写真の見方を通して

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 19時から写真民俗誌/写真民族誌についての話を始める。
 いつものビルマ報告とは異なるアプローチ。
 
 「写真の見方を通して」ビルマを見るのである。
 「写真を通して」ではない。
 このアプローチに取り組み始めて1年くらいなので、
 まだまだ試行錯誤、五里霧中状態である。

 一般的に写真の良さは、例えば「ボケ味」にあるという。
 例えば、このような写真である。
 
  DSC_1652.jpg
 ( ↑ 大きくなります)

 人物を使った広告の手法でもある。
 
 消滅寸前のタロン族のダウェさんを強調している。
 
 もちろん人物を強調するために必要な手法である。
 だが、彼の背後には、彼の住んでいる(ビルマ・カチン州の山奥)
 自然環境も写り込んでいるのであるが、それが撮影者の
 図によって消されてしまっている。
 
 もしそこに、珍しい植生が映っていたなら、それはそれで貴重な
 記録ともなるはずだ。

 もともと時間と場面を極めて限定的に写し撮る(切り取る)カメラは
 自ずと限界があるのだ(今さら、いわでもがな、であるが)

 内田センセが言葉にこだわるように、私は写真という静止画に
 こだわってコミュニケートしてみようとしている。

 写真によるメタメッセージとは何か、というより、実際のところ、
 そういうことを考えるということはどういうことなのか、今はまだ
 その辺りをうろついている状況なのである。
 ふむ。

 ▓▓ さんからティェリー・ファリーズ『銃とジャスミン』を借りる。

 (抜粋)

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このページは、Yuzoが2009年5月29日 23:59に書いたブログ記事です。

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