今日(2009年9月9日)の内田センセのブログを読んでいて
気になった部分があった。
長い引用、孫引きもありますけど(また、読み易いように、段落の
改行をしてます)
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終日、「マルクス書簡」を書く。
今回は『経哲草稿』である。
「疎外された労働」のところを何十年ぶりかで読み返す。
マルクスは熱い。
あらゆるテクストは想像的にそれが書かれたリアルタイムに
身を置いて読まねばならないと私は思っている。
『経哲草稿』は1844年に書かれた。
エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の現状』は1845年に
書かれた。
この二人を労働問題に引き寄せたのは、産業革命後の資本家たちに
よるおそるべき労働者の収奪である。
以下は『資本論』から。
「1836年六月初頭、デューズブリ(ヨークシャー)の治安判事の
もとに告発状が届いた。それによるとバトリー近郊の八大工場の
経営者が工場法に違反したという。これら紳士たちの一部が告発
されたのは、彼らが十二歳から十五歳までの五人の少年を金曜の
朝六時から翌日の土曜日午後四時まで、食事時間および深夜一時間
の睡眠時間以外にはまったく休息を与えずに働きつづけさせたからだ
という。
しかも少年たちは『くず穴』と呼ばれる洞窟のような場所で休息なしに
30時間労働をこなさねばならない。そこでは毛くずの除去作業が
おこなわれるが、空中には埃や毛くずが充満し、成人の労働者でさえ
肺を守るためにたえず口にハンカチを結びつけておかねばならない。」
(「資本論(上)」、今村仁司他訳、筑摩書房、2005年、354頁)
この経営者たちにはそれぞれ2ポンドの罰金が課されただけであった。
「夜中の二時、三時、四時に九歳から十歳の子供たちが汚いベッドの
なかからたたき起こされ、ただ露命をつなぐためだけに夜の十時、
十一時、十二時までむりやり働かされる。彼らの手足はやせ細り、
体躯は縮み、顔の表情は鈍磨し、その人格はまったく石のような
無感覚のなかで硬直し、見るも無残な様相を呈している。」(357頁)
あるマッチ製造業における調査では、聴き取りを行った労働者のうち、
「270人が十八歳未満、四十人が十歳未満、そのうち十人はわずか
八歳、五人はわずか六歳だった。」(361頁)
宮廷用の婦人服を製造工場で死んだ少女の検死報告には「他の
六十人の少女たちとともに二十六時間休みなく働いた。三十人ずつ、
必要な空気量の三分の一も供給されない部屋におしこまれ、夜は夜で
二人ずつ一つのベッドに入れられる。しかもベッドがおかれているのは
一つの寝室をさまざまな板壁で所せましと仕切った息の詰まる穴蔵の
ような場所だった」(373頁)とある。
マルクスが「疎外された労働」という言葉で言おうとしていたのは、
こういう現実である。
「労働者が骨身を削って働けば働くほど、彼が自分の向こうがわに
つくりだす疎遠な対象的世界がそれだけ強大になり、彼自身つまり
彼の内的世界はいっそう貧しくなり、彼に属するものがいっそう乏しく
なる」(『経哲草稿』、310頁)というのは単なるレトリックではない。
先ほどの婦人服工場の少女が死ぬまで働かされたのは、「外国から
迎え入れたばかりのイギリス皇太子妃のもとで催される舞踏会の
ために、貴婦人たちの衣装を魔法使いさながらに瞬時のうちに仕立て
あげなければならなかった」からである。
痩せこけた少女たちが詰め込まれた不衛生きわまりない縫製工場で
作られた生産物がそのまま宮廷の舞踏会で貴婦人たちを飾ったので
ある。
その現実を想像した上で次のようなマルクスの言葉は読まれなければ
ならない。
「労働者はみずからの生命を対象に注ぎこむ。しかし、対象に注ぎ
こまれた生命はもはや彼のものではなく、対象のものである。(・・・)
労働者がみずからの生産物において外化するということは、彼の
労働がひとつの対象に、ひとつの外的な現実存在になるというだけでは
なく、彼の労働が彼の外に、彼から独立したかたちで存在し、彼に
対して自立した力となり、彼が対象に付与した生命が彼に対して敵対的
かつ疎遠に対立するという意味をもつのである。」(310頁)
労働は「宮殿をつくるが、労働者には穴蔵をつくりだす。それは
美をつくるが、労働者には奇形をつくりだす」という言葉における
「穴蔵」や「奇形」はレトリックではなく、マルクスの時代においては
リアルな現実だったのである。
マルクスは「科学」や「教条」ではなく、むしろ「文学」として
読まれるべきだろうと私は思っている。
それは「絵空事」としてということではむろんない。
逆である。
教条や社会科学は「汎通性」を要求する。あらゆる歴史的状況に
ついて普遍的に妥当する「真理」であることを要求する。
だが、その代償として失うものが多すぎる。
マルクスの理論が普遍的に妥当すると主張してしまうと、なぜ他ならぬ
マルクスが、このときに、この場所で、このような文章を書き、
このような思想を鍛え上げたのか、という状況の一回性は軽視される。
だが、マルクスが生きた時代、マルクスが見たもの、触れたもの、
それを想像的に再構成することなしに、マルクスの「熱さ」を理解する
ことはできないのではないか。
それは科学というよりむしろ文学の仕事である。
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と、昨日から名古屋でビルマ(ミャンマー)人に関して問題が
起こっているからである。
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ミャンマー実習生ら入管に訴え 「社長から暴力受けた」
外国人研修・技能実習制度で来日、名古屋市内の製材会社などで
働くミャンマー人実習生ら32人が8日、社長から暴力を受けた
として、同市港区の名古屋入国管理局に訴え出た。
待遇改善などを求めて10時間以上庁舎内に居続け、入管は双方から
事情を聴くなど調査を始めた。
実習生側の関係者によると、会社が4日に開いた慰労会で飲酒を
めぐりトラブルとなり、ミャンマー人男性(33)ら4人が社長に
足をけられるなど暴行を受けた。これまでも体調が悪いのに仕事を
休ませないなど不当な扱いがあったといい、この日、改善を求める
要望書を入管に提出した。
社長は取材に対し、暴行の事実を認め「ある程度、スパルタで
やらないと収まりがつかない」などと話している。
2009/09/08 20:59 【共同通信】
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投稿者: 愛知連帯ユニオン
09年9月8日 「謝罪するまで帰らない」、
ミャンマー人実習生32名、名古屋入管で深夜までの交渉続く
愛知県飛島村にあるY製材傘下の協同組合を受け入れ機関とする
ミャンマー人実習生たちが、名古屋入管で深夜まで交渉を続けました。
ミャンマー人たちは、「会長の暴力の停止、通帳やパスポートの返還、
強制帰国をさせないこと、送り出し機関が帰国後保証金を返すこと」
などを要求、「会長の謝罪と再発防止の確約がなければ職場に
帰れない」と訴えています。
来年7月には研修・実習制度が変わりますが、使用者側である
受け入れ団体に労働者の人権保護を委託するというこの制度の根幹が
変らない限り、問題が改善するとは思えません。
http://www.labornetjp.org/news/2009/1252454239595staff01
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なにかしら重なるところがあるような気がしています。
ピーカンの突き抜けるような青空だ。
朝7時から布団を干し。
冷蔵庫が空っぽだ。
味噌やマヨネーズ、ソース。
それに、めぼしいものといえば、タマゴにニンジンにシシトウのみ。
で、朝食にタマゴ。
昼食にシシトウ。
夜にニンジン。
極めてシャビーな食事だな。
我ながら涙がチョチョ切れる。
作業と調べ物、原稿書きと、いろいろとたまっている。
ま、ひとつひとつ、優先順位を付けて(いつも逆転するが)こなして
いくしかない。
一気に長尺原稿に目を通し、手を入れ、もうあと一歩のところまで
仕上げる。
編集者のMさんは、ザックザックと命を削って書いた(大袈裟だな)部分を
カットしている。
これを切ってしまうのか・・・。
ページ数が限られているので、写真を入れようと思えば・・・。
ううう。
追加の事項はちょいと資料をひっくりかえして調べる必要があるな。
ふむ。
ペチペチペチペチペチ、カリカリ。
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