2009年4月アーカイブ
4時過ぎ、新聞配達の音で目覚める。
で、ウツラツラ、新聞を手に取る。
う、薄っ。
なんだ今日は26ページか。
前日が32ページだったからいきなり8P減か。
印刷の関係でこうなるのかな。
「天声人語」を読んでみると、お、髙野雅夫さんのことが出てた。
そいや、数日前、そんな記事を読んだことがあったな。
高野さんとは2002年、韓国で出会ったんだ。
<2002年3月13日のジャーナル>
http://www.uzo.net/notice/jou/jou_2002/200203/3_1016_2.htm#takano
で、昔懐かしく、本棚から髙野のさんの著書を取り出す。
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『タカノマサオ』(解放出版社)
(写真を撮った牧田清さんはもうこの世にはいないけど)
で、裏表紙を開くと、髙野のさんのメッセージがある。
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( ↑ 拡大します)
「出逢いは 歴史(いのち)を創る 2002-3-13 髙野雅夫」とある。
凄い人なんです。
ツラツラと写真を見直すと、韓国ソウルの街頭で自著を売ってる
髙野さんの姿があった。
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( ↑ 拡大します)
独りで厳しく自分をそこまで追い詰めるか、と。
真山仁『虚像の砦』(講談社文庫、2007年)を読み始める。
で、9時前、読了。
なんだ、一気読みやんか。
で、気になった部分がひとつあった。
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「報道は現場がすべてなんです。こんな海の彼方から、何かを
想像してリポートするもんじゃない。ジャーナリストとして、行く
べきだと申し上げているんです」
「ジャーナリストって、何です? 危険を顧みず命を落とす人間を
そう呼ぶんですか?」
珍しく矢澤は厳しかった。
「違います今、現場で何が起こっているかを正しく見聞きして伝える
事が、ジャーナリストだと思います。今回の報道のそのものの躓きは、
そこにあると思います。・・・・・」
「あなた方は、二言目には現場、現場とおっしゃいます。でも、
現場に行ったら、真実を伝えられる保証があるんですか。 それは
思い上がりじゃないんですか」
(中略)
「イスラムに生かせて欲しいと申し上げているのは、ここでは
分からない事実をちゃんと見て聞くためです。報道の基本は、真実の
追求にあります。おっしゃるとおり現場に行っただけでは、真実は
見えないかも知れません。しかし、現場に行かなければ、真実には
近づけないと思います。だから行かせてください」
(PP.289-291)
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私が個人的に思うに、現場に行って分かるのは、現場に立って初めて、
今自分が関わっている事柄の全体像が見えないということを理解する
ことである。
「全容が見えない」ということを、現場から離れたところで感じる
場合と、現場で感じる場合には大きな隔たりがある。
現場とは、自分の想像力を試される場でもある。
目の前の現象に振り回されるだけのジャーナリストになるか、
現象だけを伝えるだけの報告者になるか、
自己満足を満たす為だけの外部者となるか、
ふむ。
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特に冒険好きな性格でもないのに現場に行くのは、もちろん写真家
という仕事柄、「そこ」に行かないと、写真を撮ることはできない
からだ。
取材者は、とりもなおさず、まず現場に行かないと話にならないからだ。
もっとも、それ以上に、現場に行くもう一つ大きな理由がある。
それは、逆説的に聞こえるかも知れないが、「そこ」に行くことに
よって、果たして現場に行っても捉えきれない何かが存在することを、
「そこ」という場で初めて気づくからだ。
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9時過ぎから洗濯を始める。
この天気だと夕方までに乾きそうだ。
月末の支払いを済ます。
ふぅ。
大ネギを大量に混ぜたタマゴ焼き。
写真のピックアップ。
出動。
郵便局を回って、スーパーへ。
早足で歩くと、汗が出てくる。
ピーナツをつまみながら大蒜いっぱいのカレーを作る。
ごろんとしてたら、知らぬ間にうとうと。
今日も早起き。
5時から活動開始。
って言っても、新聞読んだり、コーヒー飲んだりしてるだけだけど。
んでも、毛布と布団を干して、6時には机の前に座る。
ウエブの情報整理(展示会編)
写真のピックアップ。
これでようやくΘは編集準備完了。
準備だけでも長かったなあ。
SMTさんの方は、まだまだ準備中。
ジワッと卵焼きとネギを喰らって、出動。
半袖で十分の暖かさ。
13時前、大阪到着。
今日は珍しく桜橋口で待ち合わせ。
程なくMさん現る。
アーケード街のコーヒーショップで、翻訳地図の確認。
なかなか細かいですね。
と、出版は8月ですかぁ。
14時半、散会。
環状線でMMへ。
駅前で待ち合わせ、ほどなくNO氏と合流し、駅前の喫茶店で
ぐっちゃら。
お久しぶりですね~、このメンバーでの密会は~、と。
近況交換とビルマとタイ国境情報など。
しかし、みなさん忙しいですね。
それぞれがUP状態だ。
で、印をいただく。
しっかし、この先、誰もが不透明で不確かなんですね。
なんかおかしい、今という時代。
ふぅ。
18時過ぎ、散会。
やっぱり世間は「大型連休(ゴールデンウイークってのは死語?)」
らしい。
人出が多いなあ(自分もそのひとりだけど)
車中『雨の名前』をツラツラ眺める。
ええなあ。
鮭の切り身と豚肉とピーナツと食パンを買って、テクテク歩いて帰る。
ちょいと肌寒いかなあ。
最後の坂で、ちょいと息切れ、はあはあ。
渋谷クンの写真展が始まったようだ。
http://www.ashibuya.tea-nifty.com/
ちなみに私の写真展も始まったようだ(笑)
http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/hishokoho/koho/2009-04/kakehasi.htm
どんな感じになってるのだろうか・・・。
ふむ(←分かる人には分かる)
22時過ぎ、寝入る。
4時前起床。
ふぅ、よく寝た。
枕元に置いたままになっている冷えたコーヒーを飲みながら朝刊に
目を通す。
あ、アンメルツの広告。
ほ、欲しい。
で、もう一度、寝入る。
またもや°°で目が覚める。
お、8時過ぎ。
良い天気。
文書(1)はほとんど終わり。
印刷。
文書(2)で、頭をひねる。
2/3ほど下書きを終える。
文書(3)は、資料集め。
午後からは写真編集に励む。
ひたすら地味な作業仕事だな。
うん。
タバスコをきかした麺をくらう。
20時過ぎ、寝入る。
極端な早寝早起きが続くなあ。
夜、久しぶりに『サルバドル』を見る。
今回は making film を中心にして。
何度見ても面白い。
自分がどうしてフォトジャーナリストになりたくなったのか再確認できる
(いやね、それほど単純じゃないけど)
6時過ぎから活動開始。
まずは、文書(1)を修正。
朝からキムチを喰らう。
ゴミ出しに行って、文書(2)を完成。
曇りだと思ってたら晴れてきた。
布団と毛布干し。
依頼されていた文書(3)に取りかかる。
まずは全体像というか枠組み造り。
昼は大蒜とタバスコ味のスパゲッチィ。
米国に出す文書(4)にも取りかかる。
週初めから全力投球だ。
さすがに疲れる。
右肩と背中が・・・固まった。
筋がピクピク。
激痛。
動かない。
うう、ではない。
う。う。
だ。
昼過ぎ出動。
散髪へ。
今回はちょっとグレードを上げる。
本屋で雑誌を立ち読みし、スーパー2軒をハシゴ。
最近、馬鈴薯(メークイン)が高いんだな。
カレー作りたいのに。
大蒜つぶし(しぼり)の器具を買う。
やっぱり100円ショップで売っているモノはちゃちいけど。
なぜか豚肉を買わずに鶏を買ってた。
いやね、インフルエンザが怖いんじゃなくて、ただ単に、
安かったので。
テクテク歩いてたら、あ、雨が降ってきた。
こういう雨は何て言うんだろ。
さ、カレーを作ろうと思ったら、ルーがなかった。
がっくり。
20時前、猛烈な睡魔、で、寝入る。
曇りのち雨。
これはまさに、発火雨か春雨っていう感じか。
(早速、『雨の名前』から引用だ)
朝まで『ハゲタカⅡ』(下)を読みながら、途中、本を広げたまま、
電気を灯けたまま、寝入ってた。
8時過ぎ、目が覚めて、読み続ける。
で、『Ⅱ・下』は、なぜか付箋の箇所が多くなる。
(Ⅱ・上)
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それは日本企業のというよりも、日本人の特徴なのかも知れない。
理解できる言葉と親近感を持つリーダーを味方だと思った瞬間、
多くの人は盲従を始める。この人についていけば安心だ、幸せへと
導いてくれる。戦後の日本経済を支えたのは、そういうリーダーと
その信仰者だった。
(P.198)
だが、情報とは立場の違う人間から集めることでより精度が高くなる
なるものだ。
(P.290)
「会社は誰のものか。日本ではこの重要な問題が曖昧にされたまま
でした。おそらく漠然と、会社は経営者のものだという認識があり、
それが多くの悲劇を生んだ」
(P.297)
日本に戻って感じたのは虚無感だった。
(P.336)
戦後の絶望から三〇年ほどで先進国に復帰し、八〇年代には世界一
の経済大国になったニッポン。それは、こんな男たちの情熱と使命感が
支えてきたのだ。
(P.374)
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(Ⅱ・下)
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「サムライですか」
「そう。自らがぬいた刀に全てを賭ける潔さ。自らの哲学を守る
ためなら鬼にも悪魔にもなる。そういう剛(つよ)さを感じるんだよ」
(P.109)
それが、滝本が社長に就任した当初から掲げる「3みる」運動の
原点だった。「3みる」とは、「聞いてみる、見てみる、やってみる」。
(P.138)
「どうして滝本さんがたった一〇年でシャインをあれほどの企業に
できたと思いますか。彼が家族主義や現場主義という実行力と包容力を
発揮したからではありませんよ。・・・・・・。極端なことを言えば、
彼はシャインの従業員が幸せになることには骨身を惜しみませんが、
そのために他社の犠牲は顧みない。そうじゃないですか」
(P.297)
イメージとは恐ろしい。
(P.301)
「・・・・・・。経営者とは無私の心が肝要なんだ。君のように
欲望だけでビジネスをするわけにはいかない」
「でも、それは動物的じゃないでしょ。人間も動物ですよ。本能的
な欲求はとても大切です。・・・・・・」
(P.307)
しかし人間同様、会社もそう簡単には変われない。変革だ進化だと
美辞麗句を並べてみても、曙は重厚長大企業の典型だし、改革より
安定、進化より現状維持が社風だ。
(P.329)
ところが今回は、一向に燃えてこない。それどころか虚しさばかり
に苛まれている。
(P.343)
数値化できないが、それがあるかないかが企業の将来をはっきりと
左右する。だから真の事業再生家は、数値化できない魂の部分を
見抜くことでその企業の価値を判断するべきなのだ。
(P.351)
マサチューセッツ州の州都であるボストンは、アメリカの原点の
街だ。
(P.383)
「シニア、あなたも先ほどおっしゃったはずです。真のサムライ
なら、いつでも死ぬ覚悟を持ってどう生きるかを知っているはずだと。
命張ってこその人生です」
(P.392)
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うん、なかなか面白かった。
特に、平川さんの新著を読んだ後だったし。
で、また続編がありそうな終わり方だったな。
また、筆者の真山さんも新聞記者として、本文中に参加している
ような内容だった。経済関係の新聞記事が不自然なほど登場して、
その出所に疑問が湧いてくる。
登場人物はみんな新聞記事を読んで、いろいろと行動するし。
なんか違和感。
また、ボストンが出てきたのも嬉しかったし。
でも、「アメリカの原点の街だ。」ってのは間違いないけど、
ちょっとなあ、っていう感じ。
現地取材が・・・。
あと、決定的に首をかしげてしまったのは「サムライ」という言葉かな。
ちょうど今、『戦場の精神史』(NHKブックス、2004年)を
読んでいて、「武士道」のおかしさを嗤っていたので、特にそう感じ
るのかもしれない。
現在、ちまたに広がっている「武士道」は、新渡戸稲造の「武士道」
であって、それは「騎士道」に源があるようだ。それはまた、日本
古来からの「武士道」とは断絶があるようだ(ツン読してるから
不確かだけど)
この本の帯に「サムライは嘘つきだ。」って書いてるし。
ま、そうはいっても、真山さんの小説は面白い。
Sクンお勧めの『虚像の砦』をアマゾンで注文する。
昼はキムチ炒飯を喰らう。
ハフハフ、熱くて辛い。
で、既に忘れられている草彅クンの逮捕事件について、またまた考え
てみる。
やはりオダジマンが、これもすっかり忘れられた稲垣クンの事件に
関連して最新のコラムで書いてた。
稲垣クンの逮捕の時は「稲垣メンバー」だった。
そう、容疑者扱いはされなかった。
で、今回は当初、「容疑者」だった。
この違いはなんなのか。
オダジマンは、彼らの事務所の影響力の強さ(力)関係を挙げていた。
(島田紳助暴力事件に関してもだ)
が、私が思うに、草彅クンがいきなり容疑者扱いをされた上に、
この間、メディアと世間による弱い者いじめ、弱い者叩きが堂に入って
きたのではないか。
実際、草彅クンは逮捕されたわけだから、どうあがいても言い訳が
できない。
言い訳ができない立場に陥った人に対して、メディアという世間を
代表するゲンコツが、ガンガン叩くのである。
これでもか、と。
そう、弱い者いじめである。
電車が遅れた時に、駅員に詰め寄るお馬鹿さんみたいに。
そういう弱い者いじめの風潮が今、「稲垣メンバー」事件の時よりも
強くなって来たのだろう。
目に見えぬ変化は恐ろしい。
社会が変わったのである。
そのゲンコツの代表者が、あの大臣の発言であろう。
ますます世の中が荒んで来てるな。
なんで、こんな社会になってしまったのだろうか。
ホント、怖いと思う。
気分を引き締めるために『ゴッドファーザー』を見ようと思ったが、
DVDが見あたらない。
あれ~、誰かに貸してしまったかなあ。
ふむ。
で、隣室のドタバタで目が覚める。
ったく。
やっぱり右肩痛・肩胛骨痛が治らない。
で、そのまま『朝生』をラジオで聴く。
安全保障?ってか。
しっかし、相も変わらず議論ショーを繰り広げているなあ。
それも自己満足的な国内向けの(それも一部の人相手の←それを
聴いているのもワシだ)
生命・安全・財産を守るって?
また机上の本土の議論だよな。
沖縄の安全や生命や財産が守られているのかって。
安全保障っていっても、国じゃないね。
一部の人たちの安全とそれを支える取り巻きシステムだけを
守るんだよね。
日本の軍隊は国民を守らんよ。
今も昔も将来も。
冷蔵庫が空っぽ。
哀しすぎる。
久しぶりの雨。
気分が乗らない。
何もする気がしない。
で、自分で自分を鼓舞するために、岩波文庫を取り出す。
赤本のアレクサンドル・ヂュマ作『モンテ・クリスト伯』である。
う~ん、この本を開くのは20年ぶりか。
翻訳調の(って、山内義雄さんの訳だけど)文体に、ちょいと脳味噌
がついていかない。
ぎこちない。
で、文庫本の帯を読み直す。
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無実の罪で投獄された若者ダンテスは十四年間の忍耐と努力の後
脱出、モンテ・クリスト島の宝を手に入れ報恩と復讐の計画を進める.
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う~ん、14年間の投獄か。
でも小説だしな、これって。
実際、数年前にビルマで15年間投獄された政治囚にインタビュー
したから、この小説のインパクトが弱くなる。
う~ん、困った。
現実は小説よりも・・・、だし。
と、東京から電話あり。
え、間違い電話ですか・・・。
ま、元気そうで何よりです。
ラップトップの無線ランの設定を変える。
WEP は脆弱だと。
分かっていたんだけどねぇ。
お手軽の設定だったから、つい。
で、設定を変えて、マック・アドレスもの設定も追加する。
それにPWも変えて。
ま、3重に設定しておいたら、とりあえずは安全か。
仕事が手に着かない。
掃除機掛けて、模様替え。
冷蔵庫の上に電子レンジを置く。
本棚がちょっぴり整理される。
アマゾンから本が届く。
『ハゲタカⅡ(上・下)』(講談社文庫、2007年)
『雨の名前』(小学館、2001年)
小ぬか雨。
Tヤに寄る。
コミックが半額。
知り合いの大学のMセンセ推薦の『寄生虫』を求めるが、うむ、
貸し出し中だよ。
全体的に在庫が少ないよな。
夜、『ハゲタカⅡ』を読み始める。
4時半過ぎ目が覚める。
ブルブル、ちょっと冷える。
でも、久しぶりに快眠だった(悪夢を見んかったし)
で、ゆっくりと新聞に目を通す。
チーズトーストを食らい、苦いコーヒーを啜る。
さ、今日はがんばれそうだ。
うん。
ペチペチペチペチペチと写真のピックアップ。
とりあえず10このサンプル題材を選び出す。
で、オリジナルと合わせながら、印刷の準備の前段階に入る。
ふぅ。
PCのHDの容量が足りなくる。
ふむ。
で、一気に40GBほどを移動させる。
HDがガリガリ唸って、ちょいと不安。
写真ばかりを見てたら、さすがに自分の写真でも、ウッ、とくる。
で、打ち込みにかかる。
"The NEW LIGHT OF MYANMAR"(『ミャンマーの新しい灯』)の
2002年分をまとめる。
この時期はPDFではなく、htm(html)版なのだ。
ペチペチペチペチペチと打ち込む。
う、激痛がはしる。
また、右肩と背中の肩胛骨部分がジクジクと痛み出した。
う、また身動き取れなくなる。
やべえ。
22時過ぎには寝入る。
2時前、起きる。
はは、はは、だわ。
枕元のラップトップでウエブをツラツラ。
昨日からブログ読みは、「フィード」機能を使い始めたんだ。
で、ひと息ついて、『日本の伝統を読み解く 暮らしの謎学』を
ツラツラ読み始める。
専門書ではないので、読みやすい。
で、知識の吸収ではなく、いろいろと考えるヒントが散りばめられて
いる。
今後ますますウエブが汎用化していくと、否が応でも情報や知識は
断片かされていく。
それに伴って、写真も今まで以上に「消費」されてしまう(はず)
だから、ちょっとでも古典に親しんで、どうやればこれらの話や
物語が生き残ってきたのか、なんとなく掴むのだ(って、こういう
目先の How to <這う痛> こそを戒めねばならないのだが・・・)
『ハゲタカ2』を注文。
『雨の色』(小学館)を注文。
先日買った、『風の色』と『色の名前』を開く。
綺麗だなあ。
特に、『風の色』は、レイアウトが見やすく、ページをめくるのが
楽しい。
この両冊、それぞれ2500円という価格にもかかわらず、5刷、
17刷なんだな。
確かに、手元に置いておきたい良い本だ。
こういう作品はウエブ(インターネット)ではできない。
何度もページをめくる楽しさがある。
最近の新聞では味わえない感覚だ。
この頃の新聞は、それぞれの紙面は独立して完成度は高い(皮肉
です)かもしれないが、ページ事につながりがないんだな。
写真のピックアップを続ける。
そろそろ次の段階に入れそうだな。
写真編集だな。
マウスの扱いに注意しないと、また右肩と背中を痛めるぞ。
昼過ぎ、出動。
駅でMK氏と合流。
おお、数ヶ月ぶりですね。
お互い、書類で大変ですね。
N宮にて、HKとタイから一時帰国中のΘさんたちと合流。
駅前の喫茶店でぐちゃら。
MΘさんとは数年ぶり?
YΘさんとは1年ぶり?
まあ、それぞれ「自由」な生き方してますね。
それぞれ、仕事と生き方が重なってるし。
まあ、なんとかなるでしょう。
チェンマイのノリと日本のノリの違いに唖然としますが。
18時、散会。
では、また。
スマップの草彅さんが「逮捕」されたとか。
え、あれで逮捕されるの?
え、あれで、家宅捜査されるの(薬物の疑いをもたれたのかな)
しかし、酷い報道のようだ。
おおおKAさんが書いているように、今回の警察と裁判所の対応は
無茶苦茶だと思う。
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そもそも、酔って服を脱いで騒いだというだけで家宅捜索される
日本って、いったいどんな国なんだ。こんな容疑で平然と家宅捜索が
行われること自体が異常だ。草なぎさんの尿からは薬物反応は
出なかったという。
家宅捜索によって仮に何か薬物などが出てきたとしても、それは
結果論に過ぎない。泥酔して全裸で騒いだという理由で家宅捜索
までするのは、法律上かなり無理がある。
明らかな警察権力の暴走としか言いようがない。こんなことが
まかり通るような社会になれば、そのうち町中を歩いていて
信号無視や立ち小便をしただけで家宅捜索されてしまうかもしれない、
と危惧する。
薬物反応もないのに家宅捜索した警察は、どういう名目で捜索令状を
裁判所に請求したのだろう。「公然わいせつ罪」で隠滅されて困る
ような証拠保全の必要性などないだろうし、草なぎさんが逃亡する
おそれもない。
ところがそれにもかかわらず、裁判官は捜索令状を発行した。
警察が請求さえすれば令状担当の裁判官は、例外なくほぼ
100%と言っていい高率で右から左に令状を発行する。
捜査機関に対するチェック機能も何もあったもんじゃない。
残念ながらそれが「優秀」とされる日本の司法の実態だ。
(中略)
たっぷり時間を使ってこのニュースを詳細に伝えるのは別に
いいとして、それならば、警察の捜査のあり方について言及が
あったかというと全く何もなかった。逮捕は妥当だったのか、
なぜ保護ではなく逮捕だったのか、今回のこの容疑で家宅捜索まで
するのは法律や適正手続きの面から問題なかったのか、といった
ことを指摘し、公権力を監視することこそがジャーナリズム(報道)の
役割ではないのか。
少なくともNHKのニュースでは、そういった問題提起は何一つ
なされなかった。これでは警察の逮捕情報を無批判に垂れ流して、
容疑者とされた人間を一方的にバッシングし、社会的に葬り去る
だけではないか。まともな報道姿勢とはとても思えない。
http://www.geocities.jp/ookaminami/zakki-new.html
--------------------
(このページで読み易いように、段落・改行しました)
なにやら芸能ジャーナリズムに堕ちてしまった今の日本社会の
メディアの状況を物語る。
こういうニュースは、あってもいいけど、その優先順位が問題なんだなあ。
プンプンしてしまう。
22時過ぎ、布団に入る。
--------------------
で、そういうわけでそうなんです、と。
聞き上手ですねぇ~、ついつい話してしまいますね。
ジョン・リード(John Reed) ですか。
--------------------
のエントリーで、指摘がありました。
>ジョン・リードちゃいます。ジョン・デューイです。
私の思い込み・間違いです、はい。
なまえの綴りは、John Dewey でいいのかな?
ここしばらく宮本常一の『辺境を歩いた人々』を読んでいる。
最終章の「笹森儀助」にこんな記述があった。
--------------------
雨水のとりかたは、屋根の軒下に大きな竹のといをかけ、
雨水を一か所にあつめ、・・・、茶つぼににたおおきなつぼを
すえておき、これに雨水がたまるようにしています。
これでは、暑い夏には一週間もたつと、たくさんのボウフラが
わきます。しかし何十日もたつと、ボウフラが底にしずんで
しまって、美しい水になります。
このようにして百年以上もたくわえているものが多いということです。
・・・・・。
沖縄ではこの水は、たいへんだいじなもので、このつぼの多いか
少ないかが、金持ちか貧乏であるかをきめるもとになっているのです。
大きな川がなくて、のみ水に不足していることから考えだした、
生活のちえですが、・・・・、一日も早く、水道をつくって、
のみ水のふべんから沖縄の人たちをすくってやることが、いちばん
だいじなことであると、儀助はくりかえしいっています。
(P.196)
で、ピャーポン(Pyapon)で大きな瓶を見かけた。
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( 拡大します )
水瓶?
それとも漬け物?
どうやら瓶と雨樋とはつながっているようだ。
もしこれが美しい水だとしたら、びっくりモノである。
ちなみに、この本を読んで宮本氏が「土人」とか書いている。
う~ん、時代を記録する難しさを感じてしまう。
うむ。
日付が変わる前に布団に入って、また、2時に起きる。
心臓がドキンドクンって唸ってるわ。
はは。
しばしネットでブログ読み。
この間、ギリシア語のアルファベットを見ていて気づいた。
はχはカイって読むのか。
エラリー・クイーンじゃないけど、こりゃ、使えそうだ(笑)
で、yは無いのだな。
Θ(シータ)も、パソコンで使えそうだし。
うん。
申請書を書き込んで、ちょいと冷やす。
東京の編集部に掲載の確認メール。
ま、χχχ 。
チーズトーストとレタスを喰らい、
苦くて香りの良いコーヒーを飲む。
写真の編集を続ける。
そろそろ、一段落の序章かな。
10時過ぎ、編集部から電話あり。
やっぱりですか。
カラー誌面がモノクロとなり。
3月掲載が4月になり、で、5月ですか、と。
ふぅ。
この雑誌に掲載を始めて16年・・・。
これも時の流れですか。
ブツブツ。
ま、もう言わま。
ちょいとごろり。
写真編集を続ける。
一風呂浴びる。
ビュンと出動。
駅前の本屋で、岩井宏實『暮らしの謎学』(青春出版社、2008年)
高橋順子・文/佐藤秀明・写真『風の名前』(小学館、2002年)
近藤源太郎・監修『色の名前』(角川書店、2000年)
をそれぞれ購入。
後者2冊は、高い。
けど、立ち読みだけでも、十分ためになる。
手元において、パラパラ読みたい(見たい)カラー本だ。
表現方法を知る・学ぶってのは、いいもんだ(ちょっと功利的だけど、
・・・てへ)
こういう本は、ウエブではできない分野だ。
うん。
ウエブに寄りかかるからこそ、ウエブから離れる手段・手法を確保して
おくのも必要なこと・・・特に、感性面で。
改札前でパラパラとカラー本を眺めながら、ため息。
ふぅ、なんて美しい言葉と映像なんだ、と。
ほどなくΘ氏現る。
駅前のスパ店へ。
を注文。
おお、久しぶりのスイーツ。
で、近況などをぐっちゃら。
もう末期的ですか、と?
え、TKさんて、あのTKさんですか・・・?
なんとまあ、世間は狭いこと。
と、このブログも誰が読んでるかもわからんなあ。
これから(誰に対しても)失礼なこと書けんなあ・・・。
ふむ。
で、ぐっちゃらとビルマ話を続ける。
え、ザガナーの生写真じゃないですか。
で、そういうわけでそうなんです、と。
聞き上手ですねぇ~、ついつい話してしまいますね。
ジョン・リード(John Reed) ですか。
顔写真は・・・ま、。
で、ごっTZあんです。
18時、散会。
ビュンとスーパーをハシゴ。
山芋とワカメと納豆を喰らってごろり。
21時過ぎ、ウトウト。
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ヤカイン州のある村で船を造ってました。
どうやら刳り抜いた丸太をベースに船を組み立てているようです。
ちょっと珍しい造り方に見えました。
2009年1月5日の続きです
http://blog.uzo.net/2009/01/post-2748.html
このカレン州での船の造り方とは異なってます。
因みにカレン州はタイ国境、ヤカイン州はバングラディシュと接して
います。
そういう地域性の違いなのかな?
ふむむ。
2時過ぎ目が覚める。
ふぅ、またこのパターンか。
文書をペチペチペチペチペチと修正。
う~ん。
だめだ、リズムがないyo。
豪雨と暴風雨という天気予報はちょいと外れたか。
ふむ。
9時過ぎ、寝入る。
14時過ぎ、電話あり。
ふにゃふにゃ。
では、明日。
で、引き続き東京に電話する。
ふにゃふにゃ。
元気そうだけど覚束ない細い声。
やっぱり身体が一番ですね。
過労症候群、ってか?
『経済成長という病』をツラツラ読み返す。
--------------------
現在の社会が時間の効果というものをほとんどないがしろにしてきた
からだと私には思える。
(中略)
会社にとってほんとうの時間の意味を知ることは、信用や信頼と
いった見えない資産の効果というものは、時間を経なければ確認する
ことができないということを知ること同義である。
(PP.118-119)
--------------------
この時間という事については、内田センセとの共著、
『東京ファイティングキッズ・リターン』の続きであろう。
--------------------
昔、テレビのコマーシャルで、「できる男は休日、仕事を忘れる」
なんてコピーが流れて、テニスだとかスカッシュなんかやって、
月曜日になるとシャキッとスーツを着てアタッシュケースを持って
仕事をするのがかっこいい男、みたいなのがありましたよね。
(中略)
あのコマーシャルのいやらしさは、稼いだ金を、酒や博打で浪費
するっていうほほえましい駄目男ではなく、遊んで英気を養って、
しっかり稼ぐといった計算高さが見えることです。これって遊びに
対する冒涜じゃないの。いや、こんな生き方には人生に対する慎み
深さというものが欠如していると思った、ということかもしれません。
・・・・・。
これはブログでも書いたことですが、「時間」というものは人間
が作り出した合理性という物語(虚構といった方がいいかな)の外側
を流れていくものです。
・・・・・。
コマーシャルの男は、「時間」を操ったつもりでいたのかもしれ
ませんが、その実、ほんのかすがにでも、「時間」というものに手を
触れることができていない。かれが操ったのは、時計の中の「時間」
であって、その意味では「時間」に捕捉されているにすぎない。
これは誤解を招きやすい言い方ですが、、この貴重な時間にという
ものに対する最も敬虔な態度は、それを「浪費」してやるということ
ではないかと思うのです。
(PP.142-144)
--------------------
(ちなみに上記の、「、、」はこの本の中の唯一の誤植でした)
で、仕事の為に遊ぶというのは、「遊びに対する冒涜」とは、眼から
ウロコであった。
それに、時間を浪費するという態度が大切なのか。
唸った。
功利的な態度で時間を扱ってはいけないのだな。
うん。
で、英語では「何倍」っていう時に、確か、"times" って使っていたな。
これは、文字通りの時間の time ではないが、なんで「何倍」っていう
時にこの time を使ったのだろうか?
やっぱりどこか功利的な臭いがするのじゃないかと思ってしまう。
企画書の修正を続ける。
う~ん、まとまらん。
ええ加減にせえよ、と。
20時過ぎ、出動。
雨上がりで風吹いて、ちょっと爽やか気味。
テクテク歩いてCPとDエへ。
シューマイと生ワカメの刺身と豆腐と薄揚げのお味噌汁。
デザートはバターピーナツなり。
朝2時過ぎから机に向かう。
ペチペチペチペチペチ、カリカリ、ゴリゴリ。
とりあえず2本、下書きを終える。
こういう官僚的文章はピキピキさが大切。
だから十分に寝かせて、何度も読み直し、修正が大切。
8時過ぎ、ひと休みして、チーズトーストをレタスを喰らう。
午前中いっぱいかけて、しっかり申請書の読み直し。
カリカリの焼きそばを喰らう。
昼からは写真の編集。
こちらは、またまた液晶画面と睨めっこになるので、眼を労るように
気をつけねばならない。
しっとりスパゲッチィを喰らう。
今日は昼夜とも麺かな。
ふむ。
今日はボストンマラソンか。
そいや、先月に『パースエクスプレス』にボストンマラソンでの
ことをちょこっと書いたな。
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いきなりですが、昨年から海外に出る機会が減ってきてます。
まあ、不況のあおりをモロに喰らっている格好になりました。
仕事が激減してます。大企業や会社勤めの人には、それなりに
保障はあるのですが、フリーランスでの生業は頼るものはほとんど
ありません。
米国のGMなどには想像もできない巨額の支援金(?)が
もたらされるようです。
タイに住む友人がメールを送って来ました。
「大きく金が動くと貧乏人にツケが回ってくるのでは?」
まあ、好んでフリーランス(格好良くいうとインディペンダント)の
仕事をしているから愚痴は言わないことにしてますが・・・
(言ってるか?─ この場を借りて)
しかし、この機会を前向きに考えて、これまでやってきた仕事を
振り返って見ようと思っている。今更ながら、日本を出て外国で
生活する機会があってよかったと思う。
自分が生まれ育った環境を当然だと思っていたことが、実は
そうでないことに何度も気づくことができたからである。
以前に書いたことがあるかも知れないが、私自身を含めてでは
あるが、一般的に外国に出て暮らした場合、次のような感覚の
変化を経るのではないだろうか。
(1)異なる社会や習慣に触れて、うわ凄いなあ、いいなあ、
進んでいるなあ、遅れているけどそれが却って素朴だなあ
という礼賛(傾向)一色となる
(2)異国での暮らしにある程度なれてくると、なんだかやっぱり
不自由で不合理だ、やっぱり日本の方がよいという日本愛国
主義的傾向に陥る
(3)でもそうはいっても、日本は日本で不合理なこともあり、
どの社会にも良い面悪い面があり、異国だからいい日本だから
いいと判断するのはどうでもよくなってくる。
この(1)(2)(3)の段階を経験して、ようやく日本や外国の
いろいろなことがらに深みを感じるようになってくるんではないかと
思う。その後に続く(4)は、色々な形で広がるだろう。
こう考えていて、ふと、同じようなことを誰かが書いていたなあと
思い出した。本棚を探してみると、あった。
村上春樹さんの『やがて哀しき外国語』(講談社文庫)だった。
村上さんは、米国ボストンでの滞在の話を次のように書いていた。
--------------------
アメリカにいても日本にいても、生活の姿勢にはそれほどの変わりは
ない。アメリカにだって不愉快なろくでもない奴はいる。
頭に来ることだってある。目に見えぬ人種差別だってもちろんある。
言葉がうまく通じなくて、誤解したりいらいらすることもある。
偉そうにえばっている奴もいるし、頑固で融通のきかない連中もいる。
他人の足を引っ張ることに汲々としている人たちもいる。
そういう人間にかかわりあうとそれはまあそれで不愉快な気持になる。
でも考えてみれば同じようなことは、同じくらいの割合・頻度で日本でも
あったのだ。
(中略)
人生の過程においてそういうことを何度も経験していると、「やっぱり
日本の方がいい」とか「アメリカの方がいい」とかいった二者択一的な
ものの見方はだんだん希薄になってくるように思う。
(PP.34-36)
通り過ぎる人には通り過ぎる人の視点があり、そこに腰を据えている
人には腰を据えている人の視点がある。どちらにもメリットがあり、
視覚がある。
・・・・・。
どれだけ自分の視点と真剣に、あるいは柔軟にかかわりあえるか、
・・・。
(P.275)
--------------------
わたし自身この数十年、日本と米国・中米・オーストラリア(一か月
だけ)・東南アジアを行ったり来たりしてきた。
長期の場合は取材先に最低1年間(複数年)は暮らしてきた。
今の仕事、つまりフリーランス・フォトジャーナリストの仕事の
出発点が米国ボストンであったので、村上さんの書く文章の中に、
私の知っている具体的な地名や店名が出ているので、特にこの本には
親しみを感じる。
パラパラとページをめくりながら、「梅干し弁当持ち込み禁止」という
一章の冒頭を読み直して、ん? と思った。
出だしにこうある。
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一九九二年のボストン・マラソンは四月二〇日の「ペイトリオット・デイ」
に行われた。僕がこの有名なマラソン大会を走るのは、昨年に続いて
二回目である。
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びっくり、である。というのは、この1992年は私もボストンに
いたからだ。しかも、このボストン・マラソンを取材していたからだ。
間違いがないかと思って、昔の自分の発表した掲載誌を見てみると、
確かにこの年のこの日、私はその場にいた。しかも掲載誌とは、
『パースエクスプレス」と同じように、当時ボストンで発行されて
いた日本語情報誌だったからである。
もちろん、名の知れた人とのすれ違いはどこにでもあると思う。
大都市で生活をしていれば、それほど驚くことではないだろう。
実際、私も大阪駅前ヒルトンホテル横を歩いていた大江健三郎氏と
ばったり出くわしたこともある。
もっと不思議だったのは、実はこの原稿を書いている3日前に
村上さんの『東京奇譚集』(新潮文庫)という本を手に入れ、それを
読み始めてた途中だったからだ。この本は、村上さんの身に起こった
いくつかの「不思議な出来事」についてまとめている内容だ。
さて、今回の原稿をどういう内容にしようと考えていたところ、
偶然が重なり、自分もその「不思議な出来事」に巻き込まれて
しまったかのようだ。
『東京奇譚集』は、まだ最初の物語しか読んでないのだが、その最後の
方にこう書かれていた。
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偶然の一致というのは、ひょっとして実はとてもありふれた現象なん
じゃないだろうかって。つまりそういう類のものごとは僕らのまわりで、
しょっちゅう日常的に起こっているんです。でもその大半は僕らの目に
とまることなく、そのまま見過ごされてしまいます。(中略)しかし
もし僕らの方に強く求める気持があれば、それはたぶん僕らの視界の
中に、ひとつのメッセージとして浮かび上がってくるんです。
(P.47)
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どうも前置きが長くなる。
・・・・・・。
・・・・・・。
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『辺境を歩いた人々』の書き抜きしながら、読み続ける。
22時過ぎ、布団に入る。
すぐにうとうと。
『経済成長という病』を読了。
う~ん、毎度ながら、考えさせてくれる。
第二章の終わりに次のようにあった。
--------------------
今、苦しい中小・零細企業の経営者の仲間の一人として言いたい
ことはひとつである。自社の苦難を分割せよ。そうすれば、捨てても
構わないじゃないかと思えるような無理や無駄に、どれほどこだわって
いたのかに気づくかもしれない。
そして、いまやれること、やるべきことを点検し、組織の、最低の
生存ラインを確保せよ。それは、まさに倒産と存続の境界を潜り抜けて
きた私の実感である。生き残っていくこと以上に重要な課題なんて、
そんなに多くはないのである。
--------------------
力強い言葉だ。
生き残るためには、健康、身体が大切なんだ。
ですね。
で、健康とは何かというと、その平川さんが『株式会社という病』で
書いている。
--------------------
健康とは病を抱えた全体が機能していることであり、病とは部分への
偏愛と亢進によって、全体を喪失することに他ならないからである。
--------------------
誰だったかなあ、同じようなことを千葉敦子さんからの言葉を引用して
いた。
--------------------
<「閑職に置いてもらう」ことは、本当にあなたがいまなさりたい
ことですか?>
<人生の設計を治療の成功だけに基づいて立てておいたのでは、
そういかなかったときの失望が大変でしょう。医師をうらんだり、
肉親を恨んだり、自己嫌悪に陥る結果になるのです。そして、絶望の
どん底で死を迎えることになるのです>
旧知のジャーナリストの故千葉敦子さんからだった。1984年・・・
(P.28,『アエラ』01.7.30)
--------------------
そう。
治らないこともあるのだ。
実際、完治なんてのは、難しいものである。
病と付き合いながら騙し騙しやっていくのもまた大人の生き方なので
ある。
これはまた、考え方や立ち位置の異なる者や、表に出ない「少数者」
を抱え込みながらなんとかやっていこうとする社会の成り立ちにも
通じるのではないだろうか。
と、『経済成長という病』には、他に元気の出る珠玉の言葉が
散りばめられている。
それは、当事者しか分からない語り口である。
文中の、経済やお金儲けという言葉を、メディアやジャーナリズム、
写真と単語に置き換えると、なかなか面白い。
こういう本を読むときに、自分がどういうメッセージを受け取ろうか
という読者側にも何か問われている部分もかなりあると思う。
うん。
ま、ツラツラと一気通貫気味に読んだので、しばらくしてから再読の
必要があると思うし。
今日も穏やかな春の日。
で、午後遅くから毛布を干す。
眼を休めるために、できるだけPCはオフにする。
無理に休む。
フリーランスの悪いところは、(実入りが悪いのに)ついつい
働きすぎることだ。
『辺境を歩いた人々』を読み続ける。
4時前、新聞のコトンで目が覚める。
朝刊に目を通して、コーヒー片手にバナナを喰らい、さ、始動。
んでも、あまり無理はしないことにしよう。
で、PCの電源は落としたまま。
チーズトーストレタス盛りを喰らいながら、しょぼいインスタント
コーヒーを啜る。
じゃあ、新聞の切り抜きでもするか。
3月から4月にかけて、ん? なんか切り抜く量が増えているような
気がする。
紙面の内容が変わったかな?
なんかそんな感じは、する。
夕方から出動。
ん?
ふわふわしながらテクテク歩く。
わたしは日本にいるのだな(笑)
ゆっくり歩いて2時間ほど。
本屋で面白い本を見かける。
買おうにも専門書は5000円近い。
うむ。
『ハゲタカ』上下巻とも読了。
その2があるんだ。
読みたくなるやん。
困ったな。
カレーを作る。
久しぶりにブイヨンベースで作ると、やっぱりコクがあった。
お腹いっぱいになったら眠たくなってきた。
円周率45桁までの暗唱を繰り返す。
脳を刺激しておかねば。
ほぼ1日半、身体を休めた甲斐あって、なんとか動けるように
なってきた。
だが、無理は禁物。
たまには小説でも読もう。
で、『ハゲタカ』(講談社文庫)をツラツラ読み出す。
著者の真山仁さんは元読売新聞記者なのか。
読み物は、やっぱり話の展開とリズムが大切なんだな。
14時過ぎ、バイクで、ビュンと出動。
大阪に着いてK屋へ。
お、平川克美さんの新刊『経済成長という病』(講談社現代新書)
が平積みしてた。
即買いだよ。
テクテク歩いて、中崎町のAPのオフィスへ。
入口で I◎氏とばったり。
で、そのままオフィスへ。
『週刊金曜日』が届いてた。
パラパラ。
パラパラ。
あら、今週にも載ってないのね。
2月出稿の写真と記事が。
同じネタが既に某月刊誌に出てたというのに。
『週刊新潮』をパラパラ。
件の誤報連載記事(4週間の連載誤報というのも前代未聞だが)
をツラツラ読む。
酷い言い訳記事だなあ(記事にもなってないけど)
思い込みと結論ありきの創作記事(といってもいいくらい)に
続いて、今回の反省無しの、よたれ記事。
自分たちは騙された、という厚顔無恥の言い訳のオンパレード。
おそらくは週刊新潮としてはこれで幕引きにするんだろうなあ。
ま、ここの体質としてはそんなもんかも知れない。
しかし、(オヤヂ週刊誌)ジャーナリズムに幕引きをするには
良い機会とちゃうの。
◎氏と密談。
「へへへ、そういきまっか」と。
しかし、お宅もようやりますな、と。
写真の事についていえば、以下、独り言だけど・・・。
こういう時代に、ただがむしゃらに頑張るだけでは先は見えてこない
(はず)
今だに発表会風の仕事だけをしてもなあ、と。
どうやれば写真ジャーナリズムがきちんとその役割を果たすことが
できるのか。
今という時代に、メディアとして写真をどう位置づけていくのか、
ただ、目の前のことだけに振り回されていてもなあ、と。
昨年から何度も、ユージン・スミス、アイリーン・スミスの写真集、
『水俣』を見直し、読み直している。
やっぱり写真と文章で迫っている。
写真だけでも独り立ちしている。
文章だけでも唸らせる。
双方の相乗効果はさらにさらに。
なんなんだ、とひたすら思うだけ。
ま、偉そうなことと言ってもしかたない-行動を伴わねば。
うん。
今日の夕方の会合は中止となる。
で、テクテク歩いて駅まで。
Yバシで照明器具を物色。
が、気に入った形がない。
しかし、この大型家電量販店、5分もいると目眩がしてくる。
騒音とキラキラ照明と澱んだ空気が。
ここで働く人は大変だ。
野菜ジュースとロー・ファット・ミルクが大安売り。
食パンの値段が下がり始めた。
チーズとピーナツなどを買って帰る。
おさまっていた右肩の筋肉がピクピクとけいれんし始めた。
やば。
しばしごろんとなって身体を労る。
うう。
21時過ぎ、『経済成長という病』を布団にもって入ったら、うわ、
知らんうちに寝入ってた。
9時過ぎ、起きたら、身体が動かない。
右肩の筋肉がピクピクと痙攣しつつ、固まっている。
背中から腰にかけて鈍痛が広がってる。
その痛みが眼痛から頭痛へ。
さらに、頭がぼぉ~、ってか。
さらに今日は、その痛みが右上奥歯一帯まで及んでいる。
うう。
口を大きく開けて、顎を2度、3度かみ合わせしてみる。
うう、痛い。
しばし頑張ってPCの前に座るが、諦める。
ごろんと横になって身体を労る。
14時過ぎ、起きる。
全身の痛み、和らぐどころか、さらに重たくなっている。
枕元のラップトップを立ち上げると、R氏から緊急メール。
JKOだとか。
おお、なんと。
では、今日のS会は中止ということで・・・。
MNZ氏に連絡メールを送る。
で、再度、バタン。
18時過ぎ、連絡あり。
ほな、宜しゅう。
今日の会合はお流れ、と。
アクシデントは重なるなあ。
安打製造器のイチローが日本記録に並んだとか。
ああいう元気が欲しい。
普段からの体調管理が原因か。
うぅ。
新しい文書に取りかかる。
まずは、申請書の内容に目を通し、「傾向」を読み取る。
ふむふむ。
ペチペチペチペチペチ、カリカリ、ゴリゴリといつものパターンで
内容を詰めていく。
冷蔵庫を中を見ると、あ、空っぽ。
納豆しかない。
朝昼は、納豆メシだけでごまかし、再度、机にかじりつく。
あ~、美味しいもの食べたい。
ペチペチペチペチペチ。
19時過ぎ、一段落する。
8時間ほどぶっ通しで、頑張って下書きを上げる。
ふぅ。
肩がゴリゴリときしんでいる。
ビュンと◎中へ。
バナナのバラ売りセット(10本ほど)が60円。
おお、買いだ。
洗剤も88円セットが安い。
コーヒーは、「コーヒー屋さんの手造りコーヒー」が良い。
安いからといって馬鹿にできない。
いろんな豆をまぜているからといってフンとできない。
焙煎の巧さと新鮮さがウリだ。
ドリップ方式でお湯を注ぐと、コーヒー豆がボォワーと膨れあがる。
なかなか香りが良い。
うん。
書き上げた文章を、再びこね回す。
ま、今日はここまで、しばらく冷やそう。
ボーチーの来阪が中止になった。
残念。
いったん1時間ほど寝入る。
が、やっぱり気になって起き出す。
こねくり回した文章を見直す。
うう、やっぱり不完全すぎる。
書けば書くほど、意味不明、支離滅裂になる。
久しぶりの雨だ。
私も泣きたい気分だぞ。
連日の暖かさで、今年初の蚊の出現。
ペチXX 。
朝刊を読む。
と、あちこちでマスターズネタが。
オダジマンが「旦那衆は囲い込みがお好き」で書いている。
ちょっと長い引用ですが。
--------------------
実際、マスターズは、伝統と格式に彩られた特別な大会ではある。
その意味で、普通のゴルフトーナメントとは違う。強ければ良いと
いう競技会ではないし、スコアのみを競う大会でもない。
とはいえ、マスターズをマスターズたらしめている「伝統と格式」は、
一方的に素晴らしいばかりのものではない。
伝統の中には、オーガスタ・ナショナルというゴルフクラブの
保守性を露骨に表面化している要素もあるし、格式として受け止め
られている慣習の中には、排他的なものもある。
たとえば、マスターズは1970年代まで黒人選手を招待していなかった。
最初の黒人選手は、1975年に出場したリー・エルダーである。
1975年は、若い人たちにとっては歴史に属する時間であるのかも
しれない。が、私の年齢の人間にとって、'70年代は「現代」に
属している。「最近」と言っても良い。
ともあれ、公民権法は1964年に制定されている。
同じ頃、モータウンの音楽は既に全米を席巻しており、69年の
ウッドストックでは、白人と黒人がひとかたまりの聴衆になって
音楽を楽しんでいる。そういう時代に至ってなお、マスターズが、
黒人の参入を拒んでいたことは、やはり異様なことだったのである。
また、マスターズの開催地であるオーガスタ・ナショナル・ゴルフ・
クラブは、現在に至ってもなお女性会員のメンバー入りを認めて
いない。
この十年、フェミニズム団体との間で毎年のように議論が起こって
いるにもかかわらず、だ。
もちろん、私的なメンバーシップであるゴルフクラブが、その成員
構成について、どのような枠組を設けていたところで、それは
メンバーの自由である。仮に、彼らが女性を排除しているので
あっても、そのことをもって「違法」とすることはできない。
しょせんは私的な寄り合いなのだからして。
(中略)
でも、「内輪」の大会であるからこそ、その基準は、むしろ
「オープン」でないといけない、と、そういうふうに考えることは
できないのだろうか。
でなくても、マスターズの伝統と格式に対して、少なくとも、
メディアにたずさわる人間は、無批判であってはならないはずだ。
--------------------
相変わらず手厳しい。
ちゅうか、真っ当な意見だと思う。
で、話は変わるが、今日、16年夏季五輪の立候補調査のため、
国際オリンピック招致委員の評価員会のメンバーが来日したとか。
あの差別発言バリバリの都知事が音頭を取っているオリンピック
招致には反対したい。
雨だ。
夜明けに喰らったキムチぶっかけ飯が胃にドンと居座っている。
身体が重たいな。
く。
もう若くない(トー然か)
昨日の文章の続き。
手を入れてもらった朱を元に、ペチペチペチペチペチ+カリカリ。
う~、う~、と唸る。
内容よりも、文章全体にリズムがないのが気にくわない。
しかし書くしかない。
1200字書くのに2時間から3時間かかってるよ。
これで約2割終わったのか。
先は長い。
やっぱり、切れ味鋭い短い文章は苦手だ。
ダラダラ書くのになれてしまったし。
味噌ラーメン喰らって、風呂に入って、リフレッシュだ。
明日から別の官僚的ガチガチ文章を書かねばならない。
うう。
夜2時半過ぎに就寝。
8時前に目が覚める。
いそいそとゴミ出し。
晴れ模様だが、なにやら花曇りっていう感じもする。
で、布団干しは中止。
ペチペチペチペチペチ(キーボード)
カリカリカリカリ(プリントアウトしたものを修正)
ゴリゴリ(肩と背中が張る)
写真民俗誌/写真民族誌のための文章を練る。
言いたいことは湧き出てくるのだが、いったん文章にしてみると、
う~ん、ぶれる、ぶれる。
ペチペチペチペチペチ。
あかん、気分転換だ。
出動。
半袖でも大丈夫。
今日の安売りは無し。
JPNに寄って、食パン(あ、値下げだ)と低脂肪牛乳を買う。
最近、味覚が変わってきたのか、どうも低脂肪牛乳を美味しく
感じられない。
そいや、ここしばらく豆乳を買ってないな。
野菜ジュースは安売りの時に購入しているだけ。
やっぱり夏日に近い気温だ。
ちょっと歩いただけで汗をかく。
で、ひと息ついて文章練り。
ペチペチペチペチペチ、カリカリカリカリ。
う~ん、駄目だ。
文章にリズムがない。
さて、どう軌道修正すればいいのか。
ふむ。
米国の新聞業界は極寒の時代に突入したようだ。
http://graphicdesignr.net/papercuts/
を見ると、米国の新聞社ではどれだけの勢いで人員削減に励んで
いるのか一目瞭然。
いやはや、っていっている場合ではない。
かなり不規則な生活。
5時前に寝て、9時過ぎ目が覚める。
天気は良いし。
短時間とはいえ、熟睡したようだ。
今朝もなんか、悪夢ではないが、良くない夢を見たようだ。
と、早朝電話あり。
う~、そうですか、かなり急ですね。
さすがに1週間じゃ・・・と。
10時からラジオで「サンプロ」を聴くが、いやねえ、他の媒体から
の情報が面白いしなあ。
もっと地域のニュースを知りたいなあ。
なんかFOX化しているような。
暑くもなく寒くもなく。
ええ塩梅でウトウト。
春のウトウト。
ネコになりたいにゃぁ。
ほたら軒上でポカポカ陽気のもとウトウトできるに。
何をかするのか、気力が湧かない。
身体の調子がいまいちなのが原因か。
ちょっとした虚脱感、ってか。
ま、ガスファンヒーターをなおして、扇風機を出す。
文章を練りはじめる。
こねくり回してたら、まとまらず、ますます気分が落ち込む。
ラーメンキムチが美味なり。
で、食べ過ぎる。
囲炉裏で火を熾して鍋をかけるにもいろんな
パターンがある、とか。
五徳を使ったり、三角形の石を立てたり、或いは上から吊す形を
とったり。

ここチン州の、とある村では、5cmほどの鉄の板を利用している
ようだ。
で、竹筒で火を吹く。
今日もいい天気。
今日は夏日を越えて真夏日になるかな。
とりあえず布団干し。
背筋痛はややおさまった。
が、眼痛頭痛はそのまま。
ガンガン。
朝から原稿書きだ。
1日遅れているし。
前号の続き。
ペチペチペチペチペチとキーボードを叩く。
と、昼過ぎ、まだですか・・・、と。
はい、夕方までには。
アセアセ。
集中するため、珍しく音楽を聴きながら原稿を進める。
食パンを銜えつつ、なんとか書き上げる。
なんとか仕上がった。
ふぅ。
夕方ビュンと送信。
ギリギリ入稿かな。
ゆっくりと風呂に入る。
扇風機の羽根を外枠を洗う。
ゴシゴシ。
ちょいと虚脱感。
体力が落ちているのかな。
気分転換のため、ジャガイモの皮を剥く。
で、小鍋でグツグツ。
キムチが美味しいのが救いかな。
もぐもぐ。
今日もいい天気。
夏日は確実。
が、身体はつらい。
適度に身体を動かしているが、椅子に座りっぱなしで、背中から
腰への鈍痛が治らない。
その上、液晶画面を見続けているせいか眼通から頭痛と広がる。
目を閉じて安静気味。
おばかなラジオを聴く。
或いは、残り物の薬が効きすぎたかな。
ふむ。
で、ようやく起き上がる。
早寝早起き・快眠快食(3食)快便・適度な運動、ってのは無理なの
かな。
ふむ。
夢に魘された。
夢の中に、名も知れず姿も分からなぬおじさん(おじいさん)が出て
きた。
自分の呻き声で目が覚めるとはよっぽどの内容だったんだな。
寝入ると、今度は別の悪夢が。
今度は2人、はっきり覚えている。
う~、無意識になにかしらを感じているのか。
うう。
気分転換に本を読もうと手に取ったのが、また悪かった。
辺見庸『永遠の不服従のために』だ。
さらに気分が沈んだ。
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( ↑ 拡大します)
ビルマの国営英字紙は12日~16日までお休み。
MRTV-4 は1日20時間放映になるとか。
TV時間の放映は、なにやらなあ・・・。
気分転換のため出動。
Tヤまでテクテク歩く。
『グエムル 漢江(はんがん)の怪物』『バトルロワイアル』
"LOCK, STOCK & TWO SMOKING BARRELS""THE ULTMATUM"
"Le Scaphandre et le Papillon"(『潜水服は蝶の夢を見る』)
を借りる。
眼通頭痛が治まらない。
無理をして写真の編集を続ける。
我慢ならん。
で、寝入る。
2時過ぎ、目が覚める。
ホトホトこのパターンをやめたいなあ。
「上原 メジャー初登板で初勝利」
だとか。
とりあえず(含みあり)、おめでとう。
最近は、みんなメジャーリーグへと行く。
それが悪いというのではない。
というか、プロ野球選手の「上がり」はメジャーという傾向になって
きたようだ。
また、日本で上がったとしても、一度はメジャーリーグを経験して
おいた方がいいみたいだし(木田も井口も帰ってきたし)
むかしは巨人だった。
巨人(軍、ってまだ呼んでいるのかな)の凋落が激しい。
テレビ放映の視聴率も非常に悪いらしい。
東京・読売・巨人軍、っていう一極集中の終焉か。
それにメディアの東京一極集中も、そろそろ翳りが見られるだろう。
って、昨日、枕元にあった『グーグル Google』をパラパラ見る。
--------------------
湯川氏が紹介している記事の中で、「グーグルニュースを拒否する
ということはネット上での自殺行為を意味する」という (中略)
いまやグーグルはインターネットのすべてを覆うインフラ(社会的
基盤)のようなもので、グーグルの外側に出てしまうと、インター
ネット上で存在しないのも同じになってしまうということなのだ。
--------------------
これを読んで、ん?
あれ、この本、以前に読んだことを思い出した。
この一文を読んで、じゃあ、これからは如何にグーグルの載らない
ようにインターネットに関わっていくのか。
そう思ったからだ。
こういうグーグルの傾向は間違いないと思う。
それだからこそ、こういう考えに囚われてはいけないのだと思う。
実際、自分としては、いろいろな工夫で、グーグルから逃れようとして
いるのが、ホント、いやホント、難しい。
「情報のハブ」が薄れてきた今、東京一極も弱まっていくだろう。
メディアに関しては、東京という中心が溶け、巨大なネットワークの
一部となっていくだろう(数十年かかると思うが)
読売といえば1000万部というお化け部数(押し紙は2割?)の
新聞だし。
洗濯機を回す。
ここに引っ越してきてから、はじめてカーテンの洗濯をする。
いやね、やけに部屋が埃っぽくなってきたのはこのカーテンの
せいかも。
写真企画の内容を考える。
テキストの出だしが難しい。
一人ブレインストームに励む。
参考図書をツラツラ読みながら、考える。
ふぅ。
で、出動。
郵便局からスーパー2軒をハシゴする。
だいたいにして、あのスーパーは特売の日に売れ残った品物は翌週の
木曜日に同じ安売り値段で売っているのだ。
だから、特売日にこだわることはない。
4月も2週目となると、そろそろTヤも「半額メール」が来る頃だ。
写真のピックアップを続ける。
う~、目が乾く。
眼通がしはじめたぞ。
やばい。
空気が乾燥した(湿度20%くらい)ピーカンの天気で、洗濯物が
すぐに乾く。
今日の『ミャンマーの新しい灯』のトップは、ボーミャ元 KNU 議長の
息子(Saw Nay Soe Mya)の投降記事でした。
![]()
( ↑ 拡大します )
と、久しぶりに Htein Maung 元第7旅団長の写真もありました。
詳しくは→▓▓へ。
今日も1時過ぎに目が覚める。
この超不規則な生活なんとかせいよ、と。
このままずるずると朝8時まで。
ピーカンの天気だ。
さすがに、ファンヒーターをしまう。
檜の花粉が飛んでいるとか。
1cmX3当たり250粒だとか。
50粒を超えると「非常に多い」というから、今日昨日の
酷さが分かる。
ツラツラと案を考える。
ようやく一つの案が浮かぶ。
それで、いこうか。
で、仮眠。
11時過ぎ起床。
今日もピーカンの青空。
1x3cmあたり250粒の檜花粉だとか。
北朝鮮の発射は成功だとか。
そう言ったのは「かたえくぼ」だったかな。
だって、あれで、日本の防衛体制が分かったからだとか。
何がって、哀しいね。
ウエブジャーナル用の原稿の整理と写真編集。
連絡業務をツラツラ。
企画用の、詰めの写真選び。
こりゃまた、ぎょうさんあるなあ。
ずっと液晶の画面を見ていたら、目が乾く。
相変わらず、背中から腰にかけて、鈍痛が。
うう。
背中と腰を伸ばしたり、曲げたり、寝転んだり。
あ、図書館から本を借りてきてたんだ。
宮本常一『辺境を歩いた人々』(河出書房新社、2005年)
その昔、子ども向けにかいた本の復刻版である。
宮本さん自身が辺境を歩いた人だ。
その人が、その先人をどのように読み解いているのか、ちょいと
興味があったもんで。
再び写真のピックアップ。
際限がない。
1時に目が覚める。
原稿が一段落つく前後から、久しぶりウエブを徘徊しながら
ツラツラを写真を見ている。
主に、ロイターなどの通信社系のウエブをみるのだが、ま、
ほどほど個人の写真ウエブやブログも見ている。
で、感じるのだが、写真家の個性が出すぎている写真は、正直、
見ていてツラいものがある。そこまで強調せんでええやろ、と。
もちろん、いろんな写真(の取り方・見せ方が)あっていいのは、
大前提である。
ただ、歳をくってきたせいか、どうもそういう個性を強調した
写真は、はっきり言って、しんどい。
取材現場を、(いくつかの意味で)、踏みすぎている、と。
自分が繰り返し見る、写真はそうではないので。
たとえば円熟期のユージン・スミスなど。
写真を見ると、写真家の未熟さ(と若さ)が見えてしまって。
こんなことを書くようになるとはなあ・・・自分時で自分にトホホ、やで。
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在外の「北朝鮮籍の人」が批判を=橋下大阪知事
4月6日11時38分配信 時事通信
大阪府の橋下徹知事は6日、北朝鮮のミサイル発射問題に関連して、
「北朝鮮以外の国に住んでいる北朝鮮籍の人が、厳しく今の体制に
ついて、批判していかなければならないと思う」と述べた。
府庁内で記者団の質問に応えた。
同知事は「北朝鮮の中にいる国民は声を上げられない」と指摘。
日本などに住む「北朝鮮籍の人」たちが、現在の国内の情勢や、
国際的なポジションを冷静に認識し、体制を変える努力をすべき
だとの見解を示した。
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とか。
批判好きの橋本知事らしい。
行政の長が音頭を取って、こういうのをいうのが怖い。
大手を振っての煽り、ってか。
米国の大統領が、日本人に日本政策をせよと。
あるいはニューヨーク市長が日本人に、日本政策をせよと、
「節度」<decency>あるもの言いはできないものか、と。
昼から写真編集や連絡業務などをしているうちに、やけに、知らず
知らずのうちにハイテンションに。
ウエブ連載の原稿と写真のまとめに入る。
うう。
えっ。
そんな。
う。
普通とは反対だな~、と。
で、この時期(3月~4月)になるといろいろな問い合わせが入る。
フォトジャーナリストになりたい、とか。
写真家になりたい、とか。
ビルマに行きたい、とか。
カレン民族解放戦線(KNLA)に従軍したい、とか。
日本の春だな。
で、最後のリクエストについては、今年の1月末、武装抵抗闘争が
60周年を迎えたこともあって、問い合わせがある。
ま、問い合わせの前に、最低限の前提として、イラワジ誌などを
読んで現在のKNUの状況を知っておいて欲しい。
それに、日本人義勇兵に関して今、カレンのことを語れる人は、
まず誰もいないと思う(そういう私がそう書くのは矛盾しているが)
今取り組んでいる原稿でも、私はこう書いている。
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だが、私がカレン軍の将校や兵士たちと話をする中で、まず名前が
出るのは西川氏や I 氏の名前であって、勝手気ままに武勇伝を語る
他の者では、決してない。
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特に今年2月、某所で会ったM氏(カレン人)は、90年にKNLAの
中に入った日本人義勇兵たちの上官だった。
M氏が記憶している中で活動しているのは西川氏と I 氏だけだった。
それだけキチンとこの2人は、カレンのために活動していた。
また、今回のカレン民族同盟の60周年の「革命記念日」に関しても、
事実上、式典は観光化していた。つまり、祭典化していた。
メソットで働く外国人(西欧人、タイ人、日本人)たちも大挙して
やって来ていた。
それに、みなさん、それぞれ高性能のデジタル機器をおおっぴらに
持参してましたし。
例えば、50周年の「式典」から60周年の「祭典」への移行を
キチンと見抜けないとね。
それに、毎度のことながら、わけの分からん人が数人出入りしてたし。
で、上記のイラワジ誌でのインタビューにある通り、第2・第3・第5
旅団が事実上活動地点なので、メソット近郊のGHQや第7旅団や(元)
第6旅団ではない。
メソット(メソト、メーソット、メソドとも言うからややこしい)
から日帰りするような所に、現在のカレンの拠点はない。
カレンに行こうと思っている人は、(いろんな意味で、いろんな人に)
騙されてはいけない、と思う。
夜、OBマンションにてバイクの件。
と、すぐに寝入る。
晴れだ。
青空だ。
ポカポカ暖かい。
が、なぜか身体が重たい。
原稿がようやく落ち着いたので、机回りの書類を整理。
年金の書類を返信。
銀行の書類を返信。
YBBのモデムや無線ランカード、ACアダプタなどを袋詰め。
どうやっても3辺60cm以内におさまらない。
ま、これで苦労させられたYBBとはおさらば(のはず)
が、iPhone を買ったりして。
たまっていたビルマ関係の
ニュースを整理する。
"The NEW LIGHT OF MYANMAR" とか。
3月分はなんとかアップ。
と、5日付の記事に気になった内容が。
ボーミャの息子が寝返った、と。
うわ、なあ。
![]()
Saw Nay Soe Mya さんよ、お父さんが泣いてるよん、え。
が、ま、それぞれの判断だし、な。
昼過ぎ出動。
桜を見ながらテクテク歩く。
街角のポスターで選挙がひたひた近づくのが分かる。
と、麻生ポスターがなくなり、古賀・谷垣ポスターが増えてたわ。
夕方、ドンッ、と原稿を編集者に送る。
写真のピックアップにとりかかる。
60点の予定だから、候補を含め、100点近くを選び出す。
さ、これからが大変だ。
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ジャストシステムがキーエンス傘下へ、
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ってか。
安定した経営で、ATOKを強化して欲しい、と。
大根を蒟蒻を炊く。
カレーに「ゴボウ天」を入れてみる。
20時過ぎ、猛烈な睡魔が襲ってくる。
21時・・・机の前で崩れ落ちていた。
ビルマ情報を追加しました。
http://www.uzo.net/burma
IDとPWが必要となっております。
2009年04月06日
2008年09月17日
朝4時過ぎ目が覚める。
う~ん、ちょいと頭痛がしてるなあ。
実は、機械チェックって大変そうだな。
連絡作業をいくつか。
朝刊に目を通す。
チーズトーストを喰らい、苦くて薄いコーヒーを飲む。
と、枕元にあった短編の村上本『東京奇譚集』を手に取る。
読み残していた、「日々移動する腎臓のかたちをした石」をツラツラ
読む。
ふむ。
なぜか、私も短編小説を書けるかな、って思ったりする。
8時過ぎから、仕事に取りかかる。
1時間、集中。
さ、あと残り、冒頭の1章だ。
いや、これが大変。
昨夜仕込んだカレーにルーを入れる。
が、ルー不足でペチャペチャになる。
う。
で、以前もらったネパールカレーの元(あ、賞味期限は4年前、が、
まあいいだろう)を入れる。
ぴりっとして、ほどよい良さとなる。
ひたすら修正。
鹿島アントラーズ勝つ。
なんや、(忙しぶってんのに)仕事に集中してないやん。
って、ほぼ先が見えてきたから。
しかし、原稿を書きながら思うんだけど。
これって仕事じゃないね。
仕事と生活と生き方の線引きできない。
ごちゃまぜ。
喰うためにやってるんじゃないけど、やらなきゃ喰えないし。
と、今月号の『諸君』(5月号)で秦郁彦さんが新証言として、
「インパール戦 山守大尉、死の突撃」というのを寄せている。
日本でビルマの現状がなかなか伝わらないのは、どうしてか。
ずっと考えていた。
このような一文にそのヒントが隠されているように思える。
いや、その内容じゃなくて。
こういう情報の一方通行という、日本にとっての不幸は、そしてまた、
ビルマにとっての不幸は、両者の関わりが極めて不均衡なのだからと
思う。
確か、吉田敏浩さんが書いていたように思う。
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日本軍将兵とビルマの人びとのあいだにも、やはりふつうの民衆同士
としての出会いがなかったのだ。日本の男たちは国家の一歯車として
やって来た。
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まさにそうだと思う。
軍事力を背景にした兵士たちが、第2次世界大戦時、ビルマに侵攻した。
そういう兵士たちが戦後、日本に戻り、ビルマを語った。
それゆえ、そこには自分たちの戦争の記憶はあったとしても、現地に
住む人びとの暮らしを見つめた記憶や記述が少ない(ない、と言って
いるのではない)
それ故、ビルマを語る時には、いまだに「インパール作戦」である。
現在、ビルマに住んでいる日本人は300人前後であろうか。
それに対して、日本に住んでいるビルマ人は10,000を超えて
いると思われる。
節度ある2国間関係を結ぼうとすれば、そこに、節度ある民間交流、
民衆同士の出会いがなければならないと思うんだが。
情報や交流の一方通行では、困る。
ちゃいますか?
(って、誰に向かって言っているのか、さて?)
日付が変わる前、ようやく、ふぅ、と修正(2回目)終わる。
さ、しばらくは文字から離れよう、っと。
う~、また昼夜逆転の生活に陥りそうだ。
やべぇ、ぞ。
態勢を立て直さねば。
晴れの予報だったのに、洗濯にはちょいと不十分。
カリカリ&ペチペチペチペチペチと原稿をいじる。
M氏に、第1弾を送る。
目を通すだけで大変だなあ(って、人ごとやん)
<2>章の修正がなかなか進まない。
事実関係と表現とリズムがバラバラだ。
う~ん、同じ箇所を何度も書き直す。
と、メールエラーがいくつか戻って来ている。
あ、YBBを解約したのに、設定変更(転送解除)を忘れてた。
インターネットを初めて18年、いろんなプロバイダーを経てきた。
ニフティサーブ
ベッコウアメ
アサヒネット
ニフティ
ヤフー
で、
ソーネット
と。
イー・モバイルも興味あるけど、カバー領域がもう一歩。
しかし、タイに比べて、通信料が高い(気がする)
ペチペチペチペチペチと修正作業。
17時過ぎ、出動。
テクテク歩いて、Rまで。
この2日ばかり、ちょいと運動不足だった。
でも、健康のために体を動かすのは、実は、億劫だったりして。
CPでラーメンとPBチーズを買う。
Dエでピーナツと大蒜を買う。
翌日のカレーを仕込んで、ネギ山盛りのラーメンを喰らう。
カリカリと、ペチペチペチペチペチと作業なり。
22時過ぎ、ウトウト。
PCの電源を落とし、布団の中で、ラップトップの電源を入れる。
無駄な時間をすごしたい。
ではなくて、
無駄に時間を過ごしたい。
今のこの世の中、お金でもグルメでも、ファッションでも、
その他でもない。
これこそが一番の贅沢かな、と。
と、こんな風に、そんな考えに囚われていることこそ、無駄な時間を
なんとかしたいという強迫観念の表れかも知れない。
時間の使い方なんて、すっきりと忘れたいよね。
こんなこと意識にのぼること自体、まだまだ自分の修行が足りません。
はい、心がけます。
朝4時に寝る。
昼前に起きて、作業を続け、銀行へ行って、スーパーをハシゴし、
フゥ、とひと息ついて、作業を続ける。
やっと先が見えてきた。
やっと写真の仕事ができそうだ。
5月に締め切りラッシュがあるということは、4月にしなければ、
ということなんですね。
ううう。
中途半端な晴れ間。
夕食は、白ネギをかじりながらほうれん草を噛み噛みし、あぶった魚
を喰らう。
朝4時頃まで、ぬぅえぇ~、と過ごす。
今日から4月。
いわゆる、新年度、ってか。
が、相も変わらず同じ調子。
食パンをかじりながら苦くて薄いコーヒーを飲む。
昼過ぎ、突然の雨。
今日からインターネットのプロバイダーを乗り替えだ。
10時前、回線が切れる。
で、ウトウト。
昼過ぎ、昨日届いたばかりのモデムを取り替えて電源を入れると、
あっ、簡単に繋がった。
NTTの局内工事は2、3時間で終わったようだ。
無線ランもサクサクセットアップ。
今日から「ウダ企画」は株式会社化された。
さ、とりあえず、目の前の仕事をがむばろう。
うん。
ペチペチペチペチペチと作業を続ける。
ちょっと根の詰めすぎかな。
ま、来週から今以上に忙しくなるしなあ。
今週末がピーク、だよ。
え、『オーマイニュース』が終わってた。
知らなかった。
と、いうより、やっぱりか。
夜昼兼用のシャビー汁。
数は少ないといえど
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