2006年5月アーカイブ

 8時過ぎ、起きる。
 おお、今日も快晴だ。
 布団干し。

 豆乳をがぶがぶ、一気に500mlを飲む。
 やっぱり牛乳と違う味わい(当たり前か)
 豆乳は調製、無調整とあるんだけど、どっちがいいのだろうか。

 机に向かって、マニュアルに首っ引き。
 時に、ウエブでニュースをツラツラ読む。
 
 この数日起こった事件で気になったことがあった。
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(1)<殺人未遂>路上で男性の背中を刺した高2少年逮捕 千葉>
(2)高2、79歳刺す 殺人未遂逮捕「世の中嫌になった」松戸の路上
(3)散歩中の79歳を包丁で刺す、17歳少年逮捕...千葉
(4)22歳二男が両親刺殺し、自殺...千葉・習志野の自宅前
(5)人気格闘家殴られ骨折 傷害で作業員を逮捕
(6)PRIDE出場の格闘家殴られけが、容疑の男逮捕 茨城
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 上記の記事で、気になった部分を書き出してみた。
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(1)少年は「世の中がいやになった。殺すつもりで包丁を持ち
   出した。相手は誰でも良かった」
(2)同市に住む無職の男性(79)が背中を刺されて倒れていた。
   ・・・・・。
   「世の中が嫌になった。(刺す相手は)誰でもよかった」
   などと話しているという。
(3)少年は「世の中が嫌になった。(人を)殺すつもりで家から
   包丁を持ち出した」と供述しているという。
 
(4)付近の住民らによると、二男は路上でパジャマ姿の両親を
   次々に刺し、倒れた○○さんに馬乗りになって胸などを繰り
   返し刺した。
(5)桜井さんと目と目が合ったことに腹を立てた同容疑者が
   「何見てんだ、この野郎。何だ、その目は」と言いながら、
   桜井さんの顔を1回殴った疑い。
(6)○○容疑者は容疑を認めており、「桜井選手と知っていたら
   殴らなかったのに」と話しているという。
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(1)~(3)は、いわゆる通り魔的な犯行であるが、誰でも
 よかったという供述をしているが、こういう時被害者は必ず、
 自分より弱い相手に刃が向かっている。
 
 反抗されて、自分に危害を加えられないように(無意識的に)
 犯行相手を選んでいる、と思う。抵抗できないであろう相手に
 向かって一方的に暴力を加える、ということだ。

(4)も、「抵抗できない」家族に対する凶行である。

(5)(6)は、もし、相手の素性を知っていたら犯行に及ばな
 かったということだろうか。これも抵抗できない相手に対する
 一方的な犯行だろう。

 弱いもの、抵抗できない者に対して容赦なく危害を加える。
 殺伐としたニュースばかりが流れる。


 12時、東京の新聞社から電話インタビュー。
 ほぉ、そうですか。あなたもボストンに住んでましたか、と。
 約30分、久方ぶりにまともに回答。

 机の前に座りっぱなしで気分が滅入る。
 ふと、DVDを返却していないことに気づいた。
 あ、もしかして・・・。
 やっぱり、返却日を1日過ぎている。
 う。延滞料、しめて790円か。
 う~。
 ジャバジャバや。
 
 DVDを返却ついでに買い物。
 チラシに釣られて、初めていくスーパー。
 おお、野菜も魚も安いではないか。
 Dエより品揃えがある。
 今後、チェックやな。

 ビュンと帰宅。
 
 ペチペチペチペチペチと作業続行。
 大画面のCRTではなく、B5ノートでの作業だから、いつも
 にもまして眼がしょぼしょぼ。

 夜、電話。
 言いたい放題で、ぐちゃら。

 luzaw.jpg

      →■
 (ビルマ語で約2MBあります)



 0時前、就寝。
 
 6時半過ぎ目が覚める。
 う~ん、健康的だ。
 布団の中で、ツラツラしながらラジオを聴く。
 う~ん、ウトウト。

 8時過ぎ、起きる。
 トマトときうりとチーズのサンドイッチ。
 
 さ、やろか。
 今日もいい天気(午前中だけ)、早速、布団干し。

 ずっと机に向かう。
 ペチペチペチペチペチ&ペチペチペチペチペチ。
 久しぶりに集中作業。
 (↑、早よ、原稿、書かんかい!)

 と、時たま、連絡業務。

 15時過ぎ、出動。

 う。Dエにて「豆乳」なるものを買う。
 Kナンにてコピー用紙1000枚購入。
 15時半過ぎ、あ、雨が降ってきた。
 やっべぇ。

 帰宅後もずっと机に向かう。
 20時過ぎ、ふぅ~、今日の仕事終わり。
 一日頑張りすぎた。

 そ、そいや、ウインドズPCを使っている人なら一度は手を
 染めるゲーム、ソリティア。
 気分転換に遊んでたら、おろっ。
 何かおかしい。
  IMGP0002.jpg
 ん?
 なんだ?
 あ、プログラムミスだ。
 ダイヤマークが(◇)が2つもあるぞ。
 (合成ではありません)

 夜、ぐちゃら。



 lumaw.jpg
       
       →■
 (ビルマ語で約2MBあります)

 8時過ぎ目が覚める。
 柔らかい朝の光が差し込む。爽やかな寝起きだ。
 布団の中でウトウト。
 15分過ぎ、ゴミ収集車の音。
 生活の音だな。
 うん。

 太陽が照ってきた。すぐさま布団干しだ。

 連絡業務に励む。
 
 久方ぶりにウエブにルポルタージュをアップ。
 
 ■「沿線の思惑が走るアジアハイウェイ」
 ─ ビルマ/タイルートを行く ─
http://www.uzo.net/report/repo_txt_j/2005/kinyo08_05/kinyo0805_1.htm

 ■「ビルマ 民衆の中で 抵抗する人びと」
http://www.uzo.net/report/repo_txt_j/2006/kinyo04_06/kinyo0406_1.htm 
 こちらは、「マスターシェ・ブラザーズ」のビデオ付きだー。
 
 15時半過ぎ、海の見える喫茶店でKさんと「密会」なり。
 「中国」みやげをいただく。
 約1時間、現代日本を憂うぐっちゃら。

 夕方、東京の編集部から連絡あり。
 3項、いけますか。こりゃ、また。

 夜は、まったり過ごす。
 今週は、ゆっくり過ごすぞ。
 うん。


 シャン州、チャイントンから約1時間の田舎道。
 一日の終わり、日が傾き始めた頃、道ばたで
 一杯やっている男たちがいました。
 (ほんのり赤ら顔だね)
 DSC_0063.jpg
 何食べてんの?
 近寄って見ると、おろっ、田螺(タニシ)を食べてました。
 DSC_0061.jpg
 ビルマ語でなんて言うの?
 -「カユュー」だって。

 お前も喰うか、って差し出されたけど、ちょいと遠慮したわ。

<台風来る>

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この数日、ラングーン(ヤンゴン)は雨続き。
一足早い雨期きたる、と思ったら台風がきてるんだ。
それにしても鬱陶しい雨である。
停電に雨とくりゃ、踏んだり蹴ったりだ~。

<英語教育>

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 9時過ぎ起きる。
 『朝日新聞』朝刊につらつら目を通す。
 「be on Sunday」に気になる記事があった。
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 「絵本読んで 英語ペラペラ」
 「読む力 成人も向上」
 「読めても、話せない、聞き取れない──日本人英語の特徴だ。」
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 う~ん、果たしてそうか。私はそう思わない。
 先日、海外特派員の経験もあるOさんと、日本の英語教育の話に
 なった。
 
 2人して納得したのは、「日本の英語教育を受けた人は、読む力
 があるというのは誤解ではないか」、という事である。

 実際、パラグラフ単位の短い文章を読むことは出来るかも知れないが、
 本一冊を読む力はさほどないのではないか、と。 
 
 書く<読む<聞く<話す、という順番で、日本の人は、英語を読む力は
 実際、弱いと思うのだが。

 そいやこの間、平川氏のブログにて、内田氏が書いていた。
 (改行あり)
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 ■ 日本人はどうして英語ができないのか?
 植民地の宗主国が植民地の人間に語学教育をしますね。
 コミュニケーションができないと不便だから。
 でも、そのときの語学教育の中心は必ずオーラルなんです。
 文法や修辞学はあまり教えようとしない。
 理由は簡単です。

 「読み書き」をきちんと教えると、植民地原住民の中から植民者人
 よりもリテラシーの高い人間が出現してしまうからです。原住民の
 秀才の中から、宗主国出身の教師を知的に凌駕するもが出てきかねない。

 知的な非対称性を維持することは権力関係の基本ですから、その
 ような事態は決してあってはならない。

 ですから、植民地における語学教育は必ずオーラル中心になります。
 宗主国からきた教師の文法の誤謬を指摘できる生徒はすぐに出現しますが、
 教師の発音の誤りを指摘できる生徒は原理的にありえないからです。
 母国語話者が語る限り、どのような発音もその国語の「コーパス」に
 登録される権利があります。発音に関しては母国語話者には「間違い」
 ということがありません。逆に母国語話者である教師は生徒の発音の
 うちに無限の誤謬を指摘することができます。

 ですから、オーラル・コミュニケーションを語学教育の中心にすえて
 いるかぎり、宗主国民の知的優位は構造的に揺るがないのです。

 どのような堂々たるコンテンツであっても、オーラルレベルにある限り、
 原住民が語ることばをさえぎって発音の間違いを指摘したり、
 「聞き取れないふり」をすることが母国語話者には許されています。
 
http://blog.goo.ne.jp/maingmen/e/8998df3eaddfe21cd2282eab1f6ea80f 
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 新聞やラジオが報じるニュースに関して(我が家にはTVがない
 ので、対象外)、いちいち文句をつけるのは本意ではない(じゃあ、
 やめたらいいのだ)けど。

 ウエブやブログで、一般的に流れるニュースに関して文句だけを
 書き綴っている輩がいる。実際、そのページを眼にすると、ウヘッ、
 と思う。なんら生産的なコメントがないと最悪(「人の・・・、
 我がふり・・・」)
 
 11時過ぎ、JR大阪駅前到着。
 ええ天気だが、ちょいと風が強い。
 BRC-Jの皆さん、もうビラまきしてます。
 MgMgさんもお久しぶり。

 ちょうど昨日、ビルマでアウンサンスーチー氏の自宅軟禁延長が
 決まった。その翌日のアピール&ビラ配りである。
 
 久しぶりにシャッターを切る。
 やっぱりカメラ、もう1台欲しいな。
 それに、今の立場だと納得のいく「活動」が出来ない。
 こればっかりは仕方ない。
 「二兎を追う者は一兎をも得ず」だからね。

 11時45分過ぎ、H氏登場。
 カゼが全快せずにガラガラ声にもかかわらず、マイクで声を放つ。
  DSC_1343.jpg DSC_1343.jpg
 13時10分ほど前、北朝鮮の拉致救出関係のBRの会の人が
 現る。場所ががっちんこ。
 
 13時丁度、アピール&ビラ配り終了。
 いつものように、第1ビル地下でお食事会。
 今日はKZ大センセ(外国人)が初参加。
 日本の現状について、いろいろと憂って語る。
 ま、事実だから仕方ない。

 H氏から健康チェックを受ける。
 「牛乳の飲み過ぎやヤバイです」と。
 分かっているけど・・・最近は1日に1Lは飲まない。
 多くて1日に500mmくらいの消費量。

 15時過ぎ、散会。
 諸氏と別れ、Yバシへ。
 PS2→←USBの変換ケーブルと、おお、太陽誘電のDVD-R
 が安売りされている。思わず、買い。

 ビュンと帰宅。
 Dエでジャンクフード&ドリンクを買ってしまう。
 やっぱり、食事を健康的にせなあかんかな。

 ちょいとお疲れ。
 1時間ほど仮眠。
 
 "JIM CARREY"- A SERIES OF - UNFORTUNATE EVENTS" を見る。
 大ファンのジム・キャリーの映画だから期待してたけど、うう、
 今回はちょいと期待はずれ。
 シリアスとおバカさんが中途半端。
 どちらかに徹したら、おもろくなるのに。

 仏子が久々にブログを更新。
 が、名指しで。うう、う。
 牛乳の代わりに豆乳がお勧めか。
 バナ ナ豆 乳シェイク」のレシピをアップしてました。
 ちょっとは健康生活を心がけようか?

 ふにゃふにゃ電話あり。
 ふむ。
 寝よう。

 

<がうがう>

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 「朝生」を聴きながら、寝入る。
 う~ん、どうも今回も、ただ、議論をするだけの番組になりそうな
 予感。
 
 布団に入って10秒?
 もう寝入っていた。
 4時過ぎ、枕元のラジオが、があがあと吠えている。
 高い声の輩たちだ。
 
 新聞に目を通して寝入る。
 
 8時過ぎ、目が覚める。資料読み。ウトウト。
 9時過ぎ、目が覚める。資料読み。ウトウト。
 京都から電話。へぇへぇ。
 12時過ぎ、目が覚める。
 もう起きよう。

 仕事部屋の掃除と整理整頓。

 16時半、ビュンと出動。
 阪急線の格安チケットを探すが、品切れ。6月初旬まで入荷
 なしとか。

 イチゴを2パック買って、電車に乗る。
 電車を2つ乗り継ぎ、嵐山に到着。夕暮れのしっとりした深い緑
 が眼に優しい。何も考えずに渡月橋を渡り、テクテク歩く。
 約15分。あれ? 何かおかしい。
 あ、橋渡ったらあかんやん。うっすら汗をかきながら、ひたすら
 反対方向に歩いていた。
 あれれ。

 で、橋を渡って、OA氏宅へ。
 おお、クンクン、いい匂い。料理の準備は万端。
 
 いやいや、それより、みなさん、すでに作業に取りかかってますね。
 お菓子をつまみながら、はい、私も手を動かします。

 ほどなくディナー。
 うう、連日ごちそう。
 ついでに、ナビィも食べちゃお。
  060527c.jpg
 がうがう。
 ちょいと、その場に酔ってるますね。
 見苦しい我が身ですね、悪しからず。

 作業が済んで、食事をしながらぐっちゃら。
 と、思わず、自分自身のプライベートなことを曝露してしまう。
 ちょいと言い過ぎたかな。ま、いいか。

 最終電車に乗って帰宅。
 帰りは1時間半ほどでした。


 教育基本法改正案について国会審議が始まった。
 この件に関して、益岡さんが自身のウエブで、一ひねり半した
 見方を論じている。
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 教育基本法「改正」
 益岡 賢
 2006年5月17日

 2006年5月16日午後、衆議院本会議で、教育基本法「改正」
 の趣旨説明と質疑が行われました。「改正」案に見られる「我が
 国と郷土を愛する態度」という文言について、小泉純一郎氏は、
 次のように述べています。

「教育上の目標として規定しており、児童や生徒の内心に立ち入って
 強制するのではない」

 ほっと一息・・・・・・じゃあ、何とか大丈夫。

 残念ながら、教育基本法「改正」案の全体を見ると、まったく
 そうは言えません。

 というのも、教育基本法「改正」案の問題は、個別の文言に
 とどまるものではなく、教育基本法という「法」の位置づけ
 そのものにかかわることだからです。

 簡単に言うと、現行の教育基本法が、「教育の自主性を保証する」
 法律だったのに対して、改正案は「教育の国による組織化を規定
 する」法律へと変化しているのです。

 したがって、小泉氏が述べている「・・・強制するのではない」
 (=乱用はしない)という説明は、教育基本法「改正」案の基本的
 な問題(法そのものが大問題)というポイントを、結果として
 そらすことになります。

 法そのものの問題が最も典型的に表れているのは、現行法第10条:

 第10条(教育行政)
 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に
 責任を負って行われるべきものである。
 
 と、対応する「改正」案第16条:

 教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の
 定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と
 地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ
 適正に行われなければならない。

 です。

 まず、現行法は、教育の自主性を規定するものですから、現行法で
 「教育は」と言ったときには、教育に携わる人々を指します。その
 人たちが、不当な干渉や支配に服することなく、国民全体に対して、
 国やら政党やら団体やらの介入なしに、直接の責任を負って行う
 ことを保証するものです。

 「改正」案16条の出だしは、表現としては同じです。すなわち、
 「教育は、不当な支配に服することなく」。

 ところが、「改正」案で記述されているものが、「教育の国による
 組織化」であり、教育の主体が国等にすり替えられているため、
 同じ文言でも、今度は「国が行う教育は、不当な支配に服すること
 なく」という意味に解釈されます。

 この、本質的な教育主体の変換は、ご丁寧に「国民全体に対し直接
 に責任を負って」というところを「この法律及び他の法律の定める
 ところにより行われるべきものであり」と変更していることにも
 表れています。

 つまり、現行法では「自主的に行われる教育は、(国や行政その他の)
 不当な支配に服することなく」と解釈されるわけですが、「改正」案
 では、「国が行う教育は、(市民や教育の自主性を求める人々の)
 不当な支配に服することなく」と解釈されることになります。

 実は、中間的な案では、ここの部分、「教育行政は、不当な支配に
 服することなく」、でした。

 法案文言の作成者は、一歩賢しく、実質上「教育は、不当な支配に
 服することなく」という文言を、「教育行政は、不当な支配に服する
 ことなく」と解釈でき、そうとしか解釈できないかたちに法案の
 全体を規定することで、誰が見ても無茶苦茶なすり替えである
 「教育は、不当な支配に服することなく」から「教育行政は、不当な
 支配に服することなく」の変更をやめて、なお、「不当な支配に
 服すること」のないのは誰かについて、180度解釈を変換した
 わけです。

 こうした法律そのものの位置づけの変換は、他の場所にも現れて
 います。例えば、現行法第二条と「改正」法案第二条。

 現行法は、「教育の方針」として、条件を既定するだけですが、
 「改正」法案は「教育の目標」として、教育を受ける側が達成する
 状態を規定します。

「・・・・勤労を重んずる態度を養うこと」、「・・・・に寄与する
 態度を養うこと」等々。これが、箇条書きで続くのです。

 教育の自主性を基本として、国やその他の組織からの不当な介入
 干渉を排除することを定めた現行教育基本法に対して、「改正」案は、
 国の教育への関与を前提とした点で、180度の転換であり、
 その上で、国が行う教育への「不当な支配」を排除することを
 定めているわけです。

 この全体的図式が維持される限り、「改正」案は、どんなに小手先
 の文言をいじっても、国や行政の、教育への様々な介入や命令・支配
 を保証するものであることにはかわりありません。

 むろん、「男女共学」の条が削除されるなど、個別にみても大きな
 問題があります。

 けれども、教育基本法「改正」案に見られる方向そのものが、法律を、
 国や行政のふるまいを縛るもの(法治国家の基本)ではなく、国が
 人々を縛りつけるものに転換するものという点で、近代の法理念に
 対するあからさまな逆行であり、それ自体が本質的な問題だと言える
 でしょう。

 現行憲法は、「主権在民」で、市民が主体となり、市民の権利を
 保障するかたちで国や行政その他を規定するという基本的配置に
 なっています。

 憲法改正案はまた、やはり「法治国家」の理念を逆転し、国が人々
 を拘束し支配する配置への変更というマクロな形式から考え、批判
 することが必要になるでしょう。

 かなり私的なメモなのですが、「ですます」調で書いたために、
 ちょっと奇妙な文体になってしまいました。

 (以下、略)

 益岡賢 2006年5月17日
 <
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/
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 4時過ぎ目が覚める。
 ツラツラと朝刊に目を通して、その内容にピキピキしながら、
 で、ウトウトしながら、6時前寝入る。

 7時過ぎ目が覚める。
 ウトウトしながら、ラジオを聴いて、8時過ぎ寝入る。
 で、9時前、起きる。
 今日は、予報通り、曇り空だ。

 チラシが入っていた。人生相談のチラシだった。
 文字が躍っている。以下、チラシから抜粋。
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 今日の鑑定 明日のよろこび!!
 ○○○易断妙法館本部
 祈祷根本道場

 開運・除霊・浄霊
 
 法力は人智をこえた最大威力である
 あらゆる凶災から免れる秘法あり
 
 原因不明の難病に苦しむ人
 恋愛・結婚・縁談の悩み
 理由不明の青少年不良化
 男の子ができない家
 病人・不幸の絶えぬ家
 子供のさずからぬ夫婦
 家庭内の不和・対立
 建築、引っ越し等、方位を冒して不運にあう方
 子供の学業不振、進学問題に悩む方
 事故、災難を受ける家系の方、自殺・他殺
 事業不振、職業不安定の方
 墓相、位牌作成、祀方の家系の現象

 ご相談は一人づつですので、ご安心下さい。
 --------------------------------------------------
 まだまだ不安を煽る記述あり。

 「男の子」ができない「家」とか、他殺まで鑑定するのか。
 

 しっかし、こういうのはまだまだ効力あるのだろうなあ。
 観相料は3000円だとか。
 しかも、「(特別祈祷は合議の上定む)」だと。


 さて、新聞の切り抜きを続ける。
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 さすが、橋本治センセ、言うことちゃいますな。
 「貧乏って、慣れるんですよ。必要最低限はこれなんだと思って
 思ってしまうと、良くを出さなくてもこれで大丈夫だって慣れる
 ことができる。でも、豊かさには慣れないから、欲望はどんどん
 増殖していくしかない。
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 「ブラウニー・ククス」インドネシア・バンドンのチョコレート
 ケーキ、食べてみたい。
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 「『相間さん』基礎をしっかり学んで」
 「相対性理論は間違っていると主張することは、ある種、創造的
 な行為である。しかし、刺身にジャムを塗ることも創造的な行為
 である。もし、真剣に相対性理論は間違っていると主張したいの
 なら、物理学の基礎をきっちり勉強してからにすべきである。
  料理でも芸術でも、そして科学でも、基礎がない創造的な行為
 はお遊びでしかない」(松田卓也さん、宇宙物理学者)

 納得しつつ、なぜか腑に落ちない、話の展開。
 なぜか?
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 「私の『団塊』流 言論」を見つける。
 おお、上野千鶴子さんと寺島実郎さんが紙面を飾ってる。
 おお、上野さんが笑っている。チャーミングではないですか。
 
 「残念ながら、団塊の世代のものの見方や考え方は、程度の差
 こそあれ「経済主義」と「私生活主義」を掛け合わせたような
 価値観だった。
  経済主義は、経済に異様なほど価値をおいた対米過剰依存の
 拝金主義でもあった。・・・・・。
  個人主義は、体制が抑圧しようが自分の思想、哲学、信仰は
 守り抜くという気迫に満ちた生き方です。しかし、私生活主義
 とは自分の生活空間を保っていたいという程度のライフスタイル
 であって、個人主義でも何でもない。
 ・・・・・。
  パブリックとは「官」と「民」の間に横たわる概念だが、人間
 社会は誰かが公的分野を担わなければ成り立たない。」
 (寺島実郎)
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 「オウム法廷」「真実をえぐり出す努力を」
 「このままではこの国の司法は、被告を沈黙のベールの向こう
 に取り逃がすことになってしまう。
 ・・・・・。
  私たちの社会、私たちの時代に、あの一連の事件が起きたの
 はなぜか。それを解明しないで終わってしまっては、私たちは
 事件から何の教訓も得ることができない。」

 悲劇的な、社会的な事件から、反省のために、何かを得ようと
 する姿勢。おそらくは間違ってないのだろう。だが、なにかしら
 息苦しい。社会的に正しい振る舞いが重苦しく感じるのは、私
 の方がおかしいのかな。
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 ふぅ~、ようやく切り抜き終わった。1月27日まで遡った。
 ほぼ、5ヶ月(ま、4月は不在で新聞止めてたけど)
 
 ビルマの企画書を1本書いて、ビュン、と送信。

 曇り空、時々、小雨降る。
 ビュンと三宮へ。待ち合わせの時間になるまで本屋で雑誌を立ち
 読み。

 18時、Mセンセと合流、しばらくしてSセンセと合流。
 3人揃って、テクテクとミュンヘンへ。
 おお、ここ来たのは、震災前の1994年くらいだったかな。
 
 今日も0.5%ビールを飲む。
 テーブルの上には、色鮮やかな食べ物が並ぶ。じゅるじゅる。
 
 久しぶりの3人での会話。Sセンセ博士論文を出し終えて、ほっ、
 ですか。Mセンセはどっしり構えてますね。
 で、相変わらず、超(屁)理屈をぐっちゃら。
 
 お、そうですか。欲求不満が「時間の発生」とですか。
 知らんかったわ。
 Sセンセ、おもろいわ~。

 22時半過ぎ、散会。
 雨シトシト。
 
 Dエで買い物して、ビュンと帰宅。

 明日、アウンサンスーチー氏の軟禁が法律上の期限を迎える。
 Yさんから不安げなメッセージあり。
 雰囲気としては、自宅軟禁からの解放はないかな。
 う~ん、独裁者タンシュエ上級大将の考えること、よくわからん。

 「先が読めない」「周りの者を不安に陥れる」。これこそが
 独裁者の資質だもんな。

 小倉あんぱんを頬張る。


 雨が降り出したね。
 雨季にはいると、ジメジメジトジト。
 旅行者にはかなわん季節。
 けど、田植えを待ちかねていた人々には恵みの雨、かな。
 cu02304.jpg
 ここはカレン州。手で田植え。


 こちらは ↓ クリックすると 大きくなります。
 96bur026.jpg
 こちらはイラワジ管区。道具を使って田植え。

 いずれにしろ、穂が実るのが楽しみですね。


 『大統領の理髪師』を見る。
 おお、久しぶりに感動した内容。
 もっと重苦しい内容だと思っていたが、その重さを笑いに持って
 いこうとするその手法に却ってズンと来る。

 政治的なメッセージをそのまま出すのではなく、庶民の暮らし
 の中から「生きる」とはどういうことかを感じさそうとする。
 『シュリ』も『JAS』も見たことないけど、最近の韓国映画の
 流行が分かるような気がする。
 
 と、韓国映画、というか邦画もいいね。
 ハリウッドだけじゃ映画じゃないし。


 7時過ぎ目が覚める。
 昨日に続き、今日も頭痛・眼痛がない。
 ようやく元気になり始めたのか。

 いい天気だ。
 さっそく布団を干し。

 昨日の続きで新聞の切り抜き。
 う~、結構たまってたなあ。
 しかし、毎度の事ながら、時間を遡ってこの数ヶ月を見直すのは
 また頭の切り替えになる。
 日々、忙しさだけにかまかけてると、何か大切なことを忘れて
 しまっているようだ(ただの過度の物忘れだけ?)

 切り抜きをしながら、ツラツラと考える。
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 いつも起こる「不祥事」。責任者が頭を下げる写真があるのだが、
 一体これは、誰に向かって頭を下げてるのか?
 世間様?
 メディアは、世間様の間に立つ「裁判官」かな。
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 「東チモール」からきな臭いニュースが流れてくる。
 で、「東チモール」が独立して「4年」という表記がある。
 この国が独立したのは74年で、その後インドネシアの併合
 が起こったのでは、と思うのだが。
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 「共和党も民主党もこうした市場万能主義のなかにあっては、
 『コークかペプシか』程度のという政策的差異しかしか・・・」 
 
 コークとペプシの差を小さく見るか、大きく見るか、う~ん、
 私は結構、大きいと見ていた。
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 今回もまた、多くの訃報記事を読み、「死ぬ」ということと
 「生きる」ということの意味を考えてしまう。
 そう考えると、日々感じる重さや不自由さがどうでもよくなって
 くる。
 もし、明日、逝くとしたら、そう考えたら、軽くなる。
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 「政治の現実は驚くほど複雑であり、その内容を理解するには市民
 にも基本的知識と積極的な解釈が要求される」(山内 昌之「テレビ
 と政治と娯楽」)

 う~ん、市民の生活の方が複雑だと思うのだが。
 ここに学者センセの立つ位置の高さが見え隠れする。
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 「ニュース報道のエンターテイメント化が進む。堀江貴文ライブ
 ドア前社長をめぐる報道のあり方は、その危険性を見せつけて
 くれた」(金子 勝「ニュース報道の娯楽化」)

 金子センセ、さすがである。何が、って。
 「ホリエモン」と書かずにちゃんと「堀江貴文・・・」って書い
 ている。
 一般の新聞も面白おかしく「ホリエモン」と書くことによって、
 自らエンターテイメント化にすり寄っているていう皮肉だろうなあ。
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 タイとフィリピンの政治的な盛り上がりについて、現地から報道
 する特派員記事。
 ちょいと、一方的に憂うジャーナリスト、っていう感じ。
 もう少し、軽く書けないか。
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 冬季オリンピックの報道について。
 久々に面白い、写真を見た。藤脇正真さんが撮っていた。
 ちょいとξかも知れないが。
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 「沖縄返還協定」の「密約」問題。どうして国会で深く追及され
 ないのだろうか。政府が堂々と嘘をついているのを見過ごしに
 して、今の沖縄の問題を語ることが出来るのだろうか。
 どうして?
 政治部?の記者の人、もっと突っ込んで欲しいのだが。
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 「ひと欄」にアレックス・カーさんの紹介記事がでていた。
 あ、この人の名前、ちょいと前に麻呂氏から聞いていたんだ。
 アウンサンスーチー氏とも知り合いだとか。
 う~ん、人のつながりが面白い。うん。
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 あ、またあった、SOCIE(ソ シエ)の広告。
 2月24日だから。
 この紙面のこの位置でのカラー広告、毎月24日に載っている。
 そういう契約なのか。
 どのくらいの広告料を払っているのか、ちょいと興味あり。
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 3月11日の訃報記事。
 茶本繁正さん亡くなる。
 よく考えたら、自分の生まれた日だ。
 その昔(高校生の頃?)、『原理運動の研究』で名前を知った。
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 写真をうまく使う新聞として聞いていた米国の新聞、『サンノゼ・
 マーキュリー』や『フィラデルフィア・インクワイアラー』が
 ナイトリッダーからマクラッチーに売却された後、さらにどこか
 へ売却されることになった、と。
 
 日本の新聞も、時間の問題か。
 日本語の壁はもう、崩れ始めてるよ。
 ウン。
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 「窓」欄に恵村順一郎氏が「ブレないことの意味」という一文を
 書いてた。
 
 「・・・・・。発言にブレがないことは、国民の信頼を得るため
  の手段のひとつに過ぎない。目的ではない、ということを。」

 そう、これはいろんな場面で応用できる一文だ。
 そいや、ラジオで先日、フィルムカメラとデジタルカメラについて
 話をした。

 文字通り、技術進歩のお陰様で、手ブレがない写真を撮ることが
 出来るようになった。果たしてこれでいいのか?、という疑問で
 ある。

 カメラをキチンと持ち、ピントを合わせ、露出を決め、手ぶれを
 起こさないようにシャッターを切るのは、写真を撮るときの基本。
 そういう基本がなおざり(おざなり?)にされている。

 写真評論家やプロの写真家はそう言う(亞、オレも?)かも知れない。

  -自分の感じたこと、思ったことを写真という形で表現するのが、
   写真のメイン作業であって、ピント合わせや手ぶれに気を取ら
   れている場合ではない。それは些細なことである、と。

   機械に任すことができるのであれば、任した方がいい。人間は
   もっと「クリエイティブ」なところにエネルギーを注ぐべきだ、
   と。
 
 確かにそうかも知れない。
 
 コンピューター(いわゆる、パソコン、ね)が汎用化され、一般の
 人が使い始めた時にも同じようなことが言われた。
 特に、「マック」をフツーの人が使い始めたときだったかな。

 まあ、表層的なパソコンの謳い文句。
 構成や色の配置など、デザイナー等の専門家に任せていた部分が
 簡単にパソコンできるようになった。これから個々人は、自分の
 中に眠っていた創造性と可能性を試してみよう、と。

 これからの勝負の舞台は、職人的なデザインの1mmの差異を競う
 のではなく、もっと違うところに移った、と。

 まあ、写真も同じかも知れない。
 手ブレ写真やピンぼけ写真は、写真の世界では勝負の入り口にさえ
 立つことが出来なかった。
 写真は、その写されたイメージで判断されるべきだ。
 確かにそうであろう。

 が、なぜか釈然としない。
 まず、ピント合わせや手ブレをしない、という「身体性」が写真を
 撮るという行為から剥奪されているように感じるからだ。

 あるいは、出来上がった写真も大切だが、出来上がる過程も大切
 だと感じるからだ。
 
 やはり今は、「過程」は無視され、「結果」だけで判断される
 社会に変わりつつある一つの現象がこういうところに現れている
 のか。

 でも、「写真は出来上がってなんものもの。シャッターを押して、
 写真として仕上げることがなければ、意味がない。麻雀と同じで、
 あがってこそ、意味がある」 
 こうほざいていた、昔の自分が薄っぺらに見える。
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 今日はチキンカレーを作る。
 お腹いっぱい。
 一休みしてごろり。

 あ、2月24日の朝刊に「荒川 金」という見出し・・・。
 あ、21時過ぎやうたた寝してた。
 今日の切り抜きはここまで、で、そのままウトウトと寝入る。


 4月の終わりから、雨が降り始めた。
 今年の雨季の始まりは早いようだ。

 ↓ クリックすると大きくなります。
 93bur102.jpg
 ここは、首都ラングーン(ヤンゴン)の中心地アノヤタ通りの角。
 トレイダーズホテルやサクラタワーができる1993年の様子。
 ついこの間見た、雨宿りする風景も、14年前と全く変わって
 いない。

 ビルマで雨季を一シーズン過ごすと、ちょっとした雨粒は気に
 ならなくなる。小雨で雨に濡れるのも気にならなくなる。
 (ビルマで傘は1年中使われてますね。
  夏は日除け、雨季は雨よけに)

 あ、傘を一本も持っていないことを思い出した。
 明日にでも、買いに行こう。
 


 ビルマ語でなんて言ったっけ、サトウキビ・ジュースって?
 暑い中、絞ったサトウキビに氷を入れたジュースは、喉ごし
 が良い。
 う、うぅ、美味い!っていう感じ。
 DSC_0809.jpg
 必死でサトウキビの皮を剥く男の子。
 

 ちなみに、ビルマでは喫茶店でちょこまか働く子どもたちを見か
 ける。
 
 ま、昔の日本の丁稚奉公、っていう感じか。
 ヤンゴンだと1ヶ月7000K(時にはただ働き)くらいのお給料。
 果たして、この子は幾らぐらいもらっているのかな。

 1時過ぎ、寝入る。
 3時過ぎ、目が覚めた?
 6時半過ぎ、目が覚めて、布団の中でうとうと。

 久しぶりに、身体の調子が良い、ぞ。
 眼は痛くない(パソコンの見過ぎ)、頭も痛くない(慣れない
 思考作業)、右肩(マウスの使いすぎ)、胃も軽い(お菓子の食べ
 過ぎ)、腰や背筋(運動不足)

 8時前、起きる。
 天気も良いようだ、布団干し。
 物干し(ステンレス製)がまだ雨粒で濡れている。
 最近、コロコロ天気が変わってるな。
 それがまた、自然だな、ウン。

 で、今日の朝刊。
 もう慣れたね、紙面のロゴ"朝日新聞"の下にカラー写真を使った
 広告が載ってる。今日は SOCIEのコマーシャル。
 ま、もう何も言わま。
 で、折り込み広告をパラパラめくってると、うわ、紙面の広告と同じ
 SOCIE(ソ シエ)の折り込みが入ってた。

 洗濯機を2回、まわす。
 
 新聞の切り抜きに励む。
 と、毎回の事ながらいろいろな事がでてくるわ。
 
 5月23日、「神戸製鋼所が製鉄所から排出されるばい煙データ
 を改ざんしていた問題」が報じられていたが、3月17日には出光
 興産が煤煙記録を偽装というニュースが2ヶ月前に報じられていた。

 おお、日立製作所が「電子ペーパー」を発売し始めたか。
 が、まだシステム全体が400万円か。ま、この価格が下がるのも
 時間の問題だろうなあ。

 電子ペーパーが一般化し始めると、いよいよホンモノの紙媒体の
 メディアはいよいよ変わっていくぞ。

 おお3月24日に、SOCIE(ソ シエ)の広告があった。
 しっかし、この箇所にカラー広告を出しているのは、ソシ エ
 だけだ。なんでだ?

 ネコさん来る。
 何これ?
 ネズミ講的なパッケージ。ああ、またか。
 
 タイの雑誌にオンラインで写真送信。
 
 午後遅く、天気が悪くなってくる。
 ラジオによると、東京の方では雨だとか。
 
 19時過ぎ、ビュンと外出。
 三宮にてSさんと再会。何年ぶりですかね。
 希望してた新聞社の写真記者として独り立ちですね。
 肩から提げるでかい35mmデジカメがいいですね、仕事してる、
 っていう感じで。

 一品料理屋へ。ノンアルコールビール(1%)を飲む。
 それでもやっぱりほろ酔い気味。
 で、やっぱり、写真部関係の話が中心ですね。
 デジタル時代の写真の可能性、ちょいと先行きはちょいと暗いけど、
 けっして悲観するものではない。
 表現すべき現実がある限り、写真は(あと20年くらいは)なくなら
 ないよね。

 で、 新聞社の写真部は、やっぱりちょいと堅苦しいですかね。
 23時過ぎ、散会。
 Dエで買い物して、ビュン、と日付が変わる直前に帰宅。


 夕暮れの僧院、小坊主たちが水浴びをしている。
 暑い日の最後、気持ちいいだろうなあ。
 DSC_0767.jpg
 
シンピュー式(得度)を終えたばかりの新人小坊主たち
 だろうか。

 僧衣をどう身につけていいのか分からないようだ。
 先輩僧が着方を手伝っている。
 DSC_0729.jpg
 なんか微笑ましい。


<悪の総量>

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 2時過ぎ、目が覚める、冷水を飲んで、2度寝。
 4時前、目が覚める、野菜ジュースを飲んで、3度寝。
 6時過ぎ、目が覚める、牛乳を飲んで、4度寝。
 8時前、目が覚めて、ようやく起きる。

 朝からヘヴィー朝食。
 イカ素麺、ジャガイモ・ワカメ・トウフのお吸い物、別寅かまぼこ、
 山盛りの刻みネギ。
 ぐぴぃ。

 雨シトシト。
 鬱陶しいなあ。
 
 ビルマ情報のまとめとプリントアウト。

 今日の午後、ラジオで話す内容をツラツラまとめて、頭に入れる。
 
 雨が一番激しくなった13時過ぎ、出動。
 こういうときは、ぶ厚いポンチョが役立つ。
 ビュンとバイク。雨がかからないTの前に止める。
 
 14時過ぎ、BT到着。
 カフェにてチョコパンとアイスコーヒー。
 14時半、ラジオ局入り。
 簡単な打ち合わせの後、
ラジオ放送

 今日は最新ビルマ情報に続いて、カメラのよもやま話しとなる。
 「フィルムカメラ」と「デジタルカメラ」の違いについて話す。
 
 16時前、放送終了。
 そのまま「ヒューライツ大阪」へ。
 新所長さんにご挨拶。
 写真展の協力とムニョムニョ。

 17時前、快速でビュンと神戸に戻る。
 雨やみましたね。
 本屋で立ち読み。
 『サイゾー』で「岡留安留X上野千鶴子の対談」があった。
 面白い。
 さすが、上野センセ、過激ですな、というか強さを演じてられる。
 "Nation Sate" を「国家」と訳した人に言及してるね。
 「国」だけではなく、「家」(イエ)を加えたことに。
 う~ん、そういう発想だな。
 
 『読売ウイークリー』にてオダジマンのコラムを読む。
 今回は不発。

 T屋にてDVDを借りる。
 『仁義なき戦い』 "SAW" "-A SERIES OF-UNFORTUNATE EVENTS"
 『大統領の理髪師』を借りる。

 さ、久しぶりに仕事が一段落。
 ちょっと自由になった気分。
 ツラツラウエブを見る。
オダジマンのブログを見ると、
 お、やっぱり、予想通りというか、『朝日新聞』の「言葉のチカラ」
 についてのコメントが載ってた。

 う~ん、今回のツッコミは(確かに面白いけど)、「ひとひねり」
 っていう感じ。天才オダジマンとしては、あと半ひねり欲しいなあ。

 この新しい 「ジャーナリスト宣言」は、
 ま、
 ええけど、実際に紙面は迷走してます。
 たとえば、
 「公開初日から満員」という記事(5月20日大阪本社版夕刊)
 なぜ、映画「ダ・ヴィンチ・コード』公開が「記事」になるのか。
 
 別に新記録ではない。この記事の最後が面白い。
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 ・・・・・。初回は約750席の劇場が満席状態。すでに
 「完売」した回がある。
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 何が紙面になるほどのニュースなんだ。

 あるいは、昨日(5月23日)の朝刊の記事(大阪本社版)
 「時事通信社人事」が「意味なく(あり?)」、首相動静より
 もスペースを取って(1.5倍)いる。
 なんでだ?
 RZはかつて、「男は仕事の内容より、人事の話ばかりに華が
 咲く」って話してたっけ。当たってるわ。

 
 DVDで『仁義なき戦い』を見る。
 戦後直後の広島の街。暴力と力が支配する時代。
 誰もが生き抜くために必死な時代。
 
 そいやこの間、『カムイ伝』を読み終えた(全15巻)
 時代は江戸時代。
 武士が力で農民や非人(←えっ、ATOKで変換できない。
 この単語、使ってはダメなのかな)を支配していた時代。

 で、今の時代を、よくよく考えてみると、「悪さ」は相変わらず。
 ふと思ったのだが、人間が生きていく上で、「善」と「悪」の
 総量は変わらないのではないか。
 今のこの時期、殺人や虐待は大きく報道されているがそれは昔から
 あったことでは、。全体的に見て、増減はないのかもしれない。

 人類は、進歩(っていう史観も嫌だけど)してないのではないか。
 日本において、餓えや殺人は少なくなったが、隠れた部分に「悪」
 は追いやられてしまっただけではないか。
 
 その部分をTVや新聞が報道しているだけなのでは。
 なんかうがった見方だな。

 朝食は、コーヒー、トマトとチーズのサンドイッチ。

 おお、今日も天気ですな(でも、ちょいと眠たい空)
 布団を干す。

 姜尚中『姜尚中の政治学入門』を書き抜き。
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 姜尚中『姜尚中の政治学入門』(集英社新書、2006年)
 果たして、戦後民主主義は、戦争体験を検証し、それを思想化
 することに、どこまで成功したのだろうか─。

 なぜ、その地点に立ち戻るべきかというと、すでに述べてきた
 ように、戦後民主主義のメイン・ストリームが、基本的には、
 日米合作による戦前の旧体制との連続性にあったと思うから
 です。その結果、戦後空間の裏側では、帝国意識のようなもの
 が、常に、伏流水のように流れていたのではないでしょうか。
 (P.114)

 現在と未来が、過去とは異質な時空間となりうる、そのような
 ユートピア思想が成立していた時代には、階級闘争のような、
 あるいは商品分析のような、歴史を創りだす内在的な法則や原理
 のほうに、むしろ議論の多くが割かれていました。

 ところが、冷戦が終結し、プロレタリアートによる世界革命のような、
 ユートピア構想の破綻が誰の目にも明らかになったとき、各々の
 国家や民族の過去そのものが、アイデンティティの拠りどころと
 なっていったのです。すなわち、現在を出発点にするだけでは未来
 は考えられない─未来は過去の延長線上に創られていく以外にない、
 という時代のなかで、私たちは生きているわけです。
 (PP..121-122)

 特に問題となっているのは、国民共同体の歴史についてです。
 ヨーロッパで初めてそのことが問題化したのは、一九八〇年代のこと
 でした。その時期、ドイツでいわゆる「歴史家論争」が起こりました。
 そこでは、「世界史」の存在そのものが疑われたことはありませんで
 した。しかし、実際のところ、さまざまな国民や民族、少数者の集団
 は、それぞれの文脈や視点から編成した固有の歴史を有しています。
 (P.122)

 第二次世界大戦の世界において、ナチスを生みだしたドイツの負
 の歴史は、長い間、他のどのような歴史的犯罪と比べることも
 不可能な絶対悪とみなされていました。だからその歴史的意味を、
 他の国々や民族による犯罪的行為と比較しながら再検証することは、
 それだけで、ナチス・ドイツの惨劇を歴史の不名誉特別席から
 はずすことを意味します。
 このように歴史相対主義の立場を取ると、それがどれほど深刻な
 歴史であっても、「それは誰にとっての歴史なのか」という具合に、
 視座の中心軸を簡単に置き換えていくことが可能になってしまい
 ます。その結果、自民族中心的な歴史の語りを招来することになる
 のです。
 (P.123)

 史料や事実関係のような客観的な材料をもとに歴史を捉えようと
 しても、厳密には検証が不可能です。それよりもまず、誰が何の
 ために歴史を必要とし、どういう意図をもって修正しようとして
 いるのか、という問いを打ち立てる。例えば、今、ドイツ国民が
 ナチス・ドイツの歴史について再検証することに、どのような
 意味があるのか、等々。

 そこであらためて見えてくるのは、歴史というものが、じつは
 広い意味において、政治的な行為であるということです。
 歴史を認識し、語るという行為には、実証的な歴史学のような
 単なる学知の領域とは違った別の相貌があります。つまり、
 ある集合体が自らの来歴を自覚し、己がなにものであるかという
 ことを共同体レベルで認識するためには、政治行為としての
 歴史の構成が必要となってくるのです。
 (P.126)

 歴史が国民史や民族史という形になることを問題視する現在の
 状況は、国家間や民族間のトランス・ナショナルな相互交流が、
 グローバルな規模で深まった結果とも言えます。移動が希な
 時代には、歴史の問題はこうした形でクローズ・アップされる
 ことはありませんでした。
 (P.127)

 したがって、日露戦争の最大のテーマは、朝鮮半島の支配に
 あったと考えなければなりません。こうしてみると、韓国側の
 最大の歴史認識が、日本と決定的なところですれ違ってしまわ
 ざるをえないことも理解できるでしょう。・・・・・。
 それは、東京裁判の際に植民地の問題を俎上に載せることが
 できなかったことにも、大きく起因しています。現在もその
 状況はあまり変わらず、帝国主義国家による植民地支配については、
 世界的にみても歴史的な判断はまだ下りていません。
 (P.137)

 東北アジア地域の中心的な存在である日本、韓国、中国の三ヶ国
 だけで、世界経済の二十数パーセントのGNP(国民総生産)を
 産出しています。
 これほど急激な経済成長を遂げた地域は、過去に存在しません。
 しかも日中貿易は、域内貿易において、すでに日米貿易すら
 凌駕しています。・・・、早晩、この地域が、漠然とした形で
 あるけれど、一つの経済的な圏域となっていくことは、ほぼ
 間違いないでしょう。
 (PP..151-152)
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 倉庫部屋でゴロゴロ。
 プリントアウトした Burmanet を読む。
 結構たまってるなあ。

 なんでそんな意思疎通の齟齬がおこるのやろか。
 ま、仕方ないのかな(簡単に諦めすぎる?)

 7時40分過ぎ、新神戸着。ぎりぎりやん。
 新神戸のDエにて買い物。
 
 なんか空気が生温いなあ、半袖でビュンと帰る。
 ボリボリ菓子類を食べると、お腹いっぱい。
 
 身体がガタガタやな。
 今日の天気と同じで、体調もぬるい。
 21時ごろ、寝入る。
 KRRさんより歩きながら電話。
 元気そうでよかったやん。
 ぐっちゃら喋って、23時頃、寝入る。


 カレン州訪問、最後の日。
 カレン州のシンボル、ズゥエカビンを見に行く。
 曇り空が続いてたのに、その日だけ、ちょっとだけ日が差した。
 
 穏やかな湖面の向こうにそびえ立つズゥエカビン(Mt.Zwegapin)
 近所の人だろうか、散策している人がいる。平和な時間だと
 感じる。
 
 この州の東の山の中では今、ビルマ軍の侵攻が続いている
 とは信じられない。
 DSC_0396.jpg
 ( ↑ クリックすると、大きくなります)


<体力ナシ>

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 0時半過ぎ、電話あり。
 誰だ! こんな時間に。
 う、N子でした。
 
 なにやら、ビルマで不穏な動きが発生。身動き取れず状態だとか。
 「ま~、しゃあないやん」、と言うしかない。
 あの国のこと、真剣につき合ってられないし。
 寝ぼけてムニャムニャ答えてました、で、再度、寝る。

 6時過ぎ、起きる。
 おお、ピーカンの天気だ。
 8時過ぎ、いそいそと起き出し、布団を干す。

 が、どうも身体の調子が良くない。
 ゴロリと寝る。
 やっぱり気が張ってたんだな。
 ゴロゴロ寝る。
 
 身体が重い。
 やっぱり右半身が麻痺気味。
 最近、疲れがたまって、体力ナシやな。

 野菜たっぷりのシーチキンスパゲッチィを作って食べる。
 カイワレはパリパリに凍らせて(あら)
 
 げぷぅ、となったところで、23日出演のラジオの草稿を書き
 始める(質問事項に答える)
 ま、言いたいことはほぼ決まってるので、さらさ~らと書く。
 お風呂に入って、肩をほぐして、さ、もう一息。
 日付が変わる前、なんとか書き上げる。
 ほっ。

 タイの雑誌からの写真リクエストを、さて、どうするか。


 先月末、ラングーン(ヤンゴン)の中心地、トレイダーズホテル
 の前にある政府が立てた看板 "People's Desire" がすっかり
 隠れていることに気づいた。
 DSCN3075.jpg

 ちなみにこれは3年半前の写真。
 02_00196.jpg

 と、今日の新聞をチェックしてみよう。
 と、政府の新聞 "New Light of Myanmar" は相変わら
 ずだ。

 ↓ クリックすると大きくなります。
 desire.jpg

 日付が変わって、帰宅。
 雨、やんでますね。

 1時過ぎから机に向かうが、右半身が攣っている、うう。
 おお、そこまで添削してくれますか! 
 やる気満々になるが、身体が動かない。
 唇の腫れ物が熱を持っている、うう。
 右眼が痛い。目を開けてられない。

 アスピリンがないので、代わりに風邪薬(パブロンS錠)を
 代用する。ええんかな。
 ま、ええやろ。
 ま、寝よう。

 5時過ぎ、目を覚ます。
 身体にむち打ち、机の前に座る。最後の修正と、チェック。
 山の上では苦氏も頑張っているようだ。

 ペチペチペチペチペチ、ペチペチペチペチペチ。
 9時過ぎ、なんとか完成。ほっ。 
 あとは清書して、封筒に表書き。
 ちょいと寝よう。
 
 雨が、降ったりやんだり。

 11時、出動。新神戸駅へ。
 Dエで買い物。この店、最近ずっと、「一の市」の割には安くない。
 
 お久しゅう。
 ビュンと、コープを経て、戻る。
 お昼を食べたら、あ、13時。もう出動ですか。
 
 最後のチェックを経て、仮眠する。
 17時、出動。郵便局へ。書留500円強なり。
 
 Kナンで買い物。
 Dエで買い物。

 右半身が痺れている、身体が動かず。うう。
 肩こり、眼痛、頭痛、背筋痛、指に細かな傷(右手ばかり)
 なんで「右」ばかりなのだろう。

 この間みた、嫌な夢。
 バイクに乗っていた。と、とある通りに入ると、眠った熊といた。
 そばには吠える猛犬が。
 夢の中でグルグル、同じ場面を何度となく走りすぎた。
 最初の2~3回は勇気を持って、おそるおそる、熊の前を通り過ごした。
 が、同じ場面に4度出くわしたら、なぜか熊が怖くなって回り道をして
 しまった。
 う~ん、どういう逃避行動なのか。
 
 眠たい。
 申請書を出し終わって、安心気分。
 22時過ぎ、ムニャムニャ寝入る。

<夕暮れ>

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 夕暮れ。
 一日の終わり。
 仕事を終えて、家路を急ぐ人びと。
 
 まだまだ暑く冷たい雰囲気。
 DSCN2701.jpg
 (カレン州)

 ほどなく、暖かい柔らかい雰囲気。
 DSCN2997.jpg
 (モン州)

 やはり、首都ラングーン(ヤンゴン)とは異なった趣なり。
 bu02962.jpg