数年前、タンシュエ上級大将(評議会議長)の娘の奢侈な結婚式
のDVDが出回って評判になった。
庶民がその日暮らしをしている一方で、宝石をちりばめた飾りを
身につけ、まるで別世界だった。
ビルマで何度か結婚式に招かれたのだが、どうも、緬洋折衷の
形式の様な感じがした。
ビルマ(民族)の伝統的な結婚式は果たしてあるのだろうか。
昔は馬車を飾り付けていたのだろうか。
うむ。
数年前、タンシュエ上級大将(評議会議長)の娘の奢侈な結婚式
のDVDが出回って評判になった。
庶民がその日暮らしをしている一方で、宝石をちりばめた飾りを
身につけ、まるで別世界だった。
ビルマで何度か結婚式に招かれたのだが、どうも、緬洋折衷の
形式の様な感じがした。
ビルマ(民族)の伝統的な結婚式は果たしてあるのだろうか。
昔は馬車を飾り付けていたのだろうか。
うむ。
ちょいとやっかい事を片付ける。
う~ん、こちらは一方的にそう思ったけど。
しかし、親切心からなんだろうけど。
う。
MLの最後通牒が来ている。
慌てて、とりあえずの復刊メールを送る。
晴れだ。
布団干しだ。
シャビー・トーストだ。
バスの予約だ。
月末の支払いだ。
ううう。
連絡業務に精を出す。
結構な量の連絡先だ。
こういうときはメール一斉配信が便利だな。
うん。
しかし、多すぎる。
それにもう使われていないメールアドレスや間違いも多い。
夜、久しぶりにDVDで映画を見る。
"LICENSE to KILL" 文字通り、免許証のことだった。
がっくり。
しかし、飲酒運転で人命を奪って、禁固2年か。
警告映画だが、米国らしいというか。
"THE INVASION" を見る。
ニコール・キッドマンが主演です。。
確かに美人ですね。
思わず見とれてしまいそう。
でも、あの年齢で、あのお肌のスベスベはデジタル処理かな。
年相応の皺やシミがないと、却って魅力がないと思うのだが。
どないなもんだろ。

乗り合いバスの車掌から、手渡しでお金を受け取ってます。
おお、アクロバット的な早業だ。
そう、交差点でお小遣いを稼いでいるのです。
汚職交通警官の一斉摘発後(2007年?だったか)、こういう
姿は一時期少なくなりました。
でもまた最近、街角の賄賂(っていうほど大袈裟じゃないけど)
がまた増えつつあるとか。
そりゃ、生活の厳しい交通警官や小役人にとって、労せず手に
入る日銭は魅力的やさかい。
ウトウトと半分寝ながらラジオを聴く。
西尾幹二さんって、こんなにひどかったっけ。
そんな印象だけが残る。
話す内容と同じくらい伝え方、話し方って大切なんだと思う。
「言葉にとって大切なことは、その言葉が含意する事柄と、
その言葉が届く範囲に対する節度であると私は思う。」
(@平川克美)
そう、西尾さんの言葉は、ある限られた範囲の、限定的な
期間(時代にもならん)の言葉でしかないような感じだ。
西尾さん、なんだか自説を述べるだけの自己満足だけのよう。
果たして彼の言葉が中国や朝鮮半島の人びとに受け入れられるか。
本当に自分の言いたいことを相手に伝えたいのかどうか。
なにやら哀れみさえ誘うごり押し的な話し方。
10時過ぎ、目が覚める。
晴れだと思ったら、あ、曇り。
なんだかややこしい天気だ。
で、布団干しはヤメ。
う~、なんだか身体が重たいゾ。
やっぱり中途半端な不健康生活してるからかな。
不健康生活も筋を通さなアカン。
ってか。
チーズのサンドイッチ(トースト3枚分)+野菜ジュース(赤系)+
苦いコーヒー+チョコクッキー5個。
集中して机に向かう。
ペチペチ、ペチペチペチペチペチと書類作成。
ふぅ、ほぼ完成。
後はなんとか体裁を整えるまでになった。
ちょいと冷やそう。
15時過ぎ、出動。
久しぶりに阪急電車に乗る。
17時過ぎ、嵐山駅到着。
おおなんだこの人の波は。
改札がオープンやんか。
さすが、初冬の京都だ。
テクテク歩いて、アジトへ。
先客多数あり。
というか既に働き始めている。
作業はほぼ、終了気味。
ご苦労さん。
ビルマに関わる人にしろ、中米グアテマラに関わるにしろ、
多くの人は損得抜きの何かで関わっている。
この時代にあって、なんだんだろ。
まさに「金銭で集められた人間は、必ず金銭で去ってゆく」
(@平川克美)
か。
19時頃から食事会始まる。
なんだか食べるために行ったような・・・(ま、結果的には
そうなったけど)
ぐちゃらぐちゃら。
○氏はどこに行っても(良くも悪くも)評判だな。
和食・洋食・エスニックとお腹いっぱいだ。
ご馳走だ。
それに10人以上がガヤガヤと喋りながら食べてるし。
22時過ぎ、盛り上がった人たちを後においとま。
もらったカードで帰る。
河原町発の準急に乗り換えたら、うわ、ほぼ満員。
なんだなんだこんな時間に。
日付の変わる前に帰宅。
で、なんとかミッションTを果たす。
あ、窓を開けて外出してた。
部屋の中の空気が冷たい。
こういうときは独り身は不自由なんだな(ぼそっ)
アノヤタ通り(Anawratha)と39番通りが交差するところ。
タバコとLUX石けんと SEIKO の広告が見えます。
これが、街角の風景の一つです。
深夜、寝たり起きたり。
朝刊読んで、また寝入る。
いろんなことが起こっているが、まあ、当然だが、それとは
無関係に馬鹿笑いがラジオから聞こえてくる。
9時過ぎ起きる。
チーズとトーストと野菜ジュース(赤系)と苦いコーヒー。
太陽光線は強いが、何せ空気が冷たい。
それに風が強い。
で、今日は毛布を干す。
ペチペチペチペチペチと文書作り。
書いては修正、書いては修正だ。
英文の方は(ちょっとだけど)、こちらの修正も大変だ(元の
文が立派なだけに、修正にならんやん)
I ワジから連絡あり。
「4000枚のビルマ写真の連絡、ありがとう。でも、リンク先
間違ってるでー」と。
うわうわ。
でも、タイ、米国、イタリアからはコメント(+写真使用依頼)
が届いているのだ。
なんでだ?
芋カレーが昼食。
17時過ぎ、出動。
神戸三宮のセンター街を歩くのは2年ぶりくらいか。
なんか懐かしい。
R子と合流し、HPを片手に改札前に移動。
と、ほどなくS氏も合流。
五臓六腑は2店ともいっぱい。
さすがに給料日(?)後の金曜日だ。
で、沖縄料理の金魚へ。
S氏とR子は初顔合わせだけど、仕事柄共通点(知人)があり。
ほほほぉ。
しっかし、若者はええなあ(って、オヤヂやな)
S氏とは写真話となる。
さて、写真は今後、どういう方向性に動いていくか。
会社辞めたらあかんでー。
今日は早めに21時過ぎ、散会。
ジャンクフードを買って、ビュンと帰宅。
2度目のお風呂に入って、ちょいと良い気分。
と、gmail はログインしてたら緑のランプが点くのね。
と、N子がログインしている。
おお、チャットだ。
ペチッ、ペチッとチャットだ。
やっぱり人の噂話だ。
呪われてるし、とか。
日付が変わって、お休み。
って布団に入ったら、『朝生』だった。
ウトウト。
経済的に厳しいとはいえ、ラングーン(ヤンゴン)は一国の
首都(2003年当時)である。
夕暮れになると仕事を終え、家路につく人の姿が目につく。
車の種類も多種多様だ。
変わって欲しい政治体制と失いたくない風景と空気。
布団に入って、朝3時までツラツラ情報収集。
あ、また昼夜逆転の生活に陥りそうだ。
やべぇ。
夜食にジャンクフードを喰らってしまうし。
9時過ぎ起床。
雨だという予報だったが、どんより曇り。
食パンとチーズと野菜ジュース(紫系)と苦めのコーヒー。
ぼぉ~っとした頭。
考え事の仕事はできない。
で、たまっていたネット関係の作業をペチペチペチペチペチと
こなしていく。
インドでテロ(?)発生。
邦人にも犠牲者が出た、とか。
最新の武器を携えていた、とか。
そうだ、武器か。
と、ふと思ったのだが、軍事産業に関わる環境負荷はどのくらい
になるんだろう。
「環境」に熱心なヨーロッパも、米国に負けず劣らずの(金額は
違うが)、驚くほどの軍需産業を持っている。
えっ、あの国があんな武器を輸出しているんだ、と。
で、例えば軍事演習などで戦闘機を飛ばす場合、かなりのCO2を
排出すると思うんだが。
もちろん武器の製造にも。
でも、環境を理由に軍事的な抑制を働かそうとする話を(政府レベル
で)、あの欧州各国からは聞かない。
ふむ。
ネット関係の整備が進む。
info@系のメールアドレスを11個ばかり作る。
ま、そのうち何個は実際に使うだろうし。
3点集中のカレーを作る。
20時過ぎには眠たくなる。
夜、冷たい雨が降り出す。
7時前、目が覚める。
久しぶりに熟睡したかな。
新聞のコトン音でも目が覚めなかったし。
う~、布団の中で伸びをする。
やけに喉が渇く。
前夜、沸騰させて置いておいた、冷たい水をゴクゴク飲む。
神戸市の水道水って、そのまま飲めるのかな?
ちょいと不安。
ゴロゴロしながら新聞に目を通す。
今日は「阪急西宮ガーデンズ」のオープニングか。
数種類の折り込み広告が入ってる。
ま、しばらくしたら見に行こか。
と、手元にあったのは月曜日(11月24日)の新聞だった。
そうだ、この日の「天声人語」に違和感があったんだ。
--------------------
▼保健行政の連想から厚労省を狙ったのかも知れないが、これ
では駐車違反の恨みを警察庁長官に向けるも同じだ。・・・。
愛犬の悲運を思い続ける「優しさ」と、3人殺傷の残酷さは
どうにも結びつかない▼
--------------------
鬱屈した(と想像するが)人の恨みを、この筆者氏は果たして
理解しているのだろうか。なにやら、文章の全体に漂うのは人
の思いよりも、文章それだけ、っていう感じだけを受け取って
しまう。
というのも、後半部分も、自分の取材ではなく取材した記者から
の報告や伝えられた部分を書き写しているだけだと感じるから
である。
まあ、「天声人語」が3面ではない部分であるから仕方ないと
思うけど。何かしら思いが伝わるような内容を朝一番に読んで
みたい思うんだが。
と、この日の『朝日新聞』への落胆はそれが序章だった。
オピニオンのページに早野透氏が「ポリティカにっぽん」で
「拝金思想に一撃を食らわせよ」「ある労働争議」という一文
を書いていた。
「ヘラルド朝日労働組合」との争議は、確か組合側は、一審では
敗訴したんだっけ。
http://www.iht-asahiunion.com/pdf/shukin20070824.pdf
しかし、上記で小林拓矢さんが書いている。
--------------------
偽装請負など非正規雇用の問題を積極的に取り上げている
『朝日新聞』だが、足元で起きているこの問題を紙面で扱う
ことはない。「『編集方針と労務方針はまったく別だから』
と(会社に)言われた」と松元さんは話す。格差社会や貧困に
対する批判的な論調は、ただの外向けのメッセージにすぎない
のか。
--------------------
私も朝日新聞には知人・友人が多いだけに、新聞社としての、
会社組織としての朝日を憂い始めている。
最近(といって、いいのかわからんけど?)の朝日新聞は
ちょと変だと思う。
まずは、自社の記者を大切にして欲しい、それ以上に派遣社員
などを大切にして欲しいのだが。世の中がおかしくなり始めたら
最後の砦になるのは、声を上げない一人一人の読者なんだから。
確かに毎月の新聞の購読料は高いけど、ただ単に新聞を読んで
購読しているわけではない。その会社の社会の中の位置づけを
支持している部分があるわけだから。
これまたちょっと気になって、1週間前の『朝日新聞』の社説を
読み返してみる。
「元次官宅襲撃」のタイトルである。
--------------------
その上で気になることがある。事件のあと、インターネット上に
「狙われて当然だ」というような書き込みがあった。ごく一部の
人だろうが、あまりにも無責任で、背筋が寒くなる。
--------------------
う~ん、インターネットに関する認識の浅さが出てしまっている。
くしくもオダジマンが書いている。
--------------------
インターネットに「実態」なんてない。
ただ「関わり方」があるだけなのだ。
--------------------
と。
さらに、続く。
--------------------
そもそもインターネットというのは、よく言われるように
ひとつの架空世界だ。世界中の無数のコンピューターネット
ワークが相互につながっているのだから、まさにそれは「世界」
なのだ。
とすれば「世界ってなんですか?」という質問に適切な答え
が存在しないのと同じ理由において、「インターネットって
何ですか?」という質問にも、模範解答は存在しないのである。
--------------------
そう、ネットワークで相互に繋がっている、っていうのが
ポイントなのだ。
で、さらにさらに。
--------------------
インターネットに関わりはじめた人間は、ある意味で自分の
内面を旅することになる。というのは、この世界が情報(つまり
人間の脳味噌の中味を外部化したもの)だけで出来上がった世界
だからだ。
つまり、あまねく広がった情報の海の中から自分の関心に
訴えるものを取捨選択して行く過程は、自分の頭の中身を再確認
する過程にほかならないのである。
--------------------
と、いうことか。
まとめると、こうなる。
--------------------
だからインターネットを見捨てないでほしい。
それでもなお
「インターネットはエロだ」
という人には、こう言っておく。
「あんたがエロなんだよ」
と。そう、あんたの頭の中身がエロオンリーだから、あんたの
インターネットはエロしか映し出さないのだ。
ついでにもう一つ言っておく。
「インターネットなんてつまらない」
と言っているあなた。つまらないのは、あなたの方ですよ。
--------------------
って、オダジマンが書いたのは1999年。
今からほぼ10年前のことである。
あれからインターネットを巡る状況は変わっているか。
そう、メディアにおいて。
たとえば『ガ島通信」の藤代氏はこう書いている。
(この人の考えに共感するところは、)
--------------------
新聞社における記事の流れは、記者→デスク→整理部・校閲部
という感じで進みますが、年齢を考えてもデスクや校閲者が
記者よりネットに詳しいということは考えにくく、仕組みを
作っておかないとまた間違いが起きるでしょう(最近、J-CAST
ニュースなどのウェブのミドルメディアの記事が、同じような
内容で新聞で「特ダネ」扱いとして掲載されることがあるのも
同じ構造です。要するにデスクが知らないから「特ダネ」に
なってしまう)。
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20081119
--------------------
インターネットが普及したためにテレビ・ラジオ・雑誌・新聞が
危機感を募らせている。
ま、そりゃ当然だ。
テレビを見ない私は、もっぱらラジオを聴いている。
近頃、どの番組も面白くない。
番組作りに独自性がない。
というのも、最近のラジオ番組は、パーソナリティが堂々と広告
(コマーシャル)を声高にがなり立てるし。ほとんどの番組が、
新聞や雑誌の情報やニュースを鸚鵡返しのようにくりかえして
いるからである。
独自の情報や話芸で番組を盛り上げるような姿勢がないなあ。
同じことが新聞の紙面作りにも言えるかな。
テレビ・ラジオ・インターネットは、今もその多くの情報を
新聞や雑誌に頼っている部分がある。
新聞→インターネットという流れではなく、インターネット(で
知った情報)→新聞(雑誌)で確認していくという方向を作り
上げることができれば、まだまだ新聞は生き残っていけると思う
んだが。
う~ん、上手く説明できない。
とほ。
中米エルサルバドルから便りあり。
来年2009年3月15日が大統領選挙、か。
う~ん、別のプロジェクトと重なっている。
でも、中米にはもう4年も行っていないし。
ううう。
文書作成の仕事に精を出す。
ガスファンヒーターを使い出して、ゲゲゲッ。
使用料金がトンデモ・・・ない。
16時過ぎ、ビュンと出動。
駅前のパン喫茶店で、ダブルN氏を、ま~~つ。
で、お久しぶり。
アイスコーヒーとサンドイッチをご馳走になりながら、約1時間
ほど、ぐちゃらぐちゃら。
Dエで買い物をしてビュンと帰宅。
ウエブの整理。
どうも、メールの送信に失敗すると思ってたら、ポート番号の設定
が間違っていた。
新しいメールアドレスをいくつか作る。
「デジカメ」のデータを整理していたら、あ、忘れてた。
手作りケーキをいただいていたのでした。
美味でした。
どうもごちそうさまでした。
例えば、タバコ、である。
もちろん、女性もタバコを吸う
(イラワジ管区, Irrawaddy,Ayeyarwaddy)
これはトウモロコシの皮を巻いたタバコだと思う。
ラングーン(ヤンゴン)では一般的に、葉っぱの巻きたばこ
(ビルマ産、フィルター付きの外国産)が吸われている。
チン州やカレン州に行くと、もちろん巻きたばこも吸われて
いるのだが、パイプタバコを吸っている人もよく見かけた。

ビルマ人がパイプを吸っているのを見た機会はなかったかな・・・。
地域・民族によってタバコもまた多様性がある。
うん。
4時過ぎ起きる。
うう、やらねば。
冷えた紅茶を片手に校正ゲラにとりかかる。
集中あるのみ。
ざっと目を通し、赤ペンを片手に2度ほど読み直す。
コポコポとコーヒーを入れて一息つく。
4度目は小見出しを入れていく。
ふぅ、なんとかできた。
6時過ぎ、まだ薄暗い中、ビュンと出動。
郵便局に着くと、前に先客あり。
「お、大阪まで、本日届きますか?」と聞いている。
「確約できませんが、まあ、夕方遅く頃になります」と。
おお、当日着か。
で、私の速達は相手先に昼頃到着、と。
なんとか間に合ったか。
帰りもビュンと走る。
おお、信号にかかったのは1回のみ。
さすが早朝。
さ、次だ。
今日の密談の資料をまとめ始める。
こういう資料作りは大変だけど、面白い。
散漫としていた自分の考えをまとめる機会になるからだ。
資料作りのための資料読み。
宮本常一っさん関係の本を読んで、キーワードのマークを
つけていく。やっぱり面白い。
で、自分が面白いと思うことをやれるという幸せを感じてしまう。
だからフリーランスは辞められん、というか他の種類の仕事は
続かないし。
太陽が照ったり、突然曇ったりの変な天気。
15時過ぎ、布団を取り入れる。
17時過ぎ、早めにビュンと出動。
空いた時間でジュンク堂をブラブラ。
18時前、駅前でKK氏と待ち合わせ。
うわ、激やせではないですか。
20kg減?
なんとまあ。
で、近くのコーヒー専門店で密談。
近況報告をしつつ、プロジェクトの相談。
しかし、どこも「本体」が大きければ大きいほど大変だな。
で、話は、現代のデジタル時代へと。
そう、デジタル情報を読むにはアナログ(の考え方や手法)に
通じていないと大変なのだ。
デジタルでデジタルは読めも、解釈もできない(と今は、思う)
--------------------
d デジタルなデータからアナログな情報を読み取る力はアナログ
な実務の積み重ねによってのみ培われるものです。
(P.41小田嶋隆『パソコンは猿仕事』)
--------------------
で、オダジマンは皆が認める天才だなあ。
そいや、KK氏は某有名なUセンセのお弟子さんでした。
Uセンセもオダジマンをべた褒めだとか。
約1時間ほどで散会。
ではでわ。
ジュンク堂を散策し、買い物をしてビュンと帰る。
今日も早寝早起きを実行。
22時前には布団に入る。
お金の話といっても、経済制裁や援助のことではない。
国際社会ではン億円という話がされてます。
が、ビルマの地元の人にとっては、毎日の生活が大変。

こういうボロボロの紙幣が、普通のビルマ人にとってのお金である。
この200K(チャット)札で一体何を買うことができるのか。
モヒンガー(一杯)はちょいと厳しい。
ま、菓子パン1個くらいの値段かな。
7時前、目が覚める。
休日、平日とは関係のない我が身だが、今日の振り替え休日は、
なにやら休日らしい(って、意味不明)
ゴミ捨て。
朝からジャンクフードをぱくぱく喰らう。
久しぶりにシトシト雨が降る。
しっとりするなあ。
今日の仕事は2つ。
でも、なかなかのらない、はかどらない。
困ったなあ。
昼食は、肉なしの肉じゃがの残りを喰らう。
昼前から雨が降ってくるし、連休最後の日を、おねおねと一日を
過ごしてしまう。
饂飩と竹輪の夕食。
一日中、冷たい雨が降ったり止んだり。
仕事は寝起きだ。
10時過ぎ、11時過ぎと断続的に早めに寝入る。
しゃがむ、ってか(手がかり「その2」)
以前、「しゃがむ」っていうことでブログのエントリーを書いた。
http://blog.uzo.net/2005/07/post-1135.html
昨日、自分のウエブにアップしたビルマ(ミャンマー)写真を
ツラツラ見ているうちに、その「しゃがむ」ということが、
本多氏のいうように衣服によって支配者と被支配者の関係では
ないように思えてきた。
以下、ビルマでは生活の中に「しゃがむ」という姿勢が、今だに
生活の中に深く溶け込んでいる(とりあえず目についたのを
ピックアップ)
http://www.uzo.net/asia/burma/burma013/burma_013/04bu0038.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma024/burma_024/04bu0263.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma025/burma_025/04bu0273.htm
椅子の上でも「しゃがみ」ます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma032/burma_032/04bu0399.htm
おじさんも若者も、服装になく「しゃがみ」ます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma091/burma_091/DSC_0497.htm
民族になく、しゃがみます。これはパオ民族の人びと。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma137/burma_137/DSCF2878.htm
こちらはマレー系のムスリム人(パシュー民族)です。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma154/burma_154/DSC_6608.htm
もちろん、腰を下ろして網を修理する人もいますけど。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma154/burma_154/DSC_6520.htm
頭を剃るときには「しゃがみ」ます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma138/burma_138/DSC_4821.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma044/burma_044/04bu0599.htm
しゃがむ、というのは、仏教の儀式にふさわしいです。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma176/burma_176/DSC_8320.htm
子どもも、勉強中に「しゃがん」でます。
畑で働いています。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma140/burma_140/DSC_5428.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma152/burma_152/DSC_5682.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma024/burma_024/04bu0258.htm
「しゃがむ」、というのは農業に従事するのにふさわしいです。
こちらは鉱山です。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma140/burma_140/DSC_5496.htm
労働が、地面に近いです。
ゴミ拾いの子どもが、「しゃがん」で遊んでいます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma145/burma_145/DSC_5974.htm
遊びも地面が近いです。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma075/burma_075/DSC_f157.htm
なにも椅子の上で「しゃがまん」でも、と。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma027/burma_027/04bu0311.htm
ビルマの典型的な喫茶店です。ちっちゃな椅子です。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma147/burma_147/DSC_6411.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma175/burma_175/DSCF3633.htm
くつろぐのも地面が近いです。
夜店のバーゲンです。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma148/burma_148/DSC_6318.htm
こちらも、かがむのではなく、「しゃがん」で品定めをしてます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma172/burma_172/DSC_7608.htm
値段を交渉するにも、「しゃがん」でます。目線が同じレベルに
なります。
雨の中での市場でも「しゃがん」でます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma180/burma_180/R0010351.htm
お坊さんも「しゃがん」でいます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma150/burma_150/DSCF2938.htm
軍の公安も、「しゃがん」で民主化活動家たちを監視中です。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma185/burma_185/DSC_8145.htm
ご飯を作るために、「しゃがん」で調理です。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma150/burma_150/DSC_5391.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma221/burma_221/DSC_2208.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma028/burma_028/04bu0341.htm
家の中での食事も、座ったり、「しゃがん」だり(手前の男性)
http://www.uzo.net/asia/burma/burma197/burma_197/R0011486.htm
囚人も、労働の合間に「しゃがん」でます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma176/burma_176/DSC_8414.htm
川で洗濯するにも、座ったり、「しゃがん」だり、です。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma177/burma_177/DSC_8447.htm
仕事待ちです。いっせいに「しゃがん」でます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma031/burma_031/04bu0385.htm
お寺で拝んでます。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma032/burma_032/04bu0396.htm
もちろん、「しゃがま」ずに立ち話もあります。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma176/burma_176/DSC_8707.htm
そう、地面に腰をおろして待つときもあります。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma193/burma_193/DSC_9663.htm
http://www.uzo.net/asia/burma/burma208/burma_208/DSC_3641.htm
食生活、労働、遊び、くつろぎ、拝み、と、この「しゃがむ」という
姿勢が生活の中に深く溶け込んでいる。
その一つの理由が、まず便所であろう。
で、「しゃがむ」という格好がなくなっていくのは、便所の変遷では
ないのかと思ってしまう。
日本でもそうだったが、「しゃがむ」というのは、便所での姿勢でした。
http://www.uzo.net/asia/burma/burma194/burma_194/DSC_0193.htm
「しゃがむ」という姿勢が生活の中から消えて行ったのは、便所の
スタイルが「和式」から「洋式」に変わっていったからではないか。
これは、日本やビルマでも共通しているように思えるのだが。
そういう仮説を立てても面白いかも。
ちなみに、日本ではその昔、男女共に「立ちション」をしていた、とか。
どこだったか、地方の、とある建物には女性用の「立ちション」便器が
あったとも聞いた。
が。ビルマでは反対に、男性が「座りション」をするのだ(今も)

男性がしゃがんでいる。
もう一つ考えられるのが、「しゃがむ」というのは、地面と近い
生活をしているからではないか。
例えば農業従事者が7割近いビルマでは、未だにしゃがんで働く
生活をしている。
市場でのモノの売り買いも、地面に置いた商品の品定めや値段の
やりとりも地面と近いところでやっている。
「地面と近い生活」とは何を意味するのか。
う~ん、よく分からんけど、何かありそうだ。
あと炊事・洗濯も地面と近いところでやっている。
なんでこんなことを考えるようになったのか。
うむむ。
この間、佐野眞一の『宮本常一の写真に読む 失われた昭和』
(平凡社)を読んでいて、次のような記述に出くわした。
--------------------
『絵巻物による日本常民生活生活絵引』は、いうなればアナログの
時代に、デジタル化を進めるような困難な作業だった。
・・・・・。
・・・・・。
この『絵巻』の卓越したところは、衣類や帽子などの名詞だけで
なく、「赤ん坊に乳を含ませる」、・・・、といった動作を示す
動詞とも対応していることである。こうした人間の動作でとりわけ
細かく分類されているのは、「背負う」と「運ぶ」である。
・・・・・。
「運ぶ」運搬、飯を運ぶ、食物を運ぶ男、鍋を運ぶ女、稲・草の
運搬、稲を運ぶ男、秣を運ぶ男、水を運ぶ僧、水を運ぶ男、水桶を
運ぶ女・・・荷物を抱き運ぶ男
先ごろ物故した歴史学者の網野善彦は、遺作となった『「忘れ
られた日本人」を読む』(岩波書店)のなかで、この『絵巻』と
いう着想をたいへん高く評価し、「こういう細かい仕草まで宮本
さんがすべて名前をつけられたのですから、これは大変なこと
だったと思います」と述べている。
(PP.21-22)
--------------------
とあった。
何故かこの部分が、頭の隅に残っていた。
そう、モノを見るときに、人間の生活を見る、そこに何を見るか。
何を見て、撮るか。
意識的でなかった。
そこで、改めて、ビルマで撮した自分の写真を見直して、動作で
写真を「しゃがむ」ということで分類してみた。
で、そこから何を読み取るか。
単に「しゃがむ」という動作だけでなく、その「しゃがむ」という
姿勢が、どうして日本では消え去り、ビルマでは残っているのか。
消え去った理由はなんなのか。
それらを写真を見て考えていく。
それがずっと悩んでいる写真民族誌/写真民俗誌へつながるヒントに
なるのではないか、と。
う~ん、う~ん。
3時半過ぎ目が覚める。
新聞に目を通して、2度寝だ。
5時過ぎ、また目が覚める。
自分の写真を見ながら、ふと、気づく。
ああ、そういうことか。
これが、もしかして写真民族誌/写真民俗誌に通じるかな。
ペチペチペチペチペチとビルマのページから「しゃがむ写真」を
ピックアップ。
おお、たくさんあるなあ。
ツラツラと「しゃがむ」ということについて考える。
う~ん、う~ん。
今日も良い天気。
掛け布団を干す。
ビュンと買い物へ。
Jパンでジャンクフードとシュワシュワを買う。
連休の中日のせいか町の中にまったりが漂う感じ。
鹿島アントラーズが大分に勝つ。
良いゲームだ。
うん。
ニンニクを刻んで、パワーパチパチを作って喰らう。
久しぶりに休日感を味わう。
ごろごろ。
肉抜きの肉じゃがを喰らう。
ウップ。
21時過ぎから眠たくなる。
布団に入って電話をかける。
喋りすぎ。
4時過ぎ目が覚める。
ま、いつものように極端な再昼夜逆転の生活。
新聞に目を通して、机に前に座る。
今日は、典型的な、ある晴れた土曜日です。
右肩から背中にかけて張りがある。
ま、気持ちの良い筋肉痛とでもいえようか。
ペチペチペチペチペチとキーボードを叩き、マウスを
グリグリと動かす。
目玉焼きのサンドイッチでゆっくり朝食。
苦いコーヒーをコポコポ入れる。
安いから美味しくないと思っていたMナカのコーヒーが大当たり。
香りや苦みが抜群。
お湯を注ぐとモコモコとふくれあがる。
焙煎がええのだろうか。
美味なり。
布団干し。
ペチペチペチペチペチと写真の編集作業とウエブへのアップ。
ここで気を抜いたらダメ。
今日中にやってしまおう。
10時過ぎ、洗濯を始める。
それほど量は多くない。
Tシャツに交じり、夏にはほとんど履かない靴下が多い。
ラジオからはいつもの男2人の軽快な笑い声が聞こえてくる。
ははは、とつられて笑う。
11時過ぎ、ピンポ~ン。
ペリカンさん来る。
おお、大きな箱だ。
右肩から背中にかけてバリバリと凝りが走る。
ちょいと休憩して、ゆっくりとお風呂に入る。
お、久しぶりにKさんより連絡あり。
う、今日ですか・・・。
う、ちょいと難しいです。
また次回にでも。
ペチペチペチペチペチと作業を続ける。
ようやく先が見えてきた。
目がパシパシになる。
遅い昼食は饂飩と豆腐なり。
夕方一息。
ビュンと買い物へ。
連休のせいかTヤでは半額セールなし。
十河さんの『映画がなければ生きていけない』を読了。
3度目かな。
作業の仕上げに入る。
目が乾く。
目薬の在庫を切らしそうだ。
また、買っておかねば。
ふぅ~う、なんとか完成。
http://www.uzo.net/asia/burma/burmatop.htm
ビルマの写真ページは約4000枚のイメージとなりました。
少々キャプションに難ありだが、ま、マルとしようか。
(ま、ミャンマー 写真 とも言えますが・・・)
そう思うと、ちょっと誇らしげ。
ははは。
これでやっと「次」に進めるぞ(たぶん)
21時前、猛烈な睡魔。
布団にはいる。
早すぎ?
中途半端に寝たり、起きたり。
日付が変わる直前に寝て、深夜起きて、新聞を読んで、また寝る。
と、7時には目が覚め、いつものように布団を干して机に前に
座る。
今日は寒さが和らぐという予報だが、さて。
10時を過ぎると、うわ、曇天だ。
慌てて布団を取り入れる。
雨粒が布団についていた。
うう。
ジャーナルを書くのも忘れて、作業に集中。
何食べたっけ?
おお、『週刊金曜日』のウエブページが変わっていた。
http://www.kinyobi.co.jp/
wordpress ですか?
で、文字を最大にして閲覧しているのだが、フォントとレイアウトが
ガタガタに崩れている。
で、びっくりしたことに、動画も埋め込んでいる。
本多勝一氏が喋っている。
初めて見た。
ということは、『週刊金曜日』もいよいよ大変化ですね。
というより、メディアが変化ですね。
変化の第1章、ってか。
そいえば、ダイヤモンド・オン・ラインも最近、充実し始めて
いる。
http://diamond.jp/series/
おお、ジョージ・ソロスの肉声が聞こえるし。
TVを見ない私としては、関係者が(まあ、編集はあるだろうが)
肉声で情報発信しているのを見ると、オオオ!と思ってしまう。
ジョージ・ソロスって、ああいうフランクなしゃべり方をするのか。
動画の広告はTVほどではないし(今のところ)
んでも、『デイズ・ジャパン』もブログをオープンした。
http://www.daysjapan.net/
分からないのが、独自ドメインをもっているのに、どうしてわざわざ
seesaa を使うのか?
(変な処に広告が入るから、情報発信者としての・・・)
で、中小の出版関係は方向転換は容易だが、さて、大メディアは
どういう方向に進んでいくのか。
特に新聞社は、どうする。
ふむ。
セマ(Seikma)に行きました。
もちろん、ぶらりと。
もちろん、「いろいろ」とかいくぐって。

漁師さんたちだろうか、或いは魚醤作りの人たちか。
5人いて、誰一人としてロンジーを身につけていなかった。
まるでラングーン(ヤンゴン)港の港湾労働者たちのよう。
朝8時過ぎ、ゴミ収集車の音で目覚める。
うう、ゴミ出し行けない。
急激な寒さではない。
単なるずぼら。
てへ。
今日も良い天気。
布団干し(なんぼ程、干すねん・・・羽毛布団欲しい
<こればっかり)
肩こり。
やっぱり深夜に打ち込み作業をするものではない。
うう。
TA氏のページを見に行くと、お、トウモロコシの話、ですか。
理由は分からないけど、ピン、ときた。
ウイキペディアで「トウモロコシ」を読んでみる。
--------------------
起源
トウモロコシは他のイネ科穀物と違い、祖先野生種が
見つかっていない。トウモロコシの起源には2つの主要な
説があるが、どちらにせよ、作物化は他のイネ科穀物よりは
困難だったと思われる。
メキシコからグアテマラにかけての地域に自生していた
テオシント(英名:teocinte ブタモロコシ、Euchlaena mexicana)が
起源だとする説。ただし、テオシントは食用にならない小さな実が
10個程度生るのみで、外見もトウモロコシとは明らかに違う。
2つの種を交配させて作り出されたとする説。祖先の
候補としては、絶滅した祖先野生種とトリプサクム属 (Tripsacum)、
トリプサクム属とテオシントなどがある。
紀元前5000年ごろまでには大規模に栽培されるようになり、
南北アメリカ大陸の主要農産物となっていた(ただし、
キャッサバを主食としたアマゾンを除く)。
マヤ文明、アステカ文明でもトウモロコシの記述がある。
伝来
ヨーロッパには大航海時代に伝わり、アフリカ大陸には
16~17世紀に伝わった。また、アジアには16世紀初めに
伝わった。
日本には1579年にポルトガル人から長崎または四国に
フリント種が伝わった。本格的に栽培されるようになったのは、
明治初期にアメリカから北海道にスイートコーン、
デントコーンが導入されてからである。
--------------------
うむ。
以前から気になっていた、植民地時代のポルトガル人の移動
のことである。
中国に近い北ビルマの山中でもトウモロコシを食べる。
ラワン人であろうが、チベット人であろうが、トウモロコシを
つくって食べる。
「トウモロコシ」という食から見ると、民族の違いという
ラワン人やチベット人という区別でなく、「山の人」として
括ることができるのでは。
で、北ビルマにどうやってトウモロコシが入っていったのか。
インド→チベット→北ビルマ
中国→ビルマ北部
下ビルマ→ビルマ北部
タイ→ビルマ北部(シャン人は食べない?)
インド→ネパール→インド 北ビルマ
うむ。
で、トウモロコシの食用方法も、北ビルマとラングーン(ヤンゴン)
では異なっている。
ラングーン(ヤンゴン)では、トウモロコシの調理方法は、焼くか、
蒸すかである。

が、ここ北ビルマでは、ポップコーンにするか、粉にするか、である。
ビルマで常食としてのポップコーンに出会ったのは、プータオ以北
だけである。
で、この地域には、トウモロコシの「はったい粉」もあるのだ。
再び、ウイキペディアである。
--------------------
はったい粉(?粉、?粉、はったいこ)は、オオムギを炒って
挽いた粉。別名は麦焦がし(むぎこがし)、煎り麦(いりむぎ)、
香煎(こうせん)。
方言名として、煎り粉(いりこ)、御粉(おこ)、散らし(ちらし)、
香ばし(こばし)、香粉(こうこ、こんこ、ここ)、はね粉(はねこ)、
麦粉(むぎこ)などがある。
色や香りは、大豆から作られる「きな粉」と混同されやすい。
焙煎してあることにより、消化しやすく、香ばしさがある。
保存性がありながら、いつでも食べられる簡便食、携行食として
重宝されている。
チベットでは類似のものをツァンパと呼び、主食としている。
--------------------
「はったい粉」とは、チベットが発祥の地か。
ということは、トウモロコシもチベットからか。

ビルマ最北村のタフンダン村にて。
で、北ビルマにも「はったい粉」がある。
ビルマ国内で、この「はったい粉」にであったのは、この地域だけ
である。
食べ方は、粉を口に含んで、お茶か水で飲み込むのである。
お腹が膨れるそうだ。
食物に貧していた山の民の知恵なのか。
横にある豆も、同じような食べ方をする。
村々を訪れると、もてなしとして、トウモロコシ、はったい粉、
緑豆を出される。
訪問者と地元の人は、これらを口に含みながら、囲炉裏を
囲んで時間を忘れて談笑するのである。

(これはラワン人のポーターたち)
ホント、人の移動が極めて難しい山中での訪問者は貴重である。
初めて出会う人たちやなじみの人が再会した時、談笑する間を
持たすための食べ物として、トウモロコシや豆、はったい粉を
出していたのかも。
う~ん、何が言いたかったのか。
そう、ポルトガルである。
http://blog.uzo.net/2008/10/post-2588.html
でアップしたように、ビルマにもポルトガル人の影響があるのだ。
(モン州だったけど)
植民ポルトガルは、その後、グル~ト巡って日本に来ることになる。
日本とビルマとポルトガル。
ポルトガルと中米とビルマ
中米とビルマがどう繋がるか?
時代と地域を越えて、「人の動き」と「食の動き」、なんだな。
う~ん、何かが繋がりそうな気がするのだが(こじつけか?)
う~ん、う~ん。
時間を忘れて考えていた。
写真の編集の追加。
うう、まだまだ残っていた。
20時過ぎ出動。
ううう、さぶい。
スーパーを2軒ハシゴして、自衛的超節約買い物なり。
ジャンクフード2点を夕食とする。
新メニュー「シャビー飯」を開発。
うう。
ちょっと前(11月12日)
'Myanmar to introduce wireless internet system next year'
っていうニュースが流れていましたね。
お、いよいよ本格化しますか。
で、この前、外国人がまず訪れない下町の、とあるお洒落な
喫茶店に入ってみた。
と、

'Dear Valued Customers,
Our Shop Provies Free Wireless Internet Access to you now.'
とあった。
おお、無線ランが無料で。
ビルマでも時代はここまで進んできたか(極めて一部だけど)
ん?
寝入ったのは何時かな。
電気をつけたまま、おっと、ガスファンヒーターも作動させたまま、
知らぬ間に寝ていた。
朝6時過ぎ、目が覚める。
う~、ブルブル寒いわ。
今日の朝食は和食だ。
大根と豆腐の味噌汁なのだ・・・って、昨夜の残りもんやん。
曇りという天気予報だが、太陽が照っている。
いそいそと布団干し。
連絡業務をペチペチペチペチペチとこなし、ウエブへの
写真アップ作業を続ける。
やっと先が見えてきた。
なんとか4000枚はアップできそうな感じ、かな。
最近、ビルマの政府系ウエブが繋がりにくい。
ページによっては隠している。
ん?
何かある前兆か(いつものことだけど)
11時、速達届く。
締め切りはまだ先か。
今週末に頑張ろう。
うん。
夕方、出動。
駅前のTヤでコピーをする。
と、すぐに料金切れ?
え、なんで?
うわ、白黒コピーが1枚30円!!
なんだこりゃ。
すぐ近くのコンビニじゃあ、いやほとんどの店が白黒コピーは
全サイズ1枚10円なのに。
こんな業者を入れているTヤの姿勢を疑ってしまう。
ったく。
ビュンと大阪へ。
Yバシにて、品質と値段チェックだけ(見るだけで買った
気分になるお気楽な性格)
携帯ラジオ(3バンド)・カバン・PC用スピーカー。
う~ん、どれも品揃えが多すぎて、困る。
じっくり見る時間がない。
テクテクとAヤへ。
久しぶりにY氏と再会。
近くの店で密談。
えええ、っていう話。
そういうことですか、と。
しかし、どこも明るい方向の話は少ないなあ(自らそうだし)
ぼそっ。
「声の大きい人」が場を支配しますか。
どこかでこのフレーズ聞いたような・・・。
あ、あの大学に勤める先生だった。
ふむ。
ぱくぱくしながらぐっちゃら。
知人の動静など、さまざま。
いろいろあり。
毎度ながら、ごっTZあんです。
では又。
今秋一番の寒さだ。
ブルブルさぶい。
テクテク歩いて西天満方面へ。
次の密会である。
エスニック料理店である。
ほどなく再会と初見です。
男3人がアルコールなし??
こんな会合も珍しい、か。
で、近況を交換しながら、ぐっちゃら。
外から日本を見ると、ほんと不思議な国、ニッポンですね。
しかし、所謂、世の中では勝ち組といわれる組織でさえ、疲労が
蔓延している模様。
先ほどの話もそうだった。
ここでも「声の大きいヤツ(人)」が組織をダメにしている、と。
同じ日に、全く違う人から同じフレーズを耳にするとは。
びっくりだ。
ここで「声の大きい人」とは、もちろん声が大きいという意味でも
あろうし、同時に、他人の声(意見)に耳を貸さない、という意味
でもあろう。
自分を(正)というポジションに置き、それ以外は認められない、
という(無意識の)姿勢だろうか。
自分の「負」や「不」や「腐」に疑いを持たないとは、「怖」である。
フム。
こちらも又、ごっTZあんです。
なんか、最近、これだけで生きているような・・・。
澄み切った秋の空に浮かぶのは、ネオンばかりなり。
ぼそっ。
日付が変わる前に帰宅。
最近、1週間に1度は人に会う。
外出多いなあ。
パンソーダン通りの突き当たりの船着き場から船に乗って、
対岸のダラの町を目ざす。
並ばないビルマ人に交じって、いざ、下船しようと思ったら、
あ、目の前に男性が2人、密着して歩いている。
うん?
邪魔だなあって思っていると、うわ、手錠をしているやん。

最近、犯罪が増えていると聞いていたが、こうやって手錠を
された人を目にする機会が増えた(ように思える)
朝刊を読んでほどなく就寝。
久しぶりに、TWに書き込む。
5時(朝だよ)を過ぎているのに、MK氏(MJ)、まだ起きて
るんですか、と。
2時間ほど寝たら目が覚めた。
今日はパワー朝食。
カイワレのサンドイッチに、極太フィリピンバナナ甘熟王2本を
ヨーグルトに混ぜる。
ウップ。
太陽は照っているけど急な冷え込み。
空気が冷たいyo。
で、相変わらず、写真編集とアップ作業を続ける。
退屈な作業だなあ。
ペチペチペチペチペチ。
昼食は、青梗菜・もやし・キャベツの炒め物。
フロン加工のフライパンだから油を使わなくてもいい(ちょっと
だけ)
ひたすら作業を続行。
不規則な睡眠と仮眠の連続が続くなあ。
『朝日新聞』の夕刊で「ネットはいま」ということで、検索の話題を
取り上げていた。
できるだけグーグルやヤフーの検索結果の上位に表示されようと
する競争があるのだとか。
そんなことは4~5年前の話だと思うんだが。
今さら、みんなが同じ方向を目ざすのはおかしいと思うんだが。
コアなビジネスを目標に置けば、できるだけ、もし可能なら
検索エンジンにひっかからないウエブビジネスを目ざすべきだと
思うんだが。
みんなが同じ情報を持つようになれば、そこに差異はなくなるだし。
「マスメディア」が「ターゲットメディア(コア・メディア)」へと
変貌する中で、「目的情報」はあると分かっているんだが、
果たしてお気楽に検索に表示されないのが貴重になっていく、と。
でもグーグルの24時間、自動巡回昨日は凄いなあ。
私ごときのウエブ技術では逃れられない。
いつも情報を持って行かれる。
ったく。
あるチン女性を撮影する(2003年)

うっすらと刺青が見えるが、これで精一杯。
(コレ、以前にもアップしたかな。でも、写真編集は進歩したよ)
やっぱりコンパクトカメラ(500万画素)じゃあ限界があった。
でも、その時はそのカメラでの撮影が精一杯であった。
いまなら・・・と思うのだが、それは無い物ねだり。
限界のある中で、どのように落としどころをつけながら撮影を
続けるか。
その案配なんだな。
うん。
曇りの予報だが、何故か太陽が照っているよ。
レタスのサンドイッチを喰らい、薄いコーヒーをがぶ飲み。
退屈な作業を続ける。
うーうー。
と同時に宮本常一本を読み続ける。
こちらも、うーうー、だ。
またバイクが・・・。
今度はカバーを盗まれた。
ったく。
というか、盗人は、バイクを盗もうと思ってカバーを外したら・・・。
そう、後輪にU字ロック、前輪にはワイヤーロックを引っかけて
いる。
それにハンドロックも。
それで、盗人もさすがに諦めたか。
んでも、破れかかった、しょぼいカバーでも盗まれるのは気分の
良いものではない。
ったく。
ビュンと阪急六甲駅へ。
待ち時間の間に、コンビニで支払いを済ます。
と、ほどなくY氏到着。
おお、すぐに分かりますね。
駅前の茶屋へ。
アイスコーヒーをごっTZあんになりながら、早速、本題に。
自ら執筆した本も頂く。
で、ぐちゃら。
そうか、宮本常一氏はミーハーでしたか。
瀬戸内の島人でしたか。
それが良い意味もあり、そうでない意味もあり。
個人の限界と時代の制約もあり、か。
フムム。
宮本常一本なら「みずのわ出版」だよね。
http://www.mizunowa.com/
神戸が本拠地なんですよね。
なんとなくぼんやりと分かったようで分からないようで。
で、こだわりですねぇ・・・、とか。
1時間半ほどで散会。
ではでは。
ビュンとKナンへ。
バイクのカバーを買う。
ビュンとMナカへ。
おお、野菜とフルーツとジャンクフードを買い込む。
で、Dエへとハシゴ。
遅々としていた作業、今度こそ、なんとか終わりが見えてきた。
で、今月中になんとかなりそうだ。
ラジオを聴いていて、フト、思う。
この数年、番組への投稿にメールアドレスを告知しているのだが、
どうも紛らわしい。
わかりやすいように、電話番号を打ち込んだら、自動変換で
メールアドレスが表示・送信できるソフト(サーバー・サービス)
なんかできないもんだろうか。
サクラがサービスをグレードアップ。
スタンダードコースで、1GBが3GBになるらしい。
ま、一つは来年解約するけどね。
仮眠を取りながら、ペチペチペチペチペチと作業を続ける。
また昼夜逆転の生活になった。
で、夜中、ウエブサーフィンをツラツラ。
--------------------
首相官邸-
トップ>会議等一覧>厚生労働行政の在り方に関する懇談会
□開催状況
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kourougyousei/
第4回会合 平成20年11月12日の議事要旨はまだオープンに
されていない。
第3回会合 平成20年10月 8日の議事要旨を開いてみるが、
果たして、読みづらい。
わざと読みづらくしているのか、と思えるほど。
これこそが、サービスの質が悪い、ということなのに。
で、4回目の会合の議事要旨に、奥田氏の発言を載せるの
だろうか。
ふむ。
日経ネットに目を通す。
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20081115AT2M1501E15112008.html
--------------------
「ミャンマーへの制裁には疑問」 高須国連大使
【ニューヨーク=中前博之】高須幸雄国連大使は14日の
記者会見で、ミャンマー情勢について「(軍政に)ただ圧力を
かけ、制裁を科し、脅かして人権状況の改善を促すことには、
非常に疑問を持っている」と述べ、安全保障理事会での制裁
決議も辞さない欧米勢とは一線を画す姿勢を明確にした。
日本は来年1月から安保理非常任理事国となる。同大使は
「人権保護の価値観は欧米勢と共有するが、その実現には
社会の歴史的、文化的な背景を踏まえた対応が必要だ」と
指摘。当面は国連特使らによる仲介努力を見守り、軍政の
態度軟化を促す経済協力などに力を入れる考えを示した。
(15日 23:01)
--------------------
が、タンシュエ上級大将のビルマ軍事政権はそんなに甘く
ないですよ。
ようやく一般紙でも報道されるようになったが、値上げに抗議する
デモをしただけで、禁固65年ですか。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081116-00000025-mai-int
--------------------
<ミャンマー>民主化活動家9人に禁固65年
11月16日18時17分配信 毎日新聞
【バンコク藤田悟】ミャンマーの特別裁判所は16日までに、
中心都市ヤンゴンで昨年8~9月に起きたデモを主導した
民主化運動活動家、ミンコーナイン氏ら9人に禁固65年の
刑を言い渡した。
同氏はミャンマーで、自宅軟禁中のアウンサンスーチーさんに
次いで著名な活動家。氏を含む9人は昨年8月、燃料費高騰に
抗議するデモをヤンゴンで開始し、翌月の大規模デモにつながる
きっかけを作った。
--------------------
日本政府によるビルマ軍事政権への働きかけは全く効力なし。
その上、ガンバリ特使による仲介は完全に失敗に終わったという
のが「国際社会」の共通理解だと思っているのだが。
さらに、高須国連大使がこんな発言をするとは、恥の上塗りにしか
過ぎない。
ああ、はづかしい。
「東京リトルヤンゴン」を見る。
http://www.veoh.com/videos/v16146772hSNRjMrt
あ、知っている人がでてるわ、ええの?
『世界』を読む。
東大の林香里先生が「メディア産業の『フリーランス』労働」に
ついて書いている。
フリーランスについてどういう分析や考察や提言(?)を書いて
いるのだろうか。
フリーランスとして、興味アリですわ。
で、メディア産業の「フリーランス」労働=ジャーナリストという
枠組みに違和感。
私の読み込みが足りない?
また、やはり米国の例を挙げていないので、ちょっと消化不良。
それに、結論を導くための論の展開にウムムと思う。
また、論の枠組みの限界を感じてしまったか。
例えば、メディアの東京一極集中がフリーランスの存在を
いびつにさせてしまうようなことには話が及んでいない。
やっぱり東京でメディア論を張る(?)、自らの限界が見えていない
ような感じもしてしまって・・・。
シトシト雨。
ここ数日、暖かかったのだが、これでまた寒さが戻ってくるか。
うう。
11時前、寝入る。
起きたら午後。
あわわ。
たまっているウエブ用の写真編集とアップが、スネイル並ながら
なんとか進んでいる。
何もなければ、今月中に終わりそうな感じだな。
うん。
ピャーポンの町外れの貸本屋です(ピャーポンは、サイクロン
「ナルギス」の発生以来、有名な町の一つになりました)
キチンと整理整頓されてますね。
結構、流行っているお店らしい。
本を読むという行為がまだまだ大切にされているようで、
なんか嬉しくなります(ちょっと偏った見方だけど・・・)
HDを増設したら、突然、PCの音が出なくなった。
もしかして、ケース内にたまっていた埃をブロワーで
吹き飛ばした時に不都合が起こったのかなあ。
困ったなあ。
そや、昔、ウインドウズ95で使ってたサウンドカードを
分解した時に取り置きしていたことを思い出した。
んでも、たぶんビスタじゃドライバが使えないだろう。
ウエブで安いサウンドカードを探す。
HDのデータのコピーを改めて始める。
容量を確認してみる。
今のメインPCの250GBのHDは、実量は230GB。
約20Bのロスだわ。
今度の1000GBでは930GBの使用が可能。
約70GBのロス。
ま、%になおすと、250GBのロスよりもましか。
音のでなくなったPC、フロントのジャックを試してみる。
ほっ、こちらは生きていた。
が、今度はスピーカーがおかしくなった。
本体を買ったときについてきたちゃっちいヤツ。
でも、スピーカーのフロント部分にヘッドホンジャックがあって
結構便利だった。
で、配線と繋ぐ後、パタパタパタパタパタパタと異音が止まない。
分解しても同じ。
うむむ。
これだから、順調に動いていた機器に新しい機器を繋ぐのは
嫌なのだ。
ったく。
それにPCのケースを開けてみて、新しいカードを差し込む
余裕がないことが判明。
がくっ。
結局、ノート用に買って、長年使っていなかったパナソニック製の
小型スピーカーを繋ぐ。
が、音はこちらの方が断然良かった。
TヤにDVDを返しに行く。
"LIONES FRO LAMBS"(『大いなる陰謀』)は、全くの
期待はずれだった。
監督のロバート・レッドフォードには期待していたのだがなあ。
米軍特殊部隊によるアフガン侵攻の新しい作戦がその内容だった。
雪山に取り残された若い米軍兵士(2人)をとりまく展開か。
米軍兵士に近づくタリバン兵(きっと)たち。
そのタリバン兵たちの会話が全く意味不明の言語として描かれて
いた。
ヒタヒタと迫り寄る危機か。
ま、その方が映画としては盛り上がりが出てくるのだろう。
ここに米国人による一方的な視点が現れてて面白い。
英語や西欧の言語以外は、自分たちの判断には組み込まれない、
という(ギリシア語はちゃんと出てきたからね)
映画の中に出てきたタリバン兵たちがパシュトゥン語かハザラ語か
何語を話すのか知らないが、彼らにも言語や文化があるのだという
描き方が何故できなかったのかのだろうか。
米兵に忍び寄るタリバン兵たちも、もしかしたらビビっていた
可能性もあるのに。
もしかしたら、前線の兵士は、こんな会話をしていたのかも
しれない。
「おーい、気おつけろ。オマエはこの間、結婚したばかりだろ」
とか。
「おい、無理するな。相手が撃ってこない限り、こちらからは
撃つなよ」
とか。
目に見えない仮想の敵を勝手におどろおどろしく描くのは、
ベトナム戦争を大罪にしたハリウッド映画の伝統なのだろうか。
見終わって、違う意味で哀しくなる映画でした。
本屋で立ち読み。
身長とあえらなど。
ジャンクフードを買って帰る。
作り置きのカレーの具に味がしみ込んで美味なり。
うう、美味しい。
佐野眞一責任編集『宮本常一』(河出書房新社)
同じく佐野『失われた昭和』(平凡社)
をツン読する。
宮本氏の視点を掴もうとするのだが、分かったようで分からない。
自分には宮本氏のようなモノの見方ができいとは理解できるのだが、
なぜできなかいのか、というのが分からない。
自分のフレームワーク(枠組み)が硬直していたことに改めて
気づかされる。
ではどうすればいいのか。
答がないのが困った。
で、別に答がなくても進んでいけるけど、いったんその答のない
ことに気づいてしまうと、どうもやり過ごしてしまうことができない
という状態にはまってしまう自分が情けない。
うむむ、だわ。
激しい雨の日、雨宿りをしながら、アノヤタ通りを東から西へ
歩いてました。
と、街に近づいて、ふと、道路を見ると、うわ、浮かんでいる。

一瞬、げげっ。
で、程なく浮かんでいた子どもが笑って、水をパシャパシャ始めた。
ああ、びっくりした。
単なる路上の水遊びでした。
それにしても大きすぎる水たまりだった。
なんで8時半からコンクリートを剥つる音?
ガンガン、頭が痛い。
隣近所、誰も苦情を言わない?
おお、ええ天気。
今日は毛布X2干し。
サラミとカイワレとレタスのサンドイッチ。
ちょいと豪勢な朝食。
掃除機2台を準備して、XPマシンとVistaマシンを掃除。
すごい埃だわ。
新しく買った内蔵HDをセットアップ。
あ、STAⅡ用の電源コードがないやん。
ビュンと買いに走る。
え、900円もするの?
餃子を喰らう。
HDを取り付けたものの、さて、どうやってフォーマットすれば
いいのか?
で、メーカーに電話するが、けんもホロロの対応。
「申し訳ありませんが・・・」というその言葉の軽さに唖然。
売った後のサポートは期待できませんかぁ?
で、ビスタの管理画面からフォーマットできることが判明。
16時~19時半過ぎまで、3時間半もかけてフォーマット。
さすが1TBだ。
パッパッパッとチキンカレーをこさえる。
21時過ぎから "There Will Be Blood" を見る。
ハッピーエンドじゃなくて良かったね。
ん?
PCから音がでなくなる。
MBを掃除するときに、もしかして基盤を痛めつけてしまった?
あわわ。
"Hustler", とその続編 "the color of Money" を見終えたのは、
深夜を過ぎていた。
昔の思いで、っていうか、そんな感じ。
布団にはいるが、なぜか気分が高ぶって寝入ることができない。
また、階下でガンガンとラジオをかけているし。
ったく。
ゴミ捨ては早めに。
ピーカンの天気ですね。
青い空。
布団干し。
週の初めに風邪を引いたので、予定が狂った。
逃避行は来週にずれ込みそうだ。
来週もこんな天気だったらいいのになぁ。
写真編集をしながら、イメージをウエブにアップ。
あと40ページほどか。
いよいよ先が見えてきた。
Mの行っとくさんへ連絡。
では、月曜日に。
ブックレットのゲラチェックにストップがかかる。
ゆっくりとお風呂に入り、
16時過ぎ、ビュンと出動。
ドスパラにて1TBを購入。
バラクーダ、333プラッタ、32MBなど。
これでバックアップが楽になるはず。
うん。
サンマルクにてT氏と密会。
そうですか~、そうでしたか。
近況交換をいくつか。
で、いろいろ動いていたのですね。
17時半過ぎ、会場にて散会。
ビュンと次の約束へ。
黒田清『地を這うペン』を読み続ける。
やっぱり、原理原則を曲げてはならぬ、だな。
読みつつ、書き抜きを続ける。
魂は、ま、半分ぐらいなら売っても良いか・・・。
てなことで。
最近、文句ばっかり書いている。
ほとほと嫌になるが、今日もまた書いてしまう。
『朝日新聞』は、派遣労働者問題を記事にしているけど、
自分たちの会社でも同じような問題を抱えているのではないか。
--------------------
「『編集方針と労務方針はまったく別だから』と(会社に)
言われた」
--------------------
http://www.iht-asahiunion.com/pdf/shukin20070824.pdf
なんかなあ。
大麻関係で学生を中心に逮捕者が相次いでいるようだ。
米国では合法化が進んでいるから、たぶん十数年後には日本にも
この流れはやってくるだろうなあ。
生まれた時代が悪いのか。
生まれた場所が悪いのか。
不運だと思うのは、ちょっと言い過ぎかな。
ふむむ。
寝起きにバナナを喰らう。
カゼは、ほぼ回復したが、ゆっくりとする。
が、11時前、ピンポ~ン。
あわわ。
ゲラチェックの速達届く。
今回は早めに開封。
締め切りは21日(金)ですね。
まだまだ(?)余裕ありますね。
東京へボールペン返送のための作業。
ええ天気です。
午後からだけど、布団干し。
郵便局へ(2件ほど)
Jパンでジャンクフードを2つばかり。
カゼで臥せっていた間の新聞を読み返す。
で、最近、メディアで取り上げられる言葉が軽すぎる。
「天声人語」(『朝日新聞』11月9日)でこうあった。
--------------------
「黄金の三角」といえば、インドシナ半島の麻薬密造地帯をさす。
ことほどに左様に美しい言葉が美しい事物を表すとは限らない。
字句の美しさゆえに、現実の醜さが際だつこともある
--------------------
「黄金の三角地帯」とせずに、「黄金の三角」としている。
どうも分からない。
後半の麻薬密造地帯につなげたいのだろうが、何か無理が
あるようだ。
そのまま「黄金の三角地帯」とするのが普通であるのに。
それに、「黄金の三角」が特に美しい言葉だとは思えないし。
また、麻薬密造地帯は、現実の醜さなんだろうか。
って、指摘するのは私が細かい(たぶん)
11月8日の『朝日新聞』朝刊、「経済危機の行方 世界は」に
中曽根元首相の談話が載っていた。
何で今、中曽根元首相なのか。
その人選が分からなかった。
これもやっぱり記者氏との繋がりだろうか。
--------------------
アジア人が立脚している基本思想、基本哲学は欧米的なもの
とは違う。アジアでは自然主義的な観点から出発する思想が
普遍的だ。・・・・・。そして他の他のアジアの国々でも、
アジア人としての自覚をもとに、今回のような地球的、人類的
課題について議論を提起することに賛同するひとは多いだろう。
--------------------
と。
アジア人だから、アジアのことを無条件に語ることができる
という前提があるような気がする。でも、自分自身はアジア人
ではあるが、もしかしたら自分が語るその内容や語り口は、
アジアのそれではないかも知れないのに。
どうして自分がアジア的な価値観を決定し、それを他にまで
広げることができるのだろう、っていう疑問をもつ、そんな
奥ゆかしさが、これらの言葉の中にはない。
昨日は、兵庫県の井戸知事の「関東大震災が起こればチャンス」
という発言。
それに対して東京の石原知事の言葉も哀しい。
--------------------
「役人の浅知恵だ。良く言えばばか正直。他人の不幸をチャンス
として喜ぶような表現は日本人の感性になじまない」と応酬した。
--------------------
ここでまた、「日本人」という言葉を出す思想の狭さ、である。
経済界からは、トヨタ相談役である奥田氏の
--------------------
朝から晩まで年金や保険のことで厚労省たたきをやっている。
あれだけたたかれるのは異常な話。正直言ってマスコミに報復して
やろうか。スポンサーでも降りてやろうかと
--------------------
報復・・・とは、また、世界一流の企業の相談役が公の場で、
なんという言葉を。
で、極めつけは、ま、あちこちで話題になっている麻生総理の
漢字の読み間違えだろうか。
--------------------
有無(ゆうむ)
詳細(ようさい)
踏襲(ふしゅう)
前場(まえば)
措置(しょち)
頻繁(はんざつ)
未曾有(みぞゆう)
--------------------
日本国の首相がここまで間違えると、日本の教育がおかしいと
指摘されても仕方がないか。
というか、これまでどういう議員生活をおくってきたのだろうか。
言葉遣いについては、ま、私も人のことばっかり指摘できんけど。
はい。
『理由』を見終える。
--------------------
僕はもう何も要りません。
大切なものを持つとなくしてしまうから。
やっぱり、自分が生まれたところですからね。
自分が生まれたところから、あの八代祐司だけじゃない、
今のこんな私たちを作ったものは、一体、何だったろうって、
ぼんやり空でも見ながら、ゆっくり考えてみようかと、
いろいろ、ね。
--------------------
という台詞が心に残った。
で、実際のところ映画の内容と同じくらい、DVDにおまけで
ついていた making movie も面白かった。
写真編集をしながら、画像をウエブにアップ。
デルタ地帯のパテインからラングーン(ヤンゴン)に向かう。
舗装道路もあり、未舗装道路もあり、なかなかスピードが出ません。
チェックポイントや料金所もいくつかあります。
と、また、乗り合いバスがスピードを下ろした。
が、バスは完全には止まらない。
後部にぶら下がっているスペア(車掌)が身体を乗り出して、
道路脇で待ちかまえる警官に紙幣を手渡した。

おお、走りながらの妙技だな。
ん、よく考えると、あの警官は何だ?
料金徴収の人でもないし。
ああ、あれか。
帳面上には現れない「特別料金」の徴収警官だな。
ああやって、彼らは安い給料を補うために現金収入を確保して
いるのだと(想像する-たぶん)
ふむ。
15時過ぎ、ようやく起き上がる。
まだフラフラ。
眼の焦点が定まらないのは、眼鏡をせずに動き回っているせい?
頭がぼぉ~ってしているのは、脳みそがまだ機能していないせい?
外は曇り空。
無精髭の上、顔の表面がカラカラに乾いている。
ボロボロと顔の上皮がはがれる。
よっぽどやなあ。
何も食べていないのに、空腹感なし。
冷蔵庫の中は、
う。
大根(なんで?)や調味料、牛乳だけか。
携帯電話を見ると、うわ、着信がたくさん。
ゴメンなさい。
とりあえず、食パン2枚を無理矢理飲み込む。
気を取り直し、ビュンと買い物へ。
THの前にて、国内産の大ぶりブロッコリー1株が100円。
Dエでジャンクフードと豚肉。
M中にて豆腐やバナナなど。
ついでに銀行へ。
外気を吸うと、ようやく気力が回復し始めた(ようだ)
連絡事項をいくつかをこなす。
仕事をする気がしなく、ウエブをツラツラ見る。
そいや、日本テレビ(関西では読売テレビ)の 『ニュースZERO』で
「長井さん銃撃から1年... 村尾が見たミャンマーの今」という
番組をやってたんだ。
で、番組の内容のことだが、ま、ビルマのことや国境のことなど、
事実関係など細かいことをいえばきりがない。
それよりも、こういう番組が放映されることで由とするのが
いいのだろう・・・か?
個人的に一番気になったのは、長井氏がビルマに入国する
ために飛行機に搭乗する際に発した場面だった。
--------------------
「えー、今からビルマに向かいます。」
--------------------
という言葉であった。
長井氏は、はっきりと、「ミャンマー」ではなく「ビルマ」と
いう呼称を使っていた。
それに続く、長井氏の葬儀の場面でキャスターの村井氏は、
こう述べていた。
--------------------
「ミャンマーに暮らす人々に自由をもたらすと信じた
長井さん、その意志を継ぐのは私たちです。」
--------------------
長井氏はあの国のことをはっきりと、「ミャンマー」ではなく
「ビルマ」と呼んでいた。それがビルマを表現するのにふさわしい
と思ったからだと想像する。
それなのに、長井氏の「意思を継ぐ」と断言している人が
「ミャンマー」と呼んでいるなんて・・・。
制約のある(?)地上波の番組作りからそうなったのか、或いは
単に意識しないでそうなったのか。
番組の内容からすると呼称問題は体したことではないのかも
知れない。
が、しかし、「ビルマ」を「ミャンマー」でなく「ビルマ」と
呼んで入国した長井氏の意思は一体どこへ行ってしまったのか。
そういう例は、他にも見受けられる。
そんなことを考えながら、ビルマ関係のニュースや解説を読む。
村上龍氏のJMM(Japan Mail Madia)で 冷泉彰彦がビルマの
ことに第322回 「独裁のメカニズム」で書いている。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report3_1135.html
一読して、まったくもってビルマのことに関しての無知をさらけ
出している。
--------------------
「政権は末期症状、デモ隊と治安部隊の衝突は更に流血の可能性が
あり、しかも欧米からは基本的には「他人事」、中国はスパッと
現政権を切れない、となると、私は日本の役割は大きいと思います。
本件に関しては、日本は非常に重要なポジションに位置しています。」
--------------------
だそうだ。
ビルマの軍事政権に対して日本政府は全く無力だというのが
国際的な常識なのに。
それに、表題で「独裁のメカニズム」と書いているのに、ビルマの
独裁者の名前、タンシュエ上級大将について一言も言及されて
いない。
ま、冷泉氏は作家であって、国際政治家ではないから、許されるか。
ビルマのことに関して引用した先が、
「また軍事評論家の神浦元彰氏が指摘しているように、」
と神浦氏だからな。
そんな神浦氏は、ジャーナリストをハゲタカと呼んでいるし
http://www.kamiura.com/new9_2k7.html
--------------------
また、戦争や内乱を取材する国際的なジャーナリストは、
この時点でミャンマーへの取材ビザや観光ビザの取得に動き、
隣国タイのバンコクやタイ・ミャンマーの国境付近で入国の
機会を窺(うかが)うことになる。戦争や紛争を取材する
ジャーナリストは、出遅れては仕事を失うし、早出過ぎても
命を失うことになる。そんなハゲタカのような連中を指して、
「あいつはストリンガー」とバカにするメディア関係者
(特派員など)もいる。
--------------------
これをわざわざ書くのは、神浦氏もそう思っているからだろう。
ひどいなあ。
次に"ALL About" の「ビジネス実用」→「よくわかる政治」の
辻雅之氏によるビルマの解説に目を通してみる。
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20020522/index.htm
--------------------
「軍事政権VSスーチーさんではみえてこない複雑事情
ミャンマー(ビルマ)の政治情勢」
--------------------
である。
おお、「ミャンマー(ビルマ)」表記になっている。
おお、「アウンサンスーチー」ともなっている。
この解説が書かれた「掲載日: 2002年 05月 22日」という時期
に限界があって、中国の関与に触れられていないのが残念。
さらに、「軍事政権VSスーチーさんではみえてこない複雑事情
ミャンマー(ビルマ)の政治情勢」
が「タンシュエ上級大将VSアウンサンスーチー」という図式で
描かれていないのも残念である。
が、「少数民族」問題については大きな間違いがある。
--------------------
とくにミャンマー(ビルマ)国民の大多数が信仰する上座仏教に対し、
キリスト教や土着信仰を重んじるカレン族、イスラム教を進行する
インド系の・・・
--------------------
カレン民族の大多数は仏教徒である。
これは、「ビルマ族=仏教徒 VS 少数民族=キリスト教徒 他」
という単純な図式を描くために用いられる。
どうやら日本の(世界でも)メディアや解説者は、ビルマのことを
考えるときに、「軍事政権」というおどろおどろしい(?)名前に
引っ張られがちである。
ここがビルマを語るときの、まずは、最初のポイントであると思う。
次に「フリーの国際情勢解説者」田中氏のビルマ解説を読んでみた。
--------------------
イラク化しかねないミャンマー
http://tanakanews.com/071023myanmar.htm
中国の傘下に入るミャンマー
http://tanakanews.com/071025myanmar.htm
--------------------
確かに、いろいろなニュースを読んでビルマの分析に取り組んで
いるが、資料の閲覧の上っ面で終わっている感じがする。
しかし、ここでも「軍事政権 VS アウンサンスーチー」という
対立構図でビルマを見ている限りこの国の状況分析はできないと
思った。
やっぱり「タンシュエ上級大将 VS アウンサンスーチー氏」を
出発点として考えなければならない、と思う。
--------------------
「もし今後、国民の反政府運動によって軍事政権が倒され、軍の
影響力を排除したうえでスーチー政権ができたりしたら、その直後
から、中央政府は強権を発動できないと考えた辺境地域の少数民族が、
ゲリラ戦による独立運動を再燃させ、ミャンマーは再び内戦になる
可能性が高い。ミャンマー人は、今より辛い生活を強いられるが、
中央政府は弱く、アメリカなどの支援に頼らざるを得ないので、
もしアメリカがミャンマーに米軍基地を置くことを目的としている
なら、かえって好都合だろう。
多民族国家を強権で統合している点で、ミャンマーは、サダム・
フセイン政権時代のイラクに似ている。アメリカがフセイン政権を
倒した後、イラクの政府は弱くなり、クルド人・シーア派・スンニ
派が対立し合う内戦状態になっている。ミャンマーも、軍事政権が
倒れたら、イラクのようになるだろう。」
--------------------
というのは、ビルマの少数民族の力(勢力図)を完全に見誤っている
というとしか言いようがない。
田中氏の解説は、引用や資料は揃えて、読み物としては面白いが、
状況分析や判断は、どうもしっくりこない。
それ故、田中氏のお粗末とは言えないが、ちょっと荒っぽい解説は、
他の国際ニュースにも及んでいるのではないか、ということである。
果たして、他の国際ニュース解説は信頼に足るものだろうか???
(<?を3つくらいつけよう)
病気の回復祝いに、ビターチョコを喰らう。
(自分で自分に送ってどないするねん!)
で、宮部みゆき原作、大林宣彦監督の『理由』を見始める。
久しぶりの日本映画だ、期待しよう。
気分転換にもなるだろう(きっと)
喉痛→鼻水→全身の震え→頭痛。
なんかタチの悪いカゼだ。
ティッシュが空っぽになり、トイレットペーパーのロールを
代用品とする(ソフト仕様を買っておいて良かったね)
ずっと布団に臥せる。
うう、情けない。
じゅるじゅる。
遠くで電話の呼び出し音が鳴っているようだが、遠くに響く
谺のように聞こえて答えることができません。
ゴメンなさい。
目が覚めたら、喉がカラカラ。
つでに冷蔵庫も空っぽに近い。
白湯をゴクゴク飲む。
で、また寝る。
風邪薬も切らした("FLZA"やカネボウの葛根湯顆粒Sも)
ああ、これまた情けない。
とりあえず、胃に何か入れないと。
ソース缶詰を開けて豆腐を混ぜて煮る。
なんとまあ貧食。
で、また布団に入って寝る。
明日は元気になるかな。
予感は当たった。
9時過ぎ目が覚めたら、喉の痛みがひどくなっている。
鼻水も・・・ズルズル。
寝よう。
何も食べずひたすら寝る。
18時過ぎ、起きる。
冷え冷え。
ガスファンヒーターを出す。
机の横板が、壁から突き出ているガス詮の接触口を塞いでいる。
これまでは毎年、春夏には机を移動していたのだが、今はそんな
余裕なし(机の横のキャビネットにはプリンターも置いたことだし)
うう。
ペンチを使ってワイヤーハンガーを延ばして引っかけ道具を作ろう。
先端を加工してフックをこしらえ、ガスの元栓を引っかける装置と
早変わり(って、たいしたことないけど)
壁と机の間にフックを差し込み、元栓を開こうと悪戦苦闘・・・
・・・悪戦苦闘すること約10分、なんとか元栓が半開き。
後は人差し指と薬指を使って本開き。
ふぅ。
ファンヒーターが作動し始める。
ふぅ。
これで一安心。
ビュンと出動。
Tタヤにて、"LIONES FRO LAMBS"(『大いなる陰謀』)、
『理由』、
"the Hustler"、
"the color of Money"(『ハスラー2』)、
"There Will Be Blood"(『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』)
を借りる。
ポールニューマンの『評決』は在庫なしのようだ。
ビュンと帰宅。
部屋を暖かくして、大根をグツグツ煮る。
豆腐と極細饂飩と竹輪を入れる。
がつがつ喰らって、身体を暖かくして寝る。
フト、目が覚める。
汗はかいていない。
どのくらい眠ったのだろうか?
布団が重い。
羽毛布団が欲しいなあ。
ゼイタクか?
鼻水止まらず。
ティッシュの代わりにトイレットペーパーのロールを用意する。
うう。
仰向けになってたら、喉の奥にタラ~と生ぬるい液体が流れる。
うあわ、気持ち悪いなあ。
しばしウトウト。
熟睡できない。
ウトウト状態。
情けないなあ、と。
久しぶりに風邪をひくとこたえるわ。
ったく。
悪夢を見る。
覚えてないけど。
なにやら小型携帯式の核爆弾を処理しているような。
映画の見過ぎかな。
8時半、起きる。
ひと風呂浴びて、頭をシャキッ。
が、曇りのち雨。
場所と時間を再確認。
あれ、15時から?
てっきり14時からの講演だと勘違いしてたよ。
ま、仕方ないか、早めに出動。
しとしと雨。
ビュンと1時間で名古屋へ。
名古屋から中央本線へのりかえ。
途中、待ち時間の間に寿司パックで昼食。
瑞浪駅まで45分ほど。
車中、工藤さん編の『ミャンマー経済の実像』(アジア経済
研究所、2008年3月)を読み始める。
経済の側面から見た、ビルマである。
知らないことばかりで勉強になる。
で、快速列車はゴトンゴトン、ビュンビュン進む。
うへ~、遙々やなあ。
駅を下りて、写真展の会場まで、タクシーで約10分。
タクシーの運転手、おしゃべり好きでかなん。
で、本来の予定より1時間も早く着いてしまった。
ま、いつもギリギリだからたまには良いか。
と、ビルマの写真展と講演会があると新聞の告知で知ったお人
(おじさん)がやって来た。
それもアルバムを手にして。
お父さんがビルマ戦線でなくなったとか。
アルバムには、遺骨収集団としてビルマを訪れた時の写真が貼って
ありました。
「なかなか話題にされることのないビルマのことを取り上げて
くれて、そりゃ、いいことだ」と感銘。
と、ほどなく、おお、中国上海にいるM氏が登場。
おお、お久しぶり。
こんなに遠くまで。
それに、外見が見違えてますよ。
一瞬、分からず。
最後に会ったのは、おお、あそこでした。
15時過ぎ、源氏物物語-「霧壷の巻」が笛と朗読で実演。
こんなこと初めて。
おお、である。
で、しばしおいて、ビルマの現実話。
ちょいと冷えてきた。
ブルブル。
講演の後は、茶話会。
18時過ぎ、散会。
どうもお世話になりました。
一行、陶芸家のKさん宅へ。
私は校長先生の手を煩わせ、駅まで送ってもらう。
急いでも仕方ない。
が、次の約束・・・ちょいと遅れたか。
快速に乗って、名古屋に着いたのは19時40分。
駅ターミナル15F、MTホテルで打ち合わせ。
軽食をとりながら、ビルマについての意見交換なり。
なのに、ほとんど英語でしたね。
10時過ぎ、大体の流れを終える。
ま、まだ時間があるし、おいおい、と。
新幹線に乗って、ビュンと西へ。
ほんに、「のぞみ」は偉大だな。
なんとか日付が変わる前に、部屋にたどり着く。
ふぅ。
喉がイガイガ。
ちょいとやばい予感。
薬を飲んで、寝入る。
ビルマ・カチン州の山奥での移動手段は、もっぱら徒歩のみ。
荷物を運ぶのは、人力か驢馬(or騾馬)、あるいは馬である。
休憩小屋で休んでいると、荷物を背にした騾馬(or驢馬?=
違いが分からない)のキャラバンが現れた。
(驢馬と馬とを掛け合わせて→騾馬か)
一頭の騾馬に乗せるのは、大体42kgだとか。
人間のポーターは一人当たり21kgが標準だから、その倍を
運ぶことになる。
騾馬から荷物を下ろすと、手綱も外し、4~5頭の騾馬は山の
中腹へ放たれた。
テッテッテって山の斜面を下りて、牧草て草を食む騾馬たち。
そうやって一晩中、自由にされるのだ。
で、疑問に思った?
重たい荷物を運ぶのを嫌がって、逃げ出す騾馬はいないのか、と。
それがいないそうである(だから放すんだけど)
で、何故、って聞く。
朝、ちゃんと戻ってきたご褒美に、甘いお菓子を(朝食代わり、
あるいはお口直しとして)上げるそうだ。
それにつられて驢馬は必ず戻ってくるそうだ。
なんか哀しい習性だな。
もしかしたら人間も、他の動物から見たら、ある面で、とても
哀しい習性に縛られているの社会生活をおくっているのかも
知れない。
今日もひと晩中、ごそごそと起きていた。
ったく。
健康的な生活は長続きしないんだ。
ま、野菜ジュースを飲むことくらいか。
次のプロジェクトに向けて、企画を練り始める。
行きつ戻りつ、資料収集。
昔は(若い頃は・・・これを言い出すと、もうオヤヂだな)、
いろんな企画を2つ3つ、なんの苦労もせずに、同時進行で
考えたり、実践できていた。
だが最近は、一つのことに集中するのが精一杯。
4つのCPUを搭載しているパソコンを使い始めて、反対に
自分の能力的なCPUはガクンと性能を落としてしまった。
或いは、単に、体力的なメモリ不足?
どちらにしろ、とほほ、かな。
昼過ぎ、目覚めたら曇り空。
すっきりせんなー。
お腹すいたなぁ。
まずは、やることやらんと。
ビュンと出動。
銀行によって、チケット買って、スーパーに寄ってジャンクフードを
買って、雨が降り始める前に部屋に戻る。
ひと晩寝かせた原稿に、2度3度手を入れ、ビュンと送信。
締め切り前に入稿するのは、この数年で、久しぶりじゃあないかな。
で、明日、雨か。
とほほ。
2コ40円のトマトのサンドイッチを喰らう。
写真のプリントをする。
クリスピア用紙を初めて使用する。
ちょいとぶ厚目の印画紙である。
思ったよりてかてか光っている。
でも、仕上がりは、うわ、すばらしい。
写真やん(トー然か)
英国経由米国で取材だって。
そりゃ凄い。
大変だけど、この辺が踏ん張りどころだね。
んで、チミはアフガンか。
私といえば、日本でペチペチペチだよ。
もう、自分のペースを維持するのが精一杯。
なんか、ほんと正直、他の人の仕事のやりようが、羨ましいという
気持がなくなったのは、枯れ始めた証拠かな<まさか???
と、筑紫哲也さん逝く、の訃報あり。
編集委員をしている(はずの)某週刊誌のウエブには・・・、
何も流れない。
ってか。
雨がパタパタ降ったと思ったら、やんだ。
明日はどうなるんだろう。
屋上、騒がしいぞ。
来年のお年玉付きの年賀はがきの発売が今日(10月30日)、
始まったとか。
来年の干支は、丑、ですね。
私自身は全く年賀葉書を書きません。
今年は、仕事をのぞいた年賀葉書は4枚くらいだったかな。
失礼にも、お返しをしていません(申し訳ない)
そこで、丑にちなんで、絵はがき用の写真イメージをアップ
します。
以下の写真、ご自由にダウンロードしてお使いください。
プリンターの設定は 1440dpi X 1440dpi 以下に設定した方が
綺麗に仕上がると思います(ドットがつぶれないので)
約600KB, JPGイメージ, 360dpi, 15cmX10cm

牛+牛+牛を組み合わせて犇(ひし)めく、と書きますね。
ほんと、犇めいています。
約1MB, JPGイメージ, 360 dpi, 15cm X 10cm
"YouTube" にてオバマの勝利宣言演説を聴く。
うう、すごい。
説得力があり、分かりやすい英語だ。
さすがに、米国人でない私でも感動する。
しかし、こういう演説に実行力が伴ってないと、ホントは怖いけど。
でも、そうだからこそ、米国の大統領選挙運動は、候補者の資質を、
良い・悪いは別にして、長期間試すことになっているのか。
ま、オバマさんは頼もしそうだけど。
と、ビデオを見ていると、涙目のジェッシー・ジャクソン師も
映っていた。
で、どうやらジャクソン師は、指を口にもっていく癖があるようだ。

REV. JESSE JACKSON(1990年)
当時、イラク侵攻に反対してワシントンDCで反戦の大集会が
あった。その時に撮影したもの。
あれから18年か。
隔世の感がする。
その昔、米国の黒人文学(今なら、アフリカ系アメリカ人?)を
研究している先生から、こう言われたのを覚えている。
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町を歩いている歩いている「外国人」の姿を想像してみなさい。
「外国人」というと、まずは、Caucasianの人を想像するでしょう。
そこには、黒人という アイデアは入っていないでしょう
(もちろんアジア人も)
「外国人」の「黒人」を目にしたときに最初に頭に浮かぶのは、
「黒人」というカテゴリーであって、そこには自然と白人と区別
されている。
そういう意識は、日本で教育を受けた人の大半の反応じゃ
ないかな。
--------------------
まあ、そんなことを話していた。
黒人はまず、肌の色の黒人であって、外国人には含まれないと、
そういうことなのかな。
例えば、ちょっと前だったかな、米国の女優ハル・ベリーのことを
「天声人語」が「黒人」だと書いていた(うろ覚えだが・・・)
で、ウイキペディアを見ていると、こう書いてあった。
--------------------
アフリカ系アメリカ人の父ジェローム・J・ベリー(Jerome J. Berry)と
イギリス・リヴァプール出身の白人の母ジュディス・アン・ホーキンス
(Judith Ann Hawkins)との間に生まれる。
--------------------
でも、見た目の肌の色から、黒人として捉えられている。
半分は(っていう言い方へんだけど)白人なんだけど。
で、何が言いたいか、って。
う。
自分でもよく分からない。
つまりは、今回の日本での米国の大統領選挙を見ていて、
たぶん米国も同じかも知れないが、「初めての黒人・・・」という
枕詞がついていたように思える。
そういうカテゴライズこそ乗り越えようというのが、オバマ氏の
言いたいことではなかったのか。
しかし、彼は若い。
7時過ぎ、寝入る。
午後、中途半端に、起きる。
う~、寝過ぎかな。
確かに。
ペチペチペチペチペチと写真編集を続けて、ウエブにアップする。
あと40ページを切ったかな。
レタスいっぱいのサンドイッチを喰らう。
どちらかというと、レタスに食パンを挟むボリュームだ。
午後から曇りだという予報が、あら、晴れだ。
ぼんやりと今日の日を考える。
今年もまた、彼の命日がやってきた。
カレン民族解放戦線で戦った西山氏のことである。
「日本人義勇兵士は何故 戦うのか?」である。
http://www.uzo.net/notice/lin/freedom/freedom.htm
彼のことは、新聞や雑誌で何度も書いた。
http://uzo.sakura.ne.jp/essay/essaypdf/epdf1997/asahion/essay_1.pdf
http://uzo.sakura.ne.jp/essay/essaypdf/epdf1997/asahion/essay_13.pdf
こんなメールマガジンも出したし。
--------------------
■第11号■
「忘れ得ぬ友へ」
*******************
「結婚しました」
ビデオテープに同封されていた手紙には、手書きで
そう記されていた。
「これで一区切りがついたな」
自分の思い込みかも知れないが、ちょっと肩の荷が下りたような
気がした。
手紙を送ってきたAさんも大変だったんだな。
手紙の文面を何度も読み返しながら、一方的な思いこみをしていた
私の方こそ反省しなければならない。
そう感じてしまった。
東京に住むAさんにこの3月、タイの知人から送ってもらった
ビデオテープの複製を頼んだ。
簡単な作業だが、あえて彼女に頼んだ。
そのビデオには、一人の友人が映っていたからだ。
ビルマの「カレン民族解放戦線」に義勇兵として参加し、その後、
違った形でビルマのカレンに関わった彼の姿だった。
その友人について以前、新聞で書いたことがある。
************************************************
日本人ゲリラ
―放っておけないから闘う―
うわさに聞いていた西山君と初めて会ったのは、マラリアが
まん延するビルマ(ミャンマー)・タイ国境のジャングルの
中だった。
ビルマの先住民族・カレン族取材のために日本で情報収集して
いたころから、武器を持って戦闘に参加している日本人が
いることは聞いていた。
ただの軍事オタクじゃないの、と言う人もいた。
現地に入り、ビルマ軍事政権に抵抗して闘うゲリラ勢力の
司令部に寝泊まりして数ヶ月、彼の名前を自然と耳にする
ようになった。
そしてある日、前線から帰ってきた西山君を目の前にした。
「どうも・・・・・」
最初に交わしたのは、そんな言葉だった。
何かよそよそしい。
無理もない。
彼だって、こんなジャングルの中で、ヒゲぼうぼうの日本人と
出会うなんて夢にも思わなかったに違いない。
しばらくはお互いに警戒していたが、狭い司令部の中に
逃げ場はない。
その日のうちに色々と話すようになった。
「そうですか、昭和30年代生まれですか。
自分も、自分の友人も、日本を出て好きなことをしている
のはほとんど30年代生まれですね。
みんな同類ですね。
関西出身ですか。
それも同じですね」
話をする中で、彼がジャーナリストに対してあまり良い感情を
抱いていないことがわかってきた。
取材するだけして、後 で何の連絡もしてこない人が多いからだ、
という。
しかし、ジャングルの中で一人生活を続ける私に対しては、
悪い印象は持っていないようだった。
うわさ通り、彼は武器を持ち、戦闘に参加していた。
しかし、 彼は強調して言った。
「自分はお金をもらって戦闘に参加する傭兵でも、戦闘好きの
武器オタクでもない。
友人であるカレン人の置かれている状況を知れば知るほど
放っておけなくなってきたんだ。ボランティアなんだ」
静かに語る彼の表情は、真剣そのものだった。
実際、彼は戦闘だけでなく、移動診療隊員として、医療設備の
ない山深くに住むカレン村民に薬を届けるといった活動も続けて
いた。
日本には数ヶ月に一度帰り、活動資金を稼ぐために建設現場で
働いたり、引っ越しのアルバイトをしたりする。慢性のマラリアに
かかっている彼は、年に何度か発熱して寝込んでしまう。
だが、この活動をやめようという気はないらしい。
これからもずっと、そうやって暮らしていくの?
彼に対して、それはできない質問だ。
それぞれの「On the Road」なのだから。
<写真キャプション>
・襲撃に備えるカレン兵 ビルマ・カレン州で(97年7月)
(『朝日新聞』大阪本社版 夕刊 1997年7月3日)
**************************************************
昨年7月3日付「日本人ゲリラ」で、ビルマ軍事政権に抵抗する
カレン族の義勇兵として紹介した西山孝純さん(当時3 2)が
11月、マラリアのためタイで亡くなった。
現地で出会い、親しかったフォトジャーナリストの宇田有三さんに、
生前の活動ぶりを伝えてもらった。
<日本人ゲリラの死>
昨年11月、ビルマ・カレン族に日本人義勇として戦闘に
参加していた西山氏の訃報を受け取った。
一時帰国していた東京で、慢性のマラリアを再発させたが、
「熱帯病の治療は、タイの方が進んでいる」と、弱った体で
日本を発った。
その後、現地で肺炎を併発させ、タイ・バンコクの病院で息を
ひきとった。
彼は、カレン族との出会いを「成り行き(縁)」だったと
話していた。
大学を中退し、冒険心を抱いて東南アジアを回っていた
20代半ば、彼が出会ったのは、半世紀に及ぶビルマ辺境の
武装抵抗闘争であった。
最初は、戦場という強い刺激のある場に、生き甲斐を求めた
だけだったのかもしれない。
だが、カレン族の自由を求める戦いに参加するにつれ、彼は
カレン族を深く理解するようになった。
歴史から忘れ去れた民族の戦いが目の前あったのだ。
「カレン族というだけで略奪され、強姦され、果ては殺され
続けている」
それを放ってはおけなかった。
また、若い彼は知りたかった。
カレン族が大きな暴力に屈することなく、どうして49年間も
闘ってこれたのか。
彼がそこで見たものは、自由を求める人の力強い姿であり、
助け合う人間同士の優しさだったようだ。
タイ・ビルマ国境のホテルに滞在中、取り立てて用事もないのに、
よく彼から電話がかかってきた。
体力と気力の限界の最前線から町に戻ったとき、妙に人恋しく
なる。
自分もそうだった。
その気持ちを分かち合える人は、経験した者同士でしかできない。
平和な町を見ていると寂しさがこみ上げてくる。
今、思うに、私は彼とその寂しさを分かち合 えていたようだ。
対外的には義勇兵士としての顔を表に出していたが、カレンの
ためにさまざまな仕事をこなしていた。
日本に戻ると、建設現場や引っ越しのアルバイトをしてお金を
ため、カレンの人たちが必要とする医薬品を買ったり、子ども
たちのためにおもちゃや文具品なども買い揃えていた。
難民のお米を買うお金を都合するため、日本の援助団体を
回ったりもしていた。
ここ数年は、戦闘に参加するより、カレンの人たちと移動診療隊を
組織して、山深いカレンの村に入っていた。
実戦に参加する体力がなくなってきても、自分にできることを
精一杯やり遂げようとした。
「村には入ってくれるな、カレン民族同盟に関係する者が村に
来ると、それだけでビルマ政府軍から略奪や虐待を受ける」
医薬品を持って、苦労して山越えをしてたどり着いたカレンの
村で、村長から言われたその言葉を聞いた彼は、怒りを通り越して
悲しんだという。
カレン民族のために命を失った多くの戦友は何のために闘って
きたのか。
自分も銃を持ってきただけにやりきれなかったという。
カレンの武装闘争で、命を落とした外国人義勇兵の中には
日本人Iもいた。
彼は、I が自分より先に逝ったことに負い目を感じていた。
I をカレンの101部隊に紹介したのも彼だと聞いている。
それもあって、どんなつらいことがあってもカレンから手を引く
ことができなかったようだ。
先に逝った多くの戦友に少しでも近い現地で仕事をする必要性を
感じていた。
人は「死に方や場所を思い通りに選ぶこと」をできない。
前線に立ってきた彼は、敵・味方にかかわらず多くの死を
見てきた。
それだからこそ、自分は「生きる場所と時間を選択した」と
書き残している。
自分を追い込んだ生き方だった。
私は彼の具体的な行動に純粋さを感じる。
日本人を知っているカレンの人が真っ先にあげるのは彼の
名前だ。
現在のビルマ軍事政権に与する日本企業のことが現地で話題に
出るとき、私には彼の存在が唯一の罪滅ぼしだった。
彼は、カレン族の実状を知ってもらうために、パソコンでホーム
ページ作りに夢中になっていた。
日本に戻ってパソコンの使い方が分からなくなると、時間に
見境なく、真夜中であっても電話をかけてきた。
深夜2時、3時であろうと容赦はなかった。
今でも、夜遅くまで起きていると、彼からの電話が鳴るような
錯覚にとらわれる。
彼の遺灰の一部は、タイ・ビルマ国境、カレン州にもっとも近い
モエイ河に流された。
<写真キャプション>
・難民キャンプを撮影する西山孝純さん=タイ・メソットで
(九七年六月一〇日撮影)
(『朝日新聞』大阪本社版 夕刊 1998年2月5日)
**************************************************
11月6日。彼の4度目の命日が近づく。
生存中の彼にはさまざまな人物 が接触してきていた。
仕事上のつき合いもあったろうし、個人的に仲良くなった
人も大勢いた。
97年の納棺時には、交友関係の広さを物語っていた。
しかし、翌年からは少しだけ寂しい集まりになった。
彼の墓や実家を訪れる者は極端に減った。
そうか、あの人も来ないのか。
そんなに簡単に忘れてもいいものだろうか。
寂しさを通り越して、悲しみさえ覚えた。
しかし、各人、それぞれに事情があるだろう。
私はそう納得させた。
でも どこか、釈然としなかった。
それでも98年には、彼を慕っていた人は集まった。
東京で雑誌を出しているB氏やフリーランスフォトジャーナリストの
大御所C氏も顔を見せた。
彼の後を引き継いで義勇兵をしていたDもいた。
彼から話を聞いていたAさんとは98年、初めて会った。
さらに、それから1年が経過した99年、彼は過去の者として
忘れ去られようとしていると感じた。
命日の前後、彼のもとを訪れたの数はさらに少なくなっていた。
私のようにこだわり続けるのはおかしいのかも知れない。
しかし、彼が関わり続けたビルマのカレンの状況が変わらない
限り、私は一年に一度、現地を訪れ、墓参りをする以外、彼を
偲ぶ方法を思いつかない。
そして、彼の実家を訪れるたびに感じる、彼の父親と母親の
無念さを忘れるわけにはいかない。
石川文洋氏は、『戦場カメラマン』(朝日文庫)に記している。
「人間は孤独であると思う。人の死も、ごく近い肉親以外は、
時がたてば記憶からうすれていく。死とは全く寂しいものだと
思いながら、それなら自分に妥協しながら生きているということが
素晴らしいのか-ベトナム仲 間の遭難にあって、私には人生が
わからなくなるのである。
(『週間朝日』1971年2月26日号)
その通りだった。
彼の実家に飾られている写真の一枚には、彼とAさんとが
仲良く写っている写真が飾られている。
二人して楽しそうにこっちを向いている。
だからこそ、Aさんはもう来られなかったのだな。
おそらく私よりも長く、深く彼を理解しようとしていたからこそ、
京都に来られなかったのだろう。
私はそう理解している。
それでも、どこかで割り切れない部分があったのも事実だ。
頭でそう分かっていても、心のどこかで、「でもなあ~」って
思っていた。
昨年の11月、彼と知り合いの新聞記者を含め、彼の存在に
ついて噂だけは知っている記者と一緒に墓参りをした。
お父さんやお母さんから、ビルマの状況、カレンの状況を
聞かれるのは辛い。
また、彼の後を引き継いで、本来なら活動しているはずの
「移動診療隊」のことについて話をするのも辛かった。
久しぶりに東京を訪れた昨年春、東京駅構内の騒がしい
喫茶店でAさんと 再会した。
2年半ぶりだったかな。
ビルマのこと、カレンのことを話した。
だが、ヤツのことについては話ができなかった。
今、日記を読み返してみても、作為的にこのことに触れて
いなかった。
私もどこかで彼のことを触れてはいけない、そうしてはいけない、
そんな気分であったのかも。
また、彼ほど純粋に「志」をもてずにいる自分を責め、引け目を
感じていたのかも知れない。
そんなこともあり、残酷なことに、Aさんにビデオの複製を
頼んでしまった。そうして半年。何度かメールのやりとりが
あった。
私も折に触れ、「あのビデオテープの複製、どうなりましたか?」
そんなことで済ましていた。そうするうちに次の11月6日が
近づいてきた。
もうそろそろという気持ちで、ビルマから帰国したこの9月、
再度、問い合わせの連絡をしてみた。
「テロ事件」で慌ただしい中、返事があった。
「明日の朝、届くように手配しました」と。
さらにAさん自身、同じ報道に関わる人間として、急に脚光を
浴びたアフガニスタンのことに言及しつつ、一貫性のない
メディアを嘆いていた。
かつて彼がメディアの報道姿勢を嘆いていたように。
10月1日の深夜、そう、昨日の夜、ひとりで、戻ってきた
ビデオを見た。
久しぶりに彼の声を聞いた。また、重たそうに荷物を持って
歩く彼の姿を見た。
性格は几帳面で器用だったが、生き方は不器用だった。
また、お世辞にも真っ直ぐな生活態度ではなかったしな。
それに、回りのから見れば眉をひそめることも、2人だけで
しでかしたことも思い出した。
おそらくAさんは、機械的にこのビデオを複製したのでは
ないであろう。
きっと、彼の一挙一動を見たことだろう。声を聞いたことだろう。
そう思うと、なんとひどいことを私は頼んでしまったのだろうか。
私は、今は天国にいるだろう彼に、「済まないないことをした」、
と謝った。
でもなあ。AさんはAさんで今、一つの区切りをつけ、新しい
人間関係をスタートさせたんだな。
お前とはもう関係がないのかもしれないなあ。
でも、いつの日かAさんと一緒におまえの墓参りに行けたら
いいなあ。
ビデオでお前の姿を見ながら、そんなことを思ったよ。
おい、聞こえているのか?
今回は、本当に「独り言」になってしまった。
http://www.uzo.net/mag/mag_011.htm
(リンクや日時は当時のまま)
**************************************************
ビルマのカレン民族のことに関わっていると、今でも時々、
西山氏の名前を聞くことがある。
さらにまた、「義勇兵」という響きを忘れられずに、かつて
ビルマのカレンの抵抗闘争に関わった人も、まだまだ、なにやら
おかしい行動をしていると伝え聞く(知っている人から見れば、
おかしいんだけど)
もし、歴史や時間に繋がりや継続性があるとしたら、彼らは
西山氏の存在をもう一度考えて行動して欲しいものだ。
(もちろん、自分も含めてだけど)
さて、毎年、彼の命日の前後には墓参りに行くが、今年は
どうしたものか。
最近、カラカラ天気が続くと思っていたら、夜になると雨が
降ってきた。
なんかしんみりしているなあ。
この雨を境に、冬がやって来るのか。
なんかなあ。
昨日(2007年11月4日)、ヤフーのニュースを読んでいると、
中国の新しい戦闘機が公開された、と報じていた。
--------------------
中国広東省珠海市で開幕した航空ショーで公開された
新型の国産戦闘機「殲(せん)10」。
--------------------
「殲」というのか。
もしかして、「殲滅」の「殲」?
まさかね。
そいや数年前、ビルマ(ミャンマー)・ラングーン(ヤンゴン)の
ミンガラドン空港で、ロシア製のミグ戦闘機を撮していた(って、
ものすごくやばいことだけど)
と、ちょうど同時に、中国の戦闘機も演習してた。
で、テクテク歩いて、「激写」(死語?)する-これもやばいゾ。
で、話はこれで終わらない。
このイメージを、とある雑誌に掲載すると、なんと椅子等得留から、
その写真を売って欲しいという連絡が来たのだ。
やっぱりこの種の情報はいったん外に出ると、どこをどう 回って
流通するか全く分からない。
ふむ。
朝から良い天気。
布団を干して、洗濯機を2度ほど回す。
ウエブ写真の編集に精を出す。
写真に付ける、英単語の綴りが分からず、四苦八苦。
決まった言い方がないのも困る。
たとえば、「ダズンダン」という地名でも、
Dazungdam、Tazondum、Da Zum Dam と3つもある。
ふぅ。
ビュンと買い物へ、
Kナンへ。
単3乾電池2本使用の卓上掃除機はちゃっちい。
買うのやめ。
おお、コーヒードリップの▽が壊れてたんだ。
安い。
と、最近、コゲコゲができるようになったフライパンも用済みだ。
帰りに○ナカに寄る。
コーヒーは最近、キリマンジャロ味にこだわっている。
レタスが安い、淡路島産の大ふりが128円だ。
その他、もろもろ。
ああ、買いすぎた。
あ、週一の卵の安売りは、明日、木曜日だった。
ようやく新聞の切り抜きに取りかかる。
しかし、いつも思うのだが(で、毎回書くのだが)、こうやって
時間をさかのぼって新聞を読むと、昨日起こった事故・事件が、
実際はもう1ヶ月も前にあったんだと気づく。
或いは、その反対に、つい先週起こったことが、もう数週間前に
あったんだと思い至る。
大統領選挙の動向なんて、結果が分かって読み返すと、
なにやら面白い。
金融危機なんてもそう。
今を生き(ていると錯覚し)ている自分は、いかに情報に溺れて
いるかが分かる。
音楽プロデューサー・小室哲哉容疑者のことだ。
驚いたことに、ヤフーのトップニュースからは、もう既に
この事件の話題は消えている・・・はやい、はやすぎる。
ちょうど十河進さんの『映画がなければ生きていけない』を
読んでいたら、ちょうど「破滅への甘い誘惑」の章を開いていた。
そこには『リービング・ラスベガス』と『さらば愛しき大地』を
話題に上げていた。
2つとも、私の大好きな映画だ。
特に、ぶっとび秋吉久美子を好きになったのは、この映画の影響
からである。
人間はどこまで堕ちることができるのか。
中途半端な自分はいつも自問自答してしまう。
十河さんはこう書く。
--------------------
働いて金を稼ぎ、税金を払い、社会保険料を払い、ゴミは
決められた日に出さなければならない。通勤電車は三列に
並んで待たなければならない。降りる人が終わってから、
押し合わずに乗らなければならない。業務命令には従わ
なければならない。部下は誉めて育てなければならない。
だが、普通にまっとうに生きることは、時々、無性に恥ずか
しい。嫌だ、というのではない。安定した小市民生活は小心者の
僕にとっては精神衛生にとてもいい。今さら、波乱のある破滅的
な人生を送りたくはない。できれば、この安定がずっと続くこと
を願ってもいる。
それでも、破滅へ、ただ一直線に破滅へ向かう男たちの心情が
せつなく僕の心を締め付ける。
彼らは、俺の代わりに破滅してくれている。彼らの破滅の人生
を見ることによって、彼らの破滅がカタルシスを与えてくれること
によって、俺は破滅への衝動に耐え、小市民として生きていける
のだ。彼らは俺の身代わりだ。
そんな風に思うことはありませんか?
--------------------
そう言われれば、そうかも知れない。
破滅を、いや破滅的な生き方を切望するが、いつも躊躇している
のがホントのところ。
でも、小室容疑者の生き方を破滅的だと決めつけていいのか。
そういう私は、不遜?
小さなちゃぶ台に新聞を広げて切り抜きを続ける。
あ、また日付が変わる。

パオー(パオ)民族の女性が頭に飾る簪(かんざし)を
カトゥーチェというそうだ(耳にした発音そのままです)
パオーの伝説によると、(恐?)竜のタマゴを顕していると
いう説明を聞いた。
で、この簪の値段が、4~5ラックというから、いやもう
ひと財産だ。
ちなみに、ビルマでは1ラックは10万K(約100ドル?)
だったかな??
夜、城山三郎を追ったNHKのドキュメントを見る。
いやね、DVDに落としてくれていたからね。
う~ん、城山氏は一生「無所属」でしたか。
凄いなあ。
茅ヶ崎海岸が見える所にオフィスを構えているし。
私は瀬戸内海だけど・・・。
って言っても、全然レベルがちゃいますなあ。
あっという間に見終わった。
あと1時間ぐらいあってもいいのになあ。
で、城山氏の次女、井上さんが書いた「父が遺してくれたもの」
(城山三郎『そうか、もう君はいないのか』新潮社)を読んで
みる。
さすが、というか城山氏の子どもだ。
読ませるねえ。
なかなか。
そのまま眠れなくなり、黒田清『地を這うペン』(近代文芸社)
をツラツラ読み始める。
まあ、ジャーナリスト道の原理原則が厳しく書いている。
うう。
厳しすぎる、とツッコミを入れながら項を繰る。
ああ、続かん。
で、ここいらで息抜きである。
オダジマンの「三十六計、九条に如かず」
(『9条どうでしょう』毎日新聞社)を開く。
いきなり笑って、考えさせられる。
ちょっと長いが引用。
--------------------
ついでを言えば、君たちが二言目には口にする「愛する者や
家族が目の前で殺されているのを座視するのか」式の設問は、
無効だよ。
覚えておくと良い。
質問は、答を限定する。
より詳しく言うなら、質問というのは、時に、回答者の思考
形式を限定するための手段として用いられるということだ。
とくにイエス・ノーで答えさせるタイプの質問形式は、多くの
場合、回答者を、質問者の側があらかじめ用意した枠組みに
はめ込む罠として機能する。
・・・・・。
・・・・・。
・・・・・。
枠組みは常に悪用される。
「国を守る」ということと「家族を守る」ということが無批判に
同一視されているような質問は、発せられた時点で既に罠だって
ことだ。
家族が暴漢に襲われている状況と国が戦争をしている状況は
同じものではない。
それどころか、逆かも知れない。
だって、相手の国にとっては、暴漢がこちらということになる
からね。
つまり、君たちの質問の意図は、仮想敵国を強盗殺人犯に仕立て
上げるところにあるわけで、国防とはまったく関係がないのだよ。
兵隊が何を守るか知っているか?
国土?
ははは。
幸運な場合、結果として兵隊が国土を守ることもあるだろう。
しかし、たいていの場合、兵隊が守るのはなによりもまず、
軍隊の秩序であり、上官の命令だ。
そして軍隊の機能はなによりもまず殺人であって防衛ではない。
殺人が防衛の手段になるということが事実であるにしろ、軍隊の
本意は防衛にはない。
あくまでも殺人ということが彼らの動機であり目的であり存在意義
です。
さらに言うなら、その軍隊が命にかえて防衛するのは、国民の
安全ではなくて、権力者の意思だよ。
権力者の意思が国防にあればそれでいいじゃないかって?
そうかもしれない。
しかし、その権力者と対立する陣営の権力者の意思もまた国防に
ある。
そして、国防という概念は敵から見れば侵略と区別がつきにくい
ものだ。
ってことは、忠良な国民をかかえた二人の権力者は、自身の国防の
ために互いに侵略をし合うことにならないか?
国のために命を捨てるのはけっこうだ。
が、それが、相互侵略のためだとしたら、犬死にどころか無理
心中じゃないか。
(PP.145-148)
--------------------
うわ、ここまで言い切るか、っていう感じ(それにしても、
上手いなあ)
てなことで寝よう。
朝8時半過ぎ、近くで工事が始まる。
もういい加減にしてくれよ。
せめて9時を過ぎてから・・・。
恨み辛みをホザキながら2度寝をする。
まだ、腰が痛いしね。
天気が良いのやら、悪いのやら。
よう分からん空模様。
青空が見えてるけど、空気は冷たいし。
10時過ぎ、起きる。
で、顔を洗おうと蛇口をひねると、「バボッ」という水の破裂音が
響き渡った。
あ、今日は断水だったんだ。
あ~れ~ま~。
断水のお知らせを一番目立つところに張ってたのに、これだ。
早めに張りすぎたから、すっかり忘れてた。
で、何時から水が出るのかな・・・。
15時か・・・。
ヤカンに水は、ちょびっとか。
うう。
写真の編集を続ける。
で、チマチマとウエブにアップ。
15時過ぎ、水が戻った。
苦いコーヒーを入れて、一息。
で、買い物に行く。
やっぱり体力が落ち始めたのは栄養不足だな。
ちょっとはましなモノを食べよう。
うん。
ひたすら写真編集。
目が >_< になるまで頑張ります。
また隣近所が騒がしいなあ。
ラングーン(ヤンゴン)からバゴー(ペグー)へは平らな土地が
続く。
車道に沿って、列車が走る。

これはたぶん、ディーゼル列車だと思うけど。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1412107064
夜、京都から連絡。
「明日の密会は延期しませんか」と。
へい。
私もなにやら身体の調子が下り気味。
ではまた、今度。
で、ツラツラとウエブを徘徊し、インターネット上のTV、
ビデオニュース・ドットコムを見る。
http://www.videonews.com/
おお、今週は、第5週目の金曜日だから無料なのね(せこい?)
お、生の上杉氏が出てた。
その他のゲストは、、角谷浩一さん、横田由美子さんだった。
今回のタイトルは次の通り。
「解散回避に見る日本の政治とメディアの現状」か。
上杉氏によると、『文藝春秋』に載った麻生論文の
ゴーストライターは、『朝日新聞』の「そが・ごう」という
編集委員だそうだ。なんでも、麻生さんの最側近だとか。
産経の石橋、NHKの・・・。
ああ、実名出しちゃって。
ま、それがこの番組の良いところ。
ちょいと、気になってネットで「そが・ごう」さんを調べてみると、
--------------------
曽我 豪(そが たけし)
--------------------
だった。
見終わって、ウトウト寝入る。
3時半~4時頃、朝刊がゴトンと入る。
う、目が覚めた。
が、そのまま寝入る。
9時過ぎ目が覚める。
パコパコする。
やばいなあ。
で、腰も重たい。
なんでだろ。
起き上がることができない。
困ったなあ。
気弱になってしまう。
それもかなり。
ま、時にこれもええか、人間だもの(<みつを?)
チーズときうりのサンドイッチを喰らう。
辛子をきかしすぎて鼻の奥がズン。
とりあえず身体を横たえて身体の回復を待つ。
それしかできない。
グアテマラのチャーリーからメールあり。
今度、いつ来るの、と。
うう。
15時過ぎ、ようやく起き上がる。
心臓はパコパコ。
それに腰が重たい。
これも天気が影響?
まさか。
ただ単に歳をとっただけだと思うけど。
と、漂い人から返信あり。
沈没ですか・・・ぁ。
ま、私も今は、似たようなもの。
ゆっくりと暖かいお風呂につかって、まずは身体を元通りに
せねば。
餃子チャーハンでもこしらえよう。
ん、でも、大根があるから、大根おろしを付け出汁とするメニュー
に変更だ。
で、今日は「文化の日」だそうだ。
秋の叙勲4028人が発表された、そうだ。
「民間人」の受賞者は1689人と受賞者の42%でしかない。
ということは、「民間人以外の人」=公務員(?)が半数以上を
占めているってこと?
ということは、この叙勲は公務員のためにある?
どなたかキチンと追求して欲しいものである(<オマエがせえって?)
と、ウエブで調べてみると、意外な人が辞退している。
女優の杉村春子さんだ(1997年没)
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1995年には文化勲章の候補に名があがったが、
「自分には大きすぎる」、「戦争中に亡くなった
俳優を差し置いてもらうことはできない」と辞退した。
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うむ。
と、いつも通り、しんどい夜を過ごそうと思ってたら、
おおおお!!、と朗報あり。
いよいよかぁ。
自分のことのように嬉しいワイ。
水田地帯のデルタ地域は、用水路や小川が網の目のように
張り巡らせている。
で、田畑や水田の間を往来するには、竹の橋を渡る。

後ろの男性はゴムゾウリを履いたまま。
手前の女性は裸足で橋を渡ってました。
吸盤のような足の裏で太い竹を握ってます。
かなりのグリップ力があるんだろうなあ。
今日も、空模様に反して、寝起きはすぐれない。
布団の中でグズグズしながら朝刊を読む。
10時過ぎ、起きる。
チーズをのせたトースト2枚と冷えたコーヒーで遅い朝食。
ウエブにアップ用の写真編集。
先が見えたと思ってさぼってたら、なかなか終わらない。
先が見えなくなったよぉ。
13時半、ビュンと出動。
コープに寄って、ペットボトル・牛乳パック・アルミ缶を出す。
そう、リサイクルだよ(単純すぎるか?)
で、14時丁度、家族会議のメンバーが揃う。
長姉とは5年ぶり?
長兄とは8~9年ぶりに会う。
お2人とも、年齢相応な体格ですね。
で、なんとまあ疎遠な家族だこと。
で、近くの喫茶店で話が始まる。
まあ、予想はついていたけど、その話ですね。
しっかし、よく考えたら、自分は父親がいつ、どこで逝ったのか
知らないんだ。
18歳で家を出たし(家出じゃないよ)
父親に最後に会ったのは、確か15歳か16歳だった。
今考えると、ホント好きなことをし放題の父親でしたね
(<オマエが言うな、って)
父親に対して、恨みも郷愁も、何もないのが、ちょいと変かなと
思うけど。
うむ。
で、あの話である。
この10年近く会わなかった長兄も、話の端々から想像するに、
いろいろあったんだなあ、と(ま、そりゃ当然か)
でっぷりしてたのには、びっくりしたが。
長姉は、大変そうだけど、マイペースですね。
それが問題だとは気づいていないようだけど。
ふむ。
私とはといえば、覚悟を決めている、と、それを言うしかない。
って、それほど格好のよいもんではないけど。
どちらかといえば、カッコ悪い、かな。
タバコの烟がモウモウと煙る喫茶店内だから、話が2時間を超える
ころになると気分が悪くなる。
話が2時間半を超える頃には、話が途切れる。
でも、呼び出されたからには、「では、この辺で」と話を打ち切る
訳にはいかない。
最後まで話は聞きます、と。
ほどなく散会。
次に3人が顔を合わすのは、また10年後?
しかし、自分一人で生きているようで、いろんな人を巻き込んで
いる個々人の生き方と人生(ま、そりゃ、当然だけど)
家に戻ると、もう暗くなっていた。
あ、布団干してたんだ。
あわわ。
ほんわかと湿っている(って、矛盾しているけど)
きうりとパンをむしゃむしゃ食べて、一息つく。
と、急に身体が重くなってきた。
立てない。
じゃあ、寝よう。
公務員が住んでいると思われる(未確認です)団地です。
遠目には整然。
近づいてみると、ちょいと荒んでいる。
でも、そこにはちゃんと人が住んで、生活がある。

で、女の子が一人あらわれた。
学校帰りかな、それとも、団地からのお使いかな。
気分良く起きたいが、なぜかすっきりしない。
が、空は青い。
遅い秋晴れ、というところか。
布団を干す。
昼過ぎ、買い物へ。
お米の値段が上がっている。
10kgで340円も、値上げしている。
困ったもんだ。
昼から、終わりなき写真編集を続け、ウエブにアップする。
ようやく半分くらい終わったか。
そろそろ企画の方に取りかからねばならないのに。
バランスが悪いなあ。
液晶画面を見ていると、やっぱり目が乾く。
で、目薬を入れるとキューンと目がしみる。
その刺激がよかったりして。
『"環境問題のウソ"のウソ』を読み続ける。
で、読了。
面白かったなあ。
山本氏は、武田氏についてこう評する。
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武田教授の本の内容がすべてウソだとは言わない。正しい
こともたくさん書いてある。勉強になる部分や、「もっともだ」
と思う部分もいっぱいある。しかし明らかなウソや間違いが
多すぎる。だから僕は武田教授の本を信用しない。
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また、「トンデモ説にひっかからないために」では、
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反相対論、9.11陰謀説、アポロ陰謀説─こうした例から、
トンデモ説に騙されないための教訓が得られる。
「素人の印象を信じるな。専門家の言うことに耳を傾けろ」
ここで言う専門家とは、あくまでもその分野のスペシャリスト
という意味である。「科学者」という肩書きであっても、専門分野
以外の知識は素人同然という場合が多い。
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まあ、素人の印象も大切だと思うが、専門家が専門分野以外で
あまり偉そうなことは言えないというのはその通りだな。
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心理学には「確証バイアス」という言葉がある。人が誰でも
持っている、自分の信念を補強する証拠ばかりを探したがり、
信念を否定する証拠に耳を傾けない心理のことだ。
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山本氏は、自著の中で、もしかしたら自分が間違っている
かもしれないという自分へも疑問を投げかけながらも、反論を
書いているのが印象的だった。
やっぱり一番すごいなと思ったのが、山本氏は、ペットボトルの
再生工場を訪れ、取材をしていることだ。
うむむ。
で、何を思ったか、昨日まで書き綴った一文を書き直してしまった。
もしかして、具体的な名前を出すと、もしかしたら不都合かも知れ
ないのでね。
この16年近く、ビルマを取材し、ある程度ビルマ関係の文献に
目を通して、この国のことについてはソコソコ語ることができる
ようになってきた。
まあ、ビルマのことに関しての知識と経験が増えてきたし。
そこでだ、国際関係を論じるある人(Aさん)が、ビルマのことを
分析したり、解説したりする一文を目にした。
2007年8月から起こったデモに関連してである。
大筋において、間違いはない。
だが、事実関係の間違いや、背景の誤解を突き詰めていくと、
それは、ないだろ、と思い至った。
自分が言いたい結論のために、都合の良い事実やニュース
だけを取り上げているんだろ、と。
特に陰謀史観にとらわれている人のビルマ解説を読むと、
トホホとなってしまう。
ちょっと待って、よ。
それは、自分の主張を言いたいが為の資料集めと読解に
しか過ぎないではないか、と。
それが故に、ビルマのことについて、私がいい加減だと思う
ような文章を書くAさんが、他のことについて書いた分析記事や
解説記事に信頼が置けなくなるのは当然だ。
で、ここまでなら問題はない。
というか、何も気にならない。
面白い見方をする、またその考え方が参考になるB氏のブログで、
Aさんを評価する記述にでくわすことがある。
B氏のブログは定期的に訪れるし。
私はB氏の物の見方を評価する。
が、A氏の記述には信頼が置けない。
で、B氏はA氏の分析や考え方を認めているようだ。
う~ん、ま、それぞれの見方があっていいか。
とりあえずはそういうことにしておこう。
うん。
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