「うに」さんの「戦争の始まった日」を読んで考えさせられた。
http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-12a6.html
ついこの間、「ロヒンギャ」問題の取材のため、バングラデシュを
訪れた。
そこで現地に世話になった人から、取材に役立つかも、と
ある小冊子("RAKHINENALOK",2008)を受け取った。
、とその表紙をめくってびっくり。
--------------------
Dedicated to the Memory of Grandmother late Mrs.Mra Khyine
who was killed at her 65 years of age in the last April 1942
on bomb attack by the Japanese force at Cox's Bazar during
the second world war and elder sister late Ma Tha Sein ...
both of the lost their lives on the same spot and same case.
--------------------
うーん、旧日本軍のことが2008年になっても記されて
いるのだなあ。
個々人の繋がりでは、1942年のことはもちろん過去の
ことではないのだな。
「こと」はそれだけではない。
今、ロヒンギャ問題(ロヒンジャ問題)について一文を書いて
いるのだが、上智大学の根本先生の小論「『ロヒンギャー問題』の
歴史的背景』を読んでいて、またも驚き。
ビルマの話である。
--------------------
イギリスの支配は途中、3年半ほど日本に邪魔されます。
日本が1942年-1945年ビルマ全土を軍事的占領したからです。
・・・・・・。
問題なのは、日本とイギリスがそれぞれに宗教別に地元の人々
から構成される軍を作り、戦わせたということです。
・・・・・・。
両者の軍事的対立は帝国主義イギリスを倒すとか、ファシスト日本
を倒すという大目的ではなく、イスラム教タイ仏教徒の血で血を
洗う民族紛争、宗教紛争と化していきました。そして、両者の
間に取り返しのつかないトラウマがこの時生じるわけです。
--------------------
うーん。
現在のロヒンギャとラカイン人の関係を考えると、「こと」は
やっぱり昔のことではなかったのだ。
戦争の始まった日はその後があるのだ。
ふむ。

こんにちは。
リンクとトラックバック、ありがとうございました。
私も、中国系アメリカ人の作家が書いた小説を読んでいたら、主人公のお母さんが重慶だったか武漢だったかで日本軍の爆撃に遭った話が出てきて、ものすごくショックだったことがあります。