2009年5月アーカイブ

 6時過ぎ、手を止める。
 ふぅ。
 寝不足と打ち込み作業続きで、またまた右肩が痛くなる。
 が、続けるしかないなあ。

 PCを立ち上げて、作業を始めようと思ったら、あ、何かおかしい。
 データベースのプログラムが動かない?
 ん?
 なんで。
 
 昨夜、データのプログラムを修正した時、どこかおかしくなったらしい。
 どこが?
 バックアップしていたプログラムを戻しても正常に作動しない。
 う~ん、なぜだ。

 2年半ほど前に使ったきりのマニュアル本を引っ張り出し、いちから
 プログラムを点検する。
 元データをあちこち屋上屋を架してしまったので、どこをどう見れば
 いいのか・・・。
 困った。

 プログラムがキチンと作動している場合は余計をしないのに限る。
 ペチペチペチペチペチ。
 
 ご飯を食べる余裕もなく、PCに取り組む。
 外は薄暗くなってきた。

 正直、何もかもイヤになってくる。
 なんでこんなことしてんのだ、と・・・。
 とことん。
 つくづく。

 そういう弱音を吐く自分にも・・・。

 
 (抜粋)

 日付けが変わって、帰宅。
 やっぱり汗をかくわ。
 水を浴びてひと息。
 深夜に水浴びをするのはあまりよくないと、誰かがいってた。
 さて。

 ▓▓ さんからもらった「たねや」のよもぎ餅を喰らいながら
 
コーヒーを飲む。
 
 と、うふうとうと、机に脚を上げたまま(どんな格好やねん)寝入っていた。
 う、ふくらはぎが攣る。
 ぴくぴく。

 『朝生』を危機ながら入力作業に励む。
 ペチペチペチペチペチ。
 風が強い。
 カーテンがはためく。

 夜食にチーズトーストを食らう。

 4時過ぎ、入力作業の手を止める。
 朝刊に目を通して寝入る。
 また、不健康な生活に逆戻りしそうだ。
 
 目が覚めたら良い天気。
 風もいい感じ。
 気温も高くなっていない(屋上が熱せられていない)
 春の気分の良くなる一日だ。

 グーグルは便利になっているようだ。
 が、過剰な情報を仕入れて現地に行ってしまうと、知らない人に会う、
 知らない土地を歩く楽しみがなくなっているような。

 知らないこと、不安なことを楽しむ余裕がなくなっている。
 だから死を過剰に怖れるのだな。

 とりあえず作業を続ける。
 写真作業に加えて、しなくてもよいビルマ関係のデータの処理方法を
 考える。
 ふむ。

 と、作業の渡中、気分転換に映画を見る。
 "INSIDE MAN"
 全体に流れる重たい気分が良い。
 ストーリーはちょっと荒いけど。
 
 で、作業を続ける。
 ペチペチペチペチペチ。

  裁判記事続報です(2009年5月30日)
 
  裁判もいよいよ大詰めです。
  今日は米国人の足跡(いや、泳ぎ跡)です。
  
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  (↑ 大きくなります 704X1000 )

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  (↑ 大きくなります 1000X663 )

 19時から写真民俗誌/写真民族誌についての話を始める。
 いつものビルマ報告とは異なるアプローチ。
 
 「写真の見方を通して」ビルマを見るのである。
 「写真を通して」ではない。
 このアプローチに取り組み始めて1年くらいなので、
 まだまだ試行錯誤、五里霧中状態である。

 一般的に写真の良さは、例えば「ボケ味」にあるという。
 例えば、このような写真である。
 
  DSC_1652.jpg
 ( ↑ 大きくなります)

 人物を使った広告の手法でもある。
 
 消滅寸前のタロン族のダウェさんを強調している。
 
 もちろん人物を強調するために必要な手法である。
 だが、彼の背後には、彼の住んでいる(ビルマ・カチン州の山奥)
 自然環境も写り込んでいるのであるが、それが撮影者の
 図によって消されてしまっている。
 
 もしそこに、珍しい植生が映っていたなら、それはそれで貴重な
 記録ともなるはずだ。

 もともと時間と場面を極めて限定的に写し撮る(切り取る)カメラは
 自ずと限界があるのだ(今さら、いわでもがな、であるが)

 内田センセが言葉にこだわるように、私は写真という静止画に
 こだわってコミュニケートしてみようとしている。

 写真によるメタメッセージとは何か、というより、実際のところ、
 そういうことを考えるということはどういうことなのか、今はまだ
 その辺りをうろついている状況なのである。
 ふむ。

 ▓▓ さんからティェリー・ファリーズ『銃とジャスミン』を借りる。

 (抜粋)

  裁判記事続報です(2009年5月29日)
 
  裁判もいよいよ大詰めです。
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  (↑ 大きくなります 854X1200 )

 宮本常一『宮本常一』を読み続ける。
 本人が書いたのだから、まあ、面白い。
 
 いろいろと考えさせられる。
 文字も覚えるし。
 新しい語句も覚えるし。
 江戸時代から明治時代に変わる時代の転換期を庶民の暮らしの
 面から捉えるとこんな風になるんだ。
 
 「御一新のあとさき 抄」は面白い。
 --------------------
  嘉永六(1853)年六月三日ペリーはアメリカの軍艦四隻を
 ひきいて日本の浦賀を訪れた。
 (P.318)
 ・・・
 ・・・
 ・・・
  ペルリの来航による衝撃と、それによって村人が急に学問など
 はじめようとしたのも、敏感さの故であろう。
 (P.391)
 --------------------
 ん?
 章の冒頭で、ペリーと書いていたのを、最後でペルリとなっている。
 なぜだ?
 
 ウィキペディアで調べてみると。
 --------------------
 来航当時の幕府はオランダ語通訳を使用していたため、
 当時の文書にはオランダ風発音の「ペルリ(漢字では彼理)」で
 表記された。
 --------------------
 そうなんだ。
 オランダ風の発音だったんだ。

 で、気になった。
 ペルリ(蘭)がペリー(英)という発音に変わった。
 その昔、日本文の表記には、「ー」がなかったように思える。
 この「ー」表記は、いつ頃からどのような経緯で生まれてきた
 のだろうか。
 たとえば、アウンサンスーチーという名前表記でも「ー」が
 2つも使われている。

 う~ん、う~ん、と考えてみる。

 また、ビルマ語には、キャ・キュ・キョという発音がない。
 アウンサンスーチーはローマ字表記をすると、
 Aung San Suu Kyi
 となる。
 
 だから、アウンサンスーチーさんの事を知らな人は、文字通り、
 「あうん・さん・すー・きぃー」と発音してしまう。

 その昔、日本軍がビルマに侵攻した時、
 ミッチーナ(Mytikyna)はミィトキー
 と
 メッティーラ(Meiktila)はメイテクラ
 などと発音・表記された。

 だから、ビルマの人は、東京(Tokyo)を発音するのに、「トーチョー」
 と発音した。

 
 またその昔、日本では「チャ・チッ・チュ・チョ」のなかの小さな
 「ゃ、っ、ゅ、ょ」を発音できない人が多かったという(出典は忘れ
 たが)

 ま、日本の人が英語の L と R の発音の区別が苦手なのも似たような
 ものか。

 異なった国・地域・民族、あるいは同じ地域や人びとの間でも、ある事象
 を指すのに発音や表記が異なるのは、ま、不思議でも何でもない。

 それにしても、「ー」というのばす表記の出典を知りたい。
 
 なぜ、こんなことにこだわっているのかというと、こういう言葉による
 コミュニケーションを映像(静止画である写真)に置き換えることは
 できないのだろうかと考えている。
 
 物の見方、記録の仕方、提示の仕方も改めて再検討する必要が
 あるのではないかと考えている。
 
 う~ん、う~ん、頭に血が上ってきた。

 (抜粋)

 今から17年前、ビルマとタイ国境にカレン人難民キャンプが
 あった(今もあるけど)

 ここは、メラ(ベクロー)キャンプに統合される前のショクロー
 キャンプである。
 
 あの頃(1993年当時)、いくつのキャンプがあったのだろうか。
 今度調べてみよう。
 うん。

 
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 ( ↑ 拡大します 1000X656 )
 
 今も昔も子どもたちは声を上げて学ぶ。
 こう見ると、モノクロ写真もなかなか趣がある(自己満足?)

 

  裁判記事続報です(2009年5月28日)
 
  今日のメイントピックは、国連安保理への
  ビルマ軍事政権(タンシュエ議長)の対応です。
 
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  (↑ 大きくなります 1000X590 )

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  (↑ 大きくなります 856X1200 )

  裁判記事続報です(2009年5月27日)
 
  スーチー氏の自宅軟禁解放のニュースが流れてます。
  何のことはない、この裁判で、次の軟禁(拘束)準備を進めて
  いるのだからな。
 
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  (↑ 大きくなります 567X1146 )

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  (↑ 大きくなります 705X1000)

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  (↑ 大きくなります 765X743 )

  bd04029.JPG
 ( ↑ 大きくなります。1000X565)
 
 静かに佇むにはわけがある。
 騒ぎを起こそうというのではない。
 それを騒ぎだ、と騒ぎ立てる人びと(当局)がいるのが事実である。

 bd04028.JPG
 ( ↑ 大きくなります。1000X570)
 アウンサンスーチーさんは今、3度目の自宅軟禁に置かれている。
 
 そのきっかけとなったのが「ディペイン事件」である。
 
 その事件の直後、病院に入院したスーチーさんの回復を願って
 病院前に人びとが佇んだ(2003年9月)

 このイメージは初登場だ・・・。

  裁判記事続報です(2009年5月25日)
  今日は、隣国タイへのメッセージ(というか抗議)です。
 
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  (↑ 大きくなります 1000X666 )

 裁判記事続報です(2009年5月23日
 今日も大きく報道されてます。
 
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 (↑ 大きくなります 763X1474 )
 日付け部分を移動(合成)しました。

 以前にもアップしたけど。
 ビルマの餅つきです。
  
 
http://blog.uzo.net/2005/10/post-853.html

 今日の『朝日新聞』朝刊(2009年5月22日)に台湾での
 餅つき記事が出てました。

 で、ビルマのお餅は「つく」というより「こねる」という感じになる。
 が、「練り餅」の場合は、原材料は穀物の粉のはず?
 
 で、ビルマのタマネの原料は、というと。
  bu00714.JPG
 やっぱりお米だ。
 
 これをかまどで蒸しているといってよいのだろうか。
 ふむ。

 どうも眠ることができない。
 で、手元にあった、分厚い写真日誌を開く。
 宮本常一『写真・日記集成』(上)だ。
 480ページの大著の、おお、凄い分量だ。
 
 と、1955年-昭和30年から始まっている。
 え、宮本が47歳だ。
 うわ、来年、自分がこの年齢になるのに・・・。
 まだまだ現場で写真を撮らなあかんちゅうことか。
 甘えとったらあかんちゅう、ことやな。
 うん。

 数時間かけて、ざぁ~って上巻のすべてに目を通す。
 ふぅ、っていう感じ。
 
 良かった。
 なにがって?
 そう、今になってようやくこの写真日誌を見たこと。 
 だって、自分の写真を撮るスタイルが決まっているからね。
 でないと、10年も前にこの写真日誌を見ていたら、その内容に
 必ず引きずられてしまっていただろうと想像してしまうからだ。
 
 しかし、人びとのくらしをそういう見方ができるんだなあ、と
 ため息ばかり。
 
 お腹が空いた。
 バナナを喰らいたいけど、深夜だしなな。
 つらつら考え事をしていたら、あ、朝刊が来た。
 もう寝よう。
 
 起きたら9時半過ぎ。
 うう、っていう感じ。
 深く寝たような、でもボォ~ってしている。

 雨降りだな。
 にぶい雨。

 とりあえずコーヒーを飲んで、目をさます。
 寝る直前にも、寝入るための薬として飲んでるだけど。

 作業を始める。
 ペチペチペチペチペチ。
 ようやく1/3ほど終了。

 きうりのサンドイッチを喰らう。

 ペチペチペチペチペチと作業続行。

 とある官僚的文書の案を考える。
 が、どうもまとまらない。
 ふむ。
 
 あっという間に夕方。

 ラジオをつけると野球放送をしていた。
 と、解説は福本さんだった。
 この人くらいだろうか、解説だけで人を惹きつけて、そのついでに
 野球放送を聴こうと思うのは。

 「日経ビジネス」のオンライン対談「人生の諸問題」でも
 オダジマンと岡氏が言っている(「O氏の電通入社試験突破作戦」)
 --------------------
 小田嶋 あと、面白いのは福本(豊)ね。

 岡   ああ、福本ね。そうでない解説者の場合、試合での明らかな
     ミスをミスと言わないもんね、ベンチのミスにしても、
     選手のミスにしても。
 --------------------
 放送コードギリギリ?の内容で野球解説を続ける福本さんは、おもろい。
 
 
 で、この3日間、運動をしていない。
 ちょっとだらけ気味。
 で、怠け心にむち打って出動。
 町中は、やたらとマスク姿が多いので、怖い。

 図書館で本を返し、別の本借りる。
 大野晋/宮本常一ほか『東日本と西日本』(洋泉社、2006年)
 
 Dエに寄る。
 が、安売り無し。
 で、◎ナカへ。
 こちらは安売り多し。
 レタスやワカメを中心に買い物。
 パンはJパンで88円なり。
 で、テクテク歩いて帰る。
 
 今日は1時間半ほど早足で歩く。
 汗まみれ。
 水風呂に入る。
 冷やっこい。

 『調査されるという迷惑』の書き抜きを終了。
 --------------------
 なぜ、論文という「堅苦しく」「つまらない」形式のものばかりを
 生産する苦行にいつまでも耐えなければならないのか。むしろ、
 研究者自身が既成のアカデミズムの壁をやぶり、内容だけでなく
 発表の形式をも変えていくように、調査地の住民に励まされていると
 とらえるべきではないのか。
 (PP.102-103)
 --------------------
 発表形式を変えなければならないのは、研究者だけでなくメディア
 にも関わる者にもいえることだなあ。
 
 で、昨日読んだ立松氏の件が気になり、グーグルで検索していくと、
 あ、やっぱりというか、出てきた。
 --------------------
 立松和平の栃木弁
 
 立松和平が、
 二度目の盗作騒動
 を起こした。前回
 光の雨事件
 では、立松の盗作は大騒ぎになったが、今回はそれほど騒がれてない
 のは立松が作家としては終わっている証拠
 でもあるし、それ以上に
 文学がとっくに終わっている状況
 を示している。いまの立松は
 小説も書いたりする「文化人」
 であり、
 (略)
 
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/06/post_9da5.html
 --------------------
 う~ん、昨日の続きからすると、立松氏による盗作は最低3度ある
 ということか。
 
 私の回りにも、盗作ではないけど、人を利用だけする同じような人が
 いる。
 ま、名前は出さないけど。

 あ、日付けが変わる。

  裁判記事続報です(2009年5月22日)
  今日も大きく報道されてます。
 
  特に左のコラムでは、日本の中曽根外務省からの電話を
  例に出して、今回の事件はビルマ国内の法律に従って処理
  されるとしています(内政干渉するなよ、と)
 
  nlm0522_2009-00.jpg
  (↑ 大きくなります 1200X1652 )

 ちょっと読みづらいため、テキストを抜き出してみました。

  --------------------
 
Incident timely trumped up to intensifyinternational pressure
 on Myanmar by internal and external anti-government elements

 FM U Nyan Windiscusses recent developments in Myanmar with
 Japanese counterpart

 NAY PYI TAW, 21 May ??Minister for Foreign Affairs of Japan
 Mr. Hirofumi Nakasonemade a telephone call to U Nyan Win,
 Minister for Foreign Affairs of Myanmar, at 2.45 p.m. on 18
 May,2009 and they had friendly discussions on the recent
 developments in Myanmar.
 
 Japanese Foreign Minister expressed his concerns about the
 recent lawsuit against Daw Aung San Suu Kyi. He was also
 concerned that the action taken by the Myanmar government
 might affect the views of the international community on
 Myanmar as well as the successful holding of the general
 elections in 2010. As he learnt about the recent illness of
 Daw Aung San Suu Kyi, he urged to give humanitarian
 consideration in this respect. Although the issue is domestic
 legal process of Myanmar, he requested the Myanmar government
 to find an appropriate way in solving the issue taking into
 consideration the views of the internationalcommunity.
 Moreover, as Myanmar is now at a critical juncture in its
 democratization process, he was hoping that it will be
 advanced into a process which could be given high regard by
 the international community.
 
 Minister U Nyan Win responded that the incident involving
 Daw Aung San Suu Kyi and an American citizen could possibly
 be created by the other side and not by the Myanmar government.
 This incident will proceed fairly according to the law.
 Daw Aung San Suu Kyi was also given the right to defend her
 case in consulting with her lawyers. The American citizen was
 also allowed to get lawyers and granted consular access
 according to the Vienna Convention. He had no idea what
 kind of legal action would be taken against Daw Aung San
 Suu Kyi. The court will decide according to the law. Both
 Daw Aung San Suu Kyi and the American citizen are in good
 health. Well-qualified doctors and specialists are assigned
 to attend to their medical needs. Myanmar is trying to build
 improved relationship with countries all over the world
 including US, Japan and European nations. Minister U Nyan Win
 expressed his opinion that, at a time when US,Japan and
 European nations are reviewing their policies on Myanmar,
 it was likely that this incident was timely trumped up,
 to intensify international pressure on Myanmar, by internal
 and external anti-government elements who do not wish to see
 the positive changes in those countries'policies towards Myanmar.

 MNA

 --------------------
 Hearing on lawsuit against Daw Aung San Suu Kyi, Daw Khin Khin
 Win, Ma Win Ma Ma and American Citizen Mr John William Yettaw
 continues for fourth day

 NAY PYI TAW, 21 May - Criminal Case No. 47/2009 filed against
 Daw Aung San Suu Kyi, Daw Khin Khin Win, Ma Win Ma Ma and
 American citizen Mr. John William Yettaw went on for the fourth
 day at the court ofYangon North District today. 
 
 When he was asked by U Nyan Win, lawyer of Daw Aung San
 Suu Kyi, Prosecution witness Police Captain Tin Zaw Tun said
 he arrived at the residence of Daw Aung San Suu Kyi at 7.20 am
 on 7 May to seize the items left there by Mr. John William Yettaw
 and to investigate the entry of Mr John William Yettaw. During his
 searchof the residence, he was not disturbed by Daw Aung San
 Suu Kyi, Daw Khin Khin Win and Daw Win Ma Ma, he said. He
 asked Daw Khin Khin Win and Daw Win Ma Ma to wear chadors
 and took photos of Daw Khin KhinWin and Daw Win Ma Ma,
 he answered.

 Asked by U Hla Myo Myint, lawyer of Daw Khin Khin Win and
 Daw Win Ma Ma, Police Captain Tin ZawTun answered that if
 Bahan Township Police Station provided security to the
 residence under restriction orderevidence (b-2), separate
 units would take responsibility for main security duty.

 In response to the question of Mr. John William Yettaw's lawyer
 U Khin Maung Oo, Police Captain Tin ZawTun said that the reason
 he could say the two sets of clothes were the chadors for Muslim
 women was that they were usually worn by Muslim women; and
 that Daw Aung San Suu Kyi said the chadors were just given to
 her as a present.

 In his statement, prosecution witness U Zaw Tin from Criminal
 Case No. 47/2009 said that he is serving as Chairman of
 Ngahtetkyi Ward Peace and Development Council in Bahan
 Township; that he was summoned to the township PDC office 
 at 5 a.m. on 7 May and met with Police Capt Tin Zaw Tun; that
 at about 5.30 a.m. Police Capt Tin Zaw Tun took him together
 with Kyaikkahsan Ward PDC Chairman U Khin Nyunt to Daw
 Aung SanSuu Kyi's house on University Avenue; that when
 they got permission to enter the house, they entered it; that
 when the police captain showed a photo and asked Daw
 Aung San Suu Kyi if she knew the man in the photo,she replied
 she did; that Daw Aung San Suu Kyi then asked a young
 women to bring the items the foreigner left;that besides,
 Daw Aung San Suu Kyi said there was a Dhamma book he
 left and she went upstairs to bring it; that the seized objects
 were all listed in their presence and altogether there were 23
 items; and that she also showedthem the room the foreigner
 stayed in.

 In his statement, prosecution witness Manager U Kyaw Thu of
 Beauty Land Hotel said that the hotel addresswas No. (188/192),
 33rd Street, Kyauktada Township; that Mr. John William Yettaw
 put up at the hotel two times - one time from 7 November to 3
 December 2008 and the other on 2 May 2009; that he stayed
 there only for one day and paid for the room for five days; that
 at about 10 p.m. on 3 May he said that he was going to spend
 the night at his friend's house and left the room key; that he did
 not come back to the hotel on 4 and 5 May; that at about 10 a.m.
 on 6 May, Police Captain Sa Kyaw Win and witnesses Ward
 PDC Chairman U Myo Thein and head of hundred houses
 U Htay Oo arrived at the hotel and the hotel room Mr John William
 Yettaw stayed in was shown to them; that some clothes and a
 big bag were found on the wardrobe in the room; that there
 were altogether 6 1items including the items in the bag; that he
 signed the search form as the one who handed over the seized
 objects;that Police Captain Sa Kyaw Win and police members
 went back to the hotel at 6.20 p.the same day and asked
 permission to search again the room that Mr John William
 Yettaw had stayed in; that together with Chairmanof Ward
 Peace and Development Council U Myo Thein and Head of
 100-house U Htay Oo, he took them to that room; that they
 went back there to check three 100-dollar notes in the cover
 of telephone directory as said by Mr.John William Yettaw;
 that he signed the search form in the presence of the witnesses
 as the one who handed the dollar notes.

 In questioning another prosecution witness U Khin Nyunt,
 Chairman of Kyaikkasan Ward PDC in BahanTownship, he said
 that he went to the residence of Daw Aung San Suu Kyi
 together with Head of Bahan TownshipPolice Force Police
 Captain Tin Zaw Tun and U Zaw Tin at about 5.30 a.m. on
 7 May; that they got permissionto enter the house at
 7.20 a.m.; that when the police captain asked Daw Aung San
 Suu Kyi whether she knew the man in the photo showing her
 a photo and a paper she replied that she knew him; that
 Daw Aung San Suu Kyireplied in the affirmative when the
 police captain asked her if there were some objects the
 foreigner left; that DawAung San Suu Kyi handed the items
 the foreigner left; they listed them in the search form and
 confiscated them;that there were 23 items; that some of the
 23 seized items as far as he remembered were two black
 chadors usuallyworn by Muslim women, two skirts, two scarves,
 three pairs of sun glasses; one red torch light; that she
 was responsible for those things and signed in the search
 form; that, when Police Captain Tin Zaw Tun asked whosethose
 things were, Daw Aung San Suu Kyi said that they were given
 to her as presents; that, at the request of Police Captain
 Than Soe, they went to Daw Aung San Suu Kyi's house at
 twelve noon on 12 May; that they got permission to enter
 the compound of the house at about 1 p.m. that they happened
 to see Daw Win Ma Ma coming out of the house, carrying a
 pillow, a pillowcase, a white plate, a spoon and fork,
 two paso (sarongs), a T-shirt and a large towel; that Daw
 Aung San Suu Kyi handed over those things, saying they were
 the things the foreigner used during his stay at her house.

 Then prosecution witness Police Major Aung Htut Kyaw was
 examined. He stated that he was in charge of the computer
 section of overseas division; that Police Captain Maung
 Maung Myint handed over to him the things said to be Mr John
 William Yettaw's, that they were a Canon camera and six
 memory cards, that there were 331 photos and one video file
 filmed by Mr John William Yettaw himself in Daw Aung San
 Suu Kyi'shouse; that the video file and photos showed
 flippers, different stages of using flippers, Mr John William
 Yettaw trying them on, Mr John William Yettaw in disguise,
 the downstairs sitting-room of the house and pictures there,
 and his photos taken by himself on his arrival at Daw Aung San
 Suu Kyi's house at night. Police Major Aung Htut Kyaw showed
 the photos with the help of a computer. In the video file,
 Mr John William Yettaw said that he was in Daw Aung San
 Suu Kyi's house and asked for her permission to take her
 photos and to upload them on YouTube website; that he
 throught she refused because she was frightened; that he
 had caused her a lot of trouble on 30 November 2008; that
 he left his family behind; that he believed God was with
 him and protect him; that he admired Daw Aung San Suu Kyi;
 that he did not blame her for not allowing himto take her
 photos; that she would have to face lots of hardships in
 future; that he prayed that he might be ableto help her;
 that he spent the previous night at the house; that today
 was 6 May; that he had been hoping thewhole night to go
 back to Thailand; that he felt delighted and proud of
 staying there.

 The proceedings were adjouned until 10 a.m. on 22 May to
 examine the rest of prosecution witnesses. - MNA
 --------------------

 4時過ぎ、『調査されるという迷惑』を読了。
 ふぅ。

 と、第三章の[追記]に気になる部分があった。
 --------------------
 その後、作家Tこと立松和平氏に対しては、盗用問題も含め
 『週間金曜日』でのやりとり(安渓、一九九三a/立松、
 一九九三/安渓、一九九四)を手始めに、被害者とともに一〇年を
 越える対策を余儀なくされることになる。(安渓、二〇〇二b。
 詳しくは
http://ankei.jp で「立松和平対策事務所」を検索)。
 ・・・・・・。
 (P.57)
 --------------------
 とあったので、
http://ankei.jp を見てみる。
 で、立松氏の問題を考える。

 と、安渓センセもなかなかステキな検索システムを入れている。
 プロですね。
 
 あ、空が明るくなってきた。
 朝刊に目を通して、5時過ぎ寝入る。
 
 9時半過ぎ、目が覚める。
 さすがに疲れている。
 
 ビュンと外出。
 午前中に買い物を済ます。
 最近、お米の消費量が激しいので。
 
 朝一番で、こんなに早くから買い物する人が多いんだ。
 通りで夕方になると、野菜などはショボイものしか残っていないんだ。
 ま、スーパーによっては16時ぐらいから新しい商品を出すところも
 あるけど。

 2時間ほど寝入る。 

 で、作業続行。
 ペチペチペチペチペチ。

 最近、更新頻度が少ない内田センセのブログを読むと、
 おお、
 --------------------
 ハリウッドのC級映画では「ゾンビも怖いが、死なない兵士も
 捨てがたい、さて、どちらを取るか」とか「アナコンダも怖いが、
 不死の蘭エキスはぜひ手に入れたい、さてどちらを取るか」と
 いった「究極の問い」をめぐってしばしばドラマが展開する。
 (「ゾンビの教訓」、5月21日)
 --------------------
 とあった。
 
 何だか急に『アナコンダ』が見たくなった。
 で、DVDを探してたら、ゾンビ系の "28 Weeks Later" が出てきた。
 で、こちらを見てしまう。
 おお、怖い。
 というより、エグイ。

  裁判記事続報です(2009年5月21日)
  今日は分量が増えて、3ページにわたっています。
 
  nlm0521_2009-01.jpg
  (↑ 大きくなります)

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  (↑ 大きくなります)

  nlm0521_2009-03.jpg
  (↑ 大きくなります)

 
  こうやって、堂々とアウンサンスーチー氏の写真や記事を
  掲載しているのは、軍政はスーチー氏をキチンと扱っている
  という印象を国民に与えたいのだろう。

  もちろんこれは、来年に軍政が勝手に予定している総選挙
  に向けてのポーズであろう。
 
  と、ちょっと気になって、ビルマ語の国営紙(2紙あります)
  を確認してみると、こちらもちゃんと載ってました。

  nlm0521_2009-04.jpg
  ( ↑ 大きくなります)

 朝まで本読み。
 ちょっと眼が疲れる。
 
 4時過ぎ、朝刊を読んで就寝。

 10時前起きる。
 ピーカンの天気だ。
 ムンムン暑い。

 毛布と敷き布団干し。

 トマトのトーストをかぶる。
 コーヒーは昨夜入れたまま、冷えたもの。
 苦みが残っていて、まだまだ飲める。
 
 今日も単調な作業に精を出す。
 ペチペチペチペチペチ。
 
 作業の間をぬって、『ベイジン』を読了。
 と、
 「あとがきに」に知り合いの親族と思える名があった。
 ほぉ。

 作業続行。
 目がパシパシ(◎_◎)
 
 手を休めて、『調査されるという迷惑』を開く。
 
 冷蔵庫をごそごそ。
 豆腐とウドンと豚肉とレタスとネギか。
 ま、あり合わせで夕食を作る。
 
 豚インフルエンザの騒ぎと続報、まだまだ続くようだ。
 どうやらメディアが必要以上に騒いでいるのは、騒ぐことによって
 ニュースを作り出し、ニュースという商品の需要そのものを創り
 出しているような気がする。

 経済不況だからからか?

 というのもここしばらく、ノンフィクション(ドキュメンタリー)の
 崩壊(縮小)という記事をよく見るからである。
 
 金光翔さんはここまで言い切っている。
 --------------------
 現在の、出版業界(編集者やら物書きやら)を中心とした
 「活字文化の危機」といった言説は、要するに、「このままでは
 自分たちが出版で飯を食えなくなる」というだけの話であって、
 そんなもの、異業種に転職すべきだ、としか言いようがないだろう。
 
http://watashinim.exblog.jp/9713843/
 -------------------- 

 しかし、それにしても、発表の場が減ってきたなあ。
 特に、写真を中心にしたドキュメンタリーやルポルタージュは。

 今日は早めに、21時半過ぎ布団に入る。
 ふてくされか?

  裁判記事続報です(2009年5月20日)

  nlm0520_2009-01.jpg
  ( ↑ 拡大します )

 ビルマにはいろんな乗り物(交通手段がある)
 道路が整備されていない所では、トラジーが大活躍。
  bu01183.JPG

 トラジーとは、トラクター+ジー(gyi:大きい、或いは
 単語の語尾に付けるある種の呼称)

 人によっては、このトラジーをボンノンと呼んでいた。

 9時過ぎ起きる。
 晴れているけど、どんより晴やな。
 
 また今日も作業の一日か。
 朝食はコーヒーのみ。

 昼過ぎまで作業。
 カレーの残りを喰らう。
 
 ビュンと出動。
 図書館へ。
 
 宮本常一『宮本常一』(ちくま日本文学、2008年)
 『塩の民俗と生活』(宮本常一著作集49、未来社、2007年)
 宮本常一『日本人の住まい』(農山漁村文化協会、2007年)
 宮本常一/安渓遊地『調査されるという迷惑』(みずのわ出版)
 宮本常一『写真・日記集成』(毎日新聞社、上・下・別巻、)
 真山仁『ベイジン』(上・下、東洋経済、2008年)

 う。
 重たい。
 ほんに本はドンと重い。
 
 特に『写真・日記集成」は分厚い。
 3分冊で6万円もの大著。
 
 パラパラとこの大著の項をめくる。
 写真がメインだ。
 ワクワクする。
 お世辞にも上手いとはいえない。
 それだけに写真が自己主張していなくて、写真に写っている被写体が
 何かを訴えているようだ。
 
 いつの日か、ビルマに関して、こんな写真日記ができたらなあ。

 ま、ちょうど例の原稿が表になるのが9月になったことだし、
 この大著を参照にしながら、写真の撮り方・残し方について
 ゆっくりと考えよう。

 スーパーで野菜ジュースと牛乳などを中心に買う。
 最近、どこでも食パンの値段が下がり気味だが、ここに来て、
 下げ止め、っていう感じ。

 ペチペチペチペチペチと写真のアップを続ける。
 73~77まで。
 ふぅ。
 目が疲れる。
 またもや、目薬の消費量が増える。

 ごろんと横になって、今日、借りてきた本にパラパラと目を通す。
 うん、どれも重たそうだ。
 ぱらぱら。

 昨日に続きピーマン料理でお腹を満たす。

 " The New Light of Myanmar "
 『ミャンマーの新しい灯』 の
データベースです。

 ▓
サンプルのページです ▓
 ------------------------------------------------

 
http://www.uzo.net/nlmexp

 ------------------------------------------------
 

 
 メンバーのページです ▓
 ------------------------------------------------

 http://www.uzo.net/nlm

 ------------------------------------------------

 メンバーのページでは、 
 ▓ 「登録全データ」を参照することができます。
   ・2009年~(入力済み)
   ・2008年・2007年・2006年・2005年・2004年・2003年
    のPDFファイル(
2003年は12月・11月、10月と6月は
    一部のPDFファイルのみ) 

 ▓ 2009年度以降のPDFはテキスト検索できます。
 
 ▓ 1998年・1999年・2000年・2001年・2002年・2003年の
   データは htm(l) 版のデータになります。



 国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 に今回の裁判の記事が出てました(2009年5月19日)

  nlm0519_2009-02.jpg
 ( ↑ 拡大します)

 
 タンシュエ議長のビルマ軍事政権は今回、ちょっと強気ですね。
 ふむ。

 ビルマに出入国する時、インセイン刑務所を撮影するのが常ですね。

 今日2009年5月18日(月)、そのインセイン刑務所で審理が
 始まるのですね。
 アウンサンスーチー氏にかけられた嫌疑の審理です。

 裁判所ではなく、刑務所内での公開裁判か。
 で、そのインセイン刑務所です。
  DSC_2867.jpg
 ( ↑ 拡大します 2008年中旬撮影)

 ちょっとアップしてみましょう。
  IMGP6109.JPG
 ( ↑ 拡大します 2008年初旬撮影)

 もっと近づいて正面まで。
  bd03053.jpg
 ( ↑ 拡大します 2003年撮影)

 う~ん、確かこの門は、刑務所に通じる入口のはずだが。
 う~ん、どうなのか。
 今となっては確証がない。
 かなり危険を冒して、むちゃくちゃドキドキしながら撮ったのに。

 8時前、目が覚める。
 この2~3日のシトシト雨はあがった。
 ええ天気だ。
 布団を干す。

 チーズトーストときうり、コーヒーの朝食。
 
 新聞は、新型の豚インフルエンザの「ニュースでパニック」気味な
 感じがする。

 連絡業務でキーボードを叩く。
 
 写真の登録作業を始める。
 ただひたすら。
 この辺りでええんとちゃう。
 そうやって、妥協したいんやけどなあ。
 できないのが悲しい。
 ま、やるしかないか。
 ペチペチペチペチペチ。
 
 昼はバナナとカレーの残りを喰らう。

 午後もひたすらペチペチペチペチペチ作業。

 18時過ぎ、ひと休み。

 お好み焼きを作ろうと思ったら、あっ、キャベツがないやん。
 しゃないキャベツの代わりにピーマンを使う。
 ピーマン8個を刻む。
 ピーマンお好み、シャキシャキしてなかなか美味しい。
 
 ひと休みして、またまた作業を続ける。
 ようやく2006年4月分を終える。
 ふぅ。

 『嫌われ松子の一生』を見る。
 なかなか面白い。
 なぜか『さらば愛しき大地』を思いだしてしまう内容だった。
 理屈では割り切れない説明しきれないものがそこにはある。
 うん。

 9時過ぎ目が覚める。
 ごろごろ。
 チーズトーストを喰らい、苦めのコーヒーを飲んで出動。
 なんか雨模様。

 昨日のインフルエンザのニュースのせいか、町中はマスク姿を
 よく見る。
 特に、ここは、その神戸高校のある区だしな。
 
 Dエで買い物をしても、レジ打ちの人はみんなマスク姿。
 レシートを渡す時も、紙片の端を持って、お客と直接手が
 触れないように警戒している。

 過剰な反応な気がする。
 人も社会も、「病気」と共生しながらやっていくシステムの方が
 いいと思うんだが。
 でないと、特に日本は排外主義に走りがちだから。

 ま、私は通勤に無関係の仕事をしているからこういう他人事のように
 書けるのかな。
 
 正午過ぎから雨が強くなる。 
 匂いのする雨だ。
 まとわりつくような雨。
 こし雨っぽい宿雨っていう感じか。
 まるで北タイやビルマの雨季の雨のよう。

 ラジオも気に入った番組をやっていない。

 新聞をツラツラ読むと、「私の視点」欄にウィンティンの寄稿が
 載ってた。
 ほぉ、という感じ。
 ただ一つ。
 これがビルマ人に関する、日本での日本語の表記だと言われれば
 仕方ないが、やはり人名表記を「・」無しでしてほしい。
 そちらの方が、信頼性のある記事だと思うのだが。

 と、ボーチーが紹介欄に出てた。
 写真が上手いですね。

 ウエブをツラツラ読んでたら、気になる記事が。
 --------------------
 キヤノンの一眼レフで不良事故が多発する理由、
 製造請負依存の死角(上)(1)
 
http://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/523d7307d7465dc8c5293f541b6a0e3c/page/1/
 --------------------
 キヤノンはキャノンではないよ。
 
 ひと息ついて、写真作業に取りかかる。

 図書館から予約図書が届いたと連絡が入る。
 が、雨だ。
 出かけるのは億劫だ。

 集中作業を続行。

 よく頑張った。
 で、DVDで "BREACH"(『アメリカを売った男』)を見る。
 ま、based on a true story だけに話の筋は面白い。
 が、話の展開がイマイチかな。
 カメラワークは考えてるけど。
 しかし、こういう陰謀モノはやっぱり面白い。

夜明けの船出

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  03bur061_1.jpg
 ( ↑ 拡大します )
 
 イラワジ河(エーヤーワディ河)です。
 ニャウドン(Nyaugdon)付近です。
 
 2003年時のスライドフィルム撮影。
 コニカミノルタのフィルムスキャナー(DiMAGE Scan Elite 5400 II)
 ちょっとピンクっぽい色が被ってしまった。
 朝陽の光が反映してしまったのかな。

 

研究会

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 朝は、チーズトースト、レタスときうり、コーヒー。
 
 と、朝10時前、MK氏より電話。
 一緒に行きませんか、と。
 10時40分前、駅で合流。
 
 京都は遠い。
 しかもR大は京都市の北の端に位置する。
 10年ほど前、京都駅からバスに乗って、渋滞に巻き込まれ、
 とんでもないことになった覚えがある。
 R大は現在、関西アメフトの雄だとか。
 
 今回はJR京都駅から地下鉄で二条まで上がり、そこからバスに
 (15)乗り替える。
 と、今回は思いがけなく早めに到着。
 衣笠のバス停からR大までテクテク歩く。

 と、構内全部禁煙ですか。
 いま流行ですね。
 モク家のMK氏はつらそう。

 13時過ぎから研究会始まる。
 なぜ私が?って思うのだが、どういう訳かメーリングリストに名前が
 入ってしまったのだ。
 で、お知らせが届くのだ。
 で、知った顔がちらほら。
 東京からの出席者・センセも多いですね。

 18時半近くまで7人の発表者。
 
 もちろん今日は研究者の発表だから、この数日間、さすがに日本の
 メディアも取り上げているアウンサンスーチー氏の逮捕の件については
 全く触れられない。

 研究者の集まりだから。

 で、発表者の話をしっかり聞いてたら、さすがに疲れが出てくる。
 で、一つひとつの発表に対していろんな疑問が湧いてくる。
 自然・民族・災害・経済・民族関係などなど。

 で、部外者の私が思うに、どうして研究者の皆さんはそこまで
 研究(勉強)するの?っていうこと。

 と、偶然、前の席に現代史の専門家であるセンセが座った。
 で、コソコソと質問してみる。
 --------------------
 ビルマ軍政は1990年の総選挙で負けた後、政権移譲をしない
 理由として、「憲法がない状態で国会を開くわけにはいかない」と
 言い張っている。じゃあ、昨年5月に憲法ができた段階で、
 1990年の総選挙で選ばれた議員を中心に国会が開かれても
 いいんではないですか?
 --------------------
 
 質問の説明を聞いていたら、あ、次の発表者の話が始まった・・・。
 
 18時過ぎ研究会終了。
 参加者の半数は懇親会参加へ。
 私はとっととおいとま。
 帰りのバスは、う、地下鉄行きの15番がない。
 駅直行の50番に乗る。
 雨が降ってきた。
 
 お、思いがけないほどすいすい駅まで到達。
 で、連絡いろいろ。

 で、新快速にギリギリ滑り込む。
 
 車中、『コンビニ弁当16万キロの旅-食べものが世界を変えている』
(千葉保監修、太郎次郎社エディダス、2005年)を読了。
 
 この本の最終ページに、「なぜ勉強するのか」、っていう問いに、
 確かソクラテスだったかな、「人びとが幸せになるためだよ」っていう
 ようなことを書いていた(かなりうろ覚え)
 
 そうか研究や勉強は人が幸せになるためにあるんだ。
 ちょいと抽象的だけど、なんか分かるような気がする。
 でも、苦しみながらが勉強する人がいるのはなぜなんだろう。

 また、勉強に+α(お金、地位、名誉などなど)がくっつくように
 なると、これまた違う話になるのだろう。

 雨の中、テクテク歩いて帰る。
 22時過ぎ、雨の中電話あり。 
 ううう。

 30分ほど深い眠りに落ちる。
 で、ふと目が覚めたら眠れなくなってしまった。
 ふむ。
 仕方なく机に向かって、入力作業を続ける。
 
 ダジンジュの英語表記の綴りが分からなくて困った。
 Thadingyut だった。
 
 5時過ぎ、朝刊に目を通して、ひと息つく。
 で、布団に入る。

 9時過ぎ目が覚める。
 おネおネしてしまう。
 チーズトースト、レタスときうり、コーヒー。
 
 さ、また単調な作業を始める。
 
 ひたすら写真ファイルアップ。
 ペチペチペチペチペチ。

 えっ、5月15日は神戸大学の創立記念日でしたか。
 で、図書館もお休み。
 なんとまあ。

 茄子と空豆とチキンのカレーを作る。
 今日はニンニクを入れない。

 22時過ぎにはゴロリ。
 
 と、夜中、また目が覚める。
 寝床でラップトップ作業でツラツラ。

 6時過ぎ目が覚める。
 ん?
 なんでこんな時間に。
 もしかして12時?
 いや、6時だ。
 遮光カーテンから漏れ入ってくる太陽光線は強い。
 寝よう。

 8時過ぎ起きる。

 今日もピーカンの天気。
 布団と座布団を干す。

 朝から机に向かってデータベースに写真の入力作業。
 これは気の長い作業になるなあ。

 コーヒー片手にマウスとキーボードがお友だち。
 
 15時過ぎ、作業止め。
 ビュンとR駅へ。
 ネコ氏と打ち合わせ密会。
 そういうことで、17時過ぎ散会。

 ビュンとスーパーをハシゴ。
 チケット屋とTヤを経由。
 
 帰宅後、引き続き作業続行。
 どう頑張っても1日の打ち込みは100件が限度かな。

 22時前、ビュンと出動。

米国人拘束

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  NLM20050514.jpg
 ( ↑ 拡大します)
 
 本日の『ミャンマーの新しい灯』("The NEW LIGHT OF MYANMAR")です。
 即日アップするのを忘れてました。
 
 米国人拘束のニュースです。
 このようなニュースが載せられるとは驚き。
 で、よっぽど軍政側に有利な事件なんだな。

 政治囚支援協会(AAPP)からの情報をお送りします。

 ビルマ情報ネットワーク(BurmaInfo)
 秋元由紀
 ========================================
 政治囚支援協会(AAPP)
 インフォメーション・リリース

 2009年5月14日

 アウンサンスーチー氏、インセイン刑務所に収容される

 (タイ・メーソット発)
 政治囚支援協会(AAPP)は本日〔2009年5月14日〕、
 アウンサンスーチー氏、キンキンウィン氏とその娘のウィンママ氏
 (以上2人はアウンサンスーチー氏と同居する国民民主連盟(NLD)
 党員)、そして米国人男性ジョン・ウィリアム・イェットー氏が、
 国家保護法22条違反容疑で起訴されたことを確認した。
 
 起訴内容は、アウンサンスーチー氏の自宅軟禁に関して定められた
 規則や規制に違反したことに関連する。4人はインセイン刑務所敷地内の
 特別法廷に出廷し、起訴内容を告げられた。

 本日、裁判官が法廷で起訴内容を読み上げた。裁判官による質問は
 行われなかった。

 裁判官は被告4人に対し、5月18日に再び出廷するよう命令した。
 法廷はインセイン刑務所敷地内にある。審理を進めたのはラングーン
 西部管轄担当判事のタウンニュン氏とニーニーソー氏で、法務顧問の
 ミンチャイン氏も同席した。

 被告側には代理人をつけることが認められた。
 弁護士はチーウィン氏とフラミョーミン氏である。

 米国人のジョン・ウィリアム・イェットー氏は出入国法違反でも
 起訴されたが、詳細はわかっていない。
 この罪状での起訴に関連して、イェットー氏は別途出廷した。

 最新情報によれば、アウンサンスーチー氏、キンキンウィン氏、
 ウィンママ氏はアウンサンスーチー氏の自宅には戻っていない。
 3人は現在、インセイン刑務所に収容されている。

 アウンサンスーチー氏、キンキンウィン氏、ウィンママ氏は、
 14日早朝、武装警官によってアウンサンスーチー氏の自宅から
 インセイン刑務所まで連行された。

 ジョン・ウィリアム・イェットー氏は今朝、出廷するために
 アウンタパヤー警察尋問センターからインセイン刑務所まで
 連行された。

 以上

 問合せ
 政治囚支援協会
 ボーチー  +66(0)81-324XXXX 
 コーテート +66(0)81-287XXXX
 (日本語訳 ビルマ情報ネットワーク)

 

叩いて洗う

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 手洗いの洗濯は、もみ洗いや押し洗いでしか経験がない。
 BDSC_0077.JPG
 
 
こんなふうに専用の棒で叩き洗いするのは、
 どんな場合なんだろうか。

地道な作業

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 0時半過ぎ起きる。
 早寝早起き過ぎた。

 と、ログイン。
 え、エロオヤヂ、ってか。
 
 気合いを入れるために、オダジマンの文庫本を読んで、
 ビルマ関係の資料を繰り始める。
 結構、忘れている事項があって反省反省。

 雨が強い。
 窓を閉める。

 朝刊が来た。
 
 5時半過ぎ、2度寝となる。

 9時過ぎ起きる。
 生活がリズムがおかしくて、けだるい。
 キッチン回りのぬめりを掃除。
 レタスときうりを挟んだ(・・・うわっ、「破産だ」って変換された)
 パンを喰らう。
 
 雨は通り過ぎた。
 布団を干す。
 バスマット、キッチンマットをはたく。

 PCの前に座ってキーボードを叩き始めると背中の筋肉が
 ピクピクするのがわかる。
 無理はよそう。
 が、作業を始めると、知らないうちに無理をしてしまう。
 貧乏性だな。
 うう。

 いよいよ写真の更新に取りかかる。
 まずは全体像を考えておかないと後が大変。
 将来的なことも考えて、リコーの quanp の利用も考える。
 
 quanp はマック非対応なのでちょいと困る。
 どうしても写真使用者はMAC使いが多いもんで。
 
 とりあえず新しいソフトをダウンロードしてインストール。
 なかなか使い勝手が良い。
 これは同時進行だな。
 
 自分で作った写真データベースへのログインができない。
 パスワードを忘れてしまった。
 しばし悩む。
 ふぅ、である。

 頭を冷やして・・・、あっ、思いだした。
 
 写真の新規登録やキャプションの付け方も忘れている。
 一つひとつ思いだして、写真を登録していく。
 ペチペチペチペチペチ。

 気がつけば、もう19時過ぎ。
 今日もやり過ぎた。
 目が疲れた。

 しばらく単調な作業が続きそうだ。
 でも、今、これをやっておかないと、後が大変。
 地道な作業を続けるしかない。
 ふぅ。

 図書館に本を予約。
 一気に13冊も。


地方の娯楽

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 DSC_0069.JPG
 若者の娯楽の一つであるローラースケート。
 さすがにロンジー姿はなかった。
 
 2005年、シャン州チャイントン(ケントン)にて
 

 7時過ぎ目が覚める。
 う、やっぱり身体が動かない。
 前回のように激痛ではないが、鈍痛である。

 いつまでたっても学ばない我が身にトホホである。
 しばしラジオを聴く。
 と、寝入っていた。
 
 と、目が覚めたら9時過ぎ。
 起きようともがく。
 文字通り、右に左に身体をゴロゴロと転がす。
 
 遅い朝食はブロッコリーとトマト、インスタントコーヒー。
 
 と、固定電話に電話あり。
 もしかして・・・。
 ちゃうかった。
 で、今日の密会はX。
 明後日ということで。
 
 ホントに午後から曇り空?
 それが信じられないほどのピーカンの天気。
 毛布を干す。
 
 身体が動かない。
 右肩、右肩胛骨を中心に痺れがきている。
 やっぱり昨日の作業がてきめん。
 キーボードはたたけるが、マウスを動かすことができん。
 困った。

 オタオタしてられん。
 写真の整理の準備にとりかかる。
 これも2006年12月から中断してた作業。
 
 まずは作業手順を思いだすのに時間がかかる。
 どこまでDBに写真を入れたか、その確認作業にも手間取る。
 ま、こういう地道な作業をしておかないと、後が大変。
 目を休めつつ、液晶画面に見入る。
 
 写真用のデータサーバーは別の所に置いていたんだ。
 
 と、ドメイン更新のお知らせが来てたんだ。
 .asia のドメイン2つ取得してたんだ。
 1コ1890円か。 
 ちょい高め。
 ふむ。

 最近、いわゆる硬めの雑誌を読んでると、どうも嘆きが多い。
 廃刊・休刊が多いからである。
 フリーランスは、発表の場もないし、収入の手当もおぼつかなく
 なってきている。
 
 ノンフィクションやドキュメンタリー系は、特に。
 
 これは文字の場合だが、写真はすでに10年ほど前からこの傾向だった。

 そのためかみんな(自分を含めて)守りに入っている。
 いわゆる、保護主義だ。
 著作権の囲い込みである。
 
 ま、別の意味でグーグルっていう黒船も来たことだし。
 
 オダジマンが吠えている。
 --------------------
 ちなみに、私のテキストは、どこに書いたものであれ、
 全面的にコピーフリー。
 リンクフリーだ。
 無料ならば、金儲けに使わないならば、どんどん配布していただいて
 結構。
 
 というよりも、無料で読まれて私にどんな被害がある?

 「有料で買うかもしれない予定読者を失うことになる」

 と?

 なるほど。読み捨てのクズ原稿を書いている著者にとっては、あるいは
 そういう次第になるかもしれない。

 が、読者に感銘を与えるテキストを書いている書き手は、
 自分の作品が無料であれ有料であれ、多数の人々の目に触れれば
 触れるだけ、自分のファンが増えるはずだ、というふうに考える。

 ん? 思い上がりだと?
 思い上がっていない人間は、原稿なんか書かないよ。
 --------------------

 ま、オダジマンだからいえることか。
 ま、彼も最近、(原稿料が発生しない?)ブログの更新がないけど。
 
 ま、私も著作権のことについてはあまりうるさくいわないけど。
 勝手に写真を使ってるという話を伝え聞いたこともある。
 ま、そこは節度の問題ということで。
 
 ん、知らぬうちに、自分の文体がオダジマン文体に影響されている
 ことに気づいて、びっくりだ。

 18時過ぎ、作業をやめる。
 
 21時過ぎ、寝入る。

 bd03733.jpg
 しゃがみながら拝むのも一つの形です。
 どうしてこういう拝伏方法があるのか、また不思議。

 7時前に起きる。
 パンを切らしている。
 久しぶりにご飯か。
 ちゃちゃと味噌汁を作る。

 毛布と敷き布団干し。

 返信で戻って来た「とある文書」を修正する。
 そのままではダメなので、しばし冷やす。

 今日もまた「新インフルエンザ」のニュース。
 なんでこのニュースばっかりなのだ?
 まるでメディア自体がニュースを作り出している感じがする。
 他に伝えなければならないことは山ほどあるだろうが。
 メディアが世間を騒がせて(扇動して?)いるようだ。
 
 さ、やろか。
 今日は一気に『ミャンマーの新しい灯』("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 のPDF版のリンク張り。

 2003年10月から2008年12月までだから、5年半分だ。
 結構な、というか、かなりの量がある。
 
 こういうときはソフトを使うよりも html をじか打ちする方が速い。
 「秀丸」が便利だ。
 ペチペチペチペチペチX2。
 
 現在の『ミャンマーの新しい灯』(PDF版)は、一日だいたい、
 9MB~12MBくらいあるのだが、2004年前後は3MBほど
 しかない。

 ペチペチペチペチペチX3。

 ラジオを聴いていたら、小沢民主党が辞めると。
 なんだか、この「小沢おろし」のニュースもメディアが騒いでいた
 感じがしてた。

 特にメディアの中枢(?)にいる人たちは、まさに「小沢憎し」だった。
 なんでだ?
 キミ達だけがしっている情報があるのか。
 彼は巨悪なのか?
 彼が次期政権のトップに就くと、よっぽど怖いことが起こるのか。

 このメディアスクラム的報道のおかげで、本来ならば伝えられなければ
 ならないニュース(年金や、ソマリア沖への海上自衛隊派遣など)が
 すっぼり抜け落ちているし。

 こちらは目の前の作業に忙しいし。
 ペチペチペチペチペチX4。

 ふぅ、とひと息ついたら20時過ぎ。
 なんとか形になった。
 
 ビルマ軍政の動向を読もうと思ったら、それこそ軍政の広報機関の
 一つである国営紙 "The NEW LIGHT OF MYANMAR" の内容から
 推測するしかない。

 今回の国営紙のデータベース作りはそのためである。
 2005年からずっと懸案だった作業がようやく終わる。
 とりあえず、1998年~2009年の国営紙をサーバーにアップ
 できた。
 ふぅ、である。

 肩と背中がゴリゴリと固まって張っている。
 痛みがないのがちょいと怖い。

 ゴロリ。
 YouToube で「つぐない」「時の流れに身をまかせ」を聴く。

SNLD

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 シャン州シポー(Hsipaw/Thibaw)を歩いていたら、
 お、珍しい建物に出くわした。
 bd00886.jpg

 ま、よくあるシャン風の造りだが。

 が、よく見ると、看板が優れている。
 そうSNLD<SNLD>の事務所だ。
 SNLD.jpg
 そう、Shan National League for Democracy である。
 
 NLD といえば、アウンサンスーチーさんが書記長の国民民主連盟が
 有名だが、シャン民族独自の民主連盟もあるのだ。
 
 で、NLD と SNLD の関係はというと。
 え~、と。
 え~、と。

一日中作業

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 久しぶりの夜更かし。
 3時過ぎ、フランシーヌの場合をMP3に入れる。
 ツラツラとそのけだるい音楽を聴きながら寝入る。
 「フランシーヌの場合は~♪、あまりにもおバカさん~♪・・・」

 
 10時過ぎ、電話で起きる。
 固定電話への電話だから、もしかして。
 やっぱりセールス電話だった。
 朝から墓地を売りまくるか~。
 ったく。

 また屋上がうるさい。
 ったく。

 David T が YouTube に出てると連絡あり。
 ま、それはよくあることだが、それがその組織からの
 お知らせとして連絡があったんだ。
 それが驚き。
 いよいよ方針転換か。
 って、元々方針なんてあったっけ?

 サーバーにアップしたビルマの国営紙『ミャンマーの新しい灯』
 1998年~2003年度分の htm(html) 版にリンクを張っていく。
 ひたすらペチペチペチペチペチ。

 半分終わったところで、やっぱり右肩と肩胛骨が痛くなる。
 うう。
 ここでやめるか・・・。
 
 いや、一気にやろう。
 ペチペチペチペチペチ。

 ふぅ。
 6年分のアップが終わった。
 さ、次は、ちょいとややこしいPDF版だ。
 
 と、ビルマ(ミャンマー)政府系のサーバーにアクセスしてみると、
 なんと、2006年以前のPDF版が消えてるやん。
 ま、なんとか2003年10月~からのPDFは手元にダウンロード
 していた。
 
 作業が終わったら、20時過ぎ。
 ま、買い物にでも行こうか。
 
 焼きうどんに野菜をいっぱい入れる。
 
 肩こりで背中が固まった。
 右腕が上がらなくなる。
 その上、身体もガタガタ。
 無理しすぎだ。

 22時半過ぎ、布団に入る。
 


 署名要請のお知らせが回って来ました。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 今すぐビルマの政治囚の釈放を! <世界32カ国で実施中>

 グローバル・署名キャンペーンへのご協力のお願い
 ----------------------------------------------------
 ~5月24日までに、888,888の署名を集めよう~

 (4月27日現在集約集:267,227筆)
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 2009年3月13日、「ビルマ人権の日」に当たるこの日から、ビルマの
 政治囚の釈放を求める、グローバル署名キャンペーン
 「Free Burma's Political Prisoners Now!」が行われています。

 ◆キャンペーン「Free Burma's Political Prisoners Now!」
  ウェブサイト(英語)
http://www.fbppn.net/

 日本語ウェブサイト(アムネスティ・インターナショナル日本提供)
 
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2349


 このキャンペーンは、今年2009年5月24日(アウンサンスーチー氏の
 自宅軟禁をこれ以上延長できない、とビルマの法律上定められた期限)
 までに888,888筆の署名を集めようというものです。
 "888,888"という数字は、ビルマで過去最大の民主化運動が燃え上がり、
 そして軍事政権によって弾圧された1988年8月8日(ビルマ人にとっては
 忘れられない日です)を象徴したものです。

 現在、バンコク、チェンマイ、ロンドン、ダブリン、
 ニューデリー、香港、マニラ、ソウル、ジャカルタ、ソドニー、
 東京など、世界5大陸32カ国で199の在外ビルマ人団体やビルマの
 民主化を求めるグループが参加しています(2009年4月21日現在)

 軍事政権が長く続くビルマでは、人権の抑圧が激しく、政治活動の
 自由や表現の自由はほとんどありません。その結果2,100人以上の
 政治囚がビルマ各地の刑務所に捕らわれています。軍事政権は、
 昨年5月の「憲法草案に対する国民投票」など、「見せかけの民主化」
 プロセスを進めていますが、アウンサンスーチー氏も指摘するとおり、
 全ての政治囚の即時・無条件釈放がなければ、本当の民主化プロセス
 とはいえません。

 現在日本では、在日ビルマ人各団体のほか、ビルマの民主化を目指して
 活動するNGOが協力して、この署名キャンペーンに取り組んでいます。

 4月26日現在で、267,227の署名が集まっています。
 888,888まで、あと621,661!!
 皆さんお一人おひとりの力が必要です。
 ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。


 2009年4月28日

 ビルマ政治囚支援協会(日本)
 国民民主連盟(解放地域)日本支部
 全ビルマ学生連盟(外交委員会)
 ビルマ民主化同盟
 新社会民主党(日本支部)
 在日ビルマ人共同行動実行委員会(JAC)
 (社)アムネスティ・インターナショナル日本
 ビルマ市民フォーラム(PFB)
 日本ビルマ救援センター(BRCJ)
 ヒューマンライツ・ナウ(HRN)

 ★キャンペーン参加・賛同団体受付中です!
 PFB事務局 
pfb@izumibashi-law.net までご連絡ください。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 【要請文】

 今すぐビルマの政治囚の釈放を!
 Free Burma's Political Prisoners Now !


 「全ての政治囚が自由にならなければ、ビルマ(ミャンマー)が
 民主化に向けて本当に動き始めたとは言えません。」過去19年のうち
 13年間自宅軟禁下にあるアウンサンスーチー氏
 (1991年ノーベル平和賞受賞者)

 ビルマ(ミャンマー)軍事政権は不当に拘束している僧侶たち、
 アウンサンスーチー、ティンウーら国民民主連盟指導者、さらに
 少数民族であるシャン民族リーダーのクントンウー、
 学生指導者ミンコーナインを含むすべての政治囚を直ちに、無条件で
 釈放すべきです。ビルマに自由をもたらし、民主化を実現するために、
 軍事政権は緊急かつ最重要課題としてすべての政治囚の釈放を
 ただちに実行するべきです。

 私たちは国連の播其文事務総長に対して、ビルマ軍政に全ての
 政治囚を釈放させることを事務総長自身が最重要課題とするよう、
 求めます。
 そうした努力を期待し、支えるために私たちは賛同者の自由な
 意思による署名をつのり、国連事務総長に送付いたします。

 また、日本政府に対しても、私たちの願いをご理解いただき、
 その公的な権能と、人を思いやる気持ちをふまえて軍事政権に対して
 すべての政治囚の釈放を強く働きかけるよう要請します。
 そのため、本署名の集計結果を日本政府へ伝えます。
 私たちの願いを実現するための署名にご賛同いただきますよう
 お願いいたします。

 (日本語訳・文責: ビルマ日本事務所・ビルマ市民フォーラム)
 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 【今すぐ署名をお願いします!】

 オンライン署名はこちらから↓↓↓
 
https://burmacampaignuk.wufoo.com/forms/aeaaaaaaaeaie/

 お名前、E-mailをご記入の上、送信ボタン[ Submit ] をクリックして
 ください。
 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
 
 【〆 切】 2009年 5月24日

 ★本オンライン署名はビルマ市民フォーラム(PFB)事務局へ集約され、
 キャンペーン本部ビルマ政治囚支援協会(AAPP)を通じて
 国連事務総長へ提出いたします。
 また、日本政府へも提出いたします。

 ▼署名用紙(日本語版/ PDF)はこちらからダウンロードできます。
 
http://www1.jca.apc.org/pfb/image/fbppn.pdf

 ★署名活動期間:2009年3月13日~2009年5月24日    
 ★問合せ先:Email:
fbppn.japan@gmail.com

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ★わたしたちも署名に賛同しています。
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 相原久美子(参議院議員)、川田龍平(参議院議員)、
 近藤昭一(衆議院議員)、今野東(参議院議員)、
 末松義規(衆議院議員)中村哲治(参議院議員)、
 那谷屋正義(参議院議員)、白眞勲(参議院議員)、
 平岡秀夫(衆議院議員)、福島みずほ(参議院議員)、
 藤谷光信(参議院議員) 
 <4月26日現在/敬称略/五十音順>

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ★お友達やご家族、多くの方へ、ぜひビルマのこと、署名活動のことを
 広めてください!
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ◆キャンペーン「Free Burma's Political Prisoners Now!」
  ウェブサイト(英語)
http://www.fbppn.net/

 日本語ウェブサイト(アムネスティ・インターナショナル日本提供)
 
http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2349

 ◆ビルマ政治囚支援協会http://www.aappb.org/

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ★【参考】 ビルマのことをもっと知ろう!
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ◇ビルマ市民フォーラム
http://www1.jca.apc.org/pfb/
 ◇ビルマ情報ネットワークhttp://www.burmainfo.org/
 ◇きょうのビルマのニュース http://d.hatena.ne.jp/burmainfo/
 ◇(社)アムネスティ・インターナショナル日本http://www.amnesty.or.jp/
 ◇日本ビルマ救援センター http://www.burmainfo.org/brcj/
 ◇ヒューマンライツ・ナウ http://www.ngo-hrn.org/
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 良い天気。
 陽射しがキツそうだ。
 生地の分厚いトレーナー類5点を洗濯する。

 原稿の修正に取りかかる。
 やっぱりノリが悪い。
 何度も修正せざるを得ない。
 って、書き直す度に分量が増えて収集がつかない。
 
 で、もう打ち止め。
 ビュンと送信。

 気分転換のため出動。
 テクテク歩いて、R駅まで。
 古本屋をのぞくが、本を読む気がしない。
 
 ずいぶんと飲んでなかったL牛乳を買う。
 この間、他のメーカーばかりを買ってたし。
 食パンは、10円でも安いJで買う。

 Tヤに寄ると、お、セールじゃん。
 メールでお知らせ届いてなかったよ(或いは、サーバーやメール
 ソフトがスパムと判断して削除したかな?)
 ざっとタイトルを見る。
 ま、若松監督とトム・クルーズさんかな。

 さすがに真夏日近い。
 足早に歩いていると汗が出る。

 『ミャンマーの新しい灯』("The NEW LIGHT OF MYANMAR")の
 htm(html) 版の整理が終わった。

 で、手持ちのデータをサーバーにアップする。
 FFFTP ソフトが、ぐるんぐるんと、目にも止まらぬ速さでデータを
 アップしていく。
 
 1998年~2009年のデータで約11GBか。
 サーバが重たくなるなあ。
 それにこれからひとつひとつファイルにリンクを張らなあかんの
 やなあ。
 気の滅入るような作業だ。
 
 18時からスパイ映画のDVDを見始める。

 これはウエブ上で初登場のイメージである。

 神戸のポートアイランドから六甲アイランドにレンズを向けた
 定点撮影の一枚。
 
 朝陽や夕陽ばかりを撮っていたのではない。
 雨の日も風の日も撮影していた。
 
 で、雷である。
 ↓ 1200dpiX800dpi と超拡大します(画面設定が小さいと
   全部見ることできません)
 
00kob001.jpg
 

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 7時過ぎ起きる。
 
 ちょいと肌寒い、曇り空。

 昨日の続きのプリント作業に取りかかる。
 1つのファイルが200MBを超えるイメージもあるので、
 さすがにCPUがQuadといえどもウンウン唸る。
 
 14時過ぎ、ようやくプリント終了。
 最後の一枚は、横幅の設定を間違え、またまた用紙を1枚、
 無駄にする。
 ふぅ。

 で、ひと息ついて、原稿書きに集中する。
 ペチペチペチペチペチ。
 18時過ぎ、あちこち寄り道して、なんとか書き上げる。
 
 カレーの残りを喰らう。

 書きたいことがあってキーボードを叩く場合と、キーボードを叩き
 ながら書きたいことが次々と湧き出る場合がある。
 今回は前者なので、どうもぶれる。
 だから際限なく修正が多くなる。
 困ったな。
 ふむ。

 とりあえず、写真を選び出す作業。
 92年から2004年までのエルサルバドルの写真を見直す。
 結構、面白い写真があって興味深い。
 
 サンサルバドルの市場でFMLNの旗を撮ってたら偶然、
 通りかかった男性が写り込んでいた。
 
  DSC_0008_01.jpg
 シャツ(首と裾)から刺青がのぞいている。
 眉毛にも刺青してる。
 まさに、巷で評判のギャング団「マラ・サルバトルーチャ」である。

 特に彼を撮そうと思っていたわけではない。
 その場を何人も通りかかっていたが、シャッターを切ったのは、
 その場にふさわしい雰囲気を出していると感じた人物だった。
 偶然にしろ(思い過ごしか?)、考えてしまう。
 
 冷蔵庫の中がさびしい。
 焼きそばにブロッコリーと人参を入れる。
 薄揚げと卵焼きをミックスさせる。
 
 夜、映画 『ジェラシックパーク』 を見る。

 定点撮影です。
 ↓ 1200dpiX800dpi と拡大します(ちょっと大きすぎます)

  IMG0006_01.jpg

 
IMG0005_02.jpg

 8時過ぎ目が覚める。
 ふぅ。
 ま、ほどほど寝たな。

 曇りのち雨か。

 今日は新聞の休刊日か。

 胃が重たい。
 冷えたコーヒーを飲み干して、出動。
 ポツポツ降ってきたぞ。

 BKに寄る。
 郵便局で米国に向けてパッケージ発送。
 Printed Matter なら330円か。
 安い。

 あ、自賠責保険が切れてたんだ。
 ま、次回は複数年ということで。

 スーパーに寄って、5kgの近江米を買う。
 特売1580円。
 ついでにカレー粉も。

 ビュンと帰宅。
 官僚文書を修正し、ビュンと送信。

 さ、いよいよ、プリント作業に入るか。
 この6か月動かしていなかったプリンターが正常に動くかどうか。
 ちょいと不安。
 
 プリントヘッドをクリーニングして、あ、A3ノビのフォト用紙を
 無駄にしてしまった。
 ああ。

 とりあえず、問題なく動くようだ。
 ふぅ。

 昼は、切れ子とふっくらご飯とおうどん。

 ひたすらプリント作業。
 ひと息ついたら17時。
 まだまだ半分。

 21時前、今日の作業を止める。
 ふぅ。

 え、アウンサンスーチー氏の自宅に米国人が(泳いで)進入しようと
 していただって。
 
  ASSK_House.jpg
 ( ↑ 拡大します )

 さすが(って、呆れるけど)
 でもすごいわな。

 と、
 昨日の『ミャンマーの新しい灯』の最終ページに新首都の飛行場の
 写真がでてたわ。
  NayPyiTawAirport.jpg
 ( ↑ 拡大します )

 画像CDを整理していたら、神戸の朝焼けのイメージが出てきた。
 もう8年~9年も前の写真だった。
 当時はやりの PhotoCD に64 Base でスキャンしていた。
 
 さすがに高画質だ。
 画像の劣化は全くない。
 B0まで引き延ばしても耐えうる。
 
 ほとんど同じ場所なのに、日によって、こんなに朝焼けのイメージが
 異なるなんて。
 自然のなせるワザですかな。

 定点撮影です。
 ↓ 1200dpiX800dpi と拡大します。
  IMG0004.jpg

  IMG0005.jpg


耳フタ

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 夢うつつの中で新聞が投かんされる音が聞こえる。
 あ、れは、新聞がビニール袋に入れられている音だな。
 と、いうことは雨が降ってんだ。

 しかし、いつの頃からだろう、雨の日には新聞がビニール袋に
 入れられて配達されるようになったのは。
 その昔、私が新聞を配達している時にはそんなことはしなかったし。

 目が覚めたら8時半過ぎ、どうやら雨はやんだようだ。
 が、ラジオの天気予報は今日、雨のち曇りだと告げているし。

 ニューヨークで研究生活に入ったSセンセが現地からの便りを
 更新している。
 --------------------
 選択的聴力というものがある。
 ベビーシッターは、どんなにうるさい音がしても熟睡できるが、
 赤ん坊の泣き声がきこえると、ぱっと目を覚ます。概して人間は
 自分にとって意味のある音だけを選択的に聞いているのである。
 NYの人たちは、こと車の音に関してはたいへん鈍感である。
 というか、彼らの耳には車の音は聞こえないらしい。
 --------------------
 だそうだ。

 ニューヨークに限らず、バンコクやラングーン(ヤンゴン)も騒音に
 対して鈍感なような気がする(というか、日本の人が敏感すぎるの
 かもしれない)
 
 んでも、日本にも町中の物売りは昔からあって、結構うるさいけど。

 それに最近は、物品販売や不要品回収の軽トラックがスピーカーで
 がなり立ててて、この静かな地区にも回ってくるけど。

 そいや、オダジマンも、コミュニケーションの手段である口や目は
 「閉じる」ことができるけど、耳だけは閉じることができない。
 それには何か理由があるに違いないと書いていた。

 耳は閉じることができない。
 何でだろうか?
 とある研究会で、そのことを、その筋の専門家に質問してみると、
 やっぱり、自分にとって必要な音かどうか、そうでないかは、脳で
 判断して音を遮断するのだそうだ。

 じゃあ、初めから身体に、耳フタをつけりゃあいいのに、と考えて
 しまう。
 そこまで脳に負担をかけなくてもいいのに。

 前日に続いて、こんなどうでもいいことを、なんで考えてしまうのか。
 暇だから?
 何かからの逃避?
 
 たぶん後者だけど、きっと、どうでもいいことは、無駄だからである。
 無駄なことに労力を注ぐ自分に呆れながらも、どこか自己満足を感じて
 いるのである<アホか?

 とりあえず締め切りの早い英文の文書とCDを仕上げる。
 ふぅ、これは、4年ぶりだな。
 
 雨が降ったりやんだり。
 こういう雨を何というのだろうか。
 『雨の名前』を開く。
 
 久雨(きゅうう)だろうか。
 こし雨だろうか。
 地雨だろうか。
 小糠雨だろうか。
 
 とりたててペダンテックにはなりたくないが、新しい言葉を知るのは
 楽しいものである。

 冷蔵庫が空っぽ。
 テクテク歩いて出動。

 小麦粉の値段が下がったせいか、どこのスーパーも食パンが安い。
 しかも連休最後の、雨の日、ということもあって、半額セールだ。
 嬉しい。
 
 輸入品の、ちょっと危なっかしいブロッコリーも安いし。

 バナナを一房(17本)を198円で買う。
 これもお買い得かな。
 ちょっと青いけど、ま、しばらく置いていたら熟してくるだろう。 
 料理用のバナナじゃないのが残念。

 本屋で雑誌を立ち読みする気力なし。
 もうかえろう。
 あ、雨が降ってきた。
 ちょいとだけ濡れ帰る。

 あ、連絡するの忘れた。
 山は越してないのに、ちょっと気が抜けている感じだ。
 あともうひと息。
 
 夜、DVDを見てたら、あ、今回の『羊たちの沈黙』は、あ、
 『レッド・ドラゴン』 ("Red Dragon") だった。
 ドラゴン?
 また竜か?
 いい加減にしておくれ。
 ちょっと何かに取り憑かれているようだ。
 

竜のこと

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 9時過ぎ目が覚める。
 夜更かしをすると、覿めん、翌日に影響する。
 ま、これでも早起きだから由とするか。

 寝る前にチベット関連のニュースを見てたので(5月3日は
 チベット「解放の日」だったんだ)、変な夢を見た。

 やっぱり私は取材者だ。
 数百人あつまる報道陣に混じる直前の夢だった。
 現場に出たくてうずうずしてるのかな。
 Kも夢の中に出演してたし。
 これはこれ。

 天気予報に反して、ちょいと晴れ。
 が、曇りへ。

 生トースト喰らって、バナナを頬張り、さ、やりましょか。

 午前中いっぱい、日本語の文書の下書きを完成させる。
 一度、プリントアウトして、文言の修正をいくつか。
 ふぅ。
 
 昼は、切り子のたらこを喰らう。
 曇りのち、雨。

 午後は英文の文書に取り組む。
 ペチペチペチペチペチと修正し、PDFで書き込み、一太郎形式から
 ワード形式で保存する。
 
 40コのサンプル写真の一つひとつにキャプションを埋め込んでいく。 
 
 気がついたら19時前。
 ふぅ、今日も根を詰めてしまった。
 肩が痛み始めた。
 やべえ。

 で、今日はこのへんで打ち止め。

 最近、気になることがある。
 そう、「竜」である。
 --------------------
  その十二支が一年に月が十二回満ち欠けを繰り返すことにあわせて、
 月の数える数詞として使われるようになった。また、後漢の時代に
 文字の読めない人々のために、それぞれ身近な動物を割り当てて、
 鼠、牛、虎、兎、竜、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪を当てたのであった。
 (P.125、『暮らしの謎学』)
 --------------------
 なぜ、ここで実在しない「竜」が入れられたのか。
 
 ま、今日の『朝日新聞』にも「キトラ古墳壁画 青竜・白虎 特別公開」
 というのもやっているし。
 この場合の青竜の「青」は、実は緑色である。
 
 実際、竜は実在しなかったのか。
 そこが大きな疑問なのである。

 で、竜とはなんなのか。
 Wikipedia にはこんな説明があった。
 --------------------
 十二支に各々動物が当てはめられた際、唯一採用された伝説上の
 生物である。
 後漢の王充『論衡』言毒篇に「辰為龍、巳為蛇。辰、巳之位在東南」と
 あるのが、確かめられる最も古い記述である。
 なぜ辰だけが想像上の動物になったのかはいまだに議論の的であり、
 定説がない。

 ワニ学者の青木良輔は、竜の起源は、古代に長江や漢水に実在した
 ワニの一種(マチカネワニ)であり、寒冷化により絶滅した後、
 伝説化したものだと主張している[1]。
 これは現在残っている竜の図像の歴史的変化からも窺えるとのことで
 ある。

 また、不完全な首長竜あるいは恐竜の化石を見た者が想像したという
 説もある。
 --------------------
 
 インドでも「竜」はいたようだ。
 同じく、Wikipedia から。
 --------------------
 竜の起源は中国だが、インドの蛇神であり水神でもあるナーガの類も、
 仏典が中国に伝わった際、「竜」「竜王」などと訳され、八部衆の一
 として組み込まれた。そうした関係から、仏教伝来以後の中国の竜
 もまた、蛇神ナーガのイメージから多大に影響を受けたことは想像に
 難くない。
 --------------------
 
 インドの蛇神から中国の龍神(竜神)へか。
 
 で、ビルマは十二支ではなく七支である。
 モグラ(北・金)、
 トリ(北東・日)、
 トラ(東・月)、
 ライオン(南東・火)、
 象(牙あり、南・水午前)、
 ナーガ<竜>(南西・土)、
 ネズミ(西・木)、
 象(牙なし、北西・水午後)
 
 ここでも、竜が入っている。
 もしかして、蛇の代わりに竜を入れた?

 ビルマであちこちうろついていると、「竜」らしき姿をお目にかかる。
  DSC_3580.jpg
 ラングーン(ヤンゴン)のマーブル寺院である。
 仏陀の後ろにコブラを模した姿が見える(頭が切れちまったけど)

 DSCN0052.jpg
 パゴダの入口には双竜の姿が見える(シャン州)
 
  DSCN0835.jpg
 竜はどうやら、オスのようだ(バゴー管区)

 ビルマではどうやら、竜は蛇の変わりのような気がする。
 
 だが、「ワニ」説もなかなか捨てきれない。
 
  cu02038.jpg
 は、人里離れた僧院に飾られているワニ像(カレン州)である。
 雨が降って、遠目には本物にも見えるし。
 
 で、日本では竜は単体で存在しているが、果たしてそうなのか?
 
 --------------------
 こうして真澄が湖のあみひきをあちこちで見てあるいていると、
 また狐館があらわれました。こんどは竜のむれのようです。
 あるものは牛や馬がふせているように見え、男や女が集まり、
 家のたちならんでいるので見えていましたが、やがてみな松林と
 なってしまいました。
 (P.138、「菅江真澄」『辺境を歩いた人々』)
 --------------------
 菅江さんは、「竜のむれ」と書いている。
 
  02_00210.jpg
 ここラングーン(ヤンゴン)のワニ園には、群れのワニがいてるし。
 
 ちなみに今日、5月5日は、端午の節句であるが、これも竜と関係が
 あるのか?
 --------------------
 端午節とは竜の祭日ということですか?

 端午節は端陽節、五月節、夏節などと呼ばれ、中国の三大民俗祭日
 (春節、端午節、中秋節)の一つで、端午は陰暦五月五日にあたり、
 とても古い祭日である。「端午」は最初は「端五」と呼ばれていたが、
 「五」と「午」が同音なため、のちに「端五」を「端午」と書くように
 なった。現代の有名な学者聞一多先生の考証によると、端午節の
 起源は、遠く屈原が生まれる以前にさかのぼり、また端午節の多く
 の風習が竜と関係のあることから、「端午節は......古代呉越民族―
 ―竜をトーテムとする民族が行ったトーテム祭の祭日で、略称すれば
 竜の祭日である」という。
 http://4jp.veduchina.com/html/75/n-175.html
 --------------------

 ヘビの化身にしろ、ワニにしろ、トーテムにしろ、どうも竜は実在して
 たような気がするのだが。
 
 果たしてどうなんだろうか。

 というか、なんでこんなことにこだわっている自分自身がよう判らん。
 
 夜、頑張ったご褒美にDVDで "Once Upon a Time in America" 
 を見る。
 
 ま、ラストが気に入らんけど。
 

 2時過ぎに目が覚める。
 またこのパターンか・・・。
 とほ。
 頑張りすぎた翌日のことだわ。

 枕元でネット徘徊して、と、いきおいラップトップにIE8を
 ダウンロードしてインストールしてしまう。
 ちょっとは速くなったかな。
 広告の中に記事が埋もれている傾向。
 ネットが自分で自分の首を絞めている。

 この数日、暑い。
 扇風機を出して2日になる。

 ほどなく連休中の薄い朝刊が届いてツラツラ目を通す。
 どうやら今日は天気予報の通り、曇り空だな。
 ホッ。
 天気が良すぎると落ち着かず、仕事が捗らない。
 で、ほどなく2度寝となる。

 10時半過ぎ、起きる。
 チーズトーストにレタスをのせて、コーヒーを飲む。

 さ、いきなりターボ全開でやろう。
 
 官僚的文書に取り組む。
 ペチペチペチペチペチ。
 カリカリ。
 ま、この辺りがまとめになるか。
 集中あるのみ。

 14時過ぎ、ひと休み。
 切り子のたらこを喰らう。

 午後も集中して文書に取り組む。
 ペチペチペチペチペチ。
 カリカリ。
 17時過ぎ、ふぅ、とひと休み。

 と、18時過ぎ、久しぶりにFさんから電話あり。
 いろいろと多方面にやってはりますね。
 ぐっちゃら、男同士で1時間ほど喋ってしまう。
 ではまた。

 さ、文書の続きだ。
 ほぼ8割ほど完成させて、ひと息。

 ブロッコリー麺を喰らいごろり。
 
 明るいけど、
 今日は一日、曇りでした。

 さ、今日はご褒美にDVDでも見るか。
 『羊たちの沈黙』("The Silence of the Lambs")のパート2
 「ハンニバル」を見る。
 あ、クラリス・スターリング役が、ジョディ・フォスターから
 ジュリアン・ムーアに替わってたんだ。
 
 あ、とちゅうでDVDがカクカクとおかしくなる。
 PCからDVD再生機へ移して、なんとか最後まで見終える。
 やっぱりこの種のDVDは劣化がはやいんだ。
 
 あ、また夜更かしか。

   あの未曾有の災害から1年たった。
   昨日(3日付)の国営紙、"The NEW LIGHT OF MYANMAR"
  (『ミャンマーの新しい灯』)は何も伝えていなかった。

   今日はさすがに、トップページの下段と中面に申し訳程度に
   サイクロン復興記事があった。
   政府高官は(今のところ)誰も現地に行っていないようだ。

  nlm0504_2009-01.jpg

  nlm0504_2009-07.jpg
 ↑(拡大します)

我慢雨

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 ビルマ(ミャンマー)のラングーン(ヤンゴン)の昼下がり。
 雨季に入ると連日、降り続きます。
 
  bubbw001.jpg
 ( ↑ 拡大します)
 ここは下町の一角、まだ「サクラタワー」も Trader's Hotel も
 その姿がなかった1993年のボージョーアウンサン通りです。
 
 降り続く雨がさらに強くなって、人びとは雨宿り。
 さて、こんな雨を何というのだろうか。

 『雨の名前』を開いて調べてみても、ふさわしい雨が見あたらない。
 地面に跳ね返る水、風に煽られた横なぐりの雨
 この時期、雨になれているはずの人びとの顔にもあきらめの
 表情が見受けられる。

 で、適当に「我慢雨」と名付けてみた。
 
 ビルマにはふさわしい名前かな。
 うん。

 8時前目が覚める。
 今日も天気が良いようだ。

 毛布と敷き布団を干す。
 
 データのアップと修正。
 ウエブをツラツラ読む。
 『ザ・ファクタ』("FACTA online")でグーグルネタをやっていた。
 
http://facta.co.jp/article/200905040.html
 著作権者は、どういう判断をするのだろうか。
 
 で、『J-CAST ニュース』によると、
 
http://www.j-cast.com/2009/05/02040603.html
 --------------------
 「グーグル書籍データベース訴訟 日本では「和解参加」が大勢

  米グーグルが著作権者や出版社に無断で進めている
 書籍データベース化訴訟問題で、日本では徹底的に争うと
 宣言する著作権所有者が出ているものの、一旦和解した上で、
 その著作物をグーグルの書籍データベースから削除を
 求めるのが大勢になっている。
 --------------------

 できるだけ多くの人に、作品を読んで見てもらうためにどうすれば
 良いのだろうか、いまだ試行錯誤中ということころか。

 でも、前にも書いたように、例えば、公式な機関でも、
 大阪府
 
http://www.pref.osaka.jp/
 や
 神戸市
 
http://www.city.kobe.lg.jp/
 や
 東京大学
 
http://www.u-tokyo.ac.jp/index_j.html
 や
 ニューヨーク市
 
http://www.nyc.gov/
 
 と安易に検索システムとしてグーグルを使っているところもあれば、

 東京都(ちょっとグーグルっぽいけど)
 
http://www.metro.tokyo.jp/
 や
 ハーバード大学
 
http://www.harvard.edu/
 
 などオリジナルに検索データを管理しているところもある。
 誰がどのような目的でそのページを訪れたか、どのような語句を
 使って検索したかというのも、キチンと管理されるべき情報だと
 思うのだが。
 
 さて?


 "Freedom Hose" が世界の国々の自由度を発表した。

http://www.freedomhouse.org/uploads/fop/2009/FreedomofthePress2009_tables.pdf
 ま、その基準にはいろいろとあるけど。
 で、最下位群はいつも通りだな。

 195位は北朝鮮
 193位は、トルクメニスタンとビルマが分け合っている。
 
 『毎日新聞』(オンライン)によると、
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 ブロガー「弾圧国」:最悪はミャンマー 国際民間団体発表
 【カイロ和田浩明】表現の自由を支援する国際民間団体
 「ジャーナリスト保護委員会」(本部ニューヨーク)が3日の
 「世界報道の自由デー」に合わせ、ブログ(日記風サイト)で
 論評などを行うブロガーの「弾圧国」ワースト10を発表した。
 最悪国はミャンマーで、中東と北アフリカからは5カ国が入った。

 (中略)

 ワースト1のミャンマーは、インターネットカフェで検閲を実施し、
 電子メールの内容をチェック。08年5月に同国を襲ったサイクロン
 「ナルギス」で被害状況の動画をネット配信したとして懲役59年の
 刑を受けたブロガーもいた。

 2位以下の国は次のとおり。(2)イラン(3)シリア(4)キューバ
 (5)サウジアラビア(6)ベトナム(7)チュニジア(8)中国
 (9)トルクメニスタン(10)エジプト。
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 とここでもビルマ(ミャンマー)がやり玉に挙がっている。
 ブロガー弾圧国に北朝鮮が入ってないのは、同国ではインターネットを
 自由に使える状況ではないのだな。

 そう考えると、北朝鮮はさすが、としかいいようがない。

 昼は、焼売・納豆・キムチを喰らう。
 
 午後からはペチペチと "The NEW LIGHT OF MYANMAR" のデータ整理。
 ようやく2001年度分まで終わる。
 ふぅ。
 
 夜は官僚的文書に取り組もうと思っていたが、気力が途切れた。
 はぁ~。

 で、"Godfather 3" を見てしまう。
 映画的にはとても面白い、アルパチーノは『セルピコ』以来の良い
 演技をしてるし。
 
 が、内容は・・・ロバート・デュバルが映画から下ろされてるしなあ。
 
 それに、自分の家族を守るためなら、他の人は犠牲になっても
 よいのだろうか。
 自分の家族が犠牲者となったら、嘆くが、それ以外の人なら
 どうでもいいというところがなあ、と。
 
 ま、この映画がいいたいのは、そんな単純なことではないだろうが。

 21時過ぎ、うとうと。

 ビルマのデルタ地帯(イラワジ管区)をサイクロン「ナルギス」が
 襲ったのは1年前。

 これから数日(だけ?)、サイクロンニュースがでるかも。

 5月といえば、ビルマは雨季に入る手前。
 一旦雨が降ると、時に、凄まじく降る。
 
 R0010220.JPG
 ( ↑ 拡大します)
 ここはピャーポン~ボーガレー間のデルタ道。
 これじゃあ行きようがない。
 さすがに足止めを喰らう。

 写真はリコーの「Caplio 500Gwide」に22mmレンズを付けてます。

 今日から5月か。
 毎月のことなれど、早いなあ、と。
 メーデーか。

 6時半過ぎ、目が覚める。
 ちょいとうつらうつら。
 枕元のラジオをつけて、うつらつら。
 
 今日も天気が良さそうだ。
 布団を干す。

 月初めの「1日」だというのにスーパーの特売チラシが少ない。
 これも景気を反映しているんだな。

 ウエブの修正をいくつか。
 
 cnn.jp を見ると、インフルエンザ記事が出てた。
 
http://www.cnn.co.jp/science/CNN200904300020.html
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 サイエンス

 通常のインフルエンザ、死者は年間3万6000人と 米国
 (CNN) 世界中で感染拡大が判明する豚インフルエンザへの警戒が
 強まる中、米国では冬季に流行する通常の季節性インフルエンザでも
 年間3万6000人が死亡している実態を認識するべきだと、専門家が
 呼び掛けている。

 ニューヨーク市ブロンクスにあるモンテフィオーレ医療センターの
 ブライアン・キュリー博士によると、米国では毎年平均して
 約3万6000人が、通常のインフルエンザにより死亡。
 全世界ではその数は、推定で25─50万人に達するという。

 また、死亡者の9割が65歳以上の高齢者で、インフルエンザを
 きっかけに持病が悪化しており、通常のインフルエンザが非難される
 べきだと指摘している。

 (中略)

 豚インフルエンザの感染状況を確認しているロサンゼルス郡保健局の
 ジョナサン・フィールディング博士も、「心配されるべき状態だが、
 過剰に警戒するほどでもない」「ロサンゼルス郡の面積や、メキシコ間
 での移動人数を考えれば、感染例がない方が驚きだ」と述べ、平静を
 保つよう呼び掛けている。

 フィールディング博士によれば、CDCは同郡で28日までに、
 豚インフルエンザ感染例を10件確認しているが、通常のインフル
 エンザに関連した死者数は年間1000人を超えていると指摘。
 「もしも豚インフルエンザによる死者がでたとしても驚かない。
 通常の季節性のインフルエンザに近いパターンで広まっていると
 考えられる」と話している。
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 何かにつけて、なぜかひとつにことに騒ぎすぎる日本のこの頃。
 
 なぜか意味なく掃除機かけ。
 積み上げていた未読の本を本棚にしまう。
 ま、当分、読みそうにないし。

 机に座って文案を考え始めるが、なぜかやる気が出ない。
 う~ん、困った。
 
 とりあえず頭を使わない作業をするか。
 "The NEW LIGHT OF MYANMAR"(『ミャンマーの新しい灯』)の
 2002年分前半をまとめる。
 ふぅ、目が乾く。

 う~ん、机の前に座っても駄目だ。
 しゃあない、気分転換だ。
 
 DVDのタイトルを見直す。
 あ、あった、"GODFATHER" が。

 確かに何度見ても面白い映画だ。
 が、なぜか昔見たほどのインパクトはない(ま、10回以上も
 みなおしているからか)

 自分の家族(国?)を守るためなら手段を選ばないギャング物語。
 ま、どこか『仁義なき戦い』に通じてるけど。
 そこにヒューマンストーリーを混ぜることで、作品が出来上がって
 いる。
 
 巻き添えになる人の苦労が見られない。
 それが当たり前なのか。
 殴った方は忘れてるけど、殴られた方は決して忘れない。
 だからといって、殴る側へ立ちたいと思うのが自然なのだろうか。

 パート1が終わったところで買い出しに、ビュンと出動。
 なに?
 売り切れ?
 それはないでしょう。
 世間は、連休の初日ですよ。
 ったく、このDヱにはいつも呆れさせれる。
 
 安全で良い品をほどほどの価格で提供するという考え方がないのか。
 だから最近、ここで買い物をしてないんだけど。

 『ゴッドファーザー』のパート2、パート3(の途中まで)を
 見てたら、眠たくなる。
 
 23時前、寝入る。

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