
乾期のまっただ中、土地は干上がりカラカラとなる。
水を汲むため、近くのため池まで行ってきた。
蛇口をひねれば当たり前のように水が出る社会がある。
スーパーやコンビニに行けば、じゃぶじゃぶと水を売っている
社会もある。
それもいびつな値段で。
このいびつな水の配分システム、何かおかしいんだが、日常
生活の中にあまりにも深く組み込まれてしまって、そのおかしさ
さえも気づかなくなってしまっている。
おかしな日常から逃れるためには、こちらもおかしくならなけ
ればならないのか。

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