2009年9月アーカイブ

 朝から雨が降る。
 
 パンを切らしているので、タマゴとご飯。

 連絡業務と予定づくり。
 う~ん、なかなかうまくいかない。
 9月はのんびりとしてたけど、10月は異様にバタバタ気味となる。
 やりかけの仕事が後々へ延びるけど、これは仕方ない。
 
 12時過ぎ、小雨の中をジジジと出動。
 早めに大阪に到着してしまった。
 地下の本屋で立ち読み。

 中川淳一郎 『ウェブはバカと暇人のもの 』(光文社新書)
 をツン読する。
 いやなぁ違和感。
 キャッチだけのタイトルが悪いのだろうか?
 
 オダジマンが書いているように、
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  インターネットに関わりはじめた人間は、ある意味で自分の内面を
 旅することになる。というのは、この世界が情報(つまり人間の脳味噌
 の中味を外部化したもの)だけで出来上がった世界だからだ。
  つまり、あまねく広がった情報の海の中から自分の関心に訴えるもの
 を取捨選択していく過程は、自分の頭の中身を再確認する過程に他なら
 ないのである。
 (中略)
  「インターネットなんてつまらない」
  と言っているあなた。つまらないのは、あなたの方ですよ。
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 ということの方が正解だろう。
 要は関わり方なのだ。

 13時ちょうど、会社の受付で待ち合わせて合流。
 で、いつもの密会会食へ。
 
 お久しぶりです、1年半ぶりですか・・・。
 いつものように近況交換など、ぐちゃら。
 
 で、河岸を変えてぐちゃら。
 ほんと不景気ですね・・・、と。
 で、やっかいな頼み事なり。
 そうやって、そんなふうにして・・・。
 まあ、こんな時期で、こんな状況で、こんなご時世ですけど。
 宜しゅう、と。
 難しいかな・・・。

 15時前、散会。
 
 雨シトシト。
 ジュンク堂へ寄って探し物あり

 が、見つからず。
 
 JR大阪駅前で、おお、これまた偶然!
 
またまたK氏と遭遇。
 これまた奇遇だわ。
 怖いぐらい。

 ビュンと神戸に戻る。
 まだ雨降ってるわ。
 スーパーでコメなどを買って帰る。

 写真編集を続ける。
 う~ん、こんな感じかな。
 サンプルで一枚出力。
 が、ホントにこのサンプル用紙で良いんかいな?
 ふと、疑問。
 ま、最低限の編集だけは終えておこう。
 ペチペチペチペチペチ、と、ほぼ8割終わる。

 ふと何の気なしに『夢をつかむ イチローの262のメッセージ』を
 取り出していた。
 ふむふむ。
 なんだ、この歳にして達観してるのか?

 ごろんと横になって、ビルマ語の語学教材を聴きながら、
 『大不況には本を読む』に目を通していたら、知らん間に
 寝入っていた。
 ぐう。


 

  今日(9月30日国営英字紙です)
  いよいよ、「原子力の平和利用」について発言を始めました。
 
  nlm0930_2009.jpg
  ( ↑ 大きくなります。 1000 X 818 dpi )
  
  本気で?原子力の平和利用をするつもりだろうか?
 
  その前に、しなければならないことは山ほどあると
  思うんだが。
  
  ふむ。

自主休業

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 3時過ぎ、ようやく寝入る。
 
 目が覚めたら6時過ぎ。
 どんより曇り空。
 寝よう。

 9時過ぎ起きる。
 小雨のち曇り。
 目が重たい。
 やっぱり眼痛から頭痛へ。 

 10時過ぎ、原稿パッケージ届く。
 目を通す。
 こまかな修正だが、こまごまと書けば分量増えるし。
 ふむむ。

 頭痛がひどくなってきた。
 薬を飲む。
 さすがに何も手つかず。
 休養が必要かな。
 
 で、自主休業である。

 鹿島アントラーズが負ける。
 広島カープも負ける。
 ま、これが勝負事、ってか。

 日曜の深夜(だいたい月曜日の0時半過ぎぐらい)の楽しみごとと
 いえば、オダジマンのコラム更新だ。
 今回はイマイチ。
 が、毎回、ようもこんだけ書けるわな。
 
 で、ふむふむ考える。
 これから2009年から来年以降の計画を考えるのだ。

 ふと思うのだが、私自身は、あれをしたい、これをしたい、って
 考えるんだが、もしかしたら違うんではないかと。
 
 私が意識的に今の仕事を選んでいるのではなくて、実は、
 仕事の方が私を選んでいるんではないか、と。
 なんかこの考え方、竹中労っぽいけど。

 寝よう。

 起きたら曇り空。
 
 レタストーストを食らいながら、ウトウトしながら机の前に座る。
 写真のキャプション付けに励む。
 結構、時間がかかる。
 ペチペチペチペチペチ。

 秋の長雨。
 窓を開けていたら蚊に侵入される。
 みだらな格好をしていたら、うわ、臀部と太股5箇所を刺される。 
 痒いいやん。

 いきなり、連絡業務が増えてくる。
 う~ん、どうもこうも、あちらこちらの予定が立たない、わん。

 ビルマ軍事政権=SPDC(国家平和発展評議会)の各々方が
 勢揃い。

 米国ニューヨークの国連総会へ出席するテインセイン首相(大将)を
 見送ってます( 国営英字紙 『ミャンマーの新しい灯』 9月27日 )

 nlm0927_2009.jpg
 ( ↑ 大きくなります。1000 X 735 dpi)
 写真の中心は、ビルマ軍政の独裁者であるタンシュエ上級大将
 (SPDC議長)です。
 
 で、いつも不可解に思うのだが、どうしてタンシュエ議長だけは
 軍服の上着を外に出してひらひらさしているのだろうか?
 その他の軍人は、ナンバー2のマウンエイでさえキッチリと上着は
 ズボンの中に入れているのに。

 ま、軍のトップといってもタンシュエ議長は「王様」だからヒラヒラ
 でも良いのか。
 なるへそ。

 今日はゆっくり9時前起床。

 またもや真っ青のピーカンカン天気なり。
 布団干し。

 ゆっくり起きて、レタスサンドとアイスコーヒーを片手に朝刊に目を
 通す。
 ふうん、っていう感じ。

 早速、昨日の続きの写真編集に取りかかる。
 ペチペチペチペチペチ、と。
 多くのファイルを見すぎで、何が何か分からない。
 写真編集ソフトのうち、富士フイルムの FinePix 用のソフトは以前の
 方が高機能で使いやすかった。
 
 VISTA マシンにはこの冨士の旧ソフトが入っていないので、
 いちいちXPマシンを立ち上げないといけない。
 めんどくさー。
 ペチペチペチペチペチ。

 昼は、この間作ったメニューが気に入ったので、これまたワカメと
 トウフとハクサイを一緒に炊く。
 なかなかヘルシーでお腹が膨れる。

 写真編集を続ける。
 眼がパシパシ(◎_◎)になる。

 ビュンと出動し、S駅前のユニクロを目指す。
 おお、あったあった、土日限定安売りのブツが。
 990円也で、買い求める。
 服買うの久しぶり、半年ぶり、いや1年ぶり?

 ビュンとスーパーへ。
 最近、どのスーパーでもバナナが安売りだ。
 魚も、秋刀魚や青魚、輸入物のマグロなども値頃感。
 
 最近よくカイワレを買うのだが、あれって、いくら洗っても茶色の
 黒粒が取れないんよね。

 ひと息ついて、写真の編集を続ける。
 モノクロってもう一つ立体感がないので困ってしまう。
 ペチペチペチペチペチ。
 先が見えてきた。


 ちょいと休憩し、『大不況には本を読む』を読み続ける。
 う~ん、唸ってページが進まない。
 面白いやん。
 

 5時過ぎ、YouTube を見終え、
 朝刊(あ、今日は38ページもあるよ)に目を通し、寝入る。
 
 10時過ぎ起きる。
 眼の後ろが重たい。
 しばしゴロゴロ。
 今日も天気が良い。
 毛布を干す。

 写真の選択はほぼ終わった。
 だいたい90枚ぐらいまでに収まった。
 これを今度はカラーから白黒に変換していかなければならない。

 写真それぞれに階調が異なるので、一枚いちまい修正が必要だ。
 くー、手が込む作業だ。
 ペチペチペチペチペチ。

 タマゴトーストを食らう。

 作業続行。

 夕方、手を止める。
 気分転換や。
 今日はちょいと長めの散歩に出かける。
 約一時間半、テクテク歩く。
 夕暮れ時の心地よい風が吹いて、まったく汗をかかない。

 
 帰宅後、これまた気分転換だ。
 このまえもらった本のうち、佐藤優『外務省ハレンチ物語』(徳間書店)
 をペラペラ・・・あ、これまた30分で読み終えてしまった。
 なんとまあ・・・。
 
 佐藤優って、寿司で云えば、雲丹かな。
 値段が高くて高級っぽいけど、

 
 とさすがの物足りなさに、橋本治『大不況には本を読む』
 (中公新書クラレ)を開く。

 う、こちらはいきなり8ページ目で詰まってしまい、考え込んでしまう。
 この云いようって、どういうことだ?
 
 ウンウン唸って考えるが、答えの道筋が見えない。
 目を閉じて、考え込んでいたら、寝入ってしまった。
 恐るべしハシモトオサム。

 ビルマ(ミャンマー)で新札が発行されるそうです。
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 25n11.jpg  25n12.jpg  25n15.jpg  
 25n16.jpg 
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25n17.jpg  25n18.jpg  25n19.jpg
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 Central Bank of Myanmar Nay Pyi Taw issued a press release
 on 24th September 2009. It states that:

 The Central Bank of Myanmar will put into circulation a new
 denomination of Five Thousand Kyats currency note with effect
 from 1st October, 2009. The new currency note will be issued
 to the public at the Currency Department of the Central Bank
 of Myanmar, Banks and Government Treasuries during the
 banking hours.

 All legal tender currency notes and coins will continue to be
 in circulation.

 General description of the new currency note is as follows:

 Five Thousand Kyats Note

 Dimension: 15x7 cm
 
 Dominant Color: Red

 Obverse Side: On the top, the inscription
 "Myanmar Naingan Taw Baho Bank" is printed.
 In the middle portion, the Note carries the
 depiction of Royal White Elephant in Myanmar
 artistic style and the Myanmar inscription
 "NgarHtaung Kyat" mentioning the value of the Note.
 
 At the bottom, floral designs in Myanmar artistic
 style are printed. On the three corners, the value
 of the Note is printed in numeral figures.

 Bank Note numbers are printed in Myanmar and English.
 On the right hand side, the Note bears the watermark
 image of the white elephant. A security thread is
 embedded upright in the Note.

 Reverse Side: On the top, the inscription
 "Central Bank of Myanmar" is printed.
 
 At the bottom, the inscription "Five Thousand Kyats"
 is printed. In the middle, the Note bears the
 illustration of the building of Hluttaw.
 
 On the three corners, the value of the Note is printed
 in numeral figures.
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打ち上げ花火

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 7時過ぎ起きる。
 やっぱり、ピィィーカンカンの天気。
 
 ざっと風呂に入って、歯医者へビュン。
 今のうちにしっかり治療しておかねば。

 やっぱり、眼と歯は大切だからね。
 どちらもボロボロだけど。
 
 ようやくブリッジが出来上がり、今日でほぼ治療は終わり。
 覚悟はしてたけど、う、そんなにするのですか・・・。
 
 ビュンと図書館へ。
  『宮本常一 写真・日記集成 上巻』
  ─ 昭和30年-昭和39年(1955-64)の写真と日記 ─
 を受け取る。
 こちらもズンと重たい。

 スーパーをはしご。
 野菜を中心に買い込む。
 
 バナナを喰らいながらPCに向かう。

 単行本用の写真をまとめ始める。
 いったんセレクトした80~100点のイメージを再チェック。
 ちょいと文章に合わないイメージがあるようだ。

 で、再度、ザッとながら数万枚のイメージを見直す。
 う~、大変だ。
 (ま、前回よりましだから)
 頭の中が打ちあげ花火状態になる。
 パシパシッ。
 
 ひと息ついて、写真民俗誌/写真民族誌について下調べ。
 
 思いつきの考えを、もう一つ上の段階に上げるために、詰める。
 が、堂堂めぐりとなる。
 
 トウフ・ワカメ・ハクサイがメインの夕食を作る。
 ワカメの塩抜きがイマイチだったけど、まあままヘルシーだわ。


 写真選びで液晶画面を凝視したためか、ちょいと頭痛が起こる。
 一時間ほど仮眠。
 
 21時からラジオを聴きながら、再び写真選びなり。

 

 6時半過ぎ目が覚める。
 グロッキー気味はちょい回復かな。

 朝から暑い。
 ピーカンカン照りの朝ではないか。
 
 脱力感の強い日は、「一日一コ」の法則で動くのである。
 何か一つしたら、それで今日は終わり、ちゅうわけである。
 が、これができるはフリーランスの特権かな。

 編集し終えた写真となんとか書き終えた英文の書類を
 
ウエブ経由で応募するのである。
 
 が、やっぱり英語の画面はどうも分かりづらい。
 ったく。
 あ、そうか。
 ワードファイルはPDFに変換しないとアップできないのだな。
 ったく。
 一太郎使いの私はいつも不便を被るのに。
 さらに、か。
 で、なんとか申請終わり。
 通ると良いのだが・・・ドキドキ、ワクワク。

 これで本日の最大の仕事は終わり。
 昼過ぎには一日が終わるのである。
 
 タイにいた頃などは、今日は朝ご飯を食べたから、もう終わり、
 っていうこともあったな。
 余裕のある日を過ごしたいし。

 タマゴカイワレを喰らう。

 が、やっぱり貧乏性はそこで仕事の手を止めないのである。
 
 お願い文書を書き始めるが、書いている内容が支離滅裂になり、
 途中で挫折してしまう。
 これは、今度にしよう。

 たまっていたビルマ関係のデータをDBにアップ。

 『ドキュメント 裁判官』を読了。
 最後の方は、どういうわけか文章にリズムがなくなって、走り読み
 気味になっていた。

 『日本と韓国・朝鮮の歴史』を読み続ける前に、下調べの意味で
 我が恩師の著『永住者の権利』(信山社)を読もうと本棚を探すが、
 うむむ、見つからず。
 
 ビルマの国営紙に目を通していて、おお、民主主義の考えついて
 ビルマ軍政の物の見方が見えてきた。
 おお。

 キャベツ焼きを喰らう。

 『裁判官が日本を滅ぼす』の抜き書きを始める。
 コリコリと肩が凝る。

 6時過ぎ目が覚める。
 ん?
 なにやら複雑夢を見たようだ。
 良い夢と悪い夢がごっちゃまぜだったようだ。
 が、はっきりと覚えていない。
 
 寝よう。

 10時過ぎ起きる。
 窓を開けて寝ると、どうも寝起きの身体が重たい。
 モロに風を受けて眠っているからだろうか(きっと)
 
 タマゴトーストを喰らいながら机の前に座る。
 
 この余裕は、締め切りがないのがよろしいようで。
 うん。

 で脱力の一日となる。
 
 17時半には、野菜いっぱいの夕食を喰らう。
 
 "Eagle Eye" を見るが、アクションの展開が早すぎて、どうも画面の
 細部を見のがしてしまう。ストリーを追うのが精一杯。
 
 確かに豪勢なアクションだ。
 が、話はちょいと陳腐だぞ。
 そんな能力があれば初めから別の方法でやれるのに、と。
 ラストはガッカリ。
 
 が、映像には力を入れていた。
 うん。

  今日(2009年9月23日)の英字国営紙『ミャンマーの新しい灯』
  の論説にてビルマ軍事政権が改めて主張しております。

  「公式に何度も表明しているように、ミャンマーには政治犯
   存在していません」と。

  政治囚(政治犯ではない)などいないという主張に対して、
  さて、国際社会はどう対応するのか。
 
  nlm0923_2009.jpg
  (↑ 大きくなります)

 たとえ戦闘がなくても、今は戦時中である。
 たとえ日中は農作業に汗を流していても、彼らはゲリラ部隊。
 たとえ装備は整っていなくとも、立派な兵士たち。
 たとえ年齢差があったとしても、同じゲリラ兵士たち。

 01kar006.jpg
 一見すると農夫でありそうな男たち。
 だが、毎朝夕、きちんと点呼と整列は欠かせない。
 
 戦闘、戦争、紛争、抵抗闘争、日々の暮らしの中にねじれて
 織りこまれた営み。
 反戦思想とは無縁の生活。
 自らを律する姿勢が崩れない限り、ゲリラ兵士の戦いは続く。
 (2001年冬、カレン州にて)

鼻の下伸びる

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 8時過ぎ起床。
 曇り空。

 午前中いっぱいかけて、ルーティーンワークを終わらせる。
 あ、18日分の情報が欠けてしまった。
 う~、毎日の作業は気が滅入る。

 タマゴご飯が昼食。
 ちょいとシャビ気味。

 編集した写真とJ氏から送ってもらった添削をウエブ経由で送ろうと
 するが、どうもウエブの受付画面がうまく作動しない。
 ちゅうか、多機能なウエブ仕様のため、どこで何をクリックしたら
 いいのかわからない。
 ホトホト困る。


 鼻の下がヒリヒリ。
 鼻の下が伸びているのか、さて?
 MTさんと駅で合流し、すぐ傍の神社内へ。
 ぐっちゃらしながら秘め事なり。

 そうですか。
 メディア関連の会社といえども、そこまで官僚組織になってますか。
 組織が大きければ大きいほどそうなるのですかね。
 最初は、誰もが「志」を持ってたはずなのに。
 皆さん真面目でてっぺんを目指すからそうなるのかな。
 ドッカン!
 ですね。
 と、(取材に向けて?)交通安全のお守りを買って頂く。
 チズベです。
 (と、キティお守りっていうのがあるのを初めて知る)

 テクテク歩いて場所替え。
 公園で秘め事の続き。
 ひと息ついて、海の見える喫茶&バーへ。
 アイスコーヒー→ノンアルコール+ピザをご馳走になりながら、
 グッチャラを続ける。

 あの宮本常一さんでさえ自分の人生を振り返った時、ちょっと
 沈み気なことを書いていたのに。
 われわれ凡人はどうしたらいいのか。

 後を振り返った時、これで良かったといえる時を過ごしているか。
 宮本+竹中労/2=ぐらいのハチャメチャ差がほどほどなのだろうか。

 各自、仕事の上でピーク時があるようだし。
 しかし、現在のメディアの状況を見ると先行き不安。

 田中良紹さんもこう書いている。
 
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/09/post_187.html
 --------------------
 この数日、色々な所で色々な人から「記者って何であんなバカな
 質問ばかりするのですか」と聞かれた。鳩山内閣が誕生した16日の
 深夜、新閣僚の初の記者会見がテレビで生中継されたが、それを
 見ていた人達がそうした感想を抱いたのである。普段は記者会見など
 見ない人もあの日だけは見たらしい。すると何より記者の質問の
 バカらしさに気付いたのである。

 前に「頭が悪くないと新聞やテレビの記者にはなれない」とコラムに
 書いた私は、「だから新聞やテレビの報道を信ずる方がおかしいのです。
 新聞やテレビを見ないようにして、潰れる寸前まで行かせないと、
 彼らはまともにはなれないのです」と答える事にしている。

 (中略)

 残ったのはマスコミである。こちらも利益追求に狂奔し、部数至上主義と
 視聴率至上主義で報道内容の劣化を招いた。しかし銀行とは違い破綻
 の淵の一歩手前で未だに高給を払い続けている。銀行業界が破綻した
 時、「大蔵省に手取り足取り指導されてきたため銀行員はバカばかり
 です」と言った人がいたが、新聞とテレビも同様である。記者クラブ制度
 を維持して新規参入を阻止する以外に自分で生き延びる術を知らない。

 当たり前の話だが、高給の記者が真面目に仕事をするはずはない。
 嫌われても他人と競争をし、リスクを犯して真相に迫るより、右を見て
 左を見て、みんなと同じ事をした方がずっと楽だ。世間が羨ましがる
 地位と収入を捨ててまで危険な事はしたくない。何よりも記者は
 サラリーマンなのである。

 (中略)

 そして戦いの武器は情報である。敵に不利な情報を流し、自分に有利に
 なるよう情報を操作する。それは当然の話である。だから悪意はなくとも
 政治の世界は嘘だらけである。記者の仕事は嘘から真相を読み解く事
 だが、新聞にもテレビにも、読み解いた報道にお目にかかった事がない。
 誰かの話を鵜呑みにして政治解説が作られている。

 権力は常に世論を意識する。だから報道機関を世論操作の道具と
 考える。思い通りの情報を流す報道機関は有り難い。しかし権力の
 言いなりになっている事が見破られては意味がない。だから論説委員、
 テレビ司会者、コメンテーターはバカな方が良い。言いたいように権力を
 批判させながら権力の思い通りに操作する。バカは最後までその操作に
 気がつかない。
 「年金未納問題」も「居酒屋タクシー」も権力がリークして、それに
 バカな報道が乗せら、未だにそれに気づいていない。

 「この世に正しい報道などあるはずがない」と私は思うが、この国には
 「正しい報道をすべきだ」と考える国民が多い。独裁国家ならいざ知らず、
 アメリカやイギリスなど普通の民主主義国家で新聞やテレビを頭から
 信じ込む国民はいない。ところが日本人は新聞やテレビを信じたがる。
 外国と何が違うのかを考えるとNHKの存在に行き着く。

 (中略)

 その幻想で新聞とテレビは国民から一目置かれてきたが、自民党
 長期政権が官僚機構に依存して切磋琢磨を忘れ、気がつけば組織の
 力を失っていたように、新聞とテレビも官僚の庇護の下、特権的地位に
 甘んじてきたため、バカな質問しか出来なくなった。それが国民の目
 にも明らかになった。

 もはや新聞やテレビを目にしなくても困ることは全くない。むしろ目に
 すると判断を誤る事が多く有害である。実社会から得る教訓を政治と
 重ねてみる方が政治を正しく読み解く事が出来る。記者達には自民党と
 同様に再生の努力をして貰うしかない。一番良いのは競争に身を晒す
 ことだ。記者クラブ以外の人間と質問を競い合うようになれば、バカな
 質問は出てこなくなる。そうしないと銀行と同様の破綻が待っている。
 --------------------
 
 我が身シャビィ気味のフリーランスが組織メディアの人をことさら
 批判することはできないが、今はマスコミが、メディアというよりも
 情報産業の一部になってしまったのを嘆いているのである。
 
 しかし、組織メディアの内情を知るにつれ、お先真っ暗、か。
 人を大切にしないと、それこそ良質な商品ができあがってこない。
 人も商品もただただ消費されるだけ。
 ふむ。

 中華料理屋へ移動。
 おお、アッと驚く間に注文した料理が出てくる。
 単調な食事が続いていたので、こういう日はありがたい。
 ぱくぱく。
 どうもごっTzあんです。
 で、散会。

 やっぱり鼻の下ヒリヒリ、ノビノビ。

 スーパーに寄って、ピーナツと食パンなどを買って帰る。
 店内、連休中のためか客は少ない。

 送ってもらった『司馬遼太郎の歴史観』を読み始めると、
 すぐにウトウト。

 7時前目が覚める。
 とりあえずゴミ出し。
 
 連休中のためか、ちょいと薄い朝刊(あれ、昨日と同じだ)に目を
 通してウトウト。
 
 昨夜は久しぶりにDVDで映画を見たせいか、目が重たい。
 もう一眠りだ。

 ウエブを見ていたら、気になるニュースが流れていた。
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  女中高生「新政権支持しない」が「6割以上」 若者は民主に期待せず?
  9月21日11時45分配信 J-CASTニュース

  大手新聞が行った世論調査ではいずれも新内閣支持率が70%
  
以上となり、発足時で「歴代2位」という高さだった。
  しかし、女子中高生の間では様子が違うようで、アンケート調査で
  6割以上が民主党政権を「支持しない」と答えていることがわかった。
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 まったくよく分からんニュースだ。
 
 何を持って「支持しない」というのか。
 "支持しない" をわざわざ「  」で括っているのはつっこまれた時の
 言い訳だろうか。

 というか、どうして男子中高生の結果と比較していないのだろうか?
 どうして女子中高生だけをトピックに挙げているのだろうか。
 どうして年代別の比較、地域別の比較ではなく、女子中高生なんだ
 ろうか。

 まったく読者をバカにしたニュースだ。
 統計学はよくわからんが、これなどは、ニュース以下の情報だ。
 最近、ネットではこの手の断片情報が多すぎるように感じる。
 
 夜、キャベツ焼きを喰らう。
 ニンジンとブロッコリーとタマネギを添える。
 ヘルシー過ぎるな、うん。

 スティーブン・キングの『1408室』を見る。
 ドキドキの連続。
 が、見終わったら、それほど大したことのない映画だと気付く。
 何度見ても怖い映画が本当に怖い映画。
 たとえば、── のように。

 ラングーン(ヤンゴン)の鉄道の切符売り場で見かけました。

  DSC_0024_1.jpg
 "TO BUY A TICKET IS YOUR DUTY"

 切符を買うのはあなたたちの義務です ─ ってのは、
 直訳しすぎだろうか。
 
 しかし、なんでも義務にするのがお好きな政府(社会風土?)だこと。
 (日本でいえば、「痴漢は犯罪です」ってなことか・・・ちょい、ちゃうか)

 6時半過ぎ目が覚める。
 しばしウトウト。
 
 連休のためだろうか薄くなった朝刊に目を通す。
 なにかワクワクするようなルポがないものだろうか。
 どうも政治や実利に沿った記事ばかりが眼につく。
 宮本常一じゃないが、記事に詩がない。

 朝からカレー。
 
 花曇りの早朝。
 さて、布団を干すべきか?
 11時前にはピーカンの青空となる。

 昼過ぎ、知り合いからもらった佐藤優『人生相談』(扶桑社)に 
 目を通す。
 あっ、30分で読み終わった。
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  いくら日本がアホな国で低空飛行しているといっても、日本人以上に
  アホなヤツも、世界にはたくさんいますからね。重要なのは、全ての
  ものを金銭に換算できる、そういう価値観で見るか、そうじゃない
  ところで見るかということだと思います。
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 この段の後半は、なぜか麻生前総理への当てこすりのようにも感じる。
 
 しかし、自民党の総裁選が始まったようだが、ラジオで候補者3人の
 話っぷりを聴いていると、いつまでたっても身内に通じる話し方や話
 の内容にがっくり。
 
 カレンダーを見ると予定が真っ白。
 ん?
 何か忘れているようで怖い(こういう不安は当たっていることが多い)
 なにかドタキャンしていないだろうなあ・・・怖々。

 ちょいと運動不足の感がする。
 で、テクテクとJR駅まで歩く。
 背中には重たい宮本本を担いで。
 ほんま、重たいわ。

 図書館に本を返して、何か面白そうな本はないかな・・・。
 この間、本屋でツン読した橋本治などは・・・。
 まだないようだ。

 スーパーに寄り、サンマを買う。
 ちょっと脂がノリすぎかな、っていう感じ。
 サンマが新鮮かどうかは口先で見分けるっていってたけど、
 頭を切り落としているんじゃ、判らないやん。
 (ということは古いこと?)

 ツタヤに寄る。
 と、旧作DVDが格安セール。
 ちょいと前から目を付けていたビルマ物、いや正確にいうと
 北ビルマに侵攻した中国国民党軍のその後を描いた探す。
 トニー・レオンの『エンド・オブ・ザ・ロード』("ORPHAN ARMY")を
 見つける。
 『ダニー・ザ・ドッグ』『イーグル・アイ』『1408号室』なども。

 と、タイのJ氏から英語の添削・修正文が戻って来ていた。
 サンキュウです。

 と、ポストにパッケージが届いてた。
 中塚明『日本と韓国・朝鮮の歴史』『司馬遼太郎の歴史観』(高文研)
 が届いていた。
 編集部のMさんが送ってくれていた。

 やっぱり中塚センセはNHKの新番組『坂の上の雲』の影響力に危機感
 を持っているようだ。
 後者のあとがきにはこうある。
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   日本と朝鮮の関係をふりかえって再検討してみるのは、
  たんに知らなかったことを知る、歴史の知識を増やす、
  といった問題にとどまりません。むしろ日本人がこれからを
  生きていくために日本人一人ひとりが、自分たちの歴史に
  対する見方を問い直し、生きていく道をしっかり見定める
  ことだと私は考えています。
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 これは対朝鮮関係だけにはとどまらないだろう。
 歴史のつまみ食いをしていて、それを都合よく解釈し、さらに
 そんな考え方を強制していこうという姿勢、それを見て見ぬふり
 していく風潮。
 こわいな。

 『ダニー・ザ・ドッグ』を見始める。
 あ、これ以前に見たことあるわ。
 が、ええ演技しているなあ、このダニーは。
 愛らしく非道な目つきが素晴らしい。
 うん。
 
 『エンド・オブ・ザ・ロード』は、ビルマを中国人(特に国民党軍)
 の視点から見た歴史だ。

 ハリウッド映画に比べて話の展開や画面設定などはちゃちだが、
 この間、『ゴールデン・トライアングル秘史』や『アヘン王国潜入記』
 などを読み返していたので、なかなか面白い。
 
 ああ、北ビルマのジャングルはあんな風なんだ、と思い出したりして。
 しかし、映画の最後の方でトニー・レオンが「年取ったなあ」っていう
 台詞があったけど、あれにはドキッとした。

 自分もビルマ取材始めたのが29歳の時。
 あれから17年か。
 頭にも白いモノが目立つようになっても仕方ない。
 単純に映画の中に自分を重ね合わせてしまうのは困ったもんだ。
 客観的な取材や物の見方ができなくなるやん、と。
 ふぅ。

 夜2時半過ぎに目が覚める。
 なんで? っていう感じ。
 
 ツラツラと YouTube をのぞき、そのうち朝刊が来て(うわ、
 今日の折り込み広告が新聞の本紙よりに比べて断然分厚い)、
 で、記事に軽く目を通す。
 で、しょぼしょぼ目で寝入る。
 
 8時目が覚める。
 窓を全開にしているので冷気でブルッって震える。
 が、青空のええ天気。
 布団を干す。

 レタスを洗って、アイスコーヒーを作って、ホッとひと息。

 ラジオから、今日から「シルバーウイーク」だってがなり立てている。
 全てではないが、メディアや政府を中心に、要は敬老の日を商売に
 しようという算段なんだな。
 
 と、ビルマでは(ビルマ新年であるが)このように老人を大切にする。
 DSC_6709.jpg
 
女の子がまだシワ一つないピンピンの新しい服を着て、お祖母さんが
 髪の毛を洗う手伝いをしている。
 
 
 ウエブをツラツラ徘徊する。
 と、リチウム電池の会社に到達する。
 
http://www.boston-power.com/battery-powered-product-overview.html
 と、おお、ページの右上には中国語表記するようにリンクが
 張られている。
 さすが。
 
 タマゴサンドイッチを作る。

 今日もごろんとなって、青空を見ながら、分厚い本を広げる。
 『宮本常一 写真・日記集成 下巻 昭和40年-昭和56年(1965-81)』
 重たい。兇器にもなりそうだ。

 1970年頃から見覚えのある風景が出てくる。
 私がちょうど7歳のころか。
 が、この分厚い日誌には神戸の情景が一枚もない。
 なぜなのだろう。
 
 以下、抜き書き。
 --------------------
 ・1965年8月30日(月)
 考えて見ると何かむなしいことばかりしているようである。

 ・1967年3月3日(金)
 [/][欄外「病気の思出」]考えて見ると、いつかはこういう日が来ると
  思っていた。渋沢先生の生きておられる間は先生がいつも私の
  仕事のセーブをしてくださった。・・・・・。比較的長い健康がつづいて
  いつか今年は六〇才になる。身体の修理がきけばもう一〇年は
  生きられるだろう。その間に一通仕事をまとめておきたい。
  働くためにのみ生きて来たような一生であったし、寸暇もなく
  働いていることに満足した。ほんとによく働きつづけて来たと思う。
  ただその動きの中に一貫性がなかった。やって来た仕事を見ても
  バラバラである。どこかでまとまりをつけなくてはならない。
  [/]・・・・・。[/]
 
 ・新聞を見ていていろいろのことを考える。もしアメリカが介入して
  いなかっかたら、この問題はとうに解決して一つの統一国家ができ
  あがっていただろうに、と思う。この地の人たちは誰のためにどんな
  意味をもって殺されているのであろうか」。
 
 ・3月4日(土)
 あのころは若い女はみんなゆかたの寝着であった。便利だというまえに
 流行が先ばしる世の中が来たのだと思う。[/]同時に現在のことだけを
 考える人びとがふえて来たようだ。今日のくらしが永遠につづいていく
 ように思われるのであろう。それほどまた平和もつづいている。
 戦後二〇年、とにかく日本は海外と戦うことがなかった。若い人たちには
 戦争は昔語りでしかない。日本以外の東亜諸国のような動揺も窮迫も
 ない。
 ・・・・・。
 そして日本だけが自分たちの世界といったような小さい殻にとじこもろう
 としている。[/]それがまた日本人の新しい独善的なタイプを生み出す
 もとになるのではないかと思う。アメリカ人の中にもそれがある。
 モンロー主義の後、今度の大戦を境にして世界的な舞台へ出て来た。
 そこに見る独善─自分たちの考えていることだけが正しい、自分たちの
 幸福を他人に押し付けようとするもの。これを押しつけられるものこそ
 迷惑なのでしかない。幸福とはその人びとの暮らしの中にあるもので
 ある。
 暮らし方によって違ってくる。そうした一人一人の生き方が理解できて
 こそ、初めて他人の立場を守ることも自分の立場を大切にすることも
 できる。それの見えない人の育って来ることは人そのものばかりでなく、
 社会としても国としてもやがて不幸をまねくことになって来る。自己の
 立場を他に押しつけて恥じなくなるからである。そしてそれによって
 周囲の人にもたらす不幸にすら気付かなくなる。
 [/]・・・、その中から生きることとは何か、どう生きるべきか学んだ
 のではない。実は創造性は実社会の中に身をさらしつつ、それに
 まきこまれないで一歩しりぞいて生きてゆこうとすることの中から
 生まれて来るものであると思う。

 ・3月7日(火)北里研究所病院
 [/]・日本は農村国家であった。それが明治維新以来都市国家への
 道を歩みつづけた。農村国家特色は自給をたてまえを[と]する。
 農村国家の特色は農村の中で農業が未分化のまま存在することで
 ある。農民といってもただ農耕に従事するだけではない。農耕の
 ほかにも山樵、炭焼きもすれば海岸に済むものなら漁撈にもしたがう。
 また農間稼には駄賃づけしたり、大工、屋根ふき、石工などを兼業する
 者も多かった。
 ・・・・・。
 4.また交通の要地に町が発達する。門司、下関、函館など。[/]
 ・このような町を形成した人たちはほとんど農村から出て来たもので
 ある。二、三男が多かった。農村は農村の秩序を維持するために
 不要の人たちを外に出した。その人たちは伝統も何もないところに
 あたらしい町をつくり、そこでは全く足一本、腕一本の世界であった。
 立身出世ができたのである。
 [/]・日本の農業人口は明治の初三〇〇〇万人であったといわれる。
 しかし昭和初期にも三〇〇〇万人であった。明治初期都市人口は
 三〇〇万人であったという。それが昭和初期には四〇〇〇万人を
 こえるまでになっていた。大半は農村から出て都市を形成して来た。
 しかしまだ都市が農村を支配するにはいたってはいなかった。
 都市民は農村からの仕送りで暮らしている者が多かった。

 [/]・仮に誰かヾ私について考えてくれるものがあるとして、次のような
 ことだけは見おとしてほしくない。[/]貧家に生れ、祖父の血をもっとも
 多くうけたと思われる。祖父は気が弱く、自己主張をすることのほとんど
 なく、ただ働くだけの人であった。父は聡明で的確に物を見る眼をもって
 いた。私はこの父から生きるということについて学んだ。そして敬愛した。
 父の死後その伝記を書こうとしつつ涙が出てついに書けないまま今日に
 いたった。さらに私の人間としての後半の思想行動にもっとも大きな
 影響を與えたのは渋沢先生であった。
 [/]そのほかにはアサ子がいる。アサ子との間は別居が長かったために、
 あるいは不和であったためにと憶測する者があるかもわからないが、
 そうではなかった。わき道へそれそうになると、いつもアサ子のもとへ
 かえろうと努力したし、二〇年八月七日[7月10日]鳳の家のやけたとき、
 火の海の中で絶叫したのはアサ子の名であった。私はそのときどんなに
 ふかくアサ子を愛しているかを知った。ただ感情の起伏のはげしい、
 その上先まわりして物を考える女で、自分で思っても見ていないような
 ことを[あなたはこうだろう]などと言って追及した。すると逆にそう
 いう気持になるもので、そのようにしておいて[やっぱりそうだった]
 と思い込む人であった。もう一つ私のすることに対してその初積極的に
 支持してくれることがなかった。・・・・・。が、貧しさの中でよく
 たえて生きて来た。それで私も私の道をあるくことができた。
 ・・・・・。
 [/]だから私に関して語るものがある場合、こうした生活の裏打ちされて
 いることをいつも見てもらいたいものだと思う」。

 ・3月14日(火)─(59歳60歳)
 [/]鏡を見ていて髪の白くなっているのにおどろく。このあたりで
 老人宣言をしよう」。


 ・1968年(昭和43年)
 【社会の動き】
 ●川端康成、ノーベル文学賞受賞/東京府中で3億円強奪事件発生/
  全国115大学で紛争発生

 ・1972年(昭和47年)2月3日(木)
 朝、文化庁へいって藤井君にあう。私の著書の中の被差別部落の
 記事が広島で問題になっている由。


 ・1977年(昭和52年)
 【社会の動き】
 ●国立民族学博物館開館/戦後最大の不況到来/領海12海里・漁業水域
  200海里実施

 ・1978年(昭和53年)3月18日(土)・・・府中
 昼まえ、飯田橋の冨士紡ビルへゆく。トルシーではなす。体験と技術を
 もつことが人間の基本ではないかということをについてはなす。
 共通項目を見い出すことについてはなす「.3.18。民具を通して生活を
 見る。道具が生活を規定する。家の中で道具が多すぎる。地域社会の
 文化と生活。TLC」]

 5月30日(火)・・・名古屋→多治見→名古屋→大阪→天王寺→
            新大阪→名古屋
 天王寺で昭2会あり。12人集まる。皆年をとっていてほとんど夢を
 もっていない。・・・・・。
 第2キツネというビジネスホテルにとまる。どこもみなおなじかまえに
 なったが安心してとまられる。1つは孤独を楽しむ心もあるかと思う。
 年をとるとひとりでいるのがよい。

 8月5日(土)・・・府中。熱海
 ・道をあるいている人わらっている顔がすくない。いわゆるそぞろあるき
 というのは少ない。詩がなくなった。・ユカタを着ている人は田舎育ちの
 顔が多い。モダンな姿をした女も教養のある顔をしたものが少ない。
 多くはムッツリとしてあるいている」


 ・1981年(昭和56年)

 1月1日(木)・・・府中
 晴。家へかえると朝寝する。9時すぎに目が覚める。ねたままの正月。
 胃が痛む。ラジオをきいていると中国の音楽が流れて来る。
 一家記念撮影。

 1月30日(金)
 [記事なし。早朝逝去]73歳
 --------------------

 そうか、1977年に戦後最大の不況が到来していたのか。
 今の不況と比べて、さて、どんなもんなのだったのか。
 歴史は巡る、ってか。

 
 ビュンと三宮へ。
 久しぶりに人混みにまぎれる。
 たまにはインフルエンザの菌に触れて耐性をつけるのも悪くはない。
 古本屋に寄るが、捜し物の本はまだ出ていないようだ。
 105円本の棚を物色。
 読売新聞社会部著『ドキュメント裁判官』(中公新書、2002年)
 を買う。

 ユニクロへ。
 広告を見て、あ、これならビルマで着れそうかなというブツを試し着。
 って、そろそろビルマ行きの準備かな(って、かなり釣りですけど)
 う~ん、肌への密着度がもう一つ。
 太股の辺りがなあ。
 大安売りだったが、気に入らない物を買ってもしかたない。

 ビュンとJ堂へ。
 辛淑玉/野中広務『差別と日本人』を座り読み。
 う~ん、ここの記述がほしいんだがなあ・・・。
 っていうまに、走り読みだが、一冊丸読みしてしまった。
 
 カレー用のグリーンピースと焼きそば、ローファット牛乳を買って帰る。
 最近、なんだか牛乳の値段が二極化してきたような。
 手頃な値段が見あたらない。
 ふむ。

 明日のためにカレーの仕込みを終え、18時には焼きそば定食を喰らって
 ウトウト。

 19時過ぎには眠たくなる。
 
 と、夜中に目が覚めて、"Die Hard 4" をDVDで見たりして。

 裁判記事続報です(2009年9月19日)

 スーチーさんの出廷は認められなかったし・・・。
 法的な適用も、いつも後追いで説明してますね。
 なんか情けないというか。

 ( ↓ 拡大します。 1000 X 1045 dpi )
nlm0919-00_2009.jpg

 ← のことです。

 このブログのカレンダーの体裁が気に入らなくて手を入れたいのだが、
 どうもややこしくてほったらかしになっている。

 ずっと気になっているのだが、修正は簡単にいきそうじゃない。
 どうにかしてくれよ、sixapart さん。

 
 6時過ぎ目が覚める。
 天気予報は晴だが、秋の空とは言い難い。
 どうも花曇りっていう感じ。

 レタストーストを喰らいながら朝刊に目を通す。
 
 8時過ぎから長尺原稿の最後のチェック。

 9時過ぎ、歯医者へ。
 かみ合わせの調整。
 一気に5本の調整のため、どうも違和感。
 もぐもぐ。

 自分で「餃子定食」なるものを準備し、一人で喰らう。
 ジャガイモの味噌汁と餃子と大根の葉っぱの炒め物。
 なかなか美味なり。

 昼過ぎ、東京のMさんから連絡有り。
 はあい、夕方までには送りますと。

 ペチペチペチペチペチと編集作業。
 14時過ぎ、ビュンと送信。

 
 タイのJ氏に送る下書きの英文を修正。
 う~ん、どうもうまくまとまらない。
 日本語にしろ英語にしろビルマ語にしろ、日常的に使っていなければ
 錆が出るもんだ。
 
 う、これは人に対する優しさにも通じるのかな。
 最近、あまり人に会ってないし・・・。
 どうも独りよがりになる自分に反省。

 今夜は根性を入れて「お好み焼き定食」を作る。
 自分で定食を作るなよ、と独りツッコミを入れる。
 やっぱり独り身は単品の食事が似合ってる。

 一日が早い、21時過ぎには眠たくなる。
 プロ野球、広島が阪神を破る。
 なかなかのもんだ。
 CSの出場は広島になりそうか。

 京阪神に住んでいると、ラジオの実況放送はほぼ全て阪神の応援団
 のような内容に極めて偏っている(これが中部地方なら中日、中国
 地方ならカープなのだろうが・・・)
 
 そんな放送を聴いているうちに、広島ファンだった自分が徐々に、
 変わっていくのが怖い。
 人間はこうやって洗脳されていくのだなという具体例がここにある。

憲法と政治

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 7時過ぎ目が覚める。
 いそいそとゴミをまとめて、ゴミ出し。
 
 今日も良い天気、布団干し。

 朝からラジオだが、どうもパーソナリティに違和感。
 民主党政権担って、「お手並み拝見」と。
 そんなに「任せる政治」であって良いのか、と。
 自分を含めて、どうも政治家を追求する態度をとりがちだ。
 ま、恐ろしいほどの権力を持っているという自覚がない政治家が
 いるのも事実だが。

 この間、裁判官関係の本を読んでいて、神戸大学の馬場健一さんの
 言葉が印象に残っている。
 --------------------
  馬場 ・・・・・それは憲法を守るという主張が特定の
     政治的立場と必然的に結びついてしまったことです。
     「私は憲法を守る」と言い、「法と憲法にしたがって」
     判断を下すのは裁判官の当然の、少なくとも近代社会の
     一般論では当たり前のことですね。だから「青法協という
     法律家集団が憲法を守ると主張するのは当たり前のこと
     じゃないか」と言われることがあるけれども、政権政党が
     憲法を変えると言っていて、護憲政党というのはだいたい
     革新で、そういう政治的構図の中に自動的にはめこまれて
     しまうような言論の布置というか構図みたいのがあった。
     ・・・・・。
     ここでは法の論理が政治的な議論なり構図と一緒になって
     いるわけです。それが法的な価値であると同時に戦後の中では
     特定の政治立場というものと非常に近い言論の構造になって
     いて、それはイコール反体制になってしまうわけです。憲法を
     守るというのは本来体制的な主張のはずなのに、それが反体制に
     なるという「ねじれ」みたいなものがあって、それは個人の
     良心やらいろいろな人の思いを吹き飛ばすような非常に乱暴な
     構図だった。
      そういう中でいろいろな人たちの生き方みたいなものが
     強引に色分けされていくという構造、メカニズムがある。
     ・・・・・。
     結局はそういう政治の大きな流れの中で流されざるをえない
     という実存的な状況を感じるのです。
      ものすごく大きな歴史の流れの中で、いろいろ苦しんだり
     している人たちの姿を見ると、「だれが良かった悪かった」と
     論じること自体が非常に傍観者的で無力だと、歴史の力学という
     ものはそういうものかなというふにも思います。
     --------------------
 
 法は法で、政治は政治で、それぞがお互いの密接な関わりを大切に
 しながら、やっぱりどこかで独立した思想や行動(体系)であって
 欲しい。

 最近の流行で、特に政権交代した日本では、何事も政治的な文脈で
 語ろうとする風潮があるように思える。

 例えば、情報公開にしたって、これは知る権利であって、それを政治
 (家)が自分の都合の良いように使っているような。

 こういう権利をキチンと認識しないのは、それに付随していくる責任を
 どこかで回避しようとする無意識さがどこかにあるのだろうか。
 ふむ。

 
 ごろんと横になり、『宮本常一 写真・日記集成 下巻 昭和40年-
 昭和56年(1965-81)』を開く。

 昭和44年分まで目を通す。
 日誌のその内容に、ホロリと涙をかみしめる。
 うう。

 

 ほとんど注意が払われなくなったビルマ(ミャンマー)の
 民主化指導者アウンサンスーチーさんの裁判は、実は
 続いている。

 国家防御法違反の罪で、一審では有罪判決を受けた
 スーチーさんであるが、控訴審への出廷は国家治安当局から
 認められなかった。

 今日の国営紙(『ミャンマーの新しい灯』)では、ビルマの裁判に
 関する記事が載せられていた。

 あくまでも軍政にとっての合法的な措置だという含みが
 あるのだろうか。
 

  nlm0917_2009.jpg
 
  ( ↑ 大きくなります。)

待ってます

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 托鉢僧を待ってます。

 02_00045.jpg
 
いつでも草履を脱げる態勢になってます。
 (僧侶に寄進する際は、裸足になります)

 02_00045-01.jpg

 と、ご飯のてっぺんには、お、ちゃんと紙幣がねじられてます。
 いわゆる、おひねりですか?
 
 う~ん、実生活では必要なお金ですけど。
 ここまで世俗的になってますか。
 

 目が覚める。
 ん?
 何時だ。
 0時半過ぎ。
 う。
 寝よう。

 さすがに昨夜はタオルケットではなく、布団を出した。
 まだ窓を開けて寝ているもんで。

 で、5時半過ぎ目が覚める。
 朝刊を読んでぐずぐず。
 
 今朝はアイスコーヒーではなく、ポコポコとドリップコーヒーを
 入れて薫りを楽しむ。

 6時半過ぎには布団干し。
 と、ご近所さん2箇所で目覚まし時計がなっている。
 ジリジリというガンガラ音ではなく、ピィピピピという電子音だ。

 タイのNGOに頼まれていた写真画像を整理。
 全部で1GB近い。
 う、これをネットで送信か。
 FTPサーバーにログインできないぞ。

 洗濯。

 ペチペチと抜き書きを続ける。
 --------------------
  ─従来の少年審判に問題があるとすればどんなところでしょうか?
  「まずは情報の開示、そして審判に被害者が参加できるような審判の
   改革が必要になると思います。情報の開示の問題で言えば、・・・、
   その情報は主に処分を決定するために使われています。・・・・・」。


   井垣さんは自分の職場に、多くの人を招き入れようとする。
   ・・・・・。
   同じ情報を与えて平等に悩むのが理想のようだ。

   井垣康弘裁判官は今年(二〇〇〇年)九月から一〇月にかけて、
   産経新聞、共同通信、雑誌「法学セミナー」などを通じて独自の
   少年審判の改革案を一般に向けて発信した。

   私たちは*現行少年法の限界からでなく、最高裁判所と法務省の
   怠慢によって引き起こされた情報の飢餓状態にある。
 --------------------
 
 裁判でも情報公開が極めて大切なのである。
 
 と、鳩山新政権が誕生だとか。
 さっそく、約束された開かれた記者会見の約束が反故にされたようだ。
 記者会見の制限、情報の囲い込み、既得権益にしがみつくいびつな
 記者クラブ体制によって、またまた官僚に取り込まれようとするメディア
 の姿が目に見えきた。
 
 民主党新政権は 非情報公開の道を選ぶのか。

 「民主党政権は「記者クラブ帝国主義」を打破できるのか? 
  首相就任会見の生放送に挑戦する!」
 
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/09/1750.html
 ふむ。

 PCの液晶画面を見続けると目がかすむ。
 それにお腹も減った。
 が、冷蔵庫の中は空っぽ。
 ビュンと買い物へ。
 いつも行くスーパー(3軒)は木曜日が安売り日だけど。

 パンと低脂肪牛乳とレタスとチキンを買う。
 今日はピーナツは我慢。
 というか、最近、ピーナツを食べ過ぎてアキが来た。

 ワイシャツをクリーニングに出しに行く。
 初めてのお店。
 と、冷たい対応。
 「これは作業シャツですね?」
 「いいえ、ワイシャツです」
 「作業シャツでしょ?」 
 「違います、ワイシャツです」
 「作業シャツに見えるんですけど?」
 「もういいです」
 で、いつものクリーニング屋さんで気分の良い対応。
 
 盗難され、その後戻って来て、そのまま一年半ほどエンジンを
 かけていなかったバイクを手入れする。
 まずはナンバープレートを外す。

 で、キックキックでエンジンをかける。
 20分ほど頑張ると、ボン!、ボン!という音がしてマフラー
 から白煙が上がる。
 ふぅなんとかエンジンがかかった。
 まだまだ乗れそうだ。
 売れるかな?

 タイに送るイメージファイルをどうしよう。
 改めて問い直すと・・・FTPサーバーのパスワードがちゃうやん。
 ったく。
 
 夕暮れが早くなった。
 秋だな。
 なんか気分もしっとりと。
 目の前に迫った締め切り仕事がなくなって、ひと息。
 この週末は久しぶりに休めそうだ。

手渡し

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 ラングーン(ヤンゴン)市内で、托鉢に廻っている僧侶の集団に
 遭遇しました。

 02_00057.jpg
 
僧侶へのお布施は、白米ばかりでなく、コーヒーミックス
 (コーヒー・サトウ・ミルクが混じったインスタントコーヒー)
 のパッケージでもOKです。
 
 あっ、女の子が紙幣を手渡してます。
 えっ、お坊さんも直接、手渡しで紙幣を受け取ってます。
 ま、そんな固いことをいわず。
 そういうことなんです、ってか。
 

 3時半過ぎ目が覚める。
 ちょっと良い夢悪い夢を見たようだ(何だったか、覚えちょらん)
 4時過ぎから活動開始。
  
 シトシトと雨が降っている。
 秋の雨っていう感じがしない。
 YouTube にて怪しい動画(タアザン)をツラツラ見る。

 ピーナツをポリポリ囓りながら朝刊に目を通す。
 やっぱりイチローの広告が出てたか。


 ビルマのカレン民族の武装抵抗の発端など(礼拝に出席していた
 非武装のカレン人約200人をビルマ人国軍兵士が虐殺)を
 まとめていたら、ふと、何かの弾みで堤岩里事件(ていがんり事件:
 1919年4月15日)が出てきた。
 知らなかった。
 知らないことばかり。
 ふむ。

 ラジオを消して音楽を流し(Anjani Thomas など)を聞きながら
 集中して長尺原稿の仕上げ。
 ペチペチペチペチペチ。

 13時過ぎ、なんとか仕上がる。
 ほぼ完成、か。
 数日冷やして寝かして、送信しよう。

 
 雨はやんだようだ。
 ウドンを喰らう。
 
 半時間ほどゴロリとした後、一ヶ月半ほどの新聞の切り抜き。
 今回の切り抜き量はそれほど多くない。
 
 何を思ったか(何も考えてないけど)、突然のトイレ掃除。
 今回は液体を2種類使ってしっかりと。

 靴を磨く。

 19時過ぎ、ジャガイモを剥いてジャガイモ味噌汁をつくる。
 ナスビとニンジンも・・・、ま、こちらはええか。
 ぶっかけ汁を喰らってごろっとしてたら、20時半過ぎ寝入ってた。

 

 ビルマ政府のサーバーが異様に重たい。
 必要なデータがダウンロードできへんやん。
 
 と、新しく始めたプロジェクトに関して質問を受けた。
 
 なんでそんなことをやり始めたの? って。

 もちろん自分の好きなフォトジャーナリストっていう仕事を大切に
 したいからである。
 
 判りにくいだろうなあ。
 
 つまりは視野を狭くしたくないからだ。

 今の日本は、超均質的な社会(他の社会と比べてだが)だとヒシヒシと
 感じているからである。
 知らぬうちに、窮屈になってきたのである。
 安定しかかったら、自分で積み木崩し(笑)

 まったく別の価値観の社会に暮らす必要性があると思っている。
 もちろんまたまた忙しくなる。
 だが、それは自分が生きのびる上で必要なことだ。
 身体的な勘がそう告げているのだ。
 
 金にならないことばかりやっている。
 だが、そういう金に惑わされずに生きる人がいてもいい(と思うこと
 こそが惑わされているのかな??)
 それにしても、生活が苦しくなってきた。
 ホト、困ったな。


 長尺原稿に一気に手を入れる。

 夕方、散歩のため駅前の銀行まで。
 スーパーに寄って、ジャガイモ(中6個入り100円)とナスビ
 (中~小6個入り100円)を買って帰る。

 ペチペチと編集作業。

 タイから写真を送れてとせっついている。
 が、向こうが約束の期日を過ぎて作業進行をするから悪いねん。
 ブチブチ。

 19時過ぎ、ひと息。
 ごろんと仮眠となる。

 自民党の谷垣禎一元財務相が総裁選に立候補の意思を表明した。
 --------------------
 谷垣氏はまた「自民党を長い間支えてくれた良質の保守層の期待に
 応える政治をしていかなければならない」とも述べ、結党の原点に
 立ち返り党改革に取り組んでいく決意を強調した
 --------------------
 良質の保守層って。
 良質・・・、ってか。
 そんな具合では、次の政権は取れないと思うのだと感じるのだけど。
 
 NHKの夜のテレビに出ていた。
 ラジオで話だけ聞いていても、説得力がここまでないのか、という
 ほど弱かった。
 ふむむ。

 原稿の手入れを進める。
 ペチペチペチペチペチ。

 22時過ぎ、寝入る。

 今日も4時過ぎ起き。
 真っ青なピーカンの空。
 7時過ぎ、布団を干す。

 朝からNHKの討論番組にチューニングする。
 ま、未だに勝った負けたのフレームワークで政治を語るのは、
 団塊の世代のお楽しみなのか(番組には無関係だが)
 
 新聞やウエブを読んでいて、全角文字と半角文字の混在がたまらん。
 9月13日や9月13日、
 という表記じゃあなく、
 9月13日。
 
 
 一応、メモ書きとして、田中良紹の「国会探検」をチェック。
 
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/09/post_184.html

 --------------------
 (略)

  政権交代が確実になった時、私がまず思った事は「これでやっと
 日本も冷戦後の時代を迎える」というものであった。1991年に
 旧ソ連が崩壊した後、アメリカ議会は2年以上の時間をかけて
 「冷戦後の世界とは何か」という議論を行い、それに見合う形に
 アメリカ社会を変えてきたが、日本にはそうした議論が全くなく、
 何よりも政権政党である自民党が「反共主義、自由主義、経済成長」
 という冷戦型の思考を引きずったまま政治を行ってきたからである。

 (中略)

  旧ソ連の崩壊はアメリカに言わせれば「官僚主導の計画経済体制の
 破綻」であり、「新規参入を認める競争経済の勝利」である。「核」
 という大量破壊兵器は計画経済でも作れたが、ピンポイントに目標を
 破壊する「精密誘導兵器」は作れなかった。「精密誘導兵器」を生み
 出したのは、国家や大企業が作る大型コンピューターではなく、
 起業家が作り出したパソコンの普及が背景にあるとアメリカは言う。
 「アメリカが冷戦に打ち勝ったのはビル・ゲイツが生まれる国だから」
 と政治家達は口を揃えて言った。ゴルバチョフは湾岸戦争で「精密
 誘導兵器」の威力を見せつけられ、ソ連の存続をあきらめた。

 (中略)

  日米安保条約は日本を守ると同時に、日本を自立させない「ビンの
 ふた」である。中国も北朝鮮も日米安保条約を脅威と思うより、
 アメリカとの関係強化さえ図れれば日本を無視出来ると考える。
 そうした中で北朝鮮の金正日政権がミサイル発射や核実験を繰り返す
 度に日本はアメリカにすがりつき、アメリカの高価な兵器を購入した。
 アメリカに脅威が及ばない限り、アメリカにとって北朝鮮は誠に都合の
 良い国である。

 (中略)
 
  だから政権交代は冷戦型思考から脱皮するチャンスなのである。
 「官僚主導の計画経済体制が破綻」して旧ソ連が崩壊した時、「だから
 官僚主導の日本経済はまもなく破綻する」とアメリカの政治家達は
 言った。実際に冷戦後の日本経済は行き詰まった。しかしその事に
 気付きながら日本は官僚主導の経済成長路線に見切りを付けることが
 出来ず、過去の成功体験をむなしく追い求めてきた。まずはこれまでの
 思考を一掃する所から新たな政治を考える必要がある。そしてそれは
 野党になった自民党こそ最も求められている事なのである。

 投稿者: 田中良紹 日時: 2009年9月10日 21:29 | パーマリンク

 --------------------

 ビュンと京都へ。
 写真展の展示写真の撤収である。

 この間、知り合いの人が何人も来てくれたようである。
 いつもすれ違いの人たちです。
 とほ。

 と、この展示最終日は、初対面の人と話をすることになる。
 立て続けに写真を見てくれたひとをつかまえ、ビルマ話や
 与太話をがうがうと唸ってしまう。

 撤収後、喫茶展示室のオーナー氏とメディアに対するブツクサさを
 ぶつけ合う。
 があがあ、と。
 まあ、新聞は・・・、と。
 
  ここしばらく、ずっとHK電車を使ってる。
  今日一日も秋の青空でした。

プチ写真展

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 プチ写真展のお知らせ

 ビルマ プチ写真展(と写真など販売)

 ※13 日(日)は 「森の小枝」に行きます(たぶん、午後遅く)
   しばらくその場におりますので。

   あらかじめ連絡頂ければ、その時間に行くようにします。

 場所:「森の小枝」
    
http://gallery.morinokoeda.com/map.html
    http://www.gurumedosu.net/main/view_detail_301.html
    
    京都市中京区堺町御池下ル丸木材木町675 
    フォルムズ烏丸御池102
    堺町御池下ル20m西側 フォルムズ烏丸御池1F

    TEL:075-204-3610

    営業時間:午前11時~午後7時
    定休日:毎週月曜日、第4日曜日

    地下鉄「烏丸御池」駅 3-2出口から東へ徒歩5分
    阪急電車・烏丸駅14番出口から北へ徒歩約5~7分

 期間:2009年8月25日(火)~9月13日(日)

 展示内容:ビルマ(ミャンマー)の人と風景など(13点)

 備考:写真展示と販売。
   
    期間中、何度か本人はお店に座ってコーヒーを飲んでいると
    思います(事前に要確認:
info@uzo.net
    5人以上来てくれはるときは、とっとと神戸から出向きます。
           (今のところ、9月3日木・4日金・5日土は です)
    
    ビルマ(ミャンマー)、アウンサンスーチーさんに関することは
    何でも聞いてください。
    (知っている範囲でお答えできます)

やっぱり草履

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 知り合いのお医者さんの所に行くと、
 「見ていく?」って誘われた。

 bu00094.JPG
 あ、手術中に、ですか。
 ええんですか?
 血ぃみえてますけど。

 執刀医師は長靴だ。
 で、周りの人もやっぱりゾウリ(草履)を履いてみますか。

 こんな所までカメラを持ち込んで、ちょいと反省。

久しぶりの雨

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 健康的に3時半過ぎ目が覚める。
 トー然、外はまだ暗い。
 ほどなくすると、ガタンと新聞の朝刊が入る。
 
 しばし YouTube にてアホな番組を見る。
 The Funniest Video のような。
 動物関係のハプニングが面白く笑いが止まらない。
 クセになりそう。
 こりゃやっぱり、テレビは持てんわ。

 カイワレトーストと野菜ジュースを喰らう。

 と、朝陽は上らず。
 久しぶりに湿気のこもった曇天なり。

 うとうと。

 昼前、カレーを作りもって、焼きそばをこしらえる。

 長尺原稿の追加事項の資料漁りと確認事項。
 
 ・エルサルバドル内戦の実態
 ・アウンサンスーチーの自宅軟禁
 ・カレンの武装抵抗のいきさつ
 ・ミンコーナインの逮捕拘留のこと
 など

 まこういうこまかな作業は、書籍と自分の手作りのデータベース
 がとっても役に立つ。
 うん。

 集中、また集中しての作業だ。

 窓の外が、ん? 
 雨だ。
 シトシト降り出していた。
  
 17時頃、ゴロリとなっていたら寝ていた。
 今夜は21時過ぎに目が覚める。
 頭がガンガンと痛い。
 割れそうだ。
 カレーを喰らって、また寝入る。

 読みたい本がたまってくる。
 とりあえず元気になろう。

おかゆ

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 長逗留していたラングーン(ヤンゴン)での住処は、
 中華街に近かった。
 
 何が良いかって、食べものにバラエティーがあり、
 不自由しなかったことかな。
 それに腹をこわしたときも、それなりの対処ができる。

 02_00194.jpg

 これはチキンスープをもとにしたタマゴ入りおかゆ。
 お腹の調子が悪いときは、これだけを1~2日続けて食べると、
 ま、まず回復するわな。

 値段は確か、150K~200K(15円~20円)くらいでした。
 ビルマ語で、サンピョウって言ったかな、はて?

 久しぶりに5時間ほど爆睡。

 『朝日新聞』の記事と"The JOURNAL" の田中さんの論評が
 重なっているようだ。

 と、メディアの特集で、新政権に望むことへの回答は、
 自分の(自分たち)の生活暮らしのことばかり、
 景気雇用年金高速道路育児 などの話が中心だし。

 が、たとえば沖縄については少ないし、世界の平和のこと、
 社会貢献のことに言及しようとする話題は皆無のようだ。

 ま、判らぬではないが。

 日本の庶民の生活がいくら厳しいといっても、外側の世界の人に
 比べて、日本の社会一般は、まあなんと贅沢な生活をしていることか。

 生活の質を落とす、ということは考えられないのか。

 と、ライカが新型デジカメを出すようだ。
 ほ、ほしい。
 S2の方は300万円もするのか。
 が、画質はピカイチのようだ。
 が、これを買うだけで一年足らずは暮らせるかも。
 
 何ぃ~が、生活の質を落とす・・・ってか。

 郵政改革の再改革が取りざたされているが、フト思う。
 どうして葉書は40円で封書が80円なのか。
 ふむ。

 バナナを喰らう。

 21時過ぎには寝入る。

塗りすぎ

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 ビルマ(ミャンマー)の白粉(おしろい)であるタナカ(タッナッカー)は、
 まぁ、そこそこ有名になってきた。

 が、睫毛にまで塗っているのはなかなかお目にかかることはできない。

 bu00170.JPG
 ( ↑ 大きくなります。)
 
 ま、これは塗りすぎですけど。
 それに、黒い瞳にカメラを持った私が写り込んでいますけど。

 結局、ほぼ徹夜で原稿への手入れ。

 午前中、オーストラリア用の原稿を書き始める。
 ちょいと頭が朦朧気味。
 月に一度のことながら、考えがまとまらない。
 困った。
 
 で、幾度となく冒頭部分を書き直す。
 さらに考えが打ち上げ花火状態になる。
 まとまらないよ。

 で、こういう時は、困ったときのオダジマンだ。
 本棚から『日本問題外論』を取り出してツン読していたら、
 おおやっぱり、いいヒントが浮かんだ。
 ペチペチペチペチペチと下書きを進める。

 9時過ぎ、ビュンと歯医者へ。
 一気に5本を治療する。
 だって、取材に出れば、まず気をつけなければならないのが、
 機材と体調だからだ。
 モノも身体も、元気な態勢があってこそ取材ができる。

 歯医者では、ガリガリとモーターが唸る。
 約1時間、診療台に固定される。
 痛い(∋_∈)
 これも不摂生の極みだが。

 ビュンと大阪へ。
 車中、C・ダグラス・ラミス『憲法と戦争』(晶文社)を
 ツラツラ読む。
 「もし◎◎したらどうする?」論法 ( The "what if ?" game )
 はなかなか参考になる。
 うん。 

 
 ビッグマン前で待ち合わせ。
 で、待ち合わせの時間まで紀伊国屋で立ち読み。
 評判になっている、辛淑玉/野中広務『差別と日本人』
  (角川oneテーマ21 A 100)を手に取る。

 おお、なんと、関東大震災の箇所でびっくりする記述に
 出くわす。
 この本、即買いしたいが・・・。
 お金ないし、ちょっと自重。

 13時、お久しぶりですね、とご挨拶。
 で、もう3日もすれば、アフリカの雄ナイジェリアへ向かうんですね。
 私にとっての夢の国ナイジェリアへ。
 私も行きたいな~。

 ベトナム料理屋で昼食。
 と、ビルマ土産とDVD、それに毎度ながら、本の差し入れあり。

 佐藤優『外務省ハレンチ物語』(徳間書店)
    『人生相談』(扶桑社)

 ゲッツ板谷 鴨志田穣 西原理恵子『インド怪人紀行』(スターツ出版)
                 『ベトナム怪人紀行』(角川文庫)

 で、しばし近況交換をしながら、私は鯖ランチを喰らって、
 ビルマ関係などを中心にぐっちゃら。
 ははは。

 15時半、散会。
 ではではアフリカ大陸でがむばってください。

 テクテク歩いて、APのオフィスへ。
 オヤジさんは忙しくて、あちこち出張中。
 
 ま、今日は火の玉レディーさんと10月24日の打ち合わせ。
 
 「書くぞ 見るぞ 撮るぞ 話すぞ」と銘打ったイベントだ。

 まだ企画段階のようですが、
 --------------------
 集まれ「独立系」表現者!
 ジャーナリズムフェスタ 2009 in OSAKA
  --------------------
 っていうイベントなのだ。

 関西のフリーランスのメディア関係者が集って色々する(笑)
 フォトジャーナリスト、映画監督、テレビ関係者、作家、ライター、
 編集者、出版者、ビデオジャーナリストなどが参加の予定。

 詳細は今後発表されるとか。
 ま、群れるのではないから由なんです。

 で、別件で発表媒体に関していろいろとご相談。
 しかし、毎度ながら情況は厳しいな~、と。
 
 18時半頃散会。

 『宮本常一 写真・日記集成 下巻 昭和40年-昭和56年(1965-81)』
 が図書館に届いていたので、借りて返る。
 この本、重たいよね。

 久しぶりにスーパーに寄って、食糧を買い込む。
 
 家に戻ると、新聞の配達人が変わったのかな?
 夕刊がマンション入口の集合ポストに入るようになった。
 これは困る。
 だって、引きこもって外出しない日も多々あるのだし。
 いちいち夕刊を取りにだけ外に出られないよ。

 ラーメンライスを喰らったら一気に眠気が襲ってきた。
 21時過ぎ、寝入る

 今日(2009年9月9日)の内田センセのブログを読んでいて
 気になった部分があった。
 長い引用、孫引きもありますけど(また、読み易いように、段落の
 改行をしてます)

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 終日、「マルクス書簡」を書く。
 今回は『経哲草稿』である。
 「疎外された労働」のところを何十年ぶりかで読み返す。
 マルクスは熱い。
 あらゆるテクストは想像的にそれが書かれたリアルタイムに
 身を置いて読まねばならないと私は思っている。

 『経哲草稿』は1844年に書かれた。
 エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の現状』は1845年に
 書かれた。

 この二人を労働問題に引き寄せたのは、産業革命後の資本家たちに
 よるおそるべき労働者の収奪である。

 以下は『資本論』から。
 「1836年六月初頭、デューズブリ(ヨークシャー)の治安判事の
 もとに告発状が届いた。それによるとバトリー近郊の八大工場の
 経営者が工場法に違反したという。これら紳士たちの一部が告発
 されたのは、彼らが十二歳から十五歳までの五人の少年を金曜の
 朝六時から翌日の土曜日午後四時まで、食事時間および深夜一時間
 の睡眠時間以外にはまったく休息を与えずに働きつづけさせたからだ
 という。

 しかも少年たちは『くず穴』と呼ばれる洞窟のような場所で休息なしに
 30時間労働をこなさねばならない。そこでは毛くずの除去作業が
 おこなわれるが、空中には埃や毛くずが充満し、成人の労働者でさえ
 肺を守るためにたえず口にハンカチを結びつけておかねばならない。」
 (「資本論(上)」、今村仁司他訳、筑摩書房、2005年、354頁)

 この経営者たちにはそれぞれ2ポンドの罰金が課されただけであった。
 「夜中の二時、三時、四時に九歳から十歳の子供たちが汚いベッドの
 なかからたたき起こされ、ただ露命をつなぐためだけに夜の十時、
 十一時、十二時までむりやり働かされる。彼らの手足はやせ細り、
 体躯は縮み、顔の表情は鈍磨し、その人格はまったく石のような
 無感覚のなかで硬直し、見るも無残な様相を呈している。」(357頁)

 あるマッチ製造業における調査では、聴き取りを行った労働者のうち、
 「270人が十八歳未満、四十人が十歳未満、そのうち十人はわずか
 八歳、五人はわずか六歳だった。」(361頁)

 宮廷用の婦人服を製造工場で死んだ少女の検死報告には「他の
 六十人の少女たちとともに二十六時間休みなく働いた。三十人ずつ、
 必要な空気量の三分の一も供給されない部屋におしこまれ、夜は夜で
 二人ずつ一つのベッドに入れられる。しかもベッドがおかれているのは
 一つの寝室をさまざまな板壁で所せましと仕切った息の詰まる穴蔵の
 ような場所だった」(373頁)とある。

 マルクスが「疎外された労働」という言葉で言おうとしていたのは、
 こういう現実である。

 「労働者が骨身を削って働けば働くほど、彼が自分の向こうがわに
 つくりだす疎遠な対象的世界がそれだけ強大になり、彼自身つまり
 彼の内的世界はいっそう貧しくなり、彼に属するものがいっそう乏しく
 なる」(『経哲草稿』、310頁)というのは単なるレトリックではない。

 先ほどの婦人服工場の少女が死ぬまで働かされたのは、「外国から
 迎え入れたばかりのイギリス皇太子妃のもとで催される舞踏会の
 ために、貴婦人たちの衣装を魔法使いさながらに瞬時のうちに仕立て
 あげなければならなかった」からである。

 痩せこけた少女たちが詰め込まれた不衛生きわまりない縫製工場で
 作られた生産物がそのまま宮廷の舞踏会で貴婦人たちを飾ったので
 ある。

 その現実を想像した上で次のようなマルクスの言葉は読まれなければ
 ならない。

 「労働者はみずからの生命を対象に注ぎこむ。しかし、対象に注ぎ
 こまれた生命はもはや彼のものではなく、対象のものである。(・・・)
 労働者がみずからの生産物において外化するということは、彼の
 労働がひとつの対象に、ひとつの外的な現実存在になるというだけでは
 なく、彼の労働が彼の外に、彼から独立したかたちで存在し、彼に
 対して自立した力となり、彼が対象に付与した生命が彼に対して敵対的
 かつ疎遠に対立するという意味をもつのである。」(310頁)

 労働は「宮殿をつくるが、労働者には穴蔵をつくりだす。それは
 美をつくるが、労働者には奇形をつくりだす」という言葉における
 「穴蔵」や「奇形」はレトリックではなく、マルクスの時代においては
 リアルな現実だったのである。

 マルクスは「科学」や「教条」ではなく、むしろ「文学」として
 読まれるべきだろうと私は思っている。

 それは「絵空事」としてということではむろんない。
 
 逆である。
 
 教条や社会科学は「汎通性」を要求する。あらゆる歴史的状況に
 ついて普遍的に妥当する「真理」であることを要求する。

 だが、その代償として失うものが多すぎる。

 マルクスの理論が普遍的に妥当すると主張してしまうと、なぜ他ならぬ
 マルクスが、このときに、この場所で、このような文章を書き、
 このような思想を鍛え上げたのか、という状況の一回性は軽視される。

 だが、マルクスが生きた時代、マルクスが見たもの、触れたもの、
 それを想像的に再構成することなしに、マルクスの「熱さ」を理解する
 ことはできないのではないか。

 それは科学というよりむしろ文学の仕事である。

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 と、昨日から名古屋でビルマ(ミャンマー)人に関して問題が
 起こっているからである。

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 ミャンマー実習生ら入管に訴え 「社長から暴力受けた」
 外国人研修・技能実習制度で来日、名古屋市内の製材会社などで
 働くミャンマー人実習生ら32人が8日、社長から暴力を受けた
 として、同市港区の名古屋入国管理局に訴え出た。
 待遇改善などを求めて10時間以上庁舎内に居続け、入管は双方から
 事情を聴くなど調査を始めた。

 実習生側の関係者によると、会社が4日に開いた慰労会で飲酒を
 めぐりトラブルとなり、ミャンマー人男性(33)ら4人が社長に
 足をけられるなど暴行を受けた。これまでも体調が悪いのに仕事を
 休ませないなど不当な扱いがあったといい、この日、改善を求める
 要望書を入管に提出した。

 社長は取材に対し、暴行の事実を認め「ある程度、スパルタで
 やらないと収まりがつかない」などと話している。

 2009/09/08 20:59   【共同通信】
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 投稿者: 愛知連帯ユニオン
 09年9月8日 「謝罪するまで帰らない」、
 ミャンマー人実習生32名、名古屋入管で深夜までの交渉続く

 愛知県飛島村にあるY製材傘下の協同組合を受け入れ機関とする
 ミャンマー人実習生たちが、名古屋入管で深夜まで交渉を続けました。
 
 ミャンマー人たちは、「会長の暴力の停止、通帳やパスポートの返還、
 強制帰国をさせないこと、送り出し機関が帰国後保証金を返すこと」
 などを要求、「会長の謝罪と再発防止の確約がなければ職場に
 帰れない」と訴えています。

 来年7月には研修・実習制度が変わりますが、使用者側である
 受け入れ団体に労働者の人権保護を委託するというこの制度の根幹が
 変らない限り、問題が改善するとは思えません。
 
http://www.labornetjp.org/news/2009/1252454239595staff01

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 なにかしら重なるところがあるような気がしています。

 
 ピーカンの突き抜けるような青空だ。
 朝7時から布団を干し。

 冷蔵庫が空っぽだ。
 味噌やマヨネーズ、ソース。
 それに、めぼしいものといえば、タマゴにニンジンにシシトウのみ。
 
 で、朝食にタマゴ。

 昼食にシシトウ。
 
 夜にニンジン。

 極めてシャビーな食事だな。
 我ながら涙がチョチョ切れる。

 作業と調べ物、原稿書きと、いろいろとたまっている。
 ま、ひとつひとつ、優先順位を付けて(いつも逆転するが)こなして
 いくしかない。
 
 一気に長尺原稿に目を通し、手を入れ、もうあと一歩のところまで
 仕上げる。
 
 編集者のMさんは、ザックザックと命を削って書いた(大袈裟だな)部分を
 カットしている。
 これを切ってしまうのか・・・。
 ページ数が限られているので、写真を入れようと思えば・・・。
 ううう。

 追加の事項はちょいと資料をひっくりかえして調べる必要があるな。
 ふむ。
 ペチペチペチペチペチ、カリカリ。
 

 6時前に目が覚める。
 うとうと。
 
 朝食用の食パンがない。
 で、朝から冷や奴を喰らう。

 布団を干す。
 今日も日中は暑くなりそうだ。


 長尺原稿の修正に取りかかる。
 集中して机の前に座る。
 ペチペチペチペチペチ。

 昼過ぎ、休憩。
 残り物のカレーを喰らって、ひと休み。

 で、新聞に目を通す。
 ラジオを聴く。

 裁判員制度が始まって4件目の事例が神戸地裁であった、とか。

 神戸新聞の社会面にはこうあった(抜粋)。
 --------------------
 70席の傍聴券に637人 神戸地裁の裁判員裁判 

 神戸地裁前には、裁判員裁判の70席分の一般傍聴券を求めて
 637人の希望者が集まった。西日本初とあって注目度が高く、
 整理券の「二重取り」を防ぐため、同地裁は整理番号を記した
 水色のリストバンドを配布するなど工夫を凝らした。

 リストバンドを巻いてもらうことで、一目で整理券を配布済み
 であることが分かるようにし、手首から外すと無効。裁判員裁判
 2例目となったさいたま地裁でも同様の方法が取り入れられた。
 炎天下に長時間並ぶのを避ける目的もあるという。

 希望者は午前10時半ごろから集まり始め、地裁職員が次々と
 手首にバンドを巻いていった。"当選発表"は正午すぎ。
 西門前に抽選結果が張り出されると、番号を確認する人であふれた。
 --------------------

 毎日新聞には「整理券」を求めて神戸地裁前に並ぶ写真もあった。
 (キャプションのみ)
 --------------------
 [     ]
  20090907k0000e040020000p_size5.jpg
 裁判員裁判の傍聴券を求め列を作る人たち=神戸市中央区の
 神戸地裁で
 2009年9月7日午前10時44分、竹内紀臣撮影
 --------------------

 新聞を読むと、こういう話題になる裁判で、識者が裁判を傍聴して
 コメントを寄せていることだ。
 で、毎度ながら気になったのは、果たして識者は傍聴券のために
 裁判所前に並んだのか? ということである。

 どうやって傍聴券を手に入れたのだろうか?(整理券ではないよ)
 
 佐木隆三さん、
 高村薫さん、
 とか。

 いや別に難癖をつけているわけではないのですよ。
 本来なら市民の知る権利が奪われているのではないか、ということが
 気になったのです。

 もちろん「識者」だから、裁判を傍聴した後、そのコメントを広く
 発することによって影響力を与えることもあるだろう。
 じゃあ、優先的に傍聴席を与えられている記者は?

 なにか釈然としないのである。

 裁判員制度も気になるが、開かれた裁判制度のために、
 裁判所の傍聴方式もなんとかならんのかな。

 ウエブをツラツラ読む(抜粋)
 --------------------
 麻生首相「16日総裁辞任」を正式表明
 9月8日11時23分配信 読売新聞

 麻生総裁の後継を決める総裁選は28日に行われるが、その前に
 辞任するのは極めて異例だ。総裁は16日から28日まで空席となる。

 首相は役員会で、「首相を辞職すると同時に、総裁も辞任する。
 一致結束して行動してほしい」と述べた。

 党内では、16日午後の首相指名選挙への対応を巡り、衆院選惨敗の
 責任者である麻生氏への投票に反対する意見が大勢を占めている。
 このため、首相は早めに身を引くことで、党内の結束を図る必要が
 あると判断した。

 --------------------
 
 首相を辞職する。
 いいでしょう。
 が、これはあくまでも自民党の都合であって、いかにレイムダックの
 首相であっても、最後まで国民の為に働いているというポーズだけでも
 見せて欲しかった。

 最後の最後まで国民不在をアピールする麻生首相であった。
 ふむ。

 引き続き長尺原稿に手を入れる。
 約1/3ほど終える。
 ふぅ、ちょっとひと休み。

 またまたカレーを喰らって夕食とする。
 
 22時過ぎ、布団に入る。

 今日9月8日は「国際識字デー」だとか。
 --------------------
 1965年のこの日、イランのパーレビ国王が軍事費の一部を
 識字教育に回す提唱をしたことを記念して、識字教育を推進する
 ユネスコが制定した日。
 
 識字とは「読み書きができる」という意味。識字率の高い日本では
 実感しにくいが、世界には戦争や貧困によって読み書きのできない人が
 10億人以上いるといわれる。
 --------------------

 で、今日の国営紙『ミャンマーの新しい灯』にも記事が出てた。

 nlm0908_2009.jpg

 なぜか既に2009年度の識字率が出ているのかは判らないが、
 なんと94.89%だとか。
 すごい。

 ちなみに2000年度のユネスコの統計をみてみると、
 unesco2000.jpg
 この数字をそのまま信じるならば、識字率はかなり高いことが判る。
 さて、どないなもんだ?

 ビルマ(ミャンマー)のラングーン(ヤンゴン)。
 現地時間、午後1時過ぎ。
 工事中の人たちの、食後のお休みタイムのようです。

  bu00634.jpg

 ちなみに、ビルマでは一般的な食事の回数は、一日2食だとか
 ( 田舎? 都会の違い有り? )
 朝の麺、モヒンガーは食事のうちに入らないとか。
 さて?

 6時前目が覚める。
 あ、時計の長針が30分ほど進んでいるではないか。
 なんだこりゃ。

 朝からピーカンの天気。
 空気はちょっと湿り気があり、ちょいと蒸し蒸しという感じ。
 毛布と布団と食器洗いのカゴを干す。
 
 チーズトーストとオレンジジュースとインスタントアイスコーヒー。

 滞っていた連絡業務と、ビルマ関係のルーティーン作業に没頭。
 ペチペチペチペチペチ、と

 午後、軽い運動がてらにHKまで歩く。
 やっぱりまだまだ陽射しは強いね。

 軽く長尺原稿に目を通す。
 
 ちょいと仮眠。

 『裁判官のかたち』を読了。
 なかなか読んで優しい文体だ。
 ちょっと珍しい文章タッチだ。

 ちょいとしつこいゴーヤカレーを作る。
 試しにピリッと獅子唐を入れてみる。
 うん、味がしまったな。

 23時過ぎ、ウトウト。

 身体がちょいときつい。
 なにやら中途半端な夢を見たようだ。
 
 ボヤ~っとしながら目が覚めたら10時過ぎ。
 京都まで時間に間に合うかな?
 ウトウト。

 11時過ぎ、飛脚さんが原稿の束を届けてくれる。
 第2縞の戻しだ。
 これを手直しして、でもって最終原稿までもうひと息だ。
 550枚が200枚ほどにまで・・・ううう。
 絞って絞って・・・ううう。
 写真をたくさん入れたいモンね。
 
 ビュンと出動。
 今日も阪急電車。
 空いてるな。
 それに突き抜ける真っ青な秋の空なり。
 
 車中で門田隆将『裁判官が日本を滅ぼす』(新潮文庫、2003年)
 を開く。

 いつも通り「あとがき」から目を通す。
 と、謝辞の部分で、くだんの週刊誌の編集長の名前が出てきた。
 あ、あの人が、と思うと、申し訳ないが(読む前から予断が入るのは
 あかんのだが)内容に眉唾をつけてしまう。

 12時半過ぎ、なんとか時間通りに京都着。
 が、連絡がつかない。
 しかたなくドトールにて本を読みながら時間をつぶす。

 1時間遅れで密会となる。
 ぐちゃら。

 大丸裏の食堂でサバ定食(750円)を喰らいながらぐちゃら。
 紅茶専門店に入る。
 
 プチ写真展の会場へ。
 お、H氏が取材に来ていたのですね。
 あ、Oさんはいつもながら差し入れ、と。

 と、おお、お久しぶりMさんが現れる。
 農作業をしたあとですか。
 いつもながら仕事とは別の活動をしてはるのですね。
 で、久しぶりにちょっとややこしい写真民俗誌/写真民族誌のことに
 ついて熱弁をふるってしまう。

 ガトーショコラとアイスコーヒーを食す。

 Kも京都を訪れている。
 連絡を取り合うが、どうもすれちがいだな~。

 で、そう、写真を通して物事を見るのではなく、
 写真の見方を通して物事や社会事象を読み解くっていうことです。
 う~ん、話をしながら自分でもこんがらがってくる。
 
 19時過ぎ、「森の小枝」を出て、阪急電車まで歩く。
 Mさんは長岡天神下車、私は桂で降りて嵐山まで。

 で、フォレスト氏宅へ。
 お、皆さんは9月11日の朗読会のお稽古の後、鵜飼い見物に出た、と。
 まずはフォレスト氏にお願い事を4つばかり。
 
 と、ほどなくがやがやとみなさん戻ってくる。

 おお、Kさん、ようやくお会いできましたね。
 メールの交換を初めて数年?たってますね。
 で、『冬の兵士』の翻訳ご苦労様です。
 
 で、お初の人も多々あり。
 まいどまいどのご挨拶。

 タイカレーや差し入れ食物に舌鼓を打ちながらぐっちゃら。
 で、ひそひそとKさんとビルマ情況を交換なり。
 
 23時前、最終電車がなくなる前に、おいとま。
 
 家にたどり着いたら、0時半過ぎ。
 ヨロッよろっ。

 10時過ぎ、早めに出動。
 
 大安の碧い空。
 R駅で散会し、ビュンと三宮へ。
 新快速にて大阪へ。
 
 地下鉄で天満橋下車、八軒家浜前へ。
 11時半到着。
 う、早く着きすぎた。

 お、ヤノベケンジさん作、「ラッキードラゴン」が出現している。
 が、今日の目的はこれではない。
 しばし、船着き場に面するFSにてコーヒーを飲みながら時間をつぶす。
 『裁判官のかたち』を読み続ける。

 12時半前、船着き場へ。
 と、まだ時間がある。
 ブラブラ立ってると、お、東京からOKY氏登場ですね。
 ハグのご挨拶で、はい、
お久しぶり。
 
 程なく乗船。
 今日はF氏T氏の結婚パーティーの屋形船祝賀会である。
 私は2人をつなぐキューピットとか。

 確かに背中に羽が生えてます、ボロボロですけど。
 で、こんなパーティーは初めてだな。
 うん。
 それに、いろいろと気をつかってもらってるし。

 船中、(男性)記者職エリアはどうも柄が良くない。
 乾杯前に、食事も飲み物もチャカチャカ始まってるし、煙草の煙も
 すぐにモウモウだし。

 で、乾杯の音頭をとって、パーティー始まる。
 ええですね、「しあわせのかたち」は。
 
 昨年結婚したあんさんもその「しあわせのかたち」を見せなよ、って
 前に座ったお人に話を振るが、いつも通り、スルリと躱すしなあ。
 両隣、またその隣の人ともぐっちゃら。
 右隣の記者氏は、おお、札幌から出席ですか。
 
 15時半、船上パーティー終了。
 これまた気をつかってもらいながら、とっととその場を後にする。
 さ、次だ、神戸までトンボ帰り。

 シャカシャカと歩いてたら、駅前でM新聞のK氏とばったり。
 おお、今は警察担当ですか-。
 急ぎながらも、立ち話。
 民主党が政権を取って、ちょっと緊張気味とか。
 ほほぉほほぉ、うんうん、である。

 17時過ぎ、ぎりぎりスライドショー会場に到着。
 さっそくラップトップを用意し、お話し会を始める。
 今回もビルマ話だが、今日は趣向が違って主に写真を見ながら
 ビルマの異文化の側面を伝える。

 時間を気にせずノリノリで話をしていたら、1時間くらいの調子で
 話をしていたつもりが、うわもう終わり・・・。

 いつもながら時間感覚を学ばぬ自分にガクリ。
 インドネシアコーヒーで気分を鎮めて、20時半過ぎ、とっととおいとま。

 21時過ぎ、家にたどり着く。
 かなりヨロヨロ気味だわ。

 

 朝3時過ぎ目が覚める。
 蒸し暑い。
 全身汗びっしょり。
 エアコンをピッとスイッチ・オンにしてしまう。
 
 結婚式が行われる神社まで5分足らず。
 早く来すぎたかな。
 ほどなく袴姿のKが現れる。
 ほほぉー、まるで七五三やな。
 おもわずにやりと笑ってしまう。
 三々五々、欧米人諸子があらわれる。
 みんな手に手に大きなデジカメを手にしてるし。

 ほどなく着物姿の花嫁も現れ、華やかな雰囲気となる。
 10時過ぎ、神前の結婚式始まる。
 いやはや、奇妙な式だな。
 神主もこれだけ青い目が多いと気苦労もするのは当然。
 式は30分ほどで終了。
 で、またまた華やいだ雰囲気の中で記念撮影会なり。

 ここでいったん散会。
 ビュンと帰宅し、仮眠なり。

 と、アマゾンから『裁判官のかたち』が届いてた。
 パラパラ開く。
 著者の毛利甚八さんは、ビッグコミック『家裁の人』の原作者である。
 う、著書に『宮本常一を歩く上・下』がある。
 偶然か?

 17時、結婚式パーティーへ向かう。
 これまた近くだ。
 ちょいと時間は押しつつ、乾杯と食事会へと式次第は続く。
 テーブル席は米国の新聞社のカメラマン4人と日本人男性2人。
 なにやら共通の話題づくりがぎこちない?

 DSC_4400.jpg
  ケーキカットはなかったが、ウエディングケーキにかじりつこうと
 するパフォーマンスをする2人であった。
 
 20時過ぎ、次の予定のため中座する。
 あ、雨が降ってきた。
 服を着替えてビュンと駅まで。
 
 ああ、予定がいっぱい。

おお、再会。

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 朝6時過ぎから活動開始。

 大型本の写真撮影作業。
 汗だく。

 17時過ぎ、ビュンと出動。
 隣町へ。
 結婚式のパーティーに参加。
 
 米国から一時帰国のドンと久しぶりに、おお再会!
 いよいよか。
 仕事を辞めて、フリーとなり、また新天地で新生活か。
 ほぉほぉという感じ。

 で、米国から、英国から、遠くは西アフリカから結婚式パーティーに
 参加者がある。
 40人弱のうち、日本の人は10人ほど。
 国際色豊かだわ(写真をアップできないのが残念)
 
 え、YさんはNESOPの卒業生?
 そのままニューヨークでおしごとですか。
 まあ、自分のことは棚に上げるけど、いろんな人がいるもんだ。

 23時前、おいとま。

 蒸し暑い。

 ウエブをチェックすると、オダジマンの縄(わな)にかかった
 ネトウヨたちが米欄を荒らしてた。
 ほんまひっかかりやすい輩たちだ。
 さて、オダジマンはどう対処するのか?
 ふむむ。

ヘタレの日

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 脱力の一日である。
 ヘタレている。
 ま、こんな日もあっていいか(最近、こんな日が増えている傾向では
 あるが)
 
 昼間はピーカンの青空。
 蒸し蒸し暑い。

 が、低空飛行ながら、なんとか机の前に坐って英文の企画所を書き
 始める。
 ペチペチペチペチペチ、と。

 昼:ブロッコリーにとろけるチーズをのせて、レンジでチン。
 夜:オクラの味噌汁、キャベツと豚肉の炒め物。

 

 『朝日新聞』の朝刊を読んでいたら、お、面白い記事を見つける。
 --------------------
 麻生政権を振り返って
 
 惨敗首相、責任を語る「意地」を

  麻生首相の最大のミスは、景気対策を推し進めることで、
 自民党から離れた世論が戻ると考えたことだろう。景気
 対策を望まぬ人はいないが、それを実行する政治に対する
 国民の不信はあまりにも強かった。

  「なぜオバマ(米大統領)は支持されて、オレはそうで
 ないんだ」。首相は周囲にこう嘆いたことがある。景気刺激
 のための財政出動という同種の政策なのに、支持率は極端に
 違った。国民に信用されない政権の政策は信頼されないという
 単純な事実に思いが至らなかったのではないか。

 (中略)

  首相は「総裁としての責任を強く感じている」とは語る
 ものの、どこかひとごとのような印象を受ける。自民党を
 歴史的な惨敗に導いた指導者として、自らの責任をもっと
 明確に語るべきではないか。首相の好きな言葉に「意地と
 度胸とやせ我慢」がある。解党的出直しを迫られる「野党
 自民党」の再生につながるような、「意地」を見せて欲し
 かった。

 (山浦一人)
 --------------------
 
 ちょいと週刊誌っぽい記事だが、なかなか当たっているのでは
 ないか。
 指導力のない人が、選挙を経ないで権力の座に登り詰めたなれの
 果てといおうか。
 そういう人を担ぎ上げて由とした、自民党の体質なんだな。

 そいや、経済が上向けば、国民の信頼を得ることが出来るという発想は
 
あまりにの人びとの意識を低く見すぎである。
 
 今回の選挙の結果を受けて、「反貧困ネットワーク」が
 「声明」を出した(2009年8月30日)。
 
http://www.k5.dion.ne.jp/~hinky/090830seimei.html
 
 (抜粋)
 --------------------
 「経済成長さえすれば、人々の暮らしは楽になる」――この約束は、
 90年代からの「雇用なき景気回復」、低下し続ける労働分配率、
 高騰し続ける社会保険料等々によって、事実として果たされなかった。
 もはや、経済成長率と暮らしの安心度数は独立した変数である。
 もう誰も、経済成長が十分条件であるかのような幻想には騙されない。
 --------------------

 まさにそうであろう。

 これだけ人びとの生活が多様化し、中央国家の財政が逼迫して
 いる中、無理をして経済指標をメインにして声を上げても、まったく
 説得力のない中味となる。

 ま、確かに今の日本の経済はぼろぼろで、誰もが先行きに不安を
 感じ、何とかしてくれという情況である。

 ま、我が身を振り返ってみても、自らの生活は、スレスレどころか、
 すでに沈没が始まっているのにこんなお惚けブログを書いている
 (てか、他に何もできないし)
 
 で、なぜか、国内向きの議論ばかりが先行しているのがとても気に
 かかる。

 それだから、この大不況の嵐の中、主に海外に目を向けている自分の
 仕事の役割ってなんだろうと考えざるを得ない。

 だからこそ、ま、「意地」でもって、あまり目を向けられない海外事情に
 取り組み続けることしかできんのやね。

 想像以上の「民意」を得た民主党が、これから取り組む政策は、民意を
 得たからといって必ずしも正しくない。多数派だからこそ間違っている
 こともある。

 なにがおかしくて間違っているのか、ちょっと離れた所からその情況を
 指摘することができる可能性として、海外事情に通じているのも、また
 ありかな。
 
 ふむ。

 大学図書館に本を返しに行って、そのまま継続貸し出しの手続きを
 受ける。
 次は、24日が返却日だ。
 
 スーパーに行って、食料の買い出し。
 とりあえずお米を確保。

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