破滅的な生き方

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 朝から良い天気。
 布団を干して、洗濯機を2度ほど回す。
 
 ウエブ写真の編集に精を出す。
 写真に付ける、英単語の綴りが分からず、四苦八苦。
 決まった言い方がないのも困る。

 たとえば、「ダズンダン」という地名でも、
 Dazungdam、Tazondum、Da Zum Dam と3つもある。
 ふぅ。

 ビュンと買い物へ、
 Kナンへ。
 単3乾電池2本使用の卓上掃除機はちゃっちい。
 買うのやめ。
 
 おお、コーヒードリップの▽が壊れてたんだ。
 安い。
 と、最近、コゲコゲができるようになったフライパンも用済みだ。
 
 帰りに○ナカに寄る。
 コーヒーは最近、キリマンジャロ味にこだわっている。
 レタスが安い、淡路島産の大ふりが128円だ。
 その他、もろもろ。
 ああ、買いすぎた。
 あ、週一の卵の安売りは、明日、木曜日だった。
 
 ようやく新聞の切り抜きに取りかかる。
 しかし、いつも思うのだが(で、毎回書くのだが)、こうやって
 時間をさかのぼって新聞を読むと、昨日起こった事故・事件が、
 実際はもう1ヶ月も前にあったんだと気づく。

 或いは、その反対に、つい先週起こったことが、もう数週間前に
 あったんだと思い至る。

 大統領選挙の動向なんて、結果が分かって読み返すと、
 なにやら面白い。
 金融危機なんてもそう。
 
 今を生き(ていると錯覚し)ている自分は、いかに情報に溺れて
 いるかが分かる。
 

 音楽プロデューサー・小室哲哉容疑者のことだ。
 驚いたことに、ヤフーのトップニュースからは、もう既に
 この事件の話題は消えている・・・はやい、はやすぎる。

 ちょうど十河進さんの『映画がなければ生きていけない』を
 読んでいたら、ちょうど「破滅への甘い誘惑」の章を開いていた。
 
 そこには『リービング・ラスベガス』と『さらば愛しき大地』を
 話題に上げていた。
 2つとも、私の大好きな映画だ。

 特に、ぶっとび秋吉久美子を好きになったのは、この映画の影響
 からである。
 人間はどこまで堕ちることができるのか。
 中途半端な自分はいつも自問自答してしまう。

 十河さんはこう書く。
 --------------------
  働いて金を稼ぎ、税金を払い、社会保険料を払い、ゴミは
 決められた日に出さなければならない。通勤電車は三列に
 並んで待たなければならない。降りる人が終わってから、
 押し合わずに乗らなければならない。業務命令には従わ
 なければならない。部下は誉めて育てなければならない。
  だが、普通にまっとうに生きることは、時々、無性に恥ずか
 しい。嫌だ、というのではない。安定した小市民生活は小心者の
 僕にとっては精神衛生にとてもいい。今さら、波乱のある破滅的
 な人生を送りたくはない。できれば、この安定がずっと続くこと
 を願ってもいる。
  それでも、破滅へ、ただ一直線に破滅へ向かう男たちの心情が
 せつなく僕の心を締め付ける。
  彼らは、俺の代わりに破滅してくれている。彼らの破滅の人生
 を見ることによって、彼らの破滅がカタルシスを与えてくれること
 によって、俺は破滅への衝動に耐え、小市民として生きていける
 のだ。彼らは俺の身代わりだ。
  そんな風に思うことはありませんか?
 --------------------
 そう言われれば、そうかも知れない。
 破滅を、いや破滅的な生き方を切望するが、いつも躊躇している
 のがホントのところ。
 
 でも、小室容疑者の生き方を破滅的だと決めつけていいのか。
 そういう私は、不遜?

 
小さなちゃぶ台に新聞を広げて切り抜きを続ける。
 あ、また日付が変わる。
 

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