19時から写真民俗誌/写真民族誌についての話を始める。
いつものビルマ報告とは異なるアプローチ。
「写真の見方を通して」ビルマを見るのである。
「写真を通して」ではない。
このアプローチに取り組み始めて1年くらいなので、
まだまだ試行錯誤、五里霧中状態である。
一般的に写真の良さは、例えば「ボケ味」にあるという。
例えば、このような写真である。
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人物を使った広告の手法でもある。
消滅寸前のタロン族のダウェさんを強調している。
もちろん人物を強調するために必要な手法である。
だが、彼の背後には、彼の住んでいる(ビルマ・カチン州の山奥)
自然環境も写り込んでいるのであるが、それが撮影者の
図によって消されてしまっている。
もしそこに、珍しい植生が映っていたなら、それはそれで貴重な
記録ともなるはずだ。
もともと時間と場面を極めて限定的に写し撮る(切り取る)カメラは
自ずと限界があるのだ(今さら、いわでもがな、であるが)
内田センセが言葉にこだわるように、私は写真という静止画に
こだわってコミュニケートしてみようとしている。
写真によるメタメッセージとは何か、というより、実際のところ、
そういうことを考えるということはどういうことなのか、今はまだ
その辺りをうろついている状況なのである。
ふむ。
▓▓ さんからティェリー・ファリーズ『銃とジャスミン』を借りる。
(抜粋)
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