タンシュエはどこに行った?

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 米次官補ミャンマー入り きょうスー・チーさんと会談
 11月4日7時56分配信 産経新聞

 【シンガポール=宮野弘之】
 キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は3日、
 ミャンマーの首都ネピドーに到着した。キャンベル氏には
 マーシアル国務副次官補が同行、4日午前、軍事政権の
 テイン・セイン首相らと会談する。その後、最大都市
 ヤンゴンで民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チーさんら
 と会談する。

 米政府高官がミャンマーを公式に訪問するのは、1995年の
 オルブライト国連大使(当時)以来14年ぶり。
 今回は軍政トップのタン・シュエ国家平和発展評議会
 (SPDC)議長との会談は予定されていない
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 (抜粋)

 で、果たしてタンシュエ議長(上級大将)はどこに行ったのか?

 国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』を見てみると、トップニュース
 で出てました(3日付け)

 キャプションにピャーポンとあるから、サイクロン被災地へ行って
 たんですね。
 
  ThanShwe.jpg
 で、この写真を見て非常に気になったのが、軍の高官に交じって
 右端に写っている白いシャツの男性である。

 なんでこんなにタンシュエ議長と近いのか?
 これは誰なのか?
 民間人なのか?

 知り合いのビルマ人に問い合わせてみた。
 すると、
 " I think he is a Burmese possible that he is
  one of those tycoons maybe Yuzana Htay Myint??? "
 って返ってきた。
 この名は、記憶しておく必要があるな。

 すると災害復興の利権がらみの視察なのか。
 しかも米国の高官に会わないようにするために・・・。
 ふむ。

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