ピイ(Pyay)です。
お葬式があったようです。



後には霊柩車が、人びとの行列を先導してました。
2009年7月アーカイブ
久しぶりに涼しい夜。
で、窓を全開で寝てたら、モスキートちゅうやつが蚊蚊蚊蚊蚊と
入ってきた。
う~、いらつく。
朝9時半過ぎ、歯医者へ。
抜歯後の洗浄。
ビュンとT屋へ。
DVDの返却。
そろそろ100円貸し出しのタイトル変更したらいいんでは
ないかい。
今回は何も借りず。
散髪へ。
ジョリジョリ。
本屋にて立ち読み。
週刊誌は・・・壊滅状態(って、内容も)
月刊誌は、『創』がかつての『噂の真相』状態になってた。
その他の雑誌もツラツラ眺める。
なんだか執筆陣はあまり変わらない、か。
ビュンと帰宅。
ごろんと仮眠。
寝起きには『週刊金曜日』なる週刊誌を10冊(2ヶ月分)を読む。
気になった記事に付箋をつけながら、世の中、なんでこんなに問題が
多いの? って気が滅入る(って、自分の勝手だけど)
と、6月26日号(756号)の記事に、古川琢也さんが興味深い記事を
書いていた。
--------------------
一センチ四方のバッジに込められた「国労再生」への願い
辻井さん対JR東日本のバッジ闘争
--------------------
あ、そうか、昨日ユーチューブをザッピングしてたら、上岡龍太郎が、
国鉄民営化反対のことをいっていた(さて、どこだったか・・・?)
国鉄は、警察や消防と同じ国営なんだからお金を取ること自体可笑しい。
みんなタダにしたら文句が出なかったのに、っとか。
どうして国鉄が民営化民営化されたのか。
そうする必要があったのか。
噂では、中曽根康弘首相(当時)が当時の日本で最強の労働組合で
あった国鉄労働組合(国労)をつぶすために仕掛けた動きだったと
聞いたことがある。
ウィキペディアで「国鉄」関連を調べてみると、官設官営から資本不足に
より民間資本導入、さらに第二次世界大戦時、軍事物資を運ぶ必要性
から国営化への道へと。
ふむむ。
産業資本家と政治によってもてあそばれてきた国有鉄道なんだな。
そこには、国民のための視点ちゅうのが(創設時にはあったようだが)
なくなってしまったんだな。
しかし、久下さんの本(多田謡子)からユーチューブへ、さらに金曜日
への記事と繋がった。
ふむ。
ごろんとなってたら、寝てた。
アウンサンスーチーさんの裁判の判決が、8月11日に延期とか。
ったく、何考えてんだか。
最近、『ミャンマーの新しい灯』の論説はやけにこの裁判を意識した
記事を掲載してたし。
バタバタバタと激しい礫の音。
夜、急激な豪雨となる。
なんだこの天気は、なんだかビルマのジャングルにいるようだ。
梅雨明け遠し。
ピーマンとタマネギとカシワとナスビの炒め物。
いやね、抜歯後がまだ痛むんで。
2時過ぎ起きる。
う、早起き過ぎる。
うとうと。
昨日見た、YouTube の上岡龍太郎のテレビ芸能人論を見直す。
http://www.youtube.com/watch?v=xJx5tnRgXBo&feature=related
寄席(楽屋)からテレビへ。
芸人によって空気を送る・共有ことができなくなり、
楽屋が崩壊する、か。
持続芸かインパクト芸か。
素人芸か玄人の私生活(暴露)か
それがテレビドキュメントか。
じゃあ、テレビからインターネットへの移行は何だろうか?
ツラツラ考える。
断片かされた情報をどうつなげるか、その能力かな。
情報の読み取り方と再構築の仕方かな。
憲法は軍隊を持てない 自衛隊廃止
http://www.youtube.com/watch?v=Nq17H_DJSPY
こんなことをはっきりと云える人が今、テレビ業界の中にいるのかな。
これほど改革・変化・チェンジが喧伝される時代、じゃあ変わらない
でいることが変わることではないか、とも思ったりする。
歯医者へ。
う、抜歯。
さすがにこれまでの不摂生がたたったか。
ま、それだけの経験してきたから文句は云えんが。
ビュンと帰宅。
久しぶりのお日様だ。
しっかりと洗濯。
仮眠後、校正に精を出す。
ペチペチペチペチペチ。
ふぅ、なんとか片が付いたっていう感じ。
大幅に構成を変え、初稿から約5万字を減らした。
あと1万5000字ほどか。
う~ん。
湿度が高い。
可哀想に・・・使われないカメラをバッグごと仕事部屋へ移動。
歯抜けはやっぱり固いもの喰えんがな。
トウフとレタスとバナナを喰らう。
22時過ぎ、布団に入る。
1時過ぎ起きる。
とほ。
眠られない。
しばしユーチューブで動画にはまる。
漫才づくし。
ケラケラ笑う。
と、政治関連の動画も見る。
そうか、政権交代こそが大切なのだな。
うん。
なんとも奥が深いユーチューブだわ。
最近、ネットも新聞化し始めた。
自分の関心のないネタも目に入るようになってきた。
いよいよ見開き新聞の危機だぞ。
と、上岡龍太郎の話が面白い。
劇場・寄席からテレビへの移り変わりは、
なんだかテレビからインターネットへの移行とおなじやん。
きうりトーストを食らって、7時過ぎから仕事開始。
ふう。
久しぶりに空が明るい。
でも晴れじゃない。
集中仕事。
仮眠。
集中仕事。
仮眠。
ゴーヤとナスビとタマネギとニンニクと牛肉。
お腹いっぱい。
22時過ぎ、布団に入る。
朝5時から机の前に座る。
約2時間集中。
ふう。
レタストーストを食らってひと息。
DVDを封筒詰め。
8時から9時半まで集中。
で、出動。
テクテク歩いて郵便局へ。
テクテク歩いてCプへ。
テクテク歩いて駅前のスーパーへ。
牛乳のセールだわ。
テクテク歩いて帰宅。
汗びっしょり。
11時から13時まで集中して仕事。
ちょいと仮眠。
起きて、集中仕事。
仮眠。
と、野菜の詰め合わせパックが届く。
サンクスです。
しばらくは野菜づくしになりそうだ。
で、集中仕事。
で、仮眠。
23時前布団に入る。
8時過ちょうど、久しぶりに時計のジリジリ音で起きる。
雨降ってるわ。
9時過ぎ、出動。
お、雨が一瞬やんでいる。
ビュンと歯医者へ。
う~ん、炎症続いてますか・・・。
しばらく様子見ですね。
スーパー3件をはしごして帰宅。
写真展用のファイルを探し出し、キャプションを整理。
午後、ちょいと仮眠。
ピーナツを喰らいながら、さ、いよいよ削除に取りかかる。
うう、ここもあそこも残したいのになあ。
が、制限があるから仕方ない。
編集者のMさんからは、
--------------------
ぎりぎりこれ以上は無理(「あしたのジョー」の力石みたいな壮絶な
減量ですね)というところまで、文字数を減らす努力をお願いしたいと
思います。
--------------------
って来ているし。
とほ。
今日は一日、雨のち曇り、のち曇り。
鍋である。
ビルマ国内をいろいろと動いていて食堂に入って気になった
ことの一つが鍋である。

こちらはラングーン(ヤンゴン)の屋台。
美味しそうなおかずが並んでいる。
鍋はよく見る銀色の鍋(例えば、向かって右端)
気になるのは、蓋(フタ)である。
どうして取っ手(持つところ)がないのだろうか。

こちらはマンダレーのイラワジ河畔。
鍋を火にかけて料理をしている。
料理中に中を見ようとすると、蓋の端を持って、アッチッチ
という感じになってしまう。
この端を持ってのアッチッチはよく見かける。
どうして蓋の上にチョコッと出っ張りをつけないのだろうか。
そちらの方がよっぽど便利なんだが。
(便利さがすべてじゃない。ま、そりゃ、そうだけど)
ふむ。
かなりグロッキー。
余り無理をするものではない(いつまでたっても学ばんが)
5時から目が覚めているが、起き上がることができない。
トホホ。
雨のち曇りだし。
冷蔵庫も空っぽだし。
ビルマの国営英字紙(『ミャンマーの新しい灯』)を読んでたら
もっと気が滅入る。
もうどうにでもやってくれと。
↑ ああ、投げたらあきまへん・・・。
ゴロゴロしてたら背中と腰が痛くなってきたわ。
休養のはずだったのに。
とほ。
昨日、途中で見るのをやめていた "The Hours" をもう一度見る。
その前に、以前の自分のブログをチェックしてみる。
前回見たのが、記録によると、2004年12月26日だ。
--------------------
2時前、"HOURS" (邦題『めぐりあう時間たち』)を見終わる。
う~ん、生と死、幸福と不幸。
どう生きるかを問いかけるような映画だったが。
もう一つ。
自分がどう生きるかにばかり焦点が当って、社会の中で
自分がどう生かされているかという視点が欠けているように
感じた。
こういった映画はちょいと辟易する。
リアリティがなさ過ぎるんやな。
--------------------
と。
こんな突き放した感想を書いている。
さて、今回はどうかな?
で、見終える。
ま、前回と同じような感想には変わりないが、ちょっと深みを
感じたかな。
どこがだって?
"The HOURS" の意味がちょっと分かったかな、っていう感じ。
そう、どんな感動的なことがあろうと、それが人生にプラスなこと
マイナスのことであろうが、その後の時間を淡々と生きなければ
ならないということ。
そう、普段はほとんど意識しないが、変わらぬ日常を生きる覚悟が
あるかどうかということ。
ちょっと大袈裟かな。
ふむ。
『反戦と非暴力 阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)の闘い』(高文研)
を読む。
--------------------
また、阿波根さんらは宣教師に、「誠は天にも通ずるといいます。
誠意を持って頭を下げてお願いすればどんな米軍であっても、お願いは
聞き届けられると思うがどうでしょうか」とたずねた。宣教師は首を
振って答えた。
「軍には"心"はない。心がない相手にあなたがたの心は通じない。
軍というものは"必要か不必要か""得をするか損をするか"でものごと
を決めるのであって、真心だから受け入れるようなことはない」。
阿波根さんは目からウロコが落ちるような思いをした。「ああ、人間
は学ばなければ何もわからない」。以後、・・・
P.75
こうした実績をあげて阿波根昌鴻さんと伊江島住民は自信を深め
ながら、一方で「学習」の必要を痛感していた。
(中略)
《教育というものは、じつに金と根気のいるものであります。ながい間
の農奴の考え、習慣性がしみついていて、人もいいし開放的でなく欲も
なく、実にすぐれた、人間として最高の青年でも、使いにやると友だち
と話し込んで忘れてしまう。・・・わたしは青年に不満があるときは、
頭の半分が白髪になるまで待とう、40歳、50歳になるまで待とうと
自問自答することがありた》。
P.107
(《 》でくくったものは、この『米軍と農民』(岩波新書)による)。
《・・・東京から沖縄を見たとき、自信がついた。伊江島のたたかいは
最高のものではないにしても、十分たたかってきた。あやまりも少な
かった。・・・よくもがんばってくれた。真謝の人びとはよくもこれほど
たたかってくれた、と思いました》
P.110
--------------------
阿波根さん関連の本を読むといつもスゴイを通り越す。
地に足つけて(文字通り)いかんとなあ、と。
いつも思うんだが、今は選挙期間中。
平和を語る議員候補は、果たしてどれだけの人が沖縄を(自費で)
訪れて日米関係の現実を見たことがあるのだろうか(私は行った
ことはないけど・・・・)
平和を空論で語ることなかれ、か。
3時過ぎに目が覚める。
と、疲れるなあ。
5時から仕事に取りかかる。
曇りのち小雨、のち曇り。
チーズトーストX2
カレーX2
適当に仮眠を取って、連絡業務をしつつ、ひと息ついたら、
あ、もう19時過ぎ。
ぶっ通しで14時間か。
くたー、と疲れる。
ご褒美にDVDを見る。
『プラダを着た悪魔』、ってか。
つまらん(なのに見る)
映画を見ながら、フト考える。
魂を得るのではなく、売る、か。
誰に売るかって?
買い手が悪魔ならまだましだな。
自分の弱さが買おうとするんだもの。
どこまで妥協をするか、とか。
言い訳ばかりなり。
と、と、と。
今書いている原稿と同じかな。
--------------------
十年くらい前までは、普段の生活の中に、「自分たちの生活を
良くするには、民主主義国家でないと無理なんだ」という理想を
追求する姿勢があった。だが、年々、軍政による締め付けがこれまで
以上に厳しくなり、生活が困窮するにつれて、民主化への道筋を
あきらめた人が増えてきたように思える。
彼らは、政治に関わるよりも、とりあず自分の家族と身近な人びとの
生活をなんとか守ろうという姿勢を取りはじめた。それはビルマ国内に
あっては仕方ないことだと思う。そうやって多くの人は、あきらめの
代償としてわずかなものを得た。
--------------------
生活のために、ってか。
まるで、自分のことじゃないか。
ふむ。
1時間ほど寝入る。
が、心配事ありありで、眠られない。
ふぅ。
仕方ないなあ。
ウエブをツラつくと、アルジャジーラでニカラグア特集をしていた。
おそるべし動画だな。
いや、内容じゃなくて、こういう発表(YouTube)の形がだ。
朝刊を読んで、5時前、机の前に座って仕事を始める。
カリカリ、ペチペチペチペチペチ。
8時過ぎ、風呂に入って、ビュンと歯医者へ。
痛みが取れんのよ。
思った以上に治療に時間がかかりそう。
これも不摂生の結果か。
とほ。
気分転換のため、ビュンとTヤへ。
100円のDVDを物色。
"THE DEVIL WEARS PRADA","FIGHT CLUB",
"JSA JOINT SECURITY AREA","The Hours" と、
ま、そこそこに。
最近、またまたスパムメールが増えて来た。
ロシアから急増。
メールソフトの振り分け機能を細かく設定すると、あら、激減。
机の前に座って、ひたすら更正、いや、校正作業。
ペチペチペチペチペチ。
作り置きのカレーに、鶏肉とタマネギと茄子を加える。
美味なり。
23時過ぎ、寝入る。
1時間ほど寝入る。
が、心配事ありありで、眠られない。
ふぅ。
仕方ないなあ。
ウエブをツラつくと、アルジャジーラでニカラグア特集をしていた。
おそるべし動画だな。
いや、内容じゃなくて、こういう発表(YouTube)の形がだ。
朝刊を読んで、5時前、机の前に座って仕事を始める。
カリカリ、ペチペチペチペチペチ。
8時過ぎ、風呂に入って、ビュンと歯医者へ。
痛みが取れんのよ。
思った以上に治療に時間がかかりそう。
これも不摂生の結果か。
とほ。
気分転換のため、ビュンとTヤへ。
100円のDVDを物色。
"THE DEVIL WEARS PRADA","FIGHT CLUB",
"JSA JOINT SECURITY AREA","The Hours"、
と、ま、そこそこに。
最近、またまたスパムメールが増えて来た。
ロシアから急増。
メールソフトの振り分け機能を細かく設定すると、あら、激減。
机の前に座って、ひたすら更正、いや、校正作業。
ペチペチペチペチペチ。
作り置きのカレーに、鶏肉とタマネギと茄子を加える。
美味なり。
23時過ぎ、寝入る。
タンシュエ上級大将のビルマ軍事政権(SPDC)は、
1990年の総選挙の結果(アウンサンスーチー氏が書記長の
国民民主連盟<NLD>が議席の85%を獲得)を無視して権力の
座に居座り続けるのだが、その理由をどのように説明して
いるのかがもうひとつ不明だった。
が、今日の国営紙『ミャンマーの新しい灯』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR")にそれらしき説明があった。
昨年(2008年5月)の新憲法承認の為の国民投票で、
92.48%の信任を得たからだそうだ。
→国民の多くは、軍政の進める民主化への7段階の
ロードマップを支持している
→だから1990年の選挙結果は無効である。
ふむ。
さらに分からなくなった。
じゃあどうして1990年の選挙結果を無視して新憲法制定などの
ロードマップを始めて、さらに強行することができたのだろうか?
その根拠がどこにあるのか分からない。
2008年5月の新憲法の国民投票への信任投票をもって90年の
選挙結果を無効というのなら、そもそも話が逆転していないか?
ま、SPDCに道理は通じないのだが。
嗚呼、空しい。
と、今日の紙面で、軍とNLDの「対話」はないとしている。
歩み寄りを拒否しているのは、アウンサンスーチー氏ではなく、
軍政側なのである。
と、ビルマには政治囚(常識的な見地から、犯罪をおかしていない
のだから「政治犯」ではない)はいないのだとさ。
![]()
( ↑ 拡大します。1087X1534 )
--------------------
Nevertheless, NLD is turning a blind eye to thepeople's desire
and trying to disrupt the proceedings.The United Nations
secretary-general's visit to Myanmar was followed by a large
range of criticismsfrom foreign media. In a BBC news programme
on 14July 2009, the spokesperson of the party said that theywould
hold on the policy that whether they wouldstand for 2010 election
or not, taking into considera-tion the release of political prisoners
including Daw Suu Kyi, a meeting to review the 2008 constitution,
and the government's reaction to those two points;adding that
it was impossible for them to stand forelection without any action
on 1990 election results.
That means the 1990 election results, to whichanti-government
groups stick, have been null andvoid. The people do not turn to the
results of morethan 19 years ago. Similarly, the anti-government
groups'persistent demand for a dialogue has gonedown the drain.
The people's memories are stillfresh that they gave various reasons
to refuse toattend the National Convention even though theywere
given opportunities to submit their opinionsand hold discussions
at the convention.The demand the NLD spokesperson made for
release of political prisoners including Daw SuuKyi is unreasonable
at all. The government has said many times that there are no
political prisoners in Myanmar.They are, indeed, the ones who are
serving their terms in accordance with the law fortheir harming
stability and peace of the State,and committing other crimes.
Daw Suu Kyi, like them,is not a political prisoner, but the person
who is on trial for breaching an existing law.
--------------------

手錠をつけられた男性が5名、しゃがんでいます。
たった今、護送車からおろされたのか、
はたまた、護送車へ乗せられるのか。
見ておきたかったけど、やばかったので、写真だけ撮って、
見て見ぬふりをしてやめました。
ずっと雨続き。
6時過ぎ、目が覚める。
ん?
まだ薄暗い、寝よう。
8時過ぎ、また目が覚める。
ん?
まだ雨か、寝よう。
10時過ぎ、鬱陶しい薄暗いどんより雨か。
さ、起きるか。
たまった連絡業務をペチペチペチペチペチ終わらせ、ホッと
ひと息つく。
たまった新聞の切り抜きを始める。
あ、欲しかったDVDはここから販売されているのか。
が、一枚、4000円ほどするかぁ。
高いなあ。
と、切り抜きをしながら、「永久保存版」(番組・DVD)という
記述に出くわした。
よく分からん。
何のために永久保存するのだろうか?
誰もがあと100年も生きてないのに。
と思うのも、最近、カセットテープの音楽を聴きながら寝入ることが
あるからだ。
この手持ちのテープは、確か26年前に録音した音楽である。
26年経っても現役で聴くことができるのだ。
それらなのに、フロッピーディスクやジップディスク(zip disk)や
CDなどは時代遅れになってるし。
何がデジタル時代だ、ってんだ。
新聞の切り抜きを続けてたら、4月27日の「論壇時評」に松原さんが
書いてました。
『諸君』の休刊に始まり、『論座』『現代』『月刊 Playboy(日本版)』
などが消えたことが。
あ、確か、偶然、昨日の夜、『噂の真相』の最終休刊号に目を通したん
だっけ。2004年4月発売号だ。
その中に「月刊総合雑誌★売れ行き調査』っていうページがある(134)
─
潮
噂の真相
Esquire
現代
サイゾー
情況
諸君!
新潮45
正論
世界
第三文明
Title
ダ・ヴィンチ
中央公論
創
PHP
Forbes
BRIO
PLAYBOY
文藝春秋
編集会議
PENTHOUSE
Voice
論座
─
果たして今、このうち何誌残っているのだろうか。
フム。
と、東京から連絡有り。
と、Xでしたか・・・。
がくり。
衆議院解散とやら。
切り抜きをしながら、ラジオ(NHK)で各党幹事長への質問特集
などをうわの空で聴く。
ほぅ、と。
21時過ぎ、新聞の切り抜き3ヶ月分終わり。
ちょっとすっきりして気分転換になった(いろいろあるし)
雨のち曇りのち、突然の雨なり。
(2009年7月11日の続き)


そうこうやって、山の斜面で搗いて飛ばします。
こういうやり方ってどうなん(ってどうなん)
やっぱり、朝2時半過ぎ起きる。
8時まで頑張る。
で、また昼間で寝入る。
不規則だな。
曇りのち雨のち曇り
校正作業が一段落する。
で、年表とチャート作りに取りかかる。
ふう。
身体がだるい。
運動不足かな。
夕方近く、雨のやみ間に、近くの八百屋へ買い物へ。
最近、スーパーよりも八百屋に行く回数が増えてるな。
映像を見る。
資本主義とは金儲けとはなどなどメモを取りながら考える。
ちょいと気力が下降気味。
ウエブをツラツラ見ていると、『サイゾー』にて佐々木俊尚さんが
「グーグル「ブック検索」拒否が"書籍を殺す"とわからない人々」
を書いていた。
http://www.cyzo.com/2009/07/post_2386.html
その考え方にどうも釈然としない。
グーグルの「ブック検索によって、どういう利益不利益が生まれる
のかをきちんと捉えておくべきだ。書籍の読者から見れば、不利益
などひとつもない。」というのだが。
「このインターネット時代にあって、検索できない情報は、もはや
生きた情報とはいえない。ネットの普及によって、情報は検索できる
のが当たり前になった。ウェブサイトやブログ、新聞記事、動画、
音楽など、ありとあらゆるコンテンツを我々は検索システムによって
探し出し、楽しんでいる。」
そうだ。
書籍=情報 と考えているようなのが恐い。
本の項をめくるという身体的な動作を顧みない感じ。
効率よい情報集め万能を推し進める傾向。
その他、クリアカット過ぎる考え方に謎マークがつく。
やだな、と思う。
グーグルなどの検索にのらない「情報」が存在できる社会があって
こそが健全な社会だと思うのだが。
ちょっと飛躍するが、すべての情報が明らかにならないならない
社会こそが健全だと思うのだが。
有用な書籍の検索だけでなく、不要な書籍もイヤイヤながら
ぶち当たってしまうそういう非効率な社会が許されなくなるようで、
恐い。
だから一部の人のように、グーグル離れが始まっているのだ。
おそらくは、これからグーグルなどの検索にのらない情報こそに
希少価値が見いだされるだろう。
これまた飛躍するようだが、効率的で平面でなく、非効率で
デコボコのの牧歌的な社会がいいんだが。
22時過ぎ、寝よう。
2時半過ぎ目が覚める。
やっぱり、暑い。
外気は冷えているのだが、いかんせん建物のコンクリートは日中、
暖められてすぎているんだな。
とほ。
アイスコーヒーを飲んで、チーズトーストとバナナを喰らう。
と、MKちまから原稿チェックの最終便が届いていた。
どうもご苦労様。
感謝です。
と、MKちまさんと同じように、編集者にも同じところを指摘されていた。
「原稿には日時と場所がはっきりしないところが多々ある」と。
自分自身、なぜそんな原稿を書いたのかわからなかった。
何か無意識でごまかしてたのかな。
そんなことを考えながら校正していたんです(って)
で、この間、知り合いから「ビザが・・・下りませんでした」という
連絡をもらった。
あ、それで判明した。
自分で気づかぬうちに、時と場所がはっきりしないような文章を
書いていたんだ。
はい、わざと分かりにくいこと書いてました。
だって、文章の中には、そこには自分しか行ったことがないんだし。
裏取りすれば、誰がそこに行ったのか、一目瞭然。
そういえば、サイクロン「ナルギス」の被災地に入っている外国人
援助者が、知らないうちに、無意識でビルマの当局者の気に障らない
行動をとるようになっている、という報告を聞いたことがある。
もし被災地に入れなくなると最優先しなければならない援助活動が
できなくなるからだ。
私も、自分の発表物によってビザが下りなくなることを、やっぱり
どこかで怖れているんだな(当たり前だけど)
知らないうちに、自己規制(?)を引き起こすんだ、軍事政権って。
恐るべし。
で、どこかでなんとか発表しなければならないし。
う~ん、校正が大変だ。
しかし、ビルマルマ入りのビザがでない人、多くなったなあ。
そんなことを考えながら、チェックの入った原稿を見ながら
校正作業を続ける。
暑い。
夜、エアコンをつけてしまう。
で、朝6時まで集中。
3時間ほど仮眠して、ウトウトしながら身体を休め、
12時過ぎからまた集中。
ヘロヘロ。
いや、ヘトヘト。
さ、気分転換のため、散歩に行こう。
夜眠られない。
不規則生活の極み。
5時半過ぎ起きる。
7時半過ぎ起きる。
ゴミ出し。
電器製品回収のスピーカーがうるさい。
ようやく一通り終わり。
これから加筆。
ギルバート・グレイプを見る。
あ、デカプリオが出てたんだ。
9時過ぎ起きる。
ゴミ捨てできず、ガックリ。
校正
13時過ぎ、講演・シンポジウム-公館到着。
久しぶりに恩師にご挨拶。買い物。
校正
23時過ぎ、R氏より電話・・・。
ビルマ関係
で、夜、空符
暑い。
扇風機では身体が持たん・・・。
うとうと。
ウエブをツラツラ。
で、とうとうエアコンのスイッチをオンしてしまう。
君が代日の丸について考える。
いや、これらとの共生について。
朝刊を読んで、うとうと。
6時半前、寝入る。
校正
寝る前に"GATTAGA"(『ガタカ』)を見るが。
近未来にしては、ちょっと生活がアナログすぎないか?
都議会選挙。
夜遅くまで都議会選挙の結果をおってしまう。

チン州の丘で、箕であおって篩作業をしています。
ビルマでここだけでした、先の拡がった箕を見たのは。
9時過ぎ起きる。
雨のち曇りのち雨。
降ったりやんだり。
なんかややこしい天気。
原稿の校正を続ける。
文章の間を行ったり来たり。
う~ん。
蒸し暑い。
ちょっとだけエアコン。
原稿の前中後を行ったり来たり。
昼過ぎ、雨がひと止み。
15時半過ぎ、出動・・・あ、また降ってきた。
ビュンとSK駅へ。
パタパタと雨粒が落ちてきた。
最近、なぜか道路工事(道路・ガス・水道・その他)が多い。
なにか年度末のように、やたらと地面を掘り返している。
夜は、出来損ないの牛丼とワカメとシメジとトウフのお味噌汁。
が、味はソコソコ。
が、お米は余り美味しくない。
けっこう奮発して、「あ・・・・ち」を買ったんだが。
個人的にはハズレ。
で、校正作業で、行ったり来たりの作業を続ける。
23時半すぎ布団へ入る。
早起きして、原稿の書き上げ、修正を続ける。
ペチペチペチペチペチ。
昼過ぎ、なんとか完成。
写真も送って、ホッとひと息(写真は一枚、あとで差し替えがあったけど)
天気予報とは違って、今にも泣き出しそうな曇り空。
ダイレクトメールがいくつか来る。
--------------------
XX市XX区XX町XX丁目
、XX-XX
--------------------
っていう感じで、切れ目の先頭にカンマや点が来ている宛名書き
がいくつかある。
なんか大雑把に仕事をしているなあ。
信頼感のおけない会社だと思う。
宛名がキチンと印刷されているかどうかチェックをしていない
のだろう。
たぶん、顧客(人)も商品(物)と同じ感覚なのかな。
で、気合いを入れて、ウンウンと唸って校正作業。
唸ってるのは、ソフトの使い方がもう一つ分からないからだ。
一太郎は高機能だと思うのだが、こんな機能を使ったことなかった
のだ( このソフトはバージョン 3.3から使っているのだ)
しばらく、書いたり、消したり、挿入したり、削除したり。
ふんふん、そういう使い方か。
キー割り当ては・・・こちらは分からん。
4時間ほどいじくり回すと、ようやく分かってきた。
やっぱり便利だな。
こういうとき大きい画面はとくに使い勝手がよいです。
で、ペチペチペチペチペチ、と校正作業。
B4の濃い芯のシャープペンシルはカリカリとまでは音を立てずに
滑らかだ。
夜、頑張ったご褒美に "FULL METAL JACEKT"を見る。
確か10数年前に見た映画だ。
なんだぁ、こんな映画だったのか。
ちょっとガックリ。
マイケル・ジャクソンの追悼式典をインターネットのライブ中継で
見てしまう。
米国ABC、CNN、NBCを見くらべたが、NBCの映像が
クリアだった。圧勝ともいえる画質だ。
と、式典の出席者の誰かが、「世界中で今、マイケルのために・・・」
(というような内容だった)、って云っているのを聞いて、「ふん、また、
アメリカ中心か」って思ったけど、オレも地球の反対側のセレモニーを
見ているやん。
知らぬ間に米国の流れに巻き込まれてる。
とほほ。
8時前、起きる。
風呂に入って、さ、歯医者へ、と思ったら雨が降ってきた。
ま、梅雨だもの。
今日はちょっとだけガリガリ治療。
あと4回で治療終了ですか・・・。
あと4回。
ふぅ。
スーパーをはしごしする。
お決まりの野菜づくしである。
雑誌のゲラ、その他のゲラをチェックし、ひと息。
さ、やろう、長尺原稿のチェックと修正である。
うんうん。
あとひと息。
ふぅ、とひと休み。
モヤシづくしの山盛り焼きそばを喰らう。
モヤシってのは、買ってきてもそのまま食べるのではなく、
しっかりと、よくよく水洗いをする必要があるんだな
(昔、モヤシ屋でアルバイトしてたし)
で、次の原稿の下書きに入る。
ウンウンうなって、写真選び。
ウンウン。
水俣病に関して報道が続く。
被害者側が分断されてしまった。
どちらにも言い分があろう。
悲しい現実だ。
石牟礼道子 さんのメッセージが心に響く。
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この度、私共は東京に、日本という国を探しに参りました
石牟礼道子
この度、私共は東京に、日本という国を探しに参りました。
と申しますのは患者の中に、「東京にまで行ってみたばってん、
日本という国は見つからんじゃった。」
とおっしゃる方々が沢山いらっしゃるからでございます。
これは我が民族におって由々しきことではないでしょうか。
考えてみれば、日本という国が無いとしても、人の世があり、
そこには人の情けというものがあって、私どもも何とか生き延びる
ことが出来たと思っています。
その「なさけ」を求めて、探しに来たのは議員の方々が人に
選ばれた方々であるからでございます。
お願いですが、日本という国の情けが何処にあるのかお教え頂き
とうございます。
私共、水俣の者達は、人類が体験したこともない重金属中毒事件に
50有余年も捉われ続けております。
この年月は親子、祖父母、三代にも四代にも亘っています。
有機水銀を脳や身体に取り込んだ人間の一生を考えてもみてください。
言葉もろくに話せず、箸や茶碗を抱えるのも困難で、歩くことも
普通に出来ません。
女性の場合には下の始末も自分では出来ません。
これはあんまりでございます。
議員の方々には人類史上初めてと言われる長い長い毒死の日々を
生きている人々の日常をご推察頂けるのではないでしょうか。
不知火海の汚染は世間が考えるよりは凄まじく、私共発病者を初め、
対岸の小さな離党の数々、鹿児島県の島々に患者が続発し、今や万を
はるかに超えました。
人間や魚の発病だけでなく、海底の食用植物の危険度についても
国や県は調査しておらず、一人の人間の胎児の時代から少年、青年、
壮年、老年の経過については、一部の研究者はおられませうが、
国民は病状の実態について知らされておりません。
これからも患者の発生が続くと思われます。
明治41年に始まったチッソは高度成長期を頂点にして世界史的な
発展を遂げ、国策に寄与してきました。
それに対して水俣病の発生は一種の凶兆でした。
何しろ昭和7年から36年もの間、有毒汚泥を不知火海に朝も昼も晩も
流しつづけたのですから。
長い間には裁判を起こした患者もいて、2004年には最高裁で熊本県と
国にも責任があるという判決が下されました。
県と国は判決を殆ど無視して今日に到っております。
それがあらぬかこの度国会に提出される特措法案では未認定患者を
表向きは救済すると乍(なが)らチッソの分社化と地域指定解除を
謡いあげております。
こんな残酷な毒物を背負ったまま患者達は認定、未認定に関わらず
あの世へ行かなければなりません。
よくもこんな残酷な法案を作ったものです。
この様な法案を作って世界に示す民族性を私共は国辱と思います。
水俣病に本質的な救済というものはありえません。
何故なら一度身体に入った有機水銀は出ていかないからです。
せめて生き残った者が、この「人柱」たちを少しでも楽になれるように
させて頂くというお気持ちになってくださらないでしょうか。
水俣病は治療法が無く、不治の病となっています。
日夜苦悩している患者達を救済するどころか、審査会にかけて棄却する
方向に持っていきつつある様に思います。
処理しきれぬ程に増えた患者数に驚き、なるべくなら早く死んでほしいと
思って、長引かせているやに思われてなりません。
せめて国が、できることは、日々の生活の足しになるような慰謝料を
差し上げることか、治療法に取り組む医者を育てるとか、棄却などという
冷酷な言葉で処理しないように、国力を挙げてお取り組み頂きたいと
思います。
多くの人が選んだ議員様方にぜひともご協力頂きたいと存じます。
今日は私共のために、貴重な時間を割いて下さり本当に有難く
存じました。
祈念を込めてお願い申し上げます。
2009年6月3日
石牟礼道子
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7月7日の『朝日新聞』朝刊に水俣病についての記事が出ていた。
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水俣病 40歳以下置き去り
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今回の見出しは、わかりやすい。
思わず記事を読んでしまった。
で、記事の中で気になった部分があった。
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答申には「科学的結論とは言い難い」という批判があり、
前国立水俣病総合研究センター所長の衛藤光明氏も「75年ごろまで
は胎児性水俣病があってもおかしくないと思う」と指摘する。
一方、環境省の原徳寿・環境保健部長は「水俣地域には心理的
バイアスがあって(体の不調があるとそれが水俣病だと)思い込む
人がいるかもしれない」と反論した。
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後半の環境保健部長のコメントは反論になっていない。
「思い込む人が、いるかもしれない」と。
どうやら、救済(っていうのも変な表現だが)に消極的な人には、
(これまでの救済の経緯から)「水俣地域には心理的なバイアスが
あると思い込む人がいる」とバイアスを持って対処しているんでは
ないかと、私などは思わずバイアスを持ってしまう。
疑わしきは罰し、疑わしき人を救済しない。
冷酷な言葉と行為が蔓延しているな。
つぶ。
夜2時過ぎ目が覚めた。
ん?
やっぱりそうか。
ちょいと気落ちしていたので、元気を付けるために、
今夜は久下格さんの本を取り出そう。
『謡子追想』(教育史料出版会)である。
今も闘っている国労の組合員たちの、不撓不屈とも思える闘志を
感じるためである。
「あとがき」から抜粋してみる。
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国鉄が分割民営化されてJR各社が発足したのは、一九八七年四月
のことですから、今年四月でちょうど十年が経過しましたが、私の
働いているJR東日本会社は、・・・・・。
JR東日本会社は、・・・、実際には、いまだに音をあげずに
がんばり続けている国労組合員を、日夜圧迫し続けている。
労働組合法という法律があります。労働者の団結権を保証するために、
この法律は労働組合に所属していることを理由に差別することを
不当労働行為として禁じ、不当労働行為を認定する中立の機関として
労働委員会を設けています。JR各社は、会社発足時の採用差別は
もとより、総計で二百件以上もの不当労働行為を各地の労働委員会
から指摘され、改善命令を受けているのです。
一九八二年に首相になった中曽根康弘氏は、歴代自民党が解体でき
なかった、戦後革新勢力の中核としての国労の解体を、国鉄じたいの
解体を通して実現しようとしました。
JR各社がいまだに国労に対する差別と隔離の政策を改めようと
しない背景には、自らの手段を選ばぬ組織攻撃によっって、逆に
企業と企業社会から相対的に自立してしまった、国労への恐怖がある
のだと思います。この恐怖には、実は自分たちが、法律をも無視して
組合破壊を強行したことへの後ろめたさ、自分たちの行った、いわば
国家的な不当労働行為に対する呵責の念の裏返しのようなところが
あると思います。
さて、私が国鉄に就職してから、いつのまにか二十数年が経過しました
が、矛盾に満ちた現代社会を超える「もう一つの世界」、差別や抑圧や、
戦争や暴力のない世界への回廊を労働運動の中に見つけることは、
ついにできませんでした。けれども、働く仲間たちの語る「本当の言葉」
に心を打たれながら、私は働き続け、そして闘い続けています。
もちろん、闘い続ける労働者の世界にも「汚辱にまみれた世界」、
「ごく普通の世界」です。特に労働組合や政党・党派の主導権をめぐる
争いの醜さは、富と権力をめぐる「持てる者たちの世界」の争奪戦と
まったく同様の様相を呈します。また、イデオロギー的な言葉、党派の
内部でしか通用しない言葉を聞くことも多いです。しかし、闘い続ける
労働者の言葉には、そうした偽物の言葉ではない「本当の言葉」が
ふくまれています。
「言葉」には「本当」も「偽」もない。ただ「言葉」だけがある。
「本当の言葉」が聞こえるというおまえの思い込みは、「もう一つの
世界」がありうるという観念と同様の幻想にすぎないという反論も、
もちろんあるでしょう。しかし、私にはそう思えないのです。あらゆる
ことが、利己的な利益追求の手段に貶められてしまう今の世の中に
あって、人と人が支えあい、連帯することなど不可能だと言い切る
こともできるでしょう。事実、弱い立場におかれた労働者の相互扶助の
ために生まれたはずの労働組合がいつしか巨大化して、経営者とともに
労働者を統率する手段に転化し、また、社会を変革しすべての人々の
自由と平等を実現するためであったはずの、政党の組織と勢力の拡大
自身がいつしか自己目的と化すといったように、常に手段が目的と
取り違えられ、手段が目的に転化していくという現象は強力です。
しかし、そうした「手段の目的への転化」現象の底には、つねに名も
なき人々の、お互い連帯し、支えあい、共に生きようとする意思という、
もう一つの真実が隠れていると、私は経験を通して思うのです。
権力というものが、言うまでもなく強固にうち固まれた核を持ち、
挑戦する者を力で排除、抑圧することによって維持されている以上、
権力を打ち負かそうとする者、解体しようとする者の陣営もまた、
権力と闘うための権力、権力と闘うために味方を団結させるための、
排除と抑圧の論理を内包することは、ある意味で自然なことです。
困難な状況下、もっとも困難な闘いの現場にこそ、人と人との
連帯の場、人と人とが支えあう共同の場が成立すると私は思います。
それは、その場に居合わせた者でなければわからない「場」であり、
言うまでもなく永遠に続く「場」ではなく、まして、社会のすべてを
その原理で構成できるような関係性ではありませんが、しかし、歴史
のそこここで、流れの中にときおり顔を出す岩礁のように、姿を現して
は消え、また姿を現しては消えていく、そうした「場」であると思い
ます。そして、困難の中で人と人と支えあえるということ、人と人とが
連帯できるという事実は、解放が抑圧に転化し、自由が再び束縛に転化
していくという、もう一つの事実と同じくらい重要な事実であり、
そして、私に希望を持ち続けることを可能にさせる真実です。それは、
「もう一つの世界」への回廊を求めて国鉄に入ったことが、決して
無駄なことではなかったのだと、私を励まし続けてくれます。
--------------------
闘い続けるための源泉を垣間見たような気がする。
システム(社会)や共同体が理想的であっても、そこに暮らすのは、
生身の人間である。
いわゆるまっとうな倫理に背を向けて生きる人もいる。
正しいだけが人の世ではない。
言葉では定義できない節度やディーセンシー、或いはそれらの
バランスがモノをいうのである。
寝よう。
8時前目が覚める。
うとうと。
雨は降っていない。
ちょっと爽やかな天気だ。
ペルーコーヒーを飲む。
うむ。
香りはよい。
で、コーヒーの出所であるオルター・トレード・ジャパンの
ウエブページに行ってみる。
と、お、トップページは山本さんの写真じゃないですか。
コーヒーをぐびぐび飲みながら、書きかけの原稿に手を入れる。
ペチペチペチペチペチ。
さ、次だ。
で、長尺原稿の校正を続ける。
いちばん読みづらいと指摘を受けた出だし冒頭のである。
うむむ。
そういえば、ビルマに関してあまり知らないとからすれば、
五里霧中の展開だな。
とほ。
ペチペチペチペチペチ。
夕刊を開いて、見出し見て、ガックリと肩を落としてしまった。
大阪此花区のパチンコ店放火の続報である。
--------------------
元同僚「仕事ぶりまじめ」
--------------------
と見出しにあった。
もうこのパターンのニュース報道は止めて欲しい。
まじめに仕事をしている人がこういう犯罪をおかしたのが
ニュースなのだろうか?
良くあるパターンで、
成績のよい子は悪さをしない?
ということか。
勉強熱心な子どもも、
親思いの子も、
近所好きあいのよい大人も、
誰もが法律を破る可能性がある。
記事に添えられていた写真もまた・・・。
新聞を読んで、その内容よりもその伝え方に・・・。
この犯罪の裏には、表に出せない何かあるのだろうか・・・。
なんだかつまらなくなって、 元気を付けるために、
オダジマンのコラムを集中的に読む。
で、気づいた。
結構長い連載だな。
2006年からだし。
ま、時に面白くない回もあるのが、ま、半分は面白い。
野球で云えば、5割のヒット率だ。
一流バッターどころではない。
とてつもない才能だ。
ふむ。
早寝早起きを心がけたいのだが。
いったん生活のリズムを崩すとたちなおすのが難しい。
フォトエッセイの締め切りが今日だ。
ふむ。
テキスト部分の1000字前後は、写真選びとテーマ設定が決まれば
問題ないのだが。
が、そのテーマが決まらないのだ。
だから、進まない。
とりあえず、「故郷(ふるさと)」というタイトルで書き出すが、
もちろん途中から、ずれてくる(いや、ぶれてくる・・・トホホ)
いったん頭を冷やして、データの更新と連絡業務。
困ったときのオダジマン頼み、ということで、『パソコンは猿仕事』を
取り出す。
ケラケラ笑う。
10年も前の出版だ。
ITの世界で10年と云えば、感覚的には明治維新か?
メディアの世界でもようやくインターネットのことをいろいろと問題?
とされ始めている。
が、ほとんどの話の展開はピント外れ。
これまで多くのIT関連本(『カッコウはコンピュータに卵を産む』や
もちろん『ウェブ進化論』)を読んできたが、インターネットやIT、
パソコンを語る上で、この『パソコンは猿仕事』は最高品である。
何を今さら、インターネットの脅威を語るのか、っていう感じ。
ああ、現実逃避だ。
そんなことをしている場合ではない。
選ぶ写真を頭に巡らせながら、原稿を書き続ける。
ペチペチペチペチペチ。
家に籠もっていては身体に悪い。
半時間でも歩こう。
原稿が一段落したので、テクテク歩いて、駅前の銀行へ。
湿度が高いのか、半時間ほどでもやっぱり汗みずく。
あ、次の締め切りが・・・メールでやって来た。
夜、ごろごろ。
メディアとITといえば、時々、『島田範正のIT徒然』をのぞく
のだが、今回はとても美しいページを紹介してくれていた。
--------------------
前回エントリーに続いてまたまた出遅れですが、
Jacek Utkoがビジュアル・ジャーナリズムを説明したTED2009で、
Yann Arthus-Bertrandという写真家が講演していて、壊れやすい
地球を大事にしようという観点から撮った空撮環境映画「HOME」が
あることを知りました。あんまり素晴らしい映像なので、
見逃した方へ紹介します。
--------------------
→ http://www.youtube.com/watch?v=jqxENMKaeCU&eurl=http%3A%2F%2Fwww.gmodules.com%2Fgadgets%2Fifr%3Furl%3Dhttp%3A%2F%2Fhomegadget.googlecode.com%2Fsvn%2Ftrunk%2Fgadget-en.xml%26nocache%3D0%26lang%3Den%26country%3Dus&feature=player_embedded
美しい映像だ。
英語も分かりやすい。
できれば、効果音よりも自然な風の音、虫の音などをメイン音に
して欲しかった。
美しすぎて、どこまでデジタル処理をしているのか、そちらの方が
気になりますけど。
今日も早めに22時過ぎ、布団に入る。
ん?
目が覚めた。
何時だ?
選挙関連の広報の車ががなってる。
あ、今日は投票日か。
時計を見ると9時半過ぎ。
ああ、寝過ぎた。
ま、今日はいいか。
久しぶりに何も予定を入れていない日曜日(おいおい、オイラは曜日に
関係ないフリーだぞ)
空もピーカンだし。
空気も爽やか。
それに選挙の公報車が通り過ぎると、ああ、静かな日曜日だ。
鳥のさえずりが聞こえる。
今日は休もう。
とりあえずアイスコーヒーを片手に、読みたくもない新聞に目を
通す(日課って恐いなぁ)
で、予想通り、ってか。
午後をゆっくり過ごすために、PCの前に座って、ルーティーンの
仕事をちゃっちゃと済ます(って、やっぱり仕事してるし・・・)
今日はメールや郵便物を見ない、触らない。
で、久しぶりにチャットにログインしても誰もいない。
スカイプもだ。
な、何でだ?
ま、こんな爽やかな日曜日に家にいる方がおかしいのかな(きっと)
映画でも見るか。
あ、電話が鳴った。
・・・、トホ。
あ~、駄目でしたかー。
これはいけると思ってたのに・・・。
ちょいとがっくり。
で、愚痴風、ぐちゃら。
"BUTCH CASSIDY AND THE SUNDANCE KID"(『明日に向かって撃て!』)
を見る。
あ、昔見たのとラストがちゃうやん。
こちらは「特別編」だったか・・・。
ちゃっちゃとカレーを作って、お腹いっぱいになってごろん。
うとうと。
もうこのまま寝ようか、と。
あ、今日は知事選挙だった。
あと1時間で締め切りか・・・。
今から行くの鬱陶しいなあ。
でも行かんとなあ。
で、わざわざブログでオープンにするために、投票に行く。
帰りに自分へのご褒美におやつ(ピーナツ)を買う。
なにやら最近、虚脱感ばかり、なり。
いろんなプレッシャーが押しよせ、ビッグ・ウエンズデーだ。
「魂を売るかどうか」、ってか。
ははは。
8時半過ぎ起床。
ええ天気になりそうだ。
昼前、爽やかな風が部屋に吹きこむし。
今日の話の流れを確認し、データを再チェックする。
昼過ぎ出動。
早めに大阪に到着。
Yバシで単3乾電池を買う。
背中の写真集(9冊)が重たい。
腰に響く。
早めに講演会会場に到着。
あ、ここは確か、10年ほど前?にスーチーさんの誕生日を祝った
会場ではないか。
300人は入る会場だよ。
講演会の準備をしてくれているスタッフはもうセッティング終了。
仕事が早いです。
顔見知り、知人とやあやあとご挨拶。
ファイヤー・ガール(?)さんもちゃきちゃきです。
お、わざわざすいません、というひとが何人も。
14時丁度、会が始まる。
16時20分、話を終える。
やっぱり時間が足りないなあ(まとまらない話をまとめるのが
仕事でもあるんだが・・・)
話のあと、個別質問&あいさつが続く。
写真集8冊売れました。
ありがとうございました。
会のあと、スタッフと中華料理屋でごっTZあんです。
こちらは取材の裏話など・・・。
散会後、APのオフィスへ。
石丸氏とぐっちゃら。
お、XXXカードありますか。
サンクスです。
メディアに関わる人、ジャーナリストと会うと、やっぱり現況を嘆く
話ばかりとなる。
でも、嘆いてばかりはいられない。
そりゃ分かっているけどね。
で、いつもは孤独で(を)闘うのもいいけど(ほんまかいな)、
たまには同業者を愚痴、うだ話をしながら、気分転換・憂さ晴らしなども
必要かなと思う次第である。
ふむ。
神戸に戻って、米を買う(今日は安売り日だったし)
うう、重たい。
腰に響く。
Tヤでは、1タイトル100円というキャンペーンをやってたんだ。
ま、何借りておくかな。
"FULL METAL JACEKT",
"BUTCH CASSIDY AND THE SUNDANCE KID"(『明日に向かって撃て!』),
"SWEET HOME ALABAMA"(『メラニーは行く!』)
など。
明日の準備に取りかかる。
テキストと画像の両方があるので、ちょいとまとめが必要なんで。
年表と写真を整理する。
ペチペチペチペチペチ。
パワーポイントは見栄えは良いが、あまり使いたくない。
すっきりしすぎだもん(ま、そのためのソフトだが)
講演は、これまでの経験から、そつなくこなせばそれなりに終わる。
同じような話を繰り返せば、いいんだもん。
でもそれじゃあ面白くない。
できれば毎回、やり方を、話す内容を変えたい。
そうすると、毎回、準備のためにいろいろと勉強し直さねばならない。
それが大変。
でもそういう大変なことから逃げていては、そこに止まってしまう。
ある意味、自分との戦いでもある(ま、ちょいと大袈裟かな)
そういう終わりのない作業をしながら、何が問題なのかを
あらためて考え直すのである。
もちろん、取材対象だけのビルマだけでなく、取材方法や
自分のポジショニングなどの修正もするのだ。
うん。
資料を、本をひっくりかえす。
ネットで確認。
ふぅ。
腰の重みは相変わらず。
ヒドくはなってないが、ちょいと怖い。
コホンと咳をするのもビビる。
ごろんろ横になってラップトップを立ち上げると、
おお、お久しぶりの便りではないですか。
元気なのですか?
6時過ぎ目が覚めた。
あ、寝てたんだ。
で、また寝てしまう。
どんよりとした曇り。
時に、太陽の光が差す。
あ、今日もゴミ捨てできなかった。
徐々に溜まり始めるゴミ袋。
うう。
腰の痛みは、ややおさまった感じ。
でも無理は禁物だよ。
ファックスを・・・送って、との連絡。
トホ。
それも間違ってるし。
トホホ。
頭が働かん。
とりあえず作業か。
掃除機をかけて、机の前に座ってデータをダウンロード。
あ、おととい、昨日とルーティーンの作業を忘れてた。
が、「向こう」も忘れてたか。
まだ3日前のデータが残ってた。
慌ててデータをゲット。
いろんな意味で曇天の日々。
いや、土砂降りか?
![]()
シャン州チェイントンの中心部にあるロータリー(環状交差点)である。
フム、と思った。
ロータリーの中心部が、他のところではよく見た時計台(時計塔)
ではないのである。
http://uzo.sakura.ne.jp/uzo/index.htm
で、「時計台」「時計塔」で調べてもらえれば分かるように、
ビルマ全土に、英国による植民地遺産である時計台が見られる。
シャン州は、英国植民地下でもソーボワ(世襲藩主)によって
治められていた。
だから、時計台が見あたらないのか(同じシャン州でも、時計台や
時計塔があるところは、もちろんある)
ビルマ全土を統一時間によって支配するのも、これまた植民地主義の
印(しるし)であろうか。
ふむ。
2時過ぎ起きる。
さすがに極端すぎるか。
ツラツラとビルマ資料に目を通し、ウトウト。
と、朝刊が来て、目を通して、やっぱり2度寝となる。
7時過ぎ起きる。
朝風呂に入って、シャキッ。
校正を続ける。
9時過ぎ、ビュンと歯医者へ。
途中、サービスの悪すぎるガソリンスタンドで給油をしてしまう。
オーナーらしい人の言い訳を聞いてうんざり。
2度と行くもんか。
スーパーを3軒はしごする。
初めて安売りの業務用スーパーというところに行く。
もちろん一般売りもする。
安すぎる価格に・・・やっぱり不安。
11時過ぎ、太陽が照ってきたよ。
あれっ?
が、やっぱり雨が降ってくる。
窓を開けておれないくらいの風雨。
原稿の校正に精を出す。
ペチペチペチペチペチ、カリカリカリ。
腰の痛みがやばい。
椅子に座っておられない。
もしかしてこの天気のせいか?
ジャンと焼きそばを喰らう。
今日も早めに21時過ぎには布団に入ってウトウト。
で、電気を点けたまま、知らん間に寝入ってた。
と、電話が。
ウトウト。
冤罪の関係で本棚の斉藤茂男本をツラツラ。
なぜか、『父よ 母よ!』(講談社文庫)を取り出してしまう。
あれ、この文庫本、いつ買ったんだろうか?
購入日時を書いてない。
たぶん2000年前後だろうか。
ビルマ取材に関して、走り書きの書き込みがある。
ふむふむ。
・宗教を通してカレンという民族を見る→カレンを通して
ビルマを考える、「国」というものを考える
→国際環境を考える
→最後の到達点は、わが国、日本というものを考えるところまで
・民主主義という大きな思想よりも、怒濤の情報よりも
→生活レベルのニュースが必要
→どのような人を取材していくか
・読者をビルマ人を対象とする写真を撮る。
→「ああ、自分たちの国・民族・習俗・文化はこうなのか」と
--------------------
学校の先生の家庭訪問の話から私が気づかされたことは、
一つはこの先生が描写してみせたような生活の「風景」を
この眼でしっかり見よう、ということだった。
「風景」の微細な部分に、状況をまるごと描きだすカギが
ひそんでいるだろうと私は考えたのだった。そして、たとえば、
一人の非行少年をとらえるとき、彼の家庭の状態をたんに
金銭的に裕福か貧困かという物差しではなく、その「生活の質」が
豊かか貧しいか、というところまで踏みこんで・・・。
--------------------
( 『父よ、母よ!』から )
・ビルマの生活の風景
→用いられた風景で判断するビルマの報道の質
・何のための報道・記録か
→知るだけでなく、
→(見る人は)感じないと、(なかなか)動かない
→報道を生活の風景を中心とするのは、それを見た人が
感じて欲しいという欲求が、こちら側にあるから
→そこにニュースではなく「人間がいる」のだ、という視点
・果たして取材者は、そこの生活の風景の一部となり得ることが
出来るのだろうか
-------------------- ↑
「少年の背負っている荷を、少年とまったくおなじ重さで感じて
やろう」
--------------------
--------------------
「あんたたち、いったいそんなことを知って、なんになるのよ!
いえ、商売だってことはわかるわよ。でもさあ、そんなこと新聞で
書いたって、弘志ちゃんがしあわせになれるわけじゃない!」
たたみかけられ、シドロモドロの応戦になる。それはそうなのだ。
弘志や四散した家族たちに、オレたちはなにをしてやれるのだ。
だが、弘志一家の悲しみを彼らとおなじ感度で感じることはできなく
でも、考えてみたいのだ。
--------------------
--------------------
ためらいはじめると、つぎつぎに気を重くする理由ばかり
思いついて、足がまえへすすまなくなる。そこをエイッと
踏み越えるのか、踏み越えないでUターンしてしまうかで、
私たちの記事の濃密度はぐんと変わってしまう。恥をかく、
いやな思いをする、そういう "税金" を納めなくては、
よい仕事はできないぞ、と自分に言い聞かせながら歩くの
だが、なかなか慣れるものではない。
--------------------
あの斉藤さんでも(他のところでも書いていたが)、取材慣れして
いないのだ。
取材には、慣れはないのだ。
それなのに、ついつい・・・。
ウトウトとしてたのだが、目が覚めてしもたわ。
反省。
はい。
お葬式の祭列と霊柩車

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