2009年1月アーカイブ

 報道によると今日(1月31日)、ガンバリ事務総長特別顧問
 (ミャンマー担当)がビルマを訪問するという。

 ビルマの民主化と国内和解を目指して、いろんな話し合いをする
 ようだ。

 だが、この日(31日)、タイとの国境が近いカレン州内で、
 ビルマ国軍に対して武装抵抗闘争を始めたカレン民族同盟(KNU)が
 60周年の記念日を迎える日でもある。

 昨年、59年目の式典を取材した直後、KNUのマンシャ書記長が
 暗殺された。
 書記長にいろいろとアレンジしてもらっただけに、ショックであった。

 また、10年前の50周年の式典も取材した。
 
 あれからもう10年か。
 ビルマを取り巻く状況も変わり、カレンの革命記念日の式典の
 様子も隔世の感がある。
 
 今年の革命記念60周年は、式典というよりフェスティバルに
 近かった。
 
  DSC_4289.jpg
 60周年の式典で行進するカレン民族解放戦線(KNLA)の兵士
 たち。
 極めて個人的な印象だが、10年前の兵士たちに比べて、
 なにか俄作りの感がする行進であった。

 「裏」っていっても、文字通り、足の裏です。
 
  DSC_0115.JPG
 こちらはお釈迦様の足の裏。
 色彩豊かで、ちょっと派手です。
 
   
 
 こちらはパゴダにお参りしている女性。
 上品な感じで、手入れのされた足の裏ですね。
 ちょっとフェチ気味?

  02_00848.JPG
 こちらは僧院で修行中の僧侶たち。
 ちょいとふくよか気味。

 足の裏から何かを読み取れるかも知れない、って思うのは
 ちょいとやり過ぎかな。
 んでも、普段見えないところだけに、社会的な何か読み取れると
 思うのだが。
 ふむ。

絵画と瞬画

| コメント(0) | トラックバック(0)

 ・・・・・。
 ・・・・・。
 
 道路は工事中。
 変化の波がヒタヒタ来ている。
 ・・・・・。

 と、MMTが新作を発表。
 
 自分のウエブのトップにも掲げています。
 
http://www.burmesepaintings.org/index.php
 (ほかにも一つ、私の写真が"画"となっています、さて)
 こんな風にも写真を活用してもらえるとは。

 オリジナルの写真から背景を消して、パープル色を強めています。
 
http://www.uzo.net/asia/karen/karen000/karen017.htm
 http://www.uzo.net/asia/karen/karen017/karen_017/ka99010b.htm
 しかし、画家にその作品を模写されるとは光栄、というか。
 
 ☀が強すぎる。
 ぐったり。
 
 
JROから連絡。

 韓国のNさんから、「みる」という問い合わせの件で、返事あり。
 別件で、
 --------------------
 映像を動画というなら、写真は瞬画というべきか・・
 --------------------
 瞬画はという表現に、おもろいなあ、と。
 MMTの画といい、今度は、「画」ですか。
 でわ。
 
 籠もってペチペチペチペチペチ、と。

  (抜粋)

 ・・・・・・。

 
8時半、朝日を浴びながら、英字新聞を読む。
 う~、ゆっくりした、気持ちのいい時間だ。
 って、これは、この間、自分自身で船橋さんに対して文句を
 言っていたパターン、そのものを楽しんでいるやんか
 反省。

 10時過ぎから連絡業務をいくつか。
 と、却下の連絡が入る。
 ふむぅ。
 
 リスキーだったけど、バックアップかけていて良かった、とも。
 それでも綱渡りの今日、このごろ。
 
 
http://diamond.jp/series/beyond_valley/10001/
 を読む。
 と、
 --------------------
 それは、このiPhoneという機器がダウンロードするソフトウェアに
 よってはいかようにも変化するデバイスとなり得るということで
 ある。
 いったんiPhoneの持ち主になれば、ソフトウェアを次々とアップ
 グレードし、サードパーティー開発によるアプリケーションも
 一元化して提供することで、デバイスもユーザーも共に進化を
 遂げる。つまり、iPhoneはアップルがユーザーを囲い込むための
 ツールなのだ。
 --------------------
 
 ダウンロード、という言葉は分かる。
 ソフトウエア、も。 
 デバイス、となると怪しい。
 アップグレード、も難しい言葉かな。
 アプリケーションとソフトウエアの違いも難しい。
 サードパーティーは、ちょいと無理かな。
 ユーザー、はオーケーかな。
 
 しっかし、よく言われることだが、これらのタンゴを
 理解できないと、今のコンピューターについていけない。

 メールニュースを読んでたら、"3-d jobs" という言葉が出てきた。
 3D job (複数 3D jobs)
 で、しらべてみる。
 --------------------
 日本における3K産業。
 Dirty(「きたない」),
 Dangerous(「危険」),
 Difficult(「困難」=「きつい」)
  job(仕事)。
 --------------------
 だと。
 でも、メールニュースでは、
 the 3-d jobs - dirty, dangerous, and demeaning.
 となっていた。
 3つめのDが違うみたいだ。
 
 と John Updike が76歳でなくなった、と。
 マサチューセッツに住んでいたんだ。
 で、アップダイクと村上春樹が、どういうわけか重なってしまう。
(って、村上さんが幽霊感があるというのとはちがうけど)

 そいや、今読んでいる本にこう書いていた。
 --------------------
 ながく日本を離れていていちばん強く実感するのは、自分が
 いなくても世の中は支障もなく円滑に進行して行くのだなと
 いうことである。僕という一人の人間が、あるいは一人の作家が
 日本からふっと消えていなくなっても、そのことで誰も困らないし、
 とくに不便も感じない。決して拗ねているわけじゃなく、
 「結局俺なんかいてもいなくても、どっちでもいいんだよな」と
 思う。考えてみればこれは自明の理で、人間が一人増えたり減ったり
 したくらいで世の中が混乱していたら、世の中がいくつあったって
 足りない。
 ・・・・・。
  もし僕が今ここで、飛行機事故だか食中毒だかでひょっこり
 しんでしまったとしても、事態はそれとおおむね同じようなこと
 だろう。・・・、一年くらいたてば、きっとみんな僕という人間が
 存在していたことさえ忘れてしまうであろう。・・・・・。外国に
 長く出るというのは社会的消滅の先取り=疑似体験であると言っても
 いいような気がする。
 --------------------
 ん~。 
 インターネットで繋がってしまった今の時代は、事態はそう簡単では
 ないと思うが。

 かなり見方だが、こういう突き放したというか、冷ややかな感覚を
 持っているから、ああいう小説を書けるのかな。
 なにか透明感でもって、突き抜けているようだ。

 透明っていう色(色か?)はたしかに美しいが(みえないのに)、
 透明色を纏いたくないっっていう感覚かな。

 細切れの時間ばっかりで落ちつかない。
 パソコンの前に座っても集中して仕事ができないのである。
 ま、分かっているけど、どうしようもない。
 
  I 氏が携帯をなくした、と。
 300件近い連絡先が没。
 慌てて回線を止めて、番号だけ復活させる。
 残った5件の番号は私含めている。
 うん。
 個人の携帯データを自動的に(携帯電話会社が)バックアップ
 できるサービスはないのかな(それなりにセキュリティは確保
 して・・・できないけど)

 19時前、わざわざピックアップあり。
 かたじけないです。
 その上、このご馳走。
 しかも、・・・、まで。
 
 ・・・・・。
 ・・・・・。

 (抜粋)

どない、だ

| コメント(0) | トラックバック(0)

  DSC_0096.jpg
 つい先ほどまで、頭にカミソリを当てられて、
 今にも泣き出しそうにしていた男の子。
 (刃こぼれしているカミソリのせいか、血がにじんでたりして)

 剃髪を終えた直後。
 お父さんに顔を向けて、「どない、だ」と胸をはる。
 そうやって、続いてきた儀式、なのか。
 
 

 7時過ぎ起きる。
 パタパタと荷物整理。
 
 久しぶりの良い天気。
 ピーカンの青空。
 それに、空気も冷たくない。

 さ、机の前に座って、仕事に取りかかるが、う~ん、集中できん。
 こまったなあ。
 ずるずると机上整理など。
 
 14時過ぎ、ゴロゴロと出動。
 ま、そんなもんか。
 不景気の余波、少なすぎるよ。
 ぽっちだよ。
 
 システマティックにびくり。
 と、偶然、M新聞社のFさん一家に遭遇。
 
 ユージン・スミス、アイリーン・M・スミスの写真集『水俣』の
 コピーを読んで胸を振るわせる。
 うう、すごい。 
 --------------------
 写真はせいぜい小さい声にすぎないが、ときたま ― ほんのときたま―
 一枚の写真、あるいは、ひと組の写真がわれわれの意識を呼び覚ます
 ことができる。
 写真を見る人間によるところが大きいが、ときには写真が、思考の
 触媒となるに十分な感情を呼び起こすことができる。われわれのうちに
 あるもの ― たぶん少なからぬもの ― は影響を受け、道理に心を傾け、
 誤りを正す方法をみつけるだろう。そして、ひとつの病の治療の探究に
 必要な献身へと奮いたつことさえあるだろう。そうでないものも、
 たぶん、われわれ自身の生活から遠い存在である人びとをずっとよく
 理解し、共感するだろう。写真は小さな声だ。私の生活の重要な声で
 ある。それが唯一というわけではないが。私は写真を信じている。
 もし充分に熟成されていれば、写真はときには物を言う。それが、
 私 ― そしれアイリーン ― が水俣で写真をとる理由である。
 --------------------
 水俣病の発生とその後の経過を見ると、水俣は終わったわけでは
 ない。けれど、ユージン・スミスの、アイリーン・M・スミスの
 写真は物を言った。
 
 手元にはそのコピーと、村上春樹『やがて哀しき外国語』もある。
 そのあとがきも読ませる。
 --------------------
 どれだけ自分の視点と真剣に、あるいは柔軟にかかわりあえるか、
 --------------------
 個々の部分に傍点が振ってある。
 それだけ強調したいのであろう。
 ここの部分、共感できるような気がする。
 
 ちょうど一昨日、米国にいる友人の写真家と、写真を巡って簡単に
 メールをやりとりしたからだ。
 うむ。

 で、手元には、自分の書きかけの原稿もある。
 前2つと自分の原稿の落差に、泣きそうになる。
 でも、しかたないもん、違うもんはちがう。
 がんばろう。
 うん

 予定通り。
 ・・・にはイカン。

 ・・・・・。
 ・・・・・。

 もう眠たい、ち。
 3時過ぎだもの。

メールの不着

| コメント(0) | トラックバック(0)

 

 最近、(特に先週から今週にかけて)、メールの不着の連絡が
 入ってきております。

 お手数ですが、再送願います。

 

 

躊躇い

| コメント(0) | トラックバック(0)

  03Ka0172.JPG
 数日間、山を歩き続けました。
 ジャングルも通り抜けました。
 ヒィヒィいいながら、たどり着いたのがこの畑。
 
 さて、村に入っていいのかどうか躊躇ってます。
 もしかして、ビルマ国軍が待ち伏せしているかも。
 急襲されるかも。

 遠目に様子をうかがいます。
 
 しばしの間のためらい。
 胃がキュンと縮まる瞬間です。

停電の街で

| コメント(0) | トラックバック(0)

 これだけ停電が続くとはなあ。
 ラングーン(ヤンゴン)は、一国の首都(2005年10月まで)
 の様になっていないよな。

 町中でドンパチと市街戦をしているわけでなし。
 単に政治能力がないだけ。

 お金のある政府高官や軍関係者は、停電のない地区に暮らすか、
 或いは発電機を動かす余裕があるんだものなあ。
 
 迷惑を被るのは一般の庶民だな。

 bu00566.jpg

 歩道橋の上で外灯の光で本を読む。

peeping Uzo,again

| コメント(0) | トラックバック(0)

 晴れた日曜日には公園に行こう。
 で、行ったら、雨も降らないのにあちこちで傘の華。
 bu00644.JPG
 以前、似たようなイメージをアップしましたが。
 
 男女の仲は、時に、政治体制よりも強し、か。
 またもや、ピーピング Uzo となってしまいました。

 

 オバマ大統領の就任演説が取りざたされている。
 
 もちろん、というか、さすがにその内容はすばらしいと思う。
 
 ま、メディアが発達したこの時代、オバマ演説を書いたという
 スピーチライターも(オバマ氏と)同じくらい注目を浴びている。

 演説の内容ばかりに注目され、いろいろと分析されている。
 もちろん、その内容はオバマ大統領の意をくんで、彼の主義主張や
 方針がちりばめられているから当然である。

 それよりも私が気になるのは、この演説が、オバマ氏ではなく
 別の誰かが発すれば、単にキザに聞こえる演説内容が、彼なら
 なぜサマになるのかということである。

 オバマの語り口やその抑揚、息継ぎのしかたなど、何(what)ではなく、
 どのよう(how)に伝えているのかを、知りたいのである。
 もちろん、その背景にある、メディア戦略の深さなど。

 また演説の内容の、どの特定部分に観客の米国人が反応した
 かったも知りたいのである。
 
 7時前に起床。
 布団の中でゆっくりと朝刊に目を通す。

 冷えたコーヒーと素パンを3枚。
 
 連絡事項がいくつかあり。
 ぱたぱた。
 
 空気は冷えるが(この冬一番の冷え込み)、天気が良いので
 洗濯に取りかかる。

 10時半から真剣に仕事を始める。
 ペチペチペチペチペチ。

 17時過ぎ、一休み。
 で、出動。
 うう、ブルブル寒い。
 4枚着込んでいるが、冷たい空気がお腹にヒヤリと感じる。

 "21"(『ラスベガスをぶっつぶせ』)を見る。
 お決まりの、お金儲けスカッと映画。
 もううんざり。
 お金、セックス、ゴージャス生活。
 どうしてそこまでお金儲けにこだわるのか。
 金融米国は破綻したんじゃないのか(って、映画が作られたのは
 破綻前か)

 布団に入って、ラップトップを立ち上げ、メールをチェック。
 gmail にログインすると。
 緑のマーク。
 久しぶりに茶戸です。
 でもすぐに眠たくなり、グー。
 

嗚呼、新聞

| コメント(0) | トラックバック(0)

 朝起きるのが段々遅くなってくる(ま、寝るのも遅くなってるし)
 今日は7時過ぎ。

 冬の朝特有の、暗い曇天。
 暗いニュースが多い新聞を読む。
 NHKアーカイブのDVDが欲しいが、どうやらばら売りして
 いないようだ。

 タマゴとトースト3枚と冷えたコーヒーを飲む。
 
 9時前、机の前に座る。
 
 今日の新聞にがっくり。
 不平不満をいうのは、紙面がより良くなって欲しいという気持の
 裏側だよね、って人は言う(通じないと思う)が、ここまでくるか。
 
 今日は池澤夏樹さんと船橋洋一氏の対談があった。
 --------------------
 船橋 ニューヨーク・タイムズなどのクオリティーペーパーは、
 (イラク戦争開始前の)02年夏頃から主戦論一辺倒になりました。
 イラクの現場からの報道も、極めて難しくなった。同年12月、NGO
 「Internaional Crisis Group」は、
 イラク戦争前にイラクの人々が今、どういう状況になり、どう思って
 いるのかを伝えました。ジャーナリストの一人として無力感を
 感じたことを覚えています。
 --------------------
 一体全体、日々の暮らしに追われる人がこの国際的なNGO、
 International Crisis Group の存在やその主張を日常的に接して
 いるのだろうか?
 
http://www.crisisgroup.org/home/index.cfm
 それに日本語でその内容を読めないし・・・。
 まあ、船橋氏はボードのメンバーだからかもしれないが。

 それよりも気になったのが次の部分である。
 --------------------
 船橋 米国でニューヨーク・タイムズを日曜日の朝、スーパー
 マーケットで買って、小脇にかかえて、午前中時間をかけて
 日差しを浴びながら読む。あの楽しさ。1日が新聞を読むこと
 から始まる、日めくりのポータル(入口)感覚。あれを朝日新聞
 で日本の多くの方々に味わっていただきたい。
 --------------------
 ある意味、かつて尊敬していた船橋氏の言葉だとは信じられ
 なかった。

 もしかしたら私だけかも知れないが、こんな感覚で読者に対して
 新聞を作って(読んで)いたんだ。

 私の感覚では、新聞が届くと言うことは、販売店で働く配達人が、
 晴れの日も雨の日も、雪の日も、それに今日(1月23日)みたいに
 冷え込む寒い日も、必ず時間通りに配達してくれることから始まる。

 本社の中枢にいる人物が、まず、そのことを忘れている。
 新聞奨学生を4年間していたから販売店の苦労は身にしみて
 分かるのだ。

 新聞を読む楽しさ?
 確かに「作り手」としては、そこにどのような悲惨な事故や事件、
 或いは思い出したくもない出来事が続いても、自己満足的に楽しめ
 るかもしれない。

 多くの人が、例えば今日の支払いや子どもの健康など、いろんな
 気持を抱えて新聞を開くということに、作り手として思いを馳せる
 (気遣う)一文がない。

 空調の効いたサロンでコーヒーを飲みながら、自己満足で作った
 新聞を読むがいい、って言いたい(言い過ぎ?)

 例えば今朝の朝刊社会面。
 「石川遼マスターズへ」という記事がある。
 ここで使われた石川選手の写真。
 お決まりの切り抜き写真。
 ここに、読者に対する記事を提供するという態度の軽さ、
 石川選手に対する敬意は見えない。
 
 嗚呼、である。

 自分の望むような記事配信や編集がされていないから文句を言って
 いるだけか?
 
 そう、こういう文句はいつも自分に向けても突き立てておかねばならない。
 (自分もメディアの端っこにいる身としてはね)
 うん。
  
 ウエブが行進されないオダジマン。
 実は、Nのページで新しい対談があった。
 ツラツラ読む。
 ハハハと笑う。
 
 退屈な仕事を続ける。
 ま、順調かな。
 
 今日も軽く出動。
 うう、寒い。

 "WORDL WAR Ⅱ" (第二次世界大戦全史)
 「太平洋戦争編12 硫黄島の戦い~ビルマ戦役」
 を500円で買う。

 レド公路の触りだけ、約30分の不完全燃焼のビデオ内容。

 大根と白菜と饂飩を煮る。

対米対策

| コメント(0) | トラックバック(0)

 M.オバマ氏が大統領に就任である。
 さて、ビルマ軍事政権(SPDC)の反応は。
 
 21日の国営紙を見てみる(1項目と3項目の抜粋)
 "The NEW LIGHT OF MYANMAR"
 
(『ミャンマーの新しい灯』)(PDF:3MB)

 トップニュースは新しい法律関係。
 オバマ氏の大統領就任のニュースは3ページ目に小さく載っている
 だけ。
 --------------------
 Obama becomes first black US president

 WASHINGTON, 20 Jan .Barack Obama took the oath of office
 of president of the United States on Tuesday using the
 same Bible that was used to swear in Abraham Lin-coln.

 Obama was the first president sworn in as the 44th president
 using the Lincoln Bible since its ini-ble is part of the
 collec-tions of the Library of Congress. Though there is no
 constitutional require-ments for the use of a Bi-ble during
 the swearing-Barack Obama swears in as the 44th president of
  the United States of America in front of the US Capitol in
 Washington DC on 20 Jan, 2009.

 INTERNET
 --------------------
 相変わらず、著作権無視の引用は笑えるけど。

 でも、AFPニュースは違うニュアンスのニュースを流している。
 「AFP: ミャンマー軍政、オバマ政権の下で米国の政策が
 変わることを期待」
 
--------------------
 January 21, Agence France Presse
 Myanmar hopes for policy change from Obama: official

 Myanmar hopes that new US president Barack Obama will
 change Washington's tough policy towards its military
 regime and end the "misunderstandings" of the past,
  a senior official said Wednesday.

  The Myanmar government and state media have made no
  official comment on Obama's inauguration, but the official
  said on condition of anonymity that the country was looking
  to the US leader to show his "good intentions."
 ・・・・・.
  ・・・・・.
  ・・・・・.
  Myanmar's top leader, Senior General Than Shwe, sent a
  formal diplomatic note of congratulation to Obama in
  November after he was elected but no details have been
  released of the rare communication.

  Myanmar's opposition pro-democracy party has also cautiously
  welcomed the election of Obama, but said time would tell
  if he could help open up the military-run country.
  ・・・・・.
 ・・・・・.
 ・・・・・.
 --------------------
 詳細は、http://www.uzo.net/bnnj/ へ。

 
 因みに昨年11月の大統領決定時、『ミャンマーの新しい灯』は
 トップでM.オバマ氏に祝福のメッセージを送っている。
 
http://blog.uzo.net/2008/11/post-2658.html

 昨日(2009年1月21日)の行進の練習風景です。
 bu00660.jpg
 左端に立つ教官らしき人物は、やっぱりパナッ(草履)を
 履いたままである。

 そのあたりがビルマらしくて、なんともいえない。
 うん。

 

 旧日本軍がビルマ国軍のお手本(?)になったことは
 よく知られている。
 
 同じように、日本の「軍艦行進曲」がビルマ国軍の
 「軍事行進曲」にもなっている。

 こんな感じである。
 日本の「軍艦行進曲」(サンプル)→♪♪
 
 ビルマの「軍事行進曲」(サンプル)→ ♪♪
 正式名称は「ミャンマ・ドゥーイエェ・タッマドウ」

 フルコーラスはこちら → ♪♪♪♪♪♪ (3.0MB)
 ID:guest
  PW:国軍の英語表記("タマドー" ですね)

 ちなみにビルマ国軍軍楽隊です。
  04bu0033.jpg
 ( ↑ クリックすると、ちょっとだけ大きくなります)
 

健康的な一日

| コメント(0) | トラックバック(0)

 今日も4時起き。
 早すぎる。
 
 コーヒーを片手にバナナを喰らい、新聞に目を通して(今日は
 地域面で良い記事が2つあり)、さ、やろか。
 そいや、中東でT氏も頑張って取材しているようだ。

 朝風呂に入り、連絡業務をペチペチペチペチペチ、と。
 
 苦いカイワレ大根のサンドイッチと苦いブラジルコーヒー。

 8時過ぎから仕事に始める。

 11時過ぎ、休憩。
 ふぅ。
 結構、先は長い。

 鹿尾菜とエノキと?を炒める。

 原稿書き。

 15時過ぎ、軽い運動のため出動。
 郵便局と銀行をハシゴ。

 約1時間、早足で歩く。
 ちょいと汗をかく。
 足の筋肉が張っている。
 かなりの運動不足なり。

 高橋伴明『光の雨』連合赤軍事件 を見る。
 映画の手法としては面白いかも知れないが、果たして、
 原作(立松和平)の思いが表現できたか。

 今はあの時代よりも悪くなっている、というような脚本には
 どうも納得できない。

 『軍艦マーチのすべて』が届く。
 
http://blog.uzo.net/2009/01/post-2774.html
 
 23時過ぎ寝入る。

 まったく健康的な一日でした。
 うん。

 カチン州の州都ミッチーナから遙か北へ。
 イラワジ河の出発点であるミッソンのすぐ近く。
 bd01986.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 子どもたちが清流で遊んでいます。

 で、しばらく行くと、別の小川に出くわしました。
 bd01995.JPG
 そう、びっくり。
 赤茶けた水が流れている。
 どうやら上流で工事をしているようだ。
 カチン州だけに、鉱山? 材木関係? その他?
 なにやら良からぬ工事を想像してしまう。

やっぱり被害

| コメント(0) | トラックバック(0)

 4時過ぎ起床。
 ツラツラ~、ボォ~っと考え事をする。
 ネットでいろんなページを読む。
 
 ふと、自分は変節していないか、ちょっと不安となる。
 ぶれていないか?
 疑問に思うということはぶれているのか。
 
 7時半過ぎ、ゴミ捨て(市指定のゴミ袋の在庫がなくなった)。
 新聞に目を通す。

 机に向う。
 やっと5項目まで。
 う~、この先長いなあ。
 
 なにか自分で自分に言い訳をする癖がついているようだ。
 それも自分自信で納得できるような。
 変節してしまったかな。
 こまったもんだ。

 と、やっぱり被害を受けていた。
 1月12日のブログでもアップしておいたホスティング会社から
 1万円の請求がきていた。
 それもほとんど休眠状態だったクレジットカード(NCスではない)へ。
 
 即、カード会社へ連絡。
 他にも被害者がいたようで、すぐに対応してもらう。
 ふぅ。
 いつも被害を受けるのは末端の消費者なんだわな、これが。

 昼食は昨夜作ったシーチキンカレーを喰らう。

 郵貯のネットバンキングの申し込みをする。
 ちょっとややこしい口座(笑)なんで、直接、郵便局へ出向く。
 
 Mナカで買い物をし、月曜日はNが安いDエへもハシゴをする。

 連絡業務がいくつもたまっている。
 なんとか目の前の連絡だけを送信。
 
 なぜか気分が乗らずにダウン気味。
 それでも、原稿、8項目まで進む。
 ふぅ。

 21時過ぎ、眠たくなる。

 この数年、イラワジ河の川岸に暮らす人びとの数が
 増えてきたようだ(以前、同じような書き込みをしたかな・・・・?)
 
 とりあえず、砂運び、木材運びなどの仕事を見つけることが
 できるだろうか。

 あまり立派とはいえない家々が立ち並ぶ。
 03bur100.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 日が昇り始めると、一斉に鳥が羽ばたく。

 今日も早起き。
 4時過ぎに目が覚める。
 曇りのち雨か、今日は。
 で、ツラツラと新聞を読む。

 一日、冷たい雨。

 原稿が進まないのでファイルの整理をしたり、資料を読み込んだり。

 『ミャンマー現代短編集1』
 『ミャンマー現代短編集2』
 『ミャンマー現代女性短編集』

 ビルマ短編文学集だが、実は文末にある、編訳者南田センセの
 <注>は、ビルマ社会を考えるのにとても役立つ。
 
 例えば、
 --------------------
 指紋が百くらいある:落ち着きのない人物を指す。
 
 ビルマ時間:ビルマ族王朝時代は、昼夜を三十時間ずつに分け、
       一日を六十時間とする水時計を使用した。涼気は
       昼二十六時間、夜三十四時間とするなど季節によって
       昼夜の配分は異なる。一日の長さ自体が増えるわけ
       ではないが、主人公は睡眠を愛するあまりこの表現を
       用いた。
 --------------------
 など。

 "FAST FOOD NATION" を見る。
 ブルース・ウィリスが出ていたのには、びっくり。
 押しの弱い、中途半端な告発映画かな。
 でも、いろんな問題をちりばめている。

  bu02193.jpg
 ビルマでは、女性が頭に花を飾っている。
 現地では見る光景である。

 思わずホロリとしてしまうのである。

 爆睡していたはずなのに、何故か4時過ぎに目が覚める。
 取り立てて何かを信じているわけではないが、震災の日を
 キチンと迎えよ、ということか。

 しばし朝刊に目を通す。
 5時46分、神妙に大地震から14年目を迎える。
 しばし黙祷。

 それにしても、あれからもうこんな時間が経ったのか、という感じ。
 この間、地震時のことを何故か深く考えていなかった。
 というか妙に考えるのを避けていたような感じもする。

 でも、1995年1月17日の地震時のことはしっかりと身体が
 覚えている。

 ドンと突き上げる衝撃。
 瞬時に、ゴォー(ごぉぉおぉー)という衝撃と揺れ続いた。
 (こういう場合の体感は、なぜかひらがなが似合う)
 14階建てのマンションの最上階14階の部屋だったため、
 そりゃ揺れましたよ。

 当時のパートナーをしっかりと抱きしめていたという記憶がある。
 大丈夫だよっ、と。
 でも、ごぉぉっっは恐ろしかった。
 一瞬、あっ、倒れるか、と思った。
 同時に、あ、これは夢か、とも。
 
 どのくらいの間揺れがあったのか覚えていない。
 長かったような、短かったような(ん? 冷静じゃなかったのか)

 今の仕事をしていて良かったと思うのは、どんなことが起こっても
 なぜだか頭は冷静に保っていることができることだ(ま、ある程度
 だけど)
 非常時にアドレナリンが想像以上に身体の中を駆けめぐり、何が
 安全かそうでないか判断し、本能的に身の安全を確保しようとする
 ことだ。
 
 数十秒の揺れの後、すぐに脅威は去ったと理解できた。
 とりあえず逃げなければ。

 近くの公園へ避難する。
 ちょっと回りを歩いてみる。
 地面が割れて、地中から砂が吹き上げた後がある。
 これが(後で知る)液状化現象だった。

 さ、起こったことは仕方ない。
 部屋に戻って片付けを始めた。 
 ko0014b.jpg
 散らかった食器を片付け始めたっけ。
 淡々とした数時間が流れるだけだった。

 14年後にツラツラこんなことを思い出しても仕方ないのか。
 でも、そうでもない。
 
 新聞の切り抜きを始めて20数年。
 これまで日本で目にした最高の新聞記事が、この震災関連の
 記事で出稿されたことを改めて思い出すからである。

 あの記事どこにやったかな?
 気になって、ファイルボックスをひっくりかえす。
 
 う~ん、見つからない。
 大切な記事だからどこかに入れてあるはずなのに。
 昔の切り抜きをひっくりかえしながら、嗚呼懐かしい、と思える
 この20年の切り抜き記事が出てくる。

 網野善彦氏が林屋辰三郎の追悼文を書いていたり(98年2月16日)
 ああ、懐かしい。
 
 子どものうた。
 --------------------
 ●しかられてしばらくたった後、
 「トントン」と言って母の背をたたく。
 「なあに?」と母。
 「優しいお母さん、出てきてくださーい」
 (3歳)
 --------------------
 何かしら微笑ましい。

 で、この20年分の切り抜きに目を通しながら思う。
 経済にしろ、自殺の問題にしろ、政治にしろ、20年経っても
 今の社会状況とあまり変わっていないようだな。

 それにしても捜し物の記事が出てこない。
 と、その昔探していて見つからなかった震災の関連記事が出てきた。
 
 「鎮魂歌1 震災の構図」(1995年2月17日)である。
 震災から1ヶ月後のルポ。
 
 「三途の川を渡るなよ」という見出しの記事に思わず胸が
 熱くなったのを思い出した(今も読み直して熱くなる)
 --------------------
  救出作業をしていた人たちに、二人の体が見えるようになった。
 佐智子は和だんすの下に、浩一の腰は太さ二十センチほどの、
 十字になった梁(はり)の結節点の下敷きになっていた。最初に
 佐智子が引っ張り出されたが、なかなか出られなかった。右足に
 浩一の右足がプロレスの卍(まんじ)固めのように絡まっていた
 ためだ。互いの足の骨と骨とがこすりあっていた。
 --------------------
 その様態を想像して、思わず息をのんだ。
 
 もう一本の記事。
 「被災したあなたの手紙に」という取材記者(稲垣えみ子)氏の
 「記者ノート」(96年11月13日)である。
 --------------------
  私はそれまで、相手の気持ちがわかってこそ、初めていい記事が
 書けるなどと考えていました。でも人の気持ちなんて、ほんの少し
 でも分かってしまったら、話しかけることもできないのです。記者
 失格でした。今までの私は、何をやってきたんだろうと思いました。
 --------------------
 自分も自信を経験して、まったく同じ思いであった。
 
 知り合いを通して米国から連絡が来た。
 通信社の受け入れはできるか、と。
 被害は大きくなかったけど、被災者としてちょっと冷めてしまった。
 だからほとんど写真を撮っていない。
 
 ま、この震災の経験は、自分のその後の取材人生の何かを確実に
 変えたと思う。
 
 
 そんなことをツラツラ思いながら、求める切り抜き記事を探し
 続ける。
 
 が、見あたらない。
 本棚のファイルボックス。
 本棚の上のファイルボックスにもない。
 う~ん、どこにしまったんだ。
 仕方ない。
 あきらめとするか。

 原稿を書くために机回りを整理整頓と掃除。
 
 おお、ツタヤが半額セールだった。
 ビュンと出動。
 
 本屋で雑誌を立ち読み。
 う~ん、面白くない。
 本誌も分量も薄い。
 
 久しぶりにJMで買い物。
 ブラジル産コーヒー(500g)が298円だった。
 さて、どんな焙煎と味なんだろう。
 
 ファイル整理をしていたら、読みたい本や聴きたい音楽の切り抜きが
 出てきた。

 テッカトウニョウメイ『平和のうた』を注文。
 永久保存盤 軍艦マーチのすべて 行進曲; 海軍軍楽隊 を注文。

 身体が重たい。
 ゴロンと仮眠。
 ふぅ。

 Paul Newman の "THE VERDICT"(『評決』) を見る。
 1982年の映画だ。
 映画館で見て、その後VHSビデオでも何度も見直した。
 かなり感動した映画である。

 それから8年後、この映画の舞台となった米国ボストンに暮らす
 ことになるとは思わなかった。

 ボストンには2年弱しか住まなかったが、言われてみれば
 「青春の街」でもあった。

 極貧の生活ではあったが、充実していた。

 アレン・ギンズバーグに会ってサインを貰ったのもこの街だった。
 ラビン首相、ゴルバチョフ元大統領、ジャクリーン・ケネディ、
 メグ・ライアンなどの写真を撮ったのもこの街だった。

 いろんな恋をしたのもこの街だった。
 挫折しても復活できると信じたのもこの街だった。
 落ちても、堕ちても、はい上がることができたのもこの街だった。
 
 映画を見ていると、自分も何度も足を運んで、見慣れた風景が
 出てきた。
 雪におおわれた「ボストン・コモン」であったり、その裏通り
 であったり。

 『評決』のラストシーン。
 何度見ても、面白い。
 なにかしら、場面設定や内容はまったく異なるが、雰囲気的に
 『ニュー・シネマ・パラダイス』に通じるところがある。
 
 映画を見ながら、いつも入り込んでしまう。
 
 電話が鳴る。
 が、受話器を取るな、と。

 人生にハッピーエンドはないのだから。
 
 布団に入って、思い出した。
 あ、あの探していた新聞記事の切り抜き、あそこかな。
 で、深夜にゴソゴソとファイルを繰る。
 と、出てきた。

 意識して新聞を読み始めて30年間。
 私が最高の新聞記事と思うのがこれである。

 見開き一面が名前で埋まっている。
 震災で亡くなった人びとの氏名である。
 
 1995年1月20日付けの朝刊(『朝日新聞』)
  IMGP6281.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 衝撃的な紙面である。

 この紙面の前も、後も、名前でいっぱいなのだ。

 警察発表を元にしているとはいえ、ただ単なる文字ではない。
 ひとり一人の暮らしがあったんだ。
 そう思うと、胸が詰まる。

 『読売新聞』(1995年4月26日)も同じである。
  IMGP6283.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 こちらの方は、紙面編集を担当した木村未来記者が一文を
 添えている。
 
 --------------------
 どうか安らかに
  一月十七日の震災の震災から百日。
 瓦礫(がれき)が残る被災地にも春風が吹き、街が、人が
 再建に頑張っています。
  震災直後から、お亡くなりになった方々の名前を確認する
 担当となりました。そのお名前は、五千五百一人にのぼりました。
 一人ひとりが生きた証(あかし)と無念さを感じ、人生に思いを
 はせました。
 それぞれの夢が一瞬にして奪われた事実を、この悲しい紙面が
 物語っているのです。
  「息子夫婦が阪神大震災の犠牲になったことを、子孫に
 伝えたい。記憶を薄れさせないことが、私たちの努めです」。
 淡々と語る母親の声が、今も耳に焼きついています。
  冬から春へ。五千五百一人のさまざまな思い出と付き合って
 きたような気がします。どうか安らかに、力強く立ち上がる者の
 歩みを見守っていただきたいと切に思います。
                     (木村未来記者)
 --------------------

 ついこの間、あるコラムで、「新聞とは、見開きの完結したメディア」
 だと書いていた。

 確かに、見開きのメディアであり、完結したメディアである。
 この紙面という、形をもったメディアに印刷された数え切れない
 名前には圧倒される。
 
 紙面に見るのは、事実の羅列だが、単なる事実ではない文字の連続。
 何をかいわんや。

 その後、1999年のトルコ地震を取材したが、現地の新聞では、
 これだけ詳細な名前の載った新聞記事を見かけることはなかった。

 それゆえ、今後、こんな新聞紙面を見ることは、ないであろう。
 (そうあって欲しい)

 

 広大なデルタ地帯では大小の河川が入り交り、
 移動にも船が利用されています。

  bd03189.jpg
 櫂を交差させて、前に進みます。
 
  DSC_0047.jpg
 
その櫂さばきに見とれます。
 ん?
 
 同じように見える移動船でも、その造りが違う。
 この違いには生活上(暮らし)の差異があるのだろうか。

 
  bu01908.jpg
 ちなみにこちらはデルタ地帯ではなく、
 ラカイン州(バングラディシュ国境)の移動船。

身長が縮んだ

| コメント(0) | トラックバック(0)

 ちょっと休憩をとり、しっかり朝食を食べて、コーヒー片手に
 朝刊を読み、さて出動しようと思った。
 が、あ、朝食はダメだったんだ。
 で、水ものだけを口にする。

 神戸市の保険組合による健康診断。
 最後に健康診断を受けたのはいつだったかなー。
 かなり昔で思い出せない。

 記憶にある最後の健康に関する数字は、
 確か10年くらい前のヤツ。
 それに比べて、慎重が1.5cmも縮んでいた。
 体重も最大15kg近く減っていたし。
 もう老化が始まっている?
 うわ。
 
 さらに。
 え、何この数字・・・不摂生の極みかな。
 
 最後にレントゲンを受けて、1時間ちょいで全て終わり。
 
 移動の連続で、クタクタ。
 さ、食べるぞ。
 包丁を握りながら、ウトウト。
 お腹がいっぱいになったら、眠たくなってきた。

 ぐー、状態。

 目が覚めたら、外は真っ暗。
 気合いを入れて、ユージン・スミス/アイリーンM.スミスの
 『水俣 MINAMATA』を開く。
 何度見ても、衝撃が深まる。
 その態度に頭を垂れるかな。
 ゴロンと寝っ転がって見ているが、心は正座をしています。
 ふぅ。

 電話でぐちゃら、とお話。
 前代未聞の依頼事。
 ま、この時期だし・・・、ってか。

  IMGP0072.JPG
 重たい荷物を担ぐには、こんな器具を使うのですね。

 ビルマ広しといえど、この器具を使って生活しているのを
 見たのは北シャン州の民族(ラフーかアカ)だけであった。

 カチン州でも、チン州でも、カレン州でも見たことのない
 生活風習であった。
 確か、便利なはずなのに、なぜ広がらなかったんだろう。
 ふむ。

 朝からテンパりモードだ。
 8時前、待ち合わせ場所である新宿駅西口のマクドに入る。
 うわ、店が小さい。
 さらに、人がいっぱい。
 
 席が空くまでトレイを持って右往左往。
 と、モバイル席が空いた。
 ラップトップをセットアップするが、ログインできない。
 ふむ。
 
 9時、待ち人来たる。
 で、やはり、一つ上の階の空き喫茶へ移動して密会。
 やはり以前、お会いしましたね、と。
 で、短い時間でしたけど、「その方面」の話のはしり部分を窺う。
 ふむふむ。

 バタバタと歩いて移動。
 青空だけど、ビルの谷間の風と空気は冷たいですね。
 
 で、なんとか時間までに到着。
 エレベーターは、ビュンと数十階を上昇。
 耳がきぃ~ん。
 で、やはりインテリジェンスビルでありまして、トイレの洗面台の
 水も温かい。
 ほぉ。

 で、挨拶もそこそこに、ざっくばらん風のミーティングとなります。
 写真民俗誌/写真民族誌へいたる考えをぐちゃらと話す。

 昨夜、移動中のバスで思いついた「見る」ということも付け加える。
 
 そうなんです。
 昨夜はずっと「見る」ということを考えてました。
 すると、見えてきましたた。
 日本語には、「見る」があちこちにありました。

 食べてみる。
 行ってみる。
 会ってみる。
 やってみる。

 見ないけど、みる、なんですね。
 この「みる」は何なんだろう。
 経験や試行のこと。
 
 同じような文法や言い回しがビルマ語にもいえるのだ。

 サーチー(食べてみる)
 トワチー(行ってみる)
 ・・・。

 Gさんが言うには、韓国語にもあるとか。

 言葉の中に「みる」という単語があるということは、生活の中にも
 みる、があるということか。
 ふむ。

 説明をしつつ、厳しい質問も飛ぶ(でも、耐える?)
 質問に答えながら、あ、こんなことも考えてんだな、って自分で自分の
 回答に驚く。

 11時半、終わり。
 2氏と1Fへ。
 ごっTzあんです。

 さ、移動だ。
 中央線で神田へ。
 以前、定宿にしていたホテルの近くだ。
 で、OKYO氏と再会。
 おお、お久しぶり。昨年は1度も会いませんでしたね。
 なにやら一皮むけた健康そうな雰囲気かな。
 で、地下の店へ。
 
 で、その後を単刀直入に聞く。
 なにせ「事務局長」を解任されてしまったしね。
 ふ~ん。
 で、甘酸っぱくチクリとする一刺し(いや、刺され)あり
 痛くはないが、なんともなあ。
 衝撃ではないが、重たいなあ。
 歳を取るのは、そうなるのか~、って。
 ごっTzあんです。
 
 近くのコーヒー屋へ移動。
 話を聞くのが精一杯で何も言えません。
 ううう。
 1時間ほどで散会。

 で、また中央線で移動。
 四谷下車。
 日当氏は締め切りの追い込みで参加できず。
 で、これまた1年ぶりに再会。
 タマゴまんじゅうをおみやげに頂く。
 で、近況を聞きつつ(話しつつ)、難民問題やビルマ問題について
 ぐちゃら。
 センセもぶっ飛び参加してもらいました。
 
 ビルマの現地のこと、それにかかわる団体、イベント、予定行事など
 うまくいかないことばかりなり。
 が、落ち込んでばかりはいられない。
 顔を上げて、進んでいくしかない。
 16時前、おいとま。

 また中央線で水道橋へ。
 テクテク歩いて出版社へ。
 まずはご挨拶。
 まだまだテンパリモードは続く。
 ぐっちゃらとビルマ話を続けてしまう。
 
 と、えっ、あの編集部にいてはったんですか。
 え、あの人とも、あの人とともお知り合いですか。
 やっぱり世界は狭い。
 ただの自分の人間関係の狭さだけか?
 
 19時前、編集担当氏と一緒に、中央線の御茶ノ水駅へ。
 駅前で冤罪のチラシを配っていた。
 冬の寒い遅い夕暮れ時なのに。
 胸キュンですね。

 東京駅BF1の待ち合わせ場所で、これまた再会。
 今日、6件目。
 おお、お元気そう。
 実際、今日会った人の中で一番の元気者でした。

 近くの寿司屋に落ち着き、ぐちゃら。
 ほぉ~、お~、そうなんですか。
 日本で唯一といえる出版物なのに。
 自らが働くということと社会的な事情は、やっぱり異なるのかな。
 ふむ。
 ちょいと寄り切られたっていう あっという間の2時間でした。
 
 たぶん、そうだろうと思っていたが、連絡なし。
 ふむ。
 
 さすがにハードな日となった。
 ま、そうゆうこともあるわな、っていうことも。
 
 あ、明日は健康診断やのに。
 顔上げて、胸を張って歩いていたはずなのに、疲れがドッと出る。
 なんとまあ人間の気分はうつろいやすいものなんだ。
 ここに来て、テンパリモードが切れました。
 ブチッ。

農業労働者

| コメント(0) | トラックバック(0)

 ビルマの人口の約8割近くが農業従事者だといわれている(たぶん)
 が、その全員が土地をもつ農民というわけではない。

 確か、3割近くが土地を持たない、農業労働者(賃金労働者)だと
 思われる。

 bd01394.jpg
 彼もたぶん、その労働者だと思われる。
 家の中には家財道具が少なく、ギリギリの生活をしていると見える。
 田んぼか畑で働いていたのだろう、膝までどろが付いている。
 
 マンダレー郊外の農村地帯にて

 明日からの準備にとりかかる。
 で、頭を冷やすため、ちょい寝となる。

 15日締め切りのWWPに応募しようと思ったら、うわ、ログインの
 IDとPWの請求・取得の締め切りが9日までだった。
 がぁあん。
 
 今年は応募できないのか。
 がぁああん。
 
 ま、今年は、手持ちそれほどインパクトのあるイメージが
 なかったから、まあ仕方ないか。
 じゃあ、あちらに応募か。

 写真編集をし、キャプションをまとめ、急ぎ発送準備。
 ビュンと郵便局へ走る。
 ふぅ、間に合った。
 
 写真のまとめ。
 う~ん、量が多すぎる。
 収集がつかなくなる。
 ま、それでも、万一のことを考えて、見せる写真だけを
 ピックアップしていく。
 見せる写真、納得のいく写真、困った写真、などなど。
 軽く200枚を越えてしまった。
 
 カイワレ・サンドイッチを喰らう。
 この野菜の苦みが堪らんよね。
 癖になってしまう。

 夜、ビュンと出動。
 うう、寒い。

 雨、上がる。
 荷台のシートをはがして、湿った空気を当てながら、どうやら
 品物を乾かしているかのようです。

  bd03517.JPG
 大型トラックの、その勢いに托鉢僧は脇に追いやられます。
 付き人一人だし、小坊主ですから仕方ないか。
 (雨期明け前のタニンダリー管区/タニンダイー管区)

 深夜に本を読みながらフト感じる。
 静かだ。
 静かすぎる。
 『命の重さ』はしっとりしてるし。
 
 夏の静かさと冬の静けさではその深さが異なるようだ。
 この感覚を大切にしたい。
 うん。

 と、枕元に『Impaction インパクション』(165)があった。
 ちょうど、イスラエル問題を特集していた。

 「21世紀のアパルトヘイト国家 イスラエル」
 
 いわゆるマスメディアでは説明されないイスラエル問題を解説して
 いた。
 でも、ちょいと難しい(眠たかったし、『インパクション』だし)


 予想通り、オダジマン氏のブログが更新されないと思っていたら、
 雑誌やウエブマガジン(日経BP)ではちゃんと書いていたの
 ですね。
 すいません、チェック不足で。

 早速、読む。
 う、相変わらず冴えている。
 一気に数回分を読み切る。
 --------------------
 たとえば、私ども50代の人間は、エネルギーが「切れる」ことや、
 「スタミナ」が「尽きる」ことについての恐怖を持っている。
 だから、「空腹」や、「栄養失調」や「脚気」や「ビタミン不足」を
 いつも心のどこかで気にしている。その代わり、何かの「過剰」に
 ついては割合に鈍感だったりする。

 それが、30歳より下の人たちの場合は、話が逆になる。

 彼らは、欠乏を恐れない。が、「疲労物質」が「蓄積」することや、
 「ストレス」が「重なる」ことや、「毒素」が「溜まる」ことを
 懸念している。

 やはり、飽食の時代の人々だということなのだろうか。
 --------------------
 う~ん、こうも簡単に指摘するか。
 実感だなあ。

 --------------------
 一覧性の高いメディアは、情報を読むために能率が良いの
 ではなくて、情報を捨てる上で、能率が高い。
 ・・・・・。
 もうひとつ原則論を述べるなら、本来、「既に知っている」ことと、
 「調べればすぐにわかる」ことの間には、とてつもなく大きな差が
 あったはずなのだ。というのも、ウェブ上の集合知がこれほどまでに
 一般化する以前(たった5年前のことだが)までは、「知っている」者と
 「知らない」者の間には、歴然とした情報格差があったからだ。
 ・・・・・。
 大切なのは、言葉の意味ではない。その使われ方であり、伝わり方
 であり、誤解のされ方であり、ゴマかされ方だ。別の言い方で言う
 なら、語義について語るよりも、どういう人たちがその言葉を使って
 いるのかについて考える方が意義深いということだ。
 ファッションの本質が、衣服のシェイプや色よりも、それを身に
 つける人々の精神のうちにあるのと同じ理屈で、言葉もまた、意味
 よりも、着こなしに重点が移りつつある、ということなのもしれない。
 --------------------
 毎回、転げ回るほど深く衝いている。

 で、朝までだ。

 原稿書きが進まない。
 ちょいとストレスフルな毎日が続く。
 林檎を剥いて、ぱくつく。
 ぱくぱく。 

 
 昨日の自分の書き込み(エントリー)について。
 --------------------
 >企画力・編集力に加えて、取材力(インタビューの力)が問われる
 >のかな。
 >昨日、斎藤さんの本を読んだから余計にそう感じる。
 --------------------
 イヤね、私は、記者に取材力が無いっているのではありません。
 じっくりと取材ができる体制(態勢)が整っていないということです。
 記者が忙しすぎるのです。
 
 この間、村上春樹氏の『アンダーグラウンド』から引用して、とある
 文章を書いた。
 日本(東京)の通勤電車は異常だ。
 --------------------
 「電車はもうそれはムチャクチャ込みます。千代田線の町屋から
 大手町までのあいだはほんとうにどうしようもないです。手を
 動かすこともできません。上げたらあげっぱなし。入るときも
 ああっと背中から押し込んで、無理やり乗るような感じですね。
 痴漢もね、たまにはいます。嫌なものです。」
 
 「通勤は日比谷線を利用しています。電車はものすごく混みますね。」
 「どれくらい混んでいるかというと、ドアから社内に入っていく
 ときに、一度私の持っていた鞄が、車内の人波の中にすっぽりと
 のみこまれて、行方がわからなくなったことがあります。
 もぎはなされるまいと思ってしっかりと掴んでいたんですが、
 これ以上持っていたら腕が折れるだろうと思ったので、手を
 離しました。」
 
 「その当時は、**駅から東部伊勢崎線で北千住に出て、そこで
 日比谷線に乗り換えていました。もうこれは殺人的な混み方です。
 いつか死人が出るんじゃないかと思っています。肋骨を折った人が
 いるという話です。」
 
 「浦和から上野までは混みますよ。そうですね、肉体的に苦痛を
 感じるくらいの混み方です。」
 --------------------
 
 昨年から派遣社員の「労働災害」ことがメディアで度々取り上げ
 られているが、正社員もまた、日本社会の労働体制の被害者であると
 思う。
 
 もちろん、正社員と派遣社員の比較の話をどうこう言うつもりはない。

 勝手気ままな、極貧フリーランスの私から見ると、日本の
 労働状況は異常だ。
 
 私の回りを見渡しても、そこまで、と思うほど働いている人が多い。
 メディア関係者も多いのが不思議。

 で、「みんなそれで我慢しているから」でいいのだろうか。
 そこまでして何を追い求めているのか。
 
 そんなことをほざきつつ、そういう皆様の好意で生活している私は、
 それこそ穴があったら入ってか。
 反省。
 でも言わずにはおられない。

 10時過ぎ、病院に電話。
 今日の予約キャンセル願います、と。

 タッパおかずを喰らい、ちょいと仮眠。
 
 書類整理に追われる。

 仕事が進まず。

 件の手配で右往左往。
 なんで何度も電話をせなあかんのだ。
 やっぱり安さに吊られたらあかん。
 
 メールだけでなく電話でのやりとりも続く。

 アポを入れすぎた?
 自縛だ。
 
 夜はガーリックいっぱいのスパゲッチィ。
 デザートは林檎。
 
 
 お、ビルマの人から着信アリだ。
 おお、センセ。

 さ、一寝入りしてやらねば。

登校の途中で

| コメント(0) | トラックバック(0)

 「ほうら、一列に並んで」
 
 KNLA第5旅団の司令官のボジョーが登校途中の子どもたちに
 声をかける(背後は、第5旅団の司令部<兼兵站部かな?>)
 
  01kar009.jpg
 ( ↑ クリックすると大きくなります)
 
 ビルマで子どもたちが腕組みをするのは、対する人に敬意を
 払う仕草である(お辞儀のようなもの)

 子どもたちの服装を見て、寒いのやら寒くないのやら(いや、寒い)
 裸足の子もいる?
 田舎の(経済的な)貧しさの一面がどこかに漂っています。

 「我々は、子どもたちが教育を受けて、平和に暮らせるために
 抵抗してるんだよ」と、ボジョーは言う。

 

 朝までMで買ったDVDの映画を見る。
 マット・デイモンはボーン・シリーズで花開いたな。
 うん。
 
 ドメイン管理をしている会社がゴタゴタしている。
 『読売新聞』で大きく報道されていた。
 --------------------
 ネット料金、予告なく課金...2万人から計2億円で苦情多発
 「リンククラブ」という名称で、ホームページを作りたい利用者に
 サーバーを貸し出すサービスなどを提供しているネット関連企業
 「カイクリエイツ」(東京都)が昨年末、「情報管理などを強化する
 システム費に充てる」という理由で、事前の連絡を十分にしないまま
 利用者約2万人の口座から、それぞれ1万円を引き落としていたことが
 わかった。

 監督官庁の総務省には、苦情や相談が相次いでおり、同省は、
 消費者に費用負担を求める時には事前の説明が必要としている
 電気通信事業法に違反する疑いもあるとして調査に乗り出した。
 ・・・・・。
 --------------------
 ちょいと調べてみる。
 どうやら、被害者の使用カード会社はNCスのようだ。
 これはクリア。

 また、私の契約形態はLHXだし、LDPもまだ大丈夫なようだ。
 しっかし、ホスティング会社が危機に陥るとはなあ。
 
 問題は、この会社がもしかしたら・・。
 そうなったら、2年分前払いしているしサービスやドメインの
 ことはどうしたらいいのやら。
 いろいろとややこしくなりそうだ。
 さて、連休明けの13日がどうなるかだ。

 『朝日新聞』の "GLOBE" が大幅リニューアル。
 記事の中のインタビューで、心を振るわすような引用や発言が
 それほど見られない(Break-through の大野さんくらいかな)
 
 企画力・編集力に加えて、取材力(インタビューの力)が問われる
 のかな。
 昨日、斎藤さんの本を読んだから余計にそう感じる。
 
 永六輔氏が、井上ひさし氏の文章(忘れた)から引用して
 いた(←修正)
 --------------------
 むずかしいことをやさしく。
 やさしいことをふかく。
 ふかいことをおもしろく。
 --------------------
 ってか。
 
 って人のことは簡単に言える。
 さ、なんとか自分の原稿を進めねば。
 うむむ。

 朝食はリンゴ半個のみを喰らう。
 ビュンと駅へ。
 ふぅ~、この時期は日毎に寒くなる。

 で、体が重い。
 原稿を書きかけるが、挫折。
 う~ん、気分の問題など言い訳にならないのに。
 
 お餅の食べ過ぎでウンウン唸る。
 (「甘さひかえめ」のアズキ缶はそれでも甘いし)
 やはりこの時期は、(日本にいれば)モチの食べ過ぎとなる。

 斎藤茂男『命の重さ』を読み直す。
 繰り返し読んでも、何かしら得るところがある。
 深い内容だ。
 やっぱり取材力と粘りかな。
 あと、斎藤さんの、その依って立つ視点とか。
 大きな人だったんだな。

 と、ヤフーの「雑誌/ブログ」で 『VOICE』での記事配信があった。
 --------------------
 WASP精神は地に堕ちた!(1)/養老孟司(東京大学名誉教授)、
 渡部昇一(上智大学名誉教授)
 Voice1月10日(土) 16時27分配信 / 国内 - 政治
 --------------------

 ちょうど、『命の重さ』で渡部氏の名前も出ていた。
 --------------------
 たとえばさきごろ話題をにぎわした大西巨人さんと渡部昇一さんの
 論争がありました。
 ・・・・・。
 血友病のような悪い遺伝子をもった人間は、子孫にその遺伝子を
 残さない努力をすべきではないかという趣旨の渡部さんの論文を
 めぐっての論争はご承知だと思います。
 --------------------
 そいや、渡部氏は最近、「田母神論文」の審査委員長をしていた
 というのでまた、名前が出てたしな。
 
 ま、全てまでは言わま。

 DVDで映画を見るとするか。
 "The Transporter " は何度見ても面白い。
 ちゅうか、単純すぎるハリウッド映画だ。
 (これがハリウッド映画の衰退の原因でもあるのだが)
 

 ここはビルマカレン州。
 KNU(カレン民族同盟)配下のKNLA第5旅団の司令部。
 
KNU=Karen National Univon, 
 KNLA=Karen Natioanl Liberation Army(カレン民族解放戦線)
  
 21世紀を迎えた直後のまさに1月1日の夜明け直後。
 いまだ、内戦(武装抵抗)は続きます。
 
  01kar007.jpg
 ( ↑ クリックすると大きくなります)
 
 司令官のボジョーが前線に支持を飛ばします。
 やはり深い山の中でのこと、無線機には長~いアンテナが
 必要なようで。

 朝、シーチキントースト、
 昼、スパゲッチ。
 夜、和風煮物(白ヒラメ、大根、豆腐、人参、蒟蒻など)
 
 朝一番で修正を送る。
 ゲラ修正を送る。

 ビュンと出動。
 連休のなか日、Mナカが混雑。
 
 移動のためのチケットが手に入らない。
 なんでそんな値段設定するのかな。
 完全に消費者をバカにしているな。

 『ザ・ハリケーン』を見る(3度目?)
 諦めたらあかんのやね。
 でも、米国式正義(だけとは強調しないが)は、時に、
 いろいろと考えさせられるもんだ。

 インターネットのプロバイダーをヤフーBBから乗り替えたいん
 だけど、So-net と nifty.com どちらが良いのだろうか。
 
 結構、ヘビーユーザーだからなあ。
 もちろん、無線ランをつけて。

 原稿を書く(月刊誌とニュースレターの2つ)
 
 朝起きると、体が重たい。
 曇りのちどんより(いつ雨が降ってきてもおかしくない)
 

 原稿書きの続き。
 ほぼ完成。

 18時過ぎ、出動。
 Dエで買い物。
 消毒液(同じメーカーが違う商品名を棚に並べていた)と
 バンドエイド。
 おやつにミニシュークリーム。
 
 時雨後粉雪。

 夕食は肉入り醤油ラーメンとタッパ詰めのお野菜類。
 
 特記すべきことはないけど、それもまた日常。

長い助走

| コメント(0) | トラックバック(0)

 晴れているのか、曇っているのか、時雨れているのか、
 よう判らん空模様だ。

 昼から出動。

 年賀状の返信を、今度こそ、全て出し終える。
 長らく借りていた資料のコピーを済まし、図書館へ資料を返す。
 街はまだ正月気分が抜けていないように感じる。。
 
 空気が冷たい。

 掲載誌(紙)のファイルを整え、原稿書きの準備に入る。
 エライ長い助走やな。
 で、ペチペチペチペチペチと、まずは修正から取り組み始める。
 
 21時過ぎ、息切れ。
 風呂に入って、寝よう。

 2000年のある日、ビルマからタイ領にカレン人難民が大量に
 逃げ込んできた。
 
 タイの国境警備隊の目をかいくぐって、その現場に急いだ。
 国際的に活動する医療援助NGOも素早く活動した。
 だが、自由な取材はできず、制限がかかった。
 
 が、その医療NGOに努めるカレン人がこっそりと部屋に入れてくれた。
 これがその現状の一つです、撮してください、と。
  00kar003_1.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します )

 ----------------------------------------
 昨日(1月6日火)の『朝日新聞』の社説に目がとまった。
 「難民受け入れ もっと門戸を開けよう」とあったからだ。

 で、昨年から気になることがある。
 このブログでも何度も書いたが、外務省の「ミャンマー」のページ
 (あるいは難民のページ)から「ミャンマー難民情勢」がすっかり
 消えているのだ。

 後で確認したところ、たぶん2008年5月頃まで、このページーは
 存在していた。
 
 何故、消えたのか。
 その最後の更新が「平成13年9月」という内容だからからか?
 
 つまりは、この間、ビルマ(ミャンマー)の難民情勢について情報を
 更新していなかったことになるからか。

 或いは、都合の悪い情報があるからか?

 判らない。

 で、とりあえず、再掲しておく(→オリジナル)
 
http://blog.uzo.net/images/blog/2009/01_2009/mm.mht
 --------------------
  ミャンマー難民情勢

                          平成13年9月

1.概観

 ミャンマーでは、政府の民族政策及び、経済的苦境を原因として
 多くの難民が発生しています。ミャンマー東南部では少数民族である
 カレン族と国軍の戦闘が続き、多くのカレン族難民がタイへ
 流出しています。また同時にミャンマー国内タイ国境地域に
 おいても、多くの国内避難民が存在していると見られます。
 一方、ミャンマー西部、バングラデシュ国境から、ロヒンギャ難民と
 呼ばれる人々が1991年から92年に大量に流出しました。
 その後ミャンマーへの帰還が進んだものの、依然として
 バングラデシュには約21,600人のロヒンギャ難民が存在し、また
 約23万人の帰還民の再定住支援も重大な問題となっています。

2.難民発生の背景

(1) カレン難民の場合
 ミャンマーは約135の民族からなる多民族国家であり、独立後、
 国軍と一部の少数民族の間で戦闘が続いていました。1980年代
 前半に国軍がカレン族居住地域に大攻勢をかけたことから、
 大量のカレン難民の発生が始まりました。1992年に軍事政権は
 少数民族武装勢力への攻撃を停止し多くの少数民族と停戦合意
 したものの、カレン民族同盟(KNU)とは停戦合意できませんでした。
 カレン族居住地域においては政府側による強制移住・強制労働が
 行われている模様で、現在もタイとの国境付近には多数の人々が
 避難生活をしており、今後もタイへの難民流出は続きそうです。

 (2) ロヒンギャ難民の場合
 旧英領時代に沢山のイスラム教徒たちが、ミャンマー西南部の
 ラカイン州に移住しました。独立後、同国政府はこれらの人々を
 自国の民族として認めず、移動の自由について一定の制限を
 課しました。1978年3月に当時の社会主義政権が国境付近に
 居住する不法移民を排除するためと称して、大規模な住民調査を
 行った結果、22万5千人が処罰を恐れてバングラデシュへ避難
 しました。その後、国際社会の支援により、また両国政府の合意も
 あり、約18万人が帰還しました。しかし、1991年3月頃に再度
 バングラデシュへ25万人の難民が流出し、一時難民数は25万人を
 超えました。

3.周辺国の状況

 タイ・バングラデシュに存在する難民数
 タイ : 104600人
 バングラデシュ : 21600人
 (UNHCR GLOBAL REPORT2000より) 

 タイ:1984年に約9,500人のカレン難民が確認されたのを
 皮切りに、以降17年間増加し続けています。2000年現在、
 タイ国内に104,600人のカレン難民が存在します。キャンプ内の
 高い出生率・新規到着者等によって、キャンプの環境悪化が
 重大な問題となっています。
 また、タイ国境にいる国内避難民も60万人近く存在すると言われ、
 今後とも難民の流入は続くと見られます。
 バングラデシュ:1992年からミャンマーへの難民の帰還が
 始まり、UNHCRの活動もあって約23万人が本国へ帰還しました。
 しかし、その後ミャンマー政府が難民受け入れに消極的な態度を
 とったため、現在でも約2万2千人が2カ所の難民キャンプに残留して
 います。

4.我が国のミャンマー難民への支援

 我が国はUNHCR等の国際機関を通じてカレン難民・ロヒンギャ難民に
 対する支援を行っています。カレン難民については、タイの難民
 キャンプにおいてもUNHCRの活動が制限されているため、
 我が国の援助も限られたものとなっています。ロヒンギャ難民支援
 については最大のドナー国の一つとなっています。
 ----------------------------------------

 両膝の痛みが止まらず、集中力が続かない。
 原稿書きにも取り組めない。
 しっかし、この痛みの原因はなんなんだろ。

 で、ゴロンとなって本棚を覗くと井上光晴編集『辺境 1』が目に
 入った。
 1986年発行の季刊誌だ。
 
 蔵書の多くは引っ越しの際に譲ってきたが(1990年の引っ越し時
 にはK塾にドンと推理小説類を引き取ってもらった)、どうしても
 手元に置いて置きたい本は、そのつど持ち運んでいた。

 この『辺境』もその一つだ。
 今なら、この「辺境」というタイトルにいちゃもんをつけているかも
 知れないが、当時は、「中央-周辺」という考え方に囚われて
 いたので、まあ、そんなタイトルもすんなりと受け入れていた。

 と、その雑誌から新聞の切り抜きがいくつか出てきた。
 その一つに、『辺境』の復刊の意図を井上さん自身に取材した
 新聞記事であった(1986年9月22日<月>付)

 井上氏は、「『コンクリートの壁にさえ牙を立てる野鼡の群れを
 増やしたいのだ」といった決意が語られている。」

 他に「仕事の周辺」という宇井純さんの書いた8回分の
 新聞コラムを(1987年2月)切り抜いて挟んでいる。

 そいや、本誌の中に「東大から沖縄へ -技術の退廃を見て」
 という宇井氏の文章があった。
 
 その他《特集》で、「連合赤軍の現在」、瀬戸内寂聴・永田洋子の
 往復書簡もある。
 
 また、大谷恭子弁護士の最終弁論(抄)に青線を引いている。
 かなりの長文だが、私もちゃんと読んでいたんだな。
 --------------------
 八、人の弱さの克服とは何か

  要するに、彼らは、克服すべきもの─それは人間の存在にとって、
 最も根底的なところで関わる欲求、恐怖であったにも拘わらず、
 これを物神化した党・化組・せん滅戦等の為に、能力主義的に
 克服しようとしてしまったのである。
 (p.31)
 --------------------
 これなど、オウム真理教の被害に遭った人の聞き取りドキュメント、
 『アンダーグラウンド』に通じるところがある。

 連合赤軍からオウム真理教へ。
 その精神構造は変わっていないのか、ふむ。

 『辺境』をパラパラと巡りながら、広告に目をやると面白い。
 ほとんどが出版社関係が出稿している。
 花神社・径(こみち)書房・一条ふみの『淡き綿飴のために』の
 ドメス出版・鶴見和子の『殺されたもののゆくえ』の「はる書房」
 とか。

 ん?
 この、はる書房が気になって、ウエブで調べてみるとブログがある。
 で、そのブログをツラツラ読む。
 と、2007年8月16日のエントリーが興味深かった。
 --------------------
 「日本語の無料使用」を読んで
 作家の柴田翔さんが、新聞コラムで、「日本語の無料使用」と
 題して著作権の保護期間延長問題に言及された
 (日経新聞 07年8月14日夕刊)。
 --------------------
 で、ウエブで、柴田翔氏のコラムを探してみる。
 全文は見あたらなかったが、いくかの引用は読むことができた。
 --------------------
 著作権の期限を現行の死後50年から70年に延長しようという
 動きがあるが、自分はいま一つ気が乗らない」といい、なぜなら、
 「ものを書く人間は誰でも知っていることだが、古今東西さまざまな
 作品との対話、衝突、反発のなかから作品は生まれる。
 模倣や剽窃と紙一重のこともあれば、何の痕跡も止めないものも
 あるが、過去と無関係のものはない」、ゆえに「個々の作品は
 作家が書いたものでありながら、決して彼個人が書いただけの
 ものではない。
 過去の日本人が数千年にわたって作り上げてきた日本語、
 その表現力を無料使用して作品を書いている。死後50年もたてば、
 作品を古来からの広大無辺な日本語の時空の片隅に、長年の
 無断使用をお詫びしつつ、そっとお返ししてもいい頃ではあるまいか。
 
 ものを書く人間に、自分の作品から生じる収入をそんな先の
 曾孫にまで受け継がせる権利があるだろうか
 --------------------
 なかなか染み入る語り口なんだろう。

 私自身も自分のウエブの入口や各写真のページに著作権の
 マークを入れて、「著作権は自分にあって、無断利用はできません」
 というようなことを主張しているが、別にガチガチに主張して
 いるわけではない。

 というか、著作権を明記していても、写真の大多数にコピーライトの
 透かしマークを入れていない状況では、無断利用されてもまったく
 判らないのである。
 だだ漏れだyo。
 ハハハ。

 ある程度、筋の通った理由があれば写真を無料で使うことに、
 それほどうるさく言っていなし、こだわっていない。
 
 その「ある程度の筋の通った理由」が問題なだけだ。
 たとえば、ビルマの写真についてビルマ人やビルマ人団体からの
 利用に関しては多くが無料で写真を使っている。
 
 ただ、無条件に「予算がないからイベントに写真の無料提供をして
 頂きたい」というような話や提案には困惑してしまう。

 まあ、私も人の不幸で飯を食っていたり、回りの人の好意で
 生活しているところが多分にあるが、さすがに、こんな理由は困る。
 
 私はフリーランスで、これで飯を食っている部分があるのだし、
 主催者やその関係者は自らの収入を確保していながら、そういう
 提案をしてくるのにはホトホト困るのだ。
 
 勝手に使って貰っても別に構わないが、まあそれは、decency (節度)
 の問題
だと考えている。
 
 ただ、写真にはその状況が撮られた状況や内容が、私の意図に
 反するように提示されると困るので、簡単にはそう言えないところが
 ある。

 著作権の権利を全く無くせとは簡単に言えないが、まあ延長には
 反対だな。
 うむ。
 と、書いたら、内田センセも今日、著作権のことで書いていた。
 
 昨日、WK氏と話しながら自分で気づいたことがある。
 --------------------
 今までの人類学者は現地に行って、いろんなモノを見て、分析し、
 研究してきたが、その見るという対象に自分自身の姿(や視点)が
 含まれていなかった、のではなかろうか、と。
 --------------------
 というようなことを言った。
 
 見るということと見らるということの対称性・非対称性を自分自身に
 言い含めて考え、行動しなければならない、ということか。

 著作権の権利当事者ということに関してもまさにそうである。
 
 ツラツラと考え込んでいたら、煮詰まらなくなった。
 ガスファンヒーターで空気が澱んでいるのだろうか。
 窓を全開にする。
 眼下に東神戸の夜景が広がる。
 遠くは泉州、その南の紀淡半島の方まで光の帯が続く。
 橙色色、白色、碧色、青白色、赤色、紫白色。
 いろんな光が入り交じって輝く。
 キラキラ、キラッ、だ。

 明日からはキチンとした生活に戻ろう。
 決意だ。
 うん。

 15時から20時まで、駅前のパン屋兼喫茶にて、
 悩める(?)WK氏とぐっちゃら。

 研究の進捗状況について(って、これに関しては何も言えないので)
 は、聞くのみ。

 ビルマの状況については、
 カレンの裏話などについて、いろいろ話せるし。

 文化人類学・民俗学・民族学、などの方向性について。
 個人として、さて、どう関わっていくのか。
 研究と生活、将来設計など、悩み事多し、かな?

 オダジマンの至言に次のような言葉がある。
 --------------------
  人が人材になる過程は、木が木材になる過程と良く似ている。
 よけいな枝を落とし、虫の入った部分を捨てて、要するに規格化
 するわけなのだ
(生きている木を切り倒して、乾燥させて、丸裸
 にして、材木にして、切って、削って、風呂場のすのこにするのだ)。
 そして、言うまでもないことだが、ハッカーという人々はよけいな
 枝が多かったり、幹が曲がっていたり、加工しにくかったり、人材
 としては不良品である場合が多い。
 (P.190『我が心はICにあらず』)
 --------------------
 この、ハッカーという部分を、若手研究者とか、ジャーナリストとか
 いろんな風に入れ替えることができる。
 
 木は、根や枝葉があってこそ呼吸をし、それでこそ生き生きとして
 いるし。
 生命体として再生産していくものだからなあ。

 あるいは、オダジマンはこうも言う。
 --------------------
  たとえば、企業経営者は、そこで働く従業員を「人材」と呼ぶ。
  あえて、「人材」と言う特別な用語を使っている異常、当然、
 それは、通常の意味での「人間」とは違う。
  どう違うのかというと、「人材」は、「人間」を原料にして製造
 されるなにものかなのであって、元の人間とはかなり違ったものなの
 である。
  たとえて言うなら、「人間」と「人材」の関係は、「樹木」と
 「木材」の関係に似ているかもしれない。
  まず、与作が木を伐る。
  木は、丸太のまま筏を組んで、川下の製材所で、皮をはがれ、枝を
 落とされ、・・・、材木になる。
  人の場合、まず、人事が人を採る。
  ・・・・・。
  人間もまた、用途(というか、業務かな)に合わせて鍛え直され、
 ・・・。
 (PP.27-28 『日本問題外論』)
  --------------------
 だから軽々しく「人材」と口にする人や、或いは「人材を育てたり、
 大切にする企業」には気をつけた方がいい。

 ビルマの3大河川といえば、サルウィン河(タンルウィン河)、
 イラワジ河(エーヤーワディ河)、チンドウィン河である。

 DSC_0501.jpg
 ( ↑ クリックすると大きくなります)
 で、これはサルウィン河の川岸で建造中の船です。
 竹とチーク材で、横滑りさせて川に船を降ろすのですね。

 DSCN2788.jpgのサムネール画像
 ( ↑ クリックすると大きくなります)
 
 おそらくは、後部にエンジンを付けて、こんな風に利用されるので
 あろう。

両膝が痛い

| コメント(0) | トラックバック(0)

 ずっと『アンダーグラウンド』を読み続けている。
 730ページという分厚い本だが、レイアウトが良いので読み
 易く、次々と項をめくる。

 しかし、改めて村上春樹の凄さを感じる。
 その凄さに(具体的にはまとめることができないが)、何度か
 本を閉じなければならなかった。

 半分ほど読んだところで、最終章に飛ぶ。

 「目じるしのない悪夢」
 ─ 私たちはどこに向かおうとしているのだろう?
                       村上春樹
 
 を読む。
 辛いなあ。
 シビアなドキュメンタリー(聞き書き)だ。
 これならまだ小説形式の方が良かった。
 でも、また前に戻って、途中で読むのを止めた半分の部分から
 読み直すのが、読者の努めである。
 うん。

 そのうち、新聞が来た。
 ツラツラ読むしかない。

 お腹が空く。
 寝る前だけど、久しぶりにシャビー麺をかっ喰らう。

 6時過ぎ寝入る。
 
 7時半過ぎに起きる。
 たまったゴミ捨てに出動。
 なぜか両膝が冷えて、ギシギシ痛む。
 初めてのことだ。
 何でだろ。
 
 う~、今日は寒の入り、か。
 さぶいわけだ。

 年明けの最初のゴミ収集日、いつもより山のようにゴミ袋が
 積まれている。

 マスタード・トーストを喰らい、手帳の整理。
 新聞に載っている1年の計画(国際会議や選挙など)を
 書き写していく。
 
 久しぶりに洗濯。
 洗濯機を3回回さねば。
 どんよりと曇り。
 昨日の晴れた日に洗濯しときゃあ良かったのに。
 いつも後悔ばかりなり。

 ラジオが面白くない。
 ビュンと出動。
 DVDを返却して、Dエで買い物。
 閑散としたスーパーはもの悲しい。
 
 
 連絡業務に精を出す。
 どうも予定が決まらず、宙ぶらりん。
 こまったなあ。
 問題は移動方法だ。


 原稿書きの準備の用意(なかなか取りかかれない)
 困ったなあ。
 先は長い、
 けど、
 今から、やらねば。
 いよいよ追い込められた(まだ準備の段階だけど)

 膝が痛い。
 それも両足の。
 ズキズキ、ジクジク、チクチクと痛む。
 運動不足の極みかな。
 
 チキンカレーに大蒜を大量に入れる。
 身体の不調にはすぐに大蒜にたよってしまう。
 単純すぎる。

 ゆっくりと風呂に入って、膝を温める。

 『アンダーグラウンド』を読了。
 ふぅ。
 こちら側は、そういう世界ですか。
 そういう風に思考停止してますか。
 それに気づくと、被害者には危険な物語でもある。
 それを敢えてそのようにまとめてしまった話である。
 ゆっくりと読み直すしかない。

 昨日(1月3日)取り上げた休憩所の真正面には落書きがある。
 
 ラングーン(ヤンゴン)やマンダレーの公衆便所(男性用しか
 知らないが)でよく見る、ちょっと卑猥な落書きである。

  DSC_4529_2.jpg
 ( ↑ クリックすると大きくなります)

 ビルマ語で何て書いてあるか判らないけど、落書きのその画を
 見ればこれがそういう類のモノであることは一目瞭然である。

 しっかし、これが都会ではなく、カチン州の、ど田舎の、さらに
 山奥の中で見かけた、っていうのがちょいと衝撃だった。
 
 性に関することは、時代や地域を越えて、同じものなのかな。
 ふむ。

のんびり正月

| コメント(0) | トラックバック(0)

 今日でお正月も終わりか。
 って、いっても、フリーランスにとっては、年がら年中が
 正月だけど。
 
 でも、別な意味で、日々が月月火水木金金、っていうことでも
 ある。
 
 日付が変わる直前に寝入ったら、あら、3時前に目が覚めて
 しまった。
 そのままズルズル起きて、朝刊を読んで、寝入る。
 
 『アンダーグラウンド』を読んでのバックラッシュか。
 なにやら悪夢を見る。
 
 グアテマラに行こうとするのだが、中継地の米国で飛行機を降り、
 新たにチケットを買い足し中米行きの飛行機に換えるはずなのに、
 なぜか英語が通じず悪戦苦闘。
 チケットを買う場所も判らず、タクシーに乗るにも奇妙な場所に
 たどり着くし。
 米国内のはずなのに、回りの様子はどう見てもグアテマラそのもの
 だった。
 う~ん。

 目が覚めて、ふと突然、気づく。
 あ、初夢は、かかとの部分が破れた靴下をはいていて、往生した
 という場面を思い出した。
 一体全体、どんなお告げがあるのだろうか、今年は。

 ウンウン魘されて、何度も目が覚める。
 暖かいお日様なのに。
 洗濯をしないとダメなのに。
 う~ん、起き上がることができない。
 気合いも根性もない正月最後の日だ。

 昼過ぎに起きて、いきなり、スーパー・ドライブ・ターボモードで
 原稿書きに集中。
 ペチペチペチペチペチ。
 
 一気に書き上げる。
 ビルマ関係なら、いつでも大丈夫、ってか。
 写真を選んで、ほぼできあがり。
 後は冷やして、寝かして、修正のみ。

 電話でぐちゃら。
 あ、『アンダーグラウンド』の著者は、沢木耕太郎ではなく、
 村上春樹だった。
 なんとまあ。
 申し訳ない(誰に?)

 焼きそばというよりも、ネギ焼きというくらいにネギを
 大量に入れた焼きそばを喰らう。
 げぇぷぅ。
 
 極めて数の少ない年賀状の返信は、一枚一枚、宛名も手書きで、
 近況をしたためつつ書き綴った。
 のんびりとした正月であった。
 
 こういう暮らしが良いなあと感じるのは、ここ数年なかった
 ことである。
 歳をとったか。
 うむ。

 DSC_4529.jpg
 これも山の休憩所の一つ。
 村の外れに建つ、僧院の正面に設けられていた。
 
 その日は約12kmぐらい歩いて、ちょいと疲れた。
 で、ホコリが積もった小屋で荷を解く。
 ちっちゃな羽虫に襲われ困った、困った。
 ずっと蚊帳を被って過ごす。

 囲炉裏に火をおこし、お茶を飲んでいると、別の村人一行が
 休憩所に入って来た。

 ここは大きな休憩所で、囲炉裏が3つ備えられていた。
 ま、お互い変な緊張感で挨拶を交わし、それぞれのグループの
 話に戻る。

 夜、その後から来たグループが何かザワザワと騒ぐような。
 こっちは山歩きで疲れているのに。
 
 朝起きると、そのグループがキレイさっぱりいなくなっている。
 で、同行の人にその訳を聞いてみる。
 と、なんでも夜、お化けが出たそうだ。
 怖くなったそのグループは、前日泊まった休憩所まで戻った
 そうだ。
 
 え、あの真っ暗な夜道を何時間も歩いて戻ったのか。
 そのエネルギーにびっくり。
 お化けより、そっちの方がよっぽど怖いけどな。
 
 ビルマ人やカチン人(カレン人も)は、結構、お化けを怖がるので
 あった。

 布団に入って、さて、何を読もうかと本棚を見渡す。
 あ、あれがあったんだ。
 昨年暮れの大掃除の時に見つけたんだ。
 
 私のヒーロー、Jack Kerouac"ON THE ROAD" の朗読テープだ。
 それも DOLBY SOUND のテープ2本だから計180分ぐらいの
 朗読なんだろうか。

 森田童子のカセットを取り出し、David Carrdine が読み上げる
 "ON THE ROAD" をセットし、スイッチを入れる。
 (Youtube ではケルアックの肉声が聞けるのがビビビと痺れる)

 "ON THE ROAD" はケルアックの自伝的な小説だが、やはり自分は
 Dean Moriarty(小説の中の主人公)にはなることができない。
 Dean の友人である Sal Paradise であることが精一杯である。
 
 朗読が始まって5分ほどでウトウト。
 今まで通り、小説の最初の数ページの朗読で寝入ってしまった。

 4時過ぎ目が覚める。
 テープが止まっていた。
 寝よう。

 8時過ぎ、起きると曇りのち晴れ。
 ラジオをつけると、駅伝をしていた。
 冷えたコーヒーを片手に、新聞を読みながら、ラジオを聴く。
 
 読みかけの、p u n o....p u n
  ん?
 いや、いや、上下反対だった、u n d e r g r o u n d だ。
 
 昼過ぎご馳走をもった来客あり。
 とりあえずそのメニューを写真で記録。
 正月早々、お腹いっぱいになる。
 やっぱり希とはいいもんだ。
 ちょっとのことでも感激するし。

 約3時間ほどぐっちゃらで散会。

 あ、ちょいと遅れの年賀状4枚届く。
 びっくりするなあ。

 食べ過ぎでウンウン唸る。
 
 『アンダーグラウンド』を読み続ける。
 次に書く予定の原稿のヒントがたくさん。
 キーワードに朱線を引きながら読み進める。
 人の評価はそれぞれだけど、やっぱり、沢木耕太郎はタダもんでは
 ない。
 言葉を選んでいるし(作家としてトー然か)
 
 やっぱりキチンとしたモノを書きたいし。
 模索していたところだ。
 何か常に探し求めていると、ひょいとその手がかりが現れる
 もんだ。
 
 と、マジシャン氏より電話あり。
 そうっすね。
 マジックのように簡単に書き上げることができればイイよな~。
 ちょいと長電話してしまう。

 年賀状の返信を書いて、ポストまで。
 山の麓は、まだまだ凍てつく寒さだよ。
 コープによって、ココナツサブレ(130円)買って帰る。
 
 一風呂浴びて、サッと気分転換。

 カチン州の山の中を移動をするのは大変。
 村から村への移動は歩きのみ。
 それゆえ、山の中で野営ということも度々ある。
 
  IMGP0057.JPG
 そういうこともあって、村と村の間に休憩所(コッテージ)が
 設けられている。
 
 歩きくたびれて、ホッとできる空間があると何とも言えない。
 特に乾季(1月)のこの時期、朝晩は冷え込み、山の中は雨に
 見舞われることも多いし。

 

 期待通り、オダジマンのページの更新はされず。
 で、ちょいとカンフル剤に『日本問題外論』を本棚から取り出し、
 ツラツラ読み始める。
 
 と、知らぬ間に寝入っていた。
 
 初夢、見たのかな?
 思い出せない。
 
 6時過ぎ、目が覚める。
 あ、新聞休刊日だ。

 で、何度も読み直した1月1日の朝刊を、また読み返す。
 ほどほど活字中毒かな。
 いや、ただ単に手持ちぶたさ。
 そろそろ原稿に取りかかるか。

 昼過ぎ、ラグビーを見る。
 やっぱり正月はスポーツ観戦だね(TVで見るのは、ニュースと
 スポーツだけだ)

 貝の砂出しをする。
 海水と同じ3%の塩水を作る。
 あ、そうか。
 なんか気になっていると思ったら、昨夜読んだ、オダジマン本に
 こうあった。
 --------------------
  つまり、エントロピーだ。
  熱力学の根本法則によれば、エントロピーは、常に増大する
 ことになっている。
  これは、情報理論においても同断だ。
  エントロピー、すなわち無秩序は、事態の推移にしたがって、
 常に増大することになっているのである。
  たとえば、塩と水を混ぜて塩水を作るのは簡単だが、塩水を
 塩と水に分けるとなると、蒸留だのイオン交換だのといった複雑な
 作業が必要となる。
  ・・・・・。
 ・・・インターネットから手垢の付いていない一次情報を検索する
 ことは、想像を絶する困難を伴う作業なのである。
  ・・・・・。
  仮に、何ももたらさなかったとしても、それはインターネットの
 せいではない。
  むしろ、こちらの取り組みの問題だ。
  ・・・・・。
  他人にとって何の意味のない情報こそが、真に重要な情報なのだよ。
 (PP.58-63)
 --------------------
 判ったようで、判らない。
 が、意図は通じたよ。
 うん。

 で、貝は砂をはき出さなかった。
 で、調べてみると、藻貝(も貝)は砂出し必要なし、とか。
 ちぇ。

 で、貝をゴシゴシ洗って(う、水が冷たいので指が悴むぞ)、
 グツグツ煮る。
 フタのぱっくり開いた貝から身を取り出す。

 醤油とみりんと砂糖で藻貝の身(赤貝に似てるね)を煮る。
 結構、手の込んだ料理を作るのだ。
 
 料理は嫌いではないのだ。
 『庖丁人味平』を読んで、一時期、料理人になりたくなったくらい
 だから。
 
 美味しい貝の料理が出来上がった。
 それだけで、炊きたてのご飯を何膳もパクパク食べることができる。
 (栄養は偏ってますが)

 ビュンと買い出しに。
 それほど安売りはしていない。
 お、カロリーゼロのジンジャエールを売っていた。
 88円か。
 ま、試しに飲んでみよう。
 
 中央郵便局へ。
 数少ない(うう、5枚だよ)年賀状の返信+αを送る。
 
 2007年のパルムドール賞をとった『4ヶ月、3週と2日』を
 見る。
 
 男が見て、どれほど理解できるのだろうか。
 理解よりも、共感が必要なのだろうか。
 そんな簡単なモノではないと思うのが本心だが。
 評をするのが難しい。
 
 映像的にも、なかなか見せる映画だ。
 1987年のルーマニアが舞台。
 あのチャウセスク独裁政権下での話。
 (チャウシェスク?)
 
 街角の店にさりげなく漢字の看板があったりして。
 交通状況も想像できたりする。
 町の様子や人びとの暮らしをどれほど想像できるのか、それを
 考えるだけでも深い映画だ。

 オティリアが黙って座るその場面が厳しい。
 
 内容に深く突っ込めない。
 が、画面作りがとても丁寧で、印象に残った。
 うむ。

薪を背にする

| コメント(0) | トラックバック(0)

 燃料不足の折(って、年がら年中だけど)、どこに行っても薪を
 (背に)運ぶ姿を目にします。

 ま、都会であるバゴー(ペグー)のど真ん中でも。
  cu01259.JPG
 
 或いは、カチン州の深い山奥でも。
  DSCF2368.JPG
 
 みんな、どこでも、生きるためには必死なのである。
 ふむ。

 

 --------------------------------
 明けましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしく。
 --------------------------------

 日付が変わって、2009年の元日。
 生活にはそれほど大きな変化がない。

 ま、所謂、独り正月、ってか。
 ま、寂しいと思う。
 けれども、その寂しさをいつも引き受ける強さを身につけたいとも
 思う。
 どこまで鍛えることができるのか(ま、やせ我慢?)
 
 ま、罪滅ぼしの意味もあるし。
 年に1度くらい、そういう気持を共有している人がここにいても
 いいのでは(激しい思いこみでもあるし)

 
 ラジオを付け、「朝生」を聴く。
 いつもとは違ったメンバー。
 誰だろう、高い声でがなり立てているのは。
 さすがの田原氏が何度も「うるさい!」って切れてたわ。
 新年早々、ああいう「声の大きい」ヤツがのさばる番組を聴きたく
 ないわい。
 プチッとオフにする。

 
 ウトウト。
 朝刊が来た。
 1月1日だ。
 さすがに分厚いな。
 が、昔に比べると薄い。

 ザザザーって目を通す。
 1面に米国ハリウッドの映画の斜陽について書いていた。
 ま、そうだろうなあ。
 
 年末に借りたDVD4本のうち、2本は日本映画になっているもの。
 最近のハリウッド映画は面白くない。
 
 ぐぅぐぅ寝る。
 
 起きたら新年(トー然か)
 
 ゆっくりとお風呂に入り、身体をほぐす。
 新年だからね。
  
 
 チーズ・マスタード・トーストを食らう。
 
 昼から、サッカーを見る。
 筋書きのないドラマはやっぱりいい。

 年賀状が6枚届いてた。
 おお、記録だ。
 早速、返事を書かねば。

 メールの新年の挨拶も少なし。

 ま、どちらも出さないから来ないのはトー然か。

 夕食はシーチキントーストとする。
 苦いコーヒーを忘れずに。

 本を読む気になれず。
 原稿を書く気になれず。
 ま、1月1日だからと言い訳をする。

 21時過ぎから『喜びも悲しみも幾歳月』を見る。
 ううう。
 泣かしてくれる映画だ。
 DVDを何度も止めて、涙をぬぐう。
 この歳になって、涙もろくなるのはゴメンなのに。
 グズグズ。
 
 しっかし、改めて改悛の気持がわき起こる(遅すぎるか?)
 ほんと、年の初めから懺悔の気持にさせられるとはなあ。
 なんとまあ、淡々とした映画なんだ。
 涙と鼻水でズルズルになったわ。
 
 初夢を見るのが怖くなったわ。



 ビルマ 写真 (ミャンマー 写真)-4000枚
 (Burma photo / Myanmar photo)-4000 images

http://www.uzo.net/asia/burma/burmatop.htm

 

2010年8月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

アーカイブ

Twitter

最近のコメント

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.02