ちょいと海を越えてます。
が、こうやって、ブログを更新しているし・・・。
ほんま、このネット時代、仕事からは逃れられない。
はたしてコミュニケーションの便利さは人間を豊かに、幸せに
しているのか。
ま、家を出る時に、鞄にラップトップパソコンを入れていること自体、
ある程度覚悟してたんだが、ね。
ふむむ。
1時に寝入って、6時起床。
ちょいと肌寒い。
うとうと。
新聞に目を通し、タマゴを焼いて、ご飯にのせる。
ジャガイモの味噌汁・・・作っているヒマ無し。
ぱくぱく。
たまった連絡業務・お礼メールなど、ヘルシンキ土産のブルーベリーを
食べながら(手が紫色になった)、キーボードを叩く。
台風一過の良い天気になりそうだ。
洗濯日和。
ほどなく、ゲラ届く。
あわてずしっかりチェックの態勢をとろう。
アマゾン経由で、〝m-bookstore〟から本が届く。
素晴らしい梱包だ。
キッチリしている。
同じ時期、別の所に頼んだ本は、ちょいとしょぼい包装であったため、
余計にそう感じるんだ。
と、
普段はラジオを聞きながら仕事をしてるんだが、時々、ラジオで
メイン番組がコマーシャルに切り替わって、気になることがある。
コマーシャルの中で電話の呼び出し音をBGMに使っていることだ。
電話の音が聞こえると、ふと、気になって手を止めてしまう。
ここまでして聴取者の気を引こうとするのか。
やり過ぎだと思う。
そういうコマーシャルを流している製品は買わないようにしている。
(CMになって、急に音が大きくなるところとか)
たまったルーティーンにキャッチアップしていたら、あ、
もう午後だ。
午後からもキーボード叩き。
個人として情報発信の大切さを感じているのだが、そのやり方を
ずっと試行錯誤している。
もちろんインターネットを使ってなのだが、〝コレッ〟っていう
ぴったりとするのがないのだ。
今はコツコツとデータの整理に取り組むのみか。
ふむ。
と、消失していたと思っていた原一男監督とのツーショット写真が
出て来た。

万一のことを考えてラップトップに保存していたのだ。
やっぱりデータの保存は気がついたときにしておくのだな。
うん。
ジャガイモ味噌汁を作る。
テクテク散歩。
空気がヒンヤリ。
でも、必死で歩いていたら、やっぱり汗かきますし。
ナスビカレーを作る。
ちょいとシーチキンを添えたりして。
19時前、今日の仕事は終わり。
『嗤う伊右衛門』を見る。
う~ん、時代劇の舞台設定は良く出ていると思う。
ストーリーと役柄だけか。
蜷川さんだし、ま、由とできる映画かな。
22時前、就寝。
適度にふかふかで、心地よいベッドで熟睡する。
さすが、ゴージャスホテルだわい。
しばし、そのままでウトウト。
しゃっきりシャワーを浴びて、11時ちょうどチェックアウト。
JR品川から京浜急行本線に初めて乗る。
地下鉄を、乗り換え乗り換えで、早めに待ち合わせ場所に到着。
電話連絡─Mさん、Mさん、Nさんなど。
と、Mさんから、本気であの話を進めませんか、と。
う~ん、と詰まる。
ロビーでコーヒーを飲んで、ちょいとひと息。
おいしいコーヒーは、ホント美味しい(って、トー然か)
台風20号の影響で雨が強くなる。
ほどなく3名氏と合流。
雨の中、テクテク歩いて韓国食堂へ。
ビビンバ定食をご馳走になる。
近況交換、ビルマ情報などをぐっちゃら。
河岸を変えてロビー喫茶でグッチャラ続く。
今時の新聞(社)事情などなど。
記者職は、世代間に「間」がありすぎ、とか。
デスク氏は、上の世代のご本人を目の前に、
「(このひとたちは)逃げ切り世代」などと、いうてはるし。
ま、こういう風通しの良さはええなあ、と。
14時、散会。
ごっTZあんです。
引き続き、出版部門のMさんと再会。
もともとはバンコクでお会いしましたし。
ちかくのバーガー屋で近況交換など、と別件のお話。
ほどなく社にもどり、ちょいとお話して、散会。
雨が激しくなる。
次はX省担当で働く若手世代のホープ氏と密会。
やっぱりビルマ話で盛り上がる。
事情が分かっている人とは、うんうんと頷きながら話ができるもんだ。
うんうん。
1時間ほどで散会。
ごっTzあんです。
新幹線で関西戻り。
車中、パキ人5人が騒ぎすぎ。
が、そのうるささに負けずに『希望の声』を読み続ける。
(以下、ウエブ用に読み易いように、勝手に改行)
--------------------
アウンサンスーチー
人々に理解してもらいたいことは、戦いが自分たちに関するもので
あるということです。
民主主義はなんたがたの仕事と子どもの教育に関することです。
それは、あなたがたが住む家、食べる物のことです。それは隣の
村に住む親戚を訪問する前に誰かの許可を得なければならないか
どうかに関することです。
それは、あなたがたの作物を収穫し、自分の売りたい人に売ること
ができるかどうかに関することです。
戦いはそれらの日々の生活に関することです。
農民に、「民主主義とはよりよい投資規則に関することです」と
言っても無駄です。
それは彼にとって何の意味もありません。しかし、民主主義は
自分の播きたいものを播き、収穫時だと思うときに収穫し、誰で
あれもっともいい値を提供していると自分が考える人に売る権利を
その農民に保証することです。
それが民主主義です。
実業家にとって民主主義とは、国家機関によって支えられた健全な
商法をもつ制度のことです。彼は自分の権利について知っていて、
また何が許され何が許されないかをわきまえています。これらの
権利を侵害する人がいれば、どうやって自分を守ればよいかを知って
います。
学生にとって民主主義とは、いい学校で落ち着いて勉強できる権利、
ある大臣のおかしな性格についてたまたま友だちと笑っていたため、
連行されて牢獄に入れられない権利のことです。
民主主義とは自分の政治的な意見を友人と議論する権利、そして
大学構内の喫茶室に腰掛け、MI(軍情報部)が聞いていないか
どうか気にせず何でも話したいことを話す権利をもつことです。
チーマウンおじさんが拘留されていたとき、取り調べていたMI
の係官の一人が、「どうしてあなたは、NLDの党員になったのか」
と尋ねたそうです。すると彼は、「あなたのために」と答えました。
これが私たちの戦いの目的です。それは、みんなのいのちのためです。
それは、MI職員のいのちも含みます。
--------------------
最後の一段は、すごい、としかいいようがない。
「あなたのために」
か。
うむむ。
唸っていたら、小雨降る駅に着いた。
M-CPでウドンとピーナツを買って帰る。
ちょぼっと疲れた。
23時半前、ちょいとお疲れ気味に帰宅となる。
明日から、先週に引き続き遠出の予定。
で、寝る前に、ファイルの整理とパワーポイントの整理。
3時前、寝入る。
7時過ぎ起きる。
ちょいとウトウト、
お風呂に入って頭をすっきり。
9時過ぎ、ビュンと出動。
車中、『希望の声 増補版』を読み続ける。
この本の主人公の、人となりがわかって、面白い。
12時半過ぎ、東京着。
移動。
あらかじめ、腹ごしらえを終えておく。
13時過ぎ、写真展会場入り。
で、ちらほら、皆様方にご挨拶。
と、プロジェクターとラップトップを繋ぐことができない。
うむむ。
アクロバット的は上映となる。
初めてだ・・・ヒヤヒヤ。
15時半過ぎ、しっかりと話し終える。
で、その後、ちらほら参加者と歓談とヘヴィーぐっちゃら。
ご挨拶と名刺交換。
ほぉ~っていう人も居てはるし。
ビルマの人も三々五々、グループごとに来場。
で、ほどほど。
19時過ぎ、その筋では有名な「とんき」へ。

ゴッTZあんです。
と、おぉ。
あのスポーツで超有名な女性が右斜め前のカウンターに
坐って、トンカツをぱくついている。
ほぉ。
やっぱりびっくりだ。
21時過ぎ、ホテルにチェックイン。
と、冷蔵庫空っぽで、7-11へ。
有線ランがつながらずアタフタ。
こんなに大きなホテルなのに・・・。
22時過ぎ、サポートセンターに連絡して
なんとかインターネットにつながる。
で、これを書いている。
2日連続の催し物は疲れたわい。
ふぅ。
昨日、一昨日のジャーナルのまとめは、明日だな。
「フォトジャーナリスト」 になりたいという人から問い合わせが
来ることがある。
また、「どうやったら、なれるのですか」との質問もある。
ひどい場合は、新聞社(出版社)の就職に失敗したからフリーで
やりたいというのもある。
・・・ 私はあえて、フリーの立場でこの仕事を続けているのを
理解していないようだ(ま、協調性がないから 勤め人は無理
というのもあるが)
以下、2004年2月14日付の「ジャーナル」に書いた日記を抜
粋して返事に代えたい。
------------------------------------------------------
別件で同じような内容の問い合わせが入っていた。
歴史は繰り返す(ちょっと大げさやな)というが、ほんまや。
ずいぶん前、この日記でも書いたと思う。
「簡単な問い合わせには応じません」、と。
「自分で実際に動いてみて、それでもうまくいかなかったら、
聞いてください」と書いたと思う。
で、またここで同じ返事をすることにしよう。
ウエブを読んでくれていると言うから、読んでくれるだろう。
そうです、あなたのことです、TSさん、Oさん。
フォトジャーナリストを目指している・ジャーナリストを目指し
ている。それは分かりました。でも、なぜ目指しているのか、
その動機すら書かないで、カメラや学校、発表方法、私の
職業的動機、果てはフィルムカメラとデジタルカメラの
どちらがいいですか?
それを問い合わせてくる。
それも、名前だけ書いて、全く自己紹介も何もナシで。
以前、「フリーになろうか、会社に勤めようか迷っている」
という 悩みを一方的に送りつけられたこともあります。
自分は具体的に動かずに、「どうしたらいいですか」と。
失敗せずに動こうという、果実だけを手に入れようと言う
安易な考え。
そういう問い合わせに、私がなぜ、答えなければならない
のか。
分からない。
そんな人が今後、ジャーナリストと名乗るのも怖い。
世の中、失敗した人だらけです。傷だらけの人が多いです。
そんな人びとを対象としようとするのに、自分だけスイスイと
世の中渡っていこうとする。
うがった見方をすると、ジャーナリストとは、誰かを利用して、
他人の不幸を利用して自己実現を目指すということもあり
得ます。
自分の生き方ばかりを考えていて、果たして他の人の苦痛や
苦悩をちゃんと伝えることが出来るのやろうか。
自分の取材や発表を優先して、もっとひどい場合には取材の
苦労話をメインにして仕事をする人もいるのが現実かな。
繰り返しになりますが、なぜ、この職業を目指すのか、
問い合わせの一文にそのヒントでもあれば、私は喜んで
返事をしたいと思います。
でも、全くそれが感じられない。
自分の聞きたい都合だけで、問い合わせてくる。
自分は匿名性の隠れ蓑(名前だけ告げて・・・)
まあ、私は、「来るの者拒まず、去る者追わず」ですから、
仕方ないですけど。
あと、自分より若い人(文面から推察するに)へ、自分が
経験したことを伝えるという責任がどこかにあると思うから、
こうやって書き綴りますけど・・・。
まあ、見知らぬ人にメールを出すのも「ある程度」は勇気は
要ります。しかし、もっと、問い合わせの内容とその方法を
考えてください。
もし、自分が見知らぬ人から、同じような内容のメールを
もらったとしたら、どうしますか。
「私は○○○になりたいです。つきましては、そのやり方を
おしえてください」と。
もしも、返事をもらおうと思ったら、相手を動かすような
問い合わせ(書き方)をしてください。
もし、本当にフォトジャーナリストになりたいなら、ニンゲンを
相手にする仕事をしようとするなら、もっと考えてください。
今、間違ってもあとで取り返しがつきます。その方がいい。
ジャーナリストが対象とする主題は、今後数十年は無くなること
ありません。間違って間違って、やっと30歳になってから
スタートをするのも悪くない(私は仕事として29歳スタートです)
50歳でも、60歳でもいい(まあ、若い方がいいけども)
本来なら、読み流す問い合わせですが、これからを期待して
答えたつもりです。
<こんな質問なら「まだ」答えようがあります。実際に動いて
いますからね。でも質問は、もっともっと具体的に。>
-------------------------------------------------------------
「先日、図書館(本屋)に行って、米国の写真学校関係
の本を探しました。でも、たくさんあって、どれを選
んだらいいのか分かりませんでした。とりあえず、何
冊か手に入れて、毎日目を通しています。どういう基
準で米国の学校を選びましたか。」
「人の写真を撮りたくて、毎日カメラを持ち歩いている
のですが、どうしても怖くて、人にカメラを向けるこ
とができません。どうしたらいいのですか。」
-------------------------------------------------------
まあ、そもそも、1回や2回、断られたからって引くようじゃあ、
この仕事、続けられない。
9時過ぎ、出動。
10時過ぎ、ジャーナリズムフェスタの会場に到着。
担当のG氏、Kセンセ、Kさんと簡単な打ち合わせ。
旧知の写真家、NGO関係者?、メディア関係者などとご挨拶。
午前中は、写真がメインのセッション。
うだうだと話す。
また青臭い?「志」などを語ってしまう。
昼食の休憩時に、ビルマに長期間住んでいた壮年の男性に
話しかけられる。
88年のデモのときも現地に居たとか。
ほぉ、である。
第3部では、ちょこっと壇上で顔出し。
19時の終了時、ビデオジャーナリスト、作家、編集者、
などなどと名刺交換。
ミーハーな私は、あの、『ゆきゆきて 神軍』の原一男監督と
ツーショット写真を撮ったのである。
(その夜、写真を転送しようとおもったら、うわ、SDカード
が〝異常〟とのメッセージ。大切なツーショットイメージが
パアになった。がっくり)
と、それとは別に、私にできることならと、いろいろと個別に
トーキングタイムなり。
早めにおいとまと思っていたが、そのまま打ち上げの居酒屋に
なだれ込んでしまう。
若手のフォトジャーナリストの國森さんと密談なり。
いやはや、フリーランスは大変ですよ、と。
がうがう。
22時半過ぎ、おいとま。
帰りの電車ではライターのNさんとぐっちゃら。
ちょいと疲れた。
が、明日の用意の再確認。
6時前、目が覚める。
う、何故だ。
朝刊を片手に・・・2度寝となった。
8時前、目が覚める。
今日も良い天気だ。
が、ちょっと冷える。
さすがに、今日は「霜降」なんだな。
毛布と敷き布団を干し、顔を洗って、いつもより丁寧にひげ剃り。
11時、写真撮影なり。
ちょいと特別の。
しかし真っ青な空だ。
撮影後、超美味のコーヒーを出す喫茶店で密会。
さて、動きますか・・・?
13時前、散会。
銀行→チケット屋へ。
図書館で、小熊英二『単一民族神話の起源』(新曜社、1995年)
管啓次郎『狼が連れだって走る月』(筑摩書房、1994年)を
ピックアップ。
遅れがちのビルマデータのアップ。
15時半過ぎ、新幹線の駅へ。
データ整理。
DVDで『野獣死すべし』を見る。
冗長な場面が多くて、しかも中だるみかな。
大藪春彦原作の映画化はホントに難しい。
小説はほとんど読破したけど。
『日本のいちばん長い日』『嗤う伊右衛門』などのDVDは
後日見よう。
22時過ぎ、寝入る。
=================
ジャーナリズムフェスタ2009
集まれ「独立系」表現者!
書くぞ 見るぞ 撮るぞ 話すぞ
http://daysjapan.jp/jf2009/
=================
日 時: 2009 年10 月24 日(土) 10:30 ~ 19:00(開場10:00)
会 場: 大阪市立住まい情報センター 3階ホール 場所詳細
大阪市北区天神橋筋6 丁目4-20
・地下鉄「天神橋筋六丁目」駅下車3号出口より連絡
・JR 環状線「天満」駅から北へ徒歩7分
定 員: 300 名
参加協力費: 一般1,000円、学生500円
入替えなし、入退場自由
はじまりは、出会いの場をつくること。
関西をはじめ、各地で活動されているジャーナリストや出版人には
どのような方がおられるのか。そしてどのように活動しておられるのか。
お互いが出会い、新しい表現やコミュニケーションのあり方を話し合う
きっかけをづくりが、ジャーナリズムフェスタ2009 です。
非東京・独立系として活躍しているジャーナリストや出版人の方に
お集まりいただき、写真、映像、出版、国際報道をテーマに独立系が
行う表現と発信のこれからについて、その作品と共に話し合います。
表現者、ジャーナリストを目指す方やジャーナリズムに意見のある方の
ご参加をお待ちしています。
「ジャーナリズムフェスタ2009」 詳細はこちらへ
● プログラム(9 月25 日現在)
都合により変更する場合がありますのでご了承ください。
(1) 11:00-12:30
写真で表現する 「写真は終わった? VS今こそ写真だ」
小林正典( フォトジャーナリスト)[ 予定]
国森康弘( フォトジャーナリスト)
宇田有三( フォトジャーナリスト)
北田研索(宝塚造形芸術大学教授)
(2) 13:10-15:10
「東京一極集中を撃つ 関西独立系ジャーナリズムの復権」
原一男( 映画監督/ 大阪シネマ塾)
杉本真一( 関西テレビ)
江弘毅(元ミーツ編集長、編集集団140b総監督)
石丸次郎( アジアプレス)
(3) 15:20-16:50
ドキュメンタリーとビデオジャーナリズム 国際報道
玉本英子( アジアプレス)
西谷文和( ジャーナリスト)
武田倫和( ドキュメンタリー監督)
石丸次郎( アジアプレス)
(4) 17:00-18:30
東京以外の場で書く、本を作る
後藤正治( ノンフィクション作家)
粟野仁雄( ノンフィクションライター)
栗原佳子( ジャーナリスト/ 新聞うずみ火)
柳原一徳( ジャーナリスト/ みずのわ出版)
(5) 18:30-19:00
総括~大交流会ー次のステップに向けて~
● 集まれ「独立系」表現者!
「滑稽新聞」や「大阪朝日」「大阪毎日」の時代まで遡らなくとも、
戦後長く、関西は日本の情報発信の拠点のひとつでありました。
多くの個性豊かで力のあるライター、作家、写真家、映画人、出版人、
ジャーナリストたちが、日本全国に向け、世界に向けて独自の表現・
発信の活動を続けてきました。
しかし、現状はどうでしょう? 東京一極集中は留まることなく進み、
東京のメディアばかりが肥大化し、関西はじめ地方の情報を創る力、
発信する力はどんどん低下していきました。社会を見つめる「眼」が
複眼・多眼であることで、世界には光の当たらない陰影があり、凹凸
していることが見えてきます。
複数の視点があることで、人々は世の中が多様であること、異なる
価値観が尊重されなければならないことを知ります。しかし現実には、
日本国内で流通する情報の多くが「東京圏に住む者が、東京圏に住む
者の感覚や価値判断で生産し、東京圏のメディアを通じて発信」される
ようになってしまいました。
残念ながら、日本から多くの「眼」が失われてしまっています。
また、このように情報発信の中央集権化、マスメディアの肥大化が
進んだことで、権力を見張るというジャーナリズム本来の役割も弱く
なってしまいました。
そして今、マスメディア自体の衰退が急速に進んでいます。
ジャーナリズムの更なる劣化・弱体化が心配です。これは権力の不正
腐敗を増長させ、排外主義が跋扈する危険が増し、少数者の声が
かき消され、格差が広がり、真実が軽視されるということです。
それは、民主主義の形骸化とファシズムの芽生えに警鐘を鳴らす力が
弱くなってしまうことを意味します。
現在がそんな時代であるからこそ、「東京に非ず、東京に在らず、
マスメディアに属さない」表現者、ジャーナリストたち(ここでは
「独立系」と称します)の果たすべき役割は、ますます重要性を増して
いくはずです。
歴史の闇の中に埋もれたままの事象に光を当て、「無告の民」を
訪ねて口元にそっと耳を傾ける、こんな困難な仕事に「独立系」は
ずっと挑んできました。また、マスメディアのジャーナリストたちと
切磋琢磨、協力連帯し、また時には堕落しないように励まし応援する
役割もしてきました。
マスメディアの衰退とジャーナリズムの危機が進行する今こそ、
私たち非東京の「独立系」は一歩踏ん張って表現と発信を続けて
いかねばなりません。「独立系」であることの強みと利点を生かし、
もっとしなやかに、もっとしたたかに生き抜いていかねばなりません。
ジャーナリズムフェスタ2009は呼びかけの場です。
誰が、どこで、どんな活動をしているのかを知る、出会いの場に
しませんか。
互いに結びついたり、議論をしたり、また新しい表現・発信のあり方、
協働の可能性を模索したりするきっかけを作るために集まりませんか。
この場が、若い才能と志が「独立系」に集う良き催合いとなることを
願ってやみません。
ジャーナリズムフェスタ2009 実行委員会
●ジャーナリスト・イエローページ掲載者大募集
ジャーナリズムを考える新しいネットワークのための
「ジャーナリスト・イエローページ」
-----------------------------------------------
主 催:ジャーナリズムフェスタ2009 実行委員会
協 賛:アジアプレス・インターナショナル、
自由ジャーナリストクラブ、
DAYS JAPAN 関西サポーターズクラブ
後 援:ジャーナリスト・ネット、新聞うずみ火
協 力:市民社会フォーラム
-----------------------------------------------
お問合せ : アジアプレス大阪事務所
Tel(06) 6373-2444
e-mail jf2009@daysjapan.jp
http://daysjapan.jp/jf2009/
------------------------------------------------
7時前起床。
フリーランスは規則正しい生活が大切だ(自己鍛錬)
って、
いつまで続くことやら。
で、疲れがたまってちょいとしんどいのも正直な話でもある。
もしかして、ウツ?って思う。
が、ラジオを聴いていたら、ウツの前兆として「眠れない日が
2~3週間ほど続く」って言っていた。
が、深い眠りの私は的外れ、か。
それに3食美味しく食べることできるし。
ただの疲労か。
ちぇっ。
またもや間違い電話が増えている。
いよいよ携帯にまで来る。
で、いきなり切らずに、「間違いました、スイマセン」ってのひと言を
言えないもんか。
ったく。
連絡業務に精を出す。
ビルマ情報のダウンとアップ。
危ない危ない。
別冊太陽 日本のこころ148『宮本常一』の書き抜きを始める。
お、戸田昌子さんが「宮本写真をどう読むか」っていう一文を
寄せている。
おお、そこで「写真民俗誌」って言っている。
やっぱり同じような考え方をしている人がいたんだ。
ちょいとネットで検索。
「写真民俗誌」に関して、分かりやすい解説をしている。
そうか、そうなんだな、と。
--------------------
宮本の写真は、一点一点練り上げられたものではないが、
そこには非常にデジタル的な時間性が刻印されている。それは、
「ある日ある時」とか、・・・といった曖昧なものではなく、
何年何月何日何時何分というような確実な時間性である。
そしてそのことによって、その写真に写された「何か」は、
確実に失われたものとしてわたしのまなざしのなかに立ち現れる。
なぜならば、そこにある「それ」は、わたしのまなざしのなかに
あるのではなく、宮本のまなざしのなかにあったものだからである。
・・・・・。生きている雑草の種類や生え方、そして天候の特徴に
ついてまで、見る人が見ればそれは情報の宝庫となる。
しかし、それが、写真から読み取られるべくして待たれている。
未知の情報としてあるのではなく、それが理解され、そのように
見られたものとして撮影されていることが、写真に確かな手触りを
与えているのである。
PP.120-121
--------------------
偶然だ。
実は、今書いている本の後半に、自分でもこんなことを書いている。
--------------------
一瞬を写す一枚の写真は、小さな力かも知れない。だが、写真複製が
簡単なデジタル時代にあって、ビルマのある地域の何年何月何日に
撮影したという時代の刻印を含んだ写真は、そこに写し込まれた画像の
意味を容易に複製をすることはできない。そしてそれらの写真の中に
ビルマの人びとの暮らしのかけがえのなさを少しでも含んでいたなら、
写真を見る人の心を動かすであろう。私はそう信じたい。それこそが、
わたしがビルマで写真を撮り続ける理由である。
--------------------
ちょいとちがうが、似ているようでもある。
この違いは、戸田さんは評論家(?)であり、私は実際の撮し手
(取材者)だからかもしれない。
全体的に、またなかなか考えさせる評論でもある。
うん。
休憩して、毛利甚八『宮本常一を歩く』(小学館)を書き抜きする。
こうやって、身体を使って(指だけど)あらためて入力作業に入ると
一読したよりも、おもしろい箇所があるのに気付く。
--------------------
宮本にとっては貧しさは不条理そのものだったからだ。
不条理と対決して勝つことはできない。とすれば不条理を耐えて、
生きぬいてきた方法論とスタンスを観照すること、そしてその生き方が
無価値でないことを証明すること。それ以外に道は残っていない。
--------------------
不条理な社会の下でも、ただひたすら耐えながらも、時には笑って
生きぬく人びとの生活を、尋ね歩いて撮影する。
それしかないか・・・。
大変だけど。
「足利事件」の再審初公判が始まった。
県警本部長、検事正も公の場で、菅家さんに謝罪した。
だが、裁判所(裁判官)だけはまだ、なんのリアクションを起こして
いない。
もしかしたら、この再審の最後に、裁判所が謝るかも知れない。
「徳島ラジオ商殺し事件」を取材した斎藤茂男さんはこう指摘している。
--------------------
国家犯罪の"犯人"たちの罪業はこうしていくらかは明るみに出された。
だが、検察官にせよ、裁判官にせよ、だれひとりみずから責任をとろうと
したひとはいなかった。
(P.231、『われの言葉は火と狂い』築地書店、1990年)
--------------------
しかし、時代は変わったのだろうか。
警察・検察は責任はとらないが、謝罪はした。
が、裁判官は、時代が変わっても口をつぐんだままである。
うとうと。
今夜も大根とカレーなり。
ごろんとなって、本棚から、その昔発行されていた『アジア通信』
ってのを読み出す。
なかなか興味深い。
その昔のアジアとその報道の背景が分かるような。
1988年春号(NO.3)でビルマの為替レートを見ると、
1チャット(公定) 18.00円
(闇レート) 5.00円
とある。
現在のレートは、1ドルが90円として、
1チャット(公定) 15円
(実質レート) 0.09円(=9分っていうことか)
昨日「国境なき記者団」が〝Press Freedom Index 2009〟
(報道自由度指数?)ってのを発表した。
http://www.rsf.org/en-classement1003-2009.html
去年に比べて対象国が4ヶ国増えている。
175ヶ国下位は相変わらずの常連さんだ。
イランが下から4つ目に入ってビルマを押しのけたのは、
ここ最近の各関連の、ちょいと政治的な意図かな?
--------------------
170 Cuba 94,00
171 Burma 102,67
172 Iran 104,14
173 Turkmenistan 107,00
174 North Korea 112,50
175 Eritrea 115,50
--------------------
しかし、エリトリアってのはどんなんだ?
行って現場を見てみたくなる(おいおい)
23時頃、寝入る。
水かけ祭り(ティンジャン/ダジャン)の日。
顔は見えずとも、ずぶ濡れにされるのを覚悟が
みなぎってます。
女の子たちは、それぞれ〝今風〟に着飾ります。
もちろん、水をかけられても大丈夫な出で立ちで。
ジーンズ、スニーカーにも、〝いざ、出陣〟っていう
緊張がみなぎってます(大袈裟?)
タメイン(女性用ロンジー<男性用はパソウという>)
ではない格好が流行なんだな。
3時半過ぎ、新聞の〝コトン〟という音で目が覚める。
ん?
ま、読もうか。
コーヒーを片手に目を通して、また寝入る。
7時前、目が覚める。
曇り空だな。
足の裏、まだまだジンジン痛いやん。
ヤワになったもんだ。
チーズトーストとコーヒー片手に机の前に座る。
ゲラのチェックを続ける。
カリカリカリ。
こういう時は、ペン先の滑りの良いボールペンが欲しいもんだ。
最近のボールペンは当たり外れが激しいし。
んでも、液晶画面ではなく紙の文字だから読み易い。
歪んだ眼鏡に頼らなくてもいいし。
昼は、大根とカレーを喰らう。
新聞を読むと、心中関連の記事が。
あ、ちょうど、オダジマンが最新コラムを書いていた。
--------------------
「家族的経営」と「心中」したがる私たち
--------------------
っていう感じで。
このリズムだな、うん。
午後もゲラ修正。
で、ちょいと根を詰めすぎだ。
テクテクと散歩へ。
いつも通り早歩き。
図書館で別冊太陽 日本のこころ148『宮本常一』(平凡社)を
借りる。
Tヤに立ち寄るがめぼしいタイトルなし。
早足でテクテク歩く。
さすがに暖かい秋の陽射しで汗をかく。
八百屋で5個150円のナスビを買って帰る。
爽やかな秋の日だなあ。
毎日がこんな日だったら、気持良くなって、人間終わりソ。
今日は散歩のルートを変えて帰宅。
汗かいたわ。
ゲラの修正終わり。
ホッとする間もなく、東京より電話あり。
そ、ですね、と。
茄子カレーを作って、ごろり。
今日、借りたばかりの『宮本常一』を読了。
う~ん、物足りなし。
やっぱり、大著・分厚すぎる『宮本常一 写真・日記集成 』を
読んでしまったからだろうか(きっと)
22時過ぎ、就寝。
さすがに疲れた。
日本国内の宿泊を伴う移動は、ホント慣れないもんな。
んでも、6時半過ぎ目が覚める。
曇りのち晴れ。
さて、布団を干したものかどうか。
ふむ。
とりあえず、敷布団だけ。
ご飯もパンもない。
う~ん、困った。
慌てて、急速炊飯でご飯を炊く。
その間に、麺をゆがく。
大根を炊く。
足の裏が痛い。
ピリピリと痺れている。
この数日、慣れない革靴で歩きすぎたせいだろうか。
新聞にツラツラ目を通す。
たまった連絡業務をペチペチ。
東京の大学生から、写真の使用についての問い合わせが入っている。
ただ単に「写真を使わせてください」というだけでなく、その理由を
これだけキチンと書いて来る人は、まあ間違いないだろう。
それに、問題のない使用対象だし。
頑張ってください。
ひと息ついて、一気に【あとがき】に手を入れる。
ちょい冷やそう。
キャベツ焼きにタマゴを落とす。
10時過ぎ、出動。
ガソリンスタンド→クリーニング→牛乳パック・ペットボトルリサイクル→
郵便局で不在時のブツをピックアップ→不在者投票・市会議員補欠選挙投票→図書館(あ、月曜日は休みだった)→スーパーX2。
一気に用事を片付ける。
昼過ぎ、ちょいとゴロリ。
編集部へ原稿を送る。
本体原稿の修正をする気力が出ない。
困ったなあ。
で、別立てウエブの内容を更新する。
ビーバー氏からコラムをもらってたんだ。
ペチペチペチペチペチと(他の人から見たら理解できない余分な)
仕事に精を出す。
焼売と朝から煮込んだ大根を喰らう。
野菜不足を解消せねば。
身体の疲れが取れず、その上、歪んだ眼鏡を直していたら余計に
おかしくなったみたいで、眼鏡をかけていると頭痛がしだした。
バッファリンを飲んで、寝る準備。
あ、お腹が空いていると思ったら夕飯食べてないやん。
チキンカレーを作る。
ジャガイモを剥いている時に、ほぉわ~んと土の匂いが鼻腔の奥に
漂ってきた。
う~ん、いい匂い。
さ、寝よう。
あ、まだ21時前だ。
う~ん、昨夜はお馬鹿なテレビを見て、夜更かしだったのに。
7時過ぎ、目が覚めてしまった( ウツラウツラしていたら、〝ベキッ〟
というクラッシュ音。身体で眼鏡をつぶしていた・・・号泣 )
で、またまた朝からお馬鹿な番組を見てしまう(朝から政治かよ)
シャワーを浴びて頭をすっきりさせる。
11時チェックアウト。
さて、中途半端な時間だな?
で、ぐっちゃらとアドバイスを求める。
じゃあ、靖国神社に行こうかな、と。
地下鉄を調べてもらうと、う~ん、「九段下」か。
移動の順番が悪いなあ。
で、早めにアポの場所に向かう。
がらんとして広々としたロビーでゲラ原稿に手を入れる。
やっぱり写真が入ると、もうそこまで、っていう感じ。
14時前、担当の編集委員氏と面会する。
現状を話し合い、こんな感じです、と。
それではこういう感じで、と話が進む。
約1時間半でおいとま。
地下鉄を乗り換え、やって来ました。
靖国神社まで。
実は、来たことなかったんだな。
暖かい日曜日の夕方。
時間の流れが止まっている感じ。
歩く人もちらほら。
旗を揚げている人もほとんどいない。
遊就舘に入る時間はなかったけど。
で、夕陽を浴び始めた門をくぐって、帰ります。
16時半、神田駅で密会。
ビルマ関係を中心にぐっちゃら。
では、集会がんばってください。
17時過ぎ、知り合いのジャーナリスト氏と再会。
お久しぶり-、ですと。
ああ、雰囲気変わりましたね。
自分ではそれほど意識していなかった時間の流れを、
改めて確認させられる。
ホントは意識しない自分を意識しなければいけないんだけど。
駅前の喫茶店ドトオルでぐっちゃら。
で、ひょんなことから議論となってしまう。
おお、まさかこんな展開になってしまうとは。
驚き。
ああ、久しぶりなのに、こんな真面目な話をするだけでは
もったいないと思いつつ・・・。
でも、キチンと仕事をしている友人との議論は有益なんだな。
自分の思考や行動を検証する良い機会になるんだから。
次回はこれを反省して、議論にならぬように(笑)
19時過ぎ、散会。
急ぎ東京駅へ。
新幹線の中で橋本治『「わからない」という方法』(集英社新書)
をバリバリ読む。
橋本さんは説明してくれている。
--------------------
私は、なんでそんな「発見」ができるのか?
--------------------
を説明してくれようとしている。
この人の発想のやり方を教えてくれるのだ。
(絶対にストレートではないけど)
で、やっぱり身体性か。
で、読了。
最後のページに赤ペンで「自分で自分の基準を作ること」と書き込む。
23時半前、帰宅。
ふぅ。
ホテルの目覚めは、
う、
いつもながら、空気が乾燥しちまっている。
ノドがカラカラだ。
シャワーを浴びてしゃっきり。
早めに出動。
とりあえず最寄り駅まで早めに到着。
駅前のファーストフードで遅い朝食。
さてと、と思ったら、
あ、駅の反対側に出てましたわ。
てくてく歩いてTK大へ。
予定通り、担当のセンセとご挨拶。
11時40分、時間通り講義開始。
いつも通り、時間をフルに使ってびっしり話をする。
今日はいつもと違って、ビルマ話よりも、人生訓などを語って
しまう。
「志(こころざし)」ですよ、などど。
最近、ほとんど語らなくなった言葉だな・・・。
ふむ。
ちょいと青い話などを。
講義が終わって、ソッコーで感想文のコピーを用意してもらう。
おお、早い。
なかなかしっかり書いている人もちらほら。
--------------------
一様に「日本のスタンスが正しく、ミャンマーもそうすべき」とは
思いませんが・・・
--------------------
紛争やデモが起こった時だけ報道するのではなく、普段からその国
の様子、文化をしっていなければ・・・
--------------------
などと、私の話の行間を聞き取ってくれている人もいた。
また、こんな質問もありました。
--------------------
ストリートチルドレンにパンをあげたと言う話がありましたが、
そう言う人達にものをあげることはボランティアの人は、よくないと
言っていました。しゅざいのためならそういうことは、OKなんですか
--------------------
ただ単に話を聞くだけではなく、話を聞いて疑問を持つ。
そういうのは大切ですね。
で、このストリートチルドレンの件は、子どもにパンをあげたのは、
取材のためではなく、目の前にお腹をすかしている子どもがいるから
出た行動です。
また、私の数少ない友人の写真家と連絡をとったという学生さんも
いて、ちょっとおどろき。
その他、驚きのコメントなどもあり。
うん。
ソッコーで新宿にもどる。
一息ついて、池袋へ。
久方ぶりにKMさんと再会。
ひそひそと裏話をぐっちゃら。
で、真面目な研究話も。
いろいろとそれぞれの立場で頑張ってます。
ビュンと対角線上の移動。
あ、久しぶりだと思ったら、あ、そうじゃなかった。
いろいろと・・・。
むむむ。
なかなか深い話です。
新聞社の社内の人がより悲観的ですかぁ。
で、話は一転。
いやいや、そちらの話は苦手です。
で、次。
ゆっくり話を、と思ったら、あ、外報部は今からニュースが
入ってくるのですね。
いや、じゃあ、来週にでも。
地下鉄に乗ってたら知らぬ間にうたた寝だ。
目が覚めたら降車駅を乗り過ごしていました。
いやはや。
ちょっとした疲れは、普段とはことなる異装のせいか。
ふむ。
3時過ぎ目が覚めてしまう。
データを整理。
10時過ぎ、ビュンと出動。
あ、早く着きすぎた。
新大阪で乗り換え、午後遅く、東京着。
いそいそと週刊誌の編集部へ。
長年の担当してもらっている◎氏とぐっちゃら。
そういうことなんです。
さ、次だ。
出版社へ。
今日はみなさんとご挨拶。
で、そろそろ単行本のラストスパート。
ゲラに写真が入ると、もうそこまで、っていう感じ。
最後の細かいところなどを詰める。
しかし、いつも一人で部屋に籠もっていると、なかなか考えが
広がらないものだ。たまには誰かと話をしながら仕事を進めるのも
良いものだな。
うん。
ちょいと疲れ気味になって次へ移動。
ヘロヘロ気味なり。
中央線で新宿に出る。
う、人が多い。
人混みの中で待ち合わせなり。
歌舞伎町近くは、いつもながらすごい人だ。
酔いそう。
で、ほどなく密会終了。
さ、早く、ホテルで休もう。
で、ホテルに泊まる特権(っていうのはおかしいが)で、
久しぶりにテレビ(民放)を見る。
が、その内容に唖然。
脳みそがピシピシと痺れるわ。
何も考えたくないときは、こんなテレビ番組を見るのも
悪くないのかもしれないが・・・。
が、そればっかりだと、ちょっと、くたくたになるわ。
いや、ほんま。
夜を徹して形式文書の仕上げに精を出す。
はふはふ。
こりゃ、ぎりぎりになった、速達で送らねば。
ひと息ついて、ざっと今日の講義内容を確認して、ビュンと出動。
駅までテクテク歩く。
乗り継ぎの電車で偶然、担当のセンセと合流。
バスで大学まで。
10時半着。
大学前の郵便局で、切手をベタベタ貼った速達を出す。
ギリギリ間に合うかな(あって欲しい)
11時半から講義を始める。
世界の捉え方からビルマの難民の状況まで、一気に話す。
で、真面目な学生諸氏、食い入ってる。
笑いがない講義ってのも、これは久しぶり。
関西人としては、ちょいと反省せねば。
昼食は大学内のレストラン・ポプラで担当センセ+Kセンセと
ご一緒になる。
しかし、いろいろな場面で重なるな、(重なりすぎる)Kセンセとは。
相変わらず宇宙人のようなお人。
近況を交換しつつ、ぐっちゃら。
15時、散会。
ビュンと帰宅する。
と、こういう時に限って、宅配・郵便の不在票がぺらりぺらり。
あ、飛脚さんが本を2冊届けてくれた。
あれま。
18時、元町の独系レストランでMセンセと再会。
お久しぶり。
程なくLセンセも合流。
いやあ、お二人とも大センセになりましたね、と。
いはやは、貫禄出てますよ、と。
社会学のMセンセと話をしていると、やっぱり頭がこんがらがって
きますわい。
で、喰えや食えやの、ごっTZあんです。
こういうサポートがあるからフリーランスは生き残っていける。
うん。
22時過ぎ、ビュンと帰宅。
もう晩秋っていう空気の冷たさよ。
そろそろ行動の時ですね(啓蟄とは反対だな、うん)
6時過ぎ目が覚める。
夜間、しっかりと寝たのは、ここ久方ぶりである。
朝からカレーを喰らってパワー全開となる。
お腹いっぱいになり、新聞に目を通して、連絡業務に精を出す。
ひと息ついて、申請書に取りかかる。
締め切り日を間違えていたから、ちょいと焦り気味。
ペチペチペチペチペチ。
短くまとめるのは、苦手である。
どうも行ったり来たり。
天気が悪いといっていたが、ほどほど。
昼はチーズトーストとアイスコーヒー。
気分を変えて、【あとがき】にとりかかる。
こちらもペチペチペチペチペチとドライブをかける。
文字数?
あ、とりあえず書こう。
夕方、ちょいと息切れ。
仮眠を取る。
カイワレカレー(何やねん、これは)を喰らう。
気合いを入れ直して、さ、やろう。
今から2年前、とあるバスターミナルでビルマ国軍兵士と
一緒になった。
若い彼は(30代半ばくらい)私に自分の身分証明書を見せて、
「ほら、オレはもう Bo(将校) なんだよ」と自慢げだった。
そんな彼にちょっと聞いてみた。
「ねえ、そのかっちょいい帽子、売ってくれない」と。
彼は一瞬ひるんだ。
「だめだめ。そんなことをしたら、私は刑務所行きだよ」
追い打ちをかけた。
「じゃあ、一緒に記念撮影をしよう」
彼は一瞬考えた。
「う~ん、でも・・・」
さらに。
「じゃあ、その帽子、貸してもらえない。それを被ってみたいんだ」
で、ちょいと拝借。
一人で記念撮影。
ちょっと悪ふざけが過ぎたかな。
反省。
深夜から朝まで、毛利甚八『宮本常一を歩く』(上下)を一気に読了。
ちょっとぎこちない語り口と文章が連なる感じがする。
前回読んだ、『裁判官のかたち』(現代人文社)がとてもすっきり
ストンと読めたので、その差が際立っていたようだ。
毛利さんは、宮本氏の跡を追ってこの本を書いたようだ。
が、
私は、宮本氏が目を向けたその視線の先を目指したいものだ。
うん。
と、
この間、宮本氏の分厚い写真日誌を読んでいて気がついた。
〝「杉山のバアさん」と妻アサ子〟とキャプションのついた写真がある。
これである。

なんか気になるなあって思ってよく見たら、あっ、この写真だけ
カメラの絞りを開放して、イメージの背景がボケている。
宮本氏の写真は記録写真のため、まず間違いなく、そのほとんどは
カメラの絞りを絞って、背景までキチンと写り込んでいる。
が、この写真だけは違う。
数千枚の写真の一枚に特徴が出ている。
感情が入っているのである。
おそらくは、スキスキでたまらない妻アサ子への愛情であろうか。
ふむ。
朝6時過ぎ寝入る。
9時過ぎ起きる。
3時間ほどして目が覚めると、またもやピーカンカンの天気
カイワレとチーズのトーストを喰らう。
13時から15時まで仮眠なり。
下書きした追加原稿を読み直し、ペチペチペチペチペチと修正。
ふむふむ。
昼、分厚いサーモンをじゅうっと焼き、カイワレを添える。
官僚文書の下書きに取りかかる。
うんうん唸る。
夜、ジャガイモカレーを作る。
朝6時前、ふと、目が覚める。
昨夜は知らぬ間に、電気を点けたまま寝てしまっていた。
ウトウト。
しかし、今日もまたピーカンカンの秋の天気だ。
今日は体育の日ってか。
トマトときうりとチーズのトーストとホットコーヒー。
朝からデザートにピーナツをかじる。
大阪の事務所にプロフィールを送る。
月一の連載原稿を仕上げながら、洗濯を始める。
ペチペチペチペチペチ。
集中して、一気に書き上げる。
ちょいと頭と原稿を冷やそう。
昼過ぎ、ひと休み。
ラーメンにタマゴを落とす。
追加の原稿の下書き。
ふむふむと加筆する。
う~ん、微妙だな、この表現。
で、「あとがき」を書き始める。
感情を入れすぎて、あまり書き込んではあかんし。
自重自重。
大量の大根下ろしにじゅうって焼いた秋刀魚を添える。
秋の夜に一人喰らう秋刀魚の味なり
美味なり。
6時から起き出す。
冷蔵庫が空っぽ。
とりあえず、コーヒーで目をさます。
橋本<本>の書き抜き終了。
続いて月に一度の原稿の下書きに勤しむ。
う~ん、う~ん、方向性が定まらない。
とりあえず、思いつくまま書きなぐる。
10時半過ぎ出動。
図書館で本を返す。
と、毛利甚八『宮本常一を歩く』(上・下、小学館)を借りる。
DVDを返却。
今回はがっかり。
スーパーへ。
日曜日の買い物。
キャベツが98円、おお。
タマゴが100円だが、
(1000円以上の買い物という、いつものパターン)
その他、チーズなど。
ピーナツを喰らいながら、ペチペチペチペチペチと原稿書きを続ける。
3つの考えが同時に浮かんで頭がパニック。
思いつきだけで書いている。
なんでそんなことを思いついたのかを考えると、う、キーボードを
叩く指が止まる。
オダジマン本を物色していたら、お、林望『ついこの間あった昔』が
眼に止まる。
ああ、これだこれ、このフォトエッセイだ。
宮本常一に辿り着く前に、最初、これを読んだんだっけ。
ペラペラとページを捲る。
この間、説明したのだが、どうやら私の考える「写真民俗誌/写真民族誌」
っていうのがちゃんと伝わっていないようだ。
う~ん。
写真を通して、社会や時代を見るのではない、のだが。
写真の見方を通して、社会や時代を見るのんだ。
もっと上手に説明できるようにならないと。
いろいろとウンウン唸って考えていたら、原稿が進まない。
うむむ。
18時半、出動。
三宮の韓国居酒屋へ。
まずはひそひそ話。
で、御カップルと御会食。

お、お土産のマグ(ラブ?)カップを頂く。
で、ぐっちゃら。
主にメディア話など。
ビルマ話など。
しかし、あの国はどうなるのだろうか。
おお、ごっTZあんです。
23時前散会。
ビュンと帰宅(の前に、ミニCPによると、お、秋刀魚が大安売り、
50円か)
単行本、(注)の追加の下書き。
ペチッペチッ。
『大不況には本を読む』を書き抜き。
ペチペチペチペチペチ。
13時半過ぎ出動。
太陽は照っているが、ちょいと肌寒い。
JR大阪経由、16時前、集合場所に到着。
お久しぶりです。
打ち合わせ+αなど。
ぐっちゃら。
ほどなくMK氏登場。
ぐちゃら。
録画をお願いしていた『法服の枷 沈黙を破った裁判官たち』を
見る(メモを取りながら)
--------------------
裁判官は、事件清掃人、ってか。
裁判官は、原告・被告・世論を相手にしているのではなく、
「司法行政」=裁判所を相手に闘っている、ってか。
--------------------
あ、これって中京テレビの制作だったのか。
お、RさんとS君、同時に登場。
お二人ともお久しぶり。
おお、豪勢な食事が並べられる(あ、写真撮るのを忘れた)
もぐもぐしながら、ぐっちゃら。
23時過ぎ、おいとま。
0時半過ぎ、帰宅。
昨夜は21時過ぎに寝入っていた。
眠るには、ちょい、早すぎるか。
で、深夜2時過ぎに目が覚めてしまう。
トー然か。
いつも極端な生活だな。
中塚明センセの『司馬遼太郎の歴史観』(高文研)を読み始める。
そう今年末から、NHKによる『坂の上の雲』のテレビドラマ化に
あたってのことだ。
栄光の明治時代、に朝鮮半島において日本が何をしたのか。
全く知らないことばかりであった。
第二次世界大戦前の日本の軍部の暴走は、日露戦争以前の
明治時代からの連続であって、輝かしい明治時代とは決して
言えないのだ。
折しも今日、鳩山首相が韓国訪問をするとか。
岡田外相は8日、日本外国特派員協会で講演して、
--------------------
日中韓の歴史教科書問題では「将来の理想は(日中韓)共通の
教科書を作ることだ」と述べ、現行の教科書検定制度に疑問を
投げかけた。
--------------------
、そうだが、そこに果たして、朝鮮王宮占領、東学農民の蜂起、
「閔妃(ミンビ)事件」のことなど取りあげられるのだろうか。
そいや、おととい10月7日は、この「閔妃(ミンビ)事件」の
起こった日じゃないですか。
夜明けまで、一気に読了。
自分の朝鮮史における無知を痛感したのであった。
ふむむ。
Mさん、勉強になりました。
しかし、隣人は深夜に何をドンドン近所迷惑な音を立てて
いるのだろうか?
朝刊を読んで、ジャガイモ入りのソバを喰らって、8時過ぎ、
ちょいと仮眠なり。
朝食は、チーズ&トマトトーストだ。
それに熟れた真っ赤なトマトを添える。
う、美味なり。
宮本さんの日誌の書き抜きを終える。
ふぇ~、長かった。
新聞の切り抜きを1週間分。
餃子とトマトを喰らう。
はなびえだ。
窓を閉める。
午后遅く、本を背負ってテクテク出動。
空気が冷たい。
身体を温めるために早歩き。
図書館に行って、本の返却。
TヤでDVDの返却。
テクテク早足で歩いて帰る。
小気味よい汗だ。
原稿の追加注を書いて、しばし冷やす。
と、お猿さんから電話あり。
キィキィ、と。
日が暮れて一気に寒くなる。
窓を閉める。
もうホットコーヒーの季節だな。
橋H本を読み返しながら、書き抜きを始める。
肩がごりごりだわ。
風雨が強い。
窓がガタガタ。
深夜2時過ぎから断続的に停電となる。
長い時は半時間も。
パソコンのモデム、電話、冷蔵庫など、常時電気が通じている必要の
ある機器が多いの(少ない方か?)
6時頃まで、停電多し。
やっぱり電気だけの暮らしは要注意。
ガスも必要、っていうことか。
この台風18号は、伊勢湾台風以来だとか。
『宮本常一 写真・日記集成 上巻』の書き抜き。
(昭和30年-昭和39年(1955-64)』)
気がつくと、偶然、1959年の部分であった。
で、この年(1959年)に何があったかというと・・・。
●メートル法の実施(尺貫法廃止) / 国民年金法公布 / 皇太子結婚式 /
などである。
『読売グラフ』っていうグラフ誌があったんだ。
『毎日グラフ』ってのは知っていたが。
最後まで残っていた『アサヒグラフ』には何度かお世話になったし。
これも全て過去の話となったか。
現在残っているグラフ系写真雑誌は、『デイズ・ジャパン』 だけか。
時代の移り変わりを嘆いても仕方ない。
宮本さんの写真・日記集大成の書き抜きをしていて、「巨人」と
思っていた氏が身近になってきた。
宮本さんが自ら書いているとおり宮本さんは保守であったと思う。
(って、自分で書いてて、この区分け、よく分からんが)
--------------------
1956年4月23日(月)
--------------------
午后、東宝劇場にウィーン・フィルハーモニィ オーケストラをきく。
2階のよい席。皇后、皇太子、秩父、高松宮も見える。「君ヶ代」の
美しさにうたれる。
1957年6月19日(水)
--------------------
読売会館へ『明治天皇と日露大戦争』を見にゆく。
これで2度目。
やっぱり胸にせまるものがある。
1960年2月13日(土)
--------------------
藤田省三が私のことを『転向』にかくという。
・・・
いらぬことだとはなしておく。保守で俗物の私など論ずる必要はない。
つまらぬことを書かれて変に位置づけられるのが一ばん困る。
1961年2月29日(月)
--------------------
アサ子のことをしきりにおもう。アサ子よ、アサ子よ、私はおまえが
すきでたまらない。私を一ばん親身になって案じてくれるのもおまえ。
おまえはほんとによい妻。すき、すき、すき。
しかし、よくこれだけの本を出版したものだ。
『毎日新聞』の懐の深さと無謀さ?を賞賛したい。
ジョン・ウーの『レッド・クリフ』を見る。
確かに壮大な映画だと思うが。
そんなに簡単に人を殺してもいいのか。
正義と生命を天秤にかける、そういう簡単なことで良いのか。
しかし、CGばかりの画面にウッとくることも(でも、最後まで
見る)
石原発言について、斎藤貴男さんが書いていた。
それもいつもの節回しで、ちょい過激に。
--------------------
石原慎太郎。これほどのゲス政治家はいないと、心底思う。
五輪招致の敗北で、ブラジル政府に誹謗中傷の限りを尽くした
ことと言い・・・・
-------------------------------
石原知事よ、イカサマ招致運動の責任は取らないのか?
/ 斉藤貴男
「言っておきますけど、私、これで都知事を辞めるということは
絶対にございませんから...」
だそうだ。
石原慎太郎・東京都知事の、2016年夏季五輪招致失敗に
当たっての弁である。
相変わらず潔さとか責任感といった徳目とは対極にある人らしい。
都合の悪いことはみんな忘れているようだ。
「(落選したら)その時点で責任を取らなければならないでしょうな」
と述べたのは一昨年3月、3選を図る都知事選のマニフェスト発表の
席だった。
この4月の記者会見でも辞任の可能性を問われて、「勝ち方負け方の
問題だろうね」
最低のボロ負けではないか。石原流の手口など、IOCには何もかも
見透かされていた。
なにしろ東京都の自己PRのことごとくがウソだった。
前にも書いたが、都民のレクレーション向け体育館やアーチェリー場を
ぶっ壊して一から競技会場を建て直す計画を「既存施設」の活用と言い
募った。
ほとんど身内のモニターだけが対象のネット調査を持ち出して、
「世論調査で高い支持率を得た」とぶち上げた。
"なぜ東京か"の理念をIOC委員に共感させられなかったのが
敗因などとマスコミは解説しているが、ちゃんちゃらおかしい。
もともと財界への利益誘導と石原ファミリーの野心とのドッキング
以外の何物でもない招致プラン。イカサマだらけの厚化粧を塗り
たくり、それでも当選するようなら、五輪など存在意義を失う。
知事や財界、招致活動の中心にいた大手広告代理店・電通の力に
おもねるマスコミが隠蔽(いんぺい)していたので、誰も知らない
だけだ。
万が一にも招致されれば、無責任男はますますつけ上がり、
五輪を口実に東京の福祉や教育は壊滅させられていたに違いないから、
この間の大損を差し引いても、落選して本当によかった。
五輪そのものが悪いのではない。
偽りでない民意とまっとうな指導者による招致話が浮上した暁には
応援もしたいが、東京だけは避けるべきだ。
恐ろしい混乱が予想されるし、そもそもメーンスタジアムの用地が
ないのだ。
とにかく石原知事には辞めてもらうしかない。その上で、新銀行東京や
ドラ息子に公職をあてがった件、豪華海外旅行や私的な飲み食い等々、
血税をチョロまかして遊んだツケはキチンと私財で弁償していただき、
とっとと表舞台から消え去ることだ。
器でない小物が背伸びをするから恥をかく。
引き際くらいはわきまえろと言いたい。
--------------------
う~ん、いつもながらバッサリ、と。
『宮本常一 写真・日記集成 上巻 昭和30年-昭和39年(1955-64)』
を読了。
いやぁ、いままでの宮本観がちょいと変わったな。
うん。
連絡業務とデータのアップ作業。
あかん、あかん。
ついついルーティーン作業をサボってしまう。
目玉焼きとカイワレとご飯。
台風18号(Melor・メーロー)が近づいている。
明日の予定の大学の講義は延期となる。
キャベツ半個を千切りにし(おお、膨大な量になった)
それに、生サバを焼いて添える(あ、反対か)
『アンダー・カヴァー』を見る。
ま、ほどほど。
10月5日にメルセデス・ソーサさんが亡くなったとか。
数少ない音楽CDのうちのひとつだ。
確かエトキリさんの南米土産にもらたもの。
あの歌声を聴けば、このラテンの声を聴けば、なぜ
チェ・ゲバラがあの地域から生まれ出たのが理解できる。
ラテンに革命歌が似合う。
今夜は追悼として彼女の歌を聴こう。
うん。
最近、国営英字紙では国内の道路整備についての記事が
多く出ている。
と、NHK出版に『アジアハイウェー』という本がある。
そこでタイ(遠くはベトナム、遙か遠くは日本)とビルマを繋ぐ
アジアハイウェーについての記述がある。
--------------------
パアンから三十キロ先のジャイという小さな村には渡しがある。
コンボイはここで一旦、止まらねばならない。私たちはこの渡しの
警察から車の通行状況さえ得られれば、簡単に待ち伏せができる
ことに気づいた。映画公社のの連絡係は警察の協力を取り付ける
ためその手配に走った。
(P.300)
--------------------
私は自由旅行者だったので、そのままこのジャイ(ン)橋を
越えました。
橋の端、右手に見える監視小屋は橋の手前に移されており、
橋を通る車やバスを一台ずつ乗客を降ろして身分証明書を
確認しておりました。
私はなんとかそのチェックをすり抜け、橋を越えました。
と、そこには自由旅行者ではほとんど訪れることのできない
場所でした。

十年後にはこの道が立派な(?)アジアハイウェイに生まれ
変わるのだろうか。
コッコレー(コーカレイ)に向かってひたすら前を急ぐ。
もちろんその後、私は X X されたのは言うまでもない(笑)
今日の国営英字紙(2009年10月7日)で気になる記事が
いくつか見られました。
一つ目。
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第2回日メコン外相会議での岡田外相とニャンウィン外相の会談の
模様です。
記事中には来年予定の総選挙のことも、アウンサンスーチーさん
のことも、政治囚釈放のことも、もちろんありません。
ちなみに、日本の外務省の報告では。
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http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/myanmar/visit/0910_gk.html
3日午後3時30分(日本時間3日午後5時30分)から約45分間、
第2回日メコン外相会議に出席するためカンボジア・シアムリアップを
訪問中の岡田克也外務大臣は、ニャン・ウイン・ミャンマー外相と
会談を行ったところ、概要は以下のとおりです。
1. ミャンマーの民主化問題
(1)岡田大臣より概要次のとおり述べました。
2010年の総選挙が、すべての関係者が参加する形で公正にかつ
透明性をもって実施されることを期待しており、9月17日に百数十名の
政治犯を含む受刑者の釈放が実施されたことを前向きの動きとして
評価するとともに、スー・チー女史を含むすべての政治犯が2010年の
総選挙までに釈放されることを期待する。スー・チー女史の最近の
動きを真摯に受け止めて対話を行うことを期待する。米・欧の
ミャンマーに対する政策が変わってきており、今はミャンマーにとって
チャンスであって2010年の総選挙は、国際社会がミャンマーに理解を
示せるかどうかのきっかけとなるものである。
(2)これに対し、ニャン・ウイン外相は概要次のとおり述べました。
ミャンマー政府は2010年に総選挙を実施することを公表しており、
公正に実施したい。政府の方でどの政党が参加できるか、どの個人が
参加できるかを決めるつもりはなく、それらは近く制定される選挙法
及び政党法によって規定される。スー・チー女史に対する判決に
ついては、政府が刑を減刑し自宅軟禁措置としたが、女史の行動次第で
自宅軟禁の期限内であっても恩赦を行う可能性がある。同女史の対
ミャンマー制裁解除に関する動きについては、自分(ニャン・ウイン外相)
は国連総会に出席するためニューヨーク滞在中にインターネットで
知ったので、帰国後よく調べたい。
2. ミャンマーと北朝鮮の関係
岡田大臣より、国際社会においては、ミャンマーと北朝鮮との関係に
関心が持たれており、核兵器開発に関しても両国の関係が取りざた
されている、国際社会の目は極めて厳しい旨述べました。
これに対し、ニャン・ウイン外相は、ミャンマーは、東南アジア非核兵器
地帯条約に署名しており、国連においても核廃絶に関する決議案を
提出してきている、また、先日の国連総会においても、核廃絶について
テイン・セイン首相のスピーチの中で触れている、原子力の平和利用に
ついては関心があるが、ミャンマーが核兵器を持つべき理由はない旨
述べました。
3. 長井健司氏死亡事件
岡田大臣より、2007年に発生した長井健司死亡事件に関し、事件の
真相究明およびカメラ等の遺留品の返還に引き続き協力してほしい、
これは多くの日本人の気持ちである旨述べました。これに対し、
ニャン・ウイン外相は、これまでミャンマー内務省および警察が説明を
行っているが、同事件は多くの人が集まり混乱した中で起きた事件で
あり、遺留品については全国で捜索を行っているが未だ見つかって
いない等説明しました。
4. 日ミャンマー間の対話と交流
岡田大臣より、11月に開催される日メコン首脳会議へのテイン・セイン
首相の出席を歓迎する旨述べました。これに対し、ニャン・ウイン外相
より、同首相が出席する方向で調整しており自分(ニャン・ウイン外相)
もその際に同行したい、本日のように直接会って対話を行うことは両国
間の信頼関係の向上に資するものであると考える旨述べました。
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ビルマ人名表記を相変わらず「・」を入れているので、おかしなことに
なっている。
例えば上記の「ニャン・ウイン・ミャンマー外相」
っていうの。
本当は、ニャンウイン・ミャンマー外相の方が良いのだが。
もっと良いのは、ニャンウイン・ビルマ(ミャンマー)外相とか。
岡田外相の名前が Katsuya ではなく、Katzuya となっている。
これはビルマ語の発音からだろうなあ。
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米国と英国の大使館員が9月度、国民民主連盟(NLD)の本部に
30回訪問したとある。
軍政と民主化運動側と両方にチャンネルを持とうとする両国の外交
なんでしょう。
それに比べて、日本政府(外交は)NLD側と公に会談を持つという
やり方をとらないのだろうか。だからいつまでたっても軍事政権寄り
の日本と言われるのだが。
ふむ。
3つ目。
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中国がエクアドルで最大の水力発電を建設、という記事である。
さすが、中国。
そいや、先月の時事通信の記事でもこんなのがあった。
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シノペック、5年連続トップ=中国500社、純利益合計で米抜く
9月6日17時13分配信 時事通信
【上海時事】中国企業連合会と中国企業家協会が6日までに発表した
「2009年中国企業500社番付」(08年売上高ベース)によると、石油大手
の中国石油化工(シノペック)が5年連続でトップを維持した。
500社合計の売上高は前年比19.7%増の約26兆元(約350兆円)、
純利益は13.2%減の1兆2100億元(約16兆円)。純利益合計は米ドル
換算で約1700億ドルとなり、金融危機で大打撃を受けた米国の上位
500社合計を700億ドル余り上回った。
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シノペックによるビルマへの関与はどのくらいなのだろうか。
ふむ。
『大不況には本を読む』を読了。
さすがに橋本節が唸ってた。
笑いながら考えさせられて読みました。
続いて分厚い本を開く。
『宮本常一 写真・日記集成 上巻』を1960年まで読み込む。
新書に慣れて大きな文字をみていると、こんな細かい字は、はっきり
言って目が疲れるな。
しかし、宮本ッツあんは、天皇のことや被差別部落のことを
どういう風に考えて、記述したのだろうか。
「君が代」の旋律の美しさに感動したりしてるし。
ちょいと気になる。
朝刊を読んで寝入る。
9時過ぎ起きる。
まだまだ雨が降ってる。
で、再度、寝入る。
昼前起きる。
気がぬけたらついつい夜更かし態勢に入ってしまう。
これがフリーランスのダメなところ。
知らんうちに生活が乱れてしまう。
裁判官関係のデータを整理。
知り合いから送ってもらったウエブを参考にして書き抜き。
こちらも肩がゴリゴリ凝る作業だわな。
で、著作権についてだ。
google による著作権の囲い込みには賛否両論だが(どうやら日本では
反対意見が〝感じとしては〟多いようだ。
内田センセなどは、基本的に google 寄りで、できるだけ多くの人に
自分の考えを知って欲しい立場だし。
が、たぶん本と写真ではその著作権の取り扱いが違うと思う。
一般書には、文章に交じって写真が多く使われている場合がある。
そんな時、ちょいとややこしい。
たとえば、ユージン・スミス/アイリーン・スミスの有名な写真集に
『水俣』(三一書房)がある。
写真集といいながら、ちょっとした水俣水銀被害の歴史書でもある。
世界的に有名になった写真の一枚は、上村智子さんがお母さんの
腕に抱かれてお風呂に入れてもらっている場面だ。
水俣の象徴的な写真として数え切れないほどメディアに取り
あげられてきた(衝撃的な写真だし)
たぶん2000年頃だったろうか、この写真に登場した上村さんを
これ以上メディアに登場させなくとも、その役割は終わったというので
アイリーン・スミスさんは(たぶん)、この写真の展示や使用をやめる
ようになったと思う。
写真を撮った撮影者(基本的に著作権者)が、被写体のことを
考えてその発表をやめたいと思った場合、その写真の公開が
著作権者の意図通りにならなかったとしたら、ちょいと怖い。
(たぶん、これは文章にもいえるのではないか)
だいたいにおいて、何事も経済的な指標で物事を見たり図ろうと
する google の戦略には気をつけておいた方がいいんだが
(と、いいつつ、私もgmail アカウントは持ってますが・・・てへ)
『アイアンマン』を見て、ある意味、ハリウッド映画への絶望感が
また一段と強くなった(特にアクション系やCGは)
じゃ、いっそのことハリウッド映画を見なければいいんだが・・・。
そうできない自分の弱さかな。
ま、ひとつのハリウッドアディクト(HAか?)
ハハハ/HAHAHA
日付けが変わる前に原稿と写真を出し終えて、ホッ。
ひと息つく。
ちょいと気分が落ち着く。
ためていた郵便物を開封し、滞っていた事務手続きなどを。
未返信のメールなど。
ちょいと自分にご褒美を。
ネットをツラツラ眺める。
時代と共に変わる、
本を読んだり、音楽を聴いたり、写真を見たりする感覚は、
その時々によって変わる。
ああ、昔はこんな風に感じてたんだと自分で自分を不思議がる
ちょいとこそばがゆい感覚。
なのに、インターネットが出現して、立ち止まることさえ許されない
この忙しい時代と社会。
と、高田みづえの『硝子坂』を聴きながらフンフンと口ずさんでしまう。
2016年の夏季オリンピックがリオデジャネイロに決まった。
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"Rio de Janeiro"とはポルトガル語で「1月の川」という意味。
ブラジルポルトガル語の発音では「ヒウ・ヂ・ジャネイル」のようになる。
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とか。
オリンピックに関して、夢をもつこと、目標を持つことの大切さを言う
人も多いが、そういう goal-oriented、dream-oriented の生き方はや
生活様式は、時に苦しく閉塞感を感じてしまうのでは、と。
なにかしら経済至上主義(economy-oriented)にも似て。
気が高ぶって寝られず、宮本(上巻)に目を通す。
下巻でもそうだったが、こういう人でもこんな考え方をするのか。
何のために、努力をするんか考えてしまう。
しかしオリンピック招致に失敗した石原都知事もそうだが、この間
選挙に負けた自民党にしたって、負けた理由や失敗した理由を
反省せずに、何かその敗因を他者・外に押しつけているようで
見苦しい。
なにやら謙虚な態度が見られない(と、我が身を振り返って、人の
ことはあまり言えないが・・・)
ビルマ語の教材を聴きながら寝入る。
起きたら9時過ぎ。
チーズトーストとカイワレトースト。
今日からホットコーヒーを飲む。
いよいよ寒いぞ。
もう一個のブログが手つかずだ。
そのブログ用に参考図書を読むだけ。
PC上のメモ書きが無茶苦茶になっている。
連絡をしていないものもあるようだし・・・。
なにか大きなミスをしているようで、怖い。
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中曽根発言
いずれ天下を取る、
長州人
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メモ書きにこうあった。
昨日のサンプロを聴いていた時にメモったものだ。
中曽根元首相にへつらい気味に話を聞いていた田原氏の語り口が
やけに印象に残っている。
しかし、政治をすることが、天下を取る、とか。
長州人、とか。
今や時代は世界なのに。
狭い世界に生きていたんだな、と。
これも時代の制限か。
ちょいと肌寒い。
夕方、テクテクと散歩へ。
久しぶりに早足で歩く。
膝が重たいぞ。
『ブラインド ネス』『レ ッド クリフ』『アンダー カヴァー』
『アイアン マン』などを借りる。
会員カードの磁器がおかしくなっているらしい。
カード会社に連絡せねば。
ニラと白ネギたっぷりのお好み焼きを作る。
お肉はいちいち細かく脂肪分を取り除いて赤身だけを使用。
お腹いっぱいになって、ごろんとなり、
『宮本常一 写真・日記集成 上巻』を1960年まで目を通す。
この本、重たすぎてブックスタンドが曲がってしまった。
『ブラインド ネス』を見る。
最初は面白かったが、途中で筋の単純さにあくびをしてしまう。
それに、真っ白な画面が多くて、ただでさえ目が痛いのに、かなわん。
(じゃあ、見なきゃ良いんだが)
『大不況には本を読む』を開く。
空気はちょいと冷え気味だが、なんという良い天気。
台風が近づいているのに。
今年最後の秋晴れかな。
布団を干す。
朝から最後の原稿チェックに入る。
昼過ぎ、ひと息。
目玉焼きとカイワレを喰らう。
夕方、休憩。
ちょいと買い物へ。
帰宅後、すぐに机にむかう。
集中、集中。
21時過ぎから、写真のプリント確認。
ま、キレイに出来上がっている、か。
写真ファイルをサーバーにアップ。
450MBもある。
ふぅ。
日付けが変わる前に、データを編集部に送信。
ふぅ、と一段落、っていう感じ。
さ、たまった連絡・事務仕事だ。
根を詰めた次の日はどうも眼痛・頭痛が起こるようだ。
PCを立ち上げるが、画面を見る気がしない。
困ったなあ。
曇り空だし。
とりあえずルーティーンワークだけは終わらせる。
PCのスイッチをオフ。
ふと、眼鏡の鼻パッド部分が異常に汚れているのに気づく。
精密ドライバーを使って、パッドを外してお掃除。
結構、細々とした手作業だ。
知らぬ間に集中していた。
ピンポ~ンと新聞の集金。
ピンポ~ンと飛脚便が到着。
ごろんと横になる。
『宮本常一 写真・日記集成 上巻 昭和30年-昭和39年(1955-64)』
を開く。
ゆっくりと写真と文字を追う。
1956年(昭和31年)1月1日の日記にこうある。
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[/] くらい中にジッとねていると色々のことを思う。よく生きて来た
ものだ。大して何もしていない。もうすこしまとまったことを見て
みたいものだ。死について考えて見る。これという人間的な夢を持たず、
ただ与えられる現実だけを精一ぱい生きて来た。ただそれだけだ。
[/] その以外、何にもない。まるでつまらぬ市井の1人にしかすぎない。
そういう自分をまた不平に思わず、買いかぶりもしなかった。この外に
どうしようもなかったのだ。[/] 誰が何といってもこれが私なのだ。
そして疲れた。歩きつかれたようだ。
--------------------
宮本常一が48歳の時だ。
私も後数年で、この歳になる。
淡々とページをめくりつづける。
こういう時がある意味、時間を忘れることができる。
先人の偉大さよ。
夜、ツラツラと YouTube を覘いてしまう。
こりゃ、秋の夜長の悪癖となりそう。
おお、なんと、佐野眞イッチッサンがオンラインビデオに出て喋っていた。
なんとまあ。
この人の目線の行方が気になるな。
と、月末参加した結婚式パーティーの写真が送られてきていた。
というか、ウエブサイトで「写真シェア」っていう形で。
まあ、便利な機能だわな。
で、自分が写っている写真を見て、改めて歳取ったなあ、と。
ま、それ相応の歳のとり方をしているとも言えるが。
雨が激しくなってきた。
窓を閉める。
で、朝刊に目を通して寝入る。
8時過ぎ目が覚める。
雨だ、寝よう。
と、ピンポ~ンと電力会社からの戸別訪問検診。
って、ちょいと押しつけがましい、かな。
チーズトーストを喰らって、仕事に取りかかる。
自分の原稿を修正していて、やたらと「ちなみに」っていう言い回しが
出ているのを指摘されている。
そうか、自分ではわからなかった。
それほど「ちなみ」ちゃんが多いのか。
やっぱり第3者の目は必要だ。
うん。
ペチペチペチペチペチと修正作業。
午後遅く、とある行政機関へ電話を入れる。
そうですか・・・やっぱりフリーランスは申請できませんか。
ま、やっぱりそうだと思ってましたよ。
がっくり。
で、気を取り直してラストスパート。
気分転換にカレーを作る。
湿度がやたらと高い。
空気がべとべとする。
が、それに負けじと写真の最後調整作業に励む。
原稿の最後加筆と修正なり。
ふぅ。
なんとか終わり。
あ、日付けが変わる。
風呂にでも入ろう。
知らぬ間に、雨はやんでいた。
ポト。
夜中、何時だ、目が覚める。
4時前か。
バナナを喰らって、寝入る。
8時過ぎ起きる。
おお、なんだ昨日とはうって変わって良い天気。
真っ青な空じゃないか。
布団干しだ。
カイワレトーストとアイスコーヒー。
日程確認とアポ入れの続き。
う~ん、なかなか予定が決まらないよ。
朝から原稿の最終修正に入る。
ペチペチペチペチペチ。
う~ん、ここでツッコミがはいるかなぁ・・・、と。
ペチペチペチペチペチ。
カイワレ&レタス&タマゴと白飯。
机に向かう。
ペチペチペチペチペチ。
16時過ぎ、ビュンと買い物。
食料を買い込んで、ビュンと帰宅。
ペチペチペチペチペチ。
ビルマ情報をチェック。
ずっと机の前に座る。
新聞で「鞆の浦」の判決出る。
広島地裁の能勢顕男(のせあきお)裁判長が、埋め立て認めず、
の判決をす。
景観は国民の財産だとか。
ほぉ。
一時間ほど休憩し、電話で偉そうなアドバイスをし、
ペチペチペチペチペチを続ける。
日付けが変わる前、ようやく全体の2/3ほど終えて、ようやく手を止める。
やっとゴールが見えました。
キラリ。
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