どうも眠ることができない。
で、手元にあった、分厚い写真日誌を開く。
宮本常一『写真・日記集成』(上)だ。
480ページの大著の、おお、凄い分量だ。
と、1955年-昭和30年から始まっている。
え、宮本が47歳だ。
うわ、来年、自分がこの年齢になるのに・・・。
まだまだ現場で写真を撮らなあかんちゅうことか。
甘えとったらあかんちゅう、ことやな。
うん。
数時間かけて、ざぁ~って上巻のすべてに目を通す。
ふぅ、っていう感じ。
良かった。
なにがって?
そう、今になってようやくこの写真日誌を見たこと。
だって、自分の写真を撮るスタイルが決まっているからね。
でないと、10年も前にこの写真日誌を見ていたら、その内容に
必ず引きずられてしまっていただろうと想像してしまうからだ。
しかし、人びとのくらしをそういう見方ができるんだなあ、と
ため息ばかり。
お腹が空いた。
バナナを喰らいたいけど、深夜だしなな。
つらつら考え事をしていたら、あ、朝刊が来た。
もう寝よう。
起きたら9時半過ぎ。
うう、っていう感じ。
深く寝たような、でもボォ~ってしている。
雨降りだな。
にぶい雨。
とりあえずコーヒーを飲んで、目をさます。
寝る直前にも、寝入るための薬として飲んでるだけど。
作業を始める。
ペチペチペチペチペチ。
ようやく1/3ほど終了。
きうりのサンドイッチを喰らう。
ペチペチペチペチペチと作業続行。
とある官僚的文書の案を考える。
が、どうもまとまらない。
ふむ。
あっという間に夕方。
ラジオをつけると野球放送をしていた。
と、解説は福本さんだった。
この人くらいだろうか、解説だけで人を惹きつけて、そのついでに
野球放送を聴こうと思うのは。
「日経ビジネス」のオンライン対談「人生の諸問題」でも
オダジマンと岡氏が言っている(「O氏の電通入社試験突破作戦」)
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小田嶋 あと、面白いのは福本(豊)ね。
岡 ああ、福本ね。そうでない解説者の場合、試合での明らかな
ミスをミスと言わないもんね、ベンチのミスにしても、
選手のミスにしても。
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放送コードギリギリ?の内容で野球解説を続ける福本さんは、おもろい。
で、この3日間、運動をしていない。
ちょっとだらけ気味。
で、怠け心にむち打って出動。
町中は、やたらとマスク姿が多いので、怖い。
図書館で本を返し、別の本借りる。
大野晋/宮本常一ほか『東日本と西日本』(洋泉社、2006年)
Dエに寄る。
が、安売り無し。
で、◎ナカへ。
こちらは安売り多し。
レタスやワカメを中心に買い物。
パンはJパンで88円なり。
で、テクテク歩いて帰る。
今日は1時間半ほど早足で歩く。
汗まみれ。
水風呂に入る。
冷やっこい。
『調査されるという迷惑』の書き抜きを終了。
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なぜ、論文という「堅苦しく」「つまらない」形式のものばかりを
生産する苦行にいつまでも耐えなければならないのか。むしろ、
研究者自身が既成のアカデミズムの壁をやぶり、内容だけでなく
発表の形式をも変えていくように、調査地の住民に励まされていると
とらえるべきではないのか。
(PP.102-103)
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発表形式を変えなければならないのは、研究者だけでなくメディア
にも関わる者にもいえることだなあ。
で、昨日読んだ立松氏の件が気になり、グーグルで検索していくと、
あ、やっぱりというか、出てきた。
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立松和平の栃木弁
立松和平が、
二度目の盗作騒動
を起こした。前回
光の雨事件
では、立松の盗作は大騒ぎになったが、今回はそれほど騒がれてない
のは立松が作家としては終わっている証拠
でもあるし、それ以上に
文学がとっくに終わっている状況
を示している。いまの立松は
小説も書いたりする「文化人」
であり、
(略)
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/06/post_9da5.html
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う~ん、昨日の続きからすると、立松氏による盗作は最低3度ある
ということか。
私の回りにも、盗作ではないけど、人を利用だけする同じような人が
いる。
ま、名前は出さないけど。
あ、日付けが変わる。
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