2007年4月アーカイブ


 みずかけ祭りの4日間は何でもあり。
 こういうオヤヂは世界中共通ですね(すぐにハダカに
 なりたがる)
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 こんなのも。
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どちらも日常生活では見たかないですよね(って、)


 こちらは、ナンバープレート隠し+ファッションだとか。
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<玉砕>

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 この間、無理して強行突破をはかったら、玉砕してしもうた。
 ううう。
 あれこれアップしたいのだが、どうも不都合があって出来ん。
 それがフラストレーションの原因かもしれん。
 もっとも原稿が出来ん、納得のいく写真が撮れん、というのもあるが。
 
 気持ちがなえてしまってどないもならん。
 こまったなあ。


 ラングーン(ヤンゴン)と違って、マンダレーではバイクの
 運転が許されてますね。
 さすがに水対策もばっちり。
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 「ションベン小僧」の「水」をかけるのですか?
 果たしてこの水で1年の汚れが落ちるのか?
 疑問だなあ、さて。
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 お、シャンの旗がヒラヒラと。
 初めて見ましたねシャン系のマンダ(舞台)を。
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 おお、これは。
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よく見るとフロントグラスが無いじゃないですか。
 この状態でバシャバシャ水をかけられながら運転する
 のですか。


 うわ。こりゃたまらん。耳に水が入ると後が大変。
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 うひゃ、あひゃ、これは水の勢いが強すぎるわ。
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 やめておくれ、って、手で止めても、もう遅い。
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 おもいっきしかけられます。
 あれほど消防用のホースはダメだよ、っていわれて
 いるのに。
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 これは勢いが強すぎる。
 うう。

 

 う~ん、舞台が高く、道路から離れているし、植木が遮って
 いいアングルで写真が撮れんよ。
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ちょいとトリミングしてみました。

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 息子よ、お父さんが守ってやるから、っていう感じ。
 なら、初めから連れてこなきゃあいいのだが。
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 そういったら、身も蓋もない、そやね、はい。


 さ、もう一息だ。それで、ひと段落。
 前半最後のスパートだ(のはず)
 たまった原稿を仕上げよう。
 写真編集を終えよう。
  


 パンクの若者も踊り疲れ、水かけられ疲れ、の模様。
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 こちらのパンクはまだまだ元気。
 ちょいと猫踊り。
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 ニャオ、と。




 こちらは警備を休憩して家族団らん。
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 そう、警備は大変。
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 水をかけられてもちっとも楽しくなさそう(トー然か)
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 オイラたち3人組もこれから、水をかけられに出発します。
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  、っていう感じ。
 おいおい、そのうちの一人は警備の制服を脱ぎ捨てましたよ。
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 さて、それは誰でしょう(靴を見れば一目瞭然)



 うう~、エンジンが水を吸ったかな。
 プルプルと止まりかけてるよ。
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 必死で押します。



 おっと、水の勢いが弱いね。それにタイミング外しているよ。
 やっぱ子どもだな。
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 やっぱりこちらのお兄さんは年季が入ってる、ずばり命中。 
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 こちらもビシッと命中。
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 隣国タイではソンクラン(タイのみずかけ祭り)の期間、
 バイクの事故で死傷者が多発するとか。
 ビルマでも気をつけてね。


 これだけ水を浴びせられると写真も撮れんよ。ったく。
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 マンダレーらしく。お堀の傍のマンダ(舞台)から水をかける。
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 タイもカンボジアもビルマも(その他の国・・・日本でも)「みずかけ祭り」
 が始まった模様。

 ちなみに大阪は15日です(タイ式ですけど)
 誰か行く?


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 パオ民族の日である。
 パオのパゴダは参拝客でいっぱい。
 
異なった諸民族が同じ仏教でまとまる日でもある。
 う~ん、言いたいことが上手く伝えられん。
 どう説明したらいいのかな。
 民族、宗教、国家の関わり合い、こんがらがってくるのだ。
 
 いづれにしろ 何を祈り、拝み、願う、のか。


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 すやすや眠っていますね。
 ホント、すやすや、の一言に尽きます(年長者に対して失礼?)

 ほんのり微笑んでいるのは、夢のせい。
 思わずその笑顔に誘われます。

 0時過ぎオフィスを後にする。
 4時過ぎ寝入る。
 
 10時半過ぎ起きる。
 ベッドの上でウトウト。枕を思いっきり抱いてたら、転がり
 落ちそうになった。
 いったい何の夢見てたんだろ?
 ムフ?

 昼からBUDで情報収集。
 ちょっと気になる記事を見つけた。
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 ...in the future photojournalists would no longer be shooting
still pictures, but instead would be using video as their prime
medium of acquisition.
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< 全文はこちら >

 いよいよ次の時代への変わり目か。
 いまさらうろたえてもどうなるモンではないが、時代や技術が移り
 変わっても、変わらないモノがあるはず。それを土台にしてこの
 仕事をやっていくしかない。
 ううう。

 17時過ぎ、ファイル転送。
 17GBはやっぱり重たい。
 やっとファックス届く。

 18時過ぎ、オフィスへ。
 うわ、もう水が飛び散ってる。
 なんで?
 ちょいと濡れた。
 編集作業につきあう。
 うわ、ポータブルHDがツルリと手から落ちた。
 冷や~。
 買ったばかりの120GBだぞ。
 壊れたかな・・・ドキドキ。

 21時過ぎ、資金回収。
 やっとっていう感じ。
 これで次の行動へ移れる。
 ほっ。
 この数ヶ月が夢のよう。
 これからはこれまで通りの、相変わらずの綱渡り。
 これが性に合ってるわ。
 うん。


 仏門に入る得度式。
 シンピュー式とも言います。
 この日ばかりは、普段のガキっちょも王子様になります。
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 これが現代のシンピュー式といえるんだな。
 (んでも、サングラスのシールを剥がしておくんなさい)

 朝起きて、原稿書き。
 ペチペチペチペチペチとお仕事。

 昼過ぎ、情報収集のためネット徘徊。
 あ~、こんな情報あったんだー、と。

 そいや、先日、久しぶりにKティちゃんに再会。
 おお、赤ん坊が!
 すごい。
 オフィスがナーサリーになってる。

 何がすごいって、途中を飛ばして、いきなり赤ん坊というショートカットだもの。
 「この子がねー、みんなを幸せにしてくれるのよ」だって。
 でれでれでした。
 おお、(分かっていたけど)ショック。

 で、もう一つすごいことが。
 Kティちゃん、若返っている。20歳から年齢が加わっていないような。
 あら恐ろしや。
 ここまで来ると、妖怪だな。
 
 部屋に戻ってペチペチペチペチペチ。
 
 ビルマと北朝鮮が国交回復、だとか。
 あのね、遅すぎるよ。
 っていうか、完全に北朝鮮に引きずられたニュースだな、こりゃ。

 夕方、MさんとSさんが来訪。
 ぐちゃら。
 で、近くで食事をしながら業界ネタをぐちゃら。
 で、3人寄れば、生活苦(?)の話となる。
 ははは。
 でもここはお気楽(って、オレだけか?)天国だし。
 ま、なんとかなるわな。

 食事の後、Mさん宅に寄って、本を借りる。
 やっぱり研究者(?)だけあって、タイトルが違うわな。
 で、4冊ほど借りる。

 そいや、本といえば、楽しみに待っている本があるのだ。

 2月半ば、平川氏のブログを読んでいたら、次のような本が
 出るとのこと。

 内田氏との共著『東京ファイティングキッズ』と、その続編である
 『東京ファイティングキッズ リターン』を読んですっかり平川氏の
 ファンになってしまった。

 2月14日の平川氏のブログにはこうある(少々長い引用になるが)
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《『株式会社という病』の最後の山場を登攀している。・・・・・。

 私は、ビジネスの現場で三十年間、働いてきて、多くの疑問に逢着してきたが、そのうちのいくつかはビジネスの現場だけでは解決できない種類の問題であると思っていた。たとえば、ビジネスとは何かという問いに対する答えは、ビジネスの現場には埋まってはいない。そのような問いは、それほど多くはないのだが、いくつかは並べられる。交換とは何か。商品とは何か。働くとはどういうことか。会社とは何か。

 
これらは、いずれも原理的な問いであり、ビジネスの現場にはなじまない。現場とはそもそもこのような原理的な問いを拒むところに営まれている。このような原理的な問いが終わったところから、あるいはそれを一旦括弧に入れて営まれるのが現場というものだろう。どんな複雑な思想もただひとつの結果としてしか実現できない。それが、遂行的であるということの意味である。》

 
《その意味では、本書もまた具体的なビジネス上の諸問題は扱わないだろうし、実際の役に立つようなハウ・ツウが書かれることもないだろう。(本音を言わせていただければ、即戦力として実際の現場で役に立つノウ・ハウなどというものは誰によっても書かれたためしはない。もし、その作者がビジネスに長けた経済合理主義者ならば、「必勝の要諦」などというものは秘匿してこそ価値があることを知っているはずだからである。もとより私は競馬の予想屋でもなければ、スピリチュアル・カウンセラーではないのである。)
 
 では、何のために、ビジネスの現場では糞の役にも立たない本を書くのかと問われるであろう。

 その理由は前述したとおりである。ビジネス上の問題のいくつかは、ビジネスの現場では解決できない。そして、そういった問題について直接応えてくれるビジネス書が書店には並べられていない。この二つの理由によって、私は、私自身が読んでみたい、ビジネスの原理論とでもいうようなものを書いてみたいと思ったのである。別の言い方をするなら、人間は合理的であろうとして、何故、非合理的な行動をとるのかについて私自身が知りたかったからである。あるいは、非合理極まりない人間という存在にも拘らず、どうして知性は合理性に惹き付けられるのかといってもよい。

 何故ビジネス上の問題のいくつかは、ビジネスの現場では解決できないのか。
 この問いには、簡単にお答えすることができない。いや、それに答えるのが本書のテーマでもあるのだ。労働、創造、交換、交流といった要素で構成されているビジネスは、そのどれひとつを欠いても人間が人間であることを説明できないほど人間的な行為である。》

 《思想が思想足りうる条件とは何か。それは、どのような問題にも明確に答えうるような処方を持っていることにあるのではなく、この世の中に生起するさまざまな問題を、特殊な人間によって、特殊な状況のもとで引き起こされたものだといった対蹠的、診断的な処理をしないということであると私は思っている。対蹠的、診断的な処方は、個別遂行的な課題には何らかの効用があるだろうが、習慣を超え、言葉を超え、思考の枠組みそのものを超えて、人性に爪跡を残すことはできない。それは問題を発見したり、解決したりしたのではなく、ただ整理したに過ぎないからだ。思想が思想足りうるためには、いかに特殊な事象に見えようが、そこから人間全体の問題に繋がる普遍性を取り出せるかどうかということであり、そこにこそ思考というものの全重量がかかっている。》
 --------------------------------------------------
 前著である『反戦略的ビジネスのすすめ』を読んで、私自身、
 商売(ビジネス)とは一体何なんだろうかと、ちょっと考えさせられたから
 である。

 
というのも、ここ数年ビルマ取材に通って、現地で実際に値段交渉を
 する度に痛感させられてきたことがある。
 
 「どうしてこれほどまでに彼らは値段にこだわるのか」
 、ということである。
 
 1K(チャット)でも相手からせしめることを考えている(し、そういう態度に出る)
 1Kといえば1円ぐらいである。

 また、100K(時には10K=10円くらい)の値段交渉で延々と
 口角泡飛ばして、やりとりする。
 
 そこには信頼関係を築くという態度はない。あくまでもワンタイム
 ビジネス(1回切りのやりとりである) 

 相手から少しでも取ろうという態度から友好関係など出来るわけがない。
 次がない、その場限りのビジネス。

 モノが不足しているせいか、売る側に優先権があるのも値段交渉を
 やっかいしているところがある。イヤなら買うな、他の店に行け。
 長距離バスのチケットを買うときでも、イヤなら乗るな、だ。
 モノも座席も限られているため、買う側が下手に出ざるを得ない。
 
 ちょっと話がずれた。
 今回、平川氏のブログでドキンとしたのは、次の部分である。
 

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 「ビジネスとは何かという問いに対する答えは、ビジネスの現場には埋まってはいない。そのような問いは、それほど多くはないのだが、いくつかは並べられる。交換とは何か。商品とは何か。働くとはどういうことか。会社とは何か。
 
 これらは、いずれも原理的な問いであり、ビジネスの現場にはなじまない。現場とはそもそもこのような原理的な問いを拒むところに営まれている。このような原理的な問いが終わったところから、あるいはそれを一旦括弧に入れて営まれるのが現場というものだろう。」
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 時に自分もそうだが、写真を撮るとは、写真とは、現場で得た経験から
 説明しようとすることがある。だが、どうも納得のいく言葉が見つから
 なくて困ったことがある。
 
 そう、写真を撮る現場は、そういう(写真論みたいな)ものに
 なじまないということだな。無理矢理答えを出そうとすること自体、
 無理があったのだな(当たり前か)

 自分の理想と考える行動や行動原理、それと実際の写真を撮る現場での
 行動は違うことが多いと感じる(うまく説明できないが)

 通常は、いかに良い写真を撮るか、に全力を注いでしまう。
 構図や光の陰影、一瞬の表情のシャッターチャンス、その現場を上手く
 切り取った全体のバランス・・・などなどを考えて行動する。

 そこでは、写真を使って伝えたい思想や行動原理はすっ飛んでしまう。
 写真を編集する段階になって、ああでもない、こうでもないと後付の
 説明が付け加えられる。現場が先にあって、思想が後追いする、という
 ことかな。現場に鍛えられる、というのもそういうことかな。
 (上手く説明できないが)

 写真家は現場に行かないと写真を撮ることができない。それ故、
 勢い現場至上主義に落ちいってしまうことがある。
 ふん、現場も知らないのに何言うか、と。
 もちろん現場は大切だが、それだけを大切にするのもおかしい。

 そんなことをツラツラ考えながら、平川氏の次の本を待っている。


 で、今日、久しぶりに平川氏のブログを見ると、昨日の選挙の件に
 ついて言及してあった。
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 選挙があるから、
 義務を果たしに行くのである。
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 えっ、選挙とは「義務」だったのか?
 おそらく、多くの人にはそういう思いがあるのだろうか。
 選挙好きの私は、棄権回数ゼロだ(海外渡航時はむりだけど)
 


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 カギも立派な売り物(トー然)
 で、カギのかかるディスプレイに仕舞われます。
 (って、今回の写真も、何が言いたいのか?<いよいよ
 ネタ切れ?)


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 偉い(はずの)僧侶。
 お金の入った小鉢を前にして、そうやって座られると、
 ついつい穿った見方をしてしまう。
 そこまでしなくても・・・、と。
 
 やっぱり宗教的な背景も違う社会ですし、はい。
 (<って、今回は何が言いたいのか?<ちょいと歯切れが
 悪い)

<客待ち>

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 川岸で客待ち。

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 同じ川岸で、これまた客待ち。
 馬車と3輪タクシー。どちらに軍配?

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 と、これは市場で客待ち。
 荷物運びの子どもたち。

<与える?>

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 昨日(4月6日)の投稿を読み返していて、ん? って思った。
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 これについて私が質問を投げかけたとき、マオイスト
 の幹部デブ・グルンは次のように答えた。
 『私たちの思想のガイドラインとしてマオイズム(毛沢東主義)
 を踏襲していますが、戦略に関しては常に独自の方針をとって
 きました。私たちは中国のような一党独裁制度は間違っている
 と考えています。中国の共産党は支配政党になったあと、党幹部
 が資本主義者のようになり腐敗しました。これは国民に政治的
 自由を与えなかったために、国民による政府のチェック機構が
 働いていないために起きたことです。私たちは国民に思想の自由
 と国家に反逆する権利を与えるべきと考えています。政党間の
 自由競争を通じて、国家が誤った方向に進んでいないかどうか
 チェックするシステムが必要と考えるのです』」
 (P.242)
 
 これはすごい。
 特に、自ら国家に反逆する権利を与える、とは。
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 やっぱり、おかしい。
 本当は、与える の方にもチェックを
 いれるべきだった。

 思想の自由や国家に反逆する権利は、与えられるべきものなのか?
 
 そう考えると、こういうような発言をする政治家を議席につける
 のは、ちょいとどうかなと思ってしまった。


 村の朝は早い。
 太陽の昇る前から人は動き出す。
 朝靄、いや朝霧の中人が現れた。
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 乳白色に染まった村の一日が始まる。

 W氏に残してもらった、小倉清子『ネパール王制解体』(NHK
 ブックス、2007年)を読了。

 気になっていたネパールのマオイストの姿をちらりと見ること
 ができた。非常にためになる本だ。
 それに3月末から4月にかけて、実際にマオイストが内閣に
 入るという、現在進行形で起きている事態だけに、フムフムと
 いいながら読んだ。

 いくつか参考になる箇所がある。
 借りしてもらった本だけど、朱線ひいて、ごめんね。
 「マオイストにとって、憎しみという感情が武装闘争を続ける
 うえでの重要なモチベーションになっているのだということが
 わかる。」(P.140)
 「この時点で、ネパールのマオイストは本来の毛沢東主義とは
 異なる路線を歩み始めたことになる。では、彼らはなぜ自身を
 「マオバディ(マオイスト、毛沢東主義派)」と呼ぶのかという
 疑問が湧くが、これについて私が質問を投げかけたとき、マオイスト
 の幹部デブ・グルンは次のように答えた。
 『私たちの思想のガイドラインとしてマオイズム(毛沢東主義)
 を踏襲していますが、戦略に関しては常に独自の方針をとって
 きました。私たちは中国のような一党独裁制度は間違っている
 と考えています。中国の共産党は支配政党になったあと、党幹部
 が資本主義者のようになり腐敗しました。これは国民に政治的
 自由を与えなかったために、国民による政府のチェック機構が
 働いていないために起きたことです。私たちは国民に思想の自由
 と国家に反逆する権利を与えるべきと考えています。政党間の
 自由競争を通じて、国家が誤った方向に進んでいないかどうか
 チェックするシステムが必要と考えるのです』」
 (P.242)
 
 これはすごい。
 特に、自ら国家に反逆する権利を与える、とは。
 
 「ネパールにおける『開発(発展)』とは、都市部に住む人たちと
 農村部に住む人たちのさまざまな格差を縮小することにある。」
 (P.305)

 これもまた、国の豊かさとは、国民の幸せとは、国家の発展とは
 何か、を考える上で重要な指摘であろう。

 非常に有意義な本だったが、人名や地名が複雑で、ネパールに興味
 を持つ私でさえ、うっ、とくる箇所が幾つもあった(これは単に
 私の読み込み不足、かな)

 原稿の修正。
 締め切り前にほぼ7割が仕上がった。
 おお、っていうかんじ。
 ここで手を抜いたら、後がしんどいのだよ。


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 (昨日に続き)こちらも鍬を打ち下ろす。

 お、でもよく見ると刃が逆を向いてますね。

 ここは、畑じゃありません。
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 おろっ、一体全体、ここはどこだ。


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 よく見ると、ここは露天掘りの銅山でした。
 掘り出した土を砕いてます。

 乾期のせいか、地面が乾ききってますね。
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 そこに鍬を入れ、シャベルで掘り返してます。


<密約事件>

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 この間、内田樹氏の『下流志向』を読んでいたら、次のような記述
 があった。
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  同じく八〇年代以降に全国の中学高校で見られ始めたことなんだ
 そうですけれども(諏訪哲二『オレ様化する子どもたち』から)、
 生徒がトイレで煙草を吸っている。それを教師が見咎めて、「こら、
 煙草吸っただろ」と言うと、煙草をもみ消しながら、「吸ってねえよ」
 と言う。今、目の前で吸っていたのに、「吸っていない」と強弁する。
 あるいは、試験のときにカンニングしている子がいる。「これはカン
 ニングペーパーだろ」と教師が指摘しても、生徒は「そんなもの、
 見てねえよ」」と言い張る。
  明らかに昔の不良とは違ってしまっている。昔日の不良少年たちは、
 悪いことをしているという自覚があり、それを指摘されれば、とりあ
 えず、「悪いことをしました」」という事実関係については争わなか
 った。それが違ってきた。今や生徒たちは、事実そのものを否認する
 ようになってきた。現に目の前で起きていて、教師も生徒自身もその
 事実を現認しているにもかかわらず、「そのようなことはなかった」
 と平然と否認する。そういうエクスキューズの仕方が、ある時期を境
 にして、全国的に広まった。誰も教えているわけではないし、そういう
 ことが流行しているとメディアが取り上げたわけでもない。わずかな
 期間のうちに、全国の中高でそういう言い方を生徒たちが一様にする
 ようになった。
  この傾向は最近では年長の世代にまで拡がっているように思われます。
 八〇年代に高校生だった諸君も今や四十代くらいの大人になってきて
 いたんですから、当然です。彼らは中学高校の時代にその有効性を
 経験的に実証したこの交渉術を現在もさまざまな社会関係の中で活用
 しています。
  よく不祥事を起こした企業の責任者が釈明するというニュースを目
 にします。たいてい最初は「訴状を見ていないのでコメントできませ
 ん」と木で鼻をくくったような返答をします。告発を受けても、最初
 のうちは「そのような事実があると聞いていない」と突っぱねる。申
 し開きのできない証拠が提出されると、一歩ずつ後退して、一つずつ
 非を認め、最後に「申し訳ありません」と全面降伏して頭を下げる・
 ・・・・。そういうプロセスをテレビで見飽きるほど見せられてきま
 した。・・・・・。どうしてこんなに引っ張るのだろうと不思議に思
 うのですが、彼らにはそれができない。好きでやっているわけじゃな
 くて、おそらく子どものころから、どんなに動かぬ証拠が示されて非
 行を咎められても、とりあえず「やってねえよ」と突っぱねるところ
 から交渉を始めるということを習慣としてきたので、もうそれ以外の
 対応ができなくなってしまった、そういうことではないかと僕は思い
 ます。
 (PP..29-31)

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 長々と引用したのは、つい最近気になる記事を3本読んだからだ。
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 <沖縄密約事件>西山元記者の請求棄却 東京地裁
 3月27日21時10分配信 毎日新聞
 沖縄返還(72年)を巡る日米交渉での密約を示す文書を入手して71年に報道し、国家公務員法違反で有罪判決が確定した元毎日新聞記者、西山太吉さん(75)が「密約を否定した検察官の起訴や政府高官の発言などで名誉を傷つけられた」として、国に対し3300万円の賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は27日、請求を棄却した。
 ・・・・・。
 西山さん側は00~02年に見つかった米国公文書などを基に「密約は、国家公務員法で保護されない『違法な秘密』に当たるから、秘密漏えいをそそのかしたとの有罪判決は誤り。検察官が今も(無罪を求めて)再審請求しないのは違法」とも主張したが、判決は「原告自身も請求は可能で、検察官が義務を負うとは言えない」と退けた。【高倉友彰】
 ◇沖縄密約事件 71年の沖縄返還協定で米国側が支払うはずの軍用地復元補償費400万ドルを日本側が肩代わりするとの密約の存在を、西山元記者が同年5~6月に特報。外務省の女性職員をそそのかして極秘電信文を入手したとして2人は国家公務員法違反で起訴され、有罪が確定した。00~02年に密約を示す米公文書が発見され、05年4月に提訴。06年2月には協定当時の外務省アメリカ局長が密約を認めたが、日本政府は否定し続けている。

最終更新:3月27日21時39分
   
『毎日新聞』
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 那覇空港返還「日本が費用負担」=また日米密約裏付ける文書
 4月1日7時0分配信 時事通信

 【ワシントン31日時事】・・・・・。
 沖縄返還をめぐっては米国との密約により移転費用などを日本側が負担したことが分かっている。外務省は密約の存在を認めていないが、返還を推進した当時の有力閣僚による米軍移転経費負担の具体的な提案が確認されたことは、密約の存在を裏付けるものになりそうだ。 
 最終更新:4月1日7時0分
   
「時事通信」
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 「沖縄密約」に言及しなかった司法の限界
 東京地裁、西山・元記者の請求を棄却
 松原 ただし 2007-04-03 03:18 (OhmyNews より)

 先週3月27日(火曜日)、いわゆる「沖縄返還時の日米密約問題」(文末に注記)について、元毎日新聞記者・西山太吉さんが国を相手取って謝罪と損害賠償を求めていた訴訟について、東京地裁が判決を下した。

 東京地裁の判決は、密約の存否には全く言及せず西山元記者の請求を棄却するものであった。国の主張を全面的に認め、

 「仮に起訴などが不法行為だったとしても、賠償請求権は除斥期間の経過で消滅している。その後の国務大臣らによる『密約はない』との発言は行政活動に関するもので個人の社会的評価を低下させていない」
と結論づけた。

 ・・・・・。

 「沖縄密約」の存在が公知になっていながら、いまだ頑なに否定しているのは、国(行政府)である。良識ある国民なら、「沖縄密約」が実際に「存在した」ことをよく知っている。あったことを「存在しなかった」といまだに言い続ける国の姿勢は、奇異でしかない。
 2000年から02年にかけて、密約を裏付ける米国の公文書が次々と公表された。日米交渉を担当した外務省元アメリカ局長・吉野文六氏も昨年、「密約はあった」と明確に認めている。沖縄返還交渉を担当した当時の政府高官が認めているにもかかわらず、日本政府は今なお「密約」の存在を否定し続けているのだから、国民も舐められたものである。
 ・・・・・。

  "OhmyNews"

 【「沖縄返還密約」とは】 1971年6月、日米間で調印された沖縄返還協定で、米側負担と定められた軍用地の原状回復補償費400万ドルを日本側が肩代わりする密約があったのではないかと、調印直後に毎日新聞記者だった西山太吉氏が記事で指摘した。1972年3月、西山氏が外務省の女性職員から入手した極秘電文を基に、当時社会党の横道孝弘衆議院議員が衆議院予算委員会で密約の存在を追及した。日本政府は現在も密約を否定しているが、密約を裏付ける米公文書が発見され、昨年、日米交渉を担当した吉野文六・外務省元局長も密約があったことを認めた。文藝春秋に連載中の、山崎豊子氏の「運命の人」は、この事件を題材にしていることでよく知られている。

 c2007 OhmyNews
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 この「沖縄密約事件」に関して、阿部首相(官房長官当時)は、
 公式の記者会見で「そういう情報は上がってきていない」と完全に
 事実関係を突っぱねた。
 それを偶然テレビで見ていた私は、ああ、やっぱり、と思った。
 
 この事実を突きつけれれても、否認するという態度は、今に始まった
 ことではないと思う。大人の社会(政治の社会)ではすでに当然なこと
 としてまかり通ってきた。それが子どもの世界におりていったに過ぎない
 のではないか、と思う。
 
 子どもたちが「義務」と「権利」を取り違えているように、政治家も
 また「国益」と「省益」(或いは自らの権益)を取り違えているようだ。
 (今更、指摘するまでもないが)

 このような傾向に対しておかしいのではないか、という声がようやく
 上がるようになってきた(と、思う) だが硬直した裁判制度の下では
 その変化が訪れるにはまだまだ時間がかかるようだ。
 
 その流れを加速させるために、まさに松原 ただし氏が指摘するように
 メディアの役割が大切なのだと思う(あまり期待できそうにないが
 <オマエが言うな、って?)
 


 炎天下、真夏のビルマ、乾燥地。
 キャベツ畑に鍬を打ち下ろす。
 DSC_5423.jpg
 農作業に季節はありません。
 そう、毎日が労働日。

<絶句>

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 見沢知廉『囚人狂時代』(新潮文庫、1996)を読了。
 本書の中に、その時代を騒がせた一柳氏、丸山氏についての
 記述があった。

 藤原新也氏の顕した一柳像、丸山像とは全くかけ離れていたので
 興味深かった。
 
 この本を読んで一番驚いたのが、「あとがき」の最後の部分、
 連絡先と謝辞の直前に書かれた、次のような最後の一文であった。

 「結局、人生において、幸と不幸、苦痛と喜びの分量は、差し引き
 ゼロになるようになっていると、最近よく思う。
  こうやって生きていることが、楽しいのだ。」(P.270)

 この本の出だしはこうである。
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 出頭
 「どうする、見沢? もう逃げきれないぜ」
 Fは真剣な目で俺を見つめた。一九八二年秋。新左翼セクトから
 転向して、当時、ある新右翼団体のリーダーだった俺は、「スパイ
 粛清事件」に加わった一人として全国指名手配を受けて、神奈川県
 で探偵をしているFが探した古い家に潜伏していた。
 共犯である愛国党系のKが自首したのをきっかけに、捜査網は着々
 と狭まっていた。やはり共犯である設楽や少年Tも、すでに拘留
 されている。
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 この事件あらましは、確か鈴木邦男氏の著作で簡単読んだ覚えが
 ある。
 
 そう、人を殺めてしまったのである。
 その本人の著作の最後で、「こうやって生きていることが、楽しいのだ。」
 と読まされるとは思わなかった。
 
 絶句、としか言いようがない。

 <電気のない生活>


 「シドニーでオペラハウスなど一斉消灯、温暖化対策を訴え」
 、っていうニュースが流れていた。

 [シドニー 31日 ロイター] オーストラリアのシドニーで31日、地球温暖化ガス削減キャンペーンの一環として、観光名所オペラハウスなどの照明を一斉に消すイベントが行われた。一斉消灯の時間は午後7時半から8時半までの1時間。
 レストランではキャンドルに火がともされたほか、・・・。
 ・・・・・。
 今回のイベントを主催した世界自然保護基金(WWF)オーストラリアのグレッグ・ボーン氏は「シドニーでの一斉消灯はオーストラリアのみならず世界中の国にとってもよいことで、自分たちにも何かできるという非常にポジティブなメッセージを送ることにつながる」と話していた。
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 趣旨とはかけ離れるけど、ビルマで電気のない生活をおくった(ている)
 身としては、余った(?)電気があったら、こちらに回して欲しいと思った。
 
 エアコンがないのは扇風機で我慢できるとして、バッテリー類の充電が
 できなくなるのは困る。

 それに電気がないと、水を送る(くみ上げる)ポンプが動かないので、
 水なしの生活に陥ることもあるんだよね。

 まだまだ電気のない生活を送っている人びとがこの世界にはたくさんいる、
 っていうことまでには思いを馳せることは・・・、まあ、無理かな。

<新・空港>

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 「ヤンゴン国際空港」のリノベーションが終わりに
 近づいてますね。
 
 新・空港はなんでも、輸出用の野菜(果物?)を
 保管する冷蔵・冷凍設備も完備しているとか。
 
 到着ロビーもピカピカになりました。
 DSCF1440.jpg
 庶民は生活苦だというのにこのお金の使い方
 (どこかからの援助?)、
 
 いったい、誰のための政府なんでしょうか(いらんお世話? 
 はい、そうです)


 今日はオフの日だと決める。
 たまには自ら進んで休まないと今後が続かない。
 
 ・・・・・。
 
 久しぶりにネットづくし。

 蜂に刺された頭のてっぺんが化膿してヂュクヂュクと膿んでいる。
 痛みの峠は越えたし、化膿した部分もかさぶたができはじめたの
 で治りかけているのは分かる。それでも目に見えない部分だけに
 気になる。

 ひたすら原稿書きにいそしむ。
 と、15時半、いきなり落雷。
 慌ててラップトップの電源を落とす。
 サンダル修理屋さんに行く。
 ええ按配に直っていた。
 と、落雷と豪雨。
 しばし雨宿り。

 ・・・・・。
 
 テキストの打ち込みを始める。
 しかし、ここ数ヶ月なぜか集中して文章を書くことができない。
 なぜだろうか。
 書きたいと思うことは山ほど思いついているのに。
 やる気の問題かな。

 夕食はこれまたエビチャーハン。

 ちょっと気になって調べてみると、姜尚中氏も、平川氏も、内田氏も
 1950年生まれ。それに十河氏は1951年生まれ。
 みなさんほぼ同い年。
 やっぱりこの年なのかな。
 フム。

 夜、湯沸かしコイルが壊れる。
 翌朝3時までかかって修理するが直らず。
 ったく。
 新しいのを買わないとダメか。


 DSC_5552.jpg
 ボージョー・アウンサウン像の前を歩く交通警官。
 さすが大手を振って、キビキビ歩いてますね、うん
 (感心している場合か、おい)


 DSC_5791.jpg
 こわごわと子象に手を伸ばします。
 そりゃ、母親象がすぐ横にいるから恐いです。
 (おのりゃ、我が子に手を出しよってに、って急に暴れ
 出すやもしれませんから)
 
 片手でちゃんと写真を撮れるかな(オートフォーカスよ頼む)
 怖々。
 
 と、届いた。
 DSC_5793.jpg
 なんだー、嬉しそうな顔して応えてくれたやんか。
 (象にも表情があったんだよね<てか、こっちの勝手な
 思いこみ?)



 朝5時前起きる。
 今日から新年度。
 布団干し。

 朝刊に目を通す。
 その昔、4月1日の朝刊は山口瞳氏のエッセイを読むのを
 楽しみにしていた。サントリーの広告の一部だった。

 確か、新社会人になる君へ・・・・といったようなタイトル
 だった。
 18歳の時、家を出る時、繰り返し読んだ覚えがある。
 あれからもう27年が経ったんだ。
 変わったようで、変わらない日々か。

 8時から写真編集に取りかかる。
 
 9時過ぎ、「米国から送ってくれた?」との催促に応える
 べく郵便局へビュン。

 朝早くからDエにて買い物。
 おお、今日は月初めの大売り出し。
 野菜が安い。
 買い込んでしまう。
 ついでにお米も(あらら)

 写真編集を続行。
 2008年、2006年分の第3回目を終える。
 さ、一番分量の多い2007年に突入。
 1時間ほど画面を見続けると、液晶でも目が痛くなる。
 
 ブログの整理。
 リンク切れが多いなあ。
 ウエブの整理は今月末までに終えることにしよう。
 なによりも写真の整理を終えねば。
 あ~、まだまだ先だ。
 
 軽いにわか雨たびたび降る。
 その度に布団がちょい濡れ。
 
 もとともプロ野球は広島ファンだったのだが、知らず知らずの
 うちに阪神ファンに変わりつつある。
 ラジオ放送は阪神一色だからだ。
 う~ん、困ったモノだ。
 サッカーは、もちろん鹿島アントラーズだ。
 
 23時過ぎ、寝入る。

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