< 久しぶりのジャバジャバ >

| コメント(0) | トラックバック(0)

 しかし、それにしても暑い。
 エアコン欲しいなぁ。

 写真編集を続ける。
 おおざっぱな所は終わり、細かな部分に関わってくる。
 しっかし、この10年で写真の質が変わっているのに気づく。

 米国から日本に帰国直後は、写真を撮っているという感じ
 だったが、ここ数年はその場を切り取っているという、自分
 でいうのも変だが、ちょっとはクリエイトになったかな。
 ただ単に現場に立っているのではないようだ。

 布団の中でラップトップをたちあげ、うつらつら。
 何事も時間はかかるわな。
 11時に時計をセットして5時過ぎ寝る。

 10時45分過ぎ、ピンポ~ン、ピンポ~ン。
 コトン。
 あ、宅急便や。
 もう一度、ピンポ~ン
 もうちょい寝かせてちょ。
 
 11時過ぎ、起きる。
 朝風呂に入る。水風呂で十分。

 12時過ぎ出動。
 ドージマ地下で時間外の安チケットを買う。
 大阪~神戸が350円か。
 Kチケットなら330円やのに。
 ま、ええか。

 13時過ぎ、中之島へ。
 K氏と再会。ちょっとすれ違いがありましたね。
 お久しぶり。
 いつもの手打ちソバ屋へ。

 ぐちゃら。
 
 タリーズは閉店のためスタバへ。
 イラクで殺害された斉藤さんの話になる。
 そうかぁ、見方によってはいろいろだなあ。
 同年代(?)だから、人の生き方の話しになるし。

 戦後60周年の話になる。
 フィリピン騒動は笑えましたね。
 そいや8月が近づいてきたので、戦後特集の記事も増えて
 いる。知り合いのT記者もいろいろと書いている。

 でも、戦中日本の人が経験した、銃後の家族としての
 苦労話を書き続けるのはそれはそれで意味があると思うが、
 ちょっと見方を変えてもいいのでは、と思う。
 
 中国や朝鮮半島、東南アジアに侵略したのは、ある意味
 事実。

 どうして、日本にいた銃後の家族(女性)として、現地の人
 びとの辛苦まで想像出来なかった(ない)のだろうか?
 
 当時、そういう社会だった、と簡単に言い切るには、あまり
 にも無責任すぎる。どうして、当時の政府のいうままに戦争
 賛美に参加していってしまったのか。
 どうして、立ち止まることが出来なかったのか。

 どうして、銃後の生活者には被害者意識が強く残り、
 加害者意識が弱いのだろうか。その意識背景を突っ込んで
 取材して書いて欲しいのだが(質問の仕方や分析はむちゃ
 くちゃ難しいと思うが)
 
 だって、その意識の仕方、今の社会にも強く続いている
 んだから。

 と、ツラツラ話す。

 と、ゲラ確認の電話あり。国名表記を、ビルマ(ミャンマー)
 にするかミャンマー(ビルマ)にするかで要相談だとか。
 
 政治的にどうとかいうのではなく、現地の人の心情を考える
 と、ビルマ(ミャンマー)の方がいいだろうなあ。人それぞれ、
 いろんな「言い訳」があるにしろ、結果的に今の軍事政権に
 与することはあまりしたくないし。
 
 現地の人びとの写真を撮ってお金をもらっていることだし。
 
 そりゃ、誰もが聖人君子の立場をとることはできないだろう。
 でも、「そうすることで加害者の立場をとっている」と知り
 ながら見て見ぬふりはできないよな。
 
 日本の戦後とビルマの今が重なり合う。

 で、サッカー話をツラツラ。
 やっぱりブラジル強いよね。
 鹿島首位独走なるか。

 15時過ぎ、散会。
 
 ややこしい地下鉄を乗り継いで南森町の出力センターへ。
 新しく出来上がった名刺をピックアップ。
 
 ガン!
 電話番号が1つ間違ってた。
 う、チェックミスやった。
 今回は多めに300枚の発注やったのに。
 ま、しゃあない。済んだこと。
 
 写真展用のサンプルプリントを見せてもらう。
 う~ん、う~ん、ちょいとちゃうなあ。
 
 
 JR東西線にて(おお天満宮~尼崎:210円)神戸市へ。
 ウツラツラしながら『我、拗ね者・・・』を読み続ける。
 神戸に戻って改札を出るとき、東西線の切符と東海道線の
 切符を2枚重ねてマシンへ投入。

 あ、アホや。
 東海道線の切符は、昼間割引の切符を使うはずやった
 のに、普通切符を投入してしもた。240円のところ350円
 の切符を・・・。

 110円の差額やけど、その差額よりも、そんな間抜けな
 ことをするアホウな自分にガックリ。
 
 久方ぶりにジャバジャバが続く。

 暑い。
 水分の取りすぎで食欲がでない。
 う、豆腐を切らせた・・・。

 
 お願い事があり、K放送のK氏に連絡。
 ここ数年連絡をしていなかったが、この間話をしたのは、
 まるで昨日のことのよう。

 連絡業務。
 ゲラチェック。
 そろそろ原稿を書き始めなければあきまへん。
 
 写真編集にも力が入らん。で、I式DVDを見る。
 『ニューヨーク9月11日 100人のカメラマンが撮った
  1年後(エディ・アダムズ ワークショップ』
 『売買されるネパールの少女たち(Tin Girls)』

 幸せになりたいという、小さくささやかな願いさえも、
 番組の中で流れてた、
 
 --------------------------------------------------
 "NO ONE IS FREE WHEN OTHERS ARE OPPRESSED"
『誰かが抑圧されている限り、誰も自由になれない』
 --------------------------------------------------

 という言葉の前ではささやかさをうしなってしまう。
 (と、そう簡単に思う自分の傲慢さは棚上げにするが)


 1時半過ぎ、布団に入る。
 さて、連絡を取るべきかどうか、迷う。
 U2号、U3号と、いろいろ話し合う。
 こういう個人的に頭や心を悩ます自分がまだいることに
 ほっ、とする・・・ツメがぼろぼろや。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://blog.uzo.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1194

コメントする

2010年8月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

アーカイブ

Twitter

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.02