たまっていたメールーの返信を一気に返信。
お気軽に出せない返事もいくつかあり、ウンウンと唸りを入れる。
鼻腔の奥が腫れているようだ。
病院に行かねば。
昼過ぎ、出動。
本屋でツラツラと立ち読み。
う~ん、こりゃ、ネットに負けるわな、と。
カメラ雑誌もツラツラ。
カメラじゃなくて、写真そのものが見たいのに。
食料の買い出し。
ビュンと帰宅。
天皇が、「心労などで体調を崩したことに関して」っていう
ニュースが流れる。
で、気になったことがあったので、犬養道子の著作を5~6冊
ほど読み返す。
犬養氏が天皇(制)関して書いたエッセイがどこかにあったはず。
う~ん、見つからない(捨ててしまったか?)
おぼろげだが、確か犬養氏は天皇制の維持を擁護する見解を
著作の中で述べていた。
かなりのうろ覚えだが ─ 天皇は政治・経済などに惑わされず
心身ともにいつも日本全体のことを考えていた ─ と、
いうようなことだった。
で、11日の報道で宮内庁からの発表である。
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羽毛田長官は会見で「陛下ご自身のお立場から常にお心を離れる
ことのない将来にわたる皇統の問題をはじめとし、皇室にかかわる
もろもろの問題を憂慮のご様子」と述べた。
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なんだか今の天皇は、日本のこと全般に考えるよりも身近な皇室
関係のことで心を煩わせている、ということか。
日本のことを考えての心労ではない、ということか。
なんだか、宮内庁からの発表はどこか恣意的なものを感じるのだが。
で、宮台氏は天皇の公務に関してこう書いていた(再)
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=130
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■公務とはパブリック・サービスです。政治家とお役人が国民
に対して負う憲法上の義務的行為のことです。皇族はむろん
統治権力ではありませんから、彼らが国民に対して憲法上の
義務を負うことはありえません。まして法律によって何かを
しろと命じられるということもありえません。ゆえに皇室に
"ご公務"はありえません。
■憲法第7条で細目が列挙された天皇の国事行為についてはどう
か。国事行為ですらも、公務すなわち国民に対して負う義務
であるかどうかは疑問です。というのは、憲法第1条で象徴
天皇制が規定されていますから、天皇は統治権力の側には属
さないと解するのが自然だからです。
■第7条に列挙された国事行為は、「天皇に対する命令」と解
するべきではなく、「統治権力は天皇に対して何をお願いし
てよいか」を列挙した許可条項だと解するべきです。このこ
とを理解しない向きが多いのは問題ですが、本当の問題はそ
こから先です。
■天皇の国事行為も皇室の"ご公務"も、国民に対して負う義務
ではありません。国民は命令権限を持たないからです。憲法上
自らに何の義務もなく、誰にも命令する権限がないのに、陛下
や殿下やお妃様が"自ら"統治権力からの「お願い」に粛々と
従っておられ、それゆえにこそ象徴天皇制がうまく回っている
ように見えるのです。陛下や殿下が「自分はもう国事行為はや
らない」とか、「わたくしはもう"ご公務"はやらない」と宣
言されれば、全ては終わります。
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で、犬養氏の本を読んでいたら、愛読書の一つ『マーチン街日記』
で止まってしまう。
米国ボストンへの留学時代を淡々とした記述だ。
やっぱり古典を勉強せなあかんなあ、と思った次第。
で、この日記はなんと1964年の日々だ。
なんと私が生まれた1年後。
44年経っても読み返される日記とは、う~ん、深い。
で、勢いで昔の本を読み返す。
千葉敦子、山之口獏、柴田翔など。
おいおい、今さら柴田翔かよ、って『贈る言葉』を開く。
う、最初の数項に目を通して、うわ、これは今読めない。
怖い。
で、本を閉じる。
で、こっちは大丈夫かな。
『されどわれらが日々』を開く。
う、こっちもヘビーな内容だ。
しかも、1964年の本だし。
と、新幹線0系が引退、というニュースが流れていた。
おいおい、こちらも1964年が初走行か。
しかし、60年代に10代を過ごした人たちの、その結果が
今の日本の姿なのだよ(って、責任を言っているわけでは
ないが)
ポークカレーを作る。
VのデータをDVDにバックアップ。
あ、DVDの在庫がない。
次に、写真データをCDに焼く。
で、柴田翔の本を読み出す。
ドキドキ。
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