2006年1月アーカイブ

 
 本日(31日)の『読売新聞』のウエブニュース によると、
 ホンダがの連結決算(2005年4―12月期連結決算・米国
 会計基準)が過去最高を更新したとか。
 
 そういや、ビルマのシャン州タウンジーでハンダのポスターを
 見たっけ。
 

 ベッカムさんが HANDA のバイクのポスターに出てました。
 ちなみに HONDA ではありません。

 ホンダにまつわる言葉も多い。ホンダカウボーイ、これはあまり良くない言葉だが、オートバイによるひったくりのことを総称して言う。ホンダガール、これは一部の人間しか使わないがホンダに乗るコールガールの事を言う。ホンダオム、オムとは「抱く」という意味で、ここでは恋人同士が身体をくっつけ合いホンダに乗る様を言うらしい。
 これだけブランド力があれば、アジアの定番、コピーものも出来てきておかしくない。そう、ホンダのコピーバイクが一時中国で作られ、大量に安価でベトナムに販売されたことがあった。これに対して当然のごとくホンダからベトナム政府に抗議があり、その後ブランド名が代わったが、そのブランドネームたるや、「HONG
DA」ホンさんのバイク、「HANDA」半田?などと紛らわしいこときりが無い。そこでベトナム政府はバイクの生産地を命じさせることでこの一連の騒動は収まった。
 


















 「ホンさんのバイクより」

 しっかしベトナムのアオザイを一度見てみたい。
 う~ん、ベトナムに行ってみたい。



 
 日付が変わって、ちょいと電話連絡。
 やっぱりな。ちゃんと食べなあきまへんで。

 さ、見ましょか。
 DVD "the interpreter" をセットする。
 ニコール・キッドマンは美人だけど、でもちょっとお近づきに
 なりたくない、っていう美人かな(近づけないし)

 なかなか出来た映画。もう一つのラストも用意されているし。
  Sydney Pollack の解説を見ると、映画の冒頭、画面の
 構成など、十分に読者を想定しているのがわかる。
 何を、どのように伝えるのか、参考になるなあ。

 お腹が空いた。今日こそ久しぶりにシャビー麺を喰らう。
 う。胃が重たい。ウンウン言いながら、朝刊に目を通して、
 4時過ぎ寝入る。

 10時半過ぎ起きる。なかなか重たい寝起き。
 でも頑張らねば。ズルズル起きあがる。
 シトシトシィトォ~、とした雨降り。憂鬱だなあ。
 
 ファイル整理の続行。ここで中途半端にストップできません。
 ビリビリと不必要な書類を破り続ける。
 なんか引っ越しの準備をしているような気分になってくるわ。

 昼前、雨がやむ。
 ビュン、と銀行へ、引き続きスーパーへ。
 バナナを買った。フィリピン産かと思ったらコロンビア産だった。
 この流通どうなってんだろ。
 ニラの値段が一束99円。安い。でも、小ぶり。でも買い。
 
 ずっとファイル整理。
 書棚の上はホコリだらけ。なんか年末の大掃除をしている気分。
 掃除機をかけながらファイル整理。
 大きなゴミ袋がゴミ文書でいっぱいになる。

 夕食は、うどんすきなり。白菜をいっぱい入れる。
 ハフハフなり。

 19時過ぎ、仕事部屋の整理整頓が終わる。
 これで本格的にフィルムスキャンに取りかかることができる
 態勢になったな。ふぅ~。

 P・ジェニングのDVDを見ようとディスクをセットするが
 ドライブが読んでくれない。どうして?2枚ともダメ。く~。

 (満を持して)『旅芸人の記録』を見始める。
 が、モノトーンの出だし。思わずウトウトしてしまう。
 おそらく1時間くらい我慢したら面白くなるのだろ。
 が、その前にうたた寝してしまった。

 この映画を見るのは、気合いの入った時ではないとダメだな。
 後日、見直そう、っと。

 今日は1日、無口の日でした。

 あ~、今日でもう1月も終わり。今年も残り11ヶ月のみ。


 
(2005年9月4日の続き)

 朝8時過ぎ、市場の前で人だかり。
 大人に交じって、学校に行く前の子どもの姿も見える。
 おお、ギャンブルだ。
 
 tamago2
 まあ、市場らしく、賭けの景品はタマゴなんだ。
 これなら、まあ子どもが参加しても許されるか。



 深夜風呂に入る。あ~、ゆったり。気持ちいいね。
 
 さ、深夜DVDの時間だ。
 トム・クルーズの『宇宙戦争』を見る。内容は、いただけない。
 でも、画面展開と映像はなかなか見せるやん。だから見て
 しまう。 
 
 野菜食はどうもすぐにお腹が空いてしまう。
 だから夜食を口にしてしまう。

 朝刊を読み、5時過ぎ寝入る。
 8時、目覚まし時計が鳴るが、起きられず。
 しばらくして、ゴミ収集車の音。
 あ~、ゴミ出し出来なかった。根性無し、や。

 11時40分、起きる。
 どうやら雨模様。

 苦いコーヒーを飲みながら仕事を始める。
 ファイル整理を続行。こうなりゃ、引っ越しをするつもりで
 とことんやろう。不必要な書類をため込みすぎている。
 だから捜し物の文書をすぐに見つける事ができないのだ。

 ラジオを聴きながら、延々と書類・文書と格闘。
 住所ラベルや個人情報の書類はハサミでちょきちょき。
 ええ加減指が痛くなる。ほんま、シュレッダーが欲しいよな。

 今日の夕食もハクサイ鍋パート2。
 昨日のワカメの代わりに卵を落とす。
 けっこう精進料理っぽいけどシャビー麺に比べればまだまだ
 豪華。
 
 21時過ぎ、今日の作業を終える。
 今日は誰とも口をきかなかった。昨日は電話2件のみ。
 24時間以上(独り言をのぞいて)、無言の日。
 明日は誰かと喋ることできるかな(おいおい、寂しがり屋かよ)

 さ、風呂入ろ。


  『朝日新聞』に昨日、ビルマと北朝鮮が接近しているという
 ニュース
が流れていた。
 
 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)政府から差し向けられた
 刺客は1983年、シュエダゴンパゴダ裏に建つアウンサウン
 廟を訪れた韓国大統領および政府代表団暗殺を狙って、
 爆破事件を 起こす。
 
 いわゆる「ラングーン事件」。この事件で、韓国の閣僚ら
 17人が死亡。これを機会にビルマと北朝鮮は国交を断絶。

 実行犯の一人は現在もインセイン刑務所に収容されており、
 韓国大使館員が定期的に訪問(差し入れ?)しているという
 噂である。
 
 byo1
 外国人の立ち入りが禁止されているアウンサン廟。
 1年に一度、「殉教者の日」には門が開かれる。
 (ホントは、それ以外の日にも入ることはできるけどね)




 "SUPER SIZE ME"に倣って、ダイエットコーラを飲みながら、
 J・チェン主演の "NEW POLICE STORY"(『香港国際警察』)
 を見始める。
 おお、なかなか面白い。
 
 知らないうちに映画の中に深く入ってしまった。ラストシーンで
 思わず落涙しそうになる。なんとまあ、我ながら単純な性格なん
 やろか。

 そんな風に、簡単に男女が好きになれるのなら苦労は
 しないよ。
 
 え?
 そんなに簡単なの?(<って誰に言ってんだろ)
 ふむむむ。

 片腹がすいた。
 夜中に、脂身のない赤身のマグロを喰らう。
 食べてすぐ寝たら体に悪い。
 で、朝刊を読んで・・・おお、おおお、目をパチクリさせて、
 4時半過ぎ寝入る。
 
 12時ちょうど、目が覚める。
 遮光カーテンの隙間からまぶしい日差しが流れ込む。
 この朝陽(昼だよ)を無駄に出来ない。
 起きよう。起きよう。

 掛け布団、敷き布団を布団す。

 冷えたコーヒーとバナナ2本を喰らい、すぐさま仕事態勢。
 ラジオでマラソンを聴きながら、キーボードを叩き始める。

 改造したばかりのサイト、その掲示板に早速スパムの書き
 込みあり。う~ん、早過ぎる。
 
 海外からの書き込みかな?って思ってたけど、どうやら日本
 のスパム業者かな?
 さっそくアドレスを変更。

 窓を開けて、ちょいと冷やっこい(いやさぶすぎる)空気を
 入れながら仕事を始める。
 くしゅん。
 
 ビルマの四方山話用のイメージを選ぶため、膨大なイメージ
 写真を覗いていく。思い出深い写真があるし、思い入れの深い
 写真もある。

 思わずニヤリとしたり、胸がキュンとなる写真もある。
 涙が、ごっくん・・・あかんあかん。
 
 洗濯機を回しながら、ファイル整理にいそしむ。
 次の仕事を始める前に、できるだけ整理整頓をしておかねば。
 今でさえ、資料探しでパニック気味だからね。

 片腹空いて、トマトとチーズのサンドイッチ。
 
 夕食用に白菜鍋を準備する。
 白菜、榎茸、遺伝子組み替えなし国産100%大豆豆腐など。
 して、メインは、三陸沖海岸で採れた生ワカメ也。
 生ワカメは、実は肉より高価なのだ。
 久々にヘルシーメニューやな。

 今日はいい天気。
 晩冬なのに小春日和。
 お布団をパンパンと叩いて部屋に取り込む。
 ちょっとだけお日様の匂い。クン。

 昨日はちょっと傲慢に書きすぎた。反省、反省。
 自分だって小粒なのにね。
 でもね、頑張っている知り合いの記者の人が多いだけに、
 逆に腹が立つんやね。
 もう言わま。

 部屋の整理、思っていたより進まない。予定していた1割ほど。
 それほど整理整頓出来てなかったこと。
 ふぅへぇ~。

 まあ、あわてても仕方ない。
 ゆっくりやるべ。
 風呂はいろ。


 
 雨季で水量が少なくなった川。
 ビルマ・タイ国境線でもある。
 ザブザブと川のど真ん中を遡る。

 kawa4
 -国境?
 オラには関係ないね。魚を捕って生活するだけだもん。
 
 堂々とした歩き方に、そんなつぶやきを想像してしまう。
 グアテマラとエルサルバドルの国境、或いは
エルサルバドルと
 ホンジュラスの国境線の川でも同じようなことを思った。

 「国境線」という人為的なものに振り回される現代。
 そんな表現は、鼻の曲がる腐敗臭を放つ手垢がついている。

 では、人の生活と国境(線)をどう表現したらいいのか。
 大きな課題であり、挑戦である。




 3時過ぎ、連絡業務を終わらせ、朝刊に目を通して寝入る。
 朝9時過ぎ、目が覚める。グズグズと起き出す。

 おお、天気がいいやんけ。
 いそいそと布団を干す。
 
 机の前に座り、さ、やろか。
 とりあえず目の前に差し迫った締め切りはないので
 (2月末~3月までに4本だけ)、ゆっくりとした気分になる。
 ・・・おいおい、それでよくフリーランスやってるなぁ。
 
 でも、焦っても仕方ない。為るようにしか為らん。
 そう、そうやってゆっくりとした気持ちで新聞の切り抜きをする。
 
 最近、とみに新聞は面白くないと感じていた。それ故、切り抜く
 記事の分量も極端に減っていた。
 
 が、今回は結構な分量を切り抜いていく。
 紙面がなんだだ面白いんだな。
 何故だ。
 時間がないときは、見出しと記事の出だしを(バーコードの
 読み取りのように)ピッピッと見るだけだった。
 
 だが、今日はじっくりと読む。すると、確かに10年ほど前に
 比べて、記事の粗雑さ(というかグーグルに頼り切った記事)
 が目に付くが、なぜか面白く感じる。

 ツッコミどころ満載。
 --------------------------------------------------
 8月25日に「地雷除去車、アフガンへ」という記事を見っけ。
 と、
 31日に「地雷のない平和な世界のために。」という"全面広告"
 が出ているではないか。ちょいとこれ、分かり易くない?
 
 記事の内容や広告の内容をあれこれいっているのではない、その
 「出し方」が気になったのである。まあ、「業界の人」には当た
 り前なのだろうが。
 --------------------------------------------------
 0年9月の選挙を前にして、各党の集会の様子が写真記事に
 なっている。

 「えいえいおー」とかけ声と共にこぶしを突き上げている。
 で、なんで、みんな腰に手を当てるのだろうか。
 これが面白い。
 --------------------------------------------------
 8月12日の「ニッポン 人・脈・記」
 この写真の使い方(中曽根氏と後藤田氏の顔写真)はちょいと
 なあ。あまりにも紙面編集者の意図的が出過ぎで、紙面構成を
 壊している・・・雑誌ならOKだけど、新聞ではやりすぎ)
 --------------------------------------------------
 「どっち?」
 「絵の構図は、どちらがいいでしょう」
 
 art1
 よく見ますね。
 紙面の下半分を使っての「アート・タレント・テスト」

 「アートは、ウマイとかヘタではありません。大切なのはセンス
 や感性。・・・・・」
 こういうセンスも感性もない広告がホントいいなあ。
 --------------------------------------------------
 記者の人から(複数)「新聞写真には限界があるからなあ」と
 聞く事がある。
 で、1月1日の「花王」の広告写真を見ると、う~ん、なかなか
 やるやん、って思ってしまう。
 
 広告用に撮られた写真だとしたら、上手すぎる。
 くそう!、ううう、さすが!、っていう感じ。
 --------------------------------------------------
 塾の広告を全面広告で見るのは、どうも気が滅入る。
 日本の公教育は「破綻」しているのだが、それを誰もが感じて
 いるはずなのに、それを指摘するはずの新聞が黙って、さらに
 その潮流に棹をさしている。
 
 う、一面の社名の下に堂々と、塾(関係)の広告を入れてたんだ。
 ま、さもありなん。
 --------------------------------------------------
 池内恵さんのエッセイ「イスラム教という知的課題」を読む。

 (フランシス・フクヤマ、サミュエル・ハンチントンへの
  批判に対して)彼は、こう言う。

 -こういった批判はそれなりに当たっている部分もあるが、
  いままさに進行している歴史の展開の背後にある理念を
  大づかみにとらえようとする議論には、精緻な研究と別
  の魅力がある。本を読むということは自由にものを考え
  る訓練をするためなのだから、大胆な仮説は仮説として、
  世界を見て考えるきっかけにすればいい。

 私の回りにも研究者や学者(何がちゃうのやろか?)が多い。
 話を聞いていて、時に、なんでそういう目の前の小さなこと
 に拘泥するのか、と。

 問題は、議論の進め方や資料のことではない、と思うのだが。
 読者のとして知りたいのは、どうしてあなたはそれに関わる
 のか、何があなたの関心事なのか、それを言う(書く)こと
 によって、あなたは何を言いたいのか、である。

 「論文を書くため」というのが、まずありきというのがなあぁ。
 ちょっと、視野、狭くない?
 うわ、↑この一言でまた友人を減らしたな、へへへ。

 書きたい、伝えたい-それをグイグイ推し進めることによって、
 「あなた方と共有したい」というメッセージを感じさせておくれ、
 よね(じゃあ、おまえはなんなんだ、というのは別の話)
 --------------------------------------------------
 大御所、梅原猛さんの記事を読んでいて、「自然との共生し、」
 というのが気になった。

 他民族、他性、考えや生き方の違う人との共生、それは分かる。
 基本的に、対等だもの。
 でも、人間と自然が共生する、ってのは、人間と自然が対等、
 っていうこと。それこそ人間の驕りのような。

 人間は自然に大きく包まれた、ほんの小さな一部でしかないと
 思うんだが。もっと謙虚にならなくては(<まず、おまえが
 謙虚になれ!、ってかいな)
 --------------------------------------------------
 1月25日(水)に『朝日新聞』が創刊127周年の全面広告
 記事を出していた。

 -言葉は
  感情的で、
  残酷で、
  時に無力だ。

  それでも
  私たちは信じている、
  言葉のチカラを。

 はい、それは分かる。
 だからか、この広告に"そんな"写真を使ったのか。
  
 この全面広告の写真はおそらくは「9・11」の写真だろう。
 それをこのように広告に使った時点で、あなた(方)は、
 ジャーナリストとして死んでしまっただろう、と思う。
 
 この「9・11」のイメージで、あなた方は何を言いたかったのか。
 このイメージを使うことによって、言葉のチカラは死んじまったよ。
 それが分かってるのか。
 イメージに負けてしまったのだよ。

 さらに、広告とはいえ、この写真には"キャプション"がないのだよ。
 著作権者の名前はある。だが、写真説明がないのだよ。
 広告だから・・・ってすますのか。

 エージェンシーから写真を買うときには、キャプションが付いて
 ただろう。どうしてそれを消し去ったのか?
 
 言葉のチカラを信じるのは勝手だ。
 でも、その言葉とは、たんに情報でしかないように思わざるを
 得ない。そこにはニンゲンの存在を感じられない。
 
 ジャーナリスト宣言?
 記者(ジャーナリスト)を社員扱いしてるじゃないか。
 哀しすぎる。
 --------------------------------------------------
 じっくりと新聞を読んで、却って無力感にさいなまれたわ。
 もうそろそろ違う新聞が読みたくなった。
 他新聞の勧誘が今来たら、おそらくは乗り替えるだろうなあ。
 
 で、今日の新聞を読むと、
 おお!「かたえくぼ」に載ってましたね。
 --------------------------------------------------
 子育ての極意
 
 早めの子離れ
   
 -武部幹事長
 (松山・仙彦)
 --------------------------------------------------
 お父さん、大活躍やん。

 今日は晴れのち曇り。
 パーフェクトな布団干し日よりではなかったけど、まあ、
 由としよう。
 16時半過ぎ。冷たくなった布団を取り入れる。

 21時過ぎ、やんわりと切り抜き終わる。
 結構、じっくり読んだな。新書2冊分くらいかな。
 肩コリコリ。

 ビュンとスーパーに買い物に行く。
 今日はご褒美、ツタヤに寄る。
  "SUPER SIZE ME","NEW POLICE STORY","the interpreter"
 あともう一本、トム・クルーズかトム・ハンクスか。
 ちょいと迷う。で、前者を選んで、 "WAR OF THE WORLDS"

 ビュンと家に戻り、お菓子とダイエットコーラを片手にDVD
 をセットする。

 まずは、"SUPER SIZE ME" から。
 今流行の、マイケル・ムーア流のドキュメンタリー手法の映画
 (あ、ドキュメンタリーか)
 
 いやいや面白い。映画より、挿入されている場面が。
 こういうのってマクドの映像著作権はどうなってるんだろ。

 そういや98年、ボストンのマクドナルドに入り、ビッグマック
 のお粗末さに唖然とした事がある。
 
 その後、新聞で、グアテマラのマクドのことを書いた事がある。
 (ちょいと提灯記事っぽかったけど←いや、そのものやん)
 今となっては深く反省。

 映画の一場面。
 --------------------------------------------------
 (ダイエットに成功したサブウエイ 広報担当 J・フォグル)
 さんが中学生(?)相手に講演する。

 -僕はタバコも酒もクスリも─
  やらなかったが大食漢だった

  気がつけば体重は なんと190キロ
  ・・・・・
  ・・・・・
 (講演の後、聴衆者との会話)
 -あなたの話には励まされたわ
  (太るのは)だから家系なの
   太らないように努力を

 -でも子供だから大変だよね
  誘惑が多いし・・・

 -イジメられるし

 -分かるよ でも周りは変わらないから─
  自分が変わるしかない

 -とても ためになったわ
  自分と同じ体験をした人の話だから
  でも彼の言うように─
  ・・・・・
  ・・・・・
  体験者は"君にもできる"って言うけど─
  そう簡単じゃないわ

 R・イングリッシュ 天才アーティスト(は語る)
 -米国はマクドナルド化された
  昔のアニメで背景がグルグル回る
  それと同じだ
  
  Kマート ウォルマート マクドナルド・・・
  どこへ行っても同じ
  
  セザンヌは窓から山眺めて着想を得た
  僕の部屋の窓からは広告看板やポスターばかり
  だから着想は それだ
  
  ----------
  子供は1年に1万件の食品テレビCMを見る
  その95%は 甘いシリアルやファストフード
 
  だが1年間 1日3食 親が子供と食事を─
  共にすれば相当な栄養情報を 宣伝できる

  アニメのキャラは人気者もマックでなくオレンジを宣伝
  ブリトニーモペプシでなくラディッシュやレタスを
  
  親に1000回機会があったとしても
  食品産業のは1万件
  勝ち目はない
 --------------------------------------------------
 かなり挑発的で刺激的な内容。
 なかなか負けない人がいるのだな、と。
 でもどう評価していいのか分からない。
 うむ。
 
 あ、日付が変わった。



 ビルマで一番人気のあるスポーツといえば、やはりサッカー
 である。

 
 町を歩いていて、こういう風景にはよく出くわす。
 かなり熱くなってプレーしているし、そばを通っていると、
 どうもサッカーボールがこちらに飛んできそうで怖いのである。
 
 おそるおそる歩いていると、ほぼ間違いなく、ボールが飛んで
 くる。いざ、写真を撮るために前に出ると、そういうときには
 ボールは飛んでこない。

 欲しくないときに来て、欲しいときには来ない。
 う~ん、こんな所にも世の中は都合よくできていないのだなと
 感じ入ってしまう。


 tama1
 タマネギを入れる大型ネットを再利用して作ったゴールネット。
 手作りの温かさがあるね、うん。

 サッカー以外に人気のあるのは、チンロンですね。
 タイではセパタクローと呼ばれている蹴球。
 
 tama2
 仕事を終えた男たちが、ロンジーをまくし上げ(お尻をむき出し
 にして)竹のボールをけり合う。夕暮れの下町ではよく見る
 光景。
 人と人とのつきあいを感じさせるのだ。
 うん。




 久しぶりに朝まで作業。
 5時過ぎ、朝刊を読んで寝入る。
 
 9時過ぎ、寒さで目覚める。
 あまり眠たいくない。
 そのまま仕事を続ける。
 
 あ、バナナを切らした。
 お腹空くなあ。

 12時過ぎ、なんとかホームページの改造の形が整う。
 トップページはあまり変わらないが、その次のページを変更する。
 
Yuzo's Photo World もいよいよ Ver.9 になった。
 1995年目からちょうど12年目。
 我ながらよく続けているなあ。

 新聞の切り抜きを始める。
 昨年の9月分からさかのぼる。4ヶ月前の情報を改めて再確認
 していく。見出しを見るだけでも面白い。いろんなことがあり
 すぎる。情報の波に流されそう。

 17時過ぎ、ビュン、と出動。阪急六甲の待ち合わせ。
 カンボジアから一時帰国の、文字通り love ちゃんと再会。
 おお、カンボジアからの留学生を伴って出現。
 おおお! なんと2人ともカンボジアの人に見えるではないか。
 
 髪の毛を伸ばして、これまたべっピンさんになっているではあり
 ませんか。びっくり。

 喫茶店でガトーショコラのケーキセットを頼む。
 しかし、いよいよドクター3年目ですか。今後の研究テーマを
 どうするのか。う~ん、カンボジアはあまり知らないし、まあ、
 思いつくまま話す。要はカンボジアなるモノは本当にあるのか
 どうか。

 して、話は違った方向へ。
 「で、で、で、あかんやないですか」と窘められる。
 へえ。そういうもんです。
 それが大人の世界ですよ、と。

 幸せになりたい、と願う人が多い中で、その潮流に抗っても
 よいではないですか。悪人と呼ばれても、ええんですわ。
 正解のないのも、答えのないのも、それもまた人の生き方、
 ちゅうのですわ。
 
 いろいろと話をする事で、あ~、自分はそんなコト考えてたんだ、
 そんな風に感じてるんだ、と思う事多々あり。やっぱり口に出す、
 っていうことも大切なんだ。自分で自分に説教しているみたいやな。
 やっぱり安楽な方向へむかってはあきまへん。
 
 人肌恋しくても、グッと我慢なのだよ。ウン。
 休んでいるほど、この世は優しくないよ。ウン。
 そんなヒマなし。もっと自分に厳しくあれ。
 20時過ぎ、散会。
 
 ビュン、とスーパーへ。
 白菜1/2が赤札50円引き。
 うひょ、うひょ。白菜鍋をしよう、っと。
 夜食のお供も忘れずに、ね。

 ビュンと家に戻る。
 
 ガスの検針が来てた。
 うわわ・・・今月は一気に1万円近い請求。
 先月が1000円ほどだったから、一気に10倍の使用量か。
 やっぱり温風器のせいやな。ま、器具は使うためにあるもの。

 22時過ぎ、電話が鳴る。
 ここの家賃は激安ですよ。おそらく他の物件は高いはず。
 ガハハ、とぐっちゃら。で、ミカン期待してますよ。
 
 さ、新聞の切り抜き続けよか。
 8月末の記事の見出しに「増える熱帯夜、・・・」とあった。
 ほんま、こんな寒い1月末に読む内容ではないなあ。
 でも、頭ではなく身体性をかんがえると、これも必要なコト。
 
 常識的に考えるクセから、どうにかして道を踏み外すクセを
 つけねば。
 ふむ。さて、どうやって。



 
 モスクに撮影に行った。
 エルサレムの方角に向かって礼拝を繰り返す男たちがいた。
 
(1月4日のブログ参照)
 musulim2
 祈りが佳境に入ると、男たちは突然、隣の人と手を結び始めた。

 そういえば、キリスト教の礼拝も、隣人と手を結んでいたような
 覚えがある(かなりウロですが)

 仏教、はというと、ここビルマでは南方上座部仏教なので、
 黙々と独りで修行に励むのである。そこに隣人との連帯は
 ないのである。
 muslim1
 あ、この写真。今月号のイラワジの表紙やん。
 後でちゃんと請求するからね。


 
 
 7時過ぎ目が覚める。なかなか健康的やん。
 天気が良いではないか。思わず布団干し、パンパン。

 牛乳をがぶ飲みし(本当は身体に悪いそうな)、して、
 机の前に座る。
 
 ペチペチペチペチペチ&ペチペチペチペチペチ。

 11時過ぎ、歯医者へ。
 前歯の欠けたところを修復。
 ギリギリギリィ~ン。痛い(>_<)、涙が出たよ。
 でも、びっくり、その場で修復できた。
 そのテクノロジーのすごさに驚く。

 S歯医者さんから写真集写真出版のお祝いを頂く。
 いつもいつも、お世話になります。
 また、頑張らねば。

 ビュン、とコンビニへ。支払いとコピー。
 ビュン、と郵便局へ。支払い。
 ビュン、と銀行へ。振り込み。
 う、う、う。一気になくなった。ま、これは、いわま。

 自宅に戻って、アセロラをがぶ飲みし、作業続行。
 ひたすらペチペチペチペチペチ&ペチペチペチペチペチ。
 やっとこさ形が見えてきた。

 100円シューマイで昼食。
 結構美味い。

 午後から曇り空。
 あわてて布団を入れる。

 ブロッコリーカレーを作る。
 ぐぅえ、食べ過ぎた。胸焼けするやん。

 ひたすら作業続行。
 
 本を読みたいのに。
 映画を見たいのに。
 散歩行きたいのに。
 原稿書かなあかんのに。
 
 考えたら頭が痛くなるので、思考停止になろう。
 くっ。



 朝早くから托鉢中のお坊さん。
 独りで回る僧あり、集団で回る僧あり。
 (この2つの違いを聞いたんだけど、忘れちまった)

 obosan1
 人とのつきあい、忍耐ですね。
 ときにわざと無視されることもあろうに。

 obosan2

 obosan3
 たいがいはちゃんと対応してもらえるのだ。
 ビルマ社会ではお坊さんはえらいのである。

 obsan4
 おいおい、後ろのオッサン。
 おまえさんも偉そうやな。




 拝辞さんに電話。自分で自分の予定がよく分からなくなる。
 何、混乱してんだろ。話をしてたら、思わず愚痴ばかり。あらら。
 
 もう寝よう。

 6時過ぎ目が覚める。
 うつらうつらラジオを聴く。夜明けも早くなった。
 気づいたら、もう明るくなってる。確実に春に向かってるね。

 机の前に向かって連絡業務。
 ようやく先が見えてきた。

 昼までウエブ再構築の準備。
 う~、よく分からん。どうしたらいいのか。
 餅は餅屋にまかせ、だけれど、先立つものがないよん。

 新聞を開く。
 --------------------------------------------------
 チッソ 「水俣病、終息へ」
 謝恩会であいさつ状
 国賠弁護団は反発
 --------------------------------------------------
 先日東京にいったとき、久しぶりにテレビを見た。
 NHKアーカイブスで偶然、「水俣の17年」(?ちょいとうろ
 覚え)というのをやっていた。

 思わず番組に見入ってしまった。そこには自分の全く知らない
 水俣があった。言葉が出なかった。じっと見入る。淡々した番組
 に胸が痛い。
 
 ちょっとした不都合で愚痴をこぼす自分が情けない。
 水俣病に冒され、なおかつ自分の身を責める人びとの優しさと
 ナイーブさに涙が出そうだよ。

 昔のNHKは良い番組を作っていたし。

 最近、『朝日新聞』の記事に大きなギャップが見られる。
 (自分にとって)良い記事とそうでない記事が一目瞭然。
 ベタ記事でも「本社主催の懇談開催」っていうのを載せるなよな。
 恥ずかしくないのかな(ないのだろうなあ)

 と、「オン・ザ・エッヂ社長時代」の堀江氏の写真が出てた。
 おお、この名前どこかで・・・。
 自分のメールボックスをチェック。
 --------------------------------------------------
 宇田 有三様

 平素○○○をご利用いただきまして
 誠に有難うございます。
 エッジ株式会社の○と申します。

 突然のメール失礼致します。
 弊社で把握しておりますお電話番号に誤りがございますようです
 のでメールでのご報告となりますことお許しください。

 早速ですが、昨年の9月より○○○を弊社の子会社とし
 運営してまいりましたが、諸事情によりまして、8月末を持ち
 まして終了することとなりましたため、ご報告いたします。
 突然のご報告となり大変ご迷惑をお掛けしておりますが
 詳細をお電話にてご報告させていただきたく存じます。

 宜しければご連絡先をお伺いできますでしょうか。

 ご連絡お待ち申し上げております。
 何卒宜しくお願い致します。
 --------------------------------------------------
 ほんと、迷惑だったよ。
 ま、その分、デジタル時代の社会と会社の浮き沈みを(陰な
 がら)目の当たりにすることができてよかった。 
 よい経験になった。

 ビュンと三宮へ。
 マットを受け取り、ビュン、と大阪へ。
 梅田から地下鉄谷町9丁目下車。
 改札を出るとき、あ、料金不足。
 
 「地下鉄・バス ニュートラム 回数カード 3300」が切れた。
 あらら。

 お腹空いた。
 松屋にて昼食。
 おお、野菜が大盛り。嬉しいやんけ。
 
 テクテク歩いて大阪国際交流センターへ。
 14時~15時まで展示の打ち合わせ。
 マジシャンK氏も参加。遠いところご苦労様。

 梅田戻り。紀伊国屋で本を買い込む。
 藤原章生『絵はがきにされた少年』、内田樹『知に働けば蔵が
 建つ』『子どもは判ってくれない』、内田樹/平川克美『東京
 ファイティングキッズ』、内田樹/釈徹宗『いきなりはじめる
 浄土真宗』『はじめたばかりの浄土真宗』
 
 う、未読の本が山積みなのに。ま、ええか。
 積んでたら読むやろ。

 16時半、"BIG MAN" 前でTA氏と合流。
 3番街のおしゃれ中国喫茶へ。
 モバイルギアを引き渡す。これでバンバン書いてね。
 18時、散会。

 ビュンと三宮に戻り、久しぶりに食料品を買い込む。
 野菜の値段が高値で落ち着いている。その中でも、ブロッコリー
 100円、エノキ茸100円、バナナ100円、紫蘇ノリ納豆
 100円、赤身肉、牛乳などなどを買う。

 ちょっとゼイタクだけど、健康のためアセロラも忘れずにね。
 (どこがゼイタクやねん)

 ビュンと家に戻る。
 やけに寒いなあ~って思ったら、窓を開けっ放しやった。
 う~、ぶるぶる。

 めかぶとろろを食べてて、何の気なしに容器をひっくり返したら
 「異性化液糖」ってのが使われている。なんだこの添加物は?
 ネットで調べる。ふうん。

 天然の「めかぶ」だから健康的な食品だと思ってたけど、
 ちゃうんやな。なんか騙された気分(ま、自分の勝手な思いこみ
 が悪いんやけど)
 ふん。

 ま、お菓子をバリバリ食べてて、どこが健康的やねん。
 お腹がいっぱいになったら、眠たくなってきた。
 今日は早めに寝よう。
 23時半過ぎ、就寝。 

 

 farm15
 真っ青な空の下、農作業に向かう。
 (マンダレー管区)

 farm16
 真っ青な空の下、稲刈り。
 (シャン州)


 
 おおよく寝た。ちっちゃな目もパチクリとなる。
 6時半過ぎから起き出す。
 8時前には机の前に座る。

 ええ天気や。
 暖かい。
 カーテンを開けると、きつい日差し。
 窓を開けて、空気の入れ換え。
 畳の上にゴロン、となる。

 ひたすら、たまった連絡業務をこなしていく。
 この1週間に出会った、新しい人、 古い人 懐かしい人への
 メッセージを書いていく。

 請求書を書く。
 領収書が見あたらない。棚・押入のファイルをひっくり返す。
 やっぱりないわ。トホホ。

 支払い予定を計算。
 うわうわ、うわぁ。

 冷蔵庫空っぽ気味。
 キャベツとニンジンと白ごまと麺でお昼。
 
 ラジオを聴きながら、今回のライブドア・堀江氏逮捕のことを
 考える。

 やっぱり生物学的な人間の身体性に思いを馳せる。
 -そやな、肥大した脳細胞の欲望は際限がないのやな。
  その分、身体の欲望は、限界がある-食べる、寝る、
 性交する。
 どれも満足したら、やめるもん。
  
  食べ過ぎ、寝過ぎ、交わりすぎ(?)
  いづれもほどほどで満足するわね。
  でもお金儲けという前頭葉だけの欲望は飽くことがない。
  そういう世界なんやな。

 東京の報告会でのこと。
 JR中央線に乗っていた時に見た看板-織田服装専門学校。
 ODA-織田-を、ODA-Official Development Assisitance.
 外務省の政府開発援助と無意識的に結びつけてしまった。
 
 朝、ホテルでテレビを見たときの事-「BSE(牛海綿状脳症)
 対策で除去が義務付けられている牛の脊柱(せきちゅう)
 (背骨)が米国産牛肉から見つかった問題」のニュースを
 やっていた。

 脊柱のアップがテレビ画面に映し出されていた。
 米農務省の「検査済みシール(?)」がアップになった。
 そこには、う、USDA、と。
 もちろんこれは、 United States Department of Agriculture
 のはず。
 
 でも、この文字を見て真っ先に頭に浮かんだUSDAは、
  Union Solidarity and Development Association でした。
 あちゃあ。

 最近、どうも一つの事だけに没頭しすぎや。
 バランス感覚を保つためにも頭の切り替えせなあかん。

 ツタヤから新しいカードが届く。
 あちゃあ、このデザイン、なんじゃこりゃ。ちょいと
 頂けない。
 
 ウエブ用のカレンダーを2種類作る。



 tanada1
 収穫の終わったシャン州の棚田。

 ahiru1
 アヒルの飼育。
 畑でエサをついばみ、お腹いっぱいになって、帰路につく。


 
 よく喋ったなあ。
 JR京浜東北線に乗って帰る。最後まで一緒だったのは、MG
 さんでした。4月から大阪戻りですね。

 AMPMに寄り、夜食とパックのお茶1Lを買ってホテルに
 戻る。日付が変わって、ホテルに戻る。
 
 TVを見ながら、お弁当を食べ、グズグズしてたら、知らぬ間
 に寝ていた。

 部屋が乾燥しすぎでノドがカラカラ。
 ノドがひきつって3時過ぎ、目が覚める。

 9時過ぎ、起きる。
 シャワーを浴びて、頭をすっきりさせる。
 10時ちょうど、チェックアウト(10時のチェックアウトは
 ちょいと早過ぎるなあ)

 神田駅前でコーヒーを飲み、『毎日新聞』を読みながら、ふぅ、
 リラックス。
 
 10時半過ぎ、秋葉原のKSへ。う、開店は11時か。
 しばし横のミスドでドーナツとアイスコーヒー。
 11時の開店と同時にKSに飛び込む。2階で中古のPDA、
 R330を2台買う。

 不慣れな店員(ちゅうか、確認事項がなってない)
 先週18日に買った値段で売ってくれない。
 「それは、週末料金でしょう」-あのね18日は水曜日ですよ。
 「それは、正月料金でしょう」-あのね、前回買ったのは、
                18日ですよ。
 まったくこれだから量販店わっ。

 mgear
 モバイルギアR3304台。こんなに持ってどうするの。
 
 1台はTA氏へ流れる予定。1台は故障(修理不可能)
 1台はメインで使い。もう一台は万一のためのバックアップ。
 (古い機種だから、今後極めて手に入りにくくなるだろう)

 しっかし単3乾電池2本で20時間使えるテキストPDAは
 今後世に出ないだろうなあ。
 
 とりあえずカードに残っている前回の購買記録を確認してもらい、
 2台購入。

 11時15分過ぎ、いそいそとJR秋葉原駅前へ。
 改札口前で新人写真家のS君と会う。

 駅前のレストランでランチを食べながら、写真関係のお話。
 前回の取材写真を見せてもらう。

 おお!
 イメージの作り方、撮り方、とても「上手く」なったね。
 ハッキリと見てわかる。なんだか自分の如くうれしくなる。

 膨大なプリントをみせてもらう。 
 ニカラグア、グアテマラ、ペルー、メヒコ、キューバ等。
 やっぱり時間をかけて撮ったモノクロイメージはしっかりして
 いる(でも、カラーはちょいといただけなかったが)

 フォトジャーナリストとして、フォトの部分だけを語るのも
 また悪くない。ふむふむ。
 フットワークの軽いS君の今後が楽しみだ。
 
 1時過ぎ、急ぎ東京駅へ。
 13時33分発の「のぞみ」でビュンと神戸へ。

 車中、拝辞さんから借りた中沢新一『僕の叔父さん 網野善彦』
 を読み始める。

 静岡の手前(?)頃、雪化粧の真っ白な富士山を臨む。
 いいな。写真に撮ろうと思ったが、網膜に焼き付けることにする。

 『僕の叔父さん、・・・』。思ったより面白い。
 面白いのは、本の内容というよりその考え方から刺激を受ける。
 フムフム。フムフム。フムフ~ム。

 17時、帰宅。郵便物はそんなにたまっていない。
 カード更新のお知らせあり。新聞が冷たくたまってる。

 ふぅ~、疲れたわい。
 お湯を沸かして、コーヒーをたてる準備。
 荷物を解いて、ちょいとリラックス。
 ごろり。
 この2日間の東京行き、1週間分にも匹敵する充実感。
 というか、時間では計ることのできない深さ。
 
 とりあえず、あの人にもあの人にもあの人にも、あの人にも、
 みんなにありがとう、と心の隅から(イヤな表現だけど)言いたい。
 ホントに素直に。
 ま、そういうことです。

 メディアは、堀江氏逮捕一色
 ま、そうやろな。



 hatake13
 炎天下でお豆の収穫。

 hatake14
 炎天下でお豆の収穫。
 「兄ちゃん、お菓子食べてく?」
 大変な仕事にかかわらず、見知らぬ人に、ありがとう。


 
 7時半過ぎ起きる。
 いそいそと大浴場へ。ふぅ~、朝風呂は気持ちいい。
 強烈バブルジェットで足の裏をマッサージ。
 気持ちいい。うぅぅ。涙が出そう。

 鼻の右にできたおできが痛い (>_<)

 9時半、池袋のいつもの待ち合わせ場所、エクセルへ。
 席を確保して、コーヒー買ってたら、ちょうど研究者の I さん
 が現れる。で、お約束通りの件。

 しばし近況交換。この度の冒険談を披露。
 と、しばらくして I 氏登場。
 3人して、かの国の現状報告と分析とうわさ話をぐっちゃら。

 13時、下町暮らしのあの人へ電話。
 あれ?留守番電話になってる。
 で、折り返し電話あり。
 「すいません。電話で目を覚ましました」と。

 おお!、まだ寝ておりましたか。ま、数少ない休みの日だから
 仕方ないですね。では後ほど。ほんに仕事しぃやな。

 JRではなく、地下鉄・丸ノ内線~千代田線と乗り継ぐことに。
 が、これは選択ミス。淡路駅での乗り継ぎに460mも歩か
 されるハメに。うわ、これは一駅分の距離ですよ。

 千駄木駅で下車。雪がまだ残る冷やっこい団子坂に出る。
 10分ほどでOKY氏現る。
 さすが寝起きですね。身体は正直。
 お化粧のノリが悪いね(いらんお世話やな)

 テクテク歩いて、下町のおそば屋さんへ。
 ほんにこの下町の雰囲気は、なかなか良いですね。
 山菜そばとご飯をごっTZあんです。 

 で、近況の交換とそれぞれの仕事の具合をぐっちゃら。
 ウダ企画へのカンパ12万円は、ウダユウゾウ(+α)個人
 へのカンパではないということで、そのままありがたく頂戴
 致します。
  どうもどうも感謝です。これで計37万円のカンパなり。

 誰にも頼らないと豪語しているフリーランスとしての立場を
 崩したくないが、ここまできて頑なすぎてもあきまへん。

 こうやってカンパを受け取ることで、これまでの取材姿勢を
 崩せないというプレッシャーにもなるのだよ。
 それに、OKY氏からということで、敢えて引き受けましょう、
 と。(なんや、偉そうな意味づけやな)

 テクテク歩いて、雰囲気ある陶器屋さん兼お茶やさんへ。
 テーブルは一脚のみというお店。
 お茶を飲んで、ぐっちゃら。
 で、一息ついて店の中を見学。
 hizashi
 冬の日差し、暖ったかい光だね。
 首筋の傾きで疲れを表現するなんて、女性ですね
 (む、む、難しい表現だな)

 16時前、散会。
 別れ間際に、おみやげ頂く。
 
 cake2
 やはり甘モノ。レモンビスケットですね。
 どうもサンクスです。
  
 テクテク歩いてJR日暮里へ。
 神田下車で駅前のビジネスホテルへ。インターネットで予約。
 日曜夜の予約は安いね(5850円)
 部屋は狭いけど、なかなか機能的で快適な部屋。
 お布団がすばらしい。値段次第ではここを定宿にしたいくらい。

 18時、京浜東北線で王子下車。北トピアの報告会会場へ。
 7Fの会場に着くと、まだカギがかかってた。
 奥の待合い席に、おお、ビルマの大御所USさんが居てはる
 ではないですか。一番乗りですね。
 大御所なのに偉そぶらない。
 BのP風USさん、ええですね。
 
 18時過ぎ、会場開き、報告のセットアップを始める。
 が、プロジェクターとラップトップの接続が上手くいかない。
 ちょいと冷や汗もの。
 
 4台のラップトップのどれとも不都合や。
 CDドライブがない。プロジェクターの接続R232の接続端子
 がない・・・。う~、う~。焦るよ。

 思いあまって担当者のMさん、家に自分のラップトップを取りに
 帰ってくれた。

 私の報告の前にお坊さんの講演と韓国から来たNGOの
 活動家Sさんの報告がなかったら完全にアウトやった。
 で、約20分後、 なんとかセットアップ完了。
 ふぅ~、報告の開始ちょうど5分前
 だったぜ。ひゅ~ぅ。
 
 19時半から21時まで、グッチャラびっしり報告。なかなか
 反応の良い報告会でした。報告会後、参加者の方々から
 写真集へのサインと個人的な話が相次ぐ。
 時間が足りないよぉ。

 会場で、久しぶりに会う人、多し。
 5年ぶり(?)に会う、Tさん、2年半全く会わなかったのに
 この1月で2度会ったTさん、ビルマ人のMGさん、タイで会
 ったきりのKさん、胸ワクワクしますわ。

「ブログ読ましてもらってます」は、禁句ね。

 cake3
 で、嬉しいことに、またまた、また甘いお菓子を頂く。
 
 kinen3
 報告会の後、懇親会。
 おいおいTさん、嬉しいハグしてくれるじゃないか。
 
 ハイテンション気味のウダ節を交えつつ、ぐっちゃら。
 アルコールも入ってないのに、我ながらよく喋るなあ。
 てへへ。



 
 hatake10
 残り穂の田圃で働く子どもたち。
  
 hatake11
 アヒルのエサのため、残り穂の田圃からかき集めた
 稲穂を持ち帰る。

 タングーからマンダレーまで流れてきた親子。
 後部座席の子は、とうてい13歳とは思えない小柄な
 身体。



 あっ、と気づいたらもう日付が変わってた。
 やっぱり無いか。
 ま、これまでとしよか。で、検索終了。
 (で、何調べてたんだろ?)

 ラジオを聴いて、落書きの判決へのコメントにちょいと
 腹立たし。
 反論をおくっちゃろか。

 ニコンのフィルムカメラからの撤退。さらに、コニカミノルタの
 カメラ事業からの撤退を聞いて、再度フィルムカメラとデジタル
 カメラのことを思う。

 かつてパースエクスプレスに次のように書いた。
 --------------------------------------------------
 「『デジカメ』一考」

 「 [・・・] 前回、イラクから帰って心から思ったけど、
 やっぱり平和というのはいいものです。日本で満開の桜を見て、
 それを楽しむ人たちを見るだけで、涙が出そうでした。

 ありがたいことだな、と。できれば世界中の誰もがこの幸せを
 感じられればと思うのだけど。自分にできることといえば、目
 の前で起こっていることをなんとか伝えることと、こうして心
 ある人にメール書くことくらいです。」

 友人から先日、個人的に録画していたテレビ番組(『フリー映像
 ジャーナリストたちの記録』NHK・ETV特集)を借りた。

 番組の中で、多くのジャーナリスト達は、現場で取材することの
 意義やそれを日本で報告することの大切さを語っていた。私は
 その中で特に、2004年にイラクで殺害された、故小川功太郎さん
 の残したメモの中身を読み上げる部分がなぜか印象に残った。

 番組中のその箇所は、少々大袈裟気味に、桜の花びらが舞う中を
 人々が花見をしている様子をソフトフォーカスで表現していた。
 視聴者に心情的なイメージを押しつけ過ぎて、ちょっとやり過ぎ
 かな、とも思った。

 だが、小川さんのメモを読み上げられるにつれ、私自身が過去、
 ジャングル戦を続けるゲリラに従軍し、心身共にヘトヘトになっ
 て町に降りてきたことを思い起こさせた

 やっぱり、その感覚の通りだな。
 
 厳しい取材から戻ってくると、それまで当然だと思っていた日々
 の喧噪など一変していた。それこそ新しい世界に登場した人間の
 ように、目に入る何もかもが新鮮に映ることがあった。

 信号機が青から赤に変わるのに驚いて、じっと見つめたり。車が
 エンジン音を立てて走っているだけで歓び。「ああ、人が歩いて
 いる(嬉しいなあ)」

 心の中で独り言を言っている自分に気付いたり。町の市場の活気
 ある状況では、自然と顔がにやけてしまう。本屋に本が並べられ
 ていたり(当然のこと)、食堂で人々が食事をしているのを見て、
 「ああ、本当に何の心配なく食べている」と唸ったり。
 
 人間が生きている、生活しているんだ-そう感じるだけで、
 「命のはかなさを反転させた」人間の尊さを心底感じさせられて
 しまった。どうあがいても、人は死ぬのだ。だからこそ、大切な
 モノがあるのだ、と。

 テレビを見ながら、取り立てて意味もなく、そんなことを考えて
 いた。すると、ふと、この数年、頭の中でモヤモヤしていた事柄
 がはっきりしてきた。あ、そうかそういうことだったのか、と。

 実は、何の脈絡もなかったのだが、突然、(フィルム)カメラと
 デジタルカメラ(「デジカメ」)の違いがくっきりしてきたのだ。

 それは、「デジカメ」が登場以来、ずっと違和感を持っていたこと
 だった。

 「デジカメ」が一般化する前、フィルムカメラとデジタルカメラ
 はどう違うのですか?そう聞かれることがよくあった。

 「『デジカメ』は便宜上、カメラの形をしているだけであって、
 あれはカメラではない」と言い続けていた。

 つまり、「『デジカメ』は、デジタル式の記録媒体である」と
 答えることが多かった。
 
 そう表現しても、それが何を意味するのか、余り深くは突き詰め
 ていなかった。つまり、デジタル式の記録媒体とは、どういう
 ことかそれほど理解していなかった。

 それがこの時、故小川さんの語りから、それが何なのか、突然
 思いついたのだ。

 これまでのフィルム写真は、フィルムに影を焼き付ける(+化学
 薬品)という操作によって、写真を形にしてきた。そこには手で
 触ることのできるフィルムという実体があった。

 光の反応によって、フィルムに塗られた薬品に変化を与えただけ
 である。そこには、自然界の感覚を伴っていたのである。
 フィルムカメラは、状態を変化させるという役割を担っていた。

 一方、デジタルとは、基本的に<0>と<1>で成り立っている。
 でも、この<0>と<1>というのは自然界では存在していないもの。

 例えば、リンゴ0個なんてのは、あり得ない。
 リンゴ1個、ってのも、人間が便宜的に「1個」って呼んだだけで、
 生活上「リンゴがある」ということだけだ。
 この数字<1>というのは頭の中だけにある、抽象的な考えである。
 
 「デジカメ」では、<0>や<1>という「無」から、写真イメージ
 という「有」を生み出したような錯覚を起こさせる。

 それは、これまでの単なる化学変化というのとは意味合いが全く
 違う。どういうことかというと、フィルムカメラという物質から
 生み出された映像は、時間が経つにつれ、実体が消滅していくと
 いう前提がある。いわば、寿命があるのだ。
 
 それに反して、デジタルカメラから生み出された映像は、
 寿命がない。

 <0>と<1>のコピーをしていく限りは、半永久的に消えることは
 ないのだ。
 
 私が思うに、ヒトは、寿命あるモノに対してはかなさを感じたり、
 感情移入するものだと思う。

 いつかは自分自身も消えてなくなるものだし、あるいは、自分と
 いう存在が消え去る前に、自分の身の回りに変化が起こり、
 親しい人やいとおしい物体がいつ消失するかも知れない。

 だからこそ、それらのモノに愛着を持つものだろう。そこに存在
 のはかなさや尊さを感じるのだろう。だからこそ、その消え去る
 ものを、はかなさを大切にしたいと思っている。

 だが、「デジカメ」は、イメージとして、そのはかなさとは全く
 相容れない存在を生み出す。記録媒体が劣化しない限り、半永久
 的なコピー的なものを生み出すからだ。

 「デジカメ」は、おそらく記録媒体としては、非常に優秀な機器。
 だから、私も使っている。命を持たないが命のイメージを撮し込
 むことのできるもの。

 なにか物足りない、というより、足り過ぎるのである。
 
 そんなことを考えていると、「デジカメ」にもう一つの違った
 属性があることに気づいた。

 「デジカメ」のもう一つの属性とは、一体何なのか。
 
 その答えを出す前に、私がフィルムカメラを学んだ時のことを
 思い出してみたい。
 
 米国の写真学校で真剣に写真を身につけ始めた時、最初は
 いわゆる35mmカメラを持たせてもらえなかった。

 とりあえず1年の前半は、大型カメラで撮影の基本を学ばされた。
 大型カメラというのは、つい10年前くらいまで、結婚式や学校の
 学級写真の撮影ではよくお目にかかっていた代物だ。

 前後に伸びたカメラ本体に、アコーデオンのような小型の蛇腹が
 ついて、シャッターを切る時に黒い布をかぶる、なかなか手の
 込んだ扱いにくいカメラである。

 15年ほど前、その大型カメラと三脚を持って、米国東部の
 ボストンの町をよくぶらついた。どこで、何を撮影するか。
 それを決めるのが第一歩だった。

 撮影被写体が決まれば、三脚を組み立てる。その次に、三脚の
 上にカメラを組み立てる。露出を露出計で測り、黒幕を被って
 ピントを合わせ、シャッターにつながったリリース(細長い
 ワイヤー)ケーブルを押して、でようやくシャッターを切ること
 ができた。
 
 一枚の写真を写すのに、結構な手間と時間がかかる。
 
 それゆえ、シャッターを切る前から、どうしてその場でその瞬間
 にシャッターを切るのか、意識的にならざるを得ないのだ。

 毎日、その繰り返しをすることによって、自分の身体に、
 構図と光の間合いを測ることを覚えさせていった。
 
 大袈裟かも知れないが、身の回りや風景への見方が変わった。
 歩道に立つ電柱や広告、家の並び方や人の動き、ひとつ一つに
 対して過剰な注意を払うようになった。

 信号待ちをする人の手の位置。駐車中の車の並び方。建物の
 窓ガラスに反射する夕陽の影の濃さ。

 最初は、シャッタースピードや露出の技術的な失敗の繰り返し
 が続く。やがて、自分では結構いいと思った構図が、写真が
 いざ出来上がってみると、全然面白くない構図だったりする。

 シルエット気味に撮ったイメージが露出不足で真っ黒になったり
 した。自分のイメージ作りの失敗が続いた。
 
 フィルムカメラ時代は、失敗から何かを学ぶということができた。
 だが、「デジカメ」にはそれはできないのではないだろう。

 ・・・だが、果たして、そんなに簡単に言ってしまえば身も蓋も
 ないのではないか。ここまで書きかけて、そういう展開も何か
 おかしい、ということに気づき始めた。

 そうか。 フィルムカメラ時代の撮影や記録の意味合い基準で
 「デジカメ」時代のそれを判断すること自体がおかしいのかも
 知れない。

 フィルムカメラと「デジカメ」という比較がおかしいのだ。
 そんなことより、ある一つの時代の中の現象をどう判断するか。
 その判断基準をどう設定したらよいのか。それはその時代のだけ
 でしか規定できないのではないか-「デジカメ」が出現すること
 によってそのことを考えさせられた、ということなのだ。
 
 その大型カメラには、シートフィルムを1枚ずつ装填し、
 撮影する。

 フィルムシート1枚は、5インチ×4インチ(12.5cm×10cm)と
 いう大きさだ。扱いにくい。現像方法は、自分の手を薬品の
 入ったトレイにつけて、フィルムを一枚ずつ現像する。
 撮影も手間だが、現像も手間である。

 そんな風に仕上げたフィルムから、全然期待できないイメージを
 印画紙に焼き付ける作業ほどむなしいことはない。なんで、
 こんな写真しか撮れないのか。

 自分が頭の中でイメージした像と出来上がりはなぜこうも違う
 のか。どうして自分の思い描いた写真が仕上がらないか、次第に
 考えるようになった。

 そうやって、数え切れないほどの失敗を繰り返した。
 ゆっくりと、時間をかけて、失敗から学ぶことを身につけた。
 
 それから約13年後、「デジカメ」が一般的になってきた。
 「デジカメ」は、撮影時の失敗を許してくれる。その場で、
 簡単に撮り直しが可能なのである。

 あまりにも安易な表現かも知れないが、「デジカメ」は失敗から
 学ぶ、ということを奪い去ってしまったのではないか、と。

 それは、そのことが良い悪いということではない。
 
 フィルムカメラは良かった、昔は良かった、という価値判断から
 言っているのではない。「デジカメ」とは、そういうモノであり、
 そういう時代の要請から作り出されたものであるであろう、
 ということが言いたいのだ。

 写真撮影がうまくなるコツは、私のように生まれもって才能の
 ない者は、できるだけ枚数を多く撮ることでしか上達できない。
 それ故、時間もコストも大幅に軽減させてくれる「デジカメ」
 の登場は本来、喜ぶべきなのであろう。

 だが、何か釈然としないのである。
 失敗することを怖れることなく、枚数を撮ることのできる
 「デジカメ」は、失敗からのストレスを解放させてくれた。
 だが、何か、引っかかる

 フィルムカメラの時代(時代とは、ちょっと大袈裟だが)には、
 写真が出来上がってくるまでに、ドキドキ感や期待感があった。
 だが、今は即、その場でイメージの出来上がりが分かる。

 ドンドン撮影し、ドンドンプリントする。なにか撮影も消費と
 いう行為の一部になってしまったようだ。
 これもまた、それが悪い、と言っているのではない。
 そういうものだ、と言いたいのだ。

 何やら堂々巡りのツボにはまりこんでしまいそうだ。
 それでは、「デジカメ」時代の撮影や記録は、現代社会の中で
 どういう意味合いを持っているのか---今度はその答えが
 出ないことに気づいてしまう。

 またまたやっかいな宿題を抱え込んでしまったような気がする。
 そうやって今、夜明け前の5時過ぎ、タイ北部チェンマイの
 ホテルで、「デジカメ」のバッテリーを充電しながらひたすら
 考えを巡らせるのである。
 --------------------------------------------------
 このことについてはまだまだ言いたりないこと、感じ足りない
 ことがあるようだ。ま、そのうち思いついたときにメモをして
 いこう。

 OKY氏はまだ仕事中のようだ。
 日付が変わる前に寝ることにしよう。




 4時過ぎ起床。
 同時進行で、今日、明日の報告会の準備。
 窓の外はピーカン気味。積雪という天気予報が完全に
 はずれる。
 
 9時前、なんとか準備OK。
 風呂に入って、出動。

 17日と全く同じ時刻の「のぞみ」でビュンと東京へ。
 伊豆を過ぎる頃から雪模様。うわ、ちょいと吹雪いているぞ。
 約10分遅れで東京着。電車を乗り換え秋葉原駅下車。
 うわ、雪が積もってる。
 迷彩レインコートを羽織って歩き始める。
 
 迷いに迷って、会場に到着。HHさんが出迎えてくれる。
 おお、お久しぶりやね。会うのは5年ぶり(?)かな。
 カワイ子ちゃんからべっぴんさんに変身してますやん。
 そういうヘアスタイルが似合うのは、なかなか居てはりません
 よね。

 イベントスタッフの紹介の後、すぐにリハーサル(!?)へ。
 「沖縄・三線、アフリカ・ジャンベ、ビルマ・カレン族、
  フェアトレード」の4部構成のイベントへ。

 15時半過ぎ会場受付開始。
 お、HHさんのだんなさんに紹介される。イケメンですやん。

 16時10分過ぎ、イベント開始。
 参加者の年齢構成は、うわ。若すぎる。もしかして、私が一番
 年上っていう感じ。

 報告会の持ち時間45分間は、「あっっっっっっ!」という間に
 過ぎ去る。ブスブスという燃えかす状態。ま、仕方ない。

 イベント後の交流会。
 「ブログを読ませてもらってます」
 その言葉は禁句です。自由に書けなくなりますから。
 そっと見守って下さい。
 
 交流会にて、久しぶりに若さ溢れるエネルギーを感じさせて
 もらいました。「ウダ節」を炸裂させることになったし。
 ストレートな質問にタジタジとなりましたし。

 「どういう動機でそういうことをしているのですか?」
 -う~ん(と、しばらく考え)、怒りですね、と答える。
  おお、長らく忘れていた自分の怒りの本性を思い出しましたね。
  なんか昔の自分を思い出して懐かしい。ふむむ。

 「いつからその仕事をしているのですか」
 -16年くらいかな。
 「私たち19歳だから、生まれてから・・・」
 -う。ガガガン。そんなに差があるか。
 
 22時過ぎ散会。お、ボランティアと思っていたら謝礼が出た。
 気遣いアリガトウね(どうしても、あの政府系の団体との差を
 感じてしまうよね)
 
 それよりも手作りのケーキ。そちらの方が嬉しいよ。