2008年3月アーカイブ

 "THANK YOU SMOKING"、"HOSTEL" を見る。
 前者はいつも通り、米国風の説教映画。
 後者もいつも通り、米国風のバイオレンスとエロ。
 う~ん。
 ただ、どちらも、どうしてこういう映画を見ようと思ったのか、
 どうしてこんな感想を抱くのか。
 違った視点を喚起してくれるのが良い点かな(苦し紛れ)

 朝5時頃目が覚めて、眠れなくなる。
 朝刊をツラツラ読む。
 今日で年度末、31日か。

 国際面で「ポト派特別法廷 開廷前に資金難」という
 ニュースがあった。また、短信で「ディス・プランさんの
 訃報もあった」
 さすがにニューヨークタイムズ("The New York Times")は
 長い記事を載せている。
 この違いはなんなんだ?

 で、気になって日本の外務省のカンボジアのページを
 見てみる。
 もちろん「基礎データページ」は、2007年7月から
 更新されていない。
 基礎データだからいいのか?
 ほかのアセアン諸国はほぼ全て、2008年2月に更新されて
 いるのに・・・。
 どうしてだ?
 カンボジアだけ更新されていないのは、何か特別な理由が
 あるのか?

 
 写真の編集を始める。
 すぐに目がパシパシ。
 先が長いなぁ~。

 レタスのサンドイッチを喰らう。
 
 「ゲリラ攻撃や災害に対処し、海外派遣で先遣隊を務める
 陸上自衛隊の中央即応連隊が発足。」したそうだ。

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 陸上幕僚長の折木良一陸将は「今こそ武力集団としての
 原点に立ち返り時代の変化に的確に対応するたくましい
 集団に」と述べ、同隊長の山本雅治一等陸佐に隊旗を授与
 した。
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 の発言が一部で物議をかもしているようだ。

 私は、この言葉よりも、山本一等陸佐の発言が怖かった。
 確か(うろ覚えだが)「命をかけて・・・」というような
 言葉だった。
 
 昔の日本軍が復活したのかと思った。
 自ら命をかけるのは勝手だが、おそらくそのうち他の人にも
 こういう使命(や正義感)を強要するようになるはずだ。
 こんなに簡単に命をかけていいものだろうか?
 
 
 連絡業務をペチペチペチペチペチとこなし、写真編集を続行。

 午後、うたた寝を2時間ばかり。
 頭がぼぉ~。

 青い野菜と生ワカメの味噌汁で夕食。

 月末は出費が重なりトホホ。

 太陽の日差しは強いが、空気は冷たい。
 まだ暖房器具を直すにはちょい早い。

 23時過ぎ、寝入る。



 bd03824.JPG
 
学校帰りの買い食いといえば、やっぱりモヒンガーですね。

 しっかし、昨日に続き、こちらも女の子ばっかり。
 なんでだ?

 

 6時前、目が覚める。
 さすがに起きるのは早すぎる。

 ・・・・ん?
 でも何だかおかしい。
 
 確か朝6時過ぎ、便所に行ったはず・・・。
 ん?
 えっ、もしかして、もう夕方?
 通りで頭がぼぉ~っとしてるんだ。
 
 しばし布団の中でウトウト。
 と、電話が鳴る。
 「どうしたんですかー。もう送別会始まってますよー。
 今から来てください」と。

 
 おお、やっぱり夕方だったのか。
 何時間寝てたんだろ。 
 急ぎ顔を洗って(おお、外は雨だ)ビュンと出動。
 夕方の快速便で朝刊を読むのもオツなもんだ、と。

 駅について、信号待ちをしてたら、ん、なんだか雰囲気の
 ちゃう人が・・・M氏でした。
 M氏と二人揃って、Nさん宅へ。

 送別会+お帰りなさい会、もう始まってました。
 おお、ご馳走。
 寝起きでこんなん食べて良いのかな。
 食べて、飲んで、ぐっちゃら。
 21時半過ぎ?、おいとま。
 いつもご苦労様Nさんでした。

 神戸に戻ってもまだ雨降っている。
 う~ん、困ったなあ。
 ま、でも、ジャンクフードを買って、ビュンと帰宅。
 
 一日が早すぎる。
 ま、身体を休めろという危険信号なのだろう。
 うん。
 


 学校帰りに買い食い。
 買い食いってのは、ちょいと響きは悪いけど。
 でも、これも日常生活の一場面。
 bd03697.JPG
 
なぜか女の子が多い。
 なんでだろ?

 朝6時過ぎ目が覚める。
 快眠だとは言えないが、久しぶりに寝た、っていう感じ。
 
 昨夜は「朝生」だったが、最近、睡眠時間を削ってまでも
 聴きたいという魅力なし。かなりショー化しているし、お決まり
 っていう感じだからだ。
 
 この番組を熱心に聴いていた1990年前後の息吹はもう、
 番組にも自分にもない。ま、トー然か。

 
 布団の中でミカン(3種類?)をムキムキしながらお腹を
 満たす。
 ゆっくりと新聞に目を通す。
 一ヶ月4000円の情報量だもの。
 最近、ルポ調の記事が増えているので読み応えがある。
 
 枕元でラップトップを開く。
 さ、起きよう。
 体調はなんとか復活しつつある。

 布団を干して、コーヒーをコポコポ入れる。
 あ、食パンが一枚しか残っていない。
 食パンは無添加の「神戸屋」だよね。
 原材料名のところは、これだけである。
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 小麦粉・果糖ぶどう糖液糖・ショートニング・パン酵母・
 食塩・乳等を主要原料とする食品・発酵調味液・(原材
 料の一部に大豆、ゼラチンを含む)
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 大豆は、断り書きがないので、たぶん遺伝子組み換えか?

 それでも、他の食パンの原材料に比べて如何にシンプルか。
 でも、すぐに固くなる・・・。

 写真編集をちょこっとだけする。
 この先長い作業なんだ。
 
 CRTと向き合いすぎで、目がパシパシとなる。
 ビュンと出動。
 買い物と駅の本屋で立ち読み。
 
 雑誌をツラツラ。
 『月刊現代』が頑張っている。
 巻頭の記事は、おお、Oさんの記事だ。
 さすが。
 『週刊読売ウイークリー』にオダジマンが復活。
 ブログも休んでいたから、隠れファンとしてはちょい心配して
 いた。これほど読者を裏切ってくれる書き手もそこそこいない。

 Tタヤに寄って、半額セールだから(借り手もせこく)
 6本のDVDを借りる。

 "an inconvenient truth"、
 "THANK YOU SMOKING"、
 "Darwin's Nightmare"、
 "HOSTEL"、"HIDDEN"、
 『麦の穂をゆらす風』

 ビュンと帰宅し、オダジマンの『パソコンは猿仕事』を開く。
 何度読んでもゲラゲラ笑う内容だ。
 して、毒がある。
 あとがきの「解説」が面白い。
 マルチメディアプロデューサーの高木氏が書いている。
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 いきなりだが、小田嶋隆を語る上で『金庫破り』ならぬ
 『締め切り破り』の話は避けて通れない。彼は、編集者
 泣かせの、まさに札付きの締め切り破りの男だった(あえて
 ここは過去形にしておこう)。
 ・・・・・。
 まあ、普通であればそういう前科があると二度と原稿依頼
 がないものなのだが、小田嶋隆の場合はそうじゃないところ
 がスゴイ。確かに、小田嶋隆の文章は、それでも(懲りずに)
 原稿を依頼したくなる不思議な魅力を備えている。
 ともあれ、小田嶋隆が「締め切り破り」を楽しんでいるの
 ではないということは確かである。
 ・・・・・。
 やぱり待たされるだけの価値はあるのである。
 ・・・・・。
 ・・・・・。
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 読者も同じである。
 連載の週刊誌に名前が無くても、更新されないブログで
 あってもついつい、もしかして・・・、と期待してしまう
 のである。

 で、彼の毒を期待して『パソコンは猿仕事』の最初から
 読み直す。
 赤線が引いている。
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 コンピュータは業務を効率化する。その通りだ。
 が、問題は、効率化ということが本当に我々を幸福にして
 いるかという点だ。
 ・・・・・。
 ・・・・・。
 ・・・・・。
 結論を述べよう。
 パソコンが効率化しようとしているのは、業務ではなく、
 ほかならぬ我々人間なのだ。
 --------------------------------------------------
 
 具体的に毒のある話が延々続く。
 笑えて、(実は)笑えない日常生活がそこは書かれてある。
 怖い話ばかりだ。
 ゲラゲラと笑いながら、『我が心はICにあらず』も開い
 てしまう。

 最近オダジマンは、毒の薄い話が多いようだ。
 メジャーになったからだろうか。
 ここらで、生活をなげうった毒のある話を、読んでみたい
 ものだ。
 ウン。
 
  "an inconvenient truth"(『不都合な真実』)を見る。
 う~ん、なんか単純すぎる話。
 こういう映画を真に受けるほど、私は素直じゃないことに
 気づかされて、反省と納得(どっちやねん)

 考えるのもしんどい。
 電話でぐちゃらとしゃべって、寝入る。


 ビルマ国内を歩き回っていて、タイ国境に近い州、
 たとえば、カレン州やモン州などでは昔の日本軍の
 遺物に出くわすことがよくある。
 bd03705.JPG
 
ここはタニンダリー(タニンダイー)管区。
 日本刀を手に勇ましいビルマ将校の銅像(碑には
 1945年没とあるからアウンサウンではないだろう)
 が建つ。
 
 最初は、日本兵かと思った。
 どうやら抗日のビルマ兵らしい(たぶん、きっと・・・)
 
 ビルマでは、否が応でも軍事政権、軍国主義を感じさせ
 られる。
 ま、今もそれは現在進行形だから当然か。

 そいや、日本では海部文部科学大臣のもと、「君が代」を
 歌えるように指導したり、「我が国と郷土を愛し」との
 文言を学習指導要領に入れるように指導したとか。

 軍国主義の復活ではないが、ん?いや、新しい軍国主義(?)
 へ動きつつあるのかな。

 「国」はまあ別として、郷土なんか言われなくても
 愛したくなるような郷土なら自然と愛すんだよね。
 しっかし、「君が代」を強制的に歌わせる圧力は年々、 
 強まっているなあ。
 
 何かにつれ、自由度がなくなっているのを危惧する。
 ふむ。

 
 歴史的には、1945年で直近の戦争は終わったが、
 こういう風に現場を歩いて感じるのは、あの戦争は実は
 まだ終わっていない、と感じることだ。
 
 歴史にある事件を閉じさせようとする立場と思想は、
 その人の思想と立場と行動とを物語る。
 

 今日も間違い電話あり。 
 電話番号が簡単すぎるのが悪いのかな。
 ガッチャン。

 イー・モバイルが営業を始める。
 が、そのサービス内容がよくわからない。
 わざわざ乗り換えるほどでも・・・。

 今日もデータ入力。

 体調は60%ほど復活。
 それでも、ま、真剣に考えないこと。
 
 布団を干す。
 ちょいと気になって掃除機をかける。
 うわ、こんなにホコリが。
 
 きうりのサンドイッチを喰らう。

 データのバックアップとバックアップブログの作成。

 ホッ、これでようやく、本当に本当に、本格的に写真の
 整理に取りかかることができるなあ。
 ふぅ。

 予想通り、TタヤがDVDの半額セール。
 
 新聞の折り込み広告をツラツラ見ながら食品の買い出し
 を考える。
 ま、来週の月初めに期待か。
 で、今日も外出なし。

 借りてきているDVDを見ようとセットするが、ちぇっ、
 フォーマットがちゃうやん。
 城山三郎、熊井監督、見たかったのに。
 がっくり。

 日付が変わる前に寝入る。


 
 ロンジーという言葉は、もともとインドから来たとか。
 ビルマではもう一般的な言葉になっている。
 
 でも、厳密に言うと、男性用はパソウ pa-so、
 女性用はタメイン hta-main と呼ぶ。

 そのタメインは、女性のいわゆる腰巻きということで、
 洗濯は別、干すところも別(男性用の洗濯物の下位)に
 干される。

 DSC_3722.jpg
 (そういう文化があるということを頭の隅に)
 
 ふむ。

 朝7時過ぎ、ゴミ出し。

 持病が悪化。

 データの入力をしながら、とりあえず、今日という日を、
 一歩前へ進む。

 メメントモリ。


 袴田さんの再審棄却の件が気になり、本棚から一冊の
 本を取り出す。
 斉藤茂男『われに言葉は火と狂い』である。
 布団の中でツラツラ読み出す。

 日本の警察・検察・裁判所のひどさが分かる。
 この数十年、このシステムのひどさは改善されるよりも
 もっとひどくなっているようだ。
 
 何度も読み直す本であるが、いつも最後の方は目がかすん
 で読めなくなる。斉藤さんや黒田さんのような、こんな仕事を、
 生き方をしてみたいものだ。
 
 と、ページを進みながら、ふと気づいた。
 斉藤さんは、私が最近よくよむ平川さんと要は同じことを
 言っているのだ。

 たとえば、斉藤さんは、「ところで、日本の社会は目標
 達成型しゃかいだと痛感させられることがよくある。」と
 書く。
 
 平川さんは、「ビジネスを『お金」であれ、『達成感』で
 あれ、あるいは経営者の自己実現であれ、明確な目的が
 事前にあるものだとする考え方そのものが、ビジネスを
 つまらなくさせている原因のひとつであるということなの
 です。」(『反戦略的ビジネスのすすめ』)という。

 もちろんこれらのことはおそらく、他の多くの人も言って
 いるにちがいない。
 
 そこで思うのは、どうしてこの二人の言葉は私の胸に
 響いて他の人の言い方はそれほど強く感じないのか。

 たぶん現場というフィルターを通して生まれ出た言葉で
 あるからだろう。或いは、高度経済成長という戦後日本
 の一つの時代と真剣に向き合ってきたことから撚り出された
 からであろう。

 貧しくとも・・・。

 あと、「縁」か。

 
 チベットの事件は、世界的に報道されるが、中米のグアテマラ
 の小さな事件は表にでることはない。

 「マリオ・カアル・ボロンが警察や軍によって処刑される。」
 http://cade.cocolog-nifty.com/ao/2008/03/post_e9d6.html

 今にでも中米取材を復活させたいが、今の自分にはその
 財政的、時間的、エネルギー的な余裕がない。
 イジイジする。

 今の自分には、とりあえずビルマに関わるのが精一杯。
 ・・・と、言いつつ・・・。
 へへへ。
 
 とりあえず身体を復活させよう。
 で、寝よう。

<安静の日>

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 今日も安静の日々。
 
 日中は暖かい春の日。
 桜は開花だとか。
 夜、買い物へ。

 ペチペチペチペチペチとしつつ、ウエブ上で討論番組を
 ツン見する。

                   "難民と一緒に暮らせる日本に!" 

 ビルマ(ミャンマー)軍事政権による弾圧・迫害で故郷を離れ、
 日本に庇護・保護を求めている ビルマ難民申請者の裁判
 傍聴支援をお願い致します。

 ビルマ軍事政権の弾圧と迫害を逃れて、ビルマ・ロヒンギャ
 と呼ばれる少数民族が福岡国際空港に着いて直ちに難民
 申請をしましたが難民として認定されず、強制送還の発布令
 も出されました。

 軍事政権下で迫害を受けたり、民主化運動をしていたりして
 いた彼らがビルマに送還されればどんなことになるか、誰が
 考えても生命に危険があることがわかります。

 

 ビルマ・ロヒンギャ難民申請者公判日程

 3月27日(木曜)13:30~13:45
 (福岡地裁三階302号法廷)

 この日の公判後の報告会は弁護士会館が空いていなく
 法廷の廊下で致します。

 

 5月20日(火曜)13:30~13:45
 (福岡地裁三階302号法廷)
 公判後、裁判所敷地内の福岡県弁護士会館で報告会を
 致します。


 ビルマ難民申請者カチン族出身アウンラさんは、現在、
 難民不認定取消の裁判と再審情願で在留特別許可を
 求めています。

 アウンラさん、裁判期日
 5月19日(月)午後1時10分(福岡地裁三階302号法廷)

 公判後、裁判所敷地内の福岡県弁護士会館で報告会を
 致します。


 2007年度の日本の難民認定数が2月15日に
 発表されました。
 難民申請者は816人、認定者は41人でした。
 「先進国」では桁はずれに少ない認定数です。
 昨年も「難民鎖国」状態は変わりませんでした。

 日本に助けを求めてきたビルマ難民申請者の裁判傍聴・
 支援のぜひご参加・ご協力をお願いいたします。


 ***********************************
 青柳
 Eメ-ル:
y-aoyagi@r8.dion.ne.jp
 ***********************************

 さすがカチン州の市場だと思わされる掘り出し物(?)が
 あります。
 DSC_3161.jpg
 
これは豹?、まさか大きさからして、虎ではないわな。

 写真を撮ってると、そそくさと店じまいを始めた。
 やっぱりアカンことだと知っているようで。

 朝3時半まで仕事をこなす。
 『冤罪 File』なる雑誌を読む。
 う~ん、興味深い記事ばかりだ。
 知り合いも書いているし。

 巻頭の「周防正行監督インタビュー」を読んでみる。
 う~ん、映画『それでもボクはやっていない』を見たくなった。
 
 で、インタビューの最後。
 --------------------------------------------------
 -裁判員制度が始まったとき、私たち一般市民に問われるのはどういうことだと思われますか。

  裁判員制度について「あなたは人を裁けますか?」という問いをする人がいます。しかし、これは市民を怖じ気づかせるだけの言い方に聞こえます。
・・・・・。
裁判員が判断しなければならないのは、検察官が合理的な疑いを容れる余地がないほどに有罪を証明できたかどうかです。
・・・・・。
 --------------------------------------------------
 う~ん、そうだったのか。

 その他、里見繁さんが「現役テレビプロデューサーの激白 冤罪報道の客観性を問う!」として書いている。
 なかなかの雑誌である(タイトルも含めて)

後藤 さんんがウエブを久々に更新していた。
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 こうした取材態度が、かつての三浦事件で露呈したメディアの醜態であったことなど、若きリポーターたちは知らない。朝青龍に群がるリポーターたちにも同様なものを感じる。
 テレビメディアは長い間、人の不幸を娯楽化して生きてきた。だが、それを正面から言うのは憚られるので、それを誤魔化したいがために大義だとか人道とか、報道する意義だとかの正当性を後からくっつけてきた。しかしそれが後付けにもかかわらず、多くのテレビマンが勘違いをし、いつのまにか自分たちを品位のある"正義の味方"という自己欺瞞に陥らせた。本来"不幸を娯楽化する下品な輩"が正義を振りかざすとみっともないことが起こる。「三浦さん、一言」が「おい、三浦、こっち向け、何とか言ってみろ!」になる。
 ・・・・・。
 しかしここでは『報道ステーション』は存在しない。ニュースどころじゃない。早く回復して退院したい。そういう人々の巣窟。それが入院病棟だ。その当たり前のことにいまさらながらに驚く自分がいる。ニュースを送り続けるという自分の仕事が一切届かない人々がいる。それが当然と思えなくなっている自分がいる。なんとなく俺って傲慢だなあ、と思う。
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 うむむ、だ。

 朝刊を読んで寝入る。

 昼過ぎ起きる。
 自堕落な生活か?

 夕方前、ビュンと駅へ。
 ええ?
 無いだと?
 ったく。
 R駅へビュン。

 無理かな?
 ビュンと部屋に戻る。

 ペチペチペチペチペチと作業続行。

 18時過ぎ、飛脚氏が代引きのレンズ修理を届けてくれる。
 感じの良い配達の人だ。

 目がしょぼしょぼになるまで、ペチペチペチペチペチ作業。
 
 英国のライター(兼先生?)とのメールのやりとりがちょいと
 まどろっこしい。
 

<出荷作業>

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 魚の卸売市場です。
 魚をカゴに詰めて出荷作業です。
 
 冷蔵装置のないここでは、塩と砕いた氷が活躍します。
 DSC_0905.JPG
 
新鮮な魚を食べたいけど・・・料理方法が日本と
 ちょいちゃうので口に合わないのだ。
 食は結構、保守的なのであった。


 うとうと。
 空気が乾燥しすぎ。
 目が覚めたら、ノドがからから、痛いほど。
 冷えたコーヒーでノドを潤す。

 ビュンと大阪へ。
 HLでTA氏とAR氏と待ち合わせ。
 HL内のタイ料理のバイキング。
 日本風にアレンジしたタイ料理も美味い。
 ごっTZあんです。
 
 しばしぐっちゃら。
 ほぉー。
 400枚書き上げましたか。
 なんだかんだと進んでますね。
 
 四つ橋のサンマルクへと河岸を変える。
 ぐっちゃら。
 デジカメはほんに便利になったなあ。
 AR氏は30台もカメラを持ってるか。
 そりゃ普通じゃないよな。

 私ぁ、そんなに頻繁に買い替えできないしぃ。
 というか、蓄えないんだ。
 とほほ。

 15時過ぎ、TA氏は仕事へ。
 14時過ぎ、散会。
 
 ちょいと雨模様。
 
 Tタヤですんなり返金。
 
 ペチペチペチペチペチとデータ入力作業。
 
 仮眠してた起きたら頭がぼぉー。
 雨降り出した。
 

<仕事帰り>

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 DSCN2992.JPG
 
田舎道が自転車でいっぱいになる。
 勤め帰り、畠から戻る人でいっぱい。

 PCの調子がなにやらおかしいと思って、よくよく見てみると、
 あっちゃー。
 デスクトップの2台がウイルスに感染しているではないか。
 ったくー。
 
 ネットからワクチンをダウンロードして除去しようとするが、
 ダメだ。
 結構しつこいウイルスだ。
 シマンテックも AVG も機能しない。
 ったくー。

 ラップトップを見てみると、こちらはさすがに感染していない。
 本来ならタイやビルマで使いまくっているラップトップだから
 感染してもおかしくないはずなのに。
 やっぱり Vista の Business のセキュリティはしっかりして
 いるのか。
 
 デスクトップは XP と Vista の Premium だ。
 いろいろやってもダメ。
 あきらめて、朝刊を読んで、寝入る。

 10時半過ぎ起きる。
 やっべー、寝過ごしそうになった。

 布団と毛布を干し、ビュンと駅へ。
 
 さ、本格的にウイルス除去だ。
 オンラインでの除去もだめ。
 2時間半かかったのに・・・。

 試しにネットからマイナーなソフトをダウンロードして
 インストール。
 お、なんとか成功。
 ふぅ。
 それにしても迂闊だった。
 
 ペチペチペチペチペチとデータ入力。

 カレーを作って食べたら、お腹を壊した。
 ニンニクを入れすぎて刺激が強かったかな。
 
 夜、『パッチギ Love and Peace』を観る。 
 う~ん、内容を詰め込みすぎで、しっとり感がない。
 前作に軍配。
 

 
 ビルマの新年(みずかけ祭り)が近づいてきました。
 (ティンジャン、ダジャン、と言いますね)
 DSCN0020.JPG
 (写真は2年前撮影)
 子どもにまじって、大人も水鉄砲を物色します。
 大人げないというなかれ。
 年に一回のお祭りだもの。
 (さて、昨年のデモの影響はあるのだろうか?)

 8時過ぎ、目が覚める。
 う~、このまま寝ていたいけど、ピーカンの天気のようだ。
 這いながら起き上がり、布団を干す(執念やね)

 ぼ~っとしてたら、ピンポ~ン♪♪
 新しいカードが届いた。
 
 もう少しぼ~っとしていたら、またもやピンポ~ン♪♪
 ミカンが届いた。

 昨夜の「シャビー麺」がきいたのか、胃が重たい。
 何も食べる気がしない。

 ペチペチペチペチペチとデータ入力作業。
 
 15時過ぎ、熱いお風呂に入って、歯医者へと出動。
 う~、痛い痛い。
 あと2回くらいで終了か?
 治療費も結構かかるし・・・。
 
 ビュンと買い物。
 この数週間、歯医者の日はカレーと決まってたのだが、
 さすがに飽いた。

 で、大根おろし・納豆・もずく、とする。
 一人暮らしだと、大根一本がなかなかなくならない。

 ずっと机に向かって作業。
 と、外付けのHDに入れていた280GBのデータが読めなく
 なっている。
 う、なぜ?
 背中に冷たい汗が・・・。

 バックアップ用のPCでアクセスしてみると、なんとか
 ファイルを読み込めた。

 PCが悪いのか、HDが悪いのか?
 う~ん、嫌な感じ。

 ペチペチペチペチペチと作業は続く。
 


 「フォトジャーナリスト」 になりたいという人から問い合わせが
 来ることがある。
 また、「どうやったら、なれるのですか」との質問もある。

 ひどい場合は、新聞社(出版社)の就職に失敗したからフリーで
 やりたいというのもある。
 ・・・ 私はあえて、フリーの立場でこの仕事を続けているのを
 理解していないようだ(ま、協調性がないから 勤め人は無理
 というのもあるが)

 以下、2004年2月14日付の
「ジャーナル」に書いた日記を抜
 粋して返事に代えたい。

 ------------------------------------------------------ 
 別件で同じような内容の問い合わせが入っていた。
 歴史は繰り返す(ちょっと大げさやな)というが、ほんまや。
 
 ずいぶん前、この日記でも書いたと思う。
 「簡単な問い合わせには応じません」、と。
 「自分で実際に動いてみて、それでもうまくいかなかったら、
 聞いてください」と書いたと思う。

 で、またここで同じ返事をすることにしよう。

 ウエブを読んでくれていると言うから、読んでくれるだろう。
 そうです、あなたのことです、TSさん、Oさん。

 フォトジャーナリストを目指している・ジャーナリストを目指し
 ている。それは分かりました。でも、なぜ目指しているのか、
 その動機すら書かないで、カメラや学校、発表方法、私の
 職業的動機、果てはフィルムカメラとデジタルカメラの
 どちらがいいですか?
 それを問い合わせてくる。

 それも、名前だけ書いて、全く自己紹介も何もナシで。
 
 以前、「フリーになろうか、会社に勤めようか迷っている」
 という 悩みを一方的に送りつけられたこともあります。
 
自分は具体的に動かずに、「どうしたらいいですか」と。

 
失敗せずに動こうという、果実だけを手に入れようと言う
 安易な考え。
 
 
 そういう問い合わせに、私がなぜ、答えなければならない
 のか。
 分からない。

 そんな人が今後、ジャーナリストと名乗るのも怖い。
 世の中、失敗した人だらけです。傷だらけの人が多いです。
 そんな人びとを対象としようとするのに、自分だけスイスイと
 世の中渡っていこうとする。

 うがった見方をすると、ジャーナリストとは、誰かを利用して、
 他人の不幸を利用して自己実現を目指すということもあり
 得ます。

 自分の生き方ばかりを考えていて、果たして他の人の苦痛や
 苦悩をちゃんと伝えることが出来るのやろうか。
 
 自分の取材や発表を優先して、もっとひどい場合には取材の
 苦労話をメインにして仕事をする人もいるのが現実かな。

 繰り返しになりますが、なぜ、この職業を目指すのか、
 問い合わせの一文にそのヒントでもあれば、私は喜んで
 返事をしたいと思います。
 
 でも、全くそれが感じられない。

 自分の聞きたい都合だけで、問い合わせてくる。
 自分は匿名性の隠れ蓑(名前だけ告げて・・・)

 まあ、私は、「来るの者拒まず、去る者追わず」ですから、
 仕方ないですけど。

 あと、自分より若い人(文面から推察するに)へ、自分が
 経験したことを伝えるという責任がどこかにあると思うから、
 こうやって書き綴りますけど・・・。

 まあ、見知らぬ人にメールを出すのも「ある程度」は勇気は
 要ります。しかし、もっと、問い合わせの内容とその方法を
 考えてください。
 もし、自分が見知らぬ人から、同じような内容のメールを
 もらったとしたら、どうしますか。

 「私は○○○になりたいです。つきましては、そのやり方を
 おしえてください」と。

 もしも、返事をもらおうと思ったら、相手を動かすような
 問い合わせ(書き方)をしてください。

 もし、本当にフォトジャーナリストになりたいなら、ニンゲンを
 相手にする仕事をしようとするなら、もっと考えてください。

 今、間違ってもあとで取り返しがつきます。その方がいい。

 ジャーナリストが対象とする主題は、今後数十年は無くなること
 ありません。間違って間違って、やっと30歳になってから
 スタートをするのも悪くない(私は仕事として29歳スタートです)
  50歳でも、60歳でもいい(まあ、若い方がいいけども)

 本来なら、読み流す問い合わせですが、これからを期待して
 答えたつもりです。

 <こんな質問なら「まだ」答えようがあります。実際に動いて
 いますからね。でも質問は、もっともっと具体的に。>
 -------------------------------------------------------------
 「先日、図書館(本屋)に行って、米国の写真学校関係
 の本を探しました。でも、たくさんあって、どれを選
 んだらいいのか分かりませんでした。とりあえず、何
 冊か手に入れて、毎日目を通しています。どういう基
 準で米国の学校を選びましたか。」
 
 「人の写真を撮りたくて、毎日カメラを持ち歩いている
  のですが、どうしても怖くて、人にカメラを向けるこ
  とができません。どうしたらいいのですか。」
 -------------------------------------------------------
 まあ、そもそも、1回や2回、断られたからって引くようじゃあ、
 この仕事、続けられない。



  この数年、イラワジ河岸に暮らしている人の数が急増している
 ようだ。 もちろんほとんどが厳しい生活状況である。
 公的な数字には表れない貧困が明らかである。
 
 04bu0126.jpg
 そんな厳しい生活の中でも、子どもたちは弟妹の世話を
 しながら遊ぶ。

 彼等がいつの日か、自分たちが貧しいということに気づき、
 一体何を思うのか。
 自分たちの親を責めるのか、それとも社会を責めるのか。
 それともあきらめるのか。

 それを想像すると切ない(<って、一方的だが)


 どんよりとした曇り空。
 まあ、籠もって原稿を書くには良い日だよね。
 
 9時過ぎに起きだし、原稿の手直しをして、写真をつけて、
 ビュンと送信。
 ふぅ。

 ペチペチペチペチペチとデータ整理を続行。

 って、今日は休みだったんだ。
 何の日だったけ。
 ま、いいか。
 
 16時過ぎ、ビュンと外出。
 駅の本屋で雑誌の立ち読み。
 う~ん、なんだこの目次は。
 なんだこの脱力感は。
 別にお高くとまるわけじゃないけど、じっくりと読む気がわいて
 こない(<おいおい、立ち読みだろ)

 最近、チーズの値段が高止まり。
 困ったな。
 コーヒーも(値段につられて)銘柄を変える。
 
 駅前のスーパーを2軒、はしごをして買い物。
 
 "Another Effect 11:59""TWO SONS OF FRANCISCO"
 (ホントはポルトガル語だけど)
 を見る。
 
 後者はハリウッド好みのほのぼの系。
 話の内容が、さすがブラジルっていう田舎風景。
 単純に見られないのは、見る側の性格の悪さ?

 しかし、とたんにチベット関係のニュースが少なくなった。
 単純にビルマとチベットを比べるのはおかしいが、それでも
 日本関係者に被害がないと、やはり向こう側の事件なのか。
 
 でも、今は昔と違って、ネットでチベット情況をフォローできる。
 ルンタさんのページを追っている。
 さすがにここに来て犠牲者の写真もアップされるようになった。
 
 おそらく、日本でチベット関係のことをしようと思えば、まず、
 中国の公安(?)的な動きにも気を配らなければならないから、
 大変だと思う。そこがビルマとの違いかな。

 オリンピックにも影響を受けるはずなのに、スポーツ関係者が
 今回の件に関して(公式に)何も発言していない。
 っていうか、何も伝わってこない。
 こんな時こそ、件の週刊誌などがインタビュー記事を載せても
 いいのでは?
 ま、無理か。
 

 

04bu0009.jpg
 木陰で客待ち。
 ・・・っていうよりも、読書に没入っていう感じ。

 ビルマでは、どこに行っても、サイカーのお世話になる。
 (ただ私が歩くのが嫌いなだけか?)
 
 で、お互い仕事だから値段交渉も厳しくなる。
 サイカーに座って居心地の悪さを感じるのは、ある種の
 思い上がりかな。

 んでも、少年のサイカーには乗る気は起こらない。

 朝6時過ぎ就寝。相変わらずやな。

 雨音する?

 昼過ぎ起床。
 雨降ってる。
 ちょうどいいわ。
 一日中、籠もってペチペチペチペチペチと原稿書き。
 
 朝昼兼用に、味噌汁のぶっかけ飯。
 
 夜はキャベツハクサイ豚肉を炒める。
 
 ネットでチベット状況を確認。
 う~ん、ビルマとチベット比べる方がおかしいけど、
 ある意味、似通っている。
 しっかし、中国の治安部隊はビルマのそれよりも過酷そう。
 なんとかならんものか

 02_00115.jpg
 停電は慣れたもの。

 暗がりで仕事帰りの人を相手に食事を供する女の子。
 普段はおばあさんが座ってるんだが、時々、この子が
 店番をしている。

 日付が変わる前にOKY氏に電話をすると、おお、北海道
 ですか。国外を動き回っていると思ったら、国内も動き
 まわってんですね。
 しばしぐっちゃら。

 で、昨日もほぼ徹夜作業。
 一体全体、何をやってんだか。
 朝刊を読んで、音楽を聴きながら寝入る。

 8時過ぎ、うううっ、と唸りながら起きる。

 今日も良い天気だ。
 布団を干し、洗濯機を3回ほど回す。

 しばらくぶりにビルマ関係のメールマガジンに目を通す。
 結構、ためてたなぁ。 
 
 と、知り合いの編集長がフラストレーションを溜めた感じで
 コラムを書いていた。
 「どないしたん?」と激励のメールを送る。

 と、ほどなく。
 'Yes,...Full of frustration..'と返事が返ってきた。
 そやろな。

 ビュンと出動。
 支払い2件。
 この時期に痛いなあ。

 ペチペチペチペチペチとデータ打ち込み。
 
 連絡業務。
 
 そろそろ原稿を仕上げねば、うん。
 う~ん、ついつい「急ぎではない仕事」をしてしまう。
 現実逃避は困ったモンだ。

 

  ちょっとやんちゃそうな男の子たち。
  bu00838.jpg
 チン民族の男の子たちです。

 いざ、これから薪を拾いに行くところです。
 なんかたくましい。

 

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 ビルマ民主化支援会(SCDB)
 http://www.scdb.org/event.html
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在日ビルマ人による講演会「ビルマの今」 静岡 

 ビルマでは、2007年8月に始まった平和的なデモが、
軍事政権の暴力的な弾圧により、流血の事態となりました。
僧侶たちが主導した、生活必需品の価格の引き下げ、
政治囚の釈放、国民融和を求めた平和的な抗議行動に対し、
軍事政権は、人権活動家やデモ参加者の大量逮捕、投獄、
殺害を含めた重大な人権侵害をもってのぞみました。

日本人ジャーナリストの長井健司さんもその混乱の中で命を
落としました。

表現の自由の制限、強制労働、拘禁中の拷問などもおこな
われています。民主化運動の指導者、国民民主連盟(NLD)の
書記長であるアウンサンスーチーさんは自宅軟禁されています。

在日ビルマ人であるココラットさんに、現在のビルマ情勢などに
ついて語っていただきます。

主催:(社)アムネスティ・インターナショナル日本 
第20(静岡)グループ

http://www.ne.jp/asahi/liberal/peace/20g-main.html

共催:  静岡市国際交流協会
とき :  3月23日(日) 13:30~15:30
ところ: 静岡市女性会館アイセル21(静岡市葵区東草深町3-18)4階


http://www.aicel21.jp/map_access.php


●ココラットさんプロフィール
1988年から民主化運動に加わる。元全ビルマ高校学生連盟の書記長。
90年の総選挙の日、反政府活動を理由に逮捕された。釈放後も監視下に置かれたため、91年タイ経由で日本へ逃れ、ビルマの民主化運動を続ける。
2001年に政治難民に認定。現在、SCDB(ビルマ民主化支援会)として各地で講演や民主化運動をしている。
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 夜、布団の中にジョージ・オーウェル『1984年』
 (新庄哲夫訳 早川文庫、1972年)を持ち込んで
 読み始めたら、一ページを開く前に寝入ってた。

 と、何時頃?
 枕元でゴトンと音がした。
 うわ、スピーカーが倒れた。
 スピーカーの前に置いていた飲み物のグラスも倒れてた。
 ああ、あちこちベチャベチャだ。
 
 しゃあないから朝刊に目を通して寝入る。
 
 昼過ぎ起床。
 ふぅ。
 ええ天気。
 慌てて布団を干す。

 睡眠いっぱい。
 気持ちいい。
 意味なく気分が良い、機嫌が良い。
 
 ペチペチペチペチペチとデータ入力。
 
 さ、今週締め切りの原稿を書き始めるか。
 おっとその前に。
 ジャストシステムのATOK用の辞書をオンラインで購入。
 これでますます紙の辞書を引く機会が減るかな。

 なんやかやしてたら原稿を書く意欲がなくなった。
 困ったなあ。
 
 崩れかけるほどに熟れたトマトのサンドイッチを喰らう。

 と、昨日の『ビルマの竪琴』の続き。
 あとがきである「ビルマの竪琴ができるまで」にはドキリ
 とするようなことが書かれてある。
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 私は戦地から帰った人にあうと、その体験をきかせてもらいました。根ほり葉ほりたずねました。ところが、意外に思いましたが、自分の体験をはっきり再現して話してくれる人は、じつに少ないのでした。たいていの人の話は抽象的で漠然としていました。すこしつきつめてたずねると、事実はぼんやりとして輪郭がぼやけてしまうのでした。自分が生きていた世界の姿をよく見ては来ずに、霧の中を無我夢中で駈けぬけてきた、というようなふうでした。
 「自分の経験を他人につたえることは、これほどまでにもむつかしいことなのか。他人の経験を具体的に知ることは、これほどまでにもできないことなのか」と思いました。たいていの場合、語られるのは直接の体験ではなくして、むしろある社会的にできあがった感想でした。自分自身が味わった事実は、はっきりとした形でとらえることがむつかしく、自分の判断は何となくジシンがもてないが、社会的に通用する観念の方がたよりになるのです。つまり、個人と個人とは直接につながらうのではなくして、ジャーナリズムその他によって公の通念となったものが、個人に伝わるのでしょう。社会通念の方が先にあって、それから個人の判断が生まれるのです。われわれの生活の中では、個人同士の横のつながりは、思うよりもはるかに希薄なものです。
(PP.194-195)竹山道夫『ビルマの竪琴』(新潮文庫、1973年改版)
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 どうして長々と引用したか、というと、私も似たような経験をしたことがあるからだ。

 ビルマ取材をしていて、現地で日本人の観光客と話をすることがあった。その時気になったのが、20代の観光客も70代の観光客(慰霊旅行かも)もビルマについて同じような感想を話していたからだ。
 

 「ビルマ(ミャンマー)って、なんだか昔の日本を思い起こさせて、懐かしい」と。やっぱりおかしいよね。そこにはなんだか作られたノスタルジーがあるような感じだった。20代の人と70代の人には、生きてきた時代も経験も異なるはず。それなのに同じような語り口でビルマへの感想を持つのはおかしい。
 20代には20代の、70代には70代の考え方/感じ方があるはずなのに。やはりそこには、無意識的に作られた「公の通念」に支配されているのだろう。
 でも、こういう風に考える自分自身のものの捉え方も、ある意味公の通年かもしれない。

 なんか堂々めぐりだな。
 一つ言えることは、自分は自分の考え方や感じ方に疑問をもつ余裕がある、ということか。自分の正義に躊躇せよ、か。
 ふむ。

 21時前まで机の前に座ってデータ入力。

 夜はヘルシー食事。
 ほうれん草・もずく・和そば・納豆・お味噌汁。
 
 で、しばらくするとお腹の調子が悪くなった。
 何でだ?
 あんなに良い食事をしたはずなのに。
 
 
 ゆっくりとお風呂に入って、ちょっと余裕の一日でした。
 

以下のリンク先に、ビルマをビルマと呼ぶか、ミャンマーと呼ぶかについての様々な見解をリストアップしております。

http://www.uzo.net/notice/quo/b_m.htm

 

最新のデータは2007年12月です。

 日付が変わったところで『プロジェクトBB』を見始める。
 ストーリーはよくあるパターン。
 でも、Jチェンは相変わらず面白い。
 深く考えずに笑わせてもらえる。
 くっく。

 チェンマイで手に入れた、ちょいと昔の本、そう1962年

 出版の『東南アジアの自然をたずねて』(NHK特別取材班)

 をツン読し始める。
 う~、ウトウト。
 
 6時過ぎ、知らぬ間に寝入る。
 
 と、何時くらいだろうか。
 廃品回収の迷惑スピーカー音で目覚める。
 う、うっせいなあ。
 と、時計をみると、うわ11時20分過ぎ。
 
 うわわ。
 顔を洗って飛び出す。
 大阪駅に向かう電車で仏塔氏と一緒だった。
 地下鉄を乗り継いで、大阪キタとミナミの間へ。
 
 「ビルマに自由と平和を~大阪アクション3.16」
 -ビルマ人権の日を記念して、御堂筋を歩きます-
 を撮影するためだ。

 名古屋から34名のビルマ人が乗り込んできていた。
 いつものメンバーだけど。
 
 歩くにはとっても良いお天気だ。
 時間通り13時スタート、難波に向かって歩く。
 

 DSC_1397.jpg 

 デモ行進の前には黙祷。

 DSC_1384.jpg 

「闘うクジャク」はアウンサンスーチー氏が書記長を努める
 国民民主連盟(NLD)のシンボルマーク

  DSCF4535.JPG 

 NLDの旗を掲げて御堂筋を闊歩(とは変か?)

 デモ行進を撮影しながらちょいと考え事をする。

 先日、四国愛媛・今治に行ってきた。
 目的は2つ。
 一つはビルマの現状について話すため。
 もう一つは、昨年、ビルマの地で斃れた長井健司さんの

 ご家族に会うためである。

 

 参加者の年齢層は、他のところに比べてやや高かったかな、

 という印象。

 

 話の内容は、ビルマの現状や日本との関わり合いなどに

 ついて、まあ、いつもの話である。
 
 ビルマの話をすると、やはり複雑な内容になるので、

 「いろんな話をしますが、最低限覚えて欲しいのは、ビルマは

 独裁国家であって、独裁者の名前はタンシュエと言います」

 ということ。

 

 ちなみに、ビルマに関するウエブやブログは今、溢れ

 かえっているが、それが本物かどうか見極めるポイントは、

 このタンシュエという独裁者の名前がどこかに書かれている

 かどうかである。

 

 ビルマ(ミャンマー)軍事政権、或いはアウンサンスーチー氏

 対 ビルマ軍(ミャンマー軍)ばかりを強調するところは見なくて

 も良いだろう(言い過ぎ?)

 

 あと、日本とビルマとの関わり合いを軽視するところも

 マユツバかな。

 

 というのも、この独裁者タンシュエは1980年代、日本が

 数千億円をつぎ込んだ対ビルマ援助(ODA)「四工業プロ

 ジェクト」の事業母体であった重工業公社の総裁であった

 からである。

 

 日本の対ビルマ(ミャンマー)政策は、昔も今も軍事体制を

 支えているからである。

 

 報告会の翌日、NHKで『ビルマの竪琴』を放映するとこと

 だったので、「あれは作り話ですよ」と言う。

 と、「えっ」と驚く人もやはりいる。
 
 著者の竹山道雄氏はビルマを訪れたことはない。あとがきに

 「ビルマの竪琴ができるまで」では「あの物語は空想の産物