早めの帰国を延期することにした。
やっぱり、これは見届けなければならないな。
そう強く感じたからだ。
で、無理をしなければならなくなった。
軍資金依頼のメールを書く。
この仕事を始めて13年。取材に関して初めて借金を
することにした。
まあ、返す当てもるし。一番大きいのは、これは個人の
仕事だからと言う、自分のプライドをちょいとだけ
ひん曲げることにした。
ま、この人になら頼んでも、ということもあってだな。
バシバシとキーボードを叩く。
7時過ぎ起きる。
今日もいい天気。
下宿屋の小さな中庭から、小さくなった青い大空を見上げる。
昨夜、寝る前に書いたメッセージを考え直す。
やっぱり、やめとこ。
時間をかけて書いたメッセージをお蔵入りさせる。
やっぱり、まだまだこれは、最後まで自分のできる範囲内で
行動せなあかん。
腹の調子がだいぶ良くなってきた。
精神的なもんなのかな。
出発するのが遅くなった。
9時半過ぎ、家を出る。と、目の前をトゥクトゥクが通り
かかった。
思わず乗ってしまう。市場の裏までQ10なり。
チマルテナンゴまでQ3なり。
お、今日はバスの接続がいいぞ。バスを降りると、コマラ
パ行きのバスが待ってた。
コマラパまで約40分(Q4)
コマラパでもトゥクトゥクを捕まえる。
が、行き先をどう伝えたらいいもんか・・・・。
とりあえず、まっすぐ5分ぐらい走ってくれ、と。
発掘現場まで、本当にすぐやった(Q5)
歩けば約30分の距離。
トゥクトゥクを下りて約5分ほど歩く。
11時半過ぎ、現場到着。
今日は父の日。
神父さんを呼んで、特別のミサが行われていた。
アメリカの団体からも2人派遣されてきていて、取材して
いた。
ミサは、参加人数は30人くらいと少ないが、荘厳な雰囲気。
家族を失った想いを訥々と話す人もいる。
悲しみが伝わってくる。
もう遺体発掘のニュースも新奇さが亡くなり話題に
ならないのだろうなあ。
でも、それを抱えて生きていく人がここにいる。
この山のなかのひっそりとしたミサの中にいる。
昼食は蒸した・・・。
ごちそうになる。
と、地主に雇われて塀を作っている若者にも昼食が
振る舞われている。
毎日のことか(昨日はなかったなあ)、それとも今日は
特別な日だから。
遺体を発掘している人にとっては、地主に雇われている人は
自分たちを抑えつけていた側の人。それなのに。
それが許すという行為の一部なのか。
コンクリートの塀は、特別な形をしている。
家や工場、教会では見られない形。
一度だけ、同じ形の塀を見たことがあった。
アンティグアからチマルテナンゴに向かう途中のにあった。
それは軍の施設だった。
昼食後、男はサッカーに興じる。女たちはおしゃべり。
先ほどの悲しいミサの後の、この笑顔が飛び交う時間は、
これまた日常生活の一部。誰もが悲しみや苦しみを抱えて
生きている。
14時過ぎ、今日の発掘作業が始まる。
うへぇ~、午前中だけでだいぶ掘ったなあ。
山(丘)の斜面が穴だらけや。
衣服や靴の一部が出てきたら、もしかしたら・・・!
という期待が高まる。
が、空振り。
新しい場所を掘り始める。
彼ら彼女らは、この期待と期待はずれをどのくらい繰り
返しているのだろうか。
この期待はずれの堆積はとてつもなく大きな空洞やな。
物理的な空虚な穴ボコには底があるが、この期待はずれ
には底がない。
残された時間は2週間を切っている。
16時半、発掘現場(デスタカメント)を後にする。
今日は、帰りもいい具合にバスが通りかかった。
18時前、アンティグア戻り。
それほど身体を動かしていないのに全身を押しつぶすような
疲労感。
やっぱりファインダーをのぞき続けるというのは、しんどい
ことなのだなあ。
フィルム本数にして8本もとってないというのに。
村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』を読み続ける。 ****************************************
ユキは自分一人を抱えて生きていくだけで精一杯なのだ。
まわりの人間の感情の動きまで細かく対処していくような
余裕がないのだ。そしてその結果他人を傷つけ、またそれに
よって他人をとおして自分も傷つくことになるのだ。(p.6)
「・・・、物は豊富にあるのに、欲しいものがない。金は
幾らでも使えるのに、本当に使いたいもののために使えない。
綺麗な女は幾らでも買えるのに、好きな女とは寝られない。
・・・・・。」(p.43)
「・・・本人は一所懸命努力しているつもりでも・・・。
・・・思いつきであっちにやられたり、こっちにやられたり
・・・」・・・あ、
「・・・そういえば・・・こういうのが何度もあったっけな、
・・・。・・・傷つけて、何度も謝った。・・・・・。
どうしてそんなに傷つくんだろう、と僕はよく思ったものだ。
・・・・・。でも僕はいつもそういう時には我慢強く謝り、
説明し、その傷を癒すように努めた。そしてそういう作業を
積み重ねることによって我々の関係は向上していると
考えていた。でも・・・」(p.108)
「・・・・・。誰も・・・ことなんか考えてない。自分の
保身のことだけだ。僕ももちろん含めてね」(p.154)
「・・・・・。ある種の人間はそういうものを手に入れる
ことで差異化が達成されるともっているんだ。みんなとは
違うと思うのさ。そうすることによって結局みんなと同じ
になっていることに気がつかないんだ。想像力というものが
不足しているんだ。・・・・。」(p.160)
「・・・・・。人というものはあっけなく死んでしまう
ものだ。人の生命というのは君が考えているよりずっと
脆いものなんだ。だから人は悔いの残らないように人と
接す留べきなんだ。公平に、できることなら誠実に。そう
いう努力をしないで、人が死んで簡単に泣いて後悔したり
するような人間を僕は好まない。個人的に」(p.197)
「・・・・・。彼女は死んでいて、穴に横たわり、その
上に土がかけられた。・・・・・。」(p.260)
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この2日間、遺体発掘につきあっているせいか、埋葬され
た人の記述に出会うと、体の中のアンテナがビンビン音を
立てる。
『ダンス・・・・』を読んで、人を埋める(埋められる)
とはそんなことじゃないのだよ、と言いたい気分だ。
数百の穴ぼこを前にしたら、震えがくるよ。
身体がガクガクと疲れている。が、宮崎学『突破者』を
読み始める。この間の『ストロベリー・ロード』と同じ
ように、自分の歩んできた道を解雇しているのだが、
何か違うぞ。前者の方が面白いエピソードがあるのだが、
後者の感受性に惹かれてしまう。

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