連合赤軍からオウム真理教へ

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 両膝の痛みが止まらず、集中力が続かない。
 原稿書きにも取り組めない。
 しっかし、この痛みの原因はなんなんだろ。

 で、ゴロンとなって本棚を覗くと井上光晴編集『辺境 1』が目に
 入った。
 1986年発行の季刊誌だ。
 
 蔵書の多くは引っ越しの際に譲ってきたが(1990年の引っ越し時
 にはK塾にドンと推理小説類を引き取ってもらった)、どうしても
 手元に置いて置きたい本は、そのつど持ち運んでいた。

 この『辺境』もその一つだ。
 今なら、この「辺境」というタイトルにいちゃもんをつけているかも
 知れないが、当時は、「中央-周辺」という考え方に囚われて
 いたので、まあ、そんなタイトルもすんなりと受け入れていた。

 と、その雑誌から新聞の切り抜きがいくつか出てきた。
 その一つに、『辺境』の復刊の意図を井上さん自身に取材した
 新聞記事であった(1986年9月22日<月>付)

 井上氏は、「『コンクリートの壁にさえ牙を立てる野鼡の群れを
 増やしたいのだ」といった決意が語られている。」

 他に「仕事の周辺」という宇井純さんの書いた8回分の
 新聞コラムを(1987年2月)切り抜いて挟んでいる。

 そいや、本誌の中に「東大から沖縄へ -技術の退廃を見て」
 という宇井氏の文章があった。
 
 その他《特集》で、「連合赤軍の現在」、瀬戸内寂聴・永田洋子の
 往復書簡もある。
 
 また、大谷恭子弁護士の最終弁論(抄)に青線を引いている。
 かなりの長文だが、私もちゃんと読んでいたんだな。
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 八、人の弱さの克服とは何か

  要するに、彼らは、克服すべきもの─それは人間の存在にとって、
 最も根底的なところで関わる欲求、恐怖であったにも拘わらず、
 これを物神化した党・化組・せん滅戦等の為に、能力主義的に
 克服しようとしてしまったのである。
 (p.31)
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 これなど、オウム真理教の被害に遭った人の聞き取りドキュメント、
 『アンダーグラウンド』に通じるところがある。

 連合赤軍からオウム真理教へ。
 その精神構造は変わっていないのか、ふむ。

 『辺境』をパラパラと巡りながら、広告に目をやると面白い。
 ほとんどが出版社関係が出稿している。
 花神社・径(こみち)書房・一条ふみの『淡き綿飴のために』の
 ドメス出版・鶴見和子の『殺されたもののゆくえ』の「はる書房」
 とか。

 ん?
 この、はる書房が気になって、ウエブで調べてみるとブログがある。
 で、そのブログをツラツラ読む。
 と、2007年8月16日のエントリーが興味深かった。
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 「日本語の無料使用」を読んで
 作家の柴田翔さんが、新聞コラムで、「日本語の無料使用」と
 題して著作権の保護期間延長問題に言及された
 (日経新聞 07年8月14日夕刊)。
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 で、ウエブで、柴田翔氏のコラムを探してみる。
 全文は見あたらなかったが、いくかの引用は読むことができた。
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 著作権の期限を現行の死後50年から70年に延長しようという
 動きがあるが、自分はいま一つ気が乗らない」といい、なぜなら、
 「ものを書く人間は誰でも知っていることだが、古今東西さまざまな
 作品との対話、衝突、反発のなかから作品は生まれる。
 模倣や剽窃と紙一重のこともあれば、何の痕跡も止めないものも
 あるが、過去と無関係のものはない」、ゆえに「個々の作品は
 作家が書いたものでありながら、決して彼個人が書いただけの
 ものではない。
 過去の日本人が数千年にわたって作り上げてきた日本語、
 その表現力を無料使用して作品を書いている。死後50年もたてば、
 作品を古来からの広大無辺な日本語の時空の片隅に、長年の
 無断使用をお詫びしつつ、そっとお返ししてもいい頃ではあるまいか。
 
 ものを書く人間に、自分の作品から生じる収入をそんな先の
 曾孫にまで受け継がせる権利があるだろうか
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 なかなか染み入る語り口なんだろう。

 私自身も自分のウエブの入口や各写真のページに著作権の
 マークを入れて、「著作権は自分にあって、無断利用はできません」
 というようなことを主張しているが、別にガチガチに主張して
 いるわけではない。

 というか、著作権を明記していても、写真の大多数にコピーライトの
 透かしマークを入れていない状況では、無断利用されてもまったく
 判らないのである。
 だだ漏れだyo。
 ハハハ。

 ある程度、筋の通った理由があれば写真を無料で使うことに、
 それほどうるさく言っていなし、こだわっていない。
 
 その「ある程度の筋の通った理由」が問題なだけだ。
 たとえば、ビルマの写真についてビルマ人やビルマ人団体からの
 利用に関しては多くが無料で写真を使っている。
 
 ただ、無条件に「予算がないからイベントに写真の無料提供をして
 頂きたい」というような話や提案には困惑してしまう。

 まあ、私も人の不幸で飯を食っていたり、回りの人の好意で
 生活しているところが多分にあるが、さすがに、こんな理由は困る。
 
 私はフリーランスで、これで飯を食っている部分があるのだし、
 主催者やその関係者は自らの収入を確保していながら、そういう
 提案をしてくるのにはホトホト困るのだ。
 
 勝手に使って貰っても別に構わないが、まあそれは、decency (節度)
 の問題
だと考えている。
 
 ただ、写真にはその状況が撮られた状況や内容が、私の意図に
 反するように提示されると困るので、簡単にはそう言えないところが
 ある。

 著作権の権利を全く無くせとは簡単に言えないが、まあ延長には
 反対だな。
 うむ。
 と、書いたら、内田センセも今日、著作権のことで書いていた。
 
 昨日、WK氏と話しながら自分で気づいたことがある。
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 今までの人類学者は現地に行って、いろんなモノを見て、分析し、
 研究してきたが、その見るという対象に自分自身の姿(や視点)が
 含まれていなかった、のではなかろうか、と。
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 というようなことを言った。
 
 見るということと見らるということの対称性・非対称性を自分自身に
 言い含めて考え、行動しなければならない、ということか。

 著作権の権利当事者ということに関してもまさにそうである。
 
 ツラツラと考え込んでいたら、煮詰まらなくなった。
 ガスファンヒーターで空気が澱んでいるのだろうか。
 窓を全開にする。
 眼下に東神戸の夜景が広がる。
 遠くは泉州、その南の紀淡半島の方まで光の帯が続く。
 橙色色、白色、碧色、青白色、赤色、紫白色。
 いろんな光が入り交じって輝く。
 キラキラ、キラッ、だ。

 明日からはキチンとした生活に戻ろう。
 決意だ。
 うん。

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このページは、Yuzoが2009年1月 7日 23:30に書いたブログ記事です。

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