2時過ぎ起きる。
さすがに極端すぎるか。
ツラツラとビルマ資料に目を通し、ウトウト。
と、朝刊が来て、目を通して、やっぱり2度寝となる。
7時過ぎ起きる。
朝風呂に入って、シャキッ。
校正を続ける。
9時過ぎ、ビュンと歯医者へ。
途中、サービスの悪すぎるガソリンスタンドで給油をしてしまう。
オーナーらしい人の言い訳を聞いてうんざり。
2度と行くもんか。
スーパーを3軒はしごする。
初めて安売りの業務用スーパーというところに行く。
もちろん一般売りもする。
安すぎる価格に・・・やっぱり不安。
11時過ぎ、太陽が照ってきたよ。
あれっ?
が、やっぱり雨が降ってくる。
窓を開けておれないくらいの風雨。
原稿の校正に精を出す。
ペチペチペチペチペチ、カリカリカリ。
腰の痛みがやばい。
椅子に座っておられない。
もしかしてこの天気のせいか?
ジャンと焼きそばを喰らう。
今日も早めに21時過ぎには布団に入ってウトウト。
で、電気を点けたまま、知らん間に寝入ってた。
と、電話が。
ウトウト。
冤罪の関係で本棚の斉藤茂男本をツラツラ。
なぜか、『父よ 母よ!』(講談社文庫)を取り出してしまう。
あれ、この文庫本、いつ買ったんだろうか?
購入日時を書いてない。
たぶん2000年前後だろうか。
ビルマ取材に関して、走り書きの書き込みがある。
ふむふむ。
・宗教を通してカレンという民族を見る→カレンを通して
ビルマを考える、「国」というものを考える
→国際環境を考える
→最後の到達点は、わが国、日本というものを考えるところまで
・民主主義という大きな思想よりも、怒濤の情報よりも
→生活レベルのニュースが必要
→どのような人を取材していくか
・読者をビルマ人を対象とする写真を撮る。
→「ああ、自分たちの国・民族・習俗・文化はこうなのか」と
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学校の先生の家庭訪問の話から私が気づかされたことは、
一つはこの先生が描写してみせたような生活の「風景」を
この眼でしっかり見よう、ということだった。
「風景」の微細な部分に、状況をまるごと描きだすカギが
ひそんでいるだろうと私は考えたのだった。そして、たとえば、
一人の非行少年をとらえるとき、彼の家庭の状態をたんに
金銭的に裕福か貧困かという物差しではなく、その「生活の質」が
豊かか貧しいか、というところまで踏みこんで・・・。
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( 『父よ、母よ!』から )
・ビルマの生活の風景
→用いられた風景で判断するビルマの報道の質
・何のための報道・記録か
→知るだけでなく、
→(見る人は)感じないと、(なかなか)動かない
→報道を生活の風景を中心とするのは、それを見た人が
感じて欲しいという欲求が、こちら側にあるから
→そこにニュースではなく「人間がいる」のだ、という視点
・果たして取材者は、そこの生活の風景の一部となり得ることが
出来るのだろうか
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「少年の背負っている荷を、少年とまったくおなじ重さで感じて
やろう」
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「あんたたち、いったいそんなことを知って、なんになるのよ!
いえ、商売だってことはわかるわよ。でもさあ、そんなこと新聞で
書いたって、弘志ちゃんがしあわせになれるわけじゃない!」
たたみかけられ、シドロモドロの応戦になる。それはそうなのだ。
弘志や四散した家族たちに、オレたちはなにをしてやれるのだ。
だが、弘志一家の悲しみを彼らとおなじ感度で感じることはできなく
でも、考えてみたいのだ。
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ためらいはじめると、つぎつぎに気を重くする理由ばかり
思いついて、足がまえへすすまなくなる。そこをエイッと
踏み越えるのか、踏み越えないでUターンしてしまうかで、
私たちの記事の濃密度はぐんと変わってしまう。恥をかく、
いやな思いをする、そういう "税金" を納めなくては、
よい仕事はできないぞ、と自分に言い聞かせながら歩くの
だが、なかなか慣れるものではない。
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あの斉藤さんでも(他のところでも書いていたが)、取材慣れして
いないのだ。
取材には、慣れはないのだ。
それなのに、ついつい・・・。
ウトウトとしてたのだが、目が覚めてしもたわ。
反省。
はい。
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