2009年2月アーカイブ

 8時半過ぎに目が覚める。
 久しぶりの熟睡。
 でも、身体のあちこちはちょいとだけ痛む。

 久しぶりに良い天気だ。
 目が痛いくらいの朝日。

 布団を干と毛布を干す。
 
 タマゴとレタスのトースト、コーヒーをポコポコ入れる。
 ゆっくりと新聞に目を通す。
 さ、一日の始まりだ。

 新聞の切り抜きを続ける。
 しかし、びっくりだ。
 何がって?
 
 時の経つ早さだ。

 2008年9月10日(水)に「自民総裁選5氏届け出」という
 見出しの記事があったり、
 
 「臨時国会 冒頭解散へ」という「スクープ」(?)記事もあった
 のがほんの半年前だもの。
 
 こうやってじっくり半年前を振り返るのも、それはそれで新聞の
 切り抜きをする良い効果かもしれない。
 
 『「ひとつ、村上さんでやってみるか」』を読了。
 これは抜き書きをしなきゃ。

 テクテク歩いてMナカへ。
 今日はカロリーハーフが198円也。
 
 白身魚とほうれん草とブロッコリーを喰らう。

 半年分の切り抜きを終了。
 何故か今回、切り抜いた記事が多かった。
 ふむ。

 『カポーティ』を見る。
 面白かったけれど、何故か物足りなさを感じる。
 フィリップ・シーモア・ホフマンが演技をしていると感じたからだ。
 上手い演技だが、演技をしていると感じさせたらアカンでよ。
 
 『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を1時間半ほどで読了。
 これだけ早く読み終えた新書は久しぶり。
 朱を入れるところもなかったのも驚き。
 ま、そんなもんか。

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 マンダレーからエンジンボートで約30分の川沿いの村。
 堤防はなく、高床式の家がそのまま川に繋がっている。
 増水したら、一気に流されそうだ。

 家の屋根も壁も「自然」のまま。 

 8時過ぎ、目が覚める。
 朝から雨か。
 徐々に雨音が弱くなってくる。
 そのうちポツポツと。
 
 13時半ちょうど出動。
 テクテク歩いてHKまで。
 うわ、雨が降ってきた?
 
 ちょいと早めにKGに到着。
 家を出てからちょうど55分か。

 川合伸幸センセ(名古屋大学大学院)の講演会。 
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 私たちは、他者の顔や視線に強く注意を向けます。さらに、その方向
 にも注意を向けてしまいます。これまでの実験結果から、顔や視線の
 方向とターゲットの出現位置が一致しなくても、その方向に現れた
 ターゲットの検出や弁別が早くなることが知られてきました。

 そのような社会的な刺激に対して、「反射的に」注意がシフトすると
 考えられています。しかし、他者への注意が反射的な性質だけでなく、
 より高次な認知過程も含むことも示されています。具体的には、その
 視線が「どこを見ているか、あるいは見ることができるか?」という
 ことに影響されることを示す実験結果等を紹介します。
 これらの実験結果と合わせて、他の霊長類ではこのような社会的な
 刺激に対する注意のシフトが生じないことや、ヒトの発達において
 どのような意味を持つか(言語獲得や「心の理論」の発達など)に
 ついても話します。
 --------------------
 「見る」ことについて何かヒントが得られるといいのだが。
 写真民俗誌/写真民族誌のヒントがあればいいのだが。
 ふむ。

 講演会の内容よりも講演会の前後の話が気になった。
 研究者とは、学内・学会研究者としての「ポジショニングを得る」
 ことも、それはそれで、研究を続けていく上で大切なんだな、と。

 小ぬか雨が続く。

 ツタヤの半額貸し出し2月度は今日まで。
 『ナショナルコード』『白バラの祈り』『カポーティ』、"BUS 174"
 を借りる。

 『ナショナルコード』を見る。
 ガックリ。
 なんで最近の米国映画は面白くないのだろうか。
 ただ単に自分の好みに合わないだけか。
 
 ま、絵画の中の幾何学の謎解きという手法はありきたりだったけど、
 ま由とするか。
 でも途中、なんども寝てしまう。
 
 久しぶりに3日連続の外出(人混み)でぐったり疲れた。
 しっかし世の中の人は毎日、勤めに出ているんだ。
 ふむ。

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 帆はロンジーでできているのだろうか。
 
 この小さな小舟で大河のイラワジ河を(近距離だけど)行ったり
 来たりしている。
 
 川岸でしゃがんでいる女性は何をしているのか?
 もしかして・・・所?
 
 ゴミは処理されずにそのまま捨てられているのが見える。
 

 7時半過ぎ、パチッと目が覚める。
 目覚まし時計が鳴る前に。 
 う、後頭部が痛い。
 それに背中の左部分、肩胛骨のあたりがいたい。
 寝違えたかな。
 
 が、慌ててゴミ捨てに出る。

 で、2度寝となる。

 昨日は飲み過ぎた(って書いてみたいよね)
 もっとも飲んだのはホッピー1本+ウーロン茶だけど。
 それにしてもアルコール(?)がこれだけ残るとは。
 体調悪かったのかな。

 晴れたり曇ったり。

 16時過ぎ、出動。
 大阪へ。
 最近、JRよりもHKが多いな。

 ドーンセンターで集いあり。
 「大阪市会で日本軍『慰安婦』問題の解決を求める意見書を
  可決させよう!-2.26種発集会」
 
 集会前に運営者のPさんに1時間ほど話を聞く。
 
http://www.jca.apc.org/ianfu_ketsugi/

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  いくつもの差別を乗り越えて
 -「戦争と女性人権博物館の建設」へ-
 
 2009年3月8日(日)は「世界女性の日」である。
 この日、韓国の西大門独立公園内で一つの起工式が行われようと
 している。
 
 韓国挺身隊問題対策協議会が「慰安婦」被害者の被害と闘いの歴史を
 伝え、世界中で今も続く女性に対する暴力を根絶するための展示と
 活動をする拠点として、建設を推進してきた「戦争と女性人権博物館」
 である。
 
 だがこの建設に向けて、韓国内で、光復会をはじめとする独立運動
 関連団体が建設反対の声明を出し、会見を開いた。
 
 この博物館が西大門独立公園内に建築許可を取ったことに対する
 抗議で、「独立運動家と独立運動を汚す『殉国先烈に対する名誉毀損』」
 だと述べています。
 
 日本人からの差別、同胞からの差別。
 時代を経てもなくならない差別。
 いったいどれだけの差別を乗り越えなければならないのか。
 ようやく「戦争と女性人権博物館の建設」に目途がたった。
 この3月8日をどのように迎えるのか。
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 ちなみに3月8日は「世界女性の日」である。

 その日の講演者の一人で、お世話になっている戸塚センセに挨拶。

 19時半前、集会を後にしようと思ったら顔見知りのT記者と遭遇。
 おお、取材範囲、広いですね。
 若手は足でかせいでますね。

 ビュンと新幹線の駅へ。
 雨降らんで良かったわ。

 国産のブロッコリーと豚肉を入れて焼きそばをジャージャーと焼く。
 ふぅ、美味しい。

 "CONFIDENCE"(『信頼』)を見る。
 というか途中で寝てしまう。
 場面展開と台詞が単調すぎる。
 ウトウト。

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 日が昇った直後、仕事に急ぐ男性です(たぶん)
 
 ズルズルとずり落ち始めたロンジー(パソウ)を
 歩きながら結び直す。
 
 身体の正面でクルッと結ぶその結び目、私が見た
 だけで4種類ありました。
 いったいどのくらいの種類があるのだろうか。

 11時半過ぎ、出動。
 ポツポツと小ぬか雨なり。
 今日はHKで大阪まで。
 
 テクテク歩いてAPのオフィスまで。
 火の玉氏はイラクへ行ってしまった。
 東京からお一人来てました。
 ほどなく主が、お昼ご飯を買ってきてくれた。
 
 食べながらぐっちゃら話。
 やっぱりメディア業界のことが多いですね。
 程なく密談謀略話。
 ということで後はネットのことを。

 16時おいとま。
 ごっTZあんでした。

 日本一長い商店街をテクテク歩いて天満駅まで。
 駅前のマクドで120円コーヒーを飲みながら「村上本」を読む。
 
 う~ん、そうだったのか、と裏話にウンウンと納得。

 17時、TA氏登場。
 近くの庶民寿司屋へ。
 ぱくぱくとご馳走になりながら、ぐっちゃら。
 
 普段ならぼんやりとした考えも口に出すことによって、自分が何を
 考えているのかはっきりしてくるのだが、今回は迷宮入りしていく
 ように感じる。

 今までのやり方では融通がつかないことが分かっただけ進歩か。
 とほ。

 これがラビリンスという迷図(maze)、ってか。

 言葉では現せないことをまとめようとしているのだからなあ。
 それでも何かヒントはないものか。
 とほほ。
 お腹いっぱいでごっTZあんです。

 いつものお店に流れる。
 K氏はすれ違いで現場へ、と。
 ぐっちゃら食べながら、今日はアルコールを飲む(ってホッピー)
 だけど。

 ここでもメディア話とそれぞれの方向性へ。
 酔ってきて、頭が朦朧気味?
 ううう。
 ごちそうさまでした。
 
 23時の看板でおいとま。
 
 テクテク歩いて帰ったら、日付が変わっていた。
 また小雨降り出すし。
 とほ。

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 工事用の砂を積み替えています。
 
 冗談のように、ここでも 例の法則 が当てはまってます。
 女は頭の上にのせて運び、男は肩に担いで運びます。
 う~ん。

 茶をしながら睡魔が襲う。
 日付が変わって寝入る。

 ん、と1時間ほど寝て目が覚めた。

 『「ひとつ村上さんでやってみるか」』を読み始める。
 ん?
 あ、ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』の翻訳者は
 村上春樹だった。
 改めて気づいた。
 うん。

 2時過ぎ就寝。

 10時過ぎ目覚める。
 ちょうど8時間。
 
 雨ですね。
 エクセサイズのしすぎで身体が痛い。
 
 チーズとレタスのトーストと温かいコーヒーを入れる。
 美味しい。
 
 ゆっくりと朝刊に目を通す。

 雑誌用原稿の校正を終え、ビュンと送信。
 
 3月のビルマ関係のシンポジウム、写真パネルの件、ウムム、です。
 Mさん、ありがとうございます、と(ブログでお礼に代えます、と)

 新聞の切り抜きに取りかかる。
 う~ん、今回もためたなあ。
 
 白川静センセの字書三部作・・・高くて買えんなあ。
 
 東京大学で行われたクリントン米国務長官と学生との
 対話集会の記事がありました。
 ん?
 何か違う。

 新聞ではこのようにある。
 --------------------
 学生 米国によるミャンマーに対する制裁に効果がないのでは。
 --------------------
 とある。

 が、米国国務省のウエブサイトでは、こうなっている。
 --------------------
 QUESTION: My question is about U.S. sanctions against Burma,
 or Myanmar. The U.S. policy of imposing trade and investment
 sanctions against Myanmar does not seem to be making the
 Burmese Government realize that ?
 --------------------
 学生は、ビルマ、或いは ミャンマーと言っているようだが。
 日本は「ミャンマー」を使っているが、米国は「ビルマ」と使っていることを
 キチンと書いて欲しかった・・・例えばいつものようにミャンマー(ビルマ)
 のように

 ちょうど今日、ウエブでオバマ大統領の支持率低下のニュースが
 流れていた。
 --------------------
 【ワシントン23日時事】米ギャラップ社が23日発表した世論調査結果
 によると、オバマ大統領の支持率は、1月の就任直後より5ポイント
 減って63%となった。共和党支持層の離反が原因で、民主党支持層や
 無党派層では依然高い支持率を維持している。
 --------------------
 12月26日のCNNちょうさでは82%だったんだって。
 ま、これだけ高ければ下がってくるのは当然。
 あのブッシュ前大統領だって一時は80%(90%?)を超えて
 いたんだもの。

 12月に入ったところで中断。
 
 『魅惑のミャンマー投資』を読了。
 これまで、とんでもビルマ本を読んできたが、これはかつてない
 ひどい内容だ。
 
 ビルマをミャンマーと呼ぼうが、自分の考えや意図を恣意的に反映
 させようが、別にかまわない。
 
 最低限、事実に基づく話ならば、だ。
 「あとがき」にこうある。
 --------------------
  これまで、ミャンマーはかなり誤解されて報道されてきた。
  しかも、ミャンマー情報はあまりにも少なすぎ、偏っている。
 --------------------
 いつもの癖で「あとがき」から読んだのだが、ここを読んで、
 ちょっと嫌な予感がした。

 で、的中した。
 「まえがき」にこうあった。
 --------------------
 軍事政権に対する国民民主連盟(NLD)指導者のスー・チー氏
 (NLD議長でノーベル賞受賞)
 --------------------
  軍事政権(SPDC:国家平和開発評議会:State Peace and
             Development Council) の説明がない。
      ASEANやミャンマー連邦の説明はあるのに。
 
  アウンサンスーチーを、いきなりスー・チー氏と省略している。
 
  アウンサンスーチー氏は、NLDの議長ではなく書記長である。

  ノーベル賞はキチンとノーベル平和賞の方がいいのでは。

 事実間違いの上にあやふやな記述だった。
 
 この後、数多くの事実の間違いが出てきた。
 --------------------
 カレン民族の独立派(KNPP)は・・・(p.37)
 --------------------
 KNPPはカレニー(カヤー)である。
 
 --------------------
 外国人はパーンから先二〇キロのパマニャ(Phamanya)までいけるが、
 (p.131)
 --------------------
 これはタマニャ(Thamanya)の間違いである。
 
 --------------------
 しかし、ミャンマーが誇れそうな橋の写真撮影を厳しく禁止している
 理由が分からない。(p.134)
 --------------------
 もちろんそれは、破壊防止の為である。
 が、昨日の「サルウィン河のほとりで(13)」にアップしたように
 厳しくなんか監視されていない。
 観光客として堂々と写真撮影が可能。

 更に続く。
 
--------------------
 ミャンマー概要 筆者作成
 
 ・元首:タン・シュエ法秩序回復評議会議長
                 (一九九二年四月二三日就任)
 ・軍政序列
  一位 タン・シュエ 国家平和発展評議会(SPDC)議長=
                 上級大将 七四歳
 --------------------
 SLORCとSPDCの混同か?

 極めつけは年表でした。
 --------------------
 1948年1月4日 アウン・サウン将軍が指導し英領ビルマから独立。
           アウン・サウン将軍が暗殺され少数民族の反乱が
           続く。
 --------------------
 アウンサウン将軍(アウンサン)が暗殺されたのは独立の前年1947年である。
 
 取材者に対する誠意も確認もないように感じる記述もある。
 --------------------
 同社で常勤の代表者であるボー・キョー(Bo Kyaw)副会長は説明する。
 --------------------
 しばらくビルマに滞在して、現地の人と親しくなるとこの Bo Kyaw
 というのは、「ボーチョー」と発音するくらい基本的なことである。
 
 おそらくは自分の意図することしか取材せず、見聞せず、ということ
 は一目瞭然。
 
 数え切れないほど多くの事実間違いと不正確な記述があちこちに
 見受けられる。
 
 それ以上に恣意的な表現や軍政の発表を鵜呑みにした記述の連続、
 オンパレードである。

 他の部分で尤もなことが書かれてあったとしても、これだけ多くの
 無茶苦茶な記述が続けば、本書全体が信頼できない。
 

 うんざりして新聞の切り抜きを続ける。
 
 2008年12月の6日まで戻ったところで、今日の分は終了。

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 モン州の州都モルメイン(モウラミャイン)と対岸モッタマを
 繋ぐ橋。

 確か中国の援助(?)を受けて作ったビルマ最大(2005年当時)
 の車と列車共用橋である。

 やはり地方都市、それほどの警戒や制限もなく、ぷらぷら歩いて
 自由に撮影ができるのである。

 サルウィン河の中州にも対岸の山の上にも、やっぱりパゴダ(仏塔)
 が見える。

 

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 モン州の州都モルメイン(モウラミャイン)の対岸モッタマで
 ビルマ国軍の移動を発見。

 トラックで港にのりつけ、鍋釜など生活用具一式を下ろしてました。
 これから山間部へ移動?っていう感じでした。

 怖々、コンパクトカメラで隠し撮りです。
 さすがに一眼レフカメラは出せない・・・。

 8時過ぎ起きる。
 曇りか。
 晴天の予報は外れた、か。
 
 ゆっくり新聞に目を通して、ツラツラ。
 
 改めて村上春樹氏の発言の意図を自分なりに考えてみる。
 
 やはり今回の村上氏の行動や発言を考える上で、彼の直接の言葉を
 考える際に、「目じるしのない悪夢」(『アンダーグラウンド』)を
 読み直す。

 そこにはやはり「システム」や「記号」という言葉がちりばめられて
 いる。
 
 改めて読み直し、自分の理解が言葉で(頭)でしか捉えていなかった
 ということに気づく。
 
 そういう自分たちも、どちらかというと、直接パレスチナ運動に
 関わる人を除いて、大多数がイスラエル側に立っているということ
 を見落としがちである。
 うむむ。

 ビュンと出動。
 確定申告へ。
 提出だけど、やっぱり並ばなあかんか。
 なんかシステム的に効率的なのかどうか。
 
 やっぱりイラチのおっさんが怒鳴っている。
 「どのくらい並ばなあかんねん」
 
 画材屋さんで黒のマスキングテープを買おうと思ったら、ベージュ色
 が半額(184円)だったのでそちらを買う。
 
 Nyo書店で古本をツラツラ。
 『毎日グラフ』(4/10,1960)を見つける。
 私の生まれる数年前の出版だぞ。
 
 三井三池炭鉱争議のぶつかり合いの写真が凄い。
 組合の分裂である。
 嗚呼。

 いやいや、それが目的で買ったのではない。
 特集の一つにビルマ・シャン高原「東南アジアの桃源郷」という
 のがあったからである。

 巻頭の特集は「これがアメリカだ!」だった。
 特集の一つに「ホワイトハウス写真記者会のコンテストから」という
 のがあった。
 う~ん、これを見ると、写真で伝えようとするその手法は50年以上
 経った今でもあまり変わっていないのか。
 
 写真というメディアに愕然(って、何を驚いているのか)

 重松清『その日の前に』(文藝春秋、2005年)、
 山田真哉『さおだけ屋やなぜ潰れないのか?』
      (光文社新書、2005年)
 『「ひとつ、村上さんでやってみるか」と世間の人々が村上春樹
   にとりあえずぶっつける490の質問に果たして村上さんは
   ちゃんと答えられるのか?』(朝日新聞社、2006年)
 をそれぞれ買う。
 
 滅多に行かない三宮のDエでSBさんと遭遇。
 おお、久しぶり。
 
 雨だ。
 
 濡れ鼠・・・になって帰る(途中でCPに寄り、低脂肪牛乳を買う)

 泣かせ本だと、読む前から分かっている『その日の前に』を開く。
 変則的につながりのある短編集だが、やっぱり表題の作品読むのが
 筋だろう。
 で、後半から読む始める。
 「その日の前に」「その日」「その日のあとで」と読み進める。

 うう、やっぱり泣かせどころが散りばめられている。
 ひどいよ重松さん。
 で、主人公は私と同じ45歳か。
 海の匂いが好きだし。

 どおりで。
 読み進めるうちに自分の18年間を振り返ってしまう。
 あかんなあ。
 トホホである。
 いろいろと思い出すが、さすがにここには書けんなあ。
 
 --------------------
 あとになってから気づく。あとにならなければわからなことが、
 たくさんある。

 「あのね、昔と同じものに再会したいわけじゃないんだな、って。
 逆に再会できないほうがいいっていうか、もう会えないんだなって
 いうことを確かめたいっていうか・・・・・。」

 日常というものは強いものだと、和美が病気になってから知った。
 毎日の暮らしというのは、悲しさや悔しさを通り越して、あきれて
 しまうほどあたりまえのものだと─うまい言い方が見つからないまま、
 思い知らされた。
 --------------------
 
 ちょいとぐずぐずしながら、その前の「朝日のあたる家」を
 読み始める。
 こちらの方がショック。
 なにせ、「高層マンションの最上階十四階に」というのが出て
 きたやんか。
 もしかして・・・。
 ドキドキ。
 朝日を撮すカメラマンが登場する。
 もしかして・・・。
 うわ。
 当たった。
 「一四〇三号室だから」
 偶然にしては話ができすぎている。

 あの頃、私が住んでいたのは14階の1403号室だった。
 仕事部屋から神戸の朝日の写真を撮っていた。
 
 --------------------
 昨日までいたひとが、今日、不意にいなくなる─。
 ・・・・・。そのひとがいようがいまいが、明日は来るの。
 あさっても、しあさっても、来るの。
 
 --------------------
 
 ここで本を閉じてしまった。
 いつの日か、久下さんのように書けたらいいな、と。
 
 一呼吸置いて本を開く。
 --------------------
 「・・・・・。だから、間違っても、間違っても、やり直せる。
 あんたたちは、やり直せるから」
 --------------------
 ホントかな?
 
 --------------------
 つづけることは─すごいことなんだぞ、と自分に言い聞かせた。
 --------------------
 この最後の言葉で救われたかな。
 うん。
 
 ちょいと気分を取り直し、自分の部屋から撮った神戸の写真
 (ほぼ同じ定位置)を見る。
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  910_00_5.jpg
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  910_00_10.jpg
 (これだけ夕陽だけど)

 夜、"THE VILLAGE" を見る。
 ウイリアム・ハートが出ているんだっけ。
 この最後のどんでん返しは1回きりだけ有効かな。
 ふむ。

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 サルウィン河の河口です-右側が上流。

 中国の援助で2005年に完成した道路と鉄道の共有橋が
 見えます-タンビザヤ(タンビュザヤ)
モルメイン(モウラミャイン)と
 モッタマを結びます。

 モン州タンビザヤ(タンビュザヤ)の丘の上から撮影しました。
 河口の向こうはアンダマン海に通じる大海です。
 

眼痛、ってか

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 6時半過ぎ目が覚める。
 
 久しぶりの偏頭痛と眼痛である。
 昨日、久しぶりの人混みが身体に応えたかな。
 チクチク。
 
 片目をつぶりながら新聞を読んで2度寝となる。
 
 9時半過ぎ起きる。
 頭痛はおさまっていない。
 困ったなあ。
 ま、たまにはいいか。
 
 レタストーストを食らいながら冷えたコーヒーを飲む。

 太陽は照っているが空気は冷たい。
 布団干しはできん。
 
 ちょっとため込んでいたデータをアップする。
 "The NEW LIGHT OF MYANMAR"(『ミャンマーの新しい灯』)を
 今日、2月21日分までアップ。
 
 最近、トップの顔が、タンシュエ、マウンエイ、チョーサンと
 順番に入れ代わっている。
 ふむ。

 どうやら眼痛・頭痛の原因は肩こりのようだな。
 
 で、こんな日はPCのウイルスソフトをアップデートしよう。
 2つのPCとラップトップ1つのウイルスソフト(Ad-Aware,
 Spybot-SD, AVG 8.0)のアップデート確認。

 ポルトガル映画、"otis" を見る。
 コメディ映画だと思っていたら違っていた。
 で、単なるエログロ系のB級のスプラッター映画だと思って
 いたら、考え方では、米国批判の映画でもある。
 しかし、えぐい。
 まるでハリウッド映画だ。
 特典映像を見ると、みんな英語を喋っていた。
 さもありなん。
 
 やっとスパムメールが減ってきたと思ったら、今度はネットの
 接続が超スローになっている。
 もしかして配線のどっかで・・・スパイ映画の見過ぎ?
 ちょいとパラノイア?

 10MBのファイルをアップするのにどのくらいの時間かかっとる
 のや、YBB よ。
 やっぱり So-net に乗り換えか。
 
 疲れちまって、22時過ぎ、布団に入る。

  DSCN0283.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 山のてっぺんにパゴダ(仏塔)が建っています。

 最近、携帯電話(番号取得の SIM カード)の値段が
 1/50(約50~60ドル)まで下がったとか。

 ビルマもこれからタイのように携帯電話が普及していくの
 だろうか。
 
 そうすると山のてっぺんのパゴダの横にもアンテナが建つ
 ということになるかも知れない。
 
 それで人びとの生活が良くなるなら・・・。
 まあ、なんとも言えんがな。

 7時半過ぎ目が覚める。
 寒い。
 先週のポカポカ陽気が嘘のようだ。
 これが本物の寒の戻りだ。
 雨まだポツポツやんだようだな。
 昼までには上がるようだ。

 布団の中でゆっくりと新聞を読む。
 さ、起きようか。
 昨夜の書類記入で眉間の奥が痛いなあ。
 やっぱり数字はダメだなあ。

 コーヒーをレンジでチンとしてたら、ブレーカーが落ちた。
 あわわ。
 パソコンの電源を落としていてよかったなあ。
 
 外を見ると理想的なグレーの街。
 思わず写真を撮ってしまう。 
 kobe02_20_2009.jpg
 パノラマにしてみました( 拡大します ↑ )

 今日の学習会の資料をまとめ始める。
 カレンの略史と写真類である。
 流れを手書きするのに、う~ん、お絵かきソフトが欲しいなあ、と。
 う~ん、結構時間がかかってしまう。

 16時半過ぎ、テクテク歩いて出動。
 
 YバシでDVD2層式(8.5G)を買う。
 もちろん太陽誘電製(製品名は、'That's')である。
 もちろんカードのポイントである。

 カナル式ヘッドホンを物色。
 今のは歩いているときに耳からずれるからね。
 audio-technica をピックアップ。
 過剰包装で、製品の取り出しに四苦八苦。
 これでモノが良くなかったらドツボやで。
 もちろんこれもポイントカードでの買い。

 18時半過ぎ、学習会の会場へ。
 19時、カレンの60周年についてもろもろ喋る。
 20時半過ぎ終了。

 と、今夜は中華ではなく韓国居酒屋であった。
 久しぶり。
 ぐっちゃらしながら、お腹いっぱいになる。
 ごっTZあんです、と。
 22時過ぎ、散会。

 駅について、テクテク歩いて帰ってたら、うわ、日付が変わる
 ところだった。
 
 久しぶりに都会に出てぐったり。
 昔はちょっと疲れても身体を鍛えるつもりで無理をしてたが、
 もう無理がきかなくなってきた。
 疲れはたまる一方なり。
 とほ。

 

  salween01.jpg
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 カレン州の州都パアン(パーン)です。
 ここまで来るとサルウィン河はゆったりとした流れに
 なっています。

 中国語でいう「怒江」という表現は当てはまりませんね。
 
 カレン州とモン州の境に向かって下っていきます。

フィルムとカメラと写真

 ラジオをつけたまま、知らぬ間に寝入っていた。
 目が覚めたのは3時頃?
 再度寝入る。

 6時前、起きる。
 ツラツラと新聞を読んで、モーニングコールをして、起き上がる。

 レタストーストと冷たいコーヒーで朝食。
 
 この間、知り合いの(って直接会ったのは1回?)写真家さんの
 ウエブに行ってみた。
 お、フランスに行っていたのですね。
 
 次のような書き込みがあった。
 --------------------
 フランスも昔はカメラもフィルムも生産していた国だから大丈夫だと
 思っていたが、まったく違った。
 
 最初の検査員はフィルムをめずらしそうに見ていたし、他の検査員に
 「これを知っているか?」という質問をしたとき、

 相手は「ノ」と答えた。そのあたりで私は焦り始めたが、
 --------------------
 
 驚きである。
 「フィルム」のことではない。
 
 あのフランスが、である。
 うむむ。

 と、今日、ウエブ("nikkei BP net" で)ニュースが流れていた。

 --------------------
 第141回(2009年2月18日)
 統計から銀塩カメラが消えて1年
 それでも細く生き続ける
 (赤城 耕一=写真家)
 
 デジタルカメラの台頭に押され、いまや銀塩フィルムカメラの命脈は
 風前の灯である。昨2008年1月の国内生産台数はわずかに1580台。
 その翌々月にはついに日本の工業統計から姿を消した。
 集計上の規定を満たさないほど生産台数が縮小してしまったためだ。
 それから1年が経過した現在、銀塩フィルムカメラの生産台数は更に
 小さな数字になっていることだろう。
 --------------------
 以下、話がいろいろと続くのだが。

 1ヶ月に1580台。
 今年はその数字は1000台を切っているのでは。
 
 フィルムカメラはいよいよ「貴重」になってきている。
 これは、「カメラ」の話であって、「写真」の話ではない。

 日本がカメラ雑誌があって、写真雑誌が少ないのと同じである。
 ふむ。

 年表作成を続ける。
 こういう時にこそ、「バーマネットニュース」のデータベースが
 役経つのだ。
 www.uzo.net/bnnj/

 自分で使いやすいようにアレンジしているから、ほんと使いやすい。
 自画自賛、ってか。

 本を4~5冊参考にしながら、自分なりの年表を作っていく。
 2002年以降、ちゃんとした本がない。
 で、2003年以降はほぼ自分のピックアップとなる。

 夕方から雨だとか。
 で、急ぎ、出動。
 テクテク歩いて、HRの本屋へ。

 別冊太陽で『土門拳』特集をしていた。
 2520円か。
 単行本一冊。
 パラパラ読む。
 『死ぬことと 生きること』(築地書店)からの引用が多い。
 確か自分の本棚にあるな。
 帰って読み返そう。

 冷えるなあ。
 風が強い。
 
 ジャガイモ抜きの肉じゃがを作る。
 野菜いっぱいで健康食だな。
 うん。

 『死ぬこと・・・』を読む。
 う~ん、やっぱり合わないなあ。
 どうしてここまでゴリゴリなんだろう。
 柔らかさが感じられない。
 
 やっぱり日本人にこだわる限界が映像に・・・。
 ま、いわま。
 人それぞれだし。
 --------------------
 例えば、色のない白、黒のモノクローム(単色)の写真の中に色を
 追求するという、・・・。
 --------------------
 白色、黒色という色の立場がないんじゃないかと。
 うん。

 領収書整理と書類準備。
 ふー。
 肩凝るわ。

 22時を過ぎると、ウトウト。

 

  95kar018.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 KNUの司令部マナプロウが陥落した直後のメーサムレップの
 対岸です。
 
 DKBAの兵士ではなく ビルマ国軍兵士 がサルウィン河の
 警備にあたっています。

 右側の小屋の下に固まって座っているのは兵士ではなく
 物資を運搬用に集められたカレン人の村人だと思われる。

 5時過ぎ起きる。

 風呂に入って、頭をシャキッ。

 すぐさま机の前に座ってペチペチペチペチペチを始める。
 今日はできるだけ一気書き。

 ふぅ、と一息ついたら知り合いから新著の案内。
 --------------------
 足立力也『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカ・60年の
        平和戦略~』(扶桑社新書、760円+税)
 --------------------
 
 と、これまた別に、友人から本が届いてたんだ。
 --------------------
 水野秀則『改善で終わる上司、革新できる上司』
       (PHP、1100円)
 --------------------
 
 と、ここで不義理をしてあきまへん。
 ちょっと前になるが、これまた友人から本をもらってた。
 --------------------
 森真一『ほんとはこわい「やさしい社会」』
         (ちくまプリマー新書、 2008年)
 --------------------
 
 他にもいてはりますけど・・・この時期、名前を出すといろいろと
 差し障りがありますので。
 うん。

 最近、オダジマンのブログが更新されないと思っていたら、
 ブログと同じ内容(もっとキチンと膨らましているが)を日経系の
 ウエブに連載していた。
 ま、それもいつも通り面白い。
 特に、岡氏とアツシ氏とのやりとりには笑いが止まらない。

 ペチペチペチペチペチはあと一息。
 私もそろそろ本を、ということで。
 ようやく400枚を書き終えました(半分は加筆だけど)
 あと100枚?くらい書いて、編集者のMさんに投げよう。
 
 しかし、ここからが大変だな。
 体力的に。
 
 14時半過ぎ、ちょいと一休み。
 出動。
 テクテク歩く。
 今日は反対方向へ。
 阪急六甲の駅前の書店が縮小されていた。
 おお、これも・・・。
 まだ半分残っているだけましか。
 ふむ。

 面白い写真雑誌を見つけたが、たっけー。
 ぱらぱら見るだけ。

 テクテク歩いていつもの道を反対回りして戻る。

 確定申告のために領収書類をまとめ始める。
 う-、一年に一度のことだけど、毎度大変。
 19時半までの整理。
 結局、書類への記入は明日以降に持ち越し。

 野菜中心の焼き肉を喰らう(?)
 
 21時過ぎには布団に入ってペチペチペチペチペチ。
 
 ラジオで『報道ステーション』に耳を傾けながら日本の政治から
 逃亡したくなる。
 ってか。

 

  93kar044.jpg
 ビルマ側からタイ側に逃れたカレン人(の夫婦)が
 川で魚捕りをしています(奥さんは画面の外)

 浅瀬が広い場所なので、こういう漁法が有効なんだね。

 確か、当時(93年)のメポタ難民キャンプ、或いは
 メポムタ難民キャンプで生活していたカレン人だった。
 

 7時半過ぎ目が覚める。
 う、結局、一晩中寝ていたのか(それが普通だけど)
 お腹すいたな。
 晩ご飯を食べずに寝ていた。
 
 慌ててゴミ捨てに走る。

 'GLOBE'Monday, February 16, 2009 No.10
   "The Asahi Shimbun"
 Break-through欄
 藤本幸人
 --------------------
 ホンダには「三現主義」という原則がある。現場、現物、現実から
 考えるという姿勢だ。学術書を読み、勉強し、「さてどんなクルマを
 つくるか」を考えるのではない。あるべき姿を思い、そのゴールに
 むけて、目の前にある技術や知恵を使い尽くす努力をする。
 「夢」から逆算し「現」(うつつ)を冷静に見つめ、変えていく─。
 --------------------
 
 現場に入った。
 写真という現物が目の前にある。
 さて、それをどうやっって現実と結びつけるか。
 それが思案のしどころ、大変なところ、力量の出しどころ。
 う~ん、う~ん。
 
 "The NEW LIGHT OF MYANMAR"(『ミャンマーの新しい灯』)
 今日のビルマの国営紙 を見てみると、ビルマと北朝鮮の記事が
 出ていた。
 この両国の繋がり、実は注視だな。
 nlm0216-01_2009.jpg

  nlm0216-02_2009.jpg
  ( ↑ クリックすると拡大します)

 
 ペチペチペチペチペチと原稿を書き続ける。
 今日もやや快調。
 
 気になっていた村上氏のエルサレム受賞講演。
 原文はこんなの?
 出典は不確かだけど。それに抜粋だと思うけど。
 --------------------
 "When I was asked to accept this award," he said,
 "I was warned from coming here because of the fighting in Gaza.
 I asked myself: Is visiting Israel the proper thing to do?
 Will I be supporting one side?

 "I gave it some thought. And I decided to come.
 Like most novelists, I like to do exactly the opposite of what
 I'm told. It's in my nature as a novelist.

 Novelists can't trust anything they haven't seen with their
 own eyes or touched with their own hands.

 So I chose to see. I chose to speak here rather than say
 nothing.

 "So here is what I have come to say."

 "If there is a hard, high wall and an egg that breaks against
 it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will
 stand on the side of the egg.

 "Why? Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in
 a fragile egg. Each of us is confronting a high wall. The high
 wall is the system" which forces us to do the things we would
 not ordinarily see fit to do as individuals.

 "I have only one purpose in writing novels,"
 "That is to draw out the unique divinity of the individual.
 To gratify uniqueness. To keep the system from tangling us.
 So - I write stories of life, love.
 
 Make people laugh and cry.

 "We are all human beings, individuals, fragile eggs,"
 "We have no hope against the wall: it's too high, too dark,
 too cold.
 
 To fight the wall, we must join our souls together for warmth,
 strength.
 We must not let the system control us - create who we are.
 It is we who created the system."

 "I am grateful to you, Israelis, for reading my books.
 I hope we are sharing something meaningful. You are the biggest
 reason why I am here."
 --------------------

 ずっと目を通していなかった村上春樹編集長『少年カフカ』を
 本棚から取り出す。
 
 【特別インタビュー】での村上氏の発言は、『海辺のカフカ』だけ
 ではなく、彼の考えや行動をよく表している。

 --------------------
 つまりね、そういう簡単に白か黒かでは処理しきれないという違和感
 を僕ら一人ひとりが、自分の一部として取り込んでいくこと、それが
 けっこう大事なんじゃないかな。
 ・・・・・。
 だから僕の言う『社会とのコミットメント』というのは、具体的な
 政治参加をするとか、そういうことには限らないんですよね。
 ・・・・・。
 個人的でありながら、同時に社会的であるということも可能だと思うん
 です。
 ・・・・・。
 現実の政治に関わらない小説家は正しい政治性、社会性がない、みたい
 な極端なことをなってしまいかねない。
 --------------------
 
 今回の村上氏のエルサレム賞の受賞に関して、いろいろ言われて
 いるが(私自身もこのように言及しているが)、なんか言葉が宙に
 浮いてしまっている感じがする。

 で、この分厚い『少年カフカ』を熟熟と読んでしまう。
 今この本(というか雑誌)、古本で3倍の値段がついてるわ。
 
 で、自分の本業に戻らねば、と。
 今度は『宮本常一写真図録 第1集』(みずのわ出版)を熟熟と読み
 (見)始める。
 
 う~ん、自分の方向性がグラグラしてて困ってる。
 どうしてよいのか分からない。
 困ったなあ。
 
 困って、包丁を握って、キャベツをザクザクと刻む。
 

 お腹いっぱいになってごろり。
 
 夜、久しぶりに茶なり。
 

 
 93kar132.jpg
 水打ち寄せるサルウィン河の川岸で豚を散歩させる女の子。
 
 カレン(ビルマ)で豚といえば黒豚である。
 肉といえば、鶏肉か豚肉であり、基本的に牛肉は少なかった。


 今日はちょっとゆっくり目に起きる。
 4時半から起きだす。

 チーズトースト、サニーレタス、コーヒーで朝食。
 朝刊に目を通す。
 
 今日は天気が良さそうだ。
 布団干し。

 7時過ぎから机の前に座る。
 8時からペースを上げて書き始める。
 ペチペチペチペチペチ。
 
 昼食は大根の味噌汁でちゃっちゃと食べる。

 13時半、ふぅ、と一息。
 今日はこれまでか。

 ええ天気。
 18度を超える気温。
 びっくりだ。

 14時からラグビーを見る。
 久しぶりのゆっくり。
 16時過ぎ、一休み。

 ビル・エモット(Bill Emmott)/鈴木主税[訳]
 『官僚の大罪』(草思社、1996年)を開く。
 
 ごろんと横になってしまう。
 ラップトップでウエブをツラツラ読む。

 寿司が安くなったのは良いのだが、日本は世界の魚を
 喰らいまくっているんだな。
 --------------------------------------------------
 地球環境の視点から漁業問題を長年取材してきた共同通信科学部
 編集委員の井田徹治氏は、基本的には商業ベースの乱獲に問題が
 あることを指摘すると同時に、かつて庶民にとって貴重品だった
 トロやウナギ、エビといった高級食材が、今やスーパーや回転寿司で
 安値で売られるようになっていることに対して、何の疑問も感じずに
 それを受け入れ、欲しいままにそれを享受してきたわれわれ日本人の
 消費者としての感覚にも問題があると語る。
 
 言うまでもなく漁業資源は、貴重な地球の天然資源だ。持続性を
 超えて消費をすれば、時間の問題で資源は枯渇する。もともと魚は、
 そのような商業ベースの大量生産・大量消費に耐えうる資源では
 なかったのだ。しかし、魚を獲ってくれば高く売れる状態が続いた
 ため、乱獲にも、そして大量消費にも歯止めがかかることはついぞ
 なかった。そして、いよいよ外部から強制的に制限を受けるところまで
 事態が悪化してしまったというのが、今日のマグロ規制の意味する
 ところなのだ。
 --------------------
 確か、統計もあったが。

 
 あれっ?
 21時過ぎ寝入ってた。

  93kar060.jpg
 
昨日に続き、17年前のメーサムリップ(発音・表記はいろいろ)の
 対岸です。
 
 ボートでちょっとサルウィン河を下ると、そこには製材所がたくさん
 並んでいました。
 
 川を利用してぶっ太い木材(たぶんチーク材)を運んでました。
 重たい木を運搬するのは象さんの役目だよね。

 
象使いにカレン人が多いのは、この周辺で、そんな仕事に
 従事していたからだね。

 ビルマ国軍に追われてタイ側に逃れた難民の人たちも・・・。

窮屈な人

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 夜明け前、雨音がやんだ。

 朝刊に目を通す。
 お、しつこいほどの一太郎の広告。
 、って違うコンセプトだと思うんだが。

 布団を干そうと思ったらステンレス製の竿竹にまだ雨粒が
 残っている。
 やっぱり昨日から今朝にかけて結構降ったんだな。
 1時間ほどすると、雨粒も消えた。

 大根を短冊に切り、ジャガイモを刻む。
 さて、ま、昼ご飯用の味噌汁にでもするか。

 レタスサンドと野菜ジュースと冷えたコーヒー。
 
 さ、11時頃から活動開始。

 ペチペチペチペチペチと書き始める。
 この数日、予想通り、ペースが落ちている。
 このままだとギリギリかな。

 日中はなんでも18度近い気温だとか。
 部屋の中に籠もってるから分からないよう。
 
 17過ぎ一休み。
 うぅ、腰と背中がバリバリだ。

 19時過ぎごろんと横になる。
 新聞に目を通してたら、お、ジャストシステムの広告が。
 --------------------
 あなたの表現したいことが思いのままに伝えられる
 --------------------
 って。
 
 うむ。
 そうなのか。
 
 っていうか、
 --------------------
 
使うほどにあなたの表現したいことが自然とわき出てくるソフト
 --------------------
 
っていう方がしっくりくるだが。
 
 使えば使うほど、思考と表現が鍛えられるソフトとしてね。
 ま、人それぞれだけど。

 と、表現といえば、村上春樹氏が明日、エルサレム賞を
 どういう形で受け入れるのかだ(受賞の辞退を含めて)
 ちょいと興味がある。
 
 いろんな考え方(思想?)や行動がある。
 私が凄いなあって思う人にでも、もちろん時に ???っていう
 言動がある。
 そりゃ誰もが違うもの。
 トー然。

 で、その違いを違いとして正面から受け取って、きちんと受け止め
 られない窮屈な人がいる(もしかしてオレ?)

 身体性をあまり伴わないウエブ上での言論は、なんだかなあと
 思うんだが。
 
 で、知らん間に寝入って、21時過ぎ、起きる。

 ツラツラしながら、さ、出動。
 牛乳と野菜ジュースと食パンを切らしているもんで。
 
 今日はバレンタインデーだとか。
 『朝日新聞』の朝刊の一面、やたらと目立つ赤色広告の上にも
 そう書いているし。
 ま、お菓子断ちしている私には、無縁なことだけど。
 ふん、ってか。

  93kar036_2.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します) 

 17年前(1993年)のメーサムリップ(発音・表記はいろいろ)です。
 
 サルウィン河を挟んで、左側がビルマ、右がタイランドです。
 雨期に入ったばかりの5月。
 雨が降り始めて徐々に水量が増えて来た頃。

 雲も水も勝手に国境を越えているのに。
 人間はなぜ。
 ん?
 
 って、よく見てみると、国境線なんてないんだよな。
 自分で自分に縛りを入れてるわ。

 2時半過ぎ起きる。
 この生活パターン、ちょっとおかしいのかな。
 (疑問に思うだけまだましか)

 布団の中でウトウト。
 が、眠ることができない。
 3時40分、朝刊がくる。
 ツラツラ読んで、ウエブを徘徊。

 青いバナナを2本喰らう。

 7時前、起き出す。
 野菜ジュースをゴクリ。
 レタストーストと冷えたコーヒーで朝食。

 ペチペチペチペチペチと長尺物を書き続ける。
 今日はあまりのらないなあ。

 ちょっと気分を変えるためにワープロソフトをアップデートする
 ことにする。

 一太郎2009をダウンロードする。
 おお、見栄えが良くなっている。
 
 そいや、一太郎を使い始めて22年くらいかな。
 確か、1988年にバージョン3だったかな(3.5インチの
 フロッピー2枚で作動してたっけ)

 日本語を書いていて、一度使い始めると他は使えない。
 (ってお世辞じゃないよ)
 
 ATOK2009 も進化しているようだ。
 打ちやすいし変換しやすくなっている。
 さすが。
 お、これで原稿が進むかな。

 で、最近の Microsoft IME はどないなんだろうか?
 word や Excel他マイクロソフト製品を横断しなければならない
 日本語変換には、おのずとその変換機能に限界があるとか。

 ウエブで日本語変換の比較サイトを覗いてみた。
 --------------------
 自分は便利な機能と言うより
 ・使い勝手がいい
 ・使い慣れている
 ・変換AIがATOKの方が賢い(学習能力)
 って事でしょうかね。
 DOS自体からATOK使っている物の意見です。
 --------------------
 ってあった。
 が、「物の意見」とは・・・書き込みの変換が違っとるやん。
 ふにぃ、っていう感じ。
 
 13時過ぎから眠たくなる。
 風呂に入って頭をすっきり。
 記事のタイトル、リード、キャプションを送る。

 15時寝入る。
 
 19時、電話で起きる。
 
 夕方から雨。
 今日の出動はなし。

 大根おろし、大根の葉の炒め物、ポークなど。

 アマゾン中古書店から本が届いていた。
 1円+340円(送料)という値段。
 黒木昭雄『臨界点』(講談社、2006年)
 一気読みする。

  93kar046.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 牛はのんびりと草を食んでいます。
 
 で、水牛は気のせいか諦めの表情っていう感じ。 
 そう、水牛は並べられて、これから船に乗せられて出荷される予定。
 ビルマから対岸のタイへ「密輸」される。
 
 一頭当たり、いくらで売られていくんだったっけ?
 ちょっと忘れた。
 
 1月で寒い季節。
 みんな半ば震えてますね。

極端な早起き

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 3時半、目が覚める。
 やっぱり極端かな。
 まあ、きっと。
 
 写真のレイアウトを考えて、文字数を計算して、ビュンと送信。

 今日はええ天気の感じ。
 久しぶりに布団干し。

 情報収集と分析と諦め。
 うう。

 ペチペチペチペチペチと長尺の原稿の続き。
 ずっと椅子に座っていると腰が痛くなる。
 一項ごとに立ち上がってブラブラ。

 長いなあ。
 で、やっと半分を超えた。
 これで一息。
 なんとか一気にできそうだ。
 うん。

 夕方、編集者の氏より電話あり。
 レイアウト相談。
 う~ん、そうですね。
 撮る側と編集側の意見が割れる。
 う~ん。
 写真はそっちの方がいいですね。
 で、レイアウトは一面で。

 やっぱり撮る側は思い入れが多いので、第3者の冷静な眼は
 必要なのである(トー然か)

 で、私は掲載予定号をほとんど告知しない。
 ま、縁がありましたら誌面(紙面)でお会いしましょう、と。
 いろんな考えがありまして。
 分かる人には分かります(トー然か)
 
 19時半出動。
 昼はホコホコした暖かさだったのに、夜になるとやっぱり
 冷える。
 
 テクテク歩く。
 15分もかからず駅前へ。
 本屋で立ち読み。
 週刊誌によって違いがある過ぎる。
 う~ん。
 DエとJMで買い物。
 キャベツが99円とお買い得。
 早足で歩く。

 キャベツをきざんで、粉ねって、粉モンを喰らう。
 うっぷぅ。
 
 22時前、布団に入る。

  93kar035_1.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 サルウィン河のほとりで水浴びをするカレン人の子どもたち。
 メーサムレップ(1993年5月頃)の写真です。
 17年前と今と、一見すると、あまり変わらぬ風景です。
 
 でも、そろそろ東南アジアで唯一ダムのないこの河にも
 暗い影が忍び寄ってきてます。

 ちなみに英語ではサルウィン河(Salween)、中国語では
 怒江(文字どおり氾濫が多い怒れる河)、ビルマ語では
 タンルウィン(Thanlwin)、カレン語ではホロクロー(北から南へ
 移動する河、という意)
 
 カレン語のクローとは、河(川)を意味する。
 
 そういえば昨日、ビルマとタイ国境にある難民キャンプ名を
 日本語にどのように訳すか、というメールがあった。

 メラ(メーラ)キャンプはカレン語で、ベクロー。
 メラモルアン(メーラモールアン)は同じように、メラモークローと
 言う。

 英語表記か、タイ語表記か、カレン語表記か。
 どういう立場で、どういう物を編纂するかによって、異なるのかな。
 こういう統一性のないところが本当は良いのだな。

 しかし、言葉(呼び名)が消え去ることによって、その土地が
 本来持っていた人びとの間の共同(共通)の記憶が薄れて
 いくのがちょいと釈然としない。
 
 たとえそれが、抗いのできない歴史の一部であったとしても。
 ふむ。
 

 で、帰国。
 ふぅ~っと、ため息ばかりをついて、ひとまず落ち着く。
 
 今回の取材は悪いことずくめだった。
 
 紛失。
 破損。
 仲間入り(これはかなりショック)
 詐欺(おーい、チケット代返せよー)
   :バンコクで、タイ・バンコク発の航空券を買ったのだが、
    ある日突然、旅行代理店が消えていたのだ!
    →盗難ではないので、保険はきかんし。
 
  盗撮:YouTube 見てたらしっかりアップされてるし。
    ウエブ見てたら、これもしっかりアップされてるし。
    (ま、知らん人がみたら分からんけど)

 ま、色々あるけど、もう期待うすー。
 
 〇時過ぎ、目が覚める。
 やっぱり早すぎ?
 で、2度寝となる。

 3時半過ぎ起きる。
 朝刊を読んで、起き出す。
 
 ペチペチペチペチペチと書き物を続ける。

 ずっと書いていて、(独りよがりであっても)、その内容が突然
 面白くなってしまい、次が読みたくなる。

 そのためには自分でその次を書かねばならない。

 読むスピードと書くスピードは、もちろん前者の方が速いから、
 イライラしてくる。

 口述で文字起こし(書き)ってのはできないのかな。

 また最近、ブログにジャーナルをアップするのが億劫になっている。
 
 ま、自分の為の防備録という役割で書き続けているが、ちょっと
 しんどいなあ、と。

 それに、ウエブやブログこれだけ普及すると、フリーランスとしての
 独自性もなくなってきたし。
 ふぅ。
 
 そう思っていても、こうやって書き続けるから、ほんま不思議やわ。
 読者は私と他数人(なぜか、読者は「よもやま話」に流れる、うう)

 
 朝5時過ぎ、カレーを喰らう。
 う。

 JLさん、そんな時間に電話して・・・。

 昼過ぎ、ビュンと出動。
 今日は祝日だった。
 車が少ない。
 
 Jシンにて、単独でHDを読まなくなったフォトストレージを見て
 もらう。
 が、メーカーが外国なので修理は受け付けられない、と。 
 おそらく他の家電店に行っても同じではないですか、と。
 それに、その症状だと基盤毎交換しなければならない、と。

 結構、というかとても丁寧な対応をしてもらう。
 流石、関西唯一資本の家電店。

 ビュンと帰宅し、ちょいと休憩。
 
 JL用の書類を作成。
 封筒詰め。

 スパムメールが急増しているため、メールソフトのスパム対策の
 認識度を上げて、即、ゴミ箱行きの設定にする。
 
 19時過ぎ、出動。
 今日はCプへ。
 レタスとほうれん草が100円とお買い得。
 チョコやクッキーなどの甘い物は控えて、ピーナツを買う。
 健康が一番やさかい(不摂生の極みやったからなあ)

 23時半過ぎ、猛烈な睡魔。
 日付が変わる前に寝入る。

 ビルマの国営紙のデータの1月分をアップする。
 容量が大きいので、大変。
 それに非力なYBBのADSLやさかい。
 そろそろ本気でプロバイダーの乗り替えを検討せねば。
 うむ。

 93kar130.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 森に暮らす人びと。
 川に暮らす人びと。
 外部からの人が現地の人の生活を単純化してはいけないと思うが、
 やはり素朴な暮らしがそこにある。
 
 そして、改めて、戒めの言葉。
 --------------------
 旅人には心地よい光景も、そこに定着する人びとの
 生活の中に立ち入ると、たちまち豹変する

 
 中村哲『アフガニスタンの診療所から』(筑摩書房、1993年)
 --------------------

 たぶんこれは以前にもアップした写真だけど。

 知人からイベントのお知らせが届きました。

 篠田ゆかり作品展
 グアテマラ旅絵日記展
 ~マヤの人々に惹かれて、何度も足を運んだ旅の記録~

 ■期 間:2009年3月6日(金)→3月27日(金)
 ■時 間:11:00→19:00
 ■定休日:毎週月曜日
 ■在廊日:3/6(金)、7(土)、15(日)、20?・祝)、22(日)
 ■場 所:京のケーキ屋さん 森の小枝
 ■住 所:京都市中京区堺町通御池下ル丸木材木町675-102
 ■TEL/FAX :075-204-3610
 詳しくは
 http://www4.ocn.ne.jp/~lunaxela/

 ちょうど先週の今日(2009年1月31日)、カレン民族同盟
 (KNU)の武装抵抗革命60周年記念式典だった。

 ま、その詳細は雑誌に書くことにして、ちょっと昔の彼らの
 活動の写真を見直していた。
 しかし、よくやっているよな、と思う。

  93kar103.jpg
 (ビルマ・カレン州:1993年5月撮影)
 サルウィン河に面したティムタの兵站基地(今はもうビルマ国軍や
 DKBA軍の手に落ちた)で上流の前線(ソタ)に向かうKNLA
 (カレン民族解放戦線)の兵士たち。

 ・・・・・。
 ・・・・・。

 ちょっと問題になっていた、リンククラブによる「1万円 勝手 引き
 落とし事件」である。
 
 
私の場合、どうにか返金されていた(インターネットバンキングという
 のは、時間と場所を選ばないから、こんなとき便利だね)

 でも、1月末までに手続きをしなかった利用者はどうなるの
 だろうか。

 ま、それはさておき、この1週間、急増するスパムメール対策に
 リンククラブの導入しているスパムブロックはなかなか頑張って
 いる。
 私の場合は、LHX を使っているけど。
 
 ほぼ間違いなく9割をブロックしてくれている。
 秀メールの場合は、ちょいと判定が狂うことが度々あるし。
 これ以上スパムメールが増えると、また対策を考えないとダメかな。
 うむ。

 (抜粋)

手をつなぐ

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 以前(2007年10月29日)のブログで、
 <父と息子(か?)>という書き込みをした。

 手を結んでいる二人の話である。

 と、今回、カレン民族の武装闘争革命60周年記念を
 取材した際、知り合いに出会った。
 
 で、記念撮影をしてたら、自然と手をつないでしまっている。
 日本ならさしずめ、肩を組むんだろうが。
  R0016630.JPG
 (写真撮影:GON)
 ほらね(ちょっと見えにくいけど)
 それに、横に迫りすぎ?
 
  ka97005b.jpg
 彼とは1997年からの顔見知りである。
 
(右側、その他の写真はこちら→
 いろんな場面で、ちょくちょく遭遇する。
 
 と、他の写真をちょっと見てみる。
 と、やっぱり手を繋いでいた。
  IMG_1513.jpg
 (写真:KNU情報局提供)
 
 これは第14回のカレン民族同盟(KNU)の会議後の
 記念撮影である。
 
 右側の白髪のお爺ちゃんが、現在のKNUの最高議長
 タムラボーである。
 
 記念撮影で、やっぱり手をつないでいる。

 
 

 --------------------------------------------------
 宮本常一写真図録第2集(みずのわ出版)がそろそろらしい。
 
http://www.mizunowa.com/
 --------------------
 「宮本常一写真図録第2集――日本人の暮らし 昭和37~39年」の
 刷りがあがった。
 本文写真は、第1集よりはるかに美しく仕上がった。
 作り手自ら云ふのもアレだが、内容的にもかなり充実したものに
 なった、と思ふ。
 図録第3集は、さらなる"上"をめざさにゃならん。
 
 「自分の書いたものが敵に見えてくる」と、故・住井すゑ氏が
 云うていた。だからこそ、昨日よりも今日、今日よりも明日。
 表現することは生きること。商いと人生は止まらない列車だ。
 --------------------
 
 手元にはその第1集がある。
 解説は佐野さんが書いている。
 --------------------
  ここに掲載された写真を一見してわかるのは、写し込まれた
 情報量のおびただしさである。
  宮本は家並みや屋根の形、洗濯物が干された風景や道の曲がり
 具合からさえ、そこに暮らす民衆の暮らし向きと、(意思を読み取って
 いる
)。植生や地形を写しただけの一見何の変哲もない写真からも、
 その背後に広大な人文地理学の埋蔵量が感じられる。
 ・・・・・。
 宮本が路傍の石仏などの古い事物を狩猟して歩く単なる民俗学者と
 いうより、目の前の人や物から、それが何を意味するかを敏感に感じ
 取って記録するジャーナリスト的資質の持ち主だったことである。
 ・・・・・。
  宮本の写真は、セピア色したノスタルジックな世界を感じさせるを 
 とどまらない。
  宮本の写真には、さらにその奥にある、人間の営みの愛おしさと
 哀しみにまで届いているように感じさせるだけの力がある。
 (pp.133-138)
 --------------------
 
 バンコクで、今は数少ない気骨のあるTVカメラマン氏と話をして
 いてオッと思ったことがある。

 カメラマン氏は、「もうマスの時代は終わりですよ。顔の見えない
 大多数(マス)に向かって情報を一方的に送り続ける時代ではない
 んですね」(たぶんこんなようなこと)と語る。
 
 今を映す、大手放送局のテレビのカメラマン氏からの言葉だから
 記憶に残っている。彼もジャーナリストとして、同時に、ある会社の
 一会社員としてバランスをどう取るのかという間を揺れ動いている
 ような。

 評論家としてではなく、現場に向き合う人だからこそ、今を変えなけ
 れば、救える命を救えなくなる。傷ついている人を放っておけないと
 いう理屈ではない道理で動いている。

 それは、昨日書いた、<村上春樹氏と「エルサレム賞」>の続きに
 通じる。

 そう、昨日の移動中に村上さんと河合さんの対談本を読み続けて
 考えてしまった。
 --------------------
 社会がどうこうというふうにぼくは批評家的に批評したくはないの
 だけれども、一人の小説家としては、自分が感ずるものをどのように
 処理するかということについて、責任を感ずるところはあるのです。
  たとえば、いまぼくはこの現実の空気のなかに暴力性を感じますよ
 ね。でも、その感じた暴力性を、良い悪いを超えた時点でどのように
 処理していけばいいのか、ぼくに何ができるのかと考えだすと、非常
 にむずかしいですね。
 ・・・・・。
  ぼくが日本の社会を見て思うのは、痛みというか、苦痛のない
 正しさは意味のない正しさだということです。
たとえば、フランスの
 核実験にみんな反対する。たしかに言っていることは正しいのですが、
 だれも痛みを引き受けていないですね。文学者の反核宣言というのが
 ありましたね。あれはたしかにムーヴメントとしては文句のつけよう
 もなく正しいのですが、だれも世界のしくみに対して最終的な痛みを
 負っていないという面に関しては、正しくないと思うのです。
 (pp.206-207)
 --------------------
 
 村上氏の「エルサレム賞」の受賞に関して、匿名で、あるいは姿の
 見えない形でいろいろと取りざたされているが、それらの外部の声は
 どのように自ら痛みを引き受けているのだろうか。
 
 私個人的には、ムラカミさんの受賞に関しては、ムラカミさんが
 決めることで、どのような態度を取ろうと、彼の作品とは関係がない
 と思っている。
 が、彼の作品と彼の生き方には繋がりはあると思っている(矛盾?)
 ま、そういう矛盾を矛盾として受け止められない方こそおかしいと
 思う。

 で、宮本の写真にも、カメラマン氏の立場にも、村上氏の作品と
 行動にも、何か共通点があるように思える(強引?)

 ある種、キチンと現実に向き合い、形はどうあれ、それを世の中に
 向かって伝えようとしている意思と態度である。そこには、簡単に
 分かるような明示された責任の引き受け方はない。
 が、それを感じ取れる。

 最近、ちょっと自分を追い込み気味なのが分かる。
 愚痴を言おうにも、誰もいない。
 で、迷惑かと思ったが、愛読しているとあるメールマガジンの著者に
 一方的なメールを送ってしまった。

 そう、あの時代に生きた人である。
 で、キチンと返信があった。
 ありがとうございました。

 しかし、最近、またまたスパムメールが急増している。
 一日に500通は超えているなあ。
 スパムフィルター2つじゃ間に合わん。
 トホホ。

 3時過ぎ、部屋の電話が鳴る。
 はて?
 で、受話器を取ると、「モーニングコール、お願い」と。
 って、ここまで来て間違い電話かよ。
 ったく。
 
 9時半過ぎ起きる。
 トッとと朝食を済ます。
 とりあえず確認のため、旅行代理店を畳んだTに電話。
 メール来てないゾ、と。

 ツーリストポリスにチケットの件で相談。
 と、電話番号を教えてもらって電話を入れると・・・。
 なんだ、また同じTに電話がつながる。
 言い訳ばっかり。
 いい加減にせいよ、警察に届けるよ、と。
 すると態度がころっと変わる。
 ったく。
 
 12時過ぎ出動。
 電車で2駅、オフィスを訪れる。
 お久しぶりです。
 まずはご挨拶から。
 で、「ほぉ、話」を伺う。
 それは会社員としての宿命ですかね。

 てくてく歩いていつものレストランへ。
 今日は大根おろしカツ定食なるモノをいただく。
 近況報告がてらビルマ話をちょこっと。

 で、この間ずっと、ごっTZあんです(いつもやん)

 電車にのって5つめの駅で降りる。
 『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』(新潮社)を見つける。
 ビル・トッテン氏の本を見つける。
 ジョージ リッツア /正岡 寛司『マクドナルド化する社会』
 (早稲田大学出版部)も買う。
 
 NnN駅のインフォメーションを訪れ、TATの連絡先を聞く。
 

 ・・・・・。
 ・・・・・。
 ホテルのロビーの無線ランでペチペチペチペチペチと作業なり。
 落ちつかな~い。
 
 で、鞄から村上春樹本を取り出す。
 自宅から持ってきたのは『やがて哀しき外国語』で、
 今日、買ったのは、『村上春樹本、河合隼雄に会いに行く』である。
 
 今回の取材で、村上氏の著作を持ってきたのは意外で偶然だった。
 
 これまでの取材では大体、中村哲、藤原新也、小田嶋隆、内田樹、
 平川克美、石川文洋などだった。
 不思議なことに沢木耕太郎氏の本は、旅先の古本屋で買って帰る
 類の本なのである(ような気がする)

 で、家を出る直前、とりあえず読めるモノをって本棚から取り出した
 のが村上氏の著作だった。

 日本を離れて、時にインターネットでウエブを徘徊していたら、
 うに さんのページで村上春樹氏のことでリンクがあった。
 
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/
 --------------------
 パレスチナの平和を考える会
 村上春樹氏への公開書簡

 エルサレム国際ブックフェア参加と「エルサレム賞」受賞の
 キャンセルを求めます。
 --------------------------------------------------
 
 村上春樹氏の政治的立場が問われるのだろうか。
 作家としての良心が試されるのだろうか。
 問う側/試す側は、楽だな(と書けば誤解を生むが)と思う。
 
 作品以上に、それだけの責任を負わされるんだもんな。

 こういう風に、自分だってこの件について言及しているという
 ことは、(遠く)間接的ながら村上氏に何かのレッテルを貼ろうと
 しているのだろうか。
 
 村上氏の作家としての姿勢は、やはり身体性を基本にしている
 んだなあと思う。
 --------------------
 僕は―たぶん自分が実際に体を動かして生きてきた人間だからだと
 思うけれど―どちらかといえば理屈をつける人たちよりは、現実に
 体を動かしている人たちに引かれる傾向がある。
 ・・・・・。
 掲げる思想の正否はともあれ、何かをかさにきてやたら大声を出して
 エバッているような人は―それがたとえ男だろうが女だろうが―
 基本的に信用できないというのが僕の考え方なのあのだけれど、
 いかがでしょう。 (p.164)

 どうせ僕が何をどう答えたところで、それで世界がいちいち良く
 なったり悪くなったりするわけでもないのだから。(p.281)

 「僕らがこうして自明だと思っているこれらのものは、本当に僕ら
 にとって自明のものなのだろうか」と。
 ・・・・・。
 僕らはみんなどこかの部分でストレンジャーであり、僕らはその
 薄明のエリアでいつか無言の自明性に裏切られ、切り捨てられて
 いくのではないかといううっすらと肌寒い懐疑の感覚だ。(p.285)
 --------------------
 とか、
 --------------------
 僕もどちらかといえば理論家というよりは実践的なタイプの人間で
 あり作家であるので、「実践者」プロフェッショナルとしての河合
 さんの姿勢には納得させられるところが多々あった。
 (p.10)
 --------------------

 だから、今回の授賞式への参加についれいろんな人がいろんな事を
 言っているが、それが身体を使って表現していない限り(って、
 デモ行進をしろ、といっているわけではない)、村上氏へ伝えたい
 というメッセージは届かないのではないだろうか。

 文学賞の辞退をという立場も分かるし、おそらくは授賞式に出席する
 だろう村上氏の立場も分かるような気がする。
 
 実際に、血が流れているガザ(やアフリカ、アジア、中南米他)の
 痛みを知らずに、何事も相対化するようなこういう立場がアカンの
 だろうか(って言い訳じみたことを書いて許しを請うのもおかしい、
 ・・・って書いて、延々と続く)

 でも、この一方的な大虐殺ともいえる事件をあたかも無いように
 したり矮小化しようとする立場は取りたくないし。
 (オマエは現場に行って見たのか、という人がでてきているので)

 さて、村上氏はどうするのだろうか。
 個人的に興味があるところだ。
 

 そういう訳で、タイ・バンコクです。
 
 タイでのモバイル環境は、以前に比べてかなり快適になりました。
 
 マジシャン氏に教えてもらって格安で購入した Nokia N72 には、
 Mさんに強引に日本語フォントを入れてもらいました(使う機会
 は少ないけど)
 
 N72 以上の上位機種の便利なところは、携帯電話からインターネット
 に接続できることである。
 
 これでタイ全国(国境周辺は隣国に入っても)インターネットが
 できてしまうのである。
 
 速度はフルのADSLは期待できないが、なんとか220K~
 500Kくらいは出るし。

 インターネット接続の料金も格安のパッケージ。

 私の場合、*138 にアクセスして、モバイル・インターネットを
 選び、20時間100Bか、100時間300Bを選ぶようにして
 いる(その他、1日だけのサービスもあり)

 接続も簡単、クリック一つで自動接続。
 これはやっぱり Bluetooth のおかげかな。
 赤外線じゃ役不足だし。

 実際、今、こんな風にして使ってます。
  IMGP6288.jpg
 メインマシンは IBM ThinkPad X61 (メモリは2GB)です。
 左の携帯電話が Nokia N72、右のマウスも Bluetooth 接続です。

 いちいちインターネット・ショップに行かなくていいのが良い。
 一番の難儀は、ThinkPad のバッテリーの持ち時間。
 それさえ解決できれば、なかなかのモバイル環境で仕事ができる。
 (写真家として・・・ビデオはまた別の話)

 驚いたことに、ネット接続中に電話がかかってきても、ネットの
 接続が切れなかったことだ。
 びくりです。

 
 で、今日は最悪。
 詳細に書くのも億劫になる。
 そうです、「皆さんの仲間入り」しました。
 ったく。
 旅行代理店には(ほぼ)夜逃げされるし。
 (チケット半分しかもらってない)

朝の渋滞

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 朝の移動はどこでも混雑。
 DSCF0997.jpg  
 ( ↑ クリックすると拡大します)

 ここ、シャン州インレー湖畔の朝です。
 入りカナル(canal)では、移動(通勤?)用のボートで
 混雑しています。

 朝靄と富士フィルムのデジカメ(FinePix9100)で、写真の
 仕上りが何やら絵画のように仕上がりました。

  DSC_0019.jpg
 ラングーン(ヤンゴン)の下町。
 車道を歩いて托鉢に回るテラシン(尼僧・□□□)たち。
 あい間をぬってにょろりと移動なり

遭遇多し

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 日付が変わって、7-11に寄って、部屋に戻る。
 どこでも同じ生活やな。
 
 ペチペチペチペチペチと写真編集。
 
 3時過ぎ、一息。
 で、寝入る。

 9時過ぎ目が覚める。
 うー、もうちょい。
 
 クリーニング屋へ。
 明日仕上がり、と。

 朝食はBHにて。
 とある論文を読む。
 
 いくつか指摘したいことがある。
 ・1996年以降のKNUとKNLAの関係は?
  -軍事体制から政治体制への権力のシフトがあったこと、とか 
  -ボーミャによる1996年の和平交渉の失政、とか
 ・DKBAも2003年以降外に関係性が広がっており海外NGO
  との関係を持っている。
 ・カレン州内パアンにおける国軍とDKBAの関係ははっきりしている。
  -資料収集はそれほど難しくない

 ・・・・・。
 ・・・・・。

 
部屋に戻って、写真をまとめる。
 ちょいと早めに出動。
 24時間きっかりですか。
 
 
西語「私の家」で野菜サラダとスパゲッチを喰らう。
 と、LDから電話。
 急げ。
 
 と、また遭遇しました。
 今度は爾来氏と。

 ・・・・・。
 ・・・・・。

 ようやく落ち着いて写真編集。
 で、イラ氏X3に送信。

 先日、その昔同じ写真学校で学んだ友人と、久しぶりに報道写真に
 関してメールを交わす機会があった。

 自分たち生きる時代は「いつも激動の時代」(だと思いこんでしまう)
 からこそ、もっと写真の力を、報道の力を信じていいんではないかい、
 って、思った次第である。
 
 でもなかなか自分の考えが伝わらずにもどかしいのも正直なところ
 である。

 また、国際的にはほとんど無視され、誰にも取材されないビルマの
 カレンの武装闘争60周年記念の式典の取材を終えて、改めて何らか
 の感じを抱いているいるのも正直な話である。
 
 また昨夜、NGOの代表者、フリーランスでドキュメンタリービデオ
 の撮影を続けているジャーナリストと話をする機会があった。
 彼ら彼女たちといろいろ話しながら、自分でも分からなくなることが
 ある。

 で、とりとめもないことをツラツラと考えてしまう。
 
 まとまりがないが、それをあえて整理しないで、思考の流れのまま
 書き連ねてみる。

 変わることと変わらないこと
 変わっていくことと変わってはいけないこと、
 写真を、現場を、歴史(そういう客観的なものがあるとしたら)を
 自分がどのような視点をもってそのポジションに立っているのかを
 認識し、自分で自分の考えと行動を内省的に見ているか。

 出来るだけ多くの人に伝えるってのは具体的にどういうことなのか。

 そういうときに、原点にかえれということで、ユージン・スミスの
 コピーを持ってきた。

 自己満足な写真は、たとえそれが芸術的なものであれ、感情を
 起こさせる報道写真であれ、「客観的」なものであれ、それは
 ある意味、どれをとっても自己満足にはすぎないのか、と。
 
 私がどこまでもユージン・スミスに惹かれるのは、もちろん、その写真
 の強さもあるが、彼の生き方=写真のへの姿勢、報道への姿勢に
 ある。
 「仕事ではなく」、生き方として写真と報道と関わっていた、その
 すさまじさに惹かれるのだ。

 極めて破壊的に写真と関わるそのすごさにどこまで近づけるか。
 もちろん、ユージン・スミスを目標としている限り、彼を越えることは
 できない、だが、別のベクトルで近づきたい、と。

 WPPで認められようが、認められないが、そんなことたいした
 ことではないんではないか、と。
 
 確かにWPPで評価されることで、自分の関わる取材対象や
 被写体が一時的に評判になったり、関心を呼び起こす事はあるかも
 知れないが、それによって世界的なメディアに取り上げられるという
 おまけはついてくるかも知れない。
 
 だが、そんなものWPPを知らない多くの人にとってはどうでも
 いいことなんだ、と。
 
 もっと写真を信じるなら、報道を信じるなら、WWPへの幻滅を
 感じるより、斜めに構えて、鼻で嗤う態度の方が自然なような気が
 したりして。

 それにこだわることによって、写真の可能性や扱われ方の範囲を
 自ら狭めていないか。
 
 そりゃ、写真を始めた20代の頃はWWPみたいなモノを目標と
 していた部分もあるが、いつまでたってもそれじゃなあ、っていうのも
 感じるのだよ。
 
 自分たちがこの20年近く現場で学んできたのは、WPPの中で
 収まるもんじゃないだろう、と。
 
 人間は変わるものである。
 どのように変わっていくのか、変わってきたのか。
 何かに向けて変わるというのは、意識的にはあり得ない。
 振り返ってみて、こう変わったと認識できる。
 その途中では、いかに変わるかというその how しか意識できない。

 今、報道されないことそれは零ではないんだし。
 自分の報道スタイルを信じるのはもちろん可である。
 同じように異なる報道のスタイルを認めるのもまた由すべきでは
 ないのか、と。

 変わることと変わってはいけないこと。
 自分がこの生き方を続けていく限り自問自答していくしかないのか。
 また、その答えは、現場を歩くことによって、現地の人と関わる
 ことによってヒントを得られるのかも。
 
 そういう意味で、MMTが自分の写真を使って画を描いてくれたのは
 メディアの境界線を越えて嬉しいのである。

 ま、こういう、ある意味、堂々巡りの写真論や報道論ってのは実際、
 顔を突き合わせて言葉を交わすのがベストなんだろうけど。
 
 また、自分のポジショニング(生活の安定や収入、人間関係や
 業界内における立ち位置)を確保しつつ、「論」に行動を大きく
 左右されるのは、ある意味、現場主義(だけではないけど)の
 ジャーナリストとしての堕落の一歩ではあるけれど。
 じゃあ、オレは、↑  というような類のジャーナリストを認めないのか?
 っという自己撞着となる。
 ふむ。


 報道によると、ガンバリ事務総長特別顧問(ミャンマー担当)が昨日、
 31日よりビルマを訪問。
 
 で、早速、今日(2月1日)の国営紙、『ミャンマーの新しい灯』
 ("The NEW LIGHT OF MYANMAR")をチェックしてみる。
 
 と、最終面にちょこっと出ていた。
 これはやっぱり、ビルマ軍政の招待による「イベント」だからだろうか。
 さて、軍政のトップタンシュエ評議会議長やアウンサンスーチー氏との
 会談は実現するのだろうか。
 ふむ。 

 gmb31012009.jpg
 ( ↑ クリックすると拡大します)

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