先日、その昔同じ写真学校で学んだ友人と、久しぶりに報道写真に
関してメールを交わす機会があった。
自分たち生きる時代は「いつも激動の時代」(だと思いこんでしまう)
からこそ、もっと写真の力を、報道の力を信じていいんではないかい、
って、思った次第である。
でもなかなか自分の考えが伝わらずにもどかしいのも正直なところ
である。
また、国際的にはほとんど無視され、誰にも取材されないビルマの
カレンの武装闘争60周年記念の式典の取材を終えて、改めて何らか
の感じを抱いているいるのも正直な話である。
また昨夜、NGOの代表者、フリーランスでドキュメンタリービデオ
の撮影を続けているジャーナリストと話をする機会があった。
彼ら彼女たちといろいろ話しながら、自分でも分からなくなることが
ある。
で、とりとめもないことをツラツラと考えてしまう。
まとまりがないが、それをあえて整理しないで、思考の流れのまま
書き連ねてみる。
変わることと変わらないこと
変わっていくことと変わってはいけないこと、
写真を、現場を、歴史(そういう客観的なものがあるとしたら)を
自分がどのような視点をもってそのポジションに立っているのかを
認識し、自分で自分の考えと行動を内省的に見ているか。
出来るだけ多くの人に伝えるってのは具体的にどういうことなのか。
そういうときに、原点にかえれということで、ユージン・スミスの
コピーを持ってきた。
自己満足な写真は、たとえそれが芸術的なものであれ、感情を
起こさせる報道写真であれ、「客観的」なものであれ、それは
ある意味、どれをとっても自己満足にはすぎないのか、と。
私がどこまでもユージン・スミスに惹かれるのは、もちろん、その写真
の強さもあるが、彼の生き方=写真のへの姿勢、報道への姿勢に
ある。
「仕事ではなく」、生き方として写真と報道と関わっていた、その
すさまじさに惹かれるのだ。
極めて破壊的に写真と関わるそのすごさにどこまで近づけるか。
もちろん、ユージン・スミスを目標としている限り、彼を越えることは
できない、だが、別のベクトルで近づきたい、と。
WPPで認められようが、認められないが、そんなことたいした
ことではないんではないか、と。
確かにWPPで評価されることで、自分の関わる取材対象や
被写体が一時的に評判になったり、関心を呼び起こす事はあるかも
知れないが、それによって世界的なメディアに取り上げられるという
おまけはついてくるかも知れない。
だが、そんなものWPPを知らない多くの人にとってはどうでも
いいことなんだ、と。
もっと写真を信じるなら、報道を信じるなら、WWPへの幻滅を
感じるより、斜めに構えて、鼻で嗤う態度の方が自然なような気が
したりして。
それにこだわることによって、写真の可能性や扱われ方の範囲を
自ら狭めていないか。
そりゃ、写真を始めた20代の頃はWWPみたいなモノを目標と
していた部分もあるが、いつまでたってもそれじゃなあ、っていうのも
感じるのだよ。
自分たちがこの20年近く現場で学んできたのは、WPPの中で
収まるもんじゃないだろう、と。
人間は変わるものである。
どのように変わっていくのか、変わってきたのか。
何かに向けて変わるというのは、意識的にはあり得ない。
振り返ってみて、こう変わったと認識できる。
その途中では、いかに変わるかというその how しか意識できない。
今、報道されないことそれは零ではないんだし。
自分の報道スタイルを信じるのはもちろん可である。
同じように異なる報道のスタイルを認めるのもまた由すべきでは
ないのか、と。
変わることと変わってはいけないこと。
自分がこの生き方を続けていく限り自問自答していくしかないのか。
また、その答えは、現場を歩くことによって、現地の人と関わる
ことによってヒントを得られるのかも。
そういう意味で、MMTが自分の写真を使って画を描いてくれたのは
メディアの境界線を越えて嬉しいのである。
ま、こういう、ある意味、堂々巡りの写真論や報道論ってのは実際、
顔を突き合わせて言葉を交わすのがベストなんだろうけど。
また、自分のポジショニング(生活の安定や収入、人間関係や
業界内における立ち位置)、を確保しつつ、「論」に行動を大きく
左右されるのは、ある意味、現場主義(だけではないけど)の
ジャーナリストとしての堕落の一歩ではあるけれど。
じゃあ、オレは、↑ というような類のジャーナリストを認めないのか?
っという自己撞着となる。
ふむ。

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