15時から20時まで、駅前のパン屋兼喫茶にて、
悩める(?)WK氏とぐっちゃら。
研究の進捗状況について(って、これに関しては何も言えないので)
は、聞くのみ。
ビルマの状況については、
カレンの裏話などについて、いろいろ話せるし。
文化人類学・民俗学・民族学、などの方向性について。
個人として、さて、どう関わっていくのか。
研究と生活、将来設計など、悩み事多し、かな?
オダジマンの至言に次のような言葉がある。
--------------------
人が人材になる過程は、木が木材になる過程と良く似ている。
よけいな枝を落とし、虫の入った部分を捨てて、要するに規格化
するわけなのだ(生きている木を切り倒して、乾燥させて、丸裸
にして、材木にして、切って、削って、風呂場のすのこにするのだ)。
そして、言うまでもないことだが、ハッカーという人々はよけいな
枝が多かったり、幹が曲がっていたり、加工しにくかったり、人材
としては不良品である場合が多い。
(P.190『我が心はICにあらず』)
--------------------
この、ハッカーという部分を、若手研究者とか、ジャーナリストとか
いろんな風に入れ替えることができる。
木は、根や枝葉があってこそ呼吸をし、それでこそ生き生きとして
いるし。
生命体として再生産していくものだからなあ。
あるいは、オダジマンはこうも言う。
--------------------
たとえば、企業経営者は、そこで働く従業員を「人材」と呼ぶ。
あえて、「人材」と言う特別な用語を使っている異常、当然、
それは、通常の意味での「人間」とは違う。
どう違うのかというと、「人材」は、「人間」を原料にして製造
されるなにものかなのであって、元の人間とはかなり違ったものなの
である。
たとえて言うなら、「人間」と「人材」の関係は、「樹木」と
「木材」の関係に似ているかもしれない。
まず、与作が木を伐る。
木は、丸太のまま筏を組んで、川下の製材所で、皮をはがれ、枝を
落とされ、・・・、材木になる。
人の場合、まず、人事が人を採る。
・・・・・。
人間もまた、用途(というか、業務かな)に合わせて鍛え直され、
・・・。
(PP.27-28 『日本問題外論』)
--------------------
だから軽々しく「人材」と口にする人や、或いは「人材を育てたり、
大切にする企業」には気をつけた方がいい。
コメントする