HDを増設したら、突然、PCの音が出なくなった。
もしかして、ケース内にたまっていた埃をブロワーで
吹き飛ばした時に不都合が起こったのかなあ。
困ったなあ。
そや、昔、ウインドウズ95で使ってたサウンドカードを
分解した時に取り置きしていたことを思い出した。
んでも、たぶんビスタじゃドライバが使えないだろう。
ウエブで安いサウンドカードを探す。
HDのデータのコピーを改めて始める。
容量を確認してみる。
今のメインPCの250GBのHDは、実量は230GB。
約20Bのロスだわ。
今度の1000GBでは930GBの使用が可能。
約70GBのロス。
ま、%になおすと、250GBのロスよりもましか。
音のでなくなったPC、フロントのジャックを試してみる。
ほっ、こちらは生きていた。
が、今度はスピーカーがおかしくなった。
本体を買ったときについてきたちゃっちいヤツ。
でも、スピーカーのフロント部分にヘッドホンジャックがあって
結構便利だった。
で、配線と繋ぐ後、パタパタパタパタパタパタと異音が止まない。
分解しても同じ。
うむむ。
これだから、順調に動いていた機器に新しい機器を繋ぐのは
嫌なのだ。
ったく。
それにPCのケースを開けてみて、新しいカードを差し込む
余裕がないことが判明。
がくっ。
結局、ノート用に買って、長年使っていなかったパナソニック製の
小型スピーカーを繋ぐ。
が、音はこちらの方が断然良かった。
TヤにDVDを返しに行く。
"LIONES FRO LAMBS"(『大いなる陰謀』)は、全くの
期待はずれだった。
監督のロバート・レッドフォードには期待していたのだがなあ。
米軍特殊部隊によるアフガン侵攻の新しい作戦がその内容だった。
雪山に取り残された若い米軍兵士(2人)をとりまく展開か。
米軍兵士に近づくタリバン兵(きっと)たち。
そのタリバン兵たちの会話が全く意味不明の言語として描かれて
いた。
ヒタヒタと迫り寄る危機か。
ま、その方が映画としては盛り上がりが出てくるのだろう。
ここに米国人による一方的な視点が現れてて面白い。
英語や西欧の言語以外は、自分たちの判断には組み込まれない、
という(ギリシア語はちゃんと出てきたからね)
映画の中に出てきたタリバン兵たちがパシュトゥン語かハザラ語か
何語を話すのか知らないが、彼らにも言語や文化があるのだという
描き方が何故できなかったのかのだろうか。
米兵に忍び寄るタリバン兵たちも、もしかしたらビビっていた
可能性もあるのに。
もしかしたら、前線の兵士は、こんな会話をしていたのかも
しれない。
「おーい、気おつけろ。オマエはこの間、結婚したばかりだろ」
とか。
「おい、無理するな。相手が撃ってこない限り、こちらからは
撃つなよ」
とか。
目に見えない仮想の敵を勝手におどろおどろしく描くのは、
ベトナム戦争を大罪にしたハリウッド映画の伝統なのだろうか。
見終わって、違う意味で哀しくなる映画でした。
本屋で立ち読み。
身長とあえらなど。
ジャンクフードを買って帰る。
作り置きのカレーの具に味がしみ込んで美味なり。
うう、美味しい。
佐野眞一責任編集『宮本常一』(河出書房新社)
同じく佐野『失われた昭和』(平凡社)
をツン読する。
宮本氏の視点を掴もうとするのだが、分かったようで分からない。
自分には宮本氏のようなモノの見方ができいとは理解できるのだが、
なぜできなかいのか、というのが分からない。
自分のフレームワーク(枠組み)が硬直していたことに改めて
気づかされる。
ではどうすればいいのか。
答がないのが困った。
で、別に答がなくても進んでいけるけど、いったんその答のない
ことに気づいてしまうと、どうもやり過ごしてしまうことができない
という状態にはまってしまう自分が情けない。
うむむ、だわ。
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