2004年7月アーカイブ

 6時過ぎ、起床。
 シャワーを浴びる時間がない。

 7時15分のシャトルバスで空港へ。
 すぐにチェックイン。
 うわ、長蛇の列。
 が、そこは提携航空会社のマイレッジを持っているから、
 荷物のチェックインだけはビジネスクラスのカウンターが
 使える。
 サクサクとチェックインできるが、実はエコノミーの席。
 これって、考えようによってはサムイなあ。

 しっかし、このDエアラインの担当者は何もわかっていない。
 なんで成田入国で、チェックインした荷物が直接伊丹空港
 にいくんや。
 まあ、コイツに何を言ってもわかってない。
 はいはい、伊丹ですね(→絶対、成田で荷物は
 ピックアップや→実際その通りになった)
 その上、座席を後ろの"B"席に割り当てた。
 ったく、何考えてんのや。
 荷物検査を受けた後、クレームを入れる。
 で、一番前の席の通路側にしてもらう。
 ったく、黙ってたら、何されるかわからんな。

 手荷物検査も長蛇の列。
 ま、仕方ないか。

 出発まで、アイスティとブルーベリーマッフィンを喰らう。
 スタンドで地元紙を買う($.50)

 11時過ぎ、約13時間の空の旅。
 機体は777や。
 ま、座席は広い方。乗客も50%くらいかな(・・・ったく、
 だからこそ、"B"席がわからん)
 椅子に付いた小TVで映画を見る。
 スパイダーマンもやっていた。ハリソン・フォードの映画、
 それから以前、どこかで見たようなサスペンス映画も。

 このエアラインの食事は最低レベル。
 フライトスタッフは、その食事レベル。

 機内に日本の雑誌あり。
 『週刊新潮』、『週刊朝日』、『週刊文春』、
 『エコノミスト』、『ウイークリーヨミウリ』に目を通す。
 なんか釈然としない。ま、夏休み前の号だから、内容が
 うすいのか。

 日本時間12時過ぎ、成田着。
 ターンテーブルから荷物が流れてくるまで少々時間あり。
 2年半前までならその間に、「帰ってきたコール」をしていた。
 が、今はそれをする相手もいない。
 ま、当然といえば当然なのだが。
 自業自得(ってのは変な表現だが)なのだ。
 それなのに、なぜか釈然としない。
 ま、このことは考えないことにしよう。

 I 氏から頼まれた民芸品、空港から着払いで送る。
 K氏の奥さんから預かった手紙類をポストに投函。

 とりあえず、乗り継ぎ便に荷物を預ける。
 40kg近い。
 して、次のフライトまで4時間待ち。
 本屋をはしごして雑誌を立ち読み。
 あ~あ、腹減った。

 17時半、これまた段取りの悪い国内線の案内。
 19時半前、ちょっと曇った伊丹空港に着。
 暑いなあ。

 空港バス(1020円)で神戸・三宮まで。
 三宮からJRに乗る。
 六甲で下りて、タクシーに乗る。ワンメーターで自宅まで。
 21時過ぎ、3ヶ月ぶりの部屋へ。

 窓を、ガタンガタンと音を立てながら、開ける。
 空気の入れ換えや。
 蛇口から水を流す。

 郵便物のチェック。
 電話の請求書と水道の請求書は、アウトかな。
 月曜日、速攻で払い込まなあかん。

 と、盗られたクレジットカードが使われていた。
 ったく。
 風呂はすぐに沸く。

 スーツケースの中を、まさに、ぶちまける。

 写真展、原稿確認のメールが届いていた。
 げそっ。

 1時過ぎ、興奮がさめたのか、ようやく眠気が襲ってきた。
 4時までウトウトとぐっすり(どっちやねん)
 5時ちょうど、おろ、今回は早い。シャトルバスが到着。
 慌てて荷物を積んで、夜明け前のアンティグアを後にする。

 6時前、空港到着。
 今回はすんなりとチェックイン(29-C)
 エアチケットに出国税は含まれていた。セキュリティ税の
 Q20を払い、腹を起こすため、ラテを飲む。
 出発前のラウンジは大混雑。
 しっかし、客のことを考えないDエアラインは最低やな。
 サービスがなっていない。
 客の都合を考えずに、自分の都合で仕事をしている。
 そんなに通路をふさがんでもええやろにぃ。
 このエアライン、2度と使うもんかと決心する。
 飛行機の中でも、フライトアテンダントの態度は
 もうXXやな。
 14時、アトランタ着(お、時差は2時間か)

 腹に差し込みあり。

 まあ、入国審査のしんどさ、荷物チェックのしんどさは書かま。
 グアテマラの出国の時は、フィルムは1本1本チェックしてた
 のに、米国入国時には、数本のチェックのみ。
 担当者がうんざりとした顔。
 チェックを途中でやめる。
 やっぱり、米国内のセキュリティの甘さを感じる。

 荷物が出てきてびっくり。
 破損や。
 I 氏から預かった荷物の中身が飛び出していた。
 ったく。
 Dエアラインのスタッフは、こんな破損は、破損に入らないで~、
 という。
 どうしようもない、と。
 あんた、それでもクレーム処理係か。
 腹立たしさを通り越して、もうええわい、って言う感じ。

 17時前、空港からホテルに電話。
 シャトルバスで迎えに来てもらう。
 $49+タックス=$56なり。
 ま、ダブルの結構、ええ部屋や。
 無線ランも無料で完備。

 バスタブにお湯を張り、3ヶ月ぶりにお風呂に浸かる。
 う~、気持ちいい。
 お湯に浸かって、気持ちいいと感じ始めたのはこの1年
 くらい。
 年取ったかな。

 ケーブルTVでスパイダーマンをやっていた。
 ま、内容はそんなもんか。
 コメントも出来ない。

 ボストンで民主党の大統領候補にケリー氏が決定。
 TVはどのチャンネルも生放送。
 まあ、関心はあるが。
 なんかの場面でブッシュ大統領の姿が映った。
 極めて不自然に胸を張って歩く姿は、「裸の王様」みたい。
 TV映りが良いようにと、誰かのアドバイスがあったん
 だろう。
 4年も米国の大統領職をやってたのに、小手先だけで人の
 感覚に訴えようとするその姿は、歩くガチョウや(ガチョウ
 の方がまだまし)
 選挙前からレイムダックや

 しっかしこのホテル、周辺にはどこも食べることころがない。
 シェラトンのグリルバーを覗くが、全くの場違い。
 結局、 デリバリーでピザを頼む。
 14インチ2枚、2L入りのアイスティー。
 しめて、15ドル弱なり。
 しっかし、一人で食べるには多すぎる。
 結局、半分残す。

 明日は長たび、日付が変わる直前、部屋の電気を消す。

 7時過ぎ、目覚まし時計の音ともに共に起床。
 今日も、晴れ模様。
 朝食の前、ラミロじいさんに今週分の部屋代を渡す。
 5日分だから、日割りで安くなると思ったが、きっちり
 1週間分を取られる(Q400=$50)

 荷物をちょこっとだけ片づけ。
 どっちみち、今夜もう一度、荷物の確認せなあかんのやし、
 あわてることなし。
 頭をすっきりさせるために、シャワーを浴びる。

 アタバルへ。
 やっぱり速攻で返事が来てた。メールでのやりとりはやめて、 そろそろ手紙で「情報交換」せなアカン時期かな。

 昼過ぎ、旅行代理店へ行く。
 明日の空港までのシャトルバスの確認と緊急の連絡先
 (電話)を聞き出す。

 散髪へ行く。
 う、今日はヒゲに手が入った。
 ちょっと切りすぎだぞ、なんかちょびヒゲになってしまった
 わい。
 鼻の下が寒い。
 スースーして、なんか、パンツをはいていない感じ

 ペンションTへ本を返しに行く。
 15時前まで、ぐっちゃら。
 空が曇ってきた。一雨くるかな。
 鶏セット(Q32)を食べながら、橋爪『はじめての
 構造主義』を読み続ける。
 うむむ。頭が混乱してくる。分かる部分だけ消化していく。

 場所を変えて、中央公園へ。
 ふぅ~、そうか。
 そういう風に考えたらいいのか。数学の部分はとばす。
 公理と制度。それをきちんと使い分けたら、強烈な反論が
 できるのだな。
 ちょっと思考の幅が広がったかな。
 メッセージ性のある写真をどう処理するか。
 ヒントを得た感じ。それを後、自分のモノとしてどう
 深化させるか。

 と、物売りのサラとその娘イヌーイが卸売りのおっちゃん
 から人形を仕入れている。
 イヌーイがアイスクリームを食べたいと、Q5ほど巻き
 上げられる。

 17時半過ぎ、アタバルへ戻る。
 マコトさん、やっぱりヨーロッパ発のインターネット電話の
 申し込みができないみたい。
 と、自分も試してみるが、これまたダメ。
 やっぱりグアテマラで日本のクレジットカードを受け付け
 ないみたい。
 日本へ戻ってから、再度、試すか。

 K氏の奥さんから、日本で投函して、と郵便物を託される。
 今度こそ。
 19時前、ペトラさんから夕食の差し入れ。グアテマラ風
 チャーハンなり。
 さ、明日は早起き、帰って、荷物の整理をしよう。

 20時過ぎ、シャワーを浴びて、ラミロじいさんが挨拶に
 来て、荷物整理をしよか。

 うへ~、荷物が多すぎる。
 でも、スーツケースを含めて、預かりモノを含めて5つに
 おさめる。
 1時間ほど眠ったら、おろ、寝れなくなってしまった。
 興奮してんのかな?
 ラップトップを立ち上げ、今回の中米で撮影した写真を
 1枚ずつ見ていく。
 ざざざ~っと見るだけで2時間以上かかったなあ。
 おろ、日付が変わった。


 2時前、大沢在昌 『雪蛍』 読了。
 想像していたよりずいぶんと面白かったなあ。
 さすがに眼がしょぼしょぼとし始めた。
 メガネをはずして、遠藤周作 『わたしが・棄てた・女』
 (講談社文庫)を読み始める。
 ・・・・・。
 と、目が覚めた。ベッド脇のランプが点いている。
 知らぬ間に寝入っていたようだ。

 7時半前、起きる。
 今日はちょっと遅い起床。
 空は青空。

 本からの書き抜きを少々終える。
 10時過ぎ、家を出る。
 メッセージチェック。

 12時過ぎ、キャッシングに行く。
 が、ショック。
 クレジットカード2枚とも使用不可、とか。
 あれ~?
 もしかして。
 ネットで残高を確認すると、ちゃんと引き落としがされて
 いるし、残金も余裕がある。
 なんでこんな時に?
 ウエブ上から、2枚のクレジットカード会社それぞれに
 問い合わせメールを送る。

 フリーダイヤルで、公衆電話からエアチケットの確認を
 するが、電話が通じず。

 お昼はチキン入りスープ麺(Q15)。

 さ、出直しや。
 系統の違う銀行へ行く。
 ATMマシンでキャッシング(Q250)すると、おろ、
 ちゃんと利用できる。う~ん、なんでかよう分からん。

 1時間ほどシエスタ。
 15時過ぎ、グアテマラシティへ。
 ソナ9とソナ3の中間で、歩道橋から交通渋滞の様子を
 撮影しようと考える。
 うへ、体が異様に重たい。心臓がパクパクして階段を上る
 ことができない。
 うへ、きついなあ~。

 自分で自分に責任をとらなあかんなあ。不吉なことを
 考えてしまう。
 だから一人になったんやし。

 渋滞を撮影後、バスに乗り、ソナ1へ。
 ドクンドクンいわせながら、通りを歩く。
 あかん、やっぱり動かん方がいいな。
 鶏を喰らって帰る。

 19時前、アンティグア戻り。
 メールをチェックすると、ったく、また写真を無料で
 使いたいとのメッセージ。
 ったく。
 リンクだけならオーケー、だよ、と返事するか。

 『わたしが・棄てた・女』 読了。
 『謝々!・・・』 の書き抜き終了。

 

 7時過ぎ、起きる。
 いつものコーンフレーク、タマゴ、ベーコン、フリホレス、
 パン、クッキーパン、搾りたてのオレンジジュースが朝食。

 青空や。
 マリアが洗濯物を干し直してくれた。

 中米取材のお礼メッセージをバシバシ書着始める。
 ふぅ~。

 昼過ぎ、銀行へ。
 と、言われたとおり、今日は振り替え休日。
 鶏を食べながら、『アジア恋愛のススメ』を読む。
 副題に-七転八倒、ビルマの花嫁日記-とある。
 日本人女性とビルマ男性の結婚物語。
 自分の見てきたビルマ人社会と似通っているので、なかなか
 面白い。
 でも、やはりそこは個人的な経験を元にしているので、
 すべてのビルマ人男性、女性、社会を表しているのではない。
 著者の但し書きにも、「これはあくまでも、ひとつの体験に
 すぎないのだというこうとをご了承ください。」とある。

 現代の「ビルマ人の貞操観念」についても、私も一つ書いて
 みるか。
 特に外国人男性から見たビルマ(人)女性のことを。
 1年もビルマに滞在すりゃ、いろいろなビルマ女性と
 知り合いなるもんだかから。
 貞操観念の強いと思っていたビルマ女性の以外な面を
 いくつも見たし、経験もしたしなあ。
 書いてみようかなあ。
 でも、個人が特定されるとまずいしなあ。なんなら自分の
 貞操観念観についても、さて、・・・。
 公園に行って、『アジア・・・』を読了。

 人は(って決めつけてはいけないが)、何か新しい経験に
 出くわす時、これまで自分が見てきた、感じてきたモノの
 中で、その新しい経験に対応しようとする。そのとっかかり
 が、比較、だ。
 その比較するという行為の基準がむちゃくちゃだと、比較の
 結果ははちゃめちゃなモノになる。

 部屋に戻り『かわいい女』を読了。
 う~ん、も一つ物足りない話の展開と結末やったなあ。

 シャワーを浴びて、ちょっとすっきり。
 遅いシエスタとする。
 寝起きはすっきりしない。
 体の調子がもう一つ。
 持病が出た感じ。
 胸が重たい。
 心臓がパクパクしている。
 やっぱり疲労がたまっているのだなあ。

 18時過ぎ、アタバルへ。
 金利の高いグアテマラの銀行預金について、マコトさんと
 ぐっちゃら。
 編集部から掲載ページが1ページプラスで確保されたと
 連絡在り。
 ふぅ~・・・。

 20時過ぎ、ラップトップが突然、おかしくなる。
 また礼の現象や。
 心臓のパクパクは続く。
 さ、帰ろう。

 たまったジャーナルを書いていたら、おろもう3時過ぎ。
 日記はためずに毎日書かなあかん。
 コツコツやらなあかん。それほど取り柄があるわけでなし。

 星野博美『謝々!チャイニーズ』を読みながら寝る。

 7時過ぎ、起きる。
 今日はアンティグアの祭りの日。朝からド~ンド~ンと
 花火の音が響く。
 快晴の模様。
 洗濯物を干す。
 エルサルバドルとニカラグアで撮した写真データを
 CD-Rにバックアップする。
 これを怠っていると、何かあった時、痛い目に遭うのだ。
 CD-Rは5枚のバックアップ。午前中いっぱいかかる。
 『謝々!チャイニーズ』を読了。ま、面白いんだが・・・。

 アタバルへ。
 マコトさんとぐっちゃらしながらデータのアップロード。
 ついでにお昼もごちそうになる。

 ペンションTへ先日の宿泊費を払いに行く。
 と、雨が降ってきた。う~、せっかく洗濯物干したのに。
 午前中の青空に騙されたら、あかん。

 15時過ぎ、雨の中、濡れながら家に戻ると、おろ、
 ロミロじいさんが洗濯物を入れてくれてた。
 気がきくやん。

 頭痛がしてきた。アスピリンを飲んで、シエスタとする。
 18時過ぎ、「日曜定食」を食べに行く。
 今日のメニューは魚の甘酢あえ+アルファー。
 あれだけの量で16Qなり。
 ご飯のお代わりはQ3なり。

 ウエブバンクから家賃の振り込みをしようとするが、
 うわ、振り込み専用の暗証番号を忘れてしまった。
 誰かに悪用されてはかなわんと、メモ書きしてた暗証番号を
 スクランブルかけてたんだ。
 自分でかけたスクランブルがわからない・・・。
 しばし呆然。
 確か、こういうのって3回入力を間違うとそのIDとPWは
 無効となるんだっけ。
 さて、どないしたらいいんかな?
 とりあえずログアウト。
 で、再度ログイン。
 で、再度、パスワード間違い。
 で、再度ログアウト。

 しばし、頭を冷やす。
 で、メモを見直す。
 な~んや、そういうことか。
 ようやくPWを思い出した。
 ふぅ~、なんとか家賃の振り込みに成功。

 21時過ぎまでマコトさんと、お金たまんないすねぇ~、
 などとぐっちゃら。
 レイモンド・チャンドラー 『かわいい女』を借りて帰る。

 『マスコミの中のヒソヒソ話』という、字面だけの業界本を
 ツン読しながらウトウトし始める。
 あ、やっぱり頭がガンガン痛い。
 やっぱり金曜日の長距離移動の疲れが一気に出てきたかな?
 薬を飲んで、24時過ぎ、寝
る。

 おっかしいなあ、身体は疲労でぐったりしているはずなのに、 
 休息を欲しているはずなのに、なぜか7時前に目が覚めて
 しまった。

 久しぶりの共同バス・トイレはやっぱり不便やな。
 用を足しにいちいち部屋の外へ出るのは、やっぱり
 煩わしいな。
 でも、1泊7ドルやし、贅沢を言わない。

 8時過ぎ、近くのゲストハウス兼食堂で朝食をとる。
 やっぱり絞りたてのオレンジジュースは高い。
 食事がQ19なのに、ジュースはQ10もした。
 ホストファミリーのラミロじいさんに電話、1時間で
 行きます、と。
 グアテマラシティの I 氏に電話、11時半過ぎには
 行きます、と。

 ペンションT氏はまだ睡眠中。宿代は、また後日払いに
 来ますと、すぐさまチェックアウト。
 重たい荷物を持って、カメラバッグをピックアップしに
 アタバルへ。
 と、マコトさんは朝食中。
 ちょいとだけ立ち話。

 ラミロじいさんの所へ。
 すぐに部屋に入り、荷物を解く。
 と、判明した!
 ここずっと、足が臭うと思って気になっていたが(体質的
 には足は臭わないのに、おかしいなあって思っていた)、
 じつは、履いているゴム草履がプンプン臭っているのだった。
 それも強烈な臭い。うへ。
 洗濯物をまとめ、カメラとインタビュー用のボイス
 レコーダーをチェックする。

 で、バスターミナルまで歩く(毎度のことだが、これが結構
 遠いんだ)
 バスターミナル近くの靴磨きやで汚れきった靴を磨いて
 もらう。

 最初は、ふんぞり返るような体勢で靴を磨かれるのは、
 自分が偉そぶっているような気がして嫌だった。
 それこそ、金持ちや権力を持っている者が、そうでない者を
 見下しているような感じがしていた。
 が、それはそうではないんだな(イヤ、そうかもしれないが)
 靴を磨いてもらって、きちんとした対価を払い、きちんと
 礼を言い、感謝すればいいことなのだ。
 靴を磨かれるその体勢がイヤなら、背筋を伸ばして、靴を
 磨いてもらっているんだということを態度で示せばいいんだ
 (なんで、こんなにこだわるんだ、オイ)

 靴を磨かれていると、日本人の旅行者が通りかかった。
 目が合った。
 彼は目をぱちぱちさせる。 あれ?知り合いかな?
 ウダさんですか?と。
 あれ、何で知ってんの?
 D氏と同じゲストハウスでした、とは彼の弁。
 なんだ。
 D氏はまだニカラグアでがんばっているよ、と。

 バスでグアテマラに向かう。
 おろ、バス代が週末だけはQ5.5に値上がりしてた。
 そのうち平日も値上がりした値段になるんだな。
 こうやって、徐々に値上がりしていくんだな。
 バスに揺られていると頭痛がしてきた。やっぱり疲れが
 取れていないんだな~。

 グアテマラシティーの入り口に建つ立体交差で、いつもの
 大渋滞に巻き込まれる。
 ふと、横を見ると。
 あれ、気になるグラフティーを発見。
 3年前に描かれたのかな、「509年間の抵抗」とある。
 そう、この中米を理解するには500年以上をさかのぼる
 必要があるのだ。

 11時45分過ぎ、コナビグアのオフィスに到着。
 I 氏は翻訳仕事に悪戦苦闘中。
 それでも、話しかける。

 12時半過ぎ、ロサリーナの体がやっと空いた。
 で、半時間ほど、直接肉声を聞く。
 通訳は I 氏に頼む。
 内戦のこと、秘密墓地発掘のこと、戦後賠償のことなど。

 話が聞けて、ふぅ~、なんとかなったなあ。
 ニカラグアから急いで戻ってきた甲斐があったわい。
 やっぱり当事者の話を直接聞くのは、フォトジャーナリスト
 として(ジャーナリストと名乗るからには)基本の基本
 なのだ。

 中米に限らず日本でもタイでも、直接取材をしないで、
 現場に行かないで、電文(伝聞)や現地の新聞記事を
 翻訳するだけで記事にする人もいるのだからなあ。
 だから、(フリーの)ジャーナリストは、って言われる
 のだ。
 見ている人はちゃんと見ているんだしなあ(自戒を込めて)

 I 氏と昼食へ。
 今日はごちそうさせて頂く。
 しっかし、ニカラグアでは肉を食べ過ぎた。
 それが続いている。
 そろそろ肉食をやめて、本来の食生活に戻らねば。

 バスで18街へ。
 グラフティーを再度撮影。
 パンを買う。
 頭痛はひどくなる。
 で、帰りのバスの中で寝てしまう。

 アンティグアに戻ったのは16時ちょうど。
 アスピリンを飲んで、しばしウトウト。
 18時過ぎ、雨が降り出す。
 疲れがたまっていたが、修正原稿を送らねば。
 で、アタバルへ。
 メールにまじってくるスパムメールに悪質なウイルスが
 混じっている。
 ウイルスソフトが働き、メールソフトがちゃんと
 起動しない。
 ったく、困りものやな、このウイルスメールだけは。

 21時頃まで、たまったファイルを整理。
 この数日、食べ過ぎのせいか、お腹が張っている。
 夕食を食べないが、腹は減らない。
 ふう~。
 マコトさんは、明日の日曜定食の仕込みを始める。
 結構、堂に入った包丁さばき。

 雨は止んだ。さ、帰ろう。


 DSCN0003.jpg 
 「509年の抵抗」の意味するところは?

 2時起床。
 しっかし、早すぎるなあ。
 目を覚ますために、ちょいとだけ水シャワー。
 2時半過ぎ、モーニングコールの電話あり。
 なぜか荷物でデイバッグがパンパンになる。
 ニカラグアで増えたのは音楽CD(革命の唄 Vol.1)
 一枚のハズなのに。

 3時前、ホテルを出る。
 おろ、ホテル前にD氏が待ってました。
 見送りなんぞ、いらぬと言っていたのに。
 出会いと別れはもうイヤというほど経験してきた。
 だからあえて特別な意味を持たせたくないのだし。

 キングクオリティ・バスは、やっぱり良い。
 エアコンの効いた待合室には、フリーの水とコーヒーが
 常備されている。
 3時40過ぎ、D氏と別れてバスに乗る。6番の通路側の席。
 となりは中米人の女性目配せして座る。
 あんたとは道中話をしないよ-そんな雰囲気だ。
 キングクオリティ・バスなのに、結構、座席はいっぱいに
 なった。

 4時過ぎ、バスはニカラグア・マナグアを後にする。
 やっぱり寝る人多い。
 自分もウトウトするんやな、これが。

 7時半過ぎ、おお早い、ホンジュラス国境に到着。
 出入国手数料(ニカラグア出国、ホンジュラス入・出国:
 中米人以外は計7ドル)を車掌さん(女性)に渡す。
 キングクオリティバスは、出入国の煩わしい手続きを
 全部車掌さんがやってくれる(だから料金が高い)

 旅行しているのなら、汗だくになって、イライラしながら、
 割り込みで順番を抜かされないように気を張りながら、
 イミグレーションの窓口に並ぶのもいい。
 それが旅行気分を味わえるのだから。
 それはまた別の話。

 旅行自体を愉しむのなら、経済的にそれほど余裕のない
 地元の人たちがどれだけ苦労して国境を越えるのか、
 同じ経験するのもいいかも知れない。
 だが、毎回それをやっていては、体がもたない。
 疲れることよりも、他に優先すべきことがあるのだから。

 できるだけ安く移動し、できるだけ地元の人と同じように苦労
 するのもまたいいかも知れない。
 でもな、それが自己満足に陥ってはあかんのやなあ。
 あくまでもこちらは一時的な訪問者であり、いろいろな経験を
 することは、いったい何のためのか、考える必要があるの
 だから。
 変わり映えのしない車窓の風景を見ながら(ってどんな
 風景なんだ)、ぼんやりとする。
 いつも思うのは、なんでここにいるのかって?っていうこと。

 変わらぬ風景、見慣れた風景でも、それでもやっぱり、
 それも記録しておこう。
 窓ガラスにカメラのレンズをくっつけて風景撮影。

 ホンジュラス国内でバスの乗り継ぎ(乗り換え)あり。
 ニカラグアからホンジュラス・テグシガルパへ行く人たちは、
 乗り換え。
 エルサルバドルに向かうバスは結構空いた。
 隣の席が空いたので、デンと横になることができるように
 なった。

 11時過ぎ、エルサルバドルとの国境到着。
 出入国は、ここでも簡単。
 14時15分、サンサルバドルのプエルトバスターミナル到着。
 すぐにグアテマラ行きへの乗り継ぎ手続きをする。
 グアテマラ行きはターミナル1から出発。

 ああ、腹減った。
 ターミナルでパンとガシオサを買う。
 ターミナル1でバスを待っていると、続々とツアーバスが
 到着。
 と、「1」に超オンボロのツアー大型バスが入ってきた。
 うへぇ~、これで行くのか。
 ちょいと憂鬱。

 15時前、ターミナルに入れない超デラックス2階建てバスが
 到着。
 お~い、グアテマラ行きはこっちやで。
 思わず、ひぃえぇと声が出そうになる。
 キングクオリティの1st クラスバスやんか。
 これは、エルサルバドル~グアテマラ間だけでもチケット代が
 60ドルはするバスや。
 これはラッキー。
 乗客も少ないし、言うことあらへん。

 ターミナルを出たバスは高級住宅街のサンベニートに寄って、
 乗客を拾い、一路グアテマラに向かう。

 サンタテクラ前で超巨大ショッピングモールが建設中だった。
 "SEARS"の名前が見えた。
 ほんまに、エルサルバドルは米国の1州となってしまった
 ようだな。

 15時過ぎ、エルサルバドル出国時にあった30度の気温は、
 グアテマラ国境に着く頃には17度になり、国境を越えて
 山道にはいると13度まで下がってきた。
 さすがに寒い。毛布をもらう。

 飲み物は、ほぼのみ放題のキングクオリティバス。
 食事もちゃんと出る。
 座席も広い。
 前に座っている人が座席を倒しても、足を組める。
 それほどの広さ。
 中米を貫くこのバス、どこの国が資本の会社だろ?
 グアテマラやニカラグアではないことは確か。

 19時半過ぎ、ソナ15のターミナル着。
 グアテマラシティに一泊する予定だったが、
 アンティグアへバックパッカーとタクシーをシェアして
 アンティグアに向かう。
 偶然、前回利用したタクシーの運転手と出くわし、値段交渉を
 する必要も無し。
 と、ソナ9まで行くビジネスコンサルタントのグアテマラ人と
 3人の相乗りとなる。
 3人の客をつかまえた運転手は上機嫌。
 その上、コンサルタントグアテマラ人はおしゃべりすぎる。
 ちょいと閉口する。

 運転手は元兵士。
 特殊部隊にもいたとか。
 それを聞いて、ちょいと引いてしまう。
 バックパッカー氏はイスラエルから来たそうな。
 コンサルタント氏は、イスラエルはグアテマラ軍兵士を
 訓練してくれるし、日本の企業はハイテクの兵器を
 (アメリカに)提供してくれるし(それがまわり回って
 グアテマラに来る)、言うことない、とキャッキャと嬉しそう。
 ったく。
 なんちゅう車内。
 ソナ9でコンサルタント氏が降りて、ほっ。

 21時前、アンティグアに到着。
 ファミリアに行き、ドアをノックするが応答無し。
 さてはラミロじいさん、もう寝てしまったかな。
 しゃあないなあ。
 隣の隣の隣のホテルへ。
 で、1泊20ドルとか。そりゃあかんわ。

 アタバルへ。
 向かいのホテルの部屋を頼もうと思っていたが、
 マコトさんも寝ている模様。
 で、メールのチェックだけを終える。
 明日のインタビューはそのままできそうや。

 ペンションTへ電話してみると、部屋は空いているとか。
 アタバルに肩に食い込むカメラバッグだけ置いて行く。
 BKに寄り、夜食を仕入れる。
 22時過ぎ、ペンションTの7ドルの個室にチェックイン。
 1日でニカラグア→ホンジュラス→エルサルバドル→
 グアテマラと移動してきた。
 4カ国の車窓風景を眺めて来たわい。
 ふぅ~、疲れたわい。
 水シャワーを浴びて、24時前、寝入る



 DSC_0074.jpg
 <エルサルバドル→グアテマラに向かって>


 7時過ぎ起床。
 ピーカンとはいえないが、まずまずの青空。
 ホテルで朝食を済ます(C40)

 6日分の滞在費用は$75ドル。
 まあ、かなりお得な値段かな。

 116番のバスでオリエンタル市場へ(C2.5)
 今日は何がなんでも、何かを撮すぞ。
 前回は、市場の大きさと扱いにくさに跳ね返された。
 今日は最後のリベンジの機会。
 市場ごときで引いていては、話にならん。
 迷路のように入り組んだ市場内を歩き回る。
 広いし、暑いし、人いきれムンムン。

 帰りはタクシー(C20)
 12時過ぎ、ホテル近くの食堂で昼食。
 C25とお得な値段。
 通りを隔てた別の食堂は地元の人で長蛇の列。

 15時半まで、シエスタとする。
 16時前、タクシーでゴミ捨て場まで行く。

 おろ、なんで?
 平日なのに働いている人は少なすぎる。
 100人もいないかな。
 それにゴミ収集車もほとんど見えない。
 ニカラグアでの撮影は今日が最終日、できるだけ写真を
 撮る。
 18時前、ゴミ捨てのトラックに乗せてもらい、幹線道路
 まで引き上げる。
 帰りもタクシー(C20)。
 これで11年ぶりのニカラグアの撮影はほぼ終了。
 中途半端でもなく、かといって完全に満足している訳でも
 ない。

 どうなんだろ、このニカラグアってのは。
 ちょいと好きになりそうかな。

 ホテルに戻って、シャワーを浴びて、すっきりぽっきり。
 おろ、I 氏から再確認のメッセージが届いてた。
 返信は届いてなかったのかな?
 もしかしてインタビューは不発の可能性有り?
 ちょいと不安。

 3日連続で、同じ食堂で夕食。
 で、食事が終わる頃、追っかけ駆け出しD氏に、ちょっと
 軽めの「ウダ節」を発する。
 写真を撮る以前の問題かな、と
 ま、コメント以前のことだから、と。
 いきなりは無理かも知れないが、ある程度プロ意識を
 持って欲しいなあ。
 D氏にコルドバの残り210を13ドルで両替してもらう。

 ホテルのフロントに2時半に起こして、って頼んだが、
 果たして信頼できるかな?
 明日は午前3時にバス停だぞ。
 今夜は早く寝なあかん。


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 ニカラグア、マナグア湖畔・アカウアリンカのゴミ捨て場にて。

 ホテル付属のレストラン、朝食のパン定食は、ぼったくり。
 C30でパン4枚のみ。
 おいおい、それだけかいな。

 フロントのおばさんと口げんか。
 人の話を聞かない、その態度にキレた。
 お客として威張っているのではない。
 最低限の仕事をしろ、と。
 
 こういうのは力関係である。
 人として舐められてはあかん。

 インタビューの準備のため、午前中の撮影は控える。
 と、 11時前から豪雨なり。
 12時過ぎ、止む。

 すぐ近くに、ボリュームがあって安い地元食堂を発見。
 飲み物入れて、定食でC25なり。

 14時、 インタビューのため、Jのオフィスへ。
 1時間ほど待ち時間に、『人間の安全保障2003年度版』
 (読みごたえあるわ)などなど、国際協力関係の雑誌を
 ツン読する。
 在ニカラグアが10年近い日本の人からニカラグア人の
 気質について話を聞く。
 やっぱり革命思想は失われていないのか。
 さもありなん。
 16時~17時まで正式インタビュー。

 一時間C15のインターネットショップへ。
 おろ、 I さんよりメッセージ有り。
 なんとかロサリーナ氏へのインタビューの時間が
 取れそうな。

 慌ててグアテマラまでのバスのチケットを買いに行く。
 が、TICAバスは週末分はすべて売り切れ。
 そうか夏休みに入ったんや。
 旅行者が動き始めている。
 向かいの King Quality バスに飛び込む。
 こちらも明日の分はすべて売り切れ。
 うわ、最悪飛行機か。
 こまったなあ。
 カウンターの女性に、土曜日の11時までにグアテマラに
 行きたいんやけどなんとかならん?って相談する。

 朝、4時にニカラグアを発つ便(もちろん、なぜか時刻表
 には乗っていない便があるのだ)なら、その日の夜に
 グアテマラに戻れますよ、と。
 金曜日の朝4時の便ならまだ空いてますよ、と。

 よっしゃー、それ買った。$49ドルなり。
 もちろん、クレジットカードは使えず。

 夜、ケーブルテレビで "The Professional"(レオン)を
 やっていた。
 アホウなことに自分を重ね合わせてしまう。
 共通点は、牛乳とメガネと髪型だけなのに。
 でもなあ、誰かのために自分(の命や生活や生き方)を
 犠牲にする、ってのは映画ほど簡単じゃあないなあ。
 でも、それをやってみたいんやな、
 そう小声でささやく自分がいて、嫌な気分になる。
 その資格はもうあんたにはないのだよ、別の自分が怒鳴って
 いるし。


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 ニカラグア、マナグア湖畔の夕暮れ。

 1時15分過ぎ、映画終わる。
 さてと。
 映画を見ている途中から、思い出してしまったな、
 99年のことだった。

 確か、この封切り直後の "Jerry Magwire"
 (『エージェント』)を見たのはボストンだった。
 一緒に行ったのはA。
 ポップコーンの入れ物は巨大で、一緒に買ったコカコーラの
 容器は直径が30cmはあろうかな(それぐらい)超巨大
 だった。

 で、この映画だったな、初めて「ルーザー」を意味する
 ジェスチャーを覚えたのは。
 もちろん、ヒロインの女性(あ、名前が浮かんでこない・・・ 
 ジム・キャリーと共演してたし、『ブリジット・・・の日記』 
 にも出てたな)もそれなりに魅力的だったんだが、それより
 も気になったのは、端役で出ている女性だった。

 そのことをAに言うと、キャハハと笑われた。
 後日、職場の編集部内でも、そのことを話題にされたな。

 単なるラブストーリー映画に過ぎないのに、それなのに
 妙に記憶に残っている。
 イヤミなほどの商業主義的な映画やし-スポンサーである
 腕時計を不必要に、見せびらかすように画面に露出させるし、
 ビザカードやカメラメーカーの名前も出す。
 ったく、そこまでするか、と言いたいほどや。

 けど、ある種気にかかる映画かな(昔も今回も)
 理由は、妹のような(といったら怒られるかな)Aと
 二人きりでいった初めての映画だったこともあるかな。
 その彼女は、今、どこで何をしているのだろうか。
 当時の編集部は、(タガの)はずれた輩が多かった。
 その中にあって彼女だけは、まっとうな人だった。

 Aは、クリスチャンでもあり、毎週教会にも行っていた
 (そうだ)
 真面目めに生活をおくること、そのことが話題になるほど、
 すさんだ?輩が多かった仕事場オフィスのようだった。
 だが、 何を言われようが(自分もずいぶんと傷つける
 ようなことを言ったし)、キャハハと笑い飛ばしていたA
 だった。
 で、編集部の人が入れ替わるうちに、また個人的に傷つく
 ことがあったせいか、誰にも行き先を告げずに仕事を
 変えてしまった。
 9年くらいのつきあいがあったのに、今、どこで何を
 しているのか、ずっと気になっている。
 まっとうな生活を送ろうとしている人が、それに報われない
 今の世の中。
 なんか、おかしくないか?(自分で言うのも変だがな)

 と、映画の中身もべたべたのハリウッド的だったが、
 それでも映画を見ているうちに、じゃあ自分はなんで写真を
 撮っているのか、と当時の自分は自問自答していた。
 人生を生きる熱さを信じていた、いや信じ込もうとしていた。
 それに、仕事をするのは仕事をするという目的のためだけでは 
 なく、それ以上のモノがあるのではということに気づいたのも 
 あの頃だったかな。

 喜びを分かち合える人がいるという心地よさを感じてもいた
 しな。
 で、恋愛というのはいつも不確かで、不安定で、その不安定
 さに安心感を抱いていたのも事実かも知れない。
 だからこそ映画の中で、「どうして私を好きなの」
 「どうしてオレを好きになったのか」とお互いがお互いの
 不安感を確認しあう所などは、そやな、と納得していた
 もんだ。
 映画の中では、loyality と表現していたが、個人的には
 integrity だと思う。
 自分自身の integrity に不信感を持った時、さらに 相手の
 integrity を信じられなくなった時に関係は中断するのかも
 知れない。

 朝7時過ぎ起床。
 ホテルレストランで朝食。起き抜けのオレンジジュースは、
 くぅ~、臓腑にしみわたる。
 タクシーに乗る度、市場で機会がある度、食堂やカフェで
 質問してきた。
 フレンテ?と今の政府、どっちが好きですか?と。

 ほぼ全員から、「 ニングーノ(どちらでもない)」という
 返事が返ってきた。
 生活できたら、どちらでもいいのだよ、と。
 政治的な主張よりも生活的な主張が今は大勢かな。
 これは一種の、「生活保守主義」((c)石川真澄)かな。

 働きたい人に仕事がない。
 これは、日本も、エルサルバドルも、ニカラグアも同じだ。
 なんかおかしくないか?

 11時過ぎからオリエンタル市場へ。
 通路は狭いし、薄暗いし、人は多いし、カメラバッグを
 担いで写真を撮り歩くのは一苦労。
 出直しやな、これは。

 16時半前、タクシーでゴミ捨て場へ。
 煙がすごい。
 傾きかけた太陽を反射して、辺り一面真っ白。
 得になりすぎる風景や。
 また、綺麗にとったらそれはそれで言われるんやろな。
 キレイに撮りすぎや、と。
 ま、それはそれ。
 しっかし、埃や灰の白さやからちょいと喉と鼻の奥が
 痛くなる。
 
 ホテルに帰って、シャワーを浴びながら、鼻をチ~ンと
 したら、ドロのような黒々とした液体が・・・出てきた。
 ぐぅえぇ。
 でも、それなりの写真ができあがった、ほっ


 DSC_0023.jpg
 この熱気。25年前の革命思想はまだまだ健在。


 曇り空。
 9時過ぎ、「革命25周年記念集会」が開かれるプラザに
 行ってみる。
 陽気な物売りのおばちゃんたちに出会い、一気にニカラグア
 が好きになる。
 おばちゃんの一人から、ちょいと東洋人に対する差別的な
 言葉を、それこそ立て続けに浴びせられるが、悪気がないと
 分かっているだけに、気分も悪くならない。

 集会はかなり大きくなりそうやな。
 これならプレスカードが必要になるな。
 警備員に、集会のメインオフィスを聞く。
 なんやオルテガ氏の家かいな。
 で、タクシー(C30)でオルテガ氏の家に行き、プレス
 カードを手に入れる。
 で、午後になるまで待つしかないか。

 タクシー(C15)でオリエンタル市場に行く。
 市場の中は通路が狭くて歩きにくい。その上雨も降ってきた。
 なんか苦労してもそこそこさえのイメージも写せない。
 で、これまで訪れた市場(ニカラグアに限らず)で、
 さまざまなモノを売りつけられたが、さすがに土台付きの
 便器を売りつけられたのは初めてや(どうやって持って帰る
 ねん)。
 声をかけてきたのは、 これまた明るいおねえちゃんやった
 んで、おもわず引き込まれてしまったわい。
 市場ないの食堂で大盛り定食、C45なり。

 タクシーC 20でホテルに戻る。

 14時過ぎ、プラザへ向かう。
 さ、久しぶりの本腰入れた集会撮影や。気合いを入れな。
 タクシーで行くが、途中で人の波に巻き込まれ、車は通行
 止め。
 14時半、人並みをかき分け、なんとかプラザの中心部、
 メディアの撮影台に到着する。

 しっかし、見渡す限り、赤と黒のサンダニスタの革命旗が
 翻っている。
 何万人があつまってるのかな?
 10万に近い?
 ダニエル・オルテガ氏が登場すると、割れんばかりの歓声。
 しっかし、彼は養女への性的な虐待問題で追いつめられた
 んではなかったんかいな。
 いやはや、どないなってんだろ。
 彼の個人的な犯罪?と革命思想(行動)は別もんなのやろか。
 そう思えるほどの盛り上がりや。人の歓声で空気が震えて
 いる。

 と、エルサルバドルからシャック・ハンダル氏や?氏の姿も
 ひな壇の最前列に見える。
 FMLNの旗も数本舞っている。
 やっぱりサンダニスタとFMLNは特別な繋がりがあるん
 やな、と感じる。
 政治家ばっかり撮っていても仕方がない。
 セキュリティをするりと抜けて、人の波の前に出て、
 写真撮影をすることにする。
 ポイントが絞れないのはしかたないか。
 来賓のスピーチは、キューバからの使節が一番長かった。
 18時前からダニエル・オルテガ氏が登場の演説が始まる。
 こちらも負けじと長い。
 最後まで聞いているほどおのぼりさんではない。

 19時半過ぎ、ホテルに戻る。
 暑かった一日。カメラバッグのストラップが変な形で
 食い込んだ右肩が痛い。

 夕食はホテル併設のレストランで肉を喰らう(C70)
 最近、肉ばっかり食べてる。

 ケーブルテレビで『ケーブルガイ』、引き続いて
 『ジェリー・マグワイヤ』をやっていた。封切り後の後者を
 見たのは、96年?99年だったかな?
 映画を見ながら、Aのことを思い出した。


 午前中、ゴミ捨て場。
 やっぱり今日は日曜日、人出はあまり多くない。

 が、瓶を砕いてガラス片とし、それを古タイヤで焼き焦が
 している一家がいた。
 みんな、それこそ埃とススで真っ黒け。
 そこまで黒くなると見事としか言いようがない。
 12時過ぎにホテルに戻る。
 帰りはタクシー(C20)

 昼はチカバス近くの角でイタリアンスパゲッティを喰らう。
 単調なラテンアメリカ風味に飽きがきた。
 で、味はそれほどでない。カルボナーラにしてはソースが
 こってりしすぎや。
 で、 おいおい最初から請求書にチップの値段を勝手に
 書き入れるかよ。
 で、全部でC60なり。ちょいと高いぞ。

 15時過ぎ、明日の革命25周年記念集会の下見。
 プラザと呼ばれる現場をちゃらちゃら歩く。
 プラザの周辺を、ぶらぶら歩き回る。
 ニカラグアの首都マナグアで唯一そびえ立つビル(昔の
 バンク・オブ・アメリカ、今は政府の建物)の真ん前まで
 行く。
 しっかし、72年の地震から30年以上。首都に高層ビルが
 たった1つというのも、驚きモノ。
 行きも、帰りもタクシーなり(C15)

 夕食は、ホテルから半ブロック離れた、かなり段取りの
 悪いレストランへ。
 待たされること、イライラ、イジイジの限界を超える。
 さすがに腹を減らした地元の人間も我慢ができなくなって、
 調理者兼注文取り相手に文句を言いに言っている。
 夜、ケーブルTVで映画を見る、さて、なんだったかな?
 思い出さんわ。


 DSC_0006.jpg
 ニカラグア、マナグア湖畔・アカウアリンカのゴミ捨て場。

 5時過ぎ、目が覚める。
 が、今日はゆっくり起きるぞ、昨日の疲れをとるぞ。

 7時過ぎ、起きあがる。
 朝食を食べに街をぶらぶら。
 土曜日のせいか、早朝のせいか、人はまばら。
 で、朝食を食べるところがなかなか見つからない。
 スタジアムの近くまで歩く。
 が、だめ、ない。
 サンダニスタの中央労働??っていう大きな建物があった。
 他のゲストハウスで朝食を出すところ(H・サントス)を
 見つける。
 野菜がいっぱい入ったオムレツと生野菜、フリホレス、
 オレンジジュースでC30なり。
 「チンケ」ゲストハウスに戻り、すぐにホテルへと移動。
 昨日、予約していたはずなのに、フロントでは話が
 通じない。

 で、部屋の確認、宿泊料金の確認をしてみると、おろ、
 1週間だと割引有り。
 (昨日のフロントのおじさんは、割引はない、って言って
 たのに)
 結局1週84ドル(1日あたり12ドルという格安に
 なった)
 
 部屋は広くて、清潔で、石けん・バスタオル、ケーブル
 テレビ(うひょうひょ、CNNやHBOもあるぞ)、
 強力な扇風機付き。
 (扇風機は頭を振らないので、ちょい困る)

 インターネットはどうやらADSLが入っているらしく、
 常時接続。
 苦労して持ってきたラップトップとラン接続ができた。
 これでなんとかやりとりができそう。
 が、メールをチェックして、ぐぐぐぐぅ~。
 スパムメールは多いのはもう慣れたが、これほどまでとは
 なあ。
 それ以外にも、依頼メッセージ、要確認メッセージが
 たんまりある。

 原稿3本、セミナー&イベント2件、写真展2つ、が
 同時進行。
 それなのに実入りはほとんどない。
 なんで???

 ほんとに「?」を100コくらい付けたいわ。
 自分で思うのもおこがましいが(確かに)、いい仕事する
 んやけどなあ~。
 また、 雑誌の企画が通ったのはいいが、写真によっては
 掲載に確保できるのが3ページが2ページになるとか。

 もし、2ページになるなら、ちょいと考えるしかない。
 このネタの写真で、テキストも入れて2ページじゃあなあ。
 在日ビルマのMさんの在留許可が取り消された。
 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は難民認定を
 出しているのに、日本の裁判所はノーという判決。
 知り合いにメールで署名依頼。

 11時過ぎ、ホテルを出る。
 サンダニスタの集まりで(どうやら市長選?の立会演説
 らしきものをしていた)19日の革命25周年のことを
 聞く。
 やっぱりあるのか、なにかしら。

 102番のバスで(D氏が番号を聞いてくれた)ゴミ捨て
 場へ。
 バス一本で約15分。
 あれ~、こんなに近かったのか。
 11年前はバスを乗り継ぎ、しんどい思いをして行った
 のに。

 ゴミ捨て場で撮影したのはニカラグアが最初。
 それゆえ、ちょいと思い入れがある。
 アカウアリンカ、チャチョレカ、トヨタの看板が目印。

 バスの通る大通りからゴミ捨て場までの小道に、シンナー
 ボンドでラリッテている若者が何人もいる。
 これは11年前と変わらない。で、 こやつらが怖いんだ
 な。
 正常な判断ができないうえに絡んでくるからなあ。

 ゴミ捨て場の入り口にフェンスの扉と囲いができていた。
 そこで働く人のオフィスもあった。
 警備員もいるようになった。
 警備員にオフィスへ連れて行かれる。
 責任者に、取材をしたい旨を伝えると、即決でオーケー
 なり(グアテマラとエルサルバドルは市内のオフィスで
 許可が要った)

 11年前よりも広くなっていた。
 牛も多くなっていた。
 働く人は少なくなっていた。
 150人~200人ほどか。
 何人かにインタビューをしながら撮影する。
 太陽がきつすぎるので、620万画素のデジカメでは
 対応しきれないようだ。
 明暗の差がつきすぎる。
 それに撮影イメージが単調になりすぎ。
 ま、ゴミ捨て場の撮影は、まそろそろ別の地域を探す
 必要があるなあ。
 新しい場所と古い場所の同時進行かな。

 働く人は、グアテマラやホンジュラスと違って明るい。
 写真撮影をいやがる素振りはまったくない。
 14時過ぎ、今日の撮影終わり。
 ふぅ~、暑い。汗が止めどもなく流れ落ちる。
 臭気で目が痛い。
 それに腹減った。

 ゴミ捨て場をでたところにある駄菓子屋で冷たいモノを
 飲む。
 D氏と二人、ふぅ~、一休み。

 来た時とは反対を走る102番のバスに飛び乗る(D氏は
 乗るタイミングを逃し、乗り過ごし)
 10分ほど走って、何か変?
 来た道を戻っていない。
 この102番は、違うルートを走っているようだ。
 しゃあない、間違えたついでに(座れたし)、マナグア
 見物をしよう。
 バスは延々走り続ける。
 UCA、UPA、メルカードを過ぎても走り続ける。
 郊外に向かっているようだ。
 約1時間後、ようやく止まった。
 乗客全員が降りる。
 ふぅえ~、ここはどこだ、わからない。
 タクシーをつかまえ、ホテル近くまで値段交渉。
 C35で行くそうな。
 で、タクシーに乗る・・・西日を浴びた車内は蒸し風呂
 状態。
 汗だく状態続く。

 16時過ぎ、なんとかホテルに到着。
 シャワーを浴びて一息。
 と、D氏はすでに帰っていた。
 次の102のバスに乗った彼は途中下車して、歩いて
 帰って来たとか。
 D氏、クレジットカードの入った財布を落とす。

 夕方からスラムへ行こうと思っていたが、不穏な空。
 シャンバッグの中から巨大ゴキブリが飛び出した。
 ぅへぇ~、心臓が止まりそうになった。
 おそらくゴミ捨て場でバッグに飛び込んだんだろう。

 デジカメの データ転送をしていたら、やっぱりバチバチ
 という雨音。
 出かけなくて正解。

 雨がやんだら、あっという間に17時過ぎ。
 夕方の撮影は中止。
 ホテル近くの食堂で夕食(C45)
 夕食の後、散歩をしかけるが、再び雨模様。
 ホテルに帰って、一日のまとめ。

 この数日、出来事ばかりが多くて、考えることをして
 いない。
 -旅行者の多くは、「ニカラグアは何もない」と言って、
 ほぼ素通りする。
 自分自身も、ニカラグアは何もない~、ってよく言う。
 その「何もない」とはどういうことか、よく考えなければ
 ならない。

 何もないマナグアにしろ、人口100万を抱える大都市で
 ある。
 そこには人が住む。
 目につく高い建物は数えるほど(ホントに5つもないな)
 しかないが、人は住んでいる。
 人の生活はある。
 なにをどう見るかは、それぞれの考え方と物の見方やろう
 なあ。
 ま、観光客が真剣な眼差しをしていたら観光客失格やし。



 
 DSC_0049.jpg
 
おいおい、お前は観光客か?
 記念撮影してどないすんねん(D氏撮影)

 夜、何度か目覚める。
 3時45分過ぎ、ドアを激しくノックする音。
 チカバス!と怒鳴る声。
 ホテルの従業員がチカバスに乗る乗客の部屋のドアを
 叩いて回る。
 4時半集合やろうが。
 ったく、こっちは4時に起きようと思っていたのに。
 5時5分前、ほぼ満員となったチカバスはサンサルバドル
 を後にする。
 デラックスバスやから(D航空よりもずいぶんとましで
 広い座席)、まあそこそこの乗り心地なり。
 7時半、エッソのガススタンドで朝食休憩。
 8時過ぎ、ホンジュラス国境到着。
 まこともって不能率な国境越え(だから中米らしいやけど)
 いったん並んだ列もやり直し。また違う列の一番後ろに
 並び直し。
 西欧人が数名怒った。
 バスの車掌にサービスの手数料払ったのにこの混乱の
 極みは許せん!と。
 ま、そうやろ。
 車掌がラティーノ以外の数名のパスポートを預かって
 イミグレーションに入って行った。

 で、その車掌、しばらく出てこない。
 次第に国境越えを待つ列は短くなっていく。
 これなら車掌に頼まんでもよかったやんか。
 逆に遅くなったわ。
 エルサルバドル・ホンジュラス国境越えで1時間。
 ホンジュラス国内を3時間走る。
 12時ちょうどにニカラグア国境に到着。
 手配の悪い車掌は、文句の多い乗客のパスポートを
 持ってイミグレーションに入っていった。
 パスポートがないとさすがに不安。
 車掌が現れるまでお昼を食べにもいけない。

 車掌が戻るまで、まずは$50ドル分だけコルドバに両替。
 $1=15.7のレートなり。
 国境で乾パンもどきを買って腹ごしらえ。

 13時過ぎ、やっと車掌が戻ってきた。
 返してもらったパスポートには、ホンジュラス入・出国の
 スタンプ、ニカラグアの入国スタンプとツーリストカード
 が挟んであった。
 ふぅ、これでなんとか一安心。
 で、お昼を食べる暇もなく、バスは出発。

 マナグアの手前で雨が降り出した。
 時にはゴゥゴゥという強い雨音なり。

 17時過ぎ、小雨の降るマナグア到着。
 11年ぶりのマナグア。
 あんまり変わってないような。

 チカバスのターミナル付近は、予想通りホテルの客引きが
 うるさい。
 歩いて約20mほどのW・ハウスへ行く。
 が、 部屋がない。
 同じ系列のR・ハウスへ。
 がめつい大家らしい。
 チンケな部屋で、D氏は8ドル、自分は10ドルなり。
 チカバスの食堂で夕食なり(P35)
 さすがに12時間のバスの旅は疲れるなあ(ま、ビルマの
 それに比べたら、雲泥の差であるが)

 明日になったら宿を移る。
 1ブロック離れた移動先のホテルへ行き、部屋の予約だけ
 する。
 一泊$15ドル、ロビーにインターネット付き。

 チンケなゲストハウスに戻り、シャワーを浴びて19時半
 過ぎ就寝。

 

 朝7時過ぎ目が覚める。
 今日はもうちょい寝かせてよ。
 8時過ぎ、ノックあり。
 ヤリ手おばさんなり。「なんや寝てるんかいな」と。
 もうちょい寝かせてよ。
 「寝な、寝な」と。
 ったく、目が覚めたわ。
 顔を洗おうと・・・水が出ない。
 ったく、フロントへ水の元栓を開けてよ、と言いに行く。
 おろ、1F・2Fともほとんど(2部屋くらいを除いて)
 すっからかん。
 朝5時発のバスで発ったのかな。

 8時半、行きつけのミスタードーナツで朝食。
 焼きたてコッペパン2個、野菜をとじたスクランブル
 エッグ、ちいちゃなベーコン1つ、大きなグラス一杯の
 オレンジジュース。
 しめて3,75ドルなり。
 うへ、やっぱり高いわな。

 エルサルバドルは朝から暑いわい。
 テクテクと歩いてセントロはずれのバンコ・
 サルバドレェニョへ。
 300ドル分をキャッシング。
 これでニカラグアの滞在分をまかなおう。

 バスでホテル近くまで戻る。
 朝シャワーを浴びて、さ、行こか。
 ダウンタウンは歩き慣れているから珍しいものなし。
 バスナンバー14Aでサンマルティンへ向かう。
 エルサルバドルでわざわざ2泊したのは、このため。
 サンマルティンからパンアメリカンハイウエーを撮すのだ。
 バスを降りて、テクテク歩く。
 ふぇ~、やっぱり暑い。
 きついわな。久しぶりに汗だくなる。

 サンマルティンも変わったなあ。
 メルカードをぶらぶらするが、写真を撮るエネルギーが
 湧いてこない。
 やっぱり見知らぬ人にカメラを向けるのは疲れるのだ。
 それなりのモーティべーションがないと、ちょいと無理。
 ま、それでも雰囲気をつかむために、とりあえず歩き回る。 
 ケーキ屋で休憩してダイエット缶コーラを飲む(45C)

 13時過ぎ、今日はもう引き上げよう。
 たまたま来た14番のバスに、きっとサンサルバドルに
 戻るだろうと思って、乗る。
 が、甘かった。
 ソヤパンゴ付近で、北へ道をそれた。
 そのままグルグル45分くらい走り続ける。
 ま、20Cでサンサルバドル郊外を周遊すると思えば
 いいんだ。

 ソヤパンゴに戻ったところで、ちょいと移動式祭りの
 観覧車を見つける。
 16時から動かすから、またいらっしゃい、と。
 ミニバスに乗ってセントロに戻る。

 ふぅ~、暑い。
 シャワーを浴びようと思うが、また、水の元栓を閉めてる
 わ。
 ったく。
 パンアメリカンハイウエーのデータをバックアップ。
 メディア保存のHDが(X) エラーメッセージが
 出続ける。
 う~、なんでや。
 スキャンディスクをかけている間に昼寝なり。
 暑い時は昼寝に限る。

 16時半、バスが混まないうちにソヤパンゴの観覧車へ
 戻る。
 バスターミナル兼ホテル(サン・カルロス)は
 ホンジュラスから(?)のバスが到着した直後で
 むちゃくちゃ混雑していた。

 で、ソヤパンゴ行きのバスはやっぱり帰宅の渋滞に
 巻き込まれた。
 サンサルバドルから東へ向かうと大きな工場が建ち並ぶ。
 17時を過ぎると、仕事を終えた従業員が帰りのバスに
 乗ろうと幹線に並ぶ。
 暑さの残るまぶしい夕方を浴びる人たち。
 一日仕事をして、帰宅するなんて。
 なんか、いいな ・・・、って思うのは訪問者の特権かな。
 かな、じゃなくてそのものなんやな。

 観覧車にたどり着く。
 が、営業はまだしていない。
 ちょっとだけ動かしてよ、と頼む。
 首都郊外にポツンと建つ中規模の観覧車。
 たったひとりの、一人占めの観覧車。
 観覧車の一番上で停止してもらう。
 付近の住宅街を撮影。
 3度ほど、観覧車を小刻みに動かしてもらい撮影の角度を
 変える。
 で、撮影終了。
 幾ら払ったらいいですか?
 お金はいいよ、いいよ、と。
 うわ、感激。
 てっきり10ドルくらいをふっかけられるかと思ったが。
 だからエルサルバドルは好きなんや(じゅんさいな
 やっちゃ)

 サンサルバドルに戻って、セントロをうろうろして帰った
 ら19時前。
 とグアテマラのバスが到着。
 お、追っかけD氏の顔も見えました。
 ホテルの隣の隣の隣の食堂で夕食を共にする。
 扇風機はあるとはいえ、部屋の中は暑い。

 観覧車の上からのデータを転送しようと思って気づいた。
 D70はフィルム感度を1250に設定したままやった。
 う~、またやってしもうた。
 これじゃ印刷では使いもんにならんわな。
 あ~あ。
 D氏が『地球の歩き方』を貸してくれる。

 21時前、ホテルの屋根をバタバタバチバチと殴りつける
 ような雨が降ってくる。
 さ、明日は早い、そろそろ寝よか。



 DSCN0007.jpg
 中米を貫くパンアメリカンハイウエー。

 DSC_0015.jpg
 観覧車の上から撮した住宅街。

 7時過ぎ起床。
 朝食・・・おろ、ラミロじいさん、今日は朝からネクタイ
 をしているやんか。
 8時過ぎに、近くで会合?があるとか。
 やけに張り切ってるなあ。
 そりゃ、一人暮らしで、月に数回家族が訪ねてくる意外、
 なんにもないもんなあ。
 おいおい、TVを消していくのかい。

 荷物をあらかたまとめる。
 デイパック一つなり。
 後は、カメラバッグ、シャンバッグ、パソコンバッグの
 計4つ。
 やっぱりカメラとデジタル機器が大半を占める。
 仕事とはいえ、ちょっとなあ。

 グアテマラシティの I 氏に電話。
 ニカラグアに行ってきます、と。
 ちょいと忙しそうな。

 とりあえず、万一を考え、原稿と候補写真を3枚送付。
 ま、これでなんとかなるやろう。
 月一とはいえ、連載はやっぱりしんどいなあ。
 それなりの入りがあれば別なんやが。

 11時ちょうど、家の前でシャトルバスを待つ。
 が、20分を過ぎても来ないゾ。
 遅すぎる。
 旅行代理店に電話をして、モシモシシャトルブスが
 来まへんがな。
 としゃべった途端、バスが来た。
 ったく、30分の遅れなり。
 お、今日は大型のマイクロバスやんか。
 運転手は、他のお客さんも拾わなあかんかったもんで、
 すんまへん、と。
 そりゃ最初から分かっておりますがな。

 アンティグアを出ると雨なり。
 グアテマラシティーの直前で渋滞。
 12時15分、チカブス到着。
 まずは、パスポートナンバーを登録しようと思う。
 が、やっぱり能率の悪い仕事するカウンターの諸氏。
 ま、もう慣れたけど。
 と、外を見るとJC氏が居りました。
 で、左右をキョロキョロ見るが、オフィスの中から窓越し
 に手を振るのに気づかず。
 おいおい。
 外に出て、声をかけるとやっと気がついた。

 バスの発車までチカブスの隣で昼食なり。
 定食、一人Q15とは安すぎるやんけ。
 で、JCはやっぱりフリーランスでやりたいとか。
 う~ん、グアテマラ国内だけでやるのかな。
 そりゃ、ちょっと難しすぎるなあ。
 写真家としての「フリーランスの処方箋」を伝授。
 伝わってるのかな~。

 13時15分過ぎ、バス発車。
 15時半前、エルサルバドルの国境に到着。
 ドルの手持ちがないので$40だけ両替。
 $1=7,8とか。ま、悪くない。

 エルサルバドルに入って青空のち曇りのち雨。
 サンタテクラのズーっと手前で黒々と掘り起こした畑の
 ようなところに掘っ立て小屋がチラホラ見える。
 もしかして、これは地震の被災者たちか?
 見落としとったかいな!

 東の空が一瞬晴れた。
 と、今まで見たことのないハッキリとした虹が左前方に
 出現。
 キレイ、鮮やかすぎる。
 それも2重や。
 バスの揺れにあわせてぽーっと見る。

 49通り前で工事渋滞。
 18時過ぎ、雨のサンサルバドル、ホテルカルロスに
 到着。
 乗客はここで全員泊まりなり。
 ヤリテおばちゃんとホテル交渉。
 シングル部屋無し。
 「新婚サン用」のダブルベッドしかない、とか。
 しかも$14ドルもする。
 ちょいとゴネルが効き目は、もちろん無し。
 バスターミナルとホテルが一緒じゃ、足元を見られている
 よな。
 しかも、外は雨やし。
 しゃあない。決めた。

 明後日発のバスも予約する。
 25ドルで朝5時発(4時半集合)なり。
 あ、手持ちのドルがなくなった。
 しゃあない。
 ヤリ手おばちゃんにQをドルに両替してもらう。
 え、$1を8,75で計算するかぁ~。
 ったくがめついなあ。
 でも、それがないとご飯が食べられない。
 8ドル分だけ両替なり。

 隣の隣の隣が食堂なり。
 と、バックパッカーの日本人が部屋があぶれたらしい。
 とりあえず、安宿をアドバイス。
 ご飯とカリフラワーと肉のピーマン詰めとガシオサで
 2.7ドルなり。
 ボリュームたっぷりで安いわな。

 シャワーを浴びて寝るしかない。

 7時過ぎ起床。
 朝食を食べながら決めた。
 明日、ニカラグアに向けて出発や。
 出発前の一文2通なり。

 と、今日は依頼のメールが多いなあ。
 スパムメールは相変わらず60通以上。
 ったく。
 原稿依頼、写真提供依頼2件、打ち合わせ依頼など。
 しかし、生計の足しになるのは半分だけか。
 その辺をなんとか考えて欲しいんやけどなあ。
 どこかで線引きしてんのに、いつの間にかなあ~。
 いちいちその理由を書くのも、もう疲れたなあ。
 そういう訳で、「仕事の場合」は、きちんとして欲しい
 よね。
 完全「0」ってのはなあ。

 昼過ぎ、LにてK氏と食事。
 Q12→Q15と値上がりしてました。
 $150降ろす。
 P・Tに本を返しに行く。
 旅行代理店に、おろ追っかけD氏と遭遇、とりあえず
 エルサルバドル行きのバスチケットを買う。
 グアテマラのバスターミナルまでのシャトルバスを
 含めて$20なり。

 ニカラグアで通信ができなくなると困る。
 21日締め切りの新聞用原稿を書き始める。
 う~ん、頭がグツグツ、モワモワ。
 まとまらんわ。
 18時、ニカラグアの情報を仕入れに行く。
 ネット上には、あんまり、ちゅうか、自分の知りたい
 情報はほとんどない。
 ま、自分が発信源になったらええんやけど、そんな
 大それたことできんわな。
 雨が降ってきた。
 今日の午前中はあんなに晴れていたのになあ。
 GKにて夕食買う。

 21時過ぎ、電話有り。
 ラミロじいさん、不機嫌に起きてくる。
 JCやった。
 ヤツとのつきあいはしんどくなってきたなあ。
 留守電は聞いたはずやろがぁ。
 ウソはいかんぜよ。
 ったく、奴は何を考えてんだか。

 22時から集中して原稿を書く。
 800字弱だけど、なかなかまとまらん。
 まあ、第1稿はなんとかなりそう。
 一晩寝かそう。
 あ、日付が変わる。

 6時前起床。
 今朝は朝食無しで家を出る。
 6時50分にバスターミナル、チマルテ行き前で待ち合わせ。
 朝早いのは、ブルゥゥ、寒いぞ。
 D氏はすでに来てました。
 彼は、写真家を目指すのだそうだ。

 8時前、チマルテのS・・'Sのオフィスへ到着。
 お、嬉しい、やっぱり発掘現場へは4輪駆動車が出るのね。
 とりあえず、チマルテの市場内の食堂で腹ごしらえ。
 やっぱり地元料金だと安いわ。
 一人約Q8なり。
 9時半前、車は出発。
 車はビュンビュン、約30分でパチャイ到着。
 テクテク歩いて約10分。2日前の現場に到着。

 おろ、あれ、ないやんか。
 2日前に残っていた8体の遺骨が全部片付けられていた。
 そんな・・・、早い、早すぎる。
 そうか、昨日の快晴で、一気に作業を終了させてしまった
 のだな。
 で、今日はまたまた新しいところを掘るようだ。

 ま、パチャイは間違いはないと聞いていたし・・・でも、
 ちょいとヤナ予感。
 今日掘るのは、山のてっぺん近く、斜面に作られた玉蜀黍
 畑だ。
 この辺りに埋められている、とガリガリの張り切り農夫が
 その位置を示す。

 10時半から掘り始める。
 コマラパに比べると掘るペースがかなり遅いぞ。
 なんか出る雰囲気。
 出るぞ、出るぞ、という雰囲気。
 前と同じ、土掘り作業のイメージばかりを撮影や。
 2m近くまで掘り進んだぞ。

 13時前、またまたお昼をごちそうになる。
 写真しかとっていないけど、やたらと腹が減る。

 昼食後、再び土掘り。
 穴の底、柔らかいぞ。何か埋まっている雰囲気。
 出てくれ~、って思うしかない。
 16時過ぎ、2m80cm近くまで掘って、結局ダメ
 やった。
 あ~あ。
 一気に疲れが出る。
 今日が最後の予定やったのに。
 明日来るか?それとも明後日か?
 ニカラグア行きはまたまた延期か?
 頭の中がグルグル状態。
 ま、明日考えよう。

 4輪駆動車はビュンビュン、約30分でチマルテに戻る。
 18時半過ぎなり。
 バスの中でウトウトしていたら、あっという間に
 アンティグア。
 19時半過ぎ、鶏を喰らって帰る。

 シャワーを浴びて、土掘りのデータをバックアップ。
 『謝謝・・・』を読みながら寝る。

 2時過ぎまで本を読む。

 今日は日曜日、朝寝をしよう。
 9時過ぎ、目が覚める。
 もうちょっと・・・。
 9時半まで寝る。

 ふぇ~、ええ天気や。
 この2~3日の雨が嘘みたい。
 「空はあくどいまで青」い。
 「濃藍の天下」かな。

 濡れた洗濯物を外に干す。
 カメラバッグをひっくり返し、中をだして、虫干し。
 濡れた靴を2足、外に出す。

 アタバルでネットをしていたら、お昼にと、セビッチャを
 ごちそうになる。
 ごっつあんです。

 P田代に本を返しに行く。
 で、相変わらず、ぐっちゃら。
 『美味しんぼ(77)』、『ゴルゴ13(134)』、小林よしのり
 『新ゴーマニズム宣言 戦争論』、星野博美『謝々!
 チャイニーズ』を借りて帰る。

 I さんから教えてもらった、パルケセントラル近くの
 イタメシ屋でカルボナーラ・スパゲッティを喰らう。
 う~、濃すぎるクリームソースで胸がやけた。
 スパゲッティを食べながら、『美味しいんぼ』を読了。
 しっかし、「講釈」が多すぎるなあ。
 漫画としての面白味に欠けるかな。
 アタバル文庫から司馬遼太郎『八人との対話』(文春文庫) 
 を借りる。

 家に帰って、ごろり。
 洗濯物を入れる。カメラバッグはまだ底がおしめり状態。
 靴は、ま、ほとんど乾いたかな。

 『戦争論』を読了。
 しっかし、なぜこれがこんなに売れたのか分からない。
 ちゅうことは、自分の感覚が、いわゆる世間からずれている
 のだろうなあ。
 そ、そ、そうかな?
 あれ?

 4時すぎ、目があいた。
 あ、電気をつけたまま寝てた。
 う~ん、頭が痛い。
 メガネが・・・、
 またやったかな。ベッドの上を探し回る。
 あっ、布団の中・・・、
 やっぱり、折りたたまれたメガネがぺっちゃんこ。
 でも、レンズは割れていない。

 7時過ぎ、目覚まし時計の音で何とか起きる。
 頭がイタイ。
 天気がどんよりのせいではない。
 働き過ぎだ。
 不規則な生活をしているせいか、手足に吹き出物が出る。
 朝食後、久しぶりにアスピリン系を飲む。
 10時過ぎまで寝る。

 アタバルへ。
 この中米取材でカメラを持たずに外出するのははじめて。
 それだけ、この2日間の取材で何とか納得いくイメージを
 数点収めることができたのだろうかな、えへへ。
 2日間だけの留守なのに、メールが150通も。
 その8割近くが、スパムメールや。
 ったく、ええかげんにせいよ。
 情報の整理から。
 絵と霧氏に依頼事。
 数通の返信。
 で、 途中でメールソフトがおかしくなるわ。
 ったく。

 また雨が降ってきた。
 青木雄二『ゼニと世直し』、宮本照夫『ヤクザが店に
 やってきた』、橋爪大三郎『はじめての構造主義』を
 借りる。
 格安食堂に行ったら、今日のおかずは売り切れ。
 ったく。

 やっとKさんに連絡がつく。
 が、予定があわない、とか。
 残念。

 『ゼニと・・・』をザザザ、と読了。
 鶏を喰らいに行く。
 『ヤクザが・・・』を読了。
 『輝ける・・・』を読み続ける。
 あ、日付が変わる。


 う~、昨日の疲れが残っている。
 一日では回復せんのは歳のせいかな。

 昨日の現場行きで分かった。
 車がチマルテのオフィスを出るのは8時半だから、家を
 出るのはゆっくり出いい。
 それでも朝食抜きで、7時に家を出る。
 気合いを入れて、フィルムカメラと望遠レンズ+αを
 持っていく。
 チマルテに8時過ぎに到着。
 朝食にパンケーキ2個を買う。
 マーガリータは車が出発した後、ギリギリ合流。

 チマルテを出て約20分、雨が降ってきた。
 ヤな予感。
 そういうのは当たるもの。
 現場は雨。
 時々やむ。
 時々、ほんの時々、一瞬だけ、雲の間から青い空。
 でも、ずっとジメジメ。
 靴も、カッパも、カメラバッグもびしょ濡れや。

 まずは現場の水抜きから。
 なんやかやで仕事が始まったのは11時過ぎ。
 手伝いの村の人がいない。
 人類学者3名が、動き回る。
 やっとこさ一体収容。

 昼食時、一瞬雨やむ。
 すぐに雨が降りだし、作業がはかどらない。

 パッツン出身のスタッフが、今日はメンチュウ氏が来る
 から、みんな参加してよ、と告知。
 そうかそれでか~。
 16時過ぎ、別の現場の人類学者が合流。
 グアテマラ人の写真家が突然出現、知らん間に立ち去る。
 写真を撮るのに、全部フラッシュを使ってた。
 デジタルカメラを使ってたけど、新聞かな?

 17時過ぎ、本当にメンチュウ氏が来た。
 (彼女の写真を撮るのは2度目か)
 でも、その出現、ちょっとな~(村の中でスリーピースの
 スーツはおかしい)・・・と思うお供の人も一緒。
 昨日会ったイタリア人2人、アメリカの写真家なども
 引き連れて。
 注目を浴びるのは仕方ないか。
 次第に村の人も集まってきた。
 思いあまってメンチュウに抱きつく人もいる。
 遺骨に追悼を捧げるメンチュウ氏。
 すぐ横の撮影にはベストポジションを確保。

 18時過ぎまで、追悼集会となる。
 雨がひどくなってきた。
 メンチュウ氏にいろいろと訴える村人。
 涙を流す人が多い。
 村人に取り囲まれたメンチュウ氏に近づくことができない。 
 ここはちょいとその様子を見つめる。

 帰り道、メンチュウ氏が一人になったのを見計らって、
 頼んでみた。
 「アウンサンスーチー氏に何かメッセージを」
 「え、時間がないから・・・」
 「いやいや、1分でいいですから」
 デジカメについているビデオ機能でスーチー氏に伝える
 メッセージを録画。
 約20秒だが、ふぅ~、なんとかやった、って感じ。
 ラッキーやった。

 暗くなった。
 雨が降っている。
 帰りのバスがあるかな・・・、ちょいと心配。
 帰りの車の中は、マーガリータ他、米国人2人、計6名。
 パチャイ村の入り口で、車を若者7~8人に取り囲まれる。
 ちょいとビビる。
 が、どうやらコマラパ村にいる人に手紙を託し、その人から
 また別の人に手紙を託したいらしい。だが、そのコマラパ村
 にいる人の名前が分からないらしい。
 雨が降る中、まどろっこしいやりとり。

 しかし、ふと思ったのが、町から離れた村では何が
 起こってもおかしくない。
 見知らぬ若者7~8人に囲まれた時、もし彼らが遺骨発掘に
 反対する元自警団のメンバーだったら、どうだったろうか。
 脅迫や嫌がらせが続くから、いつ何が起こってもおかしく
 ないしな。

 車中、マーガリータが米国人に、遺骨発掘時に外国人が
 いるとどんなに安心なことか、と言っていた。やはり
 グアテマラ人だけではちょっと怖いらしい。

 19時半前、雨降るチマルテに到着。
 ダッシュでバスをつかまえに行く。
 う、バスの乗降口からあふれ出す人。
 こりゃ乗れないわ。
 雨の中、道を小走りで逆行。
 ターミナルから出たばかりのバスを、何とかつかまえる
 ことができた。
 最終バスに近かったなあ。

 20時半前、晴れ間のアンティグアに到着。
 BK、ドニャルイサ、アタバルで買い物。

 今日もデータのバックアップに2時間かかる。
 予備のHD、CD-Rだからね。
 今日は、なんとかなりそうなイメージがチラホラあり。
 ふぅ~。
 ラップトップのデータを整理してたら、知らん間に
 寝てしもた。



 DSC_0001.jpg
 村人に抱きつかれるメンチュウ氏


 5時過ぎ起床。
 6時前には家を出る。

 ニカラグア行きは延期して、再度、別の遺骨発掘現場に
 出かける。
 今度は、確実だという。

 7時、チマルテの「スーパー24」の前で待ち合わせ。
 う~、寒い。
 う~、腹減った。
 う~、お腹が痛い。
 マーガリータ+1名が現れたのは7時半過ぎ。
 テクテク歩いてオフィスへ。
 8時半、4輪駆動車で、パチャイへ向かう。

 約45分の急な坂ドライブ。
 パチャイの公園前で、他グループの人類学者とイタリア人
 記者2人と合流。
 歩いて15分ほどの発掘現場へ。
 お!出てた。
 コマラパに通って2週間半、ついに遺骨は出てこなかった
 が、パチャイの初日からは出て来るとは。
 これでなんとかストーリーが組めそうかな。
 彼らの苦労に応えるためにもなんとかせなあかん。

 イタリア人記者2人組はインタビューと写真とに
 分かれている。
 イタリア語とスペイン語は、ほとんど同じだから楽だなあ。

 11~12体が埋められている。
 頭蓋骨が一つ現れた。
 叫び声が絶命の瞬間だったのか?、大きく口を開けている
 のが一体。

 晴れのち曇りのち時雨のち雨。

 帰りは雨。
 ピックアップの荷台は冷える。
 アンティグアに戻ったのは18時半過ぎ。
 ふぅ~、今日は疲れた。

 データのバックアップに2時間かかる。


 DSC_0075.jpg
 語らぬ証言者たち11名(12名?)-秘密墓地

 1時過ぎ、原稿終了。
 ふぅ~、なんとかなりそうや。
 3時過ぎまで『さらば外務省』を読む。
 ま、こんなもんか。
 もっと「深い洞察(・・・って何だ?)」も欲しかった。
 しかし、それにしても、外務省(に限らず)っていう
 ところは、・・・。

 朝、原稿を書き直す。
 アタバルへ。

 マコトさんが日本から戻ってきてました。
 ほんにご苦労様。
 アタバルの雰囲気が変わったのが分かる。
 やっぱり「あるじ」がいないとねぇ。

 『さらば・・・』から書き抜き。
 日本側による敗戦処理の不十分さについて、浅井基文氏の
 主張と似通っている。
 そういえば、本文中でも岡本(行夫)氏と浅井氏を
 比較してたっけ。

 昼食はK夫妻と一緒。
 安くて(Q12)美味しくてボリュームのある食堂を
 教えてもらう。

 宮部みゆき『ながい殺人』(光文社文庫)を読了。
 北杜夫『輝ける碧き空の下で』を読み始める。
 明日早い、23時過ぎには寝る。

 3時過ぎまで『白い巨塔(上)』 を読んでしまう。
 あかん、明日は早起きやのに。
 寝る前にフラッシュのバッテリーを充電する。

 6時過ぎ起きる。
 今日の朝メシは抜きや。
 カメラの点検をしていたら、おろ、20mmのフードを
 閉めているネジが壊れてた。
 F3Pのターミナルシューのカバーも無くなってた。
 今日はN70、F4、クールピックスの3台で間に合うな。
 しっかし、眠たいな(当然か) 

 7時前、家を出る。
 朝のグアテマラシティ行きバスは、道路が混んでいる。
 18番街からコナビグアまでタクシーに乗る(Q20)
 9時前、コナビグアのオフィス着。
 I 氏に、「コーヒー飲ましておくんなさい」と懇願。
 と、天木直人『さらば外務省』(講談社、2003年)を
 貸してくれた。

 10時前、ロサリーナ一家、その他、大勢到着。
 して、みんなそろって国家宮殿へ。
 今日はロサリーナが正式に「国家賠償」機関の議長に
 就任する日。

 で、国家宮殿の入り口、セキュリティーはダダモレ。
 おろ、「国家賠償」機関、政府側5名・民間側7名の構成。
 民間側もそれぞれのグループの思惑が交錯し、先行き多難。
 ロサリーナ氏の苦労が想像できる。

 と、政府のテーブルに、なぜかリゴルタ・メンチュ氏が
 座っている。
 う~ん、彼女の立場がよくわからん。
 ロサリーナ氏はガチガチ。

 セレモニーが始まる。
 大統領、機関の長、ロサリーナの挨拶あり。
 部屋の中は人でいっぱい。
 しかし、プレスの席は写真が撮りにくい。
 やっぱりデジカメと普通のカメラの併用は難しい。
 一気にデジカメだけにせなあかんなあ。
 と、フラッシュのバッテリーパックのヒューズが飛んだ。
 バックアップのヒューズを交換したら、おろ、完全に
 電気がつかなくなってしまった。
 ったく、なんでこんな時に。
 天井の高い暗いホールやからフラッシュは絶対に要るのに
 ・・・デジカメについている非力なフラッシュだけが
 頼りやな。

 ホールの後ろはインディヘナたちでいっぱい。
 コマラパで出会った顔見知りもたくさんいまっせ。
 大蔵大臣より、Q30万の小切手がロサリーナに
 手渡される。
 12時過ぎ、セレモニーはお開き。
 国家宮殿に入るのも初めてやし、バルコニーから中央公園を
 撮影。
 雲は出ているが、青空のええ天気。
 と、宮殿の入り口で「軍の存在も忘れるな」という
 横断幕を持った、軍関係の寡婦たちがアピールしてた。

 宮殿の裏、5番街の近くのレストランで食事。
 3日連続で、うひょうひょの仕事をした I 氏に
 ごちそうになる。
 14時過ぎ、お開き。

 16時前、曇り空のアンティグアに戻る。
 家の前でムチャチャ・マリアがお掃除中。
 Q20を手渡し。
 バッテリーパックを分解し、なんとか修理する(1時間
 近くかかったわい)
 ふぅ~、冷や汗かいたわ。
 しっかし、レンズフードが壊滅やな(20mm、60mm、
 80-200mm)
 データのバックアップ。
 ま、撮影したイメージ(280枚)中で、2枚はええのが
 あるな。

 米国、タイ、韓国からもメッセージ有り。
 しっかし、平気で1Mのデータを送ってくるもんなあ。
 日本のHK氏にはグチ?メッセージを返信。

 『犠牲』を読了。
 ツン読しながらだったから、もう一つ印象が薄い。
 昨年、ビルマに滞在中、「二人称の死」についてCH氏と
 論争?したっけ。
 CH氏は、この柳田邦男氏の著作から引用してたしな。
 その内容を読んでも、どうしてもしっくりしない。
 肉親の死をあまりにも美化しすぎる(と言ったら、
 顰蹙モノかな)なあ。
 「死」は「生」の反対ではないし、う~ん、難しいなあ。
 しっかし、毎日秘密墓地の発掘に立ち会っていて、こんな
 ことじゃああかんかな。
 クールハート・ホットマインドだからね~♪

 久々に集中して写真撮影して疲れたわい。
 うたたね約1時間。

 22時過ぎから集中集中。
 う~ん、今回の原稿の内容、ハッキリ言ってあかんわ。
 読み直しても、書き直しても、良くならんわ。
 具体的なエピソードを細かく書くエネルギーがないんやな。 
 で、 なんとか写真のイメージで持たせちゃろ。

 


 DSC_0042.jpg
 ロサリーナ氏の話に涙するインディヘナたち。

 P7060001.jpg
 ガチガチのロサリーナ氏を攻めるUZO( I 氏撮影)



 『犠牲』 をツン読する。
 2時過ぎ就寝。

 7時起床。
 曇り空。
 朝食後、2度寝。
 10時過ぎ、アタバルへ。
 ジュン氏、ホンジュラスへ。

 インタビューが中止になったから、時間の使い方が
 中途半端になってしまったわい。

 ペンションTへ。
 ぐっちゃら。
 『ゴルゴ13シリーズ』 と山崎豊子『白い巨塔(上)』 を
 借りる。
 マサラが閉まってた。
 BKにて昼食を食べながら、『ゴルゴ』読了(漫画やし)

 ほんまや、街の中、トゥクトゥク走ってないわ。

 ネットで情報収集。
 "Lonely Planet" と『地球の歩き方』 のニカラグア、
 コスタリカ、パナマの必要ページをコピー。

 夕方から雨。

 19時前、グアテマラシティの I 氏から電話。
 21時過ぎ、ふにゃふにゃ Juan 氏からも電話。
 『白い巨塔』を読み始める。

 2時過ぎまで『不毛・・・』を読み続ける。
 朝食の後、2度寝。

 企画書を受け取った編集部の担当者から返事有り。
 好印象なり。
 なんとか4ページで通りそうかな。
 最悪3ページは確保したいしなあ。

 散髪へ行く。
 Q25で頭がすっきり、ぴっかぴか。

 今日は市の立つ日。
 マーケットに財布を買いに行く。
 なかなか気に入ったのを見つけることができない。
 しゃないなあ。

 おみやげやで売っている、ちょっとよさげな革の財布は
 Q190もする。
 気に入っているが、ちょいと高い。
 毎日、その店の前を通るが、この店、絶対に値段交渉に
 応じない。 
 女性マネージャーが頑固すぎる。
 と、今日はマネージャーが居なかった。
 他の店員に、Q150で売って、と言うと、なんと、
 一発OKなり。
 お金を払う段になって、やっぱりQ170と言い出す。
 が、こっちもいっぺんポケットから出したQ150に
 プラスする訳にはいかない。
 やった。

 16時過ぎ帰宅。
 この2ヶ月の間に撮った写真のイメージを見直す。
 う~ん、24mmに近いレンズで撮っているのだが、
 もう一つ気に入ったイメージがない。
 原因の一番は、デジカメ、というより、ピントの合わせ
 方かな。
 オートフォーカスを使うようになって、自分の思い通りの
 構図が組み立てることができない。
 特に動きのあるイメージは難しい。
 なんか、カメラを使うっていうより、カメラに使われて
 いる、っていう感じ。
 これまで12G分(5000枚くらい?) 撮して、納得
 できるのは5枚くらいかな。
 ま、おちゃらけも入っているからなあ。
 来週からの撮影は、ちょっと気合いを入れなあかん。

 あれは3枚組で出すとして、2つはなんとかなる。
 残り1つ、バシッとしたイメージが欲しい。
 もっと追いつめなあかん。
 自分のセンスを信じるしかないか。

 
 『不毛の地』の<3><4>巻を読み続ける。

 『不毛の地』を読み続ける。
 5時過ぎ、さすがに、まぶたが落ちた、あかん、寝る。
 10時過ぎまで熟睡。
 起きて、再び、『不毛・・・』を読み始める。

 11時過ぎ、アタバルへ。
 K氏とぐっちゃら。
 で、 やっぱり電話がかかってこない。
 それも2件も。
 約束の取り付け、あかんかな~。

 15時過ぎ、遅い昼食。
 鶏を喰らう。
 中央公園へ行き、『不毛の地帯』 読了。
 ふぅ~、4巻は長かったなあ。
 山崎豊子氏の巧い筆の運びで、思わず主人公の立場に入れ
 込んでしまうが、よくよく考えてみると(そんなに考え
 なくてもいいのだが)、前の戦争で、経済成長の陰で、
 声を上げることのできなかった人びとの方が多いのだ、
 という事を忘れてはならないと思う。
 しかも戦後、確かに、(否が応でも)日本を背負って
 (日本社会で育ち、日本語を使い、日本文化を当然だと
 思うこと)海外に出ると、日本の経済力には感謝せざるを
 得ないのだろう。
 この砂上の経済大国を築いた戦後の企業戦士の陰に、
 いったいどれくらいの犠牲があったということを想像
 しないとあかんと思う。
 確かに、成田空港はできた。その陰に何があったのか。
 安い牛肉や農産物が手にはいるようになった。
 その陰に何があったのか。
 「朝鮮戦争」やベトナム戦争に乗じて、どれだけ経済的な
 恩恵を受けたのか。
 自分自身で、厳しい態度で、自分の世界観や社会観を問う
 姿勢が必要なのやな。
 『不毛地帯』 を読みながらそう思う。
 冷めた視点が必要。
 --------------------------------------------------
 「壱岐君、君の考えは堅すぎる。人間、50を過ぎたら、
 もう一つの人生を考えておくべきだ、ビジネスマンとしての
 人生ではなく、余生をいかに心豊かに生きるかということ
 ね」
 「だが私のように、14歳で自ら志願し、幼年学校、陸士、
 ・・・者は、一つの人生しかない、まして国家を敗戦に
 至らしめた責任の一端に繋がる私には、国のために終生、
 尽くさねばならない義務がある」
 「義務か--使命より厳しいね」
 (<4>p.181)
 >>国のためか・・・。

 「・・・役所相手の大立ち廻りなど百害あって一利なしと、 
 ・・・、何たって民間いじめは、連中の唯一の楽しみで、
 それによって自らの存在価値を確かめているんですからね、
 そういう役人根性を理解せず、・・・」
 (<4>p.205)

 「・・・仏教の根本は、一言で解りやすくいえば、共生
 (ともいき)の精神だとおもう、自分のためだけの生き方
 ではなく、自分の生き方が、人に感銘を与え、人に倖
 (しあわ)せをもたらせる自他共に生きる共生の心が存在
 しなければならない、したがって、自分の執着、執念だけ
 で動けば、自分を束縛すると同時に、相手をも縛すること
 になり、共生の世界を失い、修羅の世界に没してしまう
 ことになる、・・・。」
 (<3>p.334)

 「川又は、・・・、憲法9条の規定のある日本では非武装
 中立という野党を中心にした強い議論があり、その中で、
 強い防衛力を整備して行こうという自分の意見は、いつも
 白い眼で見られているが、戦争の悲惨さは、軍人としてこの
 前の大戦を経験した自分たちが一番、よく知っており、日本
 が平和国家であり続けることは絶対の理想だ、だが、その
 ためにはどこからも手出しをさせないだけの強い防衛力が
 必要で、日米安保条約が存在していても、恒久的なものでは
 あり得ないし、第一、自分の国の独立は自分の力で守る義務
 があるということを、なぜ野党も国民も、素直に考えようと
 しないかと、口癖のように慨嘆していました」
 (<2>p.255)
 >>日本の軍人は、果たして、戦争の悲惨さを本当に知って
 いるのかな。この前の戦争を土台にして平和を語る矛盾した
 発想やな。一国平和主義に凝り固まっている。自分の国が
 安寧するとしたら、他の国を踏みつけにしてもいいのか。

 死は常に覚悟して来たことであった。妻と幼い2人の子供の
 ことが脳裏を掠めたが、今の壱岐には妻子のことよりも、
 軍人としての死生観の方が重かった。
 (<1>p.47)
 >>愛する者、大切にしたい者のために命を張っていた
 人が 、いつの間にか「軍」のシステムを上位に置くように
 なっていく。
 それが怖い現象やな。

 ・・・、軍旗を焼くぐらいなら、自分も共に死ぬと、手榴弾を
 取り出し、日露戦争以来、数々の戦場で勝利をおさめて
 来た栄誉ある軍旗にしがみついた。・・・・。戦いに勝って
 こその死であり、敗ければ、143名の部下の死は犬死に
 であった。
 (<1>p.482)
 >>さて、自由、民主主義のためなら命を捨てる・・・。
 同じ論理なのか、違うのか。人間の命の重さをどう考えるのか。
 前の大戦は、結局犬死の戦いであった、確か、別の本にも出
 ていたな。
 ----------------------------------------
 20時過ぎ、Y氏と中華食堂へ。
 焼きめし(Q50)を注文。
 Y氏は自分の進路に悩みを持つ20代前半の宙ぶらりん。
 どう生きる、なぜ生きる。
 それを考えているうちは、前進できる(、と思う)
 それが青春時代(あはぁ)
 人生ってのは、こんなものか・・・そう悟ってしまうと、
 面白味がなくなる。
 そう考えると、自分はまだまだ(ひねくれた)青春の
 まっただ中かな。

 電話が入れ違い。
 でも、結局インタビューのアポイントとれず。
 Juan 氏はふにゃふにゃ。

 2時過ぎまで『不毛・・・』を読み続ける。
 7時半、起きる。
 朝食を食べて、2度寝(なんや、日本と生活が変わらん
 なあ )
 10時過ぎ、シャワーを浴びて、さ、行こか。

 韓国のN氏よりキム・スンドク ハルモニの死去の知らせ
 が届く。
 う~ん、あの飄々とした態度、何事も言い聞かせるような
 静かな語り口。
 しかし、時々見せる心の強さ(頑固さ)
 自分自身のトミカばあちゃんと似ていた三角顎。
 また会えると思っていたのに。
 「ナヌムの家」に滞在中、こっそりと部屋に入ってきて、
 お小遣いをくれようとした。
 食事の時、どこに座っていいかわからずまごついていると、
 「ここに座りなさいよ」と声を掛けてくれた。
 「『そう』じゃなく、『そうです』」と、年配者に対する
 口の利きかたを、ちょっと厳しく教えてくれた。
 一番仲のよかった朴 ハルモニはショックだろうなあ。
 自分は何を学べたのだろうか。
 これからどう関わりつづけることができるのだろうか。
 自分なりのやり方で、やるしかないか。
 遠いところから、ただ、ただ合掌あるのみ。

 アタバルのオフィス、一番隅っこの席で必死で企画書を書く。
 なんとか形になりそう。
 最後のつめは、やっぱり本人からのインタビューかな。

 アタバル文庫から柳田邦男『犠牲』(文春文庫)を借りる。
 『転がる・・・』をツン読し、『不毛の地』を読み続ける。

 5時に起床。
 エトキリさんの翻訳記事を参考にしながらインタビューの
 ポイントをまとめる。
 6時過ぎ、おろ、ロミロじいさんが起きてきた。
 昨日、電話が2件あったよ、と。
 そのうちの一人は、2回掛けてきたよ、と。
 え、まさか・・・今日のインタビュー中止?
 電話をするが、返答無し。
 しゃあない出かけるか。
 バスターミナル手前でもう一度電話・・・。
 あ、つながった。
 やっぱりインタビュー中止かぁ。
 家に戻って、朝食を食べて、寝る、しかない、やんけ。

 9時半過ぎ、起きる。
 ハワイのK氏に電話。
 仕事の休みを取ったから、できればコマラパの現場に
 行きたいとか。
 ややこしい場所やし。
 分かるかな~、と思いつつ現場の地名を伝える。

 日本からちょっとした朗報有り。
 でも、帰国は無理か。

 バンコクポストのエディターに小ネタ記事で連絡。
 アンティグア在住のN氏に連絡するが、つかまらず。
 グアテマラシティのプロ写真家志望のJ氏に連絡。

 15時過ぎ、CD-Rを買いに行く。
 25枚セットでQ121なり。
 旅行代理店でパナマ~グアテマラ間の片道切符の値段を聞く。 
 げぇ、US500ドル近い。
 なんで?って訊くと、中米は高いの、っていう答え。
 理由になってないやんか。
 やっぱりバス移動か。

 曇ったり、はれたり、時々しぐれたり。不安定な天気やな。
 遅い昼は鶏を喰らう。
 昼食を食べながら鈴木光司『ループ』を読み始める。
 ちょっと分厚い文庫本なので、解説、あとがき、結末から
 読み始める。
 ちょっと期待できそうにないかな。

 そろそろ企画書を書き上げないとあかんが、インタビューが
 中止になったので、どうも気分が乗らない。
 それに入るモノが入ったしなあ。

 家に戻って『リング』を読み続ける。
 話の内容は広いのだが、深さがなあ(・・・って書いたら、
 あかんかな?)
 日本とアメリカ中心の世界観、ってのがなあ。
 それもアメリカ先住民族の話を入れて、内容がふくらんで
 いるように思えるのかなあ~。
 「あとがき」にアメリカ中西部のキャニオンランドに圧倒
 された記述があるが、その体験が原因か。
 以前、日本で生まれ育った人と米国で生まれ育った人の
 大自然に対する反応を聞いたことがある。
 日本(人)-大自然の大きさに、怖さを感じる。
 米国(人)-大自然の大きさに、喜びを感じる。
 とか。
 『ループ』読了。
 書き抜きはただ一文のみ。
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 現世に対する全き肯定がなければ、来世はただ恐怖の
 対象となるだけ。(p.391)
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 山崎豊子『不毛の大地』を読み始める。
 これも(作り話とはいえ)個人の経験を土台にしているの
 で、ついつい日本軍(兵)の立場に立ってしまいソ連軍の
 あこぎさを感じさせるが、日本軍も中国や朝鮮に対して
 それ以上のことをしていたはず。
 軍の本質を指摘する記述がほしいかな。
 ま、『不毛の大地』はこれからまだまだ先が長いぞ。


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