2005年12月アーカイブ

 
 やっとこさ帰国。
 インターネット再開が1月4日の予定だったが、何故か昨日の
 夜10時過ぎにつながった。まったくの想定外(←この言葉、
 使いたかねぇ<じゃあ、なんで使う?)のこと。
 
 一気にメールをダウンロードして、ちょいとパニック。
 ラップトップとデスクトップPCのデータ整理を始めてたのに
 突然の大量のメッセージ。

 思わずアワワ状態に陥ってしまった。
 まずは落ち着いて、昨年の整理。
 
 メールの返信やご挨拶は、ちょいと送れます。
 悪しからず。

 <ウダ・ユウゾウ:2005年の10大出来事>
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 <1>今年もフリーランスの仕事を続けることができた。
    (これは毎年同じだ)
 <2>写真集を出版することができた。
 <3>ボランティア原稿を書き続けることができた(5年目)
 <4>ビルマへの長期取材(一度に3ヶ月日本不在)を実行。
 <5>書き始めている原稿を再開できなかった。
 <6>暑さに負けて冷風器付きの除湿器を買ってしまった。
 <7>カンボジア、ベトナムに行けなかった。
 <8>ビルマでおしゃれをするようになった。
    (シャツを7枚仕立てた)
 <9>新しいデジカメ(防水仕様)を買った。
 <10>ひとつが終わった・・・思いがけずすきま風。
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 乾期の一番過ごしやすい時に雨続き。
 「タネ僧」によると、「津波のなみだ雨」とか。
 そうか。


 ああ、あわただしいわい。
 この1週間、ゆっくりしたバチが当ったようだ。

 しっかし、得体の知れない人から電話がかかってくるのは
 どうも居心地が悪い。どうして私の連絡先を手に入れたの
 だろうか・・・。

 こういう場合は、早めにすたこらさっさ。



 どうしても送ることのできないメッセージ2通。
 意気地なしやな~、と、トホホ状態の自分である。

 夜はホテルのTVで各国のニュースチャンネルをザッピング。
 CNN、BBC、CNA、ABC(オーストラリア)、NHK、
 S(スペイン or イタリア?)、DW(ドイツ)、TV5(フラ
 ンス?)

 なぜか好きになったのがシンガポール発信のCNA
 (チャンネルニュース・アジア)
 CNNのキャスターはどうして、みんなあんな人形じみたメー
 キャップをするのだろうか。シワを完全に消し去ったペイント
 っていう感じ。

 深夜、映画、 "October Sky" を見てしまう。
 一度見たことのある映画だが、ついつい見入ってしまった。
 あきらめてはダメなんですね。失敗しても立ち上がること
 なんですね。ついつい単純な思考になってしまった。

 でも、時に、そいう単純な思考も必要なんですね。
 しかめっ面ばっかりして、深刻になっても仕方のないことは
 仕方がないもんね。

 今夜のスイカは1/4のみ喰らう。
 ぐぴぃ。
 
 10時過ぎ、熱いシャワーで目を覚ます。
 バスのチケットを買いに行く。ああ、バスが・・・。
 ホテルの予約。

 昼食はいつもの地下食堂。安いもんね。お腹いっぱいに
 なって約100円なり。

 今日はクリスマスイブ。仏教国のここでも、街はあちこちに
 イルミネーションですね。私はおじゃま虫にならないように
 ホテルの部屋でサクサクと新聞の切り抜きを。

 あ、何この記事? 
 記事の中に使われていた抗議デモの写真、プラカードに
 貼り付けられた写真の中に・・・自分の写真を3枚見つけた。

 まあ、写真を使うのはいいけど、ひとこと連絡が欲しいなぁ、
 っと。


 今日の一日はアポナシ。
 電話もナシ。
 で、ゴロゴロ。
 いろんなとこからの返事待ちやし。

 そろそろ気合いを入れなあかんな~。
 原稿を書かなあかんけど、エネルギーなし。

 がんばるあの人に顔向けができんがな。

 で、たまった未読メールの処理にかかる。
 ふぅー。たまり過ぎや。

 で、適当に日付を無視して「四方山話」をアップしてみる。


 ビルマに関わる(外国)人が集まれば、トー然ビルマの話題
 となる。
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 やれ、ビルマ人は時間の感覚がない、プライドが高すぎる、
 自分中心で物事を考える、すぐに派閥を作りたがる、
 表の顔と裏の顔の差が激しすぎる・・・延々と続く。
 --------------------------------------------------
 が、よく考えると(もっとも考えなくても)、こういう風に
 ビルマ人やビルマ社会を揶揄する時に、あたかも自分の
 所属する社会の考え方が(より)正しくてまともだという
 意識が外国人の側にあるようだ。

 自分の考え方や行動様式を棚に上げて、ビルマ社会をあれ
 これいうのは全くお門違いなはず。
 
 そういう反省(?)を意識の端っこに置きながらも、それでも
 ビルマを見ると、いやでもいろいろな違いが目について面白い。
 だから言わず(書かずに)はおれない。
 
 許しておくれ。
 

 朝からいろいろお騒がせ。
 どうもお手数かけてすいません ┌(∪_∪)┐
 インドネシアから帰ったばかりなのに無理いいまして。

 午後、本を一冊売って1000Bゲットする。
 帰りにIのオフィスへ行って、来年のカレンダーを5部
 いただく。
 これも日本で売ろう。

 コツコツ小金を貯めて、この厳しい時期をやり過ごそう。
 
 

 バンコクポストが20B→25Bへと値上がりしました。
 ふぅー。
 
 ま、ビルマよりはましか。
 
 ま、キューティーちゃんからお小遣い2000Bもらった
 から、しばらくは安泰だよね。


 はいはい。ちゃんとまじめネタも書きますよ。

 首都ラングーン(ヤンゴン)市内はバイクの走行が禁止だけど、
 ここマンダレーはまだ大丈夫。
 bike
 日中はいいけど、日が落ちてからマンダレー市内を走るのは、
 はっきり言って怖い。運転していたら、急に穴ぼこ、バンプ
 がある。
 
 何度となく事故しそうになった(←なら、運転するな、って?)
 
 マンダレー在住の I さんによると、日本人が昨年、事故で
 なくなったそうな。また、日本の免許証は20ドルくらいで
 こちらの免許にも切り替えられるという話を聞いた。
 
 ラングーンに戻って、ホテルの前にバイクが止まっているの
 を見ると、ドキッ、とする。もしかして・・・、と(分かる
 人にはわかるね)



 ここはビルマのとある街。
 bump
 軍の基地の前、スピードバンプ(車のスピードを落とさせる
 ためのかまぼこ状の出っ張り)4本が削り取られていた。

 削り取ったアスファルトがまだ積み上げられていた。
 この処置は、つい最近のことだろう。もしかして基地が移動、
 あるいは縮小?

 もしかして、首都(機能)移転にも絡んでいるのだろうか?
 はたまな何か起こる前兆か?
 ない知恵を絞って考える。
 ふむ、む。


 マンダレーはバイクと自転車の街ですね。
 asamoya2 
 朝靄の中、仲良くそろってどこへ行く?
 なんか、いいな(ぼそっ)



 お、お米屋さん。
 kome_2
 おお、いろんな種類。値段も23通りある。
 ちなみに一番高いのは700K(チャット)もする。
 
 なんでそんなに高いの?
 お米やさんに聞いてみると・・・。
 
 「このお米はね、呼び名が『大臣』というのよね。
  まあ、大臣クラスの人が食べるための特別なお米なの」
 -ちょっとサフラン米のような感じかな。
 
 ちなみに、ビルマでは新米よりも古米の方が値段が高い。
 2005年7月18日(月)のブログへの付け加えであるが、
 新説を聞いた。

 新米は炊いた後、冷えたら固くなる。だが古米は、炊いた後、
 冷えても固くならないと、さ。

 
 このネタ、遅きに失したようですが、いちおう取材者の
 はしくれ(?)として新首都(機能)移転の写真おば。
 
 capital
 よく見ると、この画像手ぶれしてますね。
 ちょいとビビリながら撮影しました。
 が、通りかかった兵士は笑顔でした。

 「ベ・ゴ・トワマロー・レ?(どこへいくんだい?)」
 「ピンマナ」
 
 ちっ、もうちょっと気合いを入れて撮影するんだった。
 2枚目、3枚目は手ぶれなしで撮れたが、兵士のイメージを
 いれることができなかった。

 すっかり安心して撮影を続けるのもちょいと危険。
 どこで誰が見ているかも知れない。
 通報される前に、その場からすたこらさっさ。

 < 2005年9月16日 >からの続きです。
 
 こちらはパーン刑務所ですね。
 prison2
 
 こちらは、あの!インセイン刑務所ですね。
 prison1
 (左上の円い部分・・・飛行機がもう少し左に飛んで
  くれたらよかったのになあ・・・)
 


 <昨日からの続き>

 改修中のパゴダ(3階建て)をペチペチ撮影してたら、
 工事のおじさんが寄ってきた。
 「こっちに来なんさい。おもしろいモノ見せてやるよ」と。

 テクテク歩いてついて行くと、パゴダの横に小さな建物
 (っていうより小屋)があった。
 
 中へはいるとお坊さんが寝ていた。
 まあ、偉いお坊さんなのであろう、一応、横座りして、
 挨拶をする。

 小屋の中、蒸し暑い。すぐに汗だくになる。
 ふ~ん、こんな小屋、別段モノ珍しいわけではない。
 
 フン、と笑っていたら、案内をしてくれたおっちゃんが、
 「それ持て」と金色の仏像を指差す。
 
 フン、と思い、仏像を持とうとしたが・・・あら、動かない。
 う。
 力を入れるが動かない。
 で、立ち上がって、腰を入れて仏像を動かしてみる。
 お、動いた。
 おお。もしかして、これ純金製の仏像か!
 (フンとした態度が一変)

 おお、もしかして。これを持つとお金が入るのかな?
 おお、そうじゃ、記念撮影じゃ。
 
 goldbudda
 気軽に持っているようで、実はむちゃくちゃ重たい。
 
 もしかして金が剥げるかも? 
 爪をカリカリ立ててみる。

 が、もちろんすべすべの表面、金箔など手にはいるわけはない
 (なんと畏れ多いことをするのだ)
 ↑もちろん、冗談だよ。

 「この仏像はねー、『ヤカイン スタンピュー、ポドームパヤ』
 というんだよ」と教えてもらう。

 おお、そうですか。それはそれは。急に畏敬の態度に豹変。
 このお坊様は、この金の仏像の守をしているのであった。
 
 この金塊(に見える)を売ったらいくらぐらいになるのだろうか?
 目がキラキラした一瞬であった。


 パゴダを改修中です。
 もちろん、お坊さんもしっかり働きます。
 yosetsu
 しっかし、溶接中のお坊さんを見るのは初めてです。




 そろそろ「ビルマのよもやま話」を再開すると
 タンカを切ったけれど(そんな大げさなもんか?)、
 写真編集を全くしてないことに気づいて、はぁ~、
 ってため息。

 再開するには時間がかかりそう。

 そいや、マンダレーのホテルで、備え付けの本棚に
 日本語の本が何冊かあった。その中の一冊は、S氏
 の映画評論本。好きな書き手の人一人だから期待して
 ページをめくった。

 だが、まったく期待はずれ。
 しゃあないか。
 日本に帰って、十河さんの『映画がなければ生きていけない』
 を楽しみにするか。


 昨日の続き-タナカの塗り方にもいろいろありまして。
 
 まずはスタンダードな形から。

 
 いきなり変形。これはかなり珍しい、と思うのだが。

 
 お、これはちょいと変わってるぞ。
 おしゃれ系かな。

 
 これは、日焼け止めとして塗られてます。
 ため池で魚捕り中の仕事してます。
 でも、爪にはしっかりとおしゃれの片鱗が。


 
 う。これもおしゃれ系に入れてみいいのだろうか。
 アップだとかなり迫力ありますね。

 
 ユーラーモーちゃん(12歳)のはキッチリとおしゃれ系だね。
 
 
 カレン民族のドーンダンス当日。
 この形(文様)は祭りに合わせたのかな?

 
 ま、この子も、こんなに塗りたくったら、日焼け止め&ひんやり
 効果は抜群だな。
 ふむ。

 
 子どもたちが塗るのもスタンダード。
 ほとんど全員が塗ってるね。



 やっとこさ1枚、気に入る写真を撮ることが出来たわ。
 コストパフォーマンスかなり悪いな。
 でも、撮影時、感度設定を間違っていたようで、
 後で気づいてガーン。

 「ビルマのよもやま話」、来週から復活できそうです。



 
 -11月11日の続きです-
 
 こちらはマンダレーの下町で見た消防車です。 
 firecare
 "FAW" ということは中国製ですね。
 ビルマ国内では軍用トラックとしてよく見かけます。
 もしかして、使い古し(回し?)かな。



 
 復活した「串カツ亭」が最近、「不知火(しらぬい)」と名前
 を変えました。
 kushikatsu
 (看板はそのままだけど、領収書は変更済み)

 場所はアジアプラザホテル1Fの裏(入り口が2つあるのが
 いいね)。生け簀が3つばかり入ってるし。
 
 値段もローカル+αくらいかな(ラーメン餃子定食=2500K、
 豚ショウガ焼き定食=2000K。Golden Duck でお腹
 いっぱい食べたら3000K近くするからね)

 安さとボリュームと手軽さがいいね。



 マンダレーをうろちょろしてました。
 と、遠く向こうに見えるのはパゴダではないですか。
 裏通りをテクテク歩いていきます。

 uratori

 と右手に仏具や捧げ物、おみやげを売るお店がありました。
 omiyage

 綺麗ですね~。
 kirei

 う、あ、よく見るとこんなところにあったんだ。
 konnatokoro
 そうです。小額紙幣の10K札や5K札です。

 konafu
 あ~あ、こんな風にして売ってんだ。だから少額紙幣が
 足りなくなるんだな。

 ちなみに、ビルマ式透明ガラス張りお賽銭箱の中にも、
 たくさんの少額紙幣が見られます。

 また、ラングーン(ヤンゴン)では90K分の少額紙幣を
 100K札で売り買いする商売も出てきたとか。
 う~む。


 ビルマでは、各地を移動していると、イミグレーションの
 係官からパスポートの提示を受けることがある。基本的に、
 ビルマには、移動の自由はないといってもいい(というか、
 自由な移動かな)
 
 7州7管区間を移動する際に、外国のようにイミグレーション
 のお世話になることがある。

 たとえばこの日の出来事。
 川を越えて対岸に渡り、2時間ほど動き回って川岸に戻って
 きた。

 船に乗って戻る前に一息つこう。喫茶店でジュースを飲んで
 いると、男が一人、話しかけてきた。

 「すいませんが、近くのオフィス、イミグレーションのオフィス
 に来ていただけませんか?」
 
 あ、また来たか。その男は私服だったので、彼の言葉を
 完全に無視し、ジュース飲み干し、船に乗り込もうとした。
 バイクで渡河していたので、船に乗るのに手間取っていた。

 すると、制服を着たイミグレーションの係官がやって着た。

 「外国人だな。パスポートを見せろ(相変わらず横柄な
 モノの言いよう)」

 私は、(その地区を支配下に置く武装勢力からもらった)
 渡河の特別許可証を見せるが、係官は納得しない。

 しばし、「見せろ」「見せない」の言い合いになる。
 
 と、めざとい係官、私のノートブックに挟んだ外国人登録証
 を見つけた
 
 「お、それはFRC(Foreign Residence Certificate)だな。
 それを見せろ!」

 そういうなり、ラミネート加工したFRCをひったくった。
 私は、それをまた取り戻そうとして手を伸ばす。FRCの奪い
 合いとなる。

 ああ、破ける。仕方ない、手を離す。
 ちぇ、そう思って、悔しさのあまり、コヤツの写真を撮る。
 immgration
 と、目の前には、いつの間にか現れた男が私を見下ろして
 いる。
 
 そのサングラス男は、ちょいとマッチョで、ジーンズにTシャツ。
 まるでスパイ映画のような雰囲気。
 と、そのマチョ・サングラス男の腰を見ると。ピストルを携帯
 している。ああ、こいつMI(軍の情報武官)やな。
 よしゃ、こいつの写真も撮っておいてやる。カメラを向けた。
 mi
 "No Photo"
 サングラス男はそう叫んで、カメラを手で遮った。
 さらに、シャッターを切ろうとした瞬間、サングラス男の
 顔つきがグニャと変わった。手をピストルに伸ばそうとした
 (ように思えた)
 
-撃つなら撃ったらいい、死んでこの川に浮かんでやる。
-逮捕するならしたらいい、どうなってもいいからな。
一瞬、頭の中を捨てばち、意地(?)の考えがよぎった。

 握っていたニコンのコンパクトカメラのレンズは、伸ばした
 手を写した後、被写体近すぎたためにピントが合わず、
 ギィーギィー前後している。その動きが私を冷静にした。

 ふん、写真撮影はやめたるわい・・・そんなジェスチャーで
 サングラス男から顔を背け、イミグレーションの係官に向き
 合った。

 今考えると、ちょいとビビってしまうが、あの怒りが吹き
 出した一瞬のことは、自分でもよく分からない。

 怒りというか、憤りというか・・・。

 2年ほど前、10年以上つきあいのあるタイ在住の知人
 (ある意味、命の恩人あります)から、「日本の生活や基盤を
 (犠牲?にしてまで)どうしてそこまでするのですか?」と問われ
 たことがある。

 返事ができないでいた。自分でもなぜか分からないのである。
 でも、今回の、無謀な行動にその答えの一端が現れている
 ような気がする。何か、取り返しのつかないことが起こる前に、
 手遅れになる前にその答えが分かればいいのだが。
 ふむ。


 ふぅー。
 何かと疲れますわ。
 そろそろ動こうか。



 
 マンダレーからエンジンぶんぶん、約2時間ほどの村。
 日曜日の昼下がり。のんびりした時間が流れる。
 mura
 ここは散髪屋さん。

 sanpatsu
 チャキチャキはさみを動かしてます。
 ああ、ここはどこの国。


< 通じず >

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ああ、水戸黄門の印籠のように利用していた「ブツ」が
今回は用せず・・・とほほ。

さらに・・・ああ・・・。

先日はモスクでの礼拝撮影でした。
思いっきり手ぶれしてました。


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