2009年3月アーカイブ

X から ◎ へ

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 朝5時半過ぎ、ドンドン、ドン!という音が、シャビィな
 マンションの鉄筋に響き、揺れる。

 なんで、こんな時間に引っ越しを?
 お互い様だけど、せめて静かに作業をして欲しいよな。
 思わず苦情を入れる。
 
 隣は深夜2時に風呂に入るし。
 普通のマンションなら問題ないんだけどねえ。

 不機嫌なまま、朝から仕事モード。
 午前中は X 状態。

 ペチペチペチペチペチと作業を続ける。
 ようやく1/3ほど終わる。

 昼過ぎ出動。
 あ、図書館に返却する本を持って出るのを忘れた。
 
 JRは10分ほどの遅れ。
 ま、遅れている車両が次々とプラットフォームに入ってくる。

 大阪交通局で不良磁器カードの交換。
 
 ヨドバシでMP3のスピーカーを物色。
 電源無しで使えるヤツを、と。
 お、いいのがあった。
 「折りたたみスピーカー イヤホンジャックにつなぐだけ♪」
 
http://buffalo-kokuyo.jp/products/catalog/multimedia/bssp02p/
 しかも1490円と安い。
 しかもポイント使用での支払いだから、このご時世にはありがたい。
 
 さらに、ヨドバシの店員さんはとても親切に対応してくれた。
 ちょっとした買い物でも(それも現金を払わない)、キチンとした
 商品説明・商品の検索などをしてもらえると、一日が明るくなる。
 今日のヨドバシは◎である。
 うん。

 15時、MBS横のヨシミ喫茶で密会。
 ビルマ関係者だわ。
 お久しぶり&初めまして。
 で、その関係者にしかわからない話をぐっちゃら。
 18時前、ぬ氏が合流。
 19時前、散会。
 HKYでもどる。
 
 さ、仕事を再開。
 根を詰めた作業を続ける。
 
 が、しかし、そろそろ写真家の仕事にもどらねば、と。
 やや焦り気味。

 3月21日付エントリー「傘の華が咲く」の続きです。
 DSC_0486.JPG
 ( ↑ 大きくなります)
 
で、彼女たちの抱える、あ、この容器(?鉢)、何て言ったんだっけ?
 で、この容器には何が入っているのか?

 ちょいとのぞいて見ました。
 あ、ご飯。
 あ、タマゴ。
 あ、お金。
 
 ま、最低限、日常生活に欠かせない物品・食料・貨幣などなどが
 入ってました。
 

 昨日、頑張りすぎた。
 今日はその反動だ。

 力がでない。

 が、午前中はカリカリと修正作業を続行。

 午後一番で役所へ。
 減免申請だ。
 が、海外に長期で出ていたために、2年分の記録がない。
 ううう。
 困った・・・冗談抜きだわ。

 『働くということ』読了。
 とっても良いこと書いていたようだ。
 が、まったく内容を覚えていない。
 身についてない。
 やっぱり論文調は苦手だな。

 『人はなぜ戦争をしたがるのか』読了。
 こちらは取っつきやすかった。
 やっぱり講演調は楽だな。
 が、こちらも身についてないことが明白だyo。

 22時過ぎ、布団に原稿を持って入る。
 寝作業だ。
 こういうずぼらは、すぐに身に付く、悪弊となる。
 

 7時前に目が覚める。
 今日もまた、眠気を誘う春霞をともなうちょい冷えの青空だ。
 
 ちょいと焦り気味に、インスタントコーヒーを片手に、朝刊に
 目を通す。
 これはまた、あちょちょ、だわ(言葉にならない、って言う意味)

 原稿を修正する準備に取りかかる。
 まずは書き抜いた文章をまとめて、プリントアウトする。
 で、ザッと目を通す。
 それだけでお腹が空く。
 冷蔵庫が空っぽだ。

 ビュンと出動。
 スーパーを2つハシゴして、買い出しとなる。
 野菜づくしの焼きそばを作って、一休み。

 で、一気に集中作業で赤ペン小僧となる。
 ゴリゴリ、カリカリ。
 気づいたら、もう18時半。
 7時間ほど集中していたようだ。
 ふぅ。

 で、キャベツとネギ焼きで、お腹を満たす。
 
 ネットを見ると、うわ、訃報。
 アレン・ネルソンさん死去の報あり。
 
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-142220-storytopic-1.html
 
 と、ブライアンさんよりも連絡はいる。
 --------------------
 既にお聞きになったことと思いますが、ベトナム戦争帰還兵で
 平和活動家のアレン・ネルソンさんが3月25日ニューヨークで
 逝去されました。61歳でした。

 ネルソンさんを追悼するため私のホームページに彼の写真を
 掲載しました。日本での彼の講演活動のうち、この数年間で私が
 撮影した写真などです。

 私のホームページ (http://web.mac.com/inochi4/) の上の
 メニューバーの「PHOTOS」をクリックして下さい。
 「写真ギャラリー」のページに直接行くことができます。

 この勇気ある真の平和の人の人生と働きに関心をお持ちの
 お知り合いにもぜひお知らせいただきたいと存じます。

 どうぞよろしくお願い致します。

 ブライアン・コバート
 --------------------
 合掌あるのみ。

 ちょいと一息入れて、風呂に入って、ドリップコーヒーを入れて、
 ピーナツを囓りながら、またまた集中カリカリ、ゴリゴリ。
 ふぅ。
 さ、続きは明日や。

 昨日3月27日は国軍記念日です。
 64回目です。
 
 ビルマ国軍 (Tatmadaw) のタンシュエ議長 (Chairman of the State
 Peace and Development Council Commander-in-Chief of Defense
 Service Senior General Than Shwe) は、まだまだ健在っていう
 ところですか。

 今日の"The NEW LIGHT OF MYANMAR" (『ミャンマーの新しい灯』)
 です。

 NLM20090327-01.jpg
 ( ↑ 拡大します)

 20090327.jpg
 ( ↑ 拡大します )

 10項目には式典会場を見渡せる写真がありました。
 
 全文はこちら → ▓▓ (メンバーのみ)

 マンダレーのゼージョーでは何でも揃います。
 
  DSC_0389.JPG
 そう、ビルマ軍放出(?)のミリタリーグッズも(中国製、その他あり)

  USArmy.JPG
 
で、これらを売っているお兄さんが "U.S.Army" ってのを身に
 つけているからたまらない。

 うん。

 朝7時半過ぎ、ずるずる起床。
 ああ、眠たい。
 春眠だ。
 
 8時半前には出動。
 てくてく歩いてバスターミナルへ。
 チケット購入。

 空気は冷たいが空高く、淡い水色の青空だ。

 書き抜きに精を出す。
 ようやく折り返し、か。

 ネットで支払いを済ます。
 ネットバンキングはどこにいても出来る。
 その便利さがちょいと怖いんだけど。

 ひたすら抜き書きを続ける。
 ペチペチペチペチペチと単純作業。
 文章のリズムをプレイジャライズしようと努める。
 これまた難しい。

 と、ここでもまた自炊なり。
 でも、朝・昼・夕とキチンと食事をしている。

 
 神保町フォーラムのウエブ版で「青年将校化する東京地検特捜部」
 っていうのをやっていたので、ツラツラ見る。
 う、2時間版だ。
 
http://www.forum-j.com/
 でも、こういうのって、テレビでやらないから面白い。
 ま、ホント、佐藤さんはテレビ向きではないし。
 で、ついつい見てしまう。
 
 地検の暴走も怖いが、その抑止となるはずの裁判所の体たらくの
 おかしさが問題なんだな。
 
 抜き書き、ようやく終了。
 ふぅ、っていう感じ。
 こういう文章をいつもお手本にしておきたいなあ。
 うん。

 

春籠もり

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 春の陽気。
 ぽかぽか天気。
 だが、こちらは籠もって仕事なんだな。
 ペチペチペチペチペチと作業を続ける。
 
 『週刊金曜日』編、『人はなぜ戦争をしたがるのか』をツラツラと
 読み出す。
 
 16時過ぎからドキュメンタリーを見る。
 星野道夫さんモノ、Christopher Morrisモノ、ウー・パンエーによる
 ヨウテー・ポェ物などなど。
 
 時に違ったモノを見るのもまた良いものだ。

 18時前、出動。
 CPで買い物。
 
 籠もって仕事をしていると、時間のたつのは早い。
 冬は終わって、春籠もりなり。

 午前中、書き抜きに精を出す。
 
 表現の大体の傾向が読めてきたので、書き抜く量も少なくなってきた。

 WBCの影響か、ネットが繋がりにくい。
 
 気分転換のため、出動。

 Mドで120円コーヒーを飲みながら、ダニエル・タメット著/
 古屋美登里訳『ぼくには数字が風景に見える』(講談社、2007年)
 を読み始める。
 面白いないようだが、途中、なんだか単調になる(内容が、それとも
 リズムがだろうか?)
 
 てくてく歩いて戻る。
 
 しばらくぶりに、たまった雑誌類(『週刊金曜日』や『デイズジャパン』
 など)をツラツラ見る。
 
  と、ふと気づいたのだが、取材者(文)と撮影者(写真)が明確に
 分かれているような。
 
 ま、その方が、雑誌としては深い内容を取材し、かつキチンとした
 誌面をつくることができるからだろう。

 で、ずっと勘違いしていたようだ。
 フォトジャーナリストとは、写真と記事であることを伝え・記録する
 ことだと思っていた(自分なりの解釈で)
 
 でもそうではないらしい。
 いま更ながら気づくか。
 ま、いつものようにピント外れの解釈だった。

 フォトジャーナリストとは、写真で文章のように物事を伝え・記録
 することだったんだ。
 
 そうだったんだ。
 ま、どんな解釈があってもいいけれど。
 ま、いろんな立場や発表方法があってもいいけれど。
 教条的にさえならなければ。

 で、オダジマンの今回のコラムはかなり挑発的だ。
 ―「名ばかり××」に四股名を与えよ ― 
 
 あれだけ厳しいことを書きながらも、最後にはちゃんと自分の
 土俵に落としているからね。
 --------------------
 おい、大丈夫か? ロボットになってないか? 
 しっかりしろ。我慢はカラダに悪いぞ。
 ズルけ方や逃げ方ならオレに聞いてくれ。詳しく教えるぞ。
 なんならハウツー本を書こうか?
 --------------------
 、と。
 相変わらず斜めに柔らかく笑わせてくれるわ。

 今日も早めに就寝。

漢和辞書入手

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 7時過ぎ起きる。
 
 先週が暖かかったために、この寒の戻りはちょいとキツい。

 できるだけ書き抜きを続ける。
 あまりにも日本語(特に漢字表現)を知らんので、我慢しきれんように
 なって、PC用の漢和辞典をロゴビスタで買ってしまう。

 で、なかなかの使い勝手が良い。
 今のATOKには角川の国語辞書+類義語も入っているが、分からん
 文字に出くわしても、その文字自体を読めなくてはどうにもならない。
 
 ま、これからきちんとしたモノを仕上げる前に、これも先行投資と
 いうことで。

 正午ちょうど、出動。
 てくてく歩いて駅まで。
 駅構内のプリントショップで長尺原稿のプリントアウト。
 A3の体裁に編集したのでプリント料は半額で済む。
 それにしても多くなった。

 で、移動である。
 『働くということ』を読み続ける。
 結構なかなかのないようなのだが、いかんせんリズムが固い。
 やはり論文調だからかな。

 明太子モダン焼きを喰らう。
 ごっTzあんです。
 
 今日も早めに23時前就寝、かな。

傘の華が咲く

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  DSC_0512.JPG
 ( ↑ 拡大します )
 マンダレー市の街角です。
 テラシン (bhikkhuni/female monk/thilashin/dasasila) たちが
 托鉢に回ります。

 炎天下、傘の華が咲きます。
 その背後には、衛星放送の笠 ─ あ、皿(dish)だった ─ が
 開いてます。


 7時前、目が覚める。
 
 早寝早起きが続く。
 布団を干す。

 春の高校野球、『毎日新聞』(と日本高校野球連盟)が主催なんで、
 毎日系で放送しているかと思ってたら(テレビ・ラジオも)、あれ、
 放送してないやん。
 そのうち、N/Y系に主催者の座をとられるよ。

 リズムを整えるために、関連本からの抜き書き。

 ビルマ国内を走る北回帰線は北緯23.4度(23度26分)、
 ということは、シャン州の Tagaung(タガウン)が一番便利だな。

 ピーカンの天気。
 洗濯に励む。

 そいや3月も後半になり、そろそろ年度末である。
 が、どこも支払いが滞っている。
 いつもいつも、フリーランスの支払いは最後になるのかな。
 まだまだ数件、何も音沙汰がない。
 
 どちらさんも勤め先から給料の支払いがなかったら(遅れたら)
 どんな気持がするのだろう。
 こうなりゃ、フリーランスで組合を作るか。
 あ、じゃあ、フリーランスにならないか。
 いや、これは別の話だけど。
 トホホ。
 
 ひたすら机に向かう。
 腰と背中がバリバリと張る。

 『絵巻物に見る 日本庶民生活誌』を読み終える。
 自分の無知に唖然としてしまう。
 
 というか、日本語の語彙不足を痛感してしまう。
 たとえば、「脱穀する」と書くか「穀物をしらげる」と書くかでは、
 ちょっと文章のリズムが変わってくる。

 
別に知識をひけらかすのではなく、それを表すのに必要な
 表現方法を知らないということに、ちょいと恥ずかしさを感じてしまう。
 偉そうなことを言えんなあ、と。

 ビルマ関連の論文を一本読む。
 う~ん、この論文の底に流れる基本的な枠組みがわからん。
 自分の理解度不足かな?
 いや、こんなんで、科研費もらえるのか~、ってか。

 他人に共感できるのか、というエッセイを読む。
 繰り返し読んでもわかったようでわからん。
 そこがツボなのかもしれん。
 うむむ。
 
 キャベツとネギとニラを喰らう。
 野菜づくしの夕飯なり。

 ウエブでニュースを見ていたら、次のような記事が配信されていた。
 --------------------
 「グルジアやめてジョージアに」...ロシア語読みはイヤ!と
 3月21日15時1分配信 読売新聞

 グルジア政府が、日本語による同国の国名表記を英語表記
 (Georgia)に基づく「ジョージア」に変更するよう求めて
 いることがわかった。

 外務省は、「米国のジョージア州と混同しかねないなど問題はあるが、
 真剣な訴えなので前向きに検討したい」(幹部)としている。

 グルジアの国名はグルジア語でサカルトベロ。
 今月10日に行われた日・グルジア外相会談の際、ワシャゼ外相が
 中曽根外相に、「"グルジア"はロシア語表記に基づくので変えて
 欲しい」と訴えたという。
 グルジアは、ロシアとの間に紛争を抱えるなど、反露感情が根強い
 ことが今回の要求の背景にあるようだ。

 政府の公式文書などでの国名表記は、在外公館名称・位置・外務公務員
 給与法の表記を基準にしており、変更には法改正が必要だ。
 過去には「ヴィエトナム」を一般的な表記である「ベトナム」にしたり、
 国名変更により「ビルマ」を「ミャンマー」とした例はある。 

 最終更新:3月21日15時1分
 --------------------
 以上、ヤフーニュースです(改行あり)

 同じ日、『毎日新聞』のニュースにもこんな記事が配信されていた。
 --------------------
 野口健さん 海外戦没者の遺骨収集 比で活動開始
 3月21日13時23分配信 毎日新聞

 アルピニストの野口健さん(35)がNPO法人の一員として、
 海外戦没者の遺骨収集を始めた。17日からは太平洋戦争の激戦地
 だったフィリピンのレイテ島で活動し、25日に帰国する。
 海外戦没者約240万人。約115万柱もの遺骨が今も海外に眠る。
 野口さんは「国家の犠牲になった人たちの遺骨を野ざらしにはできない」
 と訴える。

 7大陸最高峰への世界最年少登頂記録を樹立し、清掃登山などの
 環境活動で知られる野口さんが、遺骨収集を思い立ったのは4年前。
 ヒマラヤの8000メートル級の「シシャパンマ」山頂近くで
 遭難しかけた時だった。

 猛吹雪の中で酸素ボンベが残り少なくなり、テントの裏地に遺書を
 つづった。死の恐怖に直面した時、旧日本軍の参謀だった祖父から、
 たびたび聞かされていた海外の戦没者のことが頭に浮かんだ。
 祖父はビルマ(ミャンマー)で部下が次々に飢えやマラリアで倒れ、
 死んでいくのを目の当たりにしたという。

 (以下、略)
 --------------------
 
 通常、『朝日新聞』だけがミャンマー(ビルマ)表記をしているが、
 今日の『毎日新聞』はビルマ(ミャンマー)だった。

 で、今ツラツラと書いている長い原稿で、グルジアとジョージア、
 或いは、ビルマとミャンマーに関する部分があるのでちょいと
 抜き出してみる。
 (今回の報道があったから書いたのではないという、ま、証拠で)
 
 ちょいと長いですが。
 --------------------
 そう、異国や異文化を語るときには、このように宗教や名前など、
 その社会を特有の前提をある程度知ることが必要なのだ。
 ここで改めて、ビルマを語る場合いつも議論となる、ビルマという国の
 呼称について考えてみたい。
 
 「ビルマ」か「ミャンマー」かという問題である。
 
 ビルマ軍事政権は1989年、英語の呼称を「ビルマ」から
 「ミャンマー」に変えた。だが、多くのビルマ人にとって、
 現在のビルマ軍事政権は選挙を経ずに武力で政権を奪取した
 クーデター政権であるため、正当性がない政権が勝手に国名を
 変えたことを認めていない。
 
 もっとも軍事政権そのものが呼称変更の1年前、1988年に
 クーデターを起こした当初、これはあくまでも「暫定政権」と
 いう意味で、国家法秩序回復評議会(=SLORC:State Law
 and Order Restoration Concil)と名乗っていた。

 同じ軍政は10年後の1998年、その「一時的な政権」という
 意味を捨て、これからも政権を担う意図で、自らを国家平和発展
 評議会(=SPDC:State  Peace and Development Coundil)と
 名前を変えた。

 今までの軍事政権の動きを見ると、「ビルマからミャンマー」
 「SLORCからSPDC」という呼称変更は、単に名前の変更
 だけでなく、そこには必ず、政策の変更があるということを
 見落としてはならない。

 そこには国民の意思や法を無視して、自らの政権の正統性を
 強調しようとするための名称変更だからなのだ。
 
 ビルマの人が、「ミャンマー」でなく「ビルマ」を使うのは、
 そういう軍政のごまかしに対して否ということをいっているのだ。
 
 だがこのことは、例えば日本語を使う人にとっては、ビルマの人と
 同じような意味での「ビルマ」か「ミャンマー」かということには
 ならない。

 ビルマ人の立場とそれ以外の立場は明確に区別されるべきなのだ。

 私は2008年8月8日、ビルマ入りしていた。1988年に起こった
 民主化デモ「8888(ビルマ語でシッ・レーロン=4つの8)」の
 20周年を取材をするためである。

 ホテルの部屋で英語の衛星放送を見ていたら、「ジョージア」と
 「ロシア」が交戦状態に入ったというニュースが流れていた。

 私は一瞬、戸惑った。
 「ん? ジョージアっていう国があったのか?」
 後日、日本に戻って、この時のニュースを確認してみると、
 「ジョージア」とは「グルジア」のことであった。

 「ジョージア」とは英語の呼称で「グルジア」はロシア語の読み
 だった。
 日本では、ロシア語読みが一般的に日本語として通用している。
 
 似たような例は他にも見られる。例えば米国西海岸のカリフォルニア州
 「ロサンジェルス」を表す場合、英語では「LA(エルエー)」と
 呼ぶか「ロサンジェルス」と発音する。

 日本語で一般的に通用する「ロス」と呼んでも、英語では通用しない。
 また日本では、日本語特有の表記や発音をするので、ヴェトナムは
 ベトナムであり、中米のエルサルヴァドルはエルサルバドルである。
 その一方、ルイビトンはルイヴィトンとのまま表記される。

 こういう風に見ていくと、国名や固有名詞の表記は、英語読みや
 現地読みに拘わらず、日本では「日本語特有の呼び方」をしている。

 それだから、「ビルマ」という呼称も、もし、日本語の呼び方を
 大切にしようとするならば、従来通り日本語で「ビルマ」と呼ぶのが
 ふさわしいのだ。わざわざ英語呼称で「ミャンマー」と呼ぶことは
 ないのである。
 
 それに「ビルマ」という言葉は英語からではなく、オランダ語から
 派生し日本語に定着してきた言葉だからである。
 それに言葉を学ぶ機関である東京外国語大学や大阪外国語大学は今も
 「ビルマ」「ビルマ語」という呼び方を使っている。
 
 あるいは、こうも言える。日本が国連に登録している「英語呼称」は
 「ジャパン<Japan>」である。例えば、お隣の韓国で、韓国人同士が
 日本のことを話す際、日本のことをわざわざ英語で「ジャパン」と
 呼ばないであろう。

 韓国語では一般的に「「イルボン」と呼ぶのが普通であろう。
 それがどこの国であっても普通なのである。中国でもタイでも、
 それぞれの言葉で「Riben(リーベン/リーペン」「ニップン」と
 言うだろう。
 
 現地の人が日本を表すのにわざわざ英語で「ジャパン」と呼ばない
 だろう。

 それなのに、どうして日本は日本語の「ビルマ」を英語読みの
 「ミャンマー」と変えてしまったのであろうか。
 
 国連で使用されている国名が「ミャンマー」だから「ミャンマー」と
 呼ぶと説明する人がいるが、では、日本で日本のことを国連で使われて
 いる英語呼称で「ジャパン」と呼ぶのだろうか。
 
 ビルマ関係の文章を読んでいて、「とりあえず、政治的な側面を避ける
 ために、ビルマかミャンマーかは棚上げにして、とりあえずミャンマー
 と呼ぶ(書く)」と説明している説明を目にすることがある。

 そういう説明こそが、まさに政治に囚われているように思われる。
 日本語で書く場合は、「ビルマ」と書けばいいのである。軍事政権を
 支持するから「ミャンマー」を使い、軍事政権に反対するから
 「ビルマ」を使うというのは日本語を使う人には当てはまらないように
 思える。

 もちろん、もっとおおっぴらにミャンマーという呼称が定着すれば
 また話は別だが。
 --------------------
 で、
 ビルマかミャンマーかの詳しくは、以下を参照願います。
 
http://www.uzo.net/notice/quo/b_m.htm

  DSC_0492.JPG
 ( ↑ 拡大します)

 マンダレーのお米屋さんです。
 
 さて、この写真から何を読み取るか。
 ・たくさんの種類のお米が売ってます。
  →消費社会でないビルマでは特異なことかな。

 ・値段の幅が小刻みです(最大3倍の値段の差)
  →ということは、それだけの値段設定にする必要があるのか?
  →それだけお米にこだわりがある社会なのか?

 ・値段表示がビルマ数字。
  →国際市場とは無関係だから、いつまで経っても「ビルマ数字」
   が通用している(隣国タイでは値段表示が「英数字」が一般的
   であった)→それでも袋には英字が見える。
  →420Kのお米が一番減っている。
   この辺りの値段が一番売れているのか(ただの偶然だろうか)

 他にもいろいろあるかな。 

ひたすら机

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 7時前起きる。
 早朝まで強い雨が降っていたらしい。
 
 天気が良さそうだ。
 今日は毛布を干す。
 
 原稿全体を読んでみて、どうもリズムがない感じがする。
 めたらやったら修正してるんだけど、一貫性がない。

 で、リズムのある愛読書を開いて、書き抜きをすることにする。
 キチンとした日本語を書きたいものだ。
 ひたすら机に向かう。

 午前中に飛脚氏が来るというので、9時にモデムを外して箱詰めに
 する。
 
 ペチペチペチペチペチとひたすら机に向かう。

 午前中来るはずの飛脚氏・・・あ、来た。
 11時55分。
 ま、午前中だけど・・・。
 新しいモデムをセットアップし(って、繋ぐだけ)、無線ランの設定
 をする。
 これも簡単だな。
 
 ひたすら机に向かう。
 
 夕方、一休み。
 眼が疲れた。
 
 R駅までテクテク歩く。
 もう上っ張りは要らないな。
 春の気分だ。

 本屋で立ち読み。
 週刊誌は壊滅状態。
 月刊誌はまだ読む部分があるのでパラパラ読める。
 
 サニーレタス100円、ニラ58円、ブロッコリー100円。
 緑系が安い。
 あと、ゴボウ天や豆腐などの練り物も。

 インターネットの回線速度が回復したので、早速、PDFファイルを
 アップしていく。
 
 "The NEW LIGHT OF MYANMAR"(『ミャンマーの新しい灯』)だ。
 2004年、2005年、2006年の途中まで。
 
 1998年~2003年は htm(html) ファイルだ。
 さて、これをどう処理しようか。

 7時前起きる。
 曇り空。
 いやにストレスフルな日々が続く。
 体調が優れないのも分かる。
 お腹が、もひとつだし。
 
 でもやらねば、と。
 人生は闘いだ(違ったかな?)、とはオシム氏の叱咤激励。
 イビチャ・オシム著/長束恭行訳『日本人よ!』を読了。
 う~ん、ちょいと説教臭すぎた。
 ま、ある意味、それを期待していたところがあるのだが。

 サッカーを中心とした人生論、ってか。
 ま、好意的に見て、それもありだろうか。
 
 長尺の原稿を修正しつつ、前書きを書く。
 
 う~ん、リズムがないし、独りよがりだ。
 さて、書き直しか。

 ちょっと裏通りを見てみましょう。
 シャン州の州都タウンジー、中央市場近くの裏通り。

  DSCN1148.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大します )
 右の青いビニール袋に入ったのは、火事の火消しの砂袋。
 道路の側溝はまだ整備されておらずゴミだらけ。
 洗濯物は並べて干してる。
 子どもたちは路上で遊ぶ(学生用の緑のズボンやロンジー)
 竹垣もあるし。
 
 強いて日本でいえば、昭和20年~30年代かな。
 

 8時半、工事の関係の音で目が覚める。
 こういう目覚めはやっぱり気分が良くない。
 ま、それでも睡眠は十分だからまだましか。

 ペチペチと原稿修正。

 10時ちょうど、矢風さんに電話。
 相変わらず鬱陶しい自動応答。
 で、イライラしながら、ようやく解約窓口のオペレーターに繋がる。
 と、モタモタする案内に唖然。
 テクニカルの部署に転送してもらう。

 で、昨日の対処から症状の改善が見られない旨を告げる。
 ADSLの下り速度が150KB、上りは3~4KBだと。
 
 色々言うが埒が明かん。
 で、この数ヶ月の苦情を切々と訴える、いや、なんとかしてと
 お願いする。

 ADSLなのにこのスピードはあまりにも酷い、と。
 
 すると、契約時のスピード(私の場合26M+無線ラン)は必ずしも
 保証された速度ではない」とのマニュアル的な回答。

 うわ、ヒドい返事。

 「すいませんが、ISDN、いやダイヤルアップよりも遅い回線速度
 なんですけど、それでもまだそういう回答が適当だと思われるの
 ですか、本当にそういう答で納得できると思われるのですか。
 毎月5000円以上の支払いをしているのに。」
 
 お願いを続ける。
 
 「インターネットの速度ばかりではなく、電話線がモデムを通って
 いるから電話もかけることができないのですよ」

 「・・・、すいません。個人的には大変申し訳なく思っております」
 
 いろいろあって、で、モデムの交換となる。
 
 どっちみち今月で矢風とは解約するけど、後2週間、電話もできない、
 ネットも遅いじゃどうにもならん。

 最初の電話では、「嫌なら解約しろ」だった(だから即行で解約した
 んだけど)
 
 で、延々、不都合を訴え・お願いしてモデムの交換だった。
 しかし、大きな会社のこういうサービスのひどさはもうこりごり。
 こうやってちょっとしたことが一人のカスタマーを逃がしていく
 のだな。
 
 心しよう。

 そうこういう、ちょっとしたこと(ひと言)が男女の間を割くことも
 あるし(いや、たとえ話で)

 ちょっとした文章が職業的に自滅することもあるし。
 やはり現場に出て取材した報告をする時も、独りよがりにならず、
 キチンと確認作業をしなければあかんなあ。
 でないと「ジャーナリスト崩壊」になってしまう。
 しかし、あの論説(いやコラム?)もヒドかったけど。

 昼から大阪へ。
 TA氏と合流。
 いよいよ窖から出動ですね。
 大阪を離れ、「裏日本」へ異動ですね。
 
 で、近況交換などをグッチャる。
 (ぐっちゃら=愚痴る+お喋りするの合成語なんですわ)
 
 40歳を過ぎるとみんなそれぞれの方向性が固まるなあ、とも。
 
 と、話をしながら、フト、気づく。
 できるだけいつも、自分で自分を客観的に見つめようとしているが、
 でも、他の人の目に私はどう映っているのだろうか、ということに
 初めて気づいた。

 別にぃ人の目なんか気にせんでもええやんか、で来たもんで。
 
 おお、そう思うと、ちょっと冷や汗・反省バリバリだ。
 今頃になってそんなことに気づくなんて(遅すぎるらしい)
 最後に、安心のひと言があり、これがいわゆるセーフティーネット
 ですかね。
 
 目がかゆい。
 もしかして、花粉症になってしまったかな。
 鼻は全然なんともないのに。

 15時過ぎ、今度は ▓▓ 氏と合流。
 こちらは東京へ異動なり。
 しかし、ニューヨーク取材などバリバリですね。
 18時前までグッチャラ。
 後数年、この不況をなんとか乗り切らねば。
 ぐるじい。

 テクテク歩いて帰る。
 野菜づくし(って2種類だけど)の夕食を食べて、一息。

  03Ka0234.JPG
 山の中に隠れ住む国内避難民(IDPs)の親子です。
 生活は大変、いつビルマ国軍に発見されるか分かりません。
 そういう厳しい暮らしにあっても、日常を生きざるをえません。

 娘は頭に花を飾ってます。
 母親は「櫛」になってますけど。
 
 女性の頭上には、ある年齢以上になると、花より櫛が目立つように
 なっているような。
 それでも花を愛でる人びとがここにいます。
 
 先日、名古屋で出会ったビルマ人女性の反応が興味深かった。
 
 私の撮ったアウンサンスーチー氏の写真を気に入ってくれたのだが、
 その写真に指を当てながら、スーチー氏の頭に飾っている白い花を
 なぞり、「そうこれが、ビルマ人女性なのよね」っというコメント
 だった。

 ビルマでは、なんだか花の似合う女性が、何かの基準になっている
 ような。

 朝4時過ぎ起床。
 果たしてこれは健康的な生活かどうか疑問なのである。
 
 新聞に目を通して、5時半過ぎから長尺原稿に手を入れていく。
 結構修正が増えて来た。
 やっぱり書きっぱなしはあきまへん。

 9時過ぎ、NTTに連絡。
 おお、これは教科書的な案内だ(いい意味で)
 丁寧で、レスポンスも良く、こちらが伝えたいことを、みなまで
 言わずとも理解してくれる。
 
 で、やっぱり元凶はYBBか。
 回線速度が下り200K、上り3KB何だもの。
 その上、電話が通じなくなるし。
 モデムだよ、お宅の。

 10時過ぎ、YBBに電話をするが、自動音声のたらい回し。
 プチっとくるね。
 いや、ブチッだ。
 ようやくオペレーターに繋がったのは40分後。
 なんというサービスだ。
 で、24時間以内に向こうの機器で対処するとか。
 このモデムじゃなかったのか。
 ったく。

 大根を炊いて喰らう。
 ちょいと休憩。

 午後からも原稿修正。
 ようやく1回目が終わる。
 それにしても修正部分が多いのには(自分でも)閉口する。
 事実関係ではなく、表現や繋がりがイマイチだ。
 ふむ。

 Kナンへ買い物。
 バイク用のロックと消臭ビーズ、A4ペーパー(安すぎるのが
 環境破壊に思えて仕方ない)など。

 21時過ぎ就寝。

 シンポジウム3日目です。
 疲れますね、いろいろと(参加者にしかわからんよね)
 でも、今日は知った顔がいくつかあり。
 
 会場下で写真をいくつか撮りまする。 
 と、ここ最近、新聞や雑誌を見ると、写真撮影を表現する時に、
 「写真をパチリ」ではなく「写真をカシャ」っていうのが増えて来た
 ような気がする。

 デジカメなんてシャッター音なんてないはずなのに、わざわざ
 人工的に「カシャ」を鳴らすんだから、ほんと変だわ。

 最終日の基調講演は根本先生です。
 いつもながら、「筋」が通ってるなあ、と。
 
 セヤ・ウー・シュエバをつかまえ、ビルマに関して普段から
 疑問に思っていることを尋ねてみる。
 
 ・ビルマ人はなぜしゃがむのか?
 ・お金を数える時、なぜ札(束)を立てるのか?
 ・新米より古米が好まれるのはなぜ?
 ・女性が頭に花を飾るのはなぜ?
 ・ビルマ全体を捉えている民俗学者や人類学者っていてはりますか?
 
 などなど。

  DSC_3923.jpg
 ( ↑ 拡大します)
 プログラムの最後はパネルディスカッション(気味?)。
 3日間のシンポジウムの発言者(の1/3ほど?)が台上で、
 言い残したことを話しました。
 
 一番前で、通訳用のイヤホンを耳にして真剣に聞いているのは
 そう、名古屋のMさんですね(笑)
 
 帰りの新幹線は ▓▓さんとご一緒。
 「しかし、こんなに大規模なシンポジウムなのに、メディアの取材が
 一つもなかったとは驚き」ということで一致する。

 で、▓▓ さんから会社の人事配置について話を聞く。
 ▓▓ 社はそんな風になってるのですか。
 フリーも大変だが、勤め人も大変だ。
 そこで先が決まってしまったら・・・。
 ふむ。

 家に戻ると、マイルス・デイビスの自伝 "Miles" が届いてた。
 ペーパーバックだから読みづらいかな、って思ってたけど、
 B5サイズのペーパーダックだった。
 読むのが楽しみだ。
 うん。

 シンポジウム2日目。
 ま、主催者はもちろんですが、出席者しか判らない苦労もありますね。
 うん。

 Bertil Linter 氏は気の良いおっちゃんだった。
 ビルマ方面ではあれだけ有名なのにスノブのところがないのです。
 著書を持ってきてたらサインをしてもらったのに。

 そのリントナー氏です。
  DSC_3718.jpg
 「ビルマ軍政を国名をビルマからミャンマーに変えたのは、単に
 名称を変えたのではなく、そこには政策(policy)の変更や concept
 の変更があったのだ」
 そのように力強く語ったあと、ふぅ、と座っ(って考えこんでいる
 ように思え)た。

 プログラムが多すぎて消化しきれないyo。
 
 今日はパパ氏、N氏も合流。
 名古屋駅地下のファミ食で夕食なり。
 
 ホテルの無線ランは暗号化されていないので、ちょっとビビリながら
 使わざるを得ない。
 
 テレビをつけて、久しぶりに見る民放に唖然(@o@)!

ちらほら

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 「地球市民社会とビルマ/ミャンマーの平和的変革 現状と課題」
 です。 
  DSC_3540.jpg
 今日は初日で、発表も英語のみということもあって参加者は
 ちらほらでした。

 明日は土曜日ですし、参加人数はもうちょい増えるかな?
 ( 詳細は昨日12日付のエントリーを参照願います )

 

 BRACIF2009 国際会議 & パブリック・フォーラム 
 地球市民社会とビルマ/ミャンマーの平和的変革 

 http://www.bracif.org/conf09/index_jp.html

 -現状と課題-
 1988年に新たな軍事政府が権力の座につき、四半世紀におよぶ
 ビルマ式社会主義を転換して海外資本に国を開いてから、ビルマ
 (ミャンマー)は数多くの解決困難な問題に直面してきました。
 その深刻さは、多くの人命が無為に失われた昨年5月のサイクロン禍の
 惨状に端的に表れています。衛生状況の改善、環境の保護、
 人間の安全保障、軍事政権と民主化勢力の和解、多民族の結束感の
 平和的な促進など、喫緊の課題が山積しています。
 豊富な天然資源と耕作地を持ちながら世界で最も貧しい国の一つである
 ビルマ(ミャンマー)では、公正な経済開発も必要とされています。

 本国際会議・パブリックフォーラムのねらいは、国内外の研究者、
 ジャーナリスト、医療関係者、宗教関係者、市民組織などさまざまな
 バックグラウンドをもつ専門家の発表を通して、ビルマ(ミャンマー)
 の危機的な社会・経済・政治状況に関する認識を広く共有することに
 あります。

 我々国際社会のメンバーが、政府レベルまた市民レベルで、ビルマ
 (ミャンマー)国内の自然と人道の危機にどうしたら効果的に対応
 できるのか、またビルマ(ミャンマー)のすべての人々が、安全で、
 豊かで、安定した生活を安心して送ることができるためにどのような
 積極的な役割を果たすことできるのか、みなさまとともに考えて
 いきたいと思います。

 主催者・賛同者一同

 BRACIF2009 国際会議
 第1日(3月13日金曜): 人間の安全保障
 第1セッション: 公衆衛生、資源と環境、開発
 第2セッション: 国家の安全保障、報道の自由、民主化の可能性
 第3セッション: 居住、人間の安全保障、サンガの役割
 第2日(3月14日土曜): 人権
 第4セッション: 人権、ガバナンス、諸機関
 第5セッション: 国内避難民、難民、地域の対応
 第6セッション: 独立、軍、民族関係
 特別セッション: アウンサンスーチー -ノーベル平和賞受賞者-

 BRACIF2009 パブリック・フォーラム
 第3日(3月15日日曜): 国際社会
 第7セッション: 報道機関から見たビルマ/ミャンマー
 第8セッション: 市民組織から見たビルマ/ミャンマー
 第9セッション: 日本の役割、国際協力、地球市民社会
 パネルディスカッション: 援助を越えて-現状の打破-
 BRACIF2009 ワークショップ

 3月17日火曜:文化多様性と民族間関係
 入場: 無料 (賛同金歓迎)、 
 定員: 各日250名(いずれの日も申込み不要・先着順)
 言語: 国際会議・ワークショップ-英語、
     パブリック・フォーラム-日本語・英語(同時通訳有)

 詳しくは、BRACIF2009 PDF版チラシをご参照ください。

 国内避難民(IDP=Internal Displaced Person)の生きざま
 (2009年3月7日の続き)

 山の中を逃げ隠れする国内避難民たちには現金収入がない。

 で、山の中でたいまつを作り、こっそりと近くの町に出ていって、
 お米と交換するのだ。
 物々交換である。

 03Ka0287.JPG

 たいまつ?本で、お米1ティン(4000K?)と交換して
 もらえるという(数字はキチンと確認できず)

 朝5時から原稿の修正。
 8時半過ぎ、一段落。
 一回目の見直し修正まで、あと40ページほど。
 ふぅ。
 朝早くから勤勉だ。

 10時にピックアップだと思っていたが、夜の10時でしたか。
 なんだ。

 ビュンと出動。
 知ヶ戸を手配。
 SPのハシゴ。
 
 ちょいと休憩。
 
 ピーナツを一気に喰らって、牛乳をゴクゴク飲んだら、うわ、
 いきなりの腹痛 ─ 激しい下痢だ。
 げっそり。

 九州湯布院の物なり。
 
 で、松山の ▓▓ と密談。
 そうですか、私は人に何重苦も負わせる酷い人ですか。
 XX の敵ですか。
 ガハハと笑ってしまいましょう。
 
 お腹が空っぽ、でもちょいと我慢。
 バナナだけ喰らう。

 ど、どうしたんだ。
 ここまでの提灯記事は。

 連日、Uppatasanti Pagoda の記事が続いている。
 それも4日続いてトップページだ。
 
 で、やっぱりタンシュエ上級大将((Than Shwe)、或いは軍事政権
 である、
 =SPDC
 =State Peace and Development Council、
 =国家平和発展評議会
 議長の家族も総出だ。
 
 11日 (クリックすると拡大します) 

 1103_2009.jpg

 10日は、Fullmoon Day of Taboung である(クリックで拡大)
 
1003_2009.jpg

 9日 

0903_2009.jpg

 

 0時半過ぎ就寝。
 と、1時半過ぎに目が覚めてしまう。
 結構ふかい眠りでした。

 朝5時から長尺の原稿の修正。
 結構集中してキーボードを叩く。
 なんとか2/3まで進む。
 8時過ぎ、一息。
 9時前、ビュンと出動。
 銀行により、町中へ。

 運転免許証の更新である。
 ようやくゴールドカードか。
 故に、1時間ほどで更新終了。
 誕生日だしなあ。
 
 まさか千葉敦子氏が逝ったのと同じ年齢にまで達してしまったよ。
 そう、あれは、なんかつい昨日のことのようだ。
 
 Dエに寄って、Nだけ買う。

 行きつけの文具屋にお気に入りのボールペンのインク芯が
 入荷してた。
 値段もさがってたし、よろし。
 
 鏡を購入。
 
 原稿の修正をして、ビュンと送信。
 昼前におわった。
 ちょいと休憩。

 お、托す氏より連絡あり。
 ホッ、と一息っていう具合。

 夕方、気合いを入れて出動。
 ついつい自分に負けそうになる。
 人に負けてもいいが、自分に負けるな、と。
 で、テクテク歩く。
 
 図書館で予約図書をピックアップ。
 外でコーヒーを飲みたいた気分だが、ちょいと節約。

 野菜一杯の炒め物とご飯を喰らう。

 それほど期待していなかった "BROKEN FLOWERS" はなかなか
 ええやん。
 独り身の中年男にはぴったしの映画、ってか。
 キャストも良いし、画像もよい。
 画面の展開もなかなか凝っている。
 音楽も由 ─ Holly Golightly の "THERE IS NO END" も心地よい。
 久々に満足のいく映画でした。
 うん。

 0時半過ぎ寝て、2時過ぎ起きてツラツラしてたら朝刊が来た。
 うっわー、うすっー。

 昨日は「世界女性の日(International World Woman`s Day)」
 だったけど、それに関する記事は一つもない。
 あれれ、だ。

 ふと、気になって昨日の朝刊の一面を見てみる。
 日付と曜日の下には、通常、その日の記念日の名前が印刷されて
 いるのだが(2月14日は バレンタインデー、とあったし)、
 が昨日の3月8日は、何も書かれていない。
 うっそっー、っていう感じ。

 「世界女性の日(International World Woman`s Day)」は
 バレンタインデーにも及ばないんだ。

 ちなみに世界女性の日(International World Woman`s Day)」を
 --------------------
 UNICEFは制定の理由を次の様に説明しています:
 "世界が恒久的な平和と発展を確保し、全ての人々の人権が
 保障される社会を実現するためには、男女が様々な社会活動に
 平等に参画し、同等の役割を果たし、能力開発の機会が均等に
 与えられなければならない。
 国連総会は、国際婦人年の1975年、こうした国際的な課題を訴え、
 その改善状況を定期的に「見直し」、進むべき方向を確認する
 機会として、3月8日を「世界女性の日」に制定しました。"
 
http://amadeusplace.blog.so-net.ne.jp/2009-03-09-2
 --------------------
 ユニセフのページで確認する手間がなくて申し訳ないけど・・・。

 ったく。
 
 朝9時過ぎ、隣人がまた工事でガンガン音をならすしー。
 うー、だ。

 12時半過ぎ、&氏より電話あり。
 お久しぶりです。
 で、しばしぐちゃら。

 原稿を書き始めるが、行ったり来たり。
 う-、だ。

 村上さんがマイルズ・デイヴィスの自叙伝『マイルス』について、
 --------------------
 この本は ─ というかこの本だけは ─ 本当に英語でしか読む
 しかないと思う。
 --------------------
 、って書いていたので思わずアマゾンで注文してしまう。
 (もちろん中古本だけど)

 ついつい参照本をツラツラ読んでしまい原稿が進まない。
 困ったなあ。

 16時過ぎ、気分を変えて、一風呂浴びる。
 必死こいてお月の原稿に精を出す。
 ペチペチペチペチペチ、と。

 21時過ぎ、なんとか形となる。
 ふぅ。

 NHKでポアンカレ予想の数学者グリゴリー・ペレルマンさんに
 ついての番組をやっていた。
 ほぉ。
 
 やっぱり、何事も突き詰める場合には、発想の転換+継続が
 必要なんだね。
 うん。
 で、自分の今の課題、「みる」ことから広がり深まることについての
 ことがら、まだまだまとまらない。
 困った。

 今日の『ミャンマーの新しい灯』("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 には Uppatasanti Pagoda の記事が満載でした。

 しかも、見出しはタンシュエ一家総出だったみたいだし。
 --------------------
 Senior General Than Shwe, wife Daw Kyaing Kyaing andfamily
 hoist Shwehtidaw atop Uppatasanti Pagoda
 --------------------
 ファミリーマター(family matter)が国家的事業となるのだな。

 16ページ中5ページがこの記事だし。

 ページ 1
 ページ 8
 ページ 9
 ページ10
 ページ16

 なんだかこの Uppatasanti Pagoda 建立の為に首都を
 ネピドーに移したかのようだ。
 それこそ第一次タンシュエ王朝を夢見て。
 
 こういう私物化に対して、誰もひとことも言えない事態が
 危機的なんだな。
 
 ま、北朝鮮のように世襲でないだけましか。
 こういう負の比較は、話題を持ち出すだけでも不見識だろうか。
 

 2003年真夏のカレン州の山奥に入った。
 いわゆるIDPs(Internal Displaced Persons)「国内避難民」と
 呼ばれる人びとに会うためだ。

 で、ドナ山脈を越えて歩き続けて遭遇した。

  03Ka0238.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大 <1000X750> します)

 ビルマ国軍の迫害から逃げ出したカレン人だった。
 
 おばさんの座っている竹の切り口をみると、新しいと分かる。

  bd00083.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大 <1000X660> します)

 チーク材の荷揚げをする男たち。
 こちら側、あちら側でも、人力でコロッコロッと木材を転がして
 います。

 見た目には簡単そうな作業だが、実は、水でツルツル滑るチークを
 トラックに積む時には危険を伴う。

 この荷揚げの様子は、1993年と2005年では、ほとんど
 変わっていない。
 

  bd00003.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大 <1000X750> します)

 イラワジ河を背景にしゃがむ男たち。

 何をしているんだろか、って?

 どうやら荷下ろしの人夫みたいだ。
 朝が早くてまだ仕事が始まっていない様子である。

  bd00323.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大 <1000X750> します)

 イラワジ河に浮かぶ船で暮らす。
 
 夜が明けても、どんよりとした雨季の雲が垂れ込める。
 川の水で顔を洗い、朝食の用意を始める。
 
 家の外に見える蚊よけのモスキート・ネットは、デング熱防止か。

 0時半過ぎ、目が覚める。
 うわ、早すぎる。
 
 『少年カフカ』を読み始めるが、こちらはどうも読みづらい。
 文字が薄い上に、ちっちゃいので。
 それに話題がカフカ中心だし。
 ぺらぺらと項をめくるが先に進まない。
 ふむ。

 4時前、新聞が届いたので、つらつらと読む。
 6時過ぎ、バナナを喰らって、寝入る。

 9時過ぎ、熟睡で起きる。
 頭も身体もすっきりだ。

 さぶい。
 強い寒の戻りだ。

 チーズトーストと冷えたコーヒーで遅い朝食。
 
 長尺原稿に手を入れ始める。
 ペチペチペチペチペチ。
 集中あるのみ。
 6時間ぶっ通しで机に向かう。
 これでもまだ1/7しか終わらないか。
 NCGUBとNCUBがごっちゃになって困ってしまう。
 ふぅ、である。
 あと数回、全体に目を通すとしても、大変だ。
 ふぅ。

 知らぬ間に雨が降っていた。
 どうやら冷えるわけだ。
 ブルブル。

 19時過ぎ、カレーの残りを喰らう。
 
 乗り換え先のプロバイダーに電話する。
 が、想像通り繋がらない。
 ふぅ、こちらも今後苦労させられそうだな。

 村上本の切り抜きをしていたら、ドーナツの話題が出てた。
 --------------------
 あのですね、おいしいドーナツというのは、外側がかりっと揚がって
 いるんです。だからそれをたべると、こりこりっというすてきな音が
 するのです。少なくとも、心の中でその音が聞こえるのです。
 そういう醍醐味を知らない人生は不幸です。はっきり言いまして。
 もっとがんばって、充実した人生を生きてくださいね。
 (P.220)
 --------------------
 ま、後半部分はお節介だけど。
 まあ、ボストンでのドーナツといえば、ダンキンドーナツである。
 
 ダンキンと書いて、断金か。
 村上さんは違うけど、金がなかった自分にはぴったりだ。
 私はドーナツというよりマフィン派である。

 コーヒー片手にコーン・マフィンは最高である。
 懐に余裕のあるときにはブルーベリー・マフィンなどを追加して。
 
 天気が良ければ Coply Square の芝生にごろんと横になって、
 "Boston Globe" などにゆっくり目を通すのは最高である。
 それは例外かな。

 普段は食費を浮かすために、コーヒーとマフィンを胃に流し込んで
 いたのが実情だった。
 
 あのコーンマフィンが固めに焼き上げられて、頭の外側がカリカリに
 なっているいるのを歯でかりかりと囓るのも最高だったし。
 ガワがふにゃりとなったマフィンはマフィンではない。単なるケーキ
 崩れの出来損ないである。
 ん?

 朝一番で雑誌用の原稿の修正。
 22行分の削除か。
 う~ん、短い文章は難しいなあ。
 ウンウン唸る。
 修正に3時間もかかってしまった。
 
 ふぅ。

 長尺の原稿の修正に取りかかる。
 初稿ってのは生まれたばかりの原稿だから、そのまま外に出す
 わけにはいかんよね。
 最低限、外に出すにはパンツぐらいはかしてあげなきゃ。
 で、こちらもウンウン唸りながら修正に取りかかる。
 冒頭ちゅうか出だしは難しい。
 なかなかまとまらない。

 バンコクのHRWから写真の注文あり。
 ペチペチペチペチペチと写真を修整して、ウエブにアップ。
 お茶の子さいさいである(回線は細いけど)

 17時過ぎ、一息ついて出動。
 テクテク歩いてMナカへ。
 今日は牛乳石けんが大安売りだ。
 大型3個パックX2コ、ローファット牛乳、人参を買う。
 帰りにJPNに寄り食パンとクリップも。

 あ、今日、研究会に顔出しする予定だったのに・・・。
 ったく。
 カレンダーの予定表も見ないとは。
 何か抜けていることないかな。
 ふあんー。

 キャベツ・ブロッコリー・豚肉・エノキ茸の炒め物。

 OCOの申請書を書き上げる。
 ふぅ、数字が細かいな。

 いよいよインターネットのプロバイダーの乗り換えだ。
 YBBはサービスが悪くなってきたし。
 というか、回線が・・・。
 問い合わせをしても親身に相談に乗ってくれないし。
 もうええねん、っていう感じ。

 21時過ぎ、眠たくなる。
 ムニャムニャと布団へ。

  bd00115.JPG
 ( ↑ クリックすると拡大 <1000X750> します)

 建築用(道路工事用)の川砂をトラックに積み込む女の子たち。
 シャベルを持つ姿もサマになっているような。
 
 よく見ると緑色のロンジーを身につけているから、ついこの間まで
 学校に通っていた女の子たちであろうか。
 ふむ。

2010年9月

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