2008年5月アーカイブ

 taron.JPG
 
タロン民族のダウェさんと(おいおい、カメラを
 いじり回して・・・)妹さんと一緒に。
 
 遙々、こんな所にまで出没してます、てか。

民族ブーム?

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 朝6時前に目が覚めて、ヨシッ、原稿を書くぞと決めて、
 まずは資料読み、とリズム作り。
 数日だけの早寝早起き(きっと)

 今日は原稿の締め切り。
 う。
 「リマインド」のメールが来るところが、ちゃんと分かって
 らっしゃる。
 てへへ。
 
 最近、オダジマンのブログが更新されないんで、彼の
 リズムに触れたくて、昔の本を読み直して、笑っている。
 「電脳新聞の盲点」など。
 ついでに、新聞を総合的に考える。
 記者の書く記事とチラシの値段が等価である、とか。
 ゲラゲラ。

 オダジマンの本を1冊をアマゾンで買って、5冊ばかりを
 電脳図書館にて予約。

 realplayer をインストールしたり、と大変。
 
 ずっと資料読みとデータ収集。
 
 と、ウエブのニュースで気がついた。
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 <ブラジル>未知の部族? アマゾン川流域で空撮
 5月31日11時39分配信 毎日新聞

 【メキシコ市支局】ペルー国境に近いアマゾン川流域の
 ブラジル北部アクレ州で今月、未知の部族とみられる人々
 の姿が空撮された。上空を通過する航空機に、弓矢の
 ような武器で攻撃しようとしているように見える。

 ブラジルの先住民保護に関する政府組織「FUNAI」が
 提供した。

 ロイター通信によると、世界には文明との接触を持たない
 部族が100以上あるとされる。
 森林地域で進む違法伐採のため、住居を追われる先住民も
 増えているという。
  --------------------------------------------------
 先住民、先住民族、部族の使い方がごっちゃごちゃ。
 先住民族に関しては、ちょうどタイムリーなのに。

 そいや、偶然、ビルマ最北の地に住むタロン民族の原稿を
 書いていたのだ。
 
 ちょっと「少数」民族ブーム、てか。
 
 20時過ぎからペチペチペチペチペチと原稿を書き始める。
 集中あるのみ。

 キャベツいっぱいの焼きそば。

 2時過ぎ、ようやく形が整った。
 アイスコーヒーを飲みながら、寝入る。
 

 データ入力と写真整理。
 2007年5月分(ちょっとだけだった)を終了。

 明日は雨だとか。
 「ナカ」に買い物へ。
 最近はDヘでの買い物は少ない。
 値段と野菜の品揃えがちゃうし。
 新規の安売りの店を開拓中。

 ちょいと持病で苦しむ。
 ううう。
 それにバタバタしすぎで、日記の更新もままならない。

 夜23時前、就寝。


 DSC_4842.jpg
 
これも、パオー民族のシンピュー式。
 ガキんちょがおとなしく、お坊さんに頭の毛をジョリジョリと
 剃られております。
 (時に、きれの悪い剃刀だと、血が滲んだりしてます)

 この剃髪、ちょっと荘厳な儀式だったりして。

 朝までずっと激しい雨。

 5時半過ぎ、目が覚める。
 まだ雨降ってる??

 で、お隣さん、朝から騒音は勘弁して欲しい。
 仕方なく、そのまま起き出す。

 朝刊を読んでいて、ふと感じる。
 ニュースやルポでは、もう新聞はやっていけない。
 最近、読み応えのあるウエブやブログが増えてきたからね。
 というか、書き手もプロ並み、元プロがいるし。
 じゃあ、新聞の役割は。
 
 やっぱり権力の監視をきちっとしておかねばなりません。
 
 そのために、新聞社は
きちっとした(?)会社組織なんだから。
 が、その新聞社、最近は、自らの権力基盤を維持するのに
 必死で、より大きな権力の監視を怠っているようだ。

 社会の木鐸は・・・あ、死語か?
 そんなこといっている余裕はありません。
 
 新聞がこの先、信頼感を取り戻して、生き残って行くには、
 調査報道の力をつけて、怖いくらいに当局の監視とまっとう
 な批判をこれまで以上にしなければならないだろう。

 権力と対峙するような権力への監視は、フリーランスには
 できないのだから(<って、他人事かよ)

 
ずっとルーティーンワーク。
 まずは午前中いっぱいかけて、打ち込み。

 写真展が2つ、ほぼ同時に進行。
 で、連絡業務。

 午後はずっと写真編集。
 2007年4月が半分終わる。
 
 写真編集もデータベース構築も、ほんま終わるんかいな、と
 思っていたけど、なんとかなりそうだ。
 ふぅ。

 昼は茄子の浅漬けとじゃこ。

 1時間半ほど仮眠。
 
 キーボードの打ちすぎ、マウスの使いすぎで右肩・右背筋が
 強烈に痛む。ちょっと触ると、痛さで涙が出そうなくらい。
 身体をひねって、自分でモミモミ。
 うう、痛い。ウルウル。

 夕方からもずっと写真編集。
 
 買い物に行こうと思っていたけど、なんとか冷蔵庫の中を
 やりくり。
 
 最近、ちょいと不可解な行動が多い。

 顔を洗おうとして、石けん水のついた両手で顔を覆うと、
 うわ、眼鏡をかけたままやった。
 眼鏡のブリッジで思いっきり鼻梁を叩いてしもた。
 うう、痛い。
 眼鏡のフレームは歪むし。
 ったく。

 棚からお椀を取ろうとして、手にしたのは大皿。
 なんで?
 
 ピーマンを切っていて、ふと気づくと、フライパンには
 種が入っている。 
 食べる部分はゴミの中?
 なんで?
 
 なんか無意識的な行動が危ないぞ。
  

 写真07年4月分が FinePix 分を残してほぼ終わる。
 ふぅ。
 残りは明日。
 眼底、ちょいと痛む。

快晴のち雨

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 朝5時前から活動開始。
 
 いつものルーティーン、(1)と(2)を続ける。
 終わりが見えてくると、ついつい頑張ってしまう。

 『1984』も終わり近づく。
 ちゅうか、最後の部分を読み始める。
 これをどう読み解けばいいのか、ちょいと考えてしまう。
 で、また止まってしまう。

 
12時前、ビュンと出動。
 JR大阪駅でMさんと待ち合わせて、京都へ。
 車中、秘め事(でもないか)をぐっちゃら。
 京都に着くと、地下鉄でビュンとD大へ。
 
 14時から講演会と写真展の打ち合わせ。
 写真展は、A先生のゼミ生が動いてくれる。
 A先生からは、著書や報告書などをたくさん頂く。
 多謝です。
 15時半前、打ち合わせ散会。

 帰りの新快速の中で、Aセンセからもらった本を読み出すと、
 お、なんと(対談)チョムスキー氏の写真はKが撮影していた。
 おお、びっくり。
 
 17時前、神戸に到着。
 いそいそと買い物をして、ビュンと帰宅。
 
 すぐにたまるビルマ情報のメールマガジンを読んだことに
 して(<するなよな)既読フォルダーへ移す。
 これで目の前がすっきり(<させるなよな)

 うう、眠たい。
 2時間ほど仮眠して、グズグズ起きだし、作業続行。
 
 お、エプソンが新しいプリンターを発売か。
 これは使えそうかな。
 
 今秋からのプロジェクトに備えて、ウエブで情報収集。
 ドメインの整理もせんとあかんし。
 う~ん、なんともうまくいかないなあ。
 ふむ。

 夜、9時過前頃から雨が降り出す。
 今朝はあんなにいい天気だったのに。
 不可解な天気だ、ちゅうか雨期(梅雨?)が近いんだ。


 大量にカラーコピー。

 ジャンクフードとジャンクドリンクばかりなり。
 不健康な生活が続く。

 入力作業を続ける。
 これは精神的に不健康。

 ピャーポンはイラワジ管区で、Pathein (パテェイン/バセイン)
 に次ぐ2番目の町。
 
 DSC_5973.jpg
 
2007年5月(だったかな?)、この大きな橋が開通しました。
 
 DSCF3169.jpg
 
もちろん、ここは港町です。
 ここも今回のサイクロンで大打撃を受けたとか。

 2時半過ぎ起床。
 昨夜は10時半前に寝てしまったので、ま、仕方ないか。
 
 ラップトップでツラツラと情報収集。
 朝刊を読む。
 
 8時過ぎから仕事を開始。
 連絡事項をいくつか。

 ピーカンの青空になるとか。
 いそいそと布団干し。

 洗濯機を2度ほど回す。

 写真編集を続ける。
 ふぅ。

 昼過ぎ、1時間半ほど仮眠。
 塩味の濃い茎ワカメを食べてお腹を壊す。
 げっ。

 ペチペチペチペチペチと編集を続ける。

 19時過ぎ、隣人にクレイム。

 ちょいと蒸し暑いなあ。
 明日こそ、ファンヒーターをしまおう。
 もう扇風機の季節だな。

 20時半過ぎ、ビュンと買い物。
 火曜日は野菜とお肉の安い日だ。
 と、電話あり。
 サーバが本格的に始動ですか。
 頼みまする。
 
 2007年3月までの写真編集終了。
 目がパシパシ。


 昨日(2008年5月25日)、JR大阪駅前にて、ビルマ
 サイクロン禍にむけての救援募金が行われた。

 名古屋からもビルマ人の参加がありましたね。
 みなさん、どうもご苦労様でした。
 朝日新聞の記者さん(それも2人も)が取材に来てはりました。
  
 DSC_1483.jpg
 
 DSC_1478.jpg 
 
 DSC_1577.jpg 

 
 DSC_1494.jpg
 
 
 DSC_1581.jpg

 DSC_0180.jpg
 ( ↑ クリックすると大きくなります)

 デルタ地域、ミャウンミャの低湿地帯で網を投げる。
 この辺りもサイクロンに襲われたのだろうなあ。

 こういう生活が戻るにはどのくらいの期間が必要なんだ
 ろうか。

 朝6時までトロトロ。
 
 一日中雨。
 ったく、買い物にも行けない。
 (ただのずぼらなだけ、か?)

 たまりにたまったメールの整理に取りかかる。
 とりあえず、ビルマ情報は目を通すのもしんどいので、
 読んだことにして、次々と既読フォルダーへと入れていく。
 ま、それでメールがすっきりする。
 (どっちみち、後で困るんやけど・・・)

 写真編集、ようやく2007年2月分まで終わる。
 先が見えたと行っても、まだまだある。
 ふぅ。

 データ入力(1)のみ。

 いつものように6時過ぎ就寝。
 で、寝過ごすことはなく、10時過ぎ起床。
 ええ天気だ。

 レタスをおかずにご飯を喰らう。
 く~。
 で、出動。

 久しぶりの電車。
 車中、遅々と進まぬ『1984』を読み続ける。

 Yバシの前で待ち合わせ。
 が、店の前は外に向けたスピーカーがガンガンと宣伝を
 流してうるさ過ぎる。
 なんちゅう(世話にはなっているが)品性のない店なんだ。

 店の前の大きな歩道にはベンチの一つもないし。
 なんちゅう優しさのない町なんだ。

 ほどなくTA氏と合流。
 上階の粉モン屋へ。
 
 近況報告やいつものメディアへの愚痴をぐっちゃら。
 CDを借りる。
 で、いつものようにごっTZあんです。
 15時過ぎ、散会。
 
 テクテク歩いてJR大阪駅中央口へ。
 あ、案内ブースがなくなっているやん。
 
 と、運良く、S君と合流。
 S君は、はるばる茨城から来た(大阪の茨木とはちゃうよ)
 んだね。
 
 南米コロンビアから戻ってきて、わざわざ関西まで会いに
 来てくれた。
 丸ビル地下の喫茶店で、近況を聞きつつ、コロンビアで
 撮った写真を見る。
 17時半頃までぐっちゃら。

 2人でテクテク歩いてAのオフィスへ。
 これまたI氏とお久しぶり。
 オフィスでぐっちゃら。
 安おらんでっしゃろなあ。
 しかし、ようそこまでやりますなあ。
 
 イラクから最近戻ってきたTさんが出演したテレビ番組を
 見る。
 おおすごい。
 よくこんなところに行きましたね、と。

 北朝鮮のテレビ番組も見る。
 おお、よくこんなとこまで取材して、まとめるなあ、と。

 21時過ぎ、散会。
 
 今日は久しぶりの(本格的な)外出でした。
 たまにはね。


 DSC_2512.jpg
 
眼鏡をかけていない「カレン民族同盟」(KNU)の
 バティン議長の写真は珍しいよね。
 
 これは、気を許してくれた証拠の一つだと思っている。
 
 で、じいちゃんに最後にあったのは2007年8月。
 病弱だったので、どないでっかと尋ねていくと、身の回りの
 世話をしているお付きの若者は「今、寝ているから」と
 面会にストップをかけようとした。
 
 が、じいちゃん、「まあ、ええから、話をしてお行き」と快く
 迎えてくれた。
 
 で、現在のビルマ情況やカレン(KNU)のことをぐっちゃら
 語り合った。
 
 ちょいとKNUへの不平を遠慮なく言うと、ムキになって(失礼)
 反論してくれた。すんません、血圧上げてしもうて。
 享年82歳。
 合掌。

 5時前、就寝。
 
 14時過ぎ、Fさんより電話。
 と、D3買ったんですか!
 やぱり。
 私も欲しい。

 KNU議長ソー・バティン氏死去のニュース。
 この時期に。
 う~ん。 
 IMGP5680.JPG
 
最後のツーショットは昨年8月。 

 
 ひたすらデータ整理。

 写真の編集も続ける。

 "Hatena Diary" のページに行くと、右上になんとも奇妙な
 画像がありますね。
 あれって何だろうと不思議に思ってました(ま、調べるほど
 でもないし)

 と、この間、ビルマで撮った写真を見ていて、同じような
 マークを見つけた。
 
 DSC_3947.jpg
 そう、この手前のマークです。

 で、"pongal" とは?
 
 ま、参考に。
 History of Pongal
 Pongal is an ancient festival of people in South India particularly
 Tamils. The history of the festival can be traced back to the
 Sangam Age i.e. 200 B.C. To 300 A.D. Although, Pongal originated
 as a Dravidian Harvest festival and has a mention in Sanskrit
 Puranas, historians identify the festival with the Thai Un and Thai
 Niradal which are believed to have been celebrated during the
 Sangam Age.

 http://www.pongalfestival.org/history-of-pongal.html

 まさか、「はてな」と Pongal につながりがあるとは
 思えないが。

 データ入力(1)(2)をペチペチペチペチペチとこなす。
 写真編集。

 7・11に5000円近くの出費。
 何か他に違う方法がないのか?
 ふと考える。
 
 発送準備を始めている。
 いつも締め切りギリギリなので、ちょいと苦しい。
 
 『つい この間 あった 昔』を読了。
 「葬式の原則」の章で、びっくり。
 その昔、(といっても、1931年のことだけど)、
 お葬式への参列者は白装束だったんだ。
 
 「夏休みと洗濯機」の章に、こうある。
 ----------------------------------------
 「あの頃を思い出すと、ほんとうに日本は貧しかった
 けれども、ある意味で幸福だった」
 ----------------------------------------
 そう、これはよく聞くフレーズである(たぶん)
 たぶん、かの時代を生きた人には、自分の生きてきた時代を
 懐かしむものである。

 戦前、大正、明治の時代と比べると(本当はそんなことさえ
 できないのだが)、今の時代は人のふれあいがないのかも
 しれない。

 でも、あの当時と今を比べると、今の方が良いに決まって
 いる(と決めつける)

 あの、貧しく自由のない時代だよ。
 
 「馬糞の時代」の章を読んで感じたのは、まさに昭和21年
 (1946年)とは、今のビルマだな、ということである。
 
 経済的に貧しい時代の日本と今のビルマ。
 自由三昧の今の日本と自由のない軍国主義のビルマ。
 学園紛争時の日本と民主闘争を続ける今のビルマ。
 
 
----------------------------------------
 「その一人の人間のなかに閉じられた経験から、誰もみな
 ある時代というものを意識するのだが、人はまた、しばしば
 自分の過去を自在に伸縮したり演出したりして、現在の意識
 のなかの過去は、案外と不正確に歪んでいるのが普通である」
 
 「しかも人は過去を忘れながら美化する機序があるので、
 東京オリンピックの年に東京の都市生活が平均的にどれほど
 貧しい環境にあったかというようなことは、もうすっかり
 忘れている。」
 ----------------------------------------
 実はビルマのことを取材しながら、遠い目で日本を眺めて
 いるのかもしれない。
 
 地理的には東南アジア西端のビルマ取材を続けながら、
 時間的に、ほぼ半世紀前の日本と現在の日本とを行き来
 しているとうことなのだろうか。
 
 時代を見る目、社会を見る視点、それを考える土台
(枠組み)を見つめている今日この頃、かな。

<下町風景>

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 yangonview.jpg
 ( ↑ クリックすると、かなり大きく拡大します)
 これも以前アップしましたが・・・。
 2003年当時のビルマ(ミャンマー)の中心地の風景です。

言葉がない

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 1時半過ぎ、ようやく事務仕事終わり。
 ふぅ~、長い一日やった。

 朝8時過ぎ、チュクチュクという鳥の啼き声で目が覚める。
 耳に優しい音が続く。
 雲雀ではない。
 しばらく耳を澄ましていると、チュクチュク、チューテクテク、
 チューテクテクという啼き声に聞こえる。
 が、頭をすっきりさせるにつれて、どうも「チューテクテク」
 とは違う音であることに気づく。
 
 どういう言葉(単語)を当てはめたらいいのだろうか、
 困った、
 愕然。
 感覚では捉えられるのに、言語化できない。
 その音を現す単語がないからか、あるいは自分の言語化能力
 がないからか。
 
 言葉(単語)を持つ、ってどういう意味なのか。
 ツラツラ考える。
 これは、表現活動の限界に対する一つのヒントがあるぞ。
 自分の物の見方を考える上でも参考になる。
 ふむ。

 さ、起きよ。
 と、この数日、眠る部屋を変えていたことに改めて気づく。
 干した布団を取り入れて、あまりよく考えずに、そのまま
 その部屋で寝るようにしたのだ。
 
 でも何で?
 ふと気づくと、あ、そうか、と思い至る(気づいて、思って、
 忙しいけど)
 
 無意識的に地震を恐れていたんだな。
 この数日、ネットで中国の地震情報を仕入れていていた。
 (ネットではTVでは放映できない「生情報」が流れて
 いるし)

 神戸の地震やトルコでの地震を思い出す。
 雨に濡れたコンクリートの独特の臭いとそれに混じった
 さまざまな臭いを思い出す。
 あまりよい記憶ではない。

 で、いつも寝る部屋は、もし就寝中に地震が来れば、本棚が
 倒れてエライことになると、どこかで恐れていたんだな。
 自分では意識していない事柄がたくさんあるんだな。
 ふむ。
 
 座り仕事が続いていたせいか、腰と背中をいわす。
 やはり運動不足なのか(かなり)
 身動きできない。
 うう。

 ラングーン(ヤンゴン)から船で渡って、対岸から町を見て
 みると。 
 DSC_0008.jpg
 
( ↑ クリックすると拡大します)
 ダラの船着き場からヤンゴンの船着き場(パンソーダン)を
 目指します。ラングーンの東に位置してます。

  dalayang.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します)
 こちらは以前にもアップしたことがありますね。
 ダラの西側。
 ここから外国人は船に乗れません(公には、ってか)

 

オマエ誰や

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 日中の暑さ(熱さ)が夜にまで持ち越す。
 
 で、夜、窓を開けて仕事をしていると(葦簀は下ろしているが)
 光に誘われて、蜂や蛾やカナブンが部屋に飛び込んでくる。

 蛾などが蛍光灯の回りを飛びまわるんで、ホコリがたって
 しゃあない。
 
 朝、またまたXn、間違い電話がかかってくる。
 いきなり、「オマエ誰や」と。
 オマエこそ誰ぢゃ。

 ひたすら退屈な業務を続ける。

中国を想う

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 6時過ぎ、朝刊を読んで就寝。

 レタスを洗いながら、水道の蛇口から水が何の妨げなく
 流れるのを見て、中国の震災下の人を想う。

 鈴木晶先生がウエブでで(5月11日)ビルマを取り上げて
 いる。

 しかも名称をキチンと表記している。
 

 デルタ地域へのアクセスは、ボーガレーまではなんとか
 行くことができるようだ。

 だが、その先、或いは他の地域へは道路事情や当局の
 検問がありままならないようだ。
 特に外国人に対しての監視は厳しいとか。

 DSCF0308.jpg
 ( ↑ クリックすると大きくなります)
 このヘリポートは(手前側に3つ並んでいる)、ミャウンミャ ~
 パテイン間(バテェイン/バセイン)に作られたばかりである
 (2007年)
 
 軍のヘリを使えば、援助物資を運べると思うのだが。
 どないなもんだ?
 

 『ついこの間あった昔』をツラツラ読む。

 4時半過ぎ、朝刊を読む。
 中国の地震とビルマのサイクロン禍のニュースばかりに
 注目がいっているが、おもわず、おお、という記事が出て
 いた。
 
----------------------------------------
 「アイヌ民族は先住民族」
 国会決議へ文案検討
 ----------------------------------------
 とあった。
 
 世界はようやく、次の時代を見据え始めたと思う。
 (楽観しすぎ?)

 先住民→先住民へ、
 people から peoples への時代へだ。

 チェンマイのMさんとは、先住民族という存在や位置づけ
 についていろいろ議論をしたことがある。
 現場で考えるだけでは思いつかない、なかなか刺激的な話
 が出来たと思う。

 それにつけても、気分が滅入っているので、「喝采」などを
 聴きながら夢模様。

 10時半過ぎ目が覚める。
 ピーカンの良い天気。
 早速、布団干し。

 データ入力(1)(2)に励む。
 最近はずっと、外出もせず、座り仕事。
 
 5月6日のエントリーで次のようなことを書いた。
 --------------------------------------------------
 -例えばイラワジ管区のパセイン(バセイン)・ボオガレイ
 (ボーガレー)・パンタノンという地域には、ビルマ人(族)
 以外にカレン人が多く住んでいる。
 
 デルタ地域にはビルマ人と同じくらいの規模でカレン人が
 住んでいると報じているところは、今のところない。

 そう、ビルマ族の人と余り仲の良くないカレン人たちである。
 あっ、こう書くと不正確だな。
 なんか民族対立を煽ることになる(かもしれない?)

 もうちょっと正確にいうと、ビルマ軍事政権と仲違い(不条理
 な形で抑え込まれて)しているカレン人たち、かな。

 軍事政権側とすれば、デルタ地域のカレン人の勢力を減じる
 という(うがった見方をすれば)方針では、このデルタ地帯
 での災害復旧を恣意的に用いることができるし。
 
 実際、カレン人(一般)に対して厳しい政策をしている
 ビルマ軍事政権(SPDC)が存在している。
 --------------------------------------------------

 以下、専門の方からの指摘である。
 --------------------------------------------------
 ・・・過去のKHRG記事にはもう少し詳しく載っていて参考に
 なりました。
 しかし、デルタ人口の50%(1995年レポート)、あるいは
 60%(今回のレポート)がカレンというのは、言いすぎです。

 デルタ(イラワディ管区)のカレン比率は、1931年センサス
 で19%弱で、一番濃厚な県は、ミャウンミャ県で27%、
 マウービン県30%強です。
 さらに郡レベルになると、たしかにミャウンミャ県北部
 (エインメ郡)からパンタノウ郡あたりでビルマ人口と伯仲
 するくらいになります。

 もちろん、このセンサス数字に対する疑念(仏教徒カレンが
 ビルマ民族に編入されている、という批判)もあるのですが、
 それでも多めに見積もっても、デルタ全体で30%には届かない
 ものと考えられます。
 
 センサスの取られた植民地期以後、デルタのカレン人口を
 減少させるような社会的要因(1960~70年代のカレン叛徒
 狩り、とか)はありましたが、増加させるような原因は
 ありませんから、上のデータの割合は最大値として、今も
 ほぼ有効でしょう。

 そののちの軍政下の1983年センサスよりは、割合としては
 信用できるかもしれません。
 --------------------------------------------------
 やはりいろいろな議論の前提となる数字はある程度、必要
 なんだろう。

 んでも、ビルマでは、民族や国家をもうひとつハッキリと
 位置づけできないので困る。
 ふむ。

 
 一息入れて、写真編集に取りかかる。
 ようやく2007年1月分だ。
 ふぅ。
 
 運動不足だ。
 テクテク歩いて近くのMCPへ。
 食パンとジャンクフードを買って帰宅。
 ちょっと急な坂を上っただけで息切れ。
 完全な運動不足。
 これじゃ急な取材に行けないじゃないか。


 夜、DVDで "The Bourne Supremacy " と
  The Bourne Ultimatum を見る。
 ま、お決まりのハリウッド映画。
 が、いろいろと参考になるところもある。
 (<米国の映画を見て、参考にするなよな)

 ビルマのサイクロン禍、ミャウンミャもその一つである。
 
 そこに行くには、パセイン(バセイン)から陸路と船と
 2通りある。

 まず船に乗ってみよう。 
 DSCF0205.jpg
 ( ↑ クリックすると大きくなります)

 ぎゅうぎゅうです。

 夕方出向して、夜中につきます。
 のんびりとした船の旅。
 美しい夕日を拝むことが出来ます。 
 DSCF0223.jpg
 (こちらも、クリックすると ↑ 大きくなります)
 
 と、
 
ラングーン(ヤンゴン)在住だという私服の警官が
 話しかけてきた。
 ----------------------------------------
 どこへ行くのか?(ミャウンミャ行きの船ですが)
 誰に会いに行くのか?(旅行だろ、って言ってますが)
 一人で旅行ですか(関係ないだろが)
 どこから来ましたか(うるさいなぁ)
 なぜ、ミャウンミャに行くんですか(ミャウンミャ
 生まれなんだよ・・・って・・・ハハハ)
 ----------------------------------------
 その夜、警察署で・・・「あんた、ミャウンミャ生まれ
 だってね、ホントか?」って言われた。
 なんでそんなこと知ってるの?
 ここでも、ハハハ。

どんな事実か

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 ようやく YouTube にビルマのサイクロン禍のビデオが
 アップされはじめている。
 目を背けたくなるような情況だ。
 分かっているけど、さすがにドンと気が滅入る。
 何も出来ない歯がゆさ。

 今日も天気がよい。
 布団干し。

 データ入力(1)(2)に励む。
 
 一息ついて、写真編集を続ける。

 今日、「今日のビルマニュース」を見に行くと、
 
 
 記事にトラックバックが付いていた。
 わお。
 で、その先を見に行くと、
 
 「ひじる日々 東京寺男日記 Free Burma! Free Tibet!」

 に行き着いた

 で、そこでのエントリーはこうあった。
 --------------------------------------------------
 
****************************************
 いわゆる「新憲法ところで昨日、ヤンゴンで日本語学校
 教師をしている邦人の方が、サイクロン報道について異を
 唱えている記事を読んだ。
 海外の報道姿勢について(ミャンマー・日本語学校ブログ)
 私は軍政を擁護しているのではない。
 民主化を早く実現してほしいと願っている立場だ。
 しかし、日本をはじめ欧米のメディアの偏向報道はあまりに
 酷いと思う。
 「軍政=悪」「軍政=酷い」が先にありきで、この線に沿って
 しか記事を書こうとしない。
 もっと事実を見て偏見のないフェアーな立場から記事を書いて
 ほしいと思う。
 ****************************************
 なるほど、これもまた一つの尊重すべき異見だと思う。
 マスメディアの最初に結論ありきのニュース作り(欧米
 メディアの日本に関する報道もひどいのが多い)は「定評」
 あることだし、アジアに踏み込むと人間を「主従関係」で
 しか見なくなる、傲慢な欧米人への嫌悪感もある程度は
 うなずける。スリランカでも東南アジアでも、宗主国面して
 乗り込んで、札束で恫喝しながら自分たちの流儀を押し
 付ける欧米の一部NGO(人身売買まがいの孤児院経営や、
 援助をちらつかせてのキリスト教への改宗強要やら、
 ダークな話には事欠かない)が怨嗟の的であることは
 変わらない。ただ、そこで被害者意識に凝固しても、結局、
 現状は何ら改善されないのだが。......とりあえず僕は、
 ミャンマーについてはお坊さんから聞く情報を第一に
 信用することにしておく。
 ~生きとし生けるものが幸せでありますように~
 ----------------------------------------
 
で、今度は引用先のブログに行ってみた。
 「海外の報道姿勢について(ミャンマー・日本語学校ブログ)」
 
 
で、エントリーに付いてのコメントも読んでみた。
 私が読んだ最後のコメントには(ブログ運営者はWinさん)
 こうあった。
 --------------------------------------------------
 お互いに事実を認め合うことが大切なのではないですか。
 それが民主主義のスタートになるのでは?
 事実を認めようとしないのは、今の軍政とあなたは同じこと
 になりますよ。

 何度も言うのも疲れてきましたが、私が問題にしているのは、
 海外のメディアは正しいことを報道していない。一方的な
 見方だけしか紹介していないことを問題にしているのです。
 今の軍政がいいとか悪いとかは関係ないのです。
 わかってもらえたでしょうか?
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そうですね、お互い事実を認め合うことは大切ですが、
 それがどんな「事実」かが問題だと思う。

 私のビルマ取材の経験から言えるのは、ビルマ国内で
 得られる事実は、見る人の立場や視点を超えて、それこそ、
 「かなり」ゆがめられていることだと思う(私も含めて)

 「ミャンマー日本語学校ブログ」の Win さんの書かれている
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 「軍政=悪」「軍政=酷い」が先にありきで、この線に沿って
 しか記事を書こうとしない。もっと事実を見て偏見のない
 フェアーな立場から記事を書いてほしいと思う。
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 というところは、どうも元駐緬大使の山口洋一氏の
 
「まえがき」の記述に重なってしまう。
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 ところが、欧米、日本のマスコミは一貫して、軍事政権=悪玉、
 スー・チー女史=善玉という図式にしたがって、この国の情勢
 を報道してきた。この図式に合わないニュースは伝えられず、
 偏った報道がなされたばかりか、時によっては生じている
 事態を無理矢理この構図に当てはめるように意図的に歪め
 た報道すら行われた。
 山口洋一『ミャンマーの実像』(1999年8月、勁草書房)
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 メディア批判をする際は、どうもこのような論理が使われている
 ような感じだ(ちょっと強引な結びつけ?)


 たとえば、同じ在緬の「鵺@ひと刺し」のブログでは、今回の
 サイクロン禍の復旧に関して、違った感想がある。

 また5月3日の朝の国営紙 "Mirror" (ビルマフォントなし)や
 5日の英字紙 "THE NEW LIGHT OF MYANMAR" の一面を
 みると、ビルマ政府が如何に、サイクロンの事態を軽く見て
 いたのが分かる。

 さらに、こうある。
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 これがもし、文民政権だったら.......と思うとゾッとする。
 救援活動は遅遅として進まず、もっともっと酷い状況になって
 いただろう。
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 私は、これまでのビルマの経験から、こう言い換えるだろう。
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 これがもし、軍事政権でなく文民政権だったら、
 救援活動はもっと迅速に、さらに効果的に進められていた
 だろう。
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 と(勝手にすいません)
 
 米国政府によるハリケーン対応も非常に悪かったけれど、
 それがビルマ軍事政権の対応のまずさの対比として出さ
 れるのはちょっとどうかと思う。
 人命を軽視する両方の政府のやり方はおかしいのだから。

 だが、米国の文民政権とビルマの軍事政権を選べと
 問われたら、ほとんどの人が米国の方を取ると思う
 
(たぶん)
 
 話がずれてきた・・・。
 
 知り合いからの転送メールで次のような送られてきました。
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 ・・・・・。
 私が居住するアパートが確保しているディーゼルはあと
 10日ばかりでそれも1日15時間の計画停電をしたうえで
 の話です。他の関係者が居住するアパートでも同じ状況に
 あるため、あと1週間で事態が回復しない場合は生活
 自体が厳しくなるのかもしれません。また、市内での停電は
 皆慣れっこですが、長期の断水は今後水系感染症の
 発症を引き起こすことになることが懸念されています。
 街中では善意ある市民が発電機で地下水をくみ上げ近所の
 人々に水を配給する光景が見かけられますが、政府に
 よる支援は見かけられません。
 ・・・・・。
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 あるいは、実際に「救援」活動に従事している人からは
 こんなメールも来た。
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 And the stupid government is really very well
 demonstrating their ego, brainlesness and
 heartlessness. 
 ・・・・・。
 We need much more goods and logistic support and
 everything, and they are not allowing it, and they
 only postponed referendum in the affected areas for
  2 weeks, pretending that things will be all right
 by that time・・・.
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 と、書いていたらNHKのクローズアップ現代で
 「ミャンマーの閉ざされた被災地」という番組をやって
 いた。
 むちゃくちゃだ。
 自然災害に大いなる人災が加わった用だ。
 やはり、軍事政権の援助の仕方はおかしい。

 Win さんは、もっと「事実」を見て、と書いている。
 その事実は、自分の見た範囲の限定的な「事実」だという
 ひと言があれば、現地に住んでいるだけに、もっと説得力が
 あったのだと感じる。
 
 もちろん私がビルマ国内で見聞きする「事実」も、他の人
 から見れば、偏っているだろう。
 それは当然だ。

 
20時過ぎ、買い物へ。
 今日はスーパーを2つハシゴしながら値段チェック。
 最近、食料品の値上げが激しい。
 エンゲル係数の高い我が家(って一人だけど)は困る。

 最近は、DエよりもMナカに行く方が多い。
 今日はなぜか、両店とも「鯖」が安い。
 
 Mナカは今日、タマゴLサイズが88円(10個入り)で
 大安売りだと思っていたが、うわ、最低1000円買い物
 しないとダメだとか、やられた。

 ま、コープも含めて、タマゴの安売りは客引きの目玉だし。
 ここしばらく、カレーのルーの安売りも各店力を入れて
 いる。

 今日の夜は、久しぶりにおかずがたくさん並んだ。
 しかもヘルシーなメニュー(鯖、ピーマン、豆腐、納豆)
 で、食後、気分がすこぶる良い。
 が、食器の後片付けをしようと立ち上がったら、うわ、
 お気に入りの特大グラスを割ってしまった。
 ああ。
 ガラスの破片が飛び散った。
 がっくり。

3つの表記

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 ビルマのサイクロン禍の記事を新聞で読んでいて、
 ちょいと違和感を感じた。その違和感は、新聞記事の
 内容というより、記事に付いていた地図の表記だった

 
 それは、
そう、5月6日のエントリーの続きである。
 「エヤワディ・イラワジ・イラワディ」のことである。

 イラワジ川という名前とエヤワディ管区という名前が地図の
 中に併記されているのだ。

 イラワジ川と明記するなら、イラワジ管区となるはず。
 或いは、エヤワディ管区と書くならエヤワディ川(河)と
 なるはず。
 
 イラワジ河の河口地域がイラワジ管区だからである。

  
で、ちょいと気になって、外務省のHPページをのぞいてみた。
 が、外務省のHPはもっと分かりづらかった。
 混乱に拍車がかかった。

 (1)エーヤワディ管区
 (2)イラワジ管区
 (3)エヤワディ管区
 
 の3つの表記があったからである。
 
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 (1)海外安全情報-ミャンマー:サイクロン被害による
 感染症発生のおそれ (2008/05/13)
 (2)(ミャンマー連邦におけるサイクロン被害に対する
 緊急援助について平成20年5月7日)
 (3)(ミャンマー連邦におけるサイクロン被害に対する
 緊急援助について平成20年5月5日)
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各メディアや媒体ごとに表記が異なってもいいが、
 一つの出所に3つの表記があるとは・・・。
 う~ん、どないしたもんだ。

 膨大な数の被害者が出ている中で、どうでもよいことかも
 しれないが・・・。

 
 DSCF0301_0.jpg
 ( ↑ クリックすると大きくなります )

 水路に沿って道路が続きます。
 水路にも道路にも庶民の生活を見ることができました。

 深夜~早朝、雷がゴロゴロ鳴っている。
 一瞬、PCの電源を落とそうか思案する。
 ま、ええやろ。
 、ってなんて不用心なんだ。

 2時過ぎ、布団の中に入って、作業を続行。
 息抜きにウエブをツラツラ見ていたら、お、びっくり。
 毎日新聞で、「村上春樹氏:ロングインタビュー 
 僕にとっての<世界文学>そして<世界> 
 第1回=翻訳の限度は50年」が載っている。
 
 メディア嫌いだと思っていた村上氏が、?
 って一瞬思ったが、彼の想いを読めるのは嬉しい限りだ。
 なんで『毎日新聞』なんだろ?
 レイモンド・チャンドラーが好きなのは同じだね。

 ウエブで「名人戦感想戦」を見る。
 
将棋で面白いのは、勝ち負けが決まった後に、勝者と敗者が
 (第三者を交えて)それぞれの打ち方を分析しながら、解説
 することだ。
 そこには、単に勝ち負けだけの世界ではない何かがある。
 面白い世界だ。

 で、朝10時過ぎ就寝。
 早寝早起きも度を過ぎる(過ぎすぎか?)

 15時前、ドンドンと屋上で飛び跳ねる音で目が覚める。
 ったく。
 
 集中して液晶画面を見続けているので、さすがに目が掠む。
 
 ラジオを聴いていて、困ったアナウンサーやパーソナリティ
 がどこにでもいる。
 
 ビルマのサイクロン禍や中国の地震の被害に関して、援助の
 受け入れ態勢の不備に口角泡を飛ばして怒っている。
 
 その怒り方を聴いて、なぜか、一視聴者として冷めてしまう。
 まるで、自分がその被害の当事者のような口ぶり。
 正しいことを主張するその正しさの押し付けに辟易する。
 果たして、その怒りは、どれだけ持続できるのか、と。

 この間見た映画の一場面を思い出す。
 1972年のジョージア州 ROCKVILLE という田舎町が舞台の
 "Resting place" という単調な映画だった。

 ベトナム戦争で命を落とした黒人兵士
 (ドワイト・ジョンソン中尉)の遺体が、白人の遺族支援士官
 (レアード少佐)と共に町に戻ってくる。
 その町は、72年にあっても、黒人差別が残っているところだ。
 それ故、町の中の墓地にドワイトは埋葬を許されない。
 黒人専用の墓地は町の外にある、というのだ。

 国のために命を落としたドワイト両親は、息子がその町で
 生まれ、育ったという証しのために、どうしても町の中の
 墓地に彼を埋葬したいと願う。

 遺族支援の士官レアード少佐は、70年代にあっても、
 南部の黒人差別を目の当たりにして思い悩む。

 ある日のこと、電気修理を営むドワイトの父親(ルーサー)は、
 埋葬のトラブルを理由に仕事を断られた。
 レアード少佐は憤る。

 レアード少佐と父親ルーサーの会話。
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 -ご立腹では。私は不快だ。
 
 ご出身は?
 
 -ウィスコンシン

 (あなたは)今、知ったから不快なんです。
 私とエイダ(妻)は数週間前に覚悟を
 分かってました。
 何らかの災難が 続くことは
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 確かに怒りや憤りは必要であろう。
 だがそれは、今知ったから、という自らの未熟さ無関心さを
 省みることのない発言は、何ももたらさない。
 
 もちろん、不正義や不公正や不合理は、知った方が良い。
 
 
 ニュースと問い合わせのメールが予想以上にたまっていく。
 う~ん、困った。
 ブログを書くヒマがあっても、返信することができない。
 すまない。

 昨夜は確か、2時前には寝たはず。
 
 で、目が覚めたのは、!!時だ。
 近所の小学生が、学校から帰ってきたドタバタ音で起きた
 のだ。
 え、もうこんな時間!?
 がっくり。
 やっぱり疲れがたまってんだ。

 冷蔵庫は空っぽ。
 買い物に行こうと思ったが、雨が降っている。
 外出するのも、写楽世絵。
 さて、何食べる。
 
 食パンは2枚ある。
 これで食いつなぐか?
 あとはS麺の元があるだけ。
 ったく。

 しっかり寝た分、元気が出てきた。
 気力より体力だな、こりゃ。
 
 中国の地震の続報が続く。
 こりゃ、ビルマのサイクロン災害報道は飛んでしまったな。
 ビルマ軍政への表だった風当たりは弱くなる感じ。
 ほんと、タンシュエは悪運だ。

 データ入力(1)(2)を済まし、写真編集を続ける。
 2006年の2/3が終わった。
 ふぅ。
 
 しっかり仕事をこなす。
 
 雨が激しくなる。
 外へ出る気がしない。
 で、お腹が空いて、S麺を喰らう。
 ううう。
 
 "Death of a President"(『大統領暗殺』)を見る。
 
 米国はなんとまあ、ベトナム戦争とイラク侵攻に悩まされて
 いるんだな。
 また、米国は多様な社会だと思われているが(日本と比べて)、
 だが空撮シーンで、全く似たような家がマッチ箱のように
 ずらりと並んでいるのを見ると、なんとまあ似たような
 インフラなんだと思う。

 と、あんな同じような生活をしているところでは、思いつき
 や発想も同じようになるんではないかと、フトおもったり
 して。

 で、ラストシーンは、 先日見た『ランボー』とほとんど
 同じなのに感激してしまう。
 そこにはビルマやアフガンやイラクの人の視点が、見事な
 ほどない。
 うむ。

 8時前、目覚ましなしで目覚める。
 ぼぉ~っとした頭でいそいそとゴミ出し。
 
 インスタントコーヒーを入れ、布団の中でラジオを聞く。
 
 ビルマ(ミャンマー)のサイクロンニュースが流れるが、
 ニュースのポイントのズレにがっくり。
 メディアの勉強不足、ちゅうか情報収集能力にがっくり。
 
 チーズとレタスのトーストを喰らう。

 布団を干して、9時半過ぎから仕事開始。

 コープからCCが届く
 500円の商品券でも嬉しいのだ。

 17時締め切りの原稿を書き始める。
 う~、さすがに今回はきつい。
 書くネタはあるのだが、写真と原稿が合わない。
 う~ん、どうすればいいのか。

 ま、まずは書き始めよう。
 集中してペチペチペチペチペチと書く。
 なんか引用が多いなあ。
 半分近くが引用になってしまった。
 で、続けてキーボードを叩く。

 17時過ぎ、なんとか書き上げる。
 が、このまま送信するのは怖い。
 頭を冷やして、推敲しなければならない。
 が、時間がない。
 困った。

 ま、風呂に入って、気分を変えよう。
 
 で、何度か読み直すと、やっぱり表現がおかしい。
 何カ所が修正。
 正直言うと、最低1日は寝かしたいのだが・・・。
 ま、今回は(あ、いつもだが)時間がないので仕方ない。

 
 21時過ぎ、いつもの作業(1)と(2)を続ける。