事実も売れる商品

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 写真展準備のための準備。
 マットの大きさと点数を確認。

 気分転換のためテクテク歩く。
 それほど暑くない。
 が、やっぱり部屋の前の「心臓破りの坂」を上りきると汗だく。
 見ずシャワーを浴びる。

 "reservoir dogs" を見る。
 ガックリ。
 
 アフガニスタンの選挙ニュースが流れる。
 中村哲『アフガニスタンの診療所から』(筑摩書房)を読み直す。
 私の取材の原点の一つでもあり、必読書の一つでもある。

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 じつはペシャワールからは多くのジャーナリストたちが自由に
 ゲリラとともに往来していた。即席の従軍戦記の類が多く、ゲリラ
 勢力の勇壮な姿のみが大きく伝えられた。「シルクロード」の
 異国趣味とは大差なかった。事実を伝えることさえ「売れる商品」に
 仕立てる風潮の中で、200万人ちかい死者を出した戦争が性格に
 伝えられなかった事実を、我われはしるべきである。

  外国人が「現地の実情やニーズ」と語るときに問題なのは、
 現地のだれからどういう立場でそれを聞いて判断したかである。

  いかに不合理に見えても、そこにはそこの文化的アイデンティティが
 ある。性急に自分たちの価値尺度をおしつける点では、西側も同じ
 対応をしたわけである。
 
  追いつめられた時にこそ、ふだんは見えない実態が明らかになる。
 国際組織たるものがほこり高いUN(国連)のマークをあわてて消す
 など、笑えぬこともあった。

 格調高いヒューマニズムも、援助哲学も、美しい業績報告とともに、
 ついにガラスの陳列棚からおどりでることはなかった。心ある人びとは
 沈黙していた。

 多くの者がアフガニスタンとその情勢を語り、天下国家を論評しては
 立ち消えていった。彼らの多くの者にとってはこの事件もまた、数ある
 国際的事件のひとつとしてニュース商品と論評の対象であったに
 すぎない。
 
 己の方針であらしまわり、困難に出会えばさっさとひきあげる。

 外国人のおちいりやすい過ちは、理念にしろ事業にしろ、自国で
 説得力のあるものを作成して現地とかかわろうとすることである。
 はじめはある程度さけられないことではあるが、それは現地では
 ほんとうに役立つように修正されねばならない。

 このような仕事自体が、経済性から見れば見返りのないムダである。
  時には募金のために活動をアピールすることがあっても。我われは
 自分を売りわたす、そうぞうしい自己宣伝とは無縁であったと思う。
 この不器用なぼくとつさは、事実さえ商品に仕立てるジャーナリスト
 からもしばしばけむたがれた。
 
 だが明白なことは、自然破壊なしに経済成長なく、奴隷なしに貴族は
 なく、貧困なしに繁栄もないということである。
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 中村さんの本を読み直して、書きかけていた企画書を反故にする。
 安易にお気楽な方に流れそうになった。
 反省、反省。
 
 覚悟を決めるとちょっと気楽になる。
 大変だけど、ま、やってみるか。
 やってみようか・・・。

 日程をいろいろチェックしていくと、
 ダブルブッキングしているわ、
 予定そのものを忘れているわ、
 連絡せなあかんことも忘れてるわ、
 ちょいと気が抜けすぎだ。

 夜、涼しい。
 やっとこさ窓を全開で寝入る。

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