かなりグロッキー。
余り無理をするものではない(いつまでたっても学ばんが)
5時から目が覚めているが、起き上がることができない。
トホホ。
雨のち曇りだし。
冷蔵庫も空っぽだし。
ビルマの国営英字紙(『ミャンマーの新しい灯』)を読んでたら
もっと気が滅入る。
もうどうにでもやってくれと。
↑ ああ、投げたらあきまへん・・・。
ゴロゴロしてたら背中と腰が痛くなってきたわ。
休養のはずだったのに。
とほ。
昨日、途中で見るのをやめていた "The Hours" をもう一度見る。
その前に、以前の自分のブログをチェックしてみる。
前回見たのが、記録によると、2004年12月26日だ。
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2時前、"HOURS" (邦題『めぐりあう時間たち』)を見終わる。
う~ん、生と死、幸福と不幸。
どう生きるかを問いかけるような映画だったが。
もう一つ。
自分がどう生きるかにばかり焦点が当って、社会の中で
自分がどう生かされているかという視点が欠けているように
感じた。
こういった映画はちょいと辟易する。
リアリティがなさ過ぎるんやな。
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と。
こんな突き放した感想を書いている。
さて、今回はどうかな?
で、見終える。
ま、前回と同じような感想には変わりないが、ちょっと深みを
感じたかな。
どこがだって?
"The HOURS" の意味がちょっと分かったかな、っていう感じ。
そう、どんな感動的なことがあろうと、それが人生にプラスなこと
マイナスのことであろうが、その後の時間を淡々と生きなければ
ならないということ。
そう、普段はほとんど意識しないが、変わらぬ日常を生きる覚悟が
あるかどうかということ。
ちょっと大袈裟かな。
ふむ。
『反戦と非暴力 阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)の闘い』(高文研)
を読む。
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また、阿波根さんらは宣教師に、「誠は天にも通ずるといいます。
誠意を持って頭を下げてお願いすればどんな米軍であっても、お願いは
聞き届けられると思うがどうでしょうか」とたずねた。宣教師は首を
振って答えた。
「軍には"心"はない。心がない相手にあなたがたの心は通じない。
軍というものは"必要か不必要か""得をするか損をするか"でものごと
を決めるのであって、真心だから受け入れるようなことはない」。
阿波根さんは目からウロコが落ちるような思いをした。「ああ、人間
は学ばなければ何もわからない」。以後、・・・
P.75
こうした実績をあげて阿波根昌鴻さんと伊江島住民は自信を深め
ながら、一方で「学習」の必要を痛感していた。
(中略)
《教育というものは、じつに金と根気のいるものであります。ながい間
の農奴の考え、習慣性がしみついていて、人もいいし開放的でなく欲も
なく、実にすぐれた、人間として最高の青年でも、使いにやると友だち
と話し込んで忘れてしまう。・・・わたしは青年に不満があるときは、
頭の半分が白髪になるまで待とう、40歳、50歳になるまで待とうと
自問自答することがありた》。
P.107
(《 》でくくったものは、この『米軍と農民』(岩波新書)による)。
《・・・東京から沖縄を見たとき、自信がついた。伊江島のたたかいは
最高のものではないにしても、十分たたかってきた。あやまりも少な
かった。・・・よくもがんばってくれた。真謝の人びとはよくもこれほど
たたかってくれた、と思いました》
P.110
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阿波根さん関連の本を読むといつもスゴイを通り越す。
地に足つけて(文字通り)いかんとなあ、と。
いつも思うんだが、今は選挙期間中。
平和を語る議員候補は、果たしてどれだけの人が沖縄を(自費で)
訪れて日米関係の現実を見たことがあるのだろうか(私は行った
ことはないけど・・・・)
平和を空論で語ることなかれ、か。

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