 旅行代理店により、サンサルバドルまでのバスのチケット
 を買う。
 TICA バスで20ドル也。

 グアテマラシティのごみ捨て場に着いたのは11時過ぎ。
 もうかなり顔見知りもたくさんできた。
 仲良くなっても、やっぱり写真はいやがられるなあ。

 撮影中、やっとこさD70の電池がなくなった。
 うへぇ~、長持ちしたなあ。やっぱりちゃうわ。
 同じデジカメでも、こっちの方はこれからは電池の心配も
 しなくてよくなった。
 太陽が照ってきた。
 この数日でかなり日焼けした。
 13時半過ぎ、撮影終える。

 昨日、撮影を拒否されたトルティーヤを焼いている娘さん
 たちの家に行ってみる。
 写真撮らせてよ・・・おろ、今日は簡単にオーケーが出た。
 やっぱり、顔見せ百回やな。
 この、やっぱりなのだ。
 ダウンタウンで腹ごしらえ。

 シャワーを浴びて、洗濯物をたたみ、データをバックアップ。
 アタバルに行き、データのチェック。
 絵と霧さんから予備データが送られてきてた。
 うはうはナシです。

 ドナルイサでパンを買い込む。
 と、+Bなり。
 夕食後、沢木耕太郎 『一瞬の夏』 を読み続ける。
 (上)から(下)を読む際、解説から読んだ。
 なにせ、柳田邦男が書いているもんな。
 世代交代という意味で、火花が散ってたな。
 唸らせてくれるわ、いや、ホント。

 7時過ぎ、目が覚める。
 が、9時までまどろむ。
 う~ん、このどろどろとした頭の中が気持ちいい。

 9時15分、突然やる気が出てきた。
 新聞用の原稿を書き始める。
 先週末にちょっと書き始めていたから、ちょいと楽チン。
 途中をふくらませ、 最後の締めくくりを・・・、それが、
 できない。
 くぅ~。
 昼前、腹ごしらえプラス散歩に行く。

 家に戻り再び原稿に取りかかる。
 う~ん、何とか片が付きそうかな。
 ふぅ~。

 プラプラと中央公園へ歩いていく。
 日曜日だというのに、それほど人では多くない。
 14時前、待ち合わせのBQ前へ。
 と、石畳の向こうからそれらしき人物現る。
 ま、初対面だが、すぐにそれだとわかった。
 地元紙で働く写真家Sさんである。
 近くの喫茶店へ。

 地元の情報誌にSさんの紹介記事と写真を偶然見つけた。
 なかなかの写真を撮っていた。ちょっと会いたくなり、
 待ち合わせをしてみた。
 掲載写真を見ると、なかなかですな-なかなかとは、そう、
 その昔、あ。
 写真は全くの独学だとか。それにはちょいと驚き。
 新聞用の写真より、どちらかと言えば雑誌向きの写真かな。
 24mmがメインレンズとは。同じだな。
 それにしても、気になるイメージ作り。
 写真にも刺激されました。
 で、そのSさんは今、英語を勉強中。つたない自分の
 スペイン語よりはまだまし。
 それでも、英語とスペイン語をぐっちゃまぜにして話を
 進める。
 まあ、なんとかなるもんや。
 いろんな出会いあり。
 ラップトップで自分の写真もみてもらう。
 17時前、お開き。

 大聖堂の前でサラ一家と合流。おろ、今日は旦那のパブロも
 おるやんか。家族の記念写真を撮る。

 アタバルへ。
 夕食はマサラへ。アタバルでスペイン語を勉強している
 日本からの人が一緒(一人はアーカンサス在)。
 そのウチの一人、腹を抱えて笑かせてくれましたわ、いや、
 ホント。
 これまたいろんな出会いあり。


 pic_grey.jpg
 写真家というのは、自分が撮られるときには恥ずかしがる
 もんです。

 6時ちょうど、目が覚める。
 よし、まだまだ健康的やな。
 すっきりとした、抜けるような青空。
 空気もひんやりとして気持ちいい。
 肉体的に疲れて、ぐっすりと寝て、朝食をしっかり食べて。
 こういう生活を毎日続けることができたら、いいな。
 緊張感は撮影時のみ。
 ふふふん。

 9時半過ぎ、自宅を出る。
 ちょっと遅れたな。
 バス停へいそいそと歩いてると、おろ、なにやら聞き覚え
 のある名前が呼ばれている。Y、Y、Y・・・。
 うわ、なんや自分の名前やンか。
 通りの向こうからサラが手を振っている。
 おお、懐かしい顔。
 子どもを3人連れている。
 92年に結婚式 の写真を撮ったんだっけ。
 鞄の中からモノクロの写真を出してきた。
 「ほら、この写真!」
 12年前の写真、大切に持っててくれたんやな。
 ちょいと感激。
 思わず立ち話。今日の午後、早めにアンティグアに戻って
 くるから、そのとき話をしましょ。
 グアテマラシティ行きのバス、土・日は5.5Qと
 値上がりする。
 本数が少ないのかな、人も多いぞ。
 ごみ捨て場に着いたのは結局11時過ぎ。
 ふぅふぅ言いながら写真を撮る。
 今日は2度、小石とゴミを後ろからぶつけられた。
 他の国ではなかったことだ。だからグアテマラのごみ捨て場
 はいやなんやな。
 でも、しゃあない。
 う~ん、気分が乗らないといいイメージを撮ることが
 できないなあ。
 「寄れないし」
 サイアク。
 デジカメを使い始めてオートフォーカスでしか撮れない。
 ピントの山がつかめないしな。
 ごみ捨て場の近くでインディヘナの女の子たちが家の中で
 トルティーヤを焼いていた。
 ちょっと良い雰囲気。
 写真を撮らせてよ、っていうと、じろりと一瞥。
 ノン!と拒否。

 15時過ぎ、アンティグアに戻る。
 データのバックアップをし、中央公園へ。
 サラと子どもたちは大聖堂前で母屋下を売ってました。
 と、今日は人が多いな。
 なんでやろ?
 サラに聞くと、「15歳の成人式?」だとか。女の子は
 着飾っている。
 17時半過ぎまで、プラプラ。

 沢木耕太郎 『一瞬の夏』 を読み始める。
 明日は日曜日、カレンダー通りに休もう。
 で、日付が変わるまで読む。


 DSC0002.jpg
 サラの長女、アナイィー。
 (ポーズはつけなくていいからね)



 DSC_0294.jpg
 ラウリアナ・エリサ(8歳)、1年前からお父さんと
 ストリートミュージシャンとして働き始める。

 6時過ぎだろうか。電話が鳴っている。
 でも、ラミロじいさん、返事をしない。なぜ?
 7時前、また電話。
 7時過ぎ、ドアをノックする音。
 X X X X !
 ラミロじいさん、パニックになっている。
 何を言っているのかわからない。
 で、ようやく判明。
 ダイニングのドアに鍵がかかっているのだ。
 あ、そうか、昨夜、カルロスと電話で話した後、部屋を
 出る時、無意識のうちにドアをロックして出たみたいだ。
 で、ジャベは?と聞く。
 ない!、とじいさん。
 あわわ。
 じいさん、手に装飾用の石を握っている。
 こうなりゃ、格子状になった窓ガラスの一枚を割って、
 窓を開け、中からドアを開けなければならんのだ。
 じいさん、ちょっと、ハァハァと興奮気味。
 今にもガラスを割りそうな雰囲気。
 まってまって、ガラスを割るときには、ちゃんとガラス面に
 ガムテープを貼って、ガラスが飛び散らないようにせな
 あかんがな。
 で、25 X 25cmほどの大きさのガラスを割る。
 割った所から手を入れて、窓の鍵を開けて部屋の中に入り、
 ドアの鍵をはずす。
 朝からどたばたしましたがな。

 アタバルへ、今日も半時間のみ。
 東京にいるマコトさんとインターネットによるビデオ会話。

 家に戻り、役所からの電話を待つ。
 10時をすぎても連絡なし。
 で、こちらから電話を入れる。
 もうちょっと待って、担当のディレクターが自宅に連絡を
 いれると思うから。
 12時前、未だ連絡なし。
 で、また、こちらから連絡を入れる。今度はディレクターと
 話ができた。
 で、撮影の目的は?写真の使用目的は?
 簡単な話の後、すんなりと撮影許可がでた。
 ふぅ~。
 あ、もう12時や。
 昼食はマサラで定食。
 ラーメンもどきのソー麺どんぶりでした。32Qなり。

 ごみ捨て場の入り口ですったもんだあった。が、なんとか
 現場にはいることができた。17時半まで撮影。
 と、ピックアップしたペットボトルや空き缶、段ボール箱の
 集積所で、いくらかの人が服を着替えている。
 あ、そうか通いの人もいるのだ。
 気安く声をかけてくるおっちゃんに聞いてみた。
 ここで何人くらい働いているの?
 う~ん、だいたい1000人くらいかなぁ。
 ごみ捨て場を出て、3ブロックくらい歩くとバス停がある。
 今日は36番のバスで帰る。と、同じバスに、さっきごみ
 捨て場で着替えていた10代後半らしい男の子3人が
 一緒だった。
 街の中心街で降りると、ふと、目の前はパン屋さん。
 何気なく入ってみると、メロンパンが売っていた。
 やっぱりこれは買うしかない。

 夕食をすまして外に出ると小雨が降っていた。
 急ぎ、バス停に走る。
 いつもは出発待ちしているアンティグア行きのバスが
 今日は 一台もいない。
 空車のバスが着くと、待っていた人が群がる。
 私はバスの後部からするりと乗る。

 アンティグアに戻ったのは19時半。
 シャワーを浴びようと思ったが、おろ、水が出ない。
 しゃあないなあ。そのままアタバルへ行く。
 確認事項はなし。
 新聞用の写真を送る。
 パルケまで出て、電話をかける。
 地元紙の写真家Sさんへ。
 英語とスペイン語のぐっちゃまぜ、とりあえず日曜日に
 会う約束。
 10代後半のチャキチャキ娘のような声。
 カルロスにも電話。
 家に戻ってデータのバックアップ。
 沢木耕太郎 『チェーン・スモーキング』 を読み続ける。


メロンパン

| コメント(0) | トラックバック(0)

  DSCN1935.jpg
 グアテマラの自家製のメロンパン。
 メロンパンのことは、五木寛之氏がエッセイで書いた後、
 ブームになったので、ちょいとさけていたが、
 やっぱりこだわざるを得ない


ああ、許可証

| コメント(0) | トラックバック(0)

 6時過ぎだろうか。電話が鳴っている。
 でも、ラミロじいさん、返事をしない。なぜ?
 7時前、また電話。
 7時過ぎ、ドアをノックする音。
 X X X X !
 ラミロじいさん、パニックになっている。
 何を言っているのかわからない。
 で、ようやく判明。
 ダイニングのドアに鍵がかかっているのだ。
 あ、そうか、昨夜、カルロスと電話で話した後、部屋を
 出る時、無意識のうちにドアをロックして出たみたいだ。
 で、ジャベは?と聞く。
 ない!、とじいさん。
 あわわ。
 じいさん、手に装飾用の石を握っている。
 こうなりゃ、格子状になった窓ガラスの一枚を割って、
 窓を開け、中からドアを開けなければならんのだ。
 じいさん、ちょっと、ハァハァと興奮気味。
 今にもガラスを割りそうな雰囲気。
 まってまって、ガラスを割るときには、ちゃんとガラス面に
 ガムテープを貼って、ガラスが飛び散らないようにせな
 あかんがな。
 で、25 X 25cmほどの大きさのガラスを割る。
 割った所から手を入れて、窓の鍵を開けて部屋の中に入り、
 ドアの鍵をはずす。
 朝からどたばたしましたがな。

 アタバルへ、今日も半時間のみ。
 東京にいるマコトさんとインターネットによるビデオ会話。

 家に戻り、役所からの電話を待つ。
 10時をすぎても連絡なし。
 で、こちらから電話を入れる。
 もうちょっと待って、担当のディレクターが自宅に連絡を
 いれると思うから。
 12時前、未だ連絡なし。
 で、また、こちらから連絡を入れる。今度はディレクターと
 話ができた。
 で、撮影の目的は?写真の使用目的は?
 簡単な話の後、すんなりと撮影許可がでた。
 ふぅ~。
 あ、もう12時や。
 昼食はマサラで定食。
 ラーメンもどきのソー麺どんぶりでした。32Qなり。

 ごみ捨て場の入り口ですったもんだあった。が、なんとか
 現場にはいることができた。17時半まで撮影。
 と、ピックアップしたペットボトルや空き缶、段ボール箱の
 集積所で、いくらかの人が服を着替えている。
 あ、そうか通いの人もいるのだ。
 気安く声をかけてくるおっちゃんに聞いてみた。
 ここで何人くらい働いているの?
 う~ん、だいたい1000人くらいかなぁ。
 ごみ捨て場を出て、3ブロックくらい歩くとバス停がある。
 今日は36番のバスで帰る。と、同じバスに、さっきごみ
 捨て場で着替えていた10代後半らしい男の子3人が
 一緒だった。
 街の中心街で降りると、ふと、目の前はパン屋さん。
 何気なく入ってみると、メロンパンが売っていた。
 やっぱりこれは買うしかない。

 夕食をすまして外に出ると小雨が降っていた。
 急ぎ、バス停に走る。
 いつもは出発待ちしているアンティグア行きのバスが
 今日は 一台もいない。
 空車のバスが着くと、待っていた人が群がる。
 私はバスの後部からするりと乗る。

 アンティグアに戻ったのは19時半。
 シャワーを浴びようと思ったが、おろ、水が出ない。
 しゃあないなあ。そのままアタバルへ行く。
 確認事項はなし。
 新聞用の写真を送る。
 パルケまで出て、電話をかける。
 地元紙の写真家Sさんへ。
 英語とスペイン語のぐっちゃまぜ、とりあえず日曜日に
 会う約束。
 10代後半のチャキチャキ娘のような声。
 カルロスにも電話。
 家に戻ってデータのバックアップ。
 沢木耕太郎 『チェーン・スモーキング』 を読み続ける。


カメラバッグ

| コメント(0) | トラックバック(0)

 6時半には目が覚めた。
 でも、やっぱり起きることができない。
 朝の散歩はまた中止。
 結局、起きあがったのは7時過ぎ。
 ま、それでも健康的な生活だと言えるな、ウン。

 朝食をゆっくり食べて、メールを書いて・・・。
 でもなあ、返事のしにくいメールがあるんやなあ。
 問い合わせなのか、感想なのか、はたまた返信を求めて
 いるのどうかよくわからない。
 書きたいことは多々あれど、適当なところで切るのも大切。
 自分のパソコンのメール環境だけじゃないから、改行も
 すっきりしよう。
 読みやすいメールとは、たとえば、一つのことで4行を
 超えないこと。
 文末はきちっとそろえなくてもいいが、あまりには
 そろってないのも読みにくい。
 こんなことを日記に書くとメールが減るかもしれないが
 ・・・
 本当は末永くおつきあいしたいから、できるだけやりとりが
 し易いメールを送ってね、って言ってるんですよ、はい。

 9時過ぎ、アタバルへ。
 およ、今日はマエストラの誕生日だとか。
 みんなで10Qずつ出し合ってケーキを買い、お祝いとなる。 
 ズルズルと10時半までオフィスに。
 お、通信社から速攻で返信あり。
 さすがに早いな。

 雑誌兼情報誌の編集部へ行く。
 地元の新聞社の写真家、NGO、エルサルバドルの情報先、
 などなどを紹介してもらう。
 なんか一気に人脈が広がりそう。
 連絡業務だけで頭がパンパンになりそう。

 さ、仕事や、 さ、行こか。
 久しぶりにカメラバッグを肩に担ぐ。
 何ヶ月ぶりだろうかな、取材でカメラバッグを持つのは。
 この間ずっと、シャンバッグに、コンパクトデジカメを
 忍ばせる姿やったからなあ。
 そろそろ新しくて機能的なカメラバッグがほしくなったなあ。
 
 で、型は古いとはいえ使い込んだ、愛着のあるバッグを
 担ぐと、やっぱり緊張する。
 ずしりと感覚。 気合いが入る。
 カメラは3台。
 レンズの余分は持たない・・・重たいしね。
 グアテマラシティ着のバス、今日は路線がおかしいぞ。
 ゴミ捨て場から遠~い所を回った。
 う~ん、歩くかなあかん。

 ゴミ捨て場に入ってすぐ、酔っぱらい(シンナー?)に
 からまれる。
 ったく、いややなあ。
 適当にあしらったら怒りよるし、で、相手にしたら
 つけあがるし。
 誰も相手にしてくれへんから外国人にちょっかいを
 だしているのやなあ。

 今日は雨は降らない模様。
 でも、風が強い。
 埃が舞う・・・、ゴホゴホ。
 お、マルコもおる。
 広角はデジカメ、望遠はフィルムカメラ。
 それにズーム付きのコンパクトカメラを補助で使う。
 それにしてもビルマにいた時、こんなちゃちなコンパクト
 デジカメでよう撮影しとったわ。今更ながら感心する。
 このタイミングの悪さ、起動の遅さ、ピントの甘さ。
 D70を使うと、同じ会社の製品だとは思えないなあ。
 んでも、デジカメはピントの山がほとんどわからんから
 オートフォーカスで撮影するしかないしな~。

 写真をとってよ~。
 いざ、カメラを向けると恥ずかしがるポーラ14歳
 (には見えない)
 カメラを向けても平然としていたヨニー(?)10歳。
 早口のスペイン語をまくし立てる色っぽい?セレステ17歳。
 400カットあまり撮影。
 やっぱりデジカメは、シャープさには欠けるけど、本数を
 気にせんでええからええわ。
 17時過ぎ、近くのスラムをうろついて街の中心に戻る。
 96番のバス(1Q)を乗り継ぎ、またまた、歩く。
 さすがに腰が痛くなったわ。
 今日は昼抜き。
 豪勢にも鶏を喰らう。

 食事の後は公園で一休み。
 6番街の屋台は6時過ぎには閉店。
 ちょっとうろつこうかな、と思ったが 19時過ぎ、グアテマラ
 からアンティグアに戻る。
 2個買って帰る(18Q弱)

 家に戻ったらすぐにシャワー。
 データのバックアップをしていたら雨が降ってきた。
 あ、あかん、メッセージをあちこち送らなあかんのに。
 外出できんようになった。
 ま、たまった日常業務をやろうっ・・と。


 DSC_0133.jpg
 段ボールも束になると、「重たい」を超える。


さ、撮影初日

| コメント(0) | トラックバック(0)

 6時過ぎ、目が覚める。
 うお~ぃ、もうちょい寝かせてくれや~。
 で、結局7字まで寝る。

 朝食はコーンフレーク、バナナの焼いたモノ、フリフォレス。
 コーヒーと菓子パン。

 今回の中米行き、スペイン語の最後の授業。
 今日も新しい先生。
 さて?どうかな。
 お、うまいやん。話の間の取り方がうまい。
 筆記はむちゃくちゃやけど、会話の教え方はまずまず。
 12時、ふぅ~、やっとこさ、終わった。
 さ、忙しくなるぞ。

 パスポートをコピーしてパウチする。
 これからパスポートを持ち歩くわけにはいかん。
 JのK氏に電話する。
 おろ、モンテリコに行かなくても良いですか、ほっ。
 20日に大使館前で待ち合わせ。

 さ、今日が撮影の初日。
 ちょいと緊張するなあ。
 シャンバッグにラミネートした写真、デジカメ2台、
 財布の中のカードを全部だし、現金は140Qだけを
 持つ。
 あとは、電話カードだけ。

 14時半、グアテマラのゴミ捨て場到着。
 おろ、ずいぶん変わったなあ。コンクリート壁が
 できているやんか。
 ま、それでも、中は同じ。
 ちょっと緊張しつつ、歩き回る。
 手に写真を持ちながら、近くにいる優しそうな人に
 話しかける。
 - この子を捜してるんやけれど、見なかった?
 何人かから反応がある。
 マルコや。
 ほんまかいな、10年前の写真やぞ。
 ほんまらしい。
 今は、どっか行ったけど(シンナーボンドを吸うような
 しぐさをする)、もうすぐ戻ってくるから、と。
 雨が降り出した。
 ったく、デジカメがぬれ放題。
 カッパをかぶる。
 と、雨一休み。
 と、マルコ登場。
 ホンマにこの子かいな。
 今の年齢を聞く。20歳か。
 そうか、じゃあ10年前は10歳やったんやな。
 しっかし、10年前と同じ生活。
 よく考えると、厳しいを超えてつらくて悲しいな。

 雨は降ったり止んだり。
 靴とズボンはズチャズチャになる。

 17時過ぎ、今日の撮影終わる。
 初日からとばしたらあきまへん。
 ダウンタウンへ戻り、BKへ。
 あ、今日は夕食食べるんやった。
 あわててバス乗り場へ。
 帰宅の人と来るまでごっちゃごちゃ。
 アンティグアにはギリギリ18時35分に戻る。

 夕食の後、シャワーを浴びて、データのバックアップを
 とって、アタバルへ。
 朝と夜、1日に2回のメールをチェックした方がいい。
 でも、1回が限界かな・・・。

 23時半過ぎ、『不夜城』を読了。
 くたくたになって寝る。


 DSC049.jpg
 マルコ、10年前の写真を持つ。
 <グアテマラの写真のページ
 5ページ目上段真ん中、手前の子
→■

 6時過ぎ起床。
 自分に負けて、2度寝。
 7時過ぎ、起きる。

 8時アタバルへ、
 さ、今日と明日でスペイン語が終わる。
 で、2日間だけやというので中途半端なスケジュールとなり、
 先生が代わった。
 Rさんの娘さんや。
 大学でコンピューターを勉強している、とか。
 で、教え方はうまくない。
 こっちの方がストレスがたまる。
 話にリズムがない。
 ま、それほど経験がないから仕方ないか。
 10時半の休みの時に、先生を代えてください、と要望を
 出す。
 最後の日にこの先生じゃたまらんわいな。
 ま、12時まで何とか新しい先生につきあった。
 ふぅ~、こっちが疲れたな。

 昼食を食べて、ちょっとのんびり。
 銀行へ。
 とりあえずの資金として、クレジットカードで200ドルを
 キャッシング。
 もちろんQ払い。
 モンテリコ行きの格安バスを探すため旅行代理店を7軒ほど
 はしごする。
 一番安いところで8ドル、高いところで15ドル。
 この差はいったいなんなんや。

 16時過ぎ、アタバルへ。
 ネットバンクから日本のマンションの家賃を振り込む。
 しっかし、便利になったもんだ。
 アタバル文庫の漫画をいくつかツン読するが、どれも
 おもしろくない。

 馳星周 『不夜城』 を借りる。
 さて、どんなんやろ。
 夕食を終えて、『不夜城』を読み始める。
 22時半過ぎ、寝入る。

その一歩が

| コメント(0) | トラックバック(0)

 蚊を殺った。
 合掌した形で生き物の命を奪うのは皮肉だな。
 今日は蚊帳なしで寝ることができそうや。
 1時過ぎまで『ゴサインタン』 を読み続けるが、目が
 トロンとして、何を読んでいるのかわからなくなってきた。
 ズルズルと寝入る。
 6時半過ぎ目が覚める。

 今日はダラダラさせとくれ。
 7時半過ぎまで寝る。
 曇り空かな。
 結局、起き出したのは9時過ぎ。
 さ、やろう。
 原稿を書き始める。
 書きたい内容はほぼ決まっているので、ツラツラ書き進める
 ことができるはず。
 が、甘くない。
 なんかズルズルと書き続けることになってきた。
 1000字では、決して収まらない。
 どのくらいになるのかな・・・トホホ。

 昼前、アタバルへ。
 帰りにBKに寄る。「チーナ」とちょっといやな言い方。
 話し方から差別表現を含んでいるのがわかる。
 ったく、なあ。
 こういう店には2度と来たくない。
 パン屋にも寄る。
 ダイエットコークを買う(4Q)
 簡単な昼食を終え、再び書き始める。

 書きたいことの焦点がぼやけてきた。
 平和について、具体的なエピソードを交えたいから
 ちょいと苦労する。
 ズルズルと書いてしまう。
 結局、文字数は大幅に増えて6000字近くなって
 しまった。
 あっちゃ~。
 何事も、もうちょっとまとめ癖をつかなあかん。

 あ、雨が降ってきた。
 ちょっと頭を冷やしに行こう。
 傘をさして外出。
 中央公園近くの本屋へ。
 参考になる中米諸国の文献が山ほど。
 でも、一冊一冊が高い。
 どれも188Q(2500円近く)するしなあ。
 あ~あ、としか言いようがない。

 挽きたてのおいしいコーヒー(クリーム入り7Q)を買い、
 公園のベンチに座って、『ゴサンインタン』 を読み続ける。
 山本周五郎賞作品だからもっとバタくさいかと思っていたが、
 結構スマートな内容。

 18時過ぎ、雨が降ってきた。
 市役所の回廊に入り、読了。

 家に戻り、原稿を修正。
 最後の収まりが悪い。
 でも、今日中に送信するしかない。
 あちゃちゃ。
 ま、MLだからいいか・・・<手を抜いた訳じゃないけどなあ。

 自宅の1Fは真っ暗け。
 じいさん、早く寝すぎるもんなあ。
 アタバルへ。
 わからなかった地名が判明。
 しっかし、グアテマラでハワイとは。
 20時過ぎ、パンケーキをかって帰る。

 石畳を歩きながら、不器用な自分自身を呪いたい、と思う。
 足下がおぼつかないので、ついつい下を向いたしまう。
 体の姿勢がわるいと考える内容もよくないのかな。
 迷惑をかけてもええやん、と思う気持ちと、いやアカン
 という理性が大げんか。
 今までの関係と、その先の関係を考えると、いやはや、
 と思う。
 その一歩が踏み出せない。
 まだわからぬか。ま、わからんやろうなあ。

 さいふうめい『阿佐田哲也勝負語録』を読了。
 『赤ひげ診療譚』 読了。
 さ、明日も早いし、もう寝るか。


 12時過ぎ、『検察捜査官』 を読み終える。
 ま、ちょいとおもしろかったかな。
 『赤ひげ・・・』 を数頁読み始める。
 が、文字が小さいので、目が痛くなってきた。
 寝よう、っと。
 で、やっぱり蚊がいる。
 蚊帳を吊って、1時半過ぎ就寝。

 今日はゆっくり7時まで寝る。
 朝食を食べた後、9時15分過ぎまで寝る。

 気を抜いたら、メールがたまる。
 R氏の選挙関係が急に増えてきた。
 腹の調子がまた悪くなる。
 今度は寝冷えかな?
 トホホ。
 10時過ぎ、太陽が照ってきた。
 あ、またお腹が痛くなってきた。

 5年ぶりにグアテマラシティーへ。
 バスで5Q、時間にして約1時間の距離。
 3人がけのベンチシート。なんだかこざっぱりしたなあ。
 右に左に大きくカーブする道も結構舗装されている。
 首都に着いて、18番街のバス停から5番街をテクテク歩く。
 バスに乗るよりも、町の雰囲気がつかめるからね。
 気のせいか、言われているほど、そんなに危ない感じはしない。
 待ち合わせまでにまだ20分ほどある。
 ウエンディーズでチキンバーガーを食らう。
 セットで31Q余り也。

 14時前、大聖堂前の中央公園の噴水前に腰掛ける。
 I さんが来るまで、『赤ひげ・・・』を読む。
 騒がしそうやけど、落ち着いた公園やな。
 しばしして、 I さん参上。
 最近、山本周五郎にはまってんねん。
 山本周五郎ならウチにたくさんあった、とな。
 I さんの知り合いの先住民族の女性が偶然通りかかり、
 I さんに話しかける。
 なんと、背中に子どもを背負っていた。なんとまあ、
 器用な格好で。
 しっかし、綺麗な衣装だな。

 大粒の雨が降ってきた。
 先ほどのウエンディーズに逆戻り。
 薄くてまずいコーヒーを飲みながら、久しぶりに顔つき
 合わせて話し合う。
 ほんまに、変わった人ですな。
 取材についての相談もする。
 雨は止まない。雷の音が響く。
 17時過ぎ、そろそろ散会しましょか。南へ向かうバスへ
 一緒に乗る(1Q)。
 18番街の近くで大渋滞。
 バスを降りて、歩き始める。
 I さんそのままバスを乗り換え(10)。
 アンティグア行きバス、帰りは5.25Qだった。

 チキンを食べて帰る。

 篠田節子『ゴサインタン』を読み始める。
 第10回山本周五郎賞の作品だ。
 ちょっと期待しよう。
 

今夜本読み

| コメント(0) | トラックバック(0)

 5時45分起床。
 スペイン語の宿題をさっさと20分で終え、6時過ぎには
 朝の散歩に出かける。
 今日は南西地区をぶらぶら歩く。
 あんまり人を撮ることができないなあ。
 ま、アンティグアだし、仕方ない。

 腹の調子がもどってきた。
 8時、アタバルへ。
 来週の授業は、月と火の午前中の4時間だけにしてもらう。
 マエストラのカルメンは、「水曜日までやろう!」というが
 ・・・。
 10時半、レッスンは休憩。
 アタバルのオフィスは人でいっぱい。たばこの煙でノドが
 やられた。
 酸をなめたようにノドがヒリヒリしてきたぞ。
 12時、午前中のレッスン終了。

 昼食のため帰宅。
 13時半、今日は早めにアタバルへ。
 未返信のメールを送る。
 スパムメールの数はいっこうに減らない。
 ビルマの情報も入ってくる。
 国民会議にNLDが参加しない方向だ。

 14時~16時まで午後のレッスン。
 今日は動詞の過去形の不規則形。
 午後のレッスンは今日で終わり。

 アタバル文庫で『人間交差点』(14巻)を読む。
 H氏から、ビルマのことグアテマラのこといろいろと
 聞かれるが、まあ、焦らず自分で勉強してほしいな、と思う。
 岡嶋二人 『チョコレートゲーム』 と 中嶋博行
 『検察捜査官』 を借りる。
 これも日本ではまず読まない種類の本。
 ぱらっ、と小雨。
 石けんとパンケーキ2個入りを買う。
 9Q50Cなり。
 今夜は本読み。
 まずは、『チョコレートゲーム』 から。

しゃべりすぎ

| コメント(0) | トラックバック(0)

 6時半、起床。
 スペイン語の宿題をちゃっちゃとやる。
 それでも30分はかかる。
 朝の散歩は中止。
 腹の調子がちょいとおかしい。
 やっぱり語彙不足と動詞の活用の練習がなっていない。
 ま、第2外国語だし仕方ないか。

 8時アタバルへ。
 午前中は動詞の活用-不規則形が終わりに近づいた。
 12時、午前のレッスン終了。
 昼食は、スープとパンのみ。
 下痢や。
 昨日の昼食がキタかな?

 午後の授業は完全にペトラからリスへ。
 動詞の活用、過去形へ。
 やっとこさここまで来たか。
 しかし、午前4時間、午後2時間。ずっと口を動かしている。
 ほんま、 しゃべりすぎで顎が痛いわ。
 名前負けしてきたかな。

 16時半過ぎ、アタバルのオフィスのパソコンは日本と
 チャットでつながる。
 向こう側はマコトさん。
 なんかすごい技術だな。

 アタバル文庫から『寄生獣』を引き出す。
 そいやその昔、Mがおもしろい漫画だと言っていたな。
 と、清水一行 『単身赴任』を借りる。
 激しい夕立。

 夕食はスープとコーヒーとパンのみ。
 「ノ アイ パン サブロッソ か」
 夕食後、『単身・・・』を読了し、『赤ひげ・・・』を
 読み続ける。

 そろそろ現行の準備をせなあかんかな。
 23時過ぎ、就寝。

メル友と会う

| コメント(0) | トラックバック(0)

 5時半、自然と目が覚める。
 たった1週間だというのに規則正しい生活が続く。
 そのおかげか?
 あまり食べていないのに、出るものはきちんと出る。
 昨夜は遅くまで本を読みすぎた。
 雨も降ったことだし、右足の薬指を深爪したことだし、
 寝不足のことだし、スペイン語の宿題もやっていない
 ことだし、朝の散歩は中止。
 結局、6時半まで寝る。
 で、ぐずぐずおきだし、スペイン語の復習をする。
 動詞の活用の変形。
 以前はここまで到達しなかった。
 ま、進歩したといえば進歩したのだろう。

 7時20分、いつもの朝食。
 オートミール、しぼりたてのオレンジジュース、焼きたての
 コッペパン、フリフォレス、目玉焼き、焼きたての菓子パン。
 今日は早めに家を出る。

 8時10分前、アタバルに入る。
 ランをつないで、昨夜書いたメールを送信。

 8時、いつものように授業が始まる。
 10時半、いったん休憩。
 気になるメッセージがあるかどうか確認。
 が、ナシ。
 12時、午前の授業が終わる。

 ラ・メルセー教会横のホテル兼レストランの前で待ち合わせ。
 J・K氏はすでに到着。
 メールで知り合った写真が趣味のグアテマラ人。
 1年半ほど前、ウエブを見て連絡をくれた。
 年の頃なら30代前半。
 世の中、どんなつながりがあるかわからない。
 奥の席で食事。
 ピィピィポヨという定食とサラダを食べる。
 会話は8割英語、2割スペイン語。
 写真のつながり。
 スポーツ写真、特にモータースポーツを撮るのが趣味?とか。
 話を聞いていると、どうやら写真で身を立てたいようだ。
 が、ひっきりなしに携帯に電話が入ってくる。
 そのたびに会話が中断。
 フムフム。
 二人で食べて230Qあまり。
 J・Kのごちそうとなる。
 14時前、散会。

 午後の授業、ペトラは体調が悪いというので、別の先生が
 担当となる。
 まあ、悪くはないのだが、説明が文法中心に偏っている。
 そういうときは例文で説明してくれたらいいのにな~。
 2時間、しゃべりっぱなし。
 ちょいと疲れた。
 16時、午後の授業が終わる。

 オフィスで、日本に帰ったマコトさんとマイクとカメラを
 使ったチャットが行われていた。しっかし、技術の進歩は
 すごいなあ。距離感を全く感じさせないんだから。

 急な夕立。
 バタバタバタという雨音。
 雷。
 しゃあないなあ、帰られへんやんか。
 アタバルの図書館にて本を眺める。
 山崎豊子、清水一行など読みたい本があるが、そんなに
 借りて帰っても読めないし。
 インディヘナのおばあさんに織物を習っている日本の
 女の子をめっけ。
 ちょっとだけ撮影。
 16時半過ぎ、雨がやむ。
 むっとする湿気の中を歩いて帰る。

 昨日の続き、『馬車は走る』 を読み続ける。
 なんでかなあ、ホンマに読みやすいなあ。
 これが書き手の技術なのか。
 それとも取材力なのか。
 まあ、両方やろうなあ。
 トホホ・・・なんで、トホホなんやろ。

 今日も簡単な夕食。
 ヌードルスープ、名のわからぬ小さな揚げ物1コ、
 フリフォレス、コーヒー、小さなパンなど。
 20時半過ぎ、『馬車・・・』 読了。
 後書きを読みながら、沢木耕太郎のノンフィクションと
 ジャーナリズムの違いがちょいとわからなくなってきた。
 ま、名前はどんなんでもいいんやがなあ・・・。
 そうか、なんでこんなに心地よく読みやすいと感じるのが
 わかるような気がした。
 ノンフィクションでありながら、実際、同じ社会で起きて
 いる出来事ながら、全く違う世界に身を置いて、童話や
 おとぎ話のような感覚で頁をめくることができるのだ。
 その気楽さ、安心感かな。
 と、同時にその実際のおとぎ話の世界に自分も住んでいる
 という、ちょっとした現実感のスリル。
 『赤ひげ診療譚』 の最初をちょっとだけ読む。
 あ、もう21時過ぎか。

 <『馬は走る』>
 ----------------------------------------
 確かにルポルタージュを書くという作業は限りない「無駄」
 の積み重ねからなっているものだ。それを理解していながら
 「無駄」に疲れ、粘りつづけることなく会うことを放棄して
 いる自分を、どこかで疚しく感じていたのかもしれない。
 結局は徒労にだろう。しかし気にかかっているままにして
 おけば、もっと不快な疲れ方をするに決まっている。
 pp.164-165

 45歳になる中年の男が、マンションを売り、・・・・・。
 確かに、この話には童話が持っているのと同質の「不思議」
 がある。若者たちの脂ぎった「冒険」は異なる、乾いた
 豊かなユーモアの精神のようなものが感じられる。
 p.223

 ・・・・・。ほかの4人はプロであり、だからスポンサー
 のためにも勝たなくてはならない。

 「でも多田さんは誰のためじゃなく、自分ひとりのために
 闘うことのできる。素晴らしいことですよ」
 p.225

 ところが、この1年、さまざまな世界で、頂に登りつめ
 ようとしている人々、登りつめようとしていた人々に多く
 会うことを続けているうちに、多田がたまらなく懐かしく
 感じられてきてしまったのだ。頂に登ろうとせず、しかし
 だからといって人生を降りているわけでもない。当たり前
 の人生を当たり前に生きている。だが、当たり前の人生を
 当たり前に生きていくことの、なんと難しいことだろう。
 ところが彼は、それをごく自然に、しかもごくいきいきと
 生きているよなのだ。
 p.253

 ・・・、控えめな笑顔をみているうちに、ふと、彼が頂に
 登ろうとする人々とはまったく異なる頑張り方をしている
 ように思えてきた。戸塚が栄光を手に入れるために何かを
 犠牲にせざるをえなかったように、多田も当たり前に生きて
 いくために何かを切り捨ててきているのではないか。
 あるいは、彼は全力を振りしぼって普通の人でありつづけ
 ようとしているのではないだろうか。
 p.264

 それにその美談というのも、もとはとえばジャーナリズムが
 作ったものではないか。・・・・・。それは、自分たちが
 勝手に作り上げたヒーローを、今度は引きずり落とすとき
 に用いられるジャーナリズムに特有の手法だった。

 三浦が愛読した・・・・・。
 しかし、生きていくためには、道徳まがいのものを身に
 つけなくてはならない。だからあらゆる場所で、あらゆる
 機会に、学び、学ばされる。・・・・・。
 おそらく、彼には人生の目的というものがなかった。
 なかったはずだ。もし、女とか、金とかが目的だったなら、
 ・・・。
 p.340
 ----------------------------------------
 三浦和義氏のことを書いている章で、ちょっと嫌気がして
 しまった。それは人生を目的あるものとしてとらえている
 し、氏の人生を勝手に断定しているようだからだ。
 「シジフォスの四十日」の方はむしずが走るほどいやな
 内容だが、読み応えがあった。おそらく、その取材の過程
 において、一緒に体を動かしていた部分がおおいからで
 あろう。

 
 DSC_0039.jpg
 
織物の出張レッスン。一時間20Qだとか。

 5時55分、やっとの思いで起きあがる。
 ラップトップのスイッチを入れるが、HDの故障の症状は
 全く変わらない。
 しゃあないなあ。
 とりあえず、朝の散歩に行く。
 今日は南から西へ歩く。
 7時帰宅。
 時グアテマラまで来て、まさか、と思ったがそうする
 しかしかない 。
 やっぱりHDを初期化するしかないか。
 朝食をとりながら、HDをフォーマットし、WIN2Kの
 再インストール。

 昼食の帰宅時、ソフトのインストールをする。
 ま、ここまできたら手慣れたもの。
 14時前、メールの受信をする。
 うわ、いきなり427通の受信。
 あ、よかった、Aのサーバーの方はこの2日分のメールを
 サーバから削除していなかった。とりあえず受信した
 メールだけは確保。
 が、返信メールの控えは全くない。
 3日分の返信データは消滅。
 トホホ。
 午後の授業開始。。
 16時過ぎ、レッスン終わる。
 すぐにラップトップをラン接続させて、W2KのSP4の
 ダウンロードを開始する。
 うわ、約40Mの容量。
 1時間近くかかりそう。
 しゃあないなあ。
 アタバル文庫に行き、何気なく雑誌や文庫、単行本を眺める。
 と、沢木耕太郎『馬は走る』と山本周五郎の『赤ひげ診療譚』
 が目に入った。
 これを借りていこう。
 パラパラと『馬は・・・』 の頁をめくると、「その木戸」の
 章の初めに、「木戸をでるどこへゆけるんだ-山本周五郎」
 の引用があり。
 うわ、偶然にしてはびっくり。
 18時ちょうどSP4のダウンロード終了。
 ほっ、これでなんと復旧できそうだ。
 もうこんなことこりごり。
 バックアップはこまめにとっておこう、っと。

 夕食後、『馬は走る』 を読み始める。
 石原慎太郎を扱った「シジフォスの四十日」は読んでいて、
 気分が悪くなった。石原慎太郎の差別主義がもろに出ていた。
 不快感を及ぼすほど、ということは、それほど沢木氏の
 筆力があったということだろう。
 今も昔も、石原は変わってない。
 変わったことといえば、彼が選挙に勝って、今は東京都
 知事だということだ。
 彼を支える都民がいるということだ。
 ----------------------------------------
 (石原陣営の)浅利と牛尾は、口をそろえて「都民の判断は
 賢明だった」と言う。美濃部を叩き、僅差に追い込ませながら
 石原を当選させはしなかった。石原に対する不安というのは、
 「ファッショ的」などということより、もっと本質的なところに
 根ざしていたのではないか。都民はそれを敏感に感じ取って
 いた・・・・・。
 ----------------------------------------
 彼が今、都知事になっているということは、時代の変化、
 都民の変化であろう。
 その変化の意味するところは、深く考えると怖さを通り
 越して、・・・・考えたくなくなる。
 22時過ぎ、就寝。

 夕方から時々雨。
 深夜、雷を伴った激しい雨。
 そろそろ雨期の始まりかな。

雨期の日の出

| コメント(0) | トラックバック(0)

 DSCN1789.jpg
 日の出直後、観光客相手に行商をするおじさんとばったり。
 通常なら商品を売りつけられる一言があるはずだ。
 だが、朝一番の出会いは気持ちのいい挨拶ですれ違う。

HDの不調

| コメント(0) | トラックバック(0)

 夜更かしがあかんかったなあ。
 今日は週はじめやというのに朝の散歩をさぼってしまった。
 ま、仕方ないか。
 7時過ぎまで寝る。
 8時、アタバルへ。
 12時、レッスン終了。
 今日も昼食は一人・・・途中からマリアばあさんが参加。

 メッセージ送信がたまっていたから、今日は早めにアタバルへ。
 と、突然、ラップトップの調子がおかしくなる。
 ああ、またいつものHDがストップする症状や。
 14時、午後の授業の開始。
 マコトさん、今日の午後、日本へ帰る。
 そのため、今日の午後の授業は早めに終わる。
 15時半、終了。
 16時半過ぎ、マコトさん、アタバルを出る。
 やっぱりPCが立ち上がらない。
 WIN2Kの起動画面までは進むのだが、それから一向に
 進まない。
 ああ・・・どうしたものか。
 17時過ぎまでいじくるが、やっぱりあかんようだ。
 とぼとぼ帰宅。
 夕食もそこそこに終わらせ、ラップトップを分解。
 HDを(何回も)取り外したり、メモリーをはずしたり
 つけたり。
 やっぱりOSが起動しない。
 もしかしたら、本来ならすぐにHDのフォーマットをする
 のだが、日曜日に公園で撮影したイメージのバックアップ、
 この3日間のメールのバックアップ、ウエブサイトの更新の
 バックアップをとっていない。
 できるなら、最後の最後まで手を尽くしたい。
 以前のように一夜寝かしたら復旧した・・・ってことになる
 かもしれない。
 もしかしたら・・・っていう思いで、22時過ぎ寝入る。

夢の旅路

| コメント(0) | トラックバック(0)

 夜明け前、蚊の羽音で何度か目覚める。
 ま、そういうこともあるわ。
 5時半、再び目が覚める。
 ぎりぎり5時55分まで寝る。

 今日は長めにメルカード(市場)まで歩く。
 確か、今日は立つ日。
 家を出て南に向けて、てくてく約20分も歩く。
 と、街で唯一の市場にたどり着く。
 おう、おるわおるわ。
 近郊の街から集まってきたインディヘナの人たち。
 カメラを向けると顔を背ける人が多い。
 ま、仕方ないよな。
 ここはアンティグアだし。
 目の前の女の子を撮影すると、すぐさま、「シンコ・
 ケッツァレス(5Q)」とお金を要求される。
 ま、ここはアンティグアだし、仕方ないよな。
 ロープを売っている男の子にカメラを向けると、
 「ウンダラレス(1$)」。
 こちらは少々高め。
 ま、向こうも真剣にお金を要求しているのではない。
 いわば、写真を撮らないで、といっていること。
 見せモノではないのだから当たり前。
 しつこく写真を撮ろうとしたら、ちょっと、むっとした
 顔をして嫌がるか、手を出してくる(それは経験済み)
 「じゃあねぇ~」という笑顔をしながら、阿吽の間合いで
 その場を立ち去る。

 う、お腹に差し込みが。
 急いで帰ることにしよう。
 帰り道は少々早めに歩く。
 H・レフヒオでMさん宅に電話をするが、7時前ということも
 あってか電話がファックスになっていた。

 石畳急いで歩いていると、急に「夢の旅路は~♪、木の葉
 模様の石畳~♪、まばゆく白い長い道。足跡も影も~♪、
 残さないで~♪、通り過ぎた~・・・」と知らぬ間に
 口ずさんでいた。
 夢の旅路は・・・ここに戻ってきたか。
 でも、なぜかしらない寂しい違和感。

 7時20分過ぎ、朝食なり。


 market1.jpg
 市場の準備中。

街の北を歩く

| コメント(0) | トラックバック(0)

 5時50分起きる。
 今日は街の北を歩こう。
 静かすぎるなあ。
 6時過ぎ、車から声をかけられた。
 「今、何時?」
 「6時15分」
 グアテマラに始めてきた頃は、道を歩いていたときに、
 時間を尋ねられるのも苦痛だった。
 なにせ、こちらが外国人だと分かっていても、必ず
 スペイン語で話しかけるんだからなあ。それも早口で。

 スペイン語が話せて当然だという雰囲気だった(ま、今も
 そうだが)
 あまりにたびたび時間を聞かれるから、腕時計をはずしてし
 まったこともあるなあ。
 ま、今では、時間を尋ねられるくらいなら何とかなるように
 なったもんだ。
 もっとゆっくり喋ってよ、と言い返せるくらいにはなったし。
 しっかし、この程度のスペイン語で取材を続けようとする
 のだからなあ。
 500年をすぎる征服の歴史は、マヤの言葉や文化を覆い
 隠してしまった。
 さて、それをどう感じるか、個々人の歴史観の持ち方次第。
 そんなこと思っても、自分のような凡人には毎日をどう生活
 するのか、そっちのほうに追われる。
 でも、征服できなかった文化や歴史はどこかに生き残って
 いるはず。それも生活の中に。

 7時過ぎ、帰宅。
 7時20分過ぎ、朝食。
 温かい牛乳とコーンフレーク、おかゆ、卵、フレフォーレス、
 絞ったばかりのオレンジジュース、焼いたばかりのコッペパン
 など。
 ぬるいが勢いのあるシャワーを浴びて、8時前家を出る。
 歩いて約5分。
 学校に到着。
 8時~12時でスペイン語の授業。
 マコトさんに、今と昔の旅行者事情の違いを聞く。
 今は、グアテマラを目指して来る人が多い。
 旅行というより、スペイン語を勉強しに来る人が多い。
 女性が多くなった、などなど。

 12時半、 家に戻って昼食。
 今日はラミロじいさんいない。
 一人で昼食。
 ソーセージ、野菜のフライ、ヌードルのかけらのスープ、
 トルティーヤ、パンなど。
 約15分ごろり。
 15分ほど午後のスペイン語の授業の復習。
 13時半過ぎ、アタバルへ。
 3日分の授業料を払う。日割りで52ドルちょい。
 ビルマ語のレッスン(1日5ドル)に比べるとかなり高め。
 ま、それはそうやろ。
 こちらはシステマティックにやってるんやから。
 ま、インターネットは使い放題だし、いろいろ教えて
 もらえるんやから。
 と、M氏の連絡先が分かった。
 が、今日は不在とか。ま、そのうち会えるだろう。
 マコトさん、月曜日の夜、急に日本戻りだとか。
 ほんに急やな。
 インターネットが導入され便利になったが、最後はやっぱり
 人間が動かねばならないようだ。
 グアテマラと日本は、そう考えると遠い。月曜日の夜に
 こちらを出ても、日本に着くのは水曜日だからまあ。

 14時~16時までPと午後のスペイン語授業。
 今日は会話一色。
 文法はいっさい無し。ま、Pの説明する今と昔の
 アンティグアの違いを聞く。
 外国人向けにゆっくりと説明。
 聞き取りは語学の勉強で、特に初期には、もっとも大切。
 犯罪が増えた、失業率が高くなった、不動産が高くなった。
 ・・・困ったことだ。
 16時、授業が終わる。
 17時過ぎから、マコトさんによる日本語のスペイン語の
 エクストラレッスン。
 18時すぎ、エクストラレッスン終了。
 しっかし、次から次へと、学校・雑貨や経営も大変なあ。
 18時半、夕食。
 食事量は昼食の約70%。
 ま、おじいちゃんと一緒だから仕方ない。
 腹一杯の食事は体に悪い。
 しかし、あんまり食べていない割には便所によく行く。
 早寝早起きの規則正しい生活をしているからかな。
 20時半過ぎまで連絡業務。
 結構時間がかかる。
 21時半、寝る。


街の西を歩く

| コメント(0) | トラックバック(0)

 5時50分起床。
 今日は街の西を歩く。
 どんよりと重たい朝。
 新聞を運ぶ人、牛乳を配達する人、パン屋さんはパンを
 ほぼ焼きあげている。
 家の造りは、アジアのそれに比べるとちょっと閉鎖的。
 家の周りには壁や扉が立ちふさがる。
 いったん戸を入ると、中は結構ゆったりできる造り。
 これがヨーロッパ風の街の造りなのかな(ヨーロッパには
 行ったこと無いからわからんのだよ)
 街ゆく人は、見知らぬ人でも、「ブェノディアス(おはよう)」
 と挨拶をする。
 6時半を過ぎる頃には陽の陽が差し始める。
 街角にはバスを待つ人の姿が見えるようになる。

 7時、家に戻る。
 7時20分過ぎ、朝食。
 シャワーを浴びて、急ぎアタバルへ。

 8時~12時、午前の授業。
 12時過ぎ、自宅に戻る。
 12時半、昼食。
 しばし、ベッドにごろり。
 午後の授業の復習。
 13時半、 アタバルへ。
 ラップトップをラン接続し、メッセージを送ろうと思ったら、
 おろ、ラップトップがおかしくなった。
 うわ、ビルマにいた時と全じ症状。またまた故障なのか。
 ちょっと冷や汗。
 ま、機械は壊れるのは当たり前だが、来て早々は参るなあ。

 14時、午後の授業開始。
 16時終了。
 アタバルでスペイン語を勉強している日本人と健康保険、
 年金の話についてぐっちゃら。
 マコトさんも人ごとではないしなあ。
 家に戻る。
 日本にいたときに返事ができないままだったメールに取り
 組み始める。
 18時半、夕食。
 21時過ぎ、就寝。

バスを待つ

| コメント(0) | トラックバック(0)
 
 atga0506.jpg

 バスを待つ。

 朝5時半過ぎ起きる。
 今日から健康モード。
 6時過ぎ、朝の散歩に出かける。
 空気はヒンヤリ。道行く人も少ない。
 石畳の街。
 通りによっては人影が全くない。
 西の空にはボルカンがそびえる。絵になる風景やな。
 見慣れた街となったが、それでも新しい気分となる。

 7時前、帰宅。
 朝食はラミロじいさんと一緒。
 会話はそれほど多くない。
 シャワーを浴びて、さ、学校へ行く準備。
 家を出ると、H子さんとY子さんとばったり。
 8時きっかりに授業が始まる。
 1対1のスペイン語のレッスン。
 どうもこんがらがってくると、ついつい自然とビルマ語が
 出てくる。
 あかんなあ。
 頭の血管が切れそうや。
 物覚えも悪くなったなあ。
 10時半、いったん休憩。
 12時まで再びレッスン。
 いったん帰宅。ま、歩いて数分の距離。
 12時半、昼食。
 ちょっと横になるだけ。
 日本でやり残した仕事・・・連絡業務の続きをする。
 ったく、グアテマラにまで来ていやになるなあ。
 でも、まあ、とりあえずメッセージを書かなあかん。
 14時、午後のレッスン開始。
 午後のインストラクターはペトラ氏。
 懐かしいですね、1対1は。
 動詞が思い出せない・・・苦痛や。
 16時、午後のレッスン終了。
 ラップトップをラン接続して、送るものは送る。
 と、新しいメッセージが到着。
 ったく。
 便利になったのか、物事に追われ続けることになったのか。
 自宅に戻り、リラックス。
 18時半、ちょっと少なめの夕食。
 ま、減量しながら健康的な生活をおくろうと思っていた
 からええかな。


 atga0505.jpg
 
世界遺産にも指定されている古都アンティグアの早朝。


引っ越し

| コメント(0) | トラックバック(0)

 8時過ぎ起きる。
 シャワーを浴びて、すっきり。
 睡眠不足と時差の関係で疲れているはずなのに、全く
 何にも感じない。
 普段の不健康な生活がこんなところで役だったかな。

 朝食を食べに懐かしの(懐かしくて涙がちょちょ切れるわ)
 ポヨカンペーロへ。
 と、席について気づいた。
 現地のお金、もってへんやんか。
 公園近くの銀行で、両替。
 1ドル=7.68Q(ケッツアル)なり。
 腹減った。
 しゃあないファーストフードで腹ごしらえ。
 久しぶりに使うQのため、お金の感覚がつかめない。
 で、なんかお釣りが少ないような・・・。
 ま、不注意の自分が悪いのやから・・・。

 アタバルへ。
 まずはホストファミリーを見つけなあかん。
 昨夜、マイクロバスで一緒になったH氏と一緒に行動。
 マコトさんの紹介で5件のファミリーを回る。
 ま、値段と家族の雰囲気がポイントかな。
 スペイン語を学ぶ環境の家に住み込みたいけど、あまり
 騒々しいのも困る。
 で、おじいさんの一人住まいに入ることに決定。
 1週間、朝・昼・夕食付き(日曜日はなし)で65ドル。
 スペイン語のレッスンは、1対1で、日に6時間。
 ま、付け刃焼きのスペイン語だけど、何も話せないよりは
 絶対にいい。

 ペンション田代からホストファミリーへ引っ越し。
 タクシーではなく、トゥクトゥクを使う。
 この数年出現した3輪のタクシー。
 タイのトゥクトゥクとほとんど同じ形。
 乗車料金は、きわめて安い。1回の乗車で10Qなり。

 12時半過ぎ、ラミロおじいさん(76歳)の所へ
 引っ越しなり。
 アタバルへ。
 ADSLがラン接続できるのがいい・・・(ここまで来て、
 情報に追われるのは、果たしていいのかな?)
 やり残した連絡業務を続ける。
 うへ。
 ホストファミリーの食事時間はかっちり決まっている。
 朝7時20分。
 昼12時半。
 夜18時半。
 夕食を食べて、ちょっと休んだら猛烈な睡魔が襲ってきた。
 ま、疲労と時差を解消するため、できるだけ睡眠をとろう。
 20時過ぎ、寝入る。

 
 tuktuk.jpg
 アンティグアを走るトゥクトゥク。
 タイのそれと形はほとんど同じ。

グアテマラ着

| コメント(0) | トラックバック(0)

 日付が変わって、やっとこさ荷物の準備。
 あたふた。
 ゴミもまとめる。
 電気は、ガスは、水道は、銀行関係は・・・。
 う~、片づけが手に付かない。
 やっぱり3ヶ月の不在はちょいときついかな。
 ま、決めたこと、やらなあかんなあ。
 結局、準備が終わったのは、4時半過ぎ。
 ふぇ~、30分しか寝られない。
 でも、ちゃんと寝る。
 5時前、ちゃんと起きる。
 スーツケースを持ったら、うわわわ。
 縦位置の取っ手が取れた。
 何でこんな時に・・・必死のパッチで直そうとするが、
 ネジの部分が完全にバカになっている。ったく・・・。
 ゴミ出しに行く。
 5時15分きっちり、タクシーが来た。
 早朝のため、車は少ない。
 でも、深夜料金のせい?、タクシーのメーターが
 ドンドン上がる。
 ひぃぇ。
 しかも、ややこしい道を走る。
 ったく、この運転手愛想はいいけど何考えてんねやろ。
 タクシー代は2700円なり。

 三宮では、早朝からオープンしているチケット屋で
 空港行きの格安チケットを買う。
 通常より50円安い970円也。
 6時5分発の伊丹空港行きのバスに乗る。
 空港内はそれほど混雑しておらず。
 8時発のANAで成田へ。

 成田で苦痛の6時間待ち。
 あ~あ、格安チケットとはいえ、つらいな。
 それにできることなら成田空港は使いたくない。
 これで使ったのは3度目。
 どうしても、未だに続く空港問題に釈然としない。
 で、黙って頭を垂れて空港を使うことにする。
 成田空港の問題を、こんな風に頑なに思い続けることも
 一つの偽善なのかな?(思うだけやからなあ・・・)

 15時半発のDELTAでアトランタへ向けて飛ぶ。
 うへ、狭い座席やな。
 約12時間の空の旅。
 マイレッジをためるとはいえ、そうでなかったなら
 DELTAには乗らんだろう。
 アトランタ到着は予定より40分早かった。
 イミグレーションでは、わお!、悪名高き指紋押印と
 光彩検査をやっていた。
 最初は左手の人差し指、次に右手の人差し指、最後に
 カメラに向かって目の検査。
 神経質すぎる検査やな。
 しかも一人一人に時間がかかってしゃあない。
 と、自分の番になると、おろ?なんでスタンプに判を
 押して、職業は何してる?、と聞くだけ。
 指紋検査も光彩検査もなし。
 なんで?
 まあ、いづれにしろアメリカの入国データに自分の指紋が
 残らなかっただけでもラッキーか(なんでラッキーなんだ
 ろ?)
 アトランタではグアテマラへの乗り継ぎ。
 で、 やっぱり荷物検査の方は厳しかった。
 フィルムの一本一本調べられた。
 検査官から、「デジタルは撮らんのかえ?」と聞かれる。
 デジタルカメラも2台持ってきてまんがな、と返答。

 17時50分発(30分遅れた)の飛行機で3時間の空の旅。
 到着はまあ、予定通り19時半過ぎ。
 イミグレーションで、すんなり入れるかなと思ったら、
 パスポートのスタンプを見た瞬間、何しに来た?
 どれくらい滞在する、仕事は、グアテマラは初めてか?、
 質問の嵐となる。
 荷物検査はすんなり。
 空港を出ると出迎えあり。
 もう一人の日本人とともに、マイクロバスにて一路
 アンティグアへ。
 約50分でアンティグアに到着。
 アタバルでマコトさんと再会。
 お久しぶりですねぇ。
 まあ、話は明日。
 そのままマイクロバスでペンション田代にチェックイン。
 うわ、部屋がふさがっている。
 1泊25ドルの部屋しかない(洗面台が壊れていたので
 20ドルへ)
 飛行機の中でほとんど寝ていないし、ふらふら。
 にもかかわら0時近くまで田代氏とぐっちゃら。
 飲み水がない。
 近くのティエンダで1ドルなり。
 あ、日付が変わった。
 日本との時差は9時間?10時間?
 ま、それはどうでもいいわな。

バタバタ準備

| コメント(0) | トラックバック(0)

 じっくり話を聞くと、やっぱり昔が出てきましたね。
 それほど想っていたのですね。
 話を聞いてたら、ちょっと悲しくなってきた。
 んでも、この年になっても恋愛について話ができるなんて、
 気分はまだまだ70年代の神田川やな。
 思わず、遠くを見てしまうやんか、あぁはづかしい。
 東にのびる六甲の山並み。灯りがちらほら。
 1時半過ぎまで、ぐっちゃら。
 バイクでビュンビュンビュ~ン、と自宅まで送る。
 2時過ぎ、帰宅。
 名古屋のイベントの下準備。
 う~ん、時間がかかりすぎる。
 全部で65個のイメージ、6GBもあるぞ。
 さすがに疲れた。
 朝刊を読んで、あっ、新聞止めるの忘れてた・・・、
 6時過ぎ就寝。

 8時半、目覚まし時計の音で、目が覚める。
 あかん、起きることできん。
 10時まで寝てしまう。
 あか~ん、何にも用意してないやんか。
 さすがに、焦りの気分。
 12時まで、写真編集・・・終わらない。

 バイクをビュンと飛ばす。
 3ヶ月間、預かってもらうねん。
 「デジカメの具合が悪いねん」・・・そりゃ転送ソフトの
 問題やな。
 帰りは電車。
 久しぶりやな、ここから電車に乗るのは。
 財布の中身・・・あ、現金が1600円しかない。
 これで明日、日本を出ようというのやね。
 新神戸から、神戸市バスに乗車。
 久しぶりやね、バスに乗るのは。
 高齢者が多い。
 ああ、いままで気づかなかった世界がここにある。
 バスを降りて、約15分、てくてく歩く。
 ちょっと額に汗しました。
 コープに寄って、柿ピーナツと食パンを買って帰る。
 家に帰ってすぐ、 写真編集を再開する。
 CD-Rを焼く間、そろそろ荷物の点検に入ろうか。
 カメラは4台。
 レンズは6本。
 洗濯物をたたむ。
 5時15分には家を出なアカン。
 早朝タクシーの予約。
 バックアップ用のソフトを点検。
 ペットボトルで工作し、バッテリーの充電器を入れる
 特性容器を作り上げる。
 グアテマラとエルサルバドルのお金を引っ張り出す。
 あっ、エルサルバドルのお金は米ドルになったんや。
 20時過ぎ、やっとこさ写真編集終わり。

 宅急便を出しに行く。
 ふぅ~、なんとか一段落。
 FM行って、お金をおろす。
 トマトとナスのソースを買って帰る。

 バタバタと部屋を行き来する。
 充電、データのバックアップ、持っていくモノを
 部屋いっぱいに広げる。
 23時半、ようやく出発の準備が始まる。
 目が血走りそう。血管、切れそう。

 選挙に向けての取り組み。
 何ができるか、できないか、考える。
 で、依頼のメッセージをいくつか配信。
 あんまり表に出たくないけどなあ。

 2時過ぎから不在通知を発信。
 タイのKさん、速攻の返事、ほんまに早いなあ。
 伊丹のSさん、こんな深夜に何してんの?

 4時半までラジオで「朝生」を聴く。
 なんかもう一つ焦点が絞れていなかったかな。
 仕事は、どんな仕事でも大変だとおもうのだが。
 ジャーナリストは、どうもその結果よりも、取材の大変さを
 過度に強調しがちだと思う。
 それはちょっと変だと思う。
 会社員とジャーナリストを混同している発言もあったなあ。
 お豆腐屋さんが朝早く起きるつらさや水の冷たさを強調しても、
 そんなん仕事やから当然やのに。
 お百姓さんが、畑の手入れのしんどさ、お店屋さんが
 仕入れのしんどさをやたら強調するはずがない。
 それぞれ、仕事をする上で当然、引き受けなければ
 ならないもの。
 「俺は消費者だ!」という強者の立場を大声で言い立てる
 のではなく、誰もが同じ労働者だという気持ちをちょっと
 持ったらええのにな。
 なんか今の世の中、勝者と敗者、強者と弱者、力関係だけ
 で括られているような気がする。
 そう思うのは変かな。
 仕事に誇りを持って取り組んだらええねんけど、それでも
 どこか背後で仕事のしんどさをいびつな形で強制されたり
 したら、それはそれで問題だけどな。

 生きるというのはその過程が大切。
 仕事というのは、仕事に対する姿勢とその結果が大事
 (ま、結果が全てではないが)

 新聞を読んで、6時前に就寝。
 9時前、名古屋から電話有り。
 あ、あ、出発前になって、次々とせなあかんことが湧き
 出るなあ。
 中米の準備が全然できない。
 で、 やっぱり夜中に食べたらあかん。
 胃が重たすぎる。

 昼過ぎ、やっとこさ起きる。
 まずは洗濯や。
 洗濯機を2回まわす。

 PHSの契約内容の変更。
 受け専門にする。

 写真編集にとりかかる。
 あ、あ、なんちゅうことや。
 ブランクのCD-Rがないやんけ。
 三宮に出る。
 J&Pにて CD-R(2080円)とアナログ→←ステレオ
 変換プラグを買う。
 ツタヤに寄り、DVDを返す。

 Q氏より電話あり。
 まだまだ遅なりますねん~、と。
 ほんま、働きすぎるね。
 写真編集を続ける。
 出発の用意、何にもでけへんやんか。
 さすがに額の血管が浮き上がる。
 腹減った。
 料理を・・・シャビ・・・と、連絡有り。
 お、仕事終わりましたか。
 21時46分着の快速で六甲道に戻る。
 バイクで相乗りして(久しぶりやな~二人乗りなんて)、
 阪急六甲北のピザ屋へ。
 阪神ファンの兄ちゃんががなり立ててました。

 奇妙な歓送会なり。
 ピザとオムレツとほうれん草のサラダ。
 今後、何をどうするつもり、どうだった。
 近況交換がメインの話になる。
 23時過ぎ、閉店準備なり。
 カウンターないのおばちゃんが人質事件について
 「モノ申して」いた。
 「朝生TV」のファンだとか。

2010年8月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

アーカイブ

Twitter

最近のコメント

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.02