不平等を分かち合う

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 朝8時前、目が覚める。
 ん?
 なんでこんな早く?

 2度寝をしようと思ったが、あ、今日はゴミの日だ。
 いそいそとゴミ出し。
 で、気分良く、ラジオを聞きながらウトウト。
 あ、今日は朝刊がないんだ。
 
 ぼぉぉ~っとした状態に陥る。
 夕方までぼぉぉ~。
 
 確か、この間、全力をあげて休め(@犬養道子)、というような
 ことを読んだのを思い出した。
 たまには休まにゃ。

 ぐずぐず。

 しかし、ここまで、いわゆる社会的な生活と離れた生活をして
 いいものだろうか(今時、柴田翔を読んでいるし)
 
 でも、これから流行るであろう(もう流行っている?)、「金が
 なくとも(ある程度)充実した生活(と人生)」をおくっている。
 という実践者がここにいるのだ。
 
 と、なんという自己弁護(と、それを支えてくれている友人知人に
 感謝なり、ホント、だよ)


 で、カイワレの苦さは、言葉では表現できない苦さである。
 サンドイッチにしても苦さは変わらない。

 
NHKスペシャル(「非正規労働者を守れるか」)を聴いて
 いたら最後に、大学の先生が「オムソーリ」という考え方に
 ついて話していた。
 
 オムソーリとは、なんでも「悲しみの分かち合い」という。
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 ・・・、納税者から見た概念ですが、スウェーデンには昔から
 「オムソーリ(Omsorg)」という言葉が、租税に対する基本的な
 概念として定着しているそうです。
 「オムソーリ」は、「悲しみの分かち合い」と訳され、税の
 使い方を端的に表しています。
 
http://www.city.urayasu.chiba.jp/a012/b001/d00501447.html 
 --------------------

 そういえば、この間、『国際人権ひろば』(パースエクスプレス他
 で不平等を分かち合いましょう、という意味を込めて、
 「平等というなら」というエッセイを書いた。

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 8月初旬からビルマ(ミャンマー)入りしている。新しく
 建設されたネピドーへ首都移転後も、同国最大の都市である
 ラングーン(ヤンゴン)の下町で毎日を過ごす。
 
 深夜、ラングーンの町は静まりかえる。隣のビルのポンプが
 水をくみ上げるモーター音が、私の泊まっている部屋にまで
 響く。
 
 雨季特有の湿った雨は、どうやらやんだようだ。

 夜、零時を過ぎてもパソコンのキーボードを叩き続ける。
 ちょっと危険な取材をした日は、数時間たっても興奮が冷め
 やらず、眠れなくなるからだ。

 深夜2時過ぎを過ぎても心は全く安まらない。
 もしかしたら、何時なんどき、当局者が国外退去を告げるために
 ホテルにやってくるかも知れない。
 取材者としてビルマに入ると、常に緊張を強いられる。
 
 1990年代初め、中米エルサルバドルを取材した時、同じような
 恐怖を味わったことを思い出す。取材でホテルから出るとき、
 ドアの隙間に、自分だけが分かるように小さな紙片を挟んでいた。

 留守の間、誰かが部屋に入ってきたらそれと分かるようにして
 おくのだ(安ホテルのため、毎日のベッドメイキングというような
 ものはなかった)
 
 安心して眠ることができる社会とは、なんと貴重なことなのか。
 生まれた地域と時代と社会が違うだけで、なんと違う世界なんだ。
 今また、ビルマに入る度に、いつもそのことを痛感する。
 
 タンシュエ上級大将が独裁的な実権を握る東南アジア最後の
 軍事政権国家ビルマは、それこそ数え切れないほどの人権侵害が
 続いている。
 
 つい昨日入った情報では、ビルマ北部のカチン州で15歳の
 少女が国軍兵士に強かんされた後、身元が分からないように
 遺体を損壊された状態で発見されたという。両親は、怖れの
 あまり、警察に届けることさえ出来なかった。

 そんなビルマへ今朝(18日)、国連事務総長の特使である
 ガンバリ政治局長は、昨年10月から数えて4度目の訪問を
 している。
 
 ガンバリ氏は、行き詰まったビルマの民主化をなんとかしようと、
 軍当局側のアウンチー准将と会合を持つ予定だ。

 だが、これまでに具体的な成果を何ひとつあげることなく、
 ビルマを後にしている。前回の訪問でガンバリ氏は、タンシュエ
 上級大将と面会すら出来なかった。

 サイクロン「ナルギス」惨禍後、国連の高官の初訪問であるが、
 何かが動き出すのを予期するビルマ関係者はほとんどいない。
 
 私自身というと、今回のビルマ訪問の主な目的は、いわゆる
 「8888」の取材である。8月の国際ニュースのトップは、
 もちろん北京オリンピックである。世界中がこのオリンピックの
 開幕式に注目しているであろう。

 しかし、この8月8日は、「もう一つの8月8日」があることを
 忘れてはならないのだ。
 
 その8月8日とは、ビルマで1988年、前の独裁者ネウイン
 元大統領をその座から引きずり落とした民主化運動が最高潮に
 達した日である。ビルマの人は、20年前のこの日を記念して
 「8888(ビルマ語でシッ・レーロン=4つの8)」と呼ぶ。
 
 この8日、ビルマの反軍政と民主化に関心を持つ人は、世界の
 ビルマ大使館や中国大使館前で抗議運動を起こした(中国は、
 ビルマ軍事政権を支える最大の支援国であるからだ)。

 だが、その抗議行動のニュースも、予想通り、オリンピック報道や
 勃発したグルジアとロシア紛争の国際ニュースにかき消されて
 しまった。 
 
 さて、オリンピック開会の8日、ここビルマの様子はどうだった
 のか。20年前の8月8日、軍の兵士と市民がぶつかり合った
 「ミニゴンの交差点」に行ってみた。

 予想通り交差点周辺には、自動小銃を持った武装警官が激しい
 雨の中、静かに佇んでいた。一般の市民は、その姿を横目に、
 あくまでも日常生活を続けていた(ように感じた)

 もちろん外国人が観光客としてビルマに入国したとしても、この
 8月8日の緊張感を感じることはできない。

 また、5月にイラワジ・デルタ地帯を襲ったサイクロン「ナルギス」
 からの復興喧伝したい軍事政権は、その被害の実態を見ようと
 する外国人の入国を制限している。その入国制限は、一般の
 観光客へのビザ発給の制限という余波を引き起こしている。
 
 私の定宿もこの10日間、滞在客は私一人という有様である。
 雨季で、ただでさえ観光客が減る季節なのに、観光産業は
 大打撃を受けている。

 知人のツアーガイドは、生活が成り立たないと悲鳴をあげている。
 また、観光客の多くは、これまで4週間あった観光ビザの期間を
 3週間に減らされている(私はもっと短く制限された)。

 ラングーンからビルマ第2の都市マンダレーを経て、観光地の
 パガン(世界3代仏教遺跡の一つ)やインレー湖を巡るとちょうど
 3週間くらいで観光を終えることができる。

 軍政は、あくまでも、この国の影の部分を見ることなく、お金を
 落としてくれる外国人だけを歓迎しているのだ。
 
 通報義務があるビルマで、外国人による行動は、観光地を
 外れてると目立ってしまい、身動きがとれない。そこで、この数年
 顕著になったのは、現地の人たちこそが、外国人の「偏った」
 フィルターを通さずに、自らの問題を世界に向けて発信し始めて
 いることだ。

 デジタル機器の小型化と簡素化がそれに拍車をかけている。
 言葉の不自由な外国人がわざわざ取材に訪れるよりも、ビルマの
 民主化勢力は、雑誌・インターネット・衛星放送を駆使し、現地の
 生情報を世界に発信し始めている。
 
 では、外国人が取材者として現地に入る意味はなくなったのか? 
 私は、そうは思わない。ビルマのような強権的な独裁国家には、
 外国人でしか出来ない・見えない・感じざるを得ないことが
 まだまだあるからだ。
 
 たとえば、武装警官に近づく。彼らにカメラを向けるのには
 想像以上の勇気を必要とする。近づくだけで緊張感が高まる。
 ドキドキを通り越して、胸を締め付けられる。

 実際、彼ら武装警官や兵士たちは、いつでも恣意的に力を
 行使できるのだ。私は外国人だから思い切って写真撮影を
 できるが、実際に、直接的な被害を受ける現地の人が同じことを
 しようとすれば、その恐怖は計り知れない。
 
 インターネット専門のビルマニュース『ミジマ』(8月20日)
 によると、1988年と昨年の民主化デモに参加した元学生の
 話を伝えている。
 
 「(毎朝)目が覚める度に、昨日話をした友人と会えるかどうか、
 それとも友人が逮捕されるかも知れない、と感じている。また、
 私とその友人のどちらが最初に逮捕されてしまうか。

 何時彼らが来て、私を逮捕するのか、いつも恐怖の状態に
 置かれている」
 
 私は、時に、その恐怖をなんとか伝えたいと思っている。
 恐怖には、国籍も民族も性別も世代も関係ない、誰にも平等に
 与えられているはずだからだ。
 
 もし「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ
 尊厳と権利とについて平等である」ならば、恐怖もまた平等に
 分かち合ってもいいのでは、と思う。

 ビルマに住んでいると、恐怖を感じない社会の存在なんて
 あるのかと思ってしまう。
 
 外国人は、直接的にビルマの恐怖社会に関与して変革することは
 できない。もし、私たちがそこから学ぶことがあるとすれば、
 もしかしたら一つ間違えば、日本もビルマのように、いつ何時、
 自由な発言を許されない社会になるのか、今まさにその瀬戸際に
 ある、ということを考えさせる具体例が目の前にあるということだ。
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 さ、コーヒーを飲みながら、『されどわれらが日々』を読み続け
 ようっと。

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