2010年7月アーカイブ

 
 今朝も6時過ぎから活動開始。
 まずは、カイワレのサンドイッチを喰らう。
 
 ルーティーンワークを終え、やり直し企画の写真選びに取りかかる。
 うーん、どれが良いんだろう。
 しばし思案する。

 やっぱりこれ、NLDでいくか。
 20個ほど写真を選び出し、サンプルのサムネールを作っていく。
 で、ビュンと送信。

 
 ビュンと出動。
 大阪・難波へ。
 
 「黒田清さんを追悼し、平和を考える集い」へ出席。
 主催者の『新聞うずみ火』の矢野さんにご挨拶。
 ほどなく、栗原さんも現れる。

 うー、びっくり。
 集いの正確のせいか、参加者の平均年齢は70歳前後?
 私などは若手に分類されそうだ。
 
 
 DVD映画『大阪大空襲、第3巻』(1945年6月編①)を見る。
 太平洋戦争期の大空襲の被災体験は、記憶として記録として残さなければならない。
 被災体験から、だから戦争はダメなんだ、と言い続けなければならない。
 
 と、同時に、
 被災体験からは紡ぎ出すことのできない加害者としての戦争の記録は、どう残して
 いくことができるのだろうか。
 ずっと危惧するところである。

 と、赤面するほどの人間違いをしてしまう。
 うー、はづかしい。
  
 集会を中座し、次なるアポへ。
 天禄のAPのオフィスへ。
 貫禄?のでてきた I 氏とは久しぶり。
 決まった挨拶は、「お互い、たいへんでんな」

 
 こちらのお願いを2つばかり。
 で、早速、火の玉G氏を交えて企画の話となる。
 腹持ちするパンもあり。
 もぐもぐ。
 ぐっちゃら。

 で、おいとま。
 あ、今日もお土産ありですか。
 ジャガイモ・ニンジン・冷凍ロールキャベツ。
 融通し合いですね。
 グラッツイオです。

 
 蒸し暑い中、テクテク歩いて駅まで。
 汗じっとり。
 
 部屋に取って水シャワーを浴びる。
 さすがに夜間の水シャワーは、ブルブルだわ。


 柿の種、ポリポリかじる。
 そろそろ「ガリガリ君」の出番かな。

 
 7月27日の『ミジマ・ニュース』(July 27, Mizzima News) を読んでたら、
 ん? って思える記事に出くわした。

 軍事独裁政権国家ビルマでは今秋、20年ぶりの(偏った)選挙が
 実施されようとしている。
 それに関するニュースである。

 軍政はもちろん、民主化勢力を抑えにかかるため、ありとあらゆる手段を
 講じるようだ。

 そのひとつが文書への検閲。
 ビルマのジャーナリストの間では、検閲のことを第2次世界大戦時の旧日本軍による
 ビルマへの侵攻にからめて、Press Kempeitai 
( 「憲兵隊的報道」とでも訳せば
 いいのかな? )って言われているんだ。

 press はもちろん、抑え(押え)つける、っていう掛詞の意味もあるんだろうけど。
 ふむ。

 
  Censorship rule puts electoral laws, constitution off-limits, editors say

 Chiang Mai  – The new regulation imposed by the junta’s censor board that
 bars domestic journals from misquoting the constitution or electoral laws
 has cowed journalists, who say they dare not write anything on the
 subjects.

 The July 20 directive issued by state censor, the Press Scrutiny and
 Registration Board, which is administered by the Ministry of Information,
 calls for “correct and complete quoting of the constitution, electoral
 laws and its rules”. It also warns domestic journals that stern action
 could include loss of publishing licences for breach of the directive.

 “Publishers and editorial boards of the journals concerned are obliged to
 take serious [care in] editorial works quoting the provisions mentioned in
 Constitution of the Republic of Union of Myanmar [Burma], and in articles
 and news reports with excerpts related to electoral laws and rules issued
 by Union Election Commission,” the directive says.

 “Any misquoting will be dealt with stern action up to revocation of
 publishing licences,” the directive adds.

 “The terms within the laws are incomprehensible to the general public so
 we have to elaborate on them in our news reports and articles related to
 the constitution and election matters,” a senior journalist from a weekly
 journal told Mizzima. “Now it is impossible for us. Though we have to
 explain these terms in good faith for our readers, it could now give us a
 lot of trouble so we have started to avoid this subject.”

 The directive follows the two-week suspension of The Voice journal after
 its “Concept and Process” article on constitutional issues written by Aung
 Htut appeared in issue 34, volume six.

 The state censor had cleared the article after routine vetting but the
 Supreme Court intervened over its alleged misquotation of constitutional
 provisions, and the suspension followed.

 “The laws are complicated in their subject matter, which make them
 incomprehensible to the average reader,” a news journal editor said.
 
“We need to elaborate on the legal terms used … for readers’ convenience
 but [with the new rule] this has become very difficult.”

 Similarly the Supreme Court sent a protest note over the “Legal Issues”
 section of the Flower News weekly journal in last week’s issue, forcing
 the journal to drop the section and print a “correction”, an editor close
 to the journal said.

 Journals were also being required to announce their own suspension of
 publication when ordered to do so by the censor board, which observers
 said was a calculated pretence to say the matter had nothing to do with
 the censors.

 Journalists in Burma usually refer to the censors as the
 "
Press Kempeitai"
named after the Japanese secret police in Burma
 during the Japanese occupation.

 Former censor board director Major Tint Swe has been promoted to the post
 of deputy director general and will soon be transferred to another
 department under the Ministry of Information.

 He was replaced in May by naval Lieutenant Colonel Myo Myint Maung, who
 has tightened censorship on articles related to the election and electoral
 laws, and on interviews, articles and news reports on some political party
 leaders.

 Also during his tenure the journals Envoy and Popular were suspended one
 week for printing portraits of actresses in dresses allegedly in a manner
 “counter to traditional Burmese culture”.


 

 
 
 
千葉法務大臣による死刑執行に関して、「日本は法治国家ですからね」とか
 法律があるんだから、とかいう報道を目にした。

 が、「法は可変的なものであって、国民の存在こそは不変なのだ」(@五味川純平)
 から考えると、“法は可変的なものであって、人間の命こそ大切にすべきものだ”、
 ともいえそうなんだが。

 死刑制度を考える根本的な議論を避けているようにも思える。
 ふむ。


 
 中途半端な徹夜で身体がだるい。
 もう若くないんだしなぁ(こればっかり)
 それに、食事の偏り(時間帯)も少なくせねば。

 今日は月末の金曜日だな。
 もう7月も終わりだ。
 
 朝早くから活動。
 と、Y氏からモバイルの方にメールが入ってた。
 こちらの連絡は、あんまり見ないからなぁ。
 はい、振り込みますんで、と。

 
 ペチペチペチペチペチとルーティーン作業なり。
 
 と、振り込みの連絡あり。
 出るものでたら、入るものあり。
 が、すぐに出て行った(既に過去形、グシャ)


 午後、あ、金曜日だ。
 ビュンと出動。
 映画館へ。
 
 『ビューティフルアイランド』なる映画を見る。
 うむぅ。
 一言で言えば、粗い映画である。
 制作者側が、題材に負けているような感じだな。
 編集の問題なんだろうか。
 ふむ。

 
 ビュンと量販店へ。
 湿気取りを大量に買う。

 ビュンとスーパーへ。
 とりあえず夏バテしないように栄養のある物を食べねば(しかもそれなりの値段で)
 

 ごろんとしてたら、寝入ってた。
 どうも最近、疲れがとれんのよね。
 

 
 


 昨日(29日)の "THE NEW LIGHT OF MYANMAR" (『ミャンマーの新しい灯』)
 に 'Year 2010 elections and responsibilities of citizens' というタイトルで
 論説が掲げられている。

 doc.jpg
 'Year 2010 elections and responsibilities of citizens'(7MB)

 しかし、ビルマ軍政(SPDC)の都合の良い部分だけを抜き出したハチャメチャ
 な構成である。

 果たして、こんなこと新聞に載せていいのかな?
 世界的に恥ずかしいんだけど、しかも記録に残るんだよね。

 
 

 
 山の中を歩き回って約2週間経ってました。
 もちろん、毎日、川や崖も這い上りました(泣)
 すると、やっぱり足の裏が割れてしまいました。
 ああ、蜘蛛の巣状態だ。

 IMGP0032.JPG
 *注意*( ↑ 大きくなります )

 
 
 中国製の靴ですが、山の中ではほぼ間違いなく、大多数の地元Pたちはこれに類する靴を
 履いてます(たぶん、兵士も含めて)

 大体2~3週間で靴底が割れて、ほら、この通り。
 IMGP0035.JPG
 
 私は3週間で使い物にならなくなった。
 予備で持って行っていた新品の靴に履き替え、すっくと立つ。
 しかし、ここまで履きつぶせば、靴も大往生だろう。
 うん。

僧侶百態

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 雨が強くなったり、シトシト風となったり。
 この間、ピーカンの酷暑続きの日だったのに、なぜ、今日だけ?
 あ~あ、雨、やまないかなぁ。

 資料読みと書き抜きを続ける。

 
 死刑執行のニュースが流れてましたね。

 私は基本的に死刑制度には反対だが、それも釈然としないものを引きずっての
 態度であり、クリアカットに反対だと言える訳ではない。
 
 今回の千葉大臣の決定とその後は、報道だけから受け取る印象では、
 やや政治的な動きだったとの印象をぬぐえない。

 だからこそ、「政治では、ある行為が間違いであったかどうかは、時間だけが
 明らかにします。」(@DASSK)ということに頷いてしまう。

 また、「残虐行為の加害者が被害者を赦すことは、被害者が自分を苦しめた者を
 許すことよりいつもむずかしいと、どこかで読んだことがあります。最初それを
 読んだとき、なんと奇妙な議論だろうと思いました。しかし、今ではそれは本当
 だと思います。」 という言葉も噛みしめ、考える。
 
 人の命に関する議論が起こった時、第3者という立場から、顔を突きあわせて、
 真摯に語り合える場が少ないことが今という時代なのか。
 命の存在が 遠い なあ。

 
 留守中、部屋の中に雨が降り込んだら困るので、窓を閉め切って出動。
 あ、雨やんでいる。

 ビュンと新快速で京都へ。
 早めに着いてしもた(ま、ギリギリになるよりいいだろう)
 カウンターがあるLで時間つぶしと腹ごしらえ、もぐもぐ。


 17時過ぎ、西本願寺の ▓▓ へ。
 今日は若手の僧侶(兼 研究者)のお話会である。

 ビルマに通ってはや18年、私にとっての仏教徒は上座仏教であり、
 大乗仏教である浄土真宗とは異次元の世界なのである。

 もっとも今日は、仏教の教義などは僧侶の方がよく知っている。
 それに日本一大きい(?)僧侶集団だしね。
 もっとも、私が話せるのはビルマに関わることだけである。

 しかし、お坊さんたちが・・・いやいや現代的ですね。
 おもろいです。

 みっちり2時間、ビルマのことについて話し続けまする(でも、時間切れ)
 で、近くのお食事会へ。
 例のお願い事なども含めてぐっちゃら。
 
 いや~いや、ビルマでの僧侶に比べて、西本願寺の若手僧侶諸氏は、
 ほんと人間的な若手のお坊さんたちですね。
 楽しく話をさせていただきました。
 Sさんも、いつもいろいろとありがとうございました。
 
 部屋に戻ったら、日付けが変わってました。
 ふぅ。
 

 
 ラングーン(ヤンゴン)市の北、地区に行ってみました。
 この日(2010年4月)
、ある家で男の子の得度式が催されたのです。

 経済的には、まあ、それほど豊かではない長屋住まいのお宅でした。
 裏通りの、そのまた裏に位置する家でした。
 
 仏門に入るその祝いの日、近所の人が食事に招かれていました。 
 _DSC3117.JPG

 まあ、これが祝いの日、庶民の食卓の一例でしょうか。
 

見つめないで

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 ビルマとバングラディシュの国境地帯を乗り合いバスで移動する。
 
 いやね、もちろん取材ですけど、予算の都合で取材者車なんて借りることなんぞできませんから。

 バスを降りると移動手段がなくなる。
 ああ、困ったなあ。

 で、地元の人と同じように地べたを行きます。
 
 ヤシの実を積んだ、地元P向けのバス&トラックの荷台によじ登ります。
 手には10タカ札を2枚握りしめました(ま、これで物価動向が分かるというものだ)
 
 なんだコイツはという視線に晒されます。
_DSC0323.JPG

 
 珍しいかも知れないが、そんなに見つめないで yo

ツン読ばかり

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 「すいません」 と謝る。
 誰に対して?
 もう一人いるはずの頑張り屋さんの自分に向かって、である。
 
 それだけ生活が乱れている。
 いやね、これだけ暑いと、どうも部屋に閉じこもりがちになる。
 エアコンが効いているし。
 
 
 が、そんなことは言ってられない、朝一番でビュンと出動。
 図書館へ。
 予約本の借り出しは、今日が最終日だ。
 
 『アフリカの蹄』を返す。
 最初の10数ページを読んだだけで、後が続かなかった。
 帚木さんの初期の作品のためか、ちょっとまどろっこしかった。
 もちろん、読み進めればアパルトヘイトとかに関してはそれなりに
 勉強できたかもしれないが。
 
 澤地久枝『密約』(岩波現代文庫、2006年)
 中西嘉宏『軍政ビルマの権力構造』(京都大学出版会、2009年)
 を借りる。

 密約問題に関しては、いろいろと語られているが、〝個人の物語〟として
 取り上げたブログは少なかったようである

 が、後藤和夫さんの『クールハンド通信』で『嘘をついたのは誰?』という
 問いかけには、ちょっと考えさせられた。
 http://www.furutachi-project.co.jp/sakka/got/index.html
 もちろん、取材者としてである。
 

 というのも、早合点気味の私はいつも、モノを読んで誤解する傾向があるからだ。
 「ジャーナリスト崩壊」って書いて、ここでも、ごめんなさい。
 

 JによってJフードを買う。

 
 オダジマンの『日本問題外論』を再ツン読。
 
 小熊英二『市民と武装』の「あとがき」だけツン読。

 『9条どうでしょう』を再ツン読。

 岡本太郎『眼』を再ツン読。
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  もし世界が変えられないなら、変えることのできるものがある。
 それは自分自身である。


 あらゆる障害を覚悟しなければならない。極端な場合は殺される
 こともあり得る。殺されないまでも、社会的に葬られる。異端者。
 軽蔑と、無視、メシの食い上げ。つまり生きたまま殺されるのである。

 だから「自分を生かす」と一口に言っても、それが強力で純粋で
 あればあるほど、腹の底の冷えあがる恐怖、危機感なしには、この
 決意におどり込むことは出来ない。

  人間の矛盾は、激しく世界を意識し、他にかかわればかかわるほど、
 自分自身は孤独になるのだ。逆に言えば、孤独であればあるほど、
 他にかかわる。そして自他をともどもに乗り越えていかなければ
 ならないのだ。
 
  しかし先程も言ったように、純粋で激しい主張は、他から承認される
 ことは、まず不可能だ。そこで、一つ方法がある。人に理解されたり、
 喜ばれることを求めず、むしろ承認されないことを前提として、・・・・・・。
 --------------------

 岡本さんは、ほんに激しい人だ。

 
 チケットを予約だけする。
 ほとんど日帰りだけど、ね。
 ふぅ、となぜかため息。
 

 紙面のほぼ最終ゲラが上がってくる。
 しかし、言いたいことと言い回しと、そのバランスが難しい。
 ま、ギリギリですかね、と自問自答。

 
 インドのKと初めてスカイプをする。
 ははは、と2人しか分からない密談なり。
 ハハハ。
 来月は日本で会えそうかな。
 

 吉田文彦『人間の安全保障』(岩波書店)をパラパラと読了。
 ま、復習と言うことで。
 ふむむ、とこれ以上、言わま。

 

 
 中国の兵器メーカー、中国北方工業(ノリンコ)がザガイン管区・モンユア銅山の採掘権を
 取得したそうだ(2010年6月)
 カナダの会社から引き継いだ、と。

 その銅山、たぶんここだろうな。
 DSC_5490.jpg
 
 手前は一般市民が制限なく露天掘りできる箇所。
 政府の所有は、 奥に見える切り立った壁のような所。

 で、望遠レンズで撮影してみると、おお、やっぱり大型のダンプが動き回っていた。
 どうだ!
 DSCF3053.JPG

 
 ここは西ビルマのラカイン州の州都シットウェー(シットゥエー、アキャブ)
  < Rakhine, Rakhaing, Sittwe, Sittway, Akyab >
 
 鉄製の農機具などは中国からの輸入品が増えているようだが、地元産の製品と
 してはまだまだ手作りの鉈や鍬の刃が出回っている。
 _DSC5176.jpg

 鞴(ふいご)を使って火を熾し、大槌でカンカンやる様子を見るのはこれまた日常生活なのである。

 物珍しい光景が珍しくなくなってしまう日常が非日常でもある(って、何が言いたいんだか・・・?)

 
 生活が乱れ気味。

 これだけ暑いと普通の生活を続けろ、っていうのが無茶ですね。

 特に自宅で仕事を続けるフリーランスには、自分を保つのは至難の業となる。
 いやね、ついつい、ダラ~とだらけ気味になるのだ。

 こんなことしてたらダメだ、と思ってもぐったりしてしまう。
 で、エアコンのスイッチをいれてしまう
 あぁぁあ、とため息。
 (エアコンつけても室温は29度くらい)


 で、朝早くから始動。
 午前中に差し替え企画を仕上げて、ビュンと送信。
 もうそれだけで一日の仕事が終わった気分(おいおい)


 久しくプリンターを使ってなかったので、試しプリント。
 そう、例のウー・ウィンティン氏とのツーショットを印刷する。

 
 お米を研いで、ご飯を炊こうとして気づいた。
 そいや昨日見た映画、『ぐるりのこと』の中で、主人公夫婦が使っていた炊飯器が
 私の炊飯器と全く同じだったのである。

 何回も見直ししたから間違いない。
 が、もし間違ってたらゴメンなさい
 (以下の記述でね)

 で、場面中、お米を研ぐ場面があったのだが、よく見ると、あれは別の炊飯器のお釜だった。

 いぢの悪い見方をすると、映画のセット用に炊飯器がいくつか用意されていたのだろう。
 ピキピキの映画監督だったら(例えば、キャメロンなど)、ああいう細かい所は見のがさないはず。

 でもまあ、映画自体は面白かった。
 日本映画だなぁ、という感じ。
 画面構成やカメラワークも日本風(強いて言えば)


 図書館へ。
 あ、今日は休館日か。
 牛乳パックをCPの回収箱へ。
 
 
 暑い。
 イメージチェンジのための髪の毛を伸ばそうと思ったが、格安床屋の椅子に座った瞬間、
 「丸坊主ね」と言ってしまった。
 
 でも正解。
 頭が涼しくなって、ちょっとだけ気持ちいい。
 (髪の毛って、結構、空気をためるんだよね)


 
 ほとんど毎日更新される資料をダウンロード。
 ルーティーンをサボると後が大変だなあ。

 
 そろそろ次のお話会のために資料読みを始めなければならないのに。
 そう、次はちょっと先が読めない人びとが対象なのだ(非公開です)
 
 とりあえず、目を通しておくべき資料だけは机の横に積むのだ。
 それだけで安心してしまう。

 
 今日(7月26日)、ポル・ポト政権下のカンボジアでの虐殺に関して一つの判決が
 言い渡された。
 
 国内外の多くのメディアがそのニュースを流していた。

 「トゥールスレン政治収容所長」のカン・ケ・イウ被告(67)に対して
 禁固35年が下されたのだ(35年のうち未決拘置を引いた残りの18年が
 実際の刑期なんだろうか。それに政治「」を→政治「」として欲しいが)
 
 
 しかしである。

 ポル・ポト時代の犠牲者の数にはいまだに多くの隔たりがある。
 NHKは150万人という数字を出していたが、その他のメディアの多くは
 170万人(~200万人)としている。

 それにしても数字の違いが大きすぎる。

 というか、そこには一人の犠牲者の軽さが感じられてしまって仕方ない。
 ウィキペディアを見ると、あの時代のこの事件をカンボジアだけの出来事に矮小化
 しているようにも思える。

 

 はじめてカンボジアを訪れた2000年、本来は学校であったトゥールスレンの
 元収容所を訪れた。
 
 一番驚いたのは、その施設の出口に、実際の犠牲者の髑髏(ドクロ)で作った
 カンボジアの地図が無防備に展示されていたことだ。
 (現在は撤去されている)

 眼の部分がぽっかり黒く空いた「しゃれこうべ」を見つめていると、否が応でも
 人間という存在の一人ひとりを感じざるを得なかった。
 その時の様子を一文に記した。
 
 今回は、ちょっと長いですが。
 00cam195.jpg

 a00cam063.jpg

 所どころに陥没の跡のある頭蓋骨が見られる。
 暴行の跡なのだろうか、それとも掘り出されるときに傷ついたものなのだろうか。


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 「語らぬ証言者」

 夕暮れが近づき、辺りが薄暗くなり始める。車のエンジン音がグオ~ン、
 グオ~ンと響いてきた。ゴミ収集車の後輪が深いぬかるみにはまり、
 身動きできなくなっている。後輪が泥を跳ね上げている。
 遠目には巨大な象がうめき声をあげて、苦しんでいるようだ。
 異様な光景だ。

 ここはカンボジアの首都プノンペンにあるスタメンチャイのゴミ捨て場である。
 
昼間見るゴミ捨て場と日暮れのゴミ捨て場の風景にそう変わりはない。
 
 しかし、夕方ってのはやっぱりもの悲しい。
 汗がたえず吹き出す暑さも和らぎ、冷静な頭が戻ってくるからだろうか。

 子供たちはカメラを下げた私の姿を見ると、「ハロー、ハロー」と明るく声をかけてくれる。
 大人たちもカメラのレンズを向けられるのをいやがっている様子はない。
 
 午後6時前、分厚い灰色の雲に覆われた空の隙間のほんの一部がオレンジ色に輝く。
 今日も一日が終わるんだな、「ふぅ」っという安堵感を得る。しかし、そこで働く人々は
 まだゴミ収集車の後部にはりつき、うごめいている。
 収集車から吐き出されるゴミに向かって、我先に駆け出している。

 ゴミ山のてっぺん近くでちょっと一休みする。
 露出計で光の強さを計ってみる。
 f2.8 で 1/4 秒か。もう撮影は無理だな。
 カメラをバッグにしまい込み、
 ゴミ捨て場の様子を眺める。
 ふと、横を見ると、すぐそばに15歳前後の男の子が弟としゃがみ込んでいた。

 その二人のところに、5歳くらいだろうか、幼い女の子がご飯の入った容器を
 運んできた。
 3
人で仲良くご飯を食べ始めた。
 「名前は」と聞くと、「ケムシェ」と年長の男の子が答えてくれた。

 クメール語ができない私は、それ以上の会話は無理だ。
 3人で仲良く、それこそ肩寄せあってご飯を食べている。
 私たちのまわりは、それこそ蠅が黒い固まりとなってぶんぶんと飛んでいる。

 彼ら3人の姿を見ていると、思わず胸が熱くなった。そして哀しくなった。
 しばらく目を閉じた。でないと、こらえられなくなりそうだった。

 3人の姿が哀しかった。直視できなかった。
 なぜ、彼らはこんな生活をしているのか。
 わからなかった。
 小さなスプーンに白いご飯と青い野菜のスープをのせて、小さな口に運ぶ。
 その姿が哀しい。
 
 私の話しかける意味不明の関西弁を聞いてにこにことする。
 その笑顔が哀しい。
 辺り一面、猛烈な臭気と埃が充満している。
 そんな空気から口と鼻を守っているタオルを巻いた彼らの姿が哀しい。
 
 さらにそのタオルの隙間からのぞくまなざしの優しさも哀しい。
 彼らの生活を映像にとらえ、それを生業とする自分の姿はもっと哀しい。
 
 いつもなら、気軽に声をかけ続けることができたのだが、そのときだけは、
 それ以上口を開くことができなかった。
 本当は哀しむべきではないのだ。
 それは分かっている。
 仕事とは割り切れないのだ。

 「撮らなければ」、という気持ちと、「私が撮影しても、何にもならないのでは」
 という無力感だけが頭の中を駆けめぐる。


 私がカンボジアに足を踏み入れた理由の一つに、ポル・ポト時代 ( 1975~79 )
 大虐殺が何だったのかを知りたかったことがある。

 もちろん短期間の滞在では、その全容を知ることは不可能である。
 が、最低、何だったのかを知るヒントを得たかったのである。
 
 100万人(~300万人)以上の人々がたった4年の間に殺されたのだ。
 実際にその地を自分の目で見て、その地を自分で感じてみたかったのである。
 カンボジアではほんの20数年前に、想像を絶することが起こっていた。
 どうして起こり得たのか。

 そのことを、現地で考え、感じてみたかったのである。
 自分自身、どうしてその事を知りたいと思い至ったのか、その理由もはっきり
 させたかった。
 で、とりあえず、来てみた。


 プノンペン市内に保存されている「トゥールスレン虐殺博物館」や郊外の通称
 「キリングフィールド」に行ってみた。噂で聞いていたとおり、犠牲者の髑髏で
 作ったカンボジアの地図が飾られていた。数え切れない髑髏が陳列されていた。

 作り物ではない、本物の髑髏である。
 そのいくつかにそっと触ってみた。
 何も語ることのできない「しゃれこうべ」だ。
 男か女か、老人か若者かも分からない。
 
 彼らは物言わぬ証人だ。

 キリングフィールドでは、米国人の文化人類学者が顎の骨を天日の下で調査をしていた。

 クメール人のあごの骨やアジア人のあごの骨の調査だという。
 「研究対象には事欠かない」とは、正直なコメントだった。

 しかし、である、そこに飾られている無数の「しゃれこうべ」は、死後もまた
 強制的に歴史の証言台に立たされている。


 彼らの意志に反して、政治に、研究に利用されているのである。
 作り物ではない本物の人骨ゆえにその証言はあまりにも強烈である。
 
 その強烈さを利用されているのである。
 本当に本物の髑髏が必要なのか、でも、それが本物ゆえに、見る者に深く考えさせる
 のだから仕方ないのか。
 答えの出ないジレンマを感じてしまう

 それにしてもすさまじい記録である。
 しかし、と、私は思う。
 その過去の悲惨な状況に囚われるあまり、今のカンボジアを見なくていいのか。
 
 
 町に溢れる今のカンボジアの人を見ないでいいのか。
 過去に目を向けるのは、そこから今を考えるためである。
 なのに、今のカンボジアはほとんど相手にされない。
 それでいいのか。
 そういうちょっとした無関心の隙間から、次の問題の種がまかれているはずなのに・・・。

 
 そんな私の思いとは全く無縁に、ブルトーザーはうなり声をあげる。
 完全に暗くなっってしまった。
 人々の表情はもはや判別できない。
 
 時計を見せたり、指で数字をつくったりして、 何とか身振り手振りで、
 ケムシェ君に聞いてみる。
 
 「いつまで働くの?」と。「夜11時まで」、という。
 何かの間違いではないかと、何度も確認した。
 やっぱり11時だった。彼の頭にはしっかりとライトが取り付けられていた。
 
 カンボジアでも私は当然のように写真を撮った。
 自分の体験したカンボジアを撮った。
 考えがまとまらないからこそ写真を撮った。

 撮り続けることで、あやふやな自分の態度にけじめをつけようと思った。
 記録に、記憶に残る一瞬としてシャッターを切り続けた。
 今のカンボジアの姿の一面を表す、語らぬ証言者たちを前にして、
 私にはそれしかできなかった。

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記念撮影

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 久しゅうプリンタを稼働させてなかったので、目詰まり防止のために、
 手頃な写真をプリントアウトすることにした。

 PCのファイルの中をのぞいて見ると。
 あ、こんな写真ファイルがあった。

 5月にウー・ウィンティン ( U Win Tin ) と一緒に記念撮影した写真だ。
 早速、プリントアウトする。
 
 いやー、ビルマ(ミャンマー)のラングーン(ヤンゴン)も暑かったですね。
 こうやってみると、2人とも汗みずくである。

 UWinTin.jpg

 
 

 
 ビルマ国内には、イスラームを信奉する人びとがいる。
 大きく分けると3つに分けられるかな。

 ◎中国からのパンディー族(パンデー族:回教族の系統)、
 ◎アラカン州のロヒンギャー(ロヒンジャ-)、
 そして
 ◎マレーシア系のパシュー人(マライ人)である。
 
 その他、中東系や中央アジアのムスリムの人もいる。

 写真の女の子はビルマ最南端の町コータウンに暮らすパシュー人の女の子。
 
DSC_6573.jpg

 

 
 最近ダラの町のことを目にする機会があります。
 そこで、3枚の写真を横長に合成してみました。
 
 ラングーン(ヤンゴン)から見るダラではなく、
 対岸の町ダラ (Dala) から見るヤンゴンの光景です。

 横長にパノラマで拡大 (1200dpi) します。

Dala.jpg

 
 ここはイラワジ管区のとある倉庫。
 米粉を巻き上げながら米倉で働く人びとを見かけました。 
 DSC_6373.jpg
 
 おそるおそる倉庫に立ち入り、写真を撮り始めました。
 ほっ、問題ないようだ。
 
 籾殻の付いたお米をひと袋50kgの袋に詰めていく。
 かなりの重労働。

 
ここでも同じだった。
 女性は重たい袋を頭に載せ、男性は肩に担いでいた。
 頭上運搬と担ぎ、この違いはなんなんだろうか。
 ふむ。

 隣の倉庫は機械で脱穀して、新たに袋詰め。
 

 写真撮影を終えて宿舎に戻り、ラップトップにデータを転送していたら、
 うわ、なぜか後半撮影分のデータが飛んで(消えて)いた!
 約1GBも。
 あああぁ。

 
 ああ、またまた、脳味噌にCPUが4つ欲しいと思う、今日この頃。
 
 とりあえずPCのデータ整理とUP作業とルーティーンワーク。
 毎日のことだから、さぼると後が大変。

 
 原稿を書き上げ、修正し、冷やす。
 写真とを確認し、こちらも寝かして冷やす。


 『ビルマVJ』の本体さんに、依頼事をしたら、う、やぶ蛇だ。
 前から打診されていた写真の件を再度、打診される。
 はい、もちろんですよ、と快諾。
 いろいろクリアしなければならないことはありますが。
 
 うわ、もうアップですか~。
 早いですねー、と。

 
 暑い。
 深夜、エアコンを消して窓を開け、外気を入れてしばらく様子を見る。
 じわー。
 そのまま2時間ほど。
 室内気温、30,9ですね。

 やっぱり屋上の熱が最上階のこの部屋に下ってきているようですね。
 冬はええんだけどなあ。

 
 ブログに動画をどう貼り付けたらええんやら。
 じっくり考えることもできない。
 頭がぼぉ~。


 ぐったり寝入る。
 

 寝起きで、原稿を修正し、ビュンと送信。
 短く簡潔で締まりのある文章は、ホント難しい。
 
 で、10行ほど余る、とか。
 文章を削るか、写真を小さくするか。
 最近は情報的な文章を優先して、後者ばかりだったので、今回は前者にしようと思う。 
 やっぱり写真を大きく使いたいし。
 うん。

 
 Mさんから送ってもらった伊丹万作や渡辺清の文章を読むが、頭に入らない。
 というか集中して考えられない。
 敗戦後の日本という国の、日本人の責任についてだけど。
 

 久しぶりに、ローファット系の加工乳・乳飲料ではなく、生乳の牛乳を飲む。
 やっぱり美味しい感じ。
 この夏はこれで通したいけどなあ・・・。
 
 
 ナンシー・スノーの『プロパガンダ株式会社』を読了。
 ま、クリントン政権とは、米国の対外政策とはそういうことだったんですね、と
 軽いジャブ。

 
 『写真・日記集成』の1946年分を読み始める。
 
 

雪解け水

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 お宝映像。
 今回は動画です。
 
 river.jpg
 
 カチン州の最北の地。
 
 ビルマ最北の村、タフンダン(Tahawndam,Thahandam,Dahondam)に
 流れ込む、実に冷やっこい雪解けの水を含んだ川の流れです。
 (ここで水浴びしましたが・・・)
 
 この地域の動画を持っているのは、日本では「テレビ朝日」と私くらいでしょうか?

 が、しかし、動画の埋め込み方がわかりませっん。


 ビルマ最北のタフンダン村から北をのぞむ。 
 DSCF2510.jpg
 
 雪山は天候が変わるのが早い。
 雲が流されているなあ、と思っているうちに、たちまち吹雪く。

 ビルマと吹雪、ちょっと不釣り合いな感じがしますが、これもまたこの国の一面です。

 
 結局、ウンウン言いながら原稿の下書き。
 なんとか出来たとおもって読み直すと、うーん、やっぱりどうも坐りが悪い。
 もう一度、修正する。
 
 ま、あとは時間をおいて頭を冷やしてやり直そう。
 
 半眠半起。
 うとうと。
 ラジオを聴いていたら、あれ、内田センセが出てるじゃないですか。
 なんで、夢ですか。
 先日、マルクスを読もう、を読んだ直後なのに。
 ウトウト。

 
 今日も暑くなりそうだ。
 
 ラップトップ・パソコンでウイルスソフトを稼働させる。
 一応、万一を考え、3種類のアンチ・ウイルスソフトを使ってる(ま、全部フリーだけど)
 やっぱり、それぞれで悪質なウィルスを発見、で、駆除。

 
 病み上がりだけど、あれこれせずに無理せずに復活していく。
 ま、少しずつならいいだろう。

 まずは、洗濯機を回す。
 シーツとタオルケット代わりのシーツを洗う。

 
 グアテマラのロサリーナの写真リクエストが来たので、画像を引っ張り出し、
 ペチペチペチペチペチと細工して、ビュンと送信。

 
 昨夜はタイ・チェンマイのグループと2つのトピックについて情報交換と意見交換を
 繰り返した。
 今日はちょっとお休みね。


 原稿にくっつける写真の編集を始める。
 300 dpi で 最大幅 2500 pix ぐらいあればいいだろう。
 ペチペチペチペチペチ。
 あ、全部で100MB超えてますね。

 
 原稿の下書きを読み返そうと思ったけど、ちょいと気力が薄れました。
 困ったなぁ也(って変な日本語だわ)


 暑さに耐えかね、孟宗竹シーツを引っ張り出す。

 IMGP6711.jpg

 記録を見てみると、昨年は8月8日、2008年は何と、
 
今日と同じ7月21日に出している。
 
 偶然か。
 それとも一昨年の今の時期、気温が急上昇していた頃だったのか。


 デスクトップPCにも3つのウイルスソフトを走らせてみる。
 やっぱり、それぞれいくつかのウィルスがひっかかった。
 ったく、難儀ですなあ。


 と、
 洗濯するついでにハンガーラックをゴソゴソしていてたら、
 未使用のカメラマンジャケットを見つけた。

 (表)
 IMGP6707.JPG
 
 
 (裏)
 IMGP6709.JPG

 素材はカンボジア軍の軍服である。

 上着ポケットとメッシュジャケットをはるばるビルマで合体させ、
 手縫いしてもらったのである。
 
 が、さすがに迷彩色なのでビルマ国内では着ることが出来なかった。
 それに、ポケットの出来がイマイチで、生地が固い。
 で、全く未使用である(XLサイズ)


 その代わり、もう一着、黒色のジャケットも作って貰った。
 IMGP6701.JPG
 こちらはビルマとタイの国境取材や、その他の地域の取材でも結構使った。
 生地も柔らかくなり、身体にフィットするように馴染んできたんだ。
 うん。


 そこで、おそらくは今後、着ないと思う上記の迷彩仕様
のカメラマン・ジャケットを
 差し上げます(あまり期待しないでください)
 せっかく作ったのに、捨ててしまうのもなんなんで。
 
 必要な方はご一報ください(メールで)
 着払いでお送りします。
 希望者が、複数名いらっしゃいましたら・・・、(いるのかな?)、う~ん、
 ま、適当に決めさせていただきますんで、悪しからず。
 
 
 


 ここは、ビルマ(ミャンマー)とタイの間に位置する、アジアハイウェー(アジアハイウェイ:
 Asian Highway:AH-1)のほんの一部分。
 03bur066.jpg
 ( ↑ 大きくなります )

 ここはビルマ(ミャンマー)カレン州・パアン市を経て、チョンドー(KYONDO)
  コッコレー市(KAWKAREIK)へ入る直前。
 
 タイ側から見るとメソット(MAE SOT:メーソート、メソトともいう)から
 ミャワディ(MYAWADDY)を経てコッコレー市へ至る。

 
 デジカメではなくスライドスキャンからすると、どういうわけか青い空がホント青い。


 目を覚ましたり、寝入ったり。
 
 とりあえず食べねばと、一人台所に立つ。

 
 夕方が過ぎてようやく立ち上がっても目眩はしなくなり、頭痛や眼痛は去った。
 
 
 冷蔵庫が空っぽ気味。
 ビュンと買い出し。
 急に野菜類が高くなったような。

 Sobees がおかしいと思っていたら、twitter の連携アプリが不具合を起こしていた
 だけのようだ。

 
 明後日締め切りの原稿を始めねば。
 まずは下書きから(・・・この状態で始められるか?)
 ふむ。

寝入ってます

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   new047.gif


  寝入ってます。




 
 朝、目が覚めたり寝入ったりのくり返し。
 世間様に合わせて、連休としよう。

 
 枕元の本棚から、目についた雑誌を引っこ抜く。
 『論座』(2004年1月号)だった。
 最初のページ、「ことば採録」の一番初めに、びっくり。

 「民主党との合流論はナンセンス。社民党は一二人の国会議員のため
  にあるではない。・・・ ・・・。」
 (社民党の新党首に就く福島瑞穂氏、朝日新聞の取材の答えて)とある。

 いやね、当時と今とでは社会状況も政治情況も国際事情もちがうから、
 取りたてて、どうこう言うつもりはないんですが。

 しかも直近の参議院選挙では、いろいろ迷いに迷って、最後の最後で、比例区では
 この党に投票しているし。
 ふむ。

 
 どうしてこの号だけ残っているのだろうかと、項をペラペラめくる。 
 あそうか、対談(金時鐘X藤田敬一)「人間と差別を考える」の一箇所に赤線が
 入ってる。
 --------------------
 金 差別がなくなったんではなくて、それに関心を持たなくなってもいい状態で差別が
    拡散している。
 --------------------
 
 そうなんだ。
 ある意味、差別だけじゃなく、無関心が広がっているんだ。
 身の回りのこと以外、っていう意味だけど。


 『日本の文化人』(「噂の真相7月別冊」、1998年7月)もツラツラ見入る。
 噂だけど、なぜか信憑性がある話もちらほら。
 ま、話のネタと他人ねとして目を通す。
 巻末には、「文化人」諸氏の住所(自宅も!)や電話連絡先がズラリ。
 さすが、やりすぎ、うむむ。

 
 久しぶりに爆睡。
 暑い。
 寝起きでエアコンのスイッチを入れてしまう。
 口開けて寝ていた?
 口の中がカラカラである。


 写真提出先から連絡先が届いていた。
 うーん、オンラインアップにいくつか漏れがあるようですね。
 しかも minor に関しては photo release ないものは全て却下ですか。
 ま、そういうルールですから。
 ふむ。

 
 と、急に腹痛。
   トイレに駆け込む。
   うう。
 と、急に頭痛。
   ガンガン。

 目を開けているのを我慢できんようになりました。

 寝入る。

 
 7月の半ば、まだまだ雨季の真っただ中。
 晴れ間の広がったこの日、ラングーン(ヤンゴン)市の東部、
 ダゴン地区に出かけてみました。
 cu03791.jpg
 
 日も傾き始めた頃、喫茶店も閑になっている。
 店番の男の子も、ちょいと手持ちぶたさ。

 
 晴れである。
 梅雨明けですね。

 洗濯物はそれほどたまっておらず、ま、今週いっぱい晴れのようですから
 慌てることなし。

 冬の羽毛布団を干す。
 敷き布団も干す。
 
 
 久々の晴れの日に部屋に閉じこもっているのはもったいない。
 連絡業務を半分終わらせ、ビュンと出動。

 図書館で本を返却。
 電気量販店で腕時計をピックアップ。
 結局、メーカー送りでの電池交換をしてもらえなかった。
 
 水中 under 20 bar なので製造メーカーでしか裏ぶたを開けることはできない。
 が、長年使っていた腕時計のため、接合部が固まってしまい、部品交換が必要
 だとか。

 が、製造年が古く ( って、たかが10年ほどだよ) 部品が無い、と。
 はぁ~、である。

 映画館(シネ・リーブル)のメンバーとなる(年会費1000円)
 次の映画が楽しみだ。

 
 三宮、7Fのジュンク堂へ。
 雑誌をザッピング立ち読みし、マニュアル本をいくつか読み込む。
 やっぱりこれはもう手に負えないかぁ。

 と、ここのジュンクはエレベータの利用がとても不便だ。
 というか、遅すぎる。
 苛々を通り越すほど。
 だから、あまり来たくないのだが。
 
 下りのエレベーターを待っている間に、エレベーター前の新刊本の山を見回る。
 と、『若者よ、マルクスを読もう』(かもがわ出版)が出てた。
 手にとってパラパラ。
 1500円か。
 ま、ジャンクフードを何回か我慢したら買えるか。
 

 スーパーに寄って買い出し。
 この店舗、チェーン店の他の店に比べて全然安売りになっていない。
 場所柄か殿様商売をしている。 
 で、最低限の買い物(食パン、牛乳など)とグレープフルーツジュースを買う。
 
 レジも最悪。
 これだけ大きな店舗だと、精算時のレジに買い物点数が少ない(8点ぐらいまで)
 客用に「エクスプレス・レジ」ってのを用意すればいいんだが。
 そういうサービスは考えられないのかなぁ。
 
 
 部屋に戻り、何度か入れ違いになってた猫さんに荷物を持ってきて貰う。
 おお、本当に届いた。
 広島から、ドンと X キログラムのお米である。

 rice.jpg
 
 
どうもありがとうでございます。
 これでしばらく生き延びることができますか。
 まるで気分だけでも松下竜一になったような感じかな。
 みなさまの厚意で生きぬいております。
 うん。

 
 目がパシパシするので、PCの液晶画面を見る気になれず。
 ごろんとなって『若者よ、マルクスを読もう』を開く。
 ほんに、いつものノリで書いてますね。
 
 ごろんと横になって頁を繰る。
 ゴロゴロしてたら、寝たり起きたり。

白銀と黄金

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 そろそろビルマのお宝写真を出してもよい頃かな、と。

 ここはビルマ(ミャンマー)最北の地、熱帯という国のイメージを打ち破るように
 雪山が聳え立ちます。
 しかも雪を頂いて。
 DSC_3574.jpg
 ( ↑ 大きくなります )

 ただただ、ぼぉ~っとその風景を見ているだけで時間が過ぎてゆきます。

 で、

 夕暮れ時。
 真っ白な雪山が夕陽を浴びて黄金色に輝きます。
 またその風景を見ていると、苦労してそこまで行った甲斐があったというものです。
 うん。
 DSC_3650.jpg
 ( ↑ 大きくなります )

 
これらの画像を、ビルマ軍政に抗議する者に、ビルマ軍政側に立つ者にも、或いはその両者の
 間で身動き取れないビルマの人にも、民族・人種・宗教・性別などなどを超えて全てのビルマ人に
 捧げます。


 何度も書いているように、今年(2010年)のビルマは本当に暑かった。
 
 食堂でタミンパウン(八宝菜のぶっかけメシみたいなもの)を食べてたとき、
 一人の男が怒りまくっていた。
 「なんでこんなに暑いんや!」
 怒っても仕方ないけど、それほどまでに暑かった。

 カメラを持って街中をぶらつくのも精が要った。
 

 水を求めてヤンゴン川まで行く。
 ついでにラングーン(ヤンゴン)市の対岸、ダラの町に行った。
 せめて日陰をと思い、ダラの町の市場に入って射すような太陽光線から逃れた。

 
 市場内はムッとする空気を感じたが、それでもまだ日向よりはましであった。

 市場内をウロウロしてたら、あ、誰もいない服屋さんがあった。
 と、
 誰もいないと思っていたら、いてはりました。
 
 _DSC3426.jpg
 
 まるでカメレオンのように商品と一体化してました。
 カメレオン女か。

静かに深呼吸

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 深夜、圧制下に暮らすビルマの人びとのことを思い起こしていたら、どういう訳か
 気分が昂ぶり、胸を締め付けられ始めた。
 心臓がドキドキ痛くなる。

 いろいろと考え事をしていたら、眠られなくなった。
 知り合いの顔がいくつも浮かんでくるし。
 堂々めぐり。
 そんな気分になったのは久しぶり。
 
 静かに深呼吸をして、気持が乱れた嵐が通り過ぎるのを待つ。
 その間、数時間。
 ふぅ。
 困ったもんだ。
 もうちょっと冷静にならないと。

 
 次の企画提出のために写真選びをし始めるが、どうも気が乗らない。
 その当該雑誌がないから、もう一つ編集部の傾向が読めないのだ。
 ふむ。

 
 晴れているが、急な雨が来るのか。
 読めない。

 世間様では、明日から3連休ですかっ。
 
 とりあえず、敷布団を干す。
 天気予報を見ると、午後4時半頃まで大丈夫のような感じ。

 午後遅く、時々、雷の音。

 
 茎ワカメとシメジのお味噌汁を作って、ひとりで啜り喰らう。
 自分好みの味だから、もちろん美味い。

 海外とのメールのやりとりも億劫だし、
 
 何もする気がしないなあ。
 本を読むのも、
 ラジオを聴くのも、
 DVDで映画を見るのも、
 
 ビーチでゴロリとしたいなあ、と。
 潮騒だけを耳にして、時間を過ごしたい。

 


 ロヒンギャー(ロヒンジャ-)の難民取材のためバングラデシュの東部コックスバザール
 に行きました。
 市場をぶらぶらして、お米屋さんをのぞいて見ると、いろんな<出身地の>お米袋が並んでました。 
 DSC1492.jpg
 
 WFP の袋にはオーストラリア ( "GIFT OF AUSTRALIA" ) から。
 その他、"MYANMAR ORIGIN" "THAILAND RAW RICE" "GIFT FROM GOVERNMENT PEOPLE OF INDIA " とか。

 "MYANMAR" 《ミャンマー(ビルマ)》からの袋は、お米?
 ちょいと色が違いますけど " 25 PCT BROKEN 《maize ?》 って読めますが。
 

 
 連日激しい雨だが、なぜか今日は朝から強い(っていう表現ありかな)曇天。

 写真の選別を2件同時に進行する。
 一つずつすればいいのだが、手抜きしている。
 だからテーマが重なり、かなりごちゃごちゃになる。
 
 『逃亡』からの書き抜き終了。

 平作はじっと瑞枝の顔を覗き込む。「新聞ば読みよると腹が立つ。なんかこう、戦争をおっぱじめたのは、戦犯とか戦争責任者がしたこつで、自分たちは関係なかちいうごとたる顔ばしとる。あげん戦争せろせろち言うた新聞がじゃ。
 先だって公職追放とかいうもんが書かれとった。戦争責任者の三等親までは、公職や大会社には就職できんらしか。三等親内ちいえば、親子孫、兄弟はもちろん、ひい祖父(じい)さんや曾孫(ひまご)、叔父叔母まではいるじゃろ。こげな酷なこつはなか。そりゃ、本人が大将や中将、大臣くらいならまあ、戦争にも責任があろうばってん、ずっと下っ端の者にもそげな法律ばあてはめるのは、間違っとる。いったい誰が、あいつは戦争責任があって、あいつはなかち、決めらるるか。みんな旗振って兵隊さんば送り出し、大本営発表で戦果が上がるとは万歳ば叫んだとじゃが。今頃になって、俺は関係なかったち言い切れる者こそ、人非人で売国奴(ばいこくど)たい」
PP.96-97

 

 戦争被害の被害者の立場は、その時、その場所によって異なる。
 それは判る。
 
 戦争に積極的に荷担していない者も、或いは被害者という意識を持つ者も、
 別の立場に立てば、加害者となっている。

 でもね。
 この書き抜きの部分も、旧日本軍の侵略を受けたひとから見れば、「何を言っているんだ
 お前たち《日本人》は、その多くが積極的に戦争を推し進めたじゃないか」ということになる。

 アジアの人から単純に見れば、日本の人はまず加害者であって、そのことを忘れて
 
被害者面するのは納得がいかないのだろう。

 その当時の政治状況では、市井の人びとが政府の政策に今のように疑問を投げかける
 ことは、もちろんできなかった。
 そうである。
 だが、当時は、天皇の名において、日の丸や君が代を現地の人に押し付け、勝手なこと
 をやったのは事実である。
 戦前戦中戦後と、日本側は、そのほとんどを忘れようとしている、あれは《戦争》だった、と。
 
 でも、今の日本の安定や平和は、その《戦争》の続きにあることを忘れてはならない。
 いいとこ取りだけしてはならないと思う。
 
 もちろん、自分自身がこうやって好き勝手書けるのも、いろんなものを受け継いでいる
 ことはある程度自覚しているのだが。


 木曜日はタマゴをはじめとして食料品の安売り日。
 雨が降らないうちに、ビュンと買い出しへ。
 お米も買う。
 大好きな生和そばも大量に(だって、普段の半額、4袋で100円だもの)
 
 久しぶりのお刺身も。
 好物の若布も。
 
 部屋に戻ったとたん、パタパタと大粒の雨が降り出す。
 おぉ、ギリギリセーフだ。

 雷も鳴り出す。
 慌ててPCの電源を落とす。
 ザーッという音。
 窓を開けると、目の前が見えなくなるほどの雨の白い幕。
 うわ、である。

 停電しても、電話線ののことも気になるが、急ぎの連絡があり、ラップトップを
 立ち上げる。
 ゴロゴロ、バーンと落雷の音。
 おおぉ、こわ。

 で、ちょいと仮眠。


 寝起きの頭で連絡業務と写真の整理。

 写真のキャプションはPSでそのまま画像に埋め込む。
 ペチペチペチペチペチ。
 眼が疲れる。

 目には良くないと判っているが、やっぱり目薬の消費量が激しい。
 部屋のあちこちに目薬のパッケージが散らかっている。
 
 仕事の手を止め、気分転換だ。
 便所の敷布をゴシゴシ手洗い。
 お風呂の湯船をいつもより洗い込む。
 
 
 夕食が夜食となる。

 
 ブログで不快な書き込みを見つける。
 はぁ~。
 何でこんなこと書くんかな、と。
 

雨宿り

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 この数日、日本でも雨続きである。
 特に西日本を中心に土砂崩れや水浸しの被害が出ている。
 
 緊急避難で家を出なければならない人も数多い。
 自然災害は、時に人災とも重なり、大変なことになる。
 これ以上被害が広がらないことを。

 
 こういう雨が降り続くと、雨季のビルマで出会った人びとを思い出さざるを得ない。
 R0011950.JPG

 急な豪雨にたたられ、街中のゴミ箱からリサイクル品を集めていた子どもが路肩で
 雨宿りである。

 降り続く雨を恨めしそうに眺めていた。
 裸足で歩き回っていた足の裏の汚れは落ちない。
 

 私も濡れながら写真を撮る。
 が、同じ濡れるにしても意味合いは、もちろん違う。

 
 雨が続く。
 湿度が上がる。
 ジメジメです。

 朝は生ハム(^o^)とチーズのトーストを喰らう。
 美味い。
 APの方に足を向けて寝られんじゃん。

 昼は、豆腐と若布の雑炊なり。
 最近、頓にワカメ値段があがっている。

 一時期、100gほどのパックが98円だと思っていたら、知らないうちに、
 → → →  と上がって、この間は148円の値がついていた。
 こりゃたまりませんね。
 お肉や魚よりも高いなんてね。
 

 と、東京の出版社より、ここだけの話がありまして、まずはH氏に転送することに。
 がむばつてください。


 追加写真をピンと選んでビュンと送信。

 別件の写真を選ぶ。
 が、いろいろと規定がややこしそう。
 "photo release"  がないので、ほとんどの写真は本人が特定できないように、後ろ姿か、
 それに準じるイメージばかりとなる。
 

 ペチペチペチペチペチと、ようやく写真のデータベースが一段落した。
 ビルマ (ミャンマー 写真 とも) 関連のイメージで5000件をアップすることができた。
 ふぅ、とひと息です。

 
 ジメジメが限度を越えたようだ。
 カビが!!
 うわ。
 さすがに、除湿器のスイッチを入れる。
 
 
 写真の選択、ちょいと難しい。
 で、仮眠を取りながら、目を休めて、『逃亡』からの書き抜きを続ける。
 ペチペチペチペチペチ。

 
 エクアドルから帰国したSくんから連絡ありです。
 いろいろと。

 
 ジトジト雨が続いて蒸し暑い。
 湿気でべとべとだ。
 裏山が崩れるか・・・ビクビクするよりも、びっくり、カビを発見。
 
 と、さすがにエアコンの力が及ばない隣部屋に除湿器を稼働させる。
 エネルギーの無駄?かもしれないが。

 と、そこを見透かしたように、ラジオで原発の宣伝が流れてた。
 「原子力発電は、発電時に二酸化炭素を出しません」というような感じで。
 う。
 違うだろ。
 
 そこで、小出裕章先生(京都大学原子炉実権助教)による話を改めて読むことにする。
 『兵庫保険医新聞』(2010年6月15日)より抜粋。

 
 「原子力はCOを出さない」と言われているが、最近この宣伝は「発電時に」COを出さないに変わっている。
 100万キロワットの原子力発電所を動かすため、1年間にどんな作業が必要か(図5)。

 
 まず鉱山でウランを採掘し、精錬所に運搬、精錬し、核分裂性ウランを濃縮し、加工する。これらの行程で膨大な資材を投入しており、たくさんの化石燃料を用いている。結局多量の二酸化炭素を放出していることになり、「原発はCO2を出さない」とは国や電力会社も言えなくなっている。発電所自体の建設にも膨大な資源を使っているので、「発電時に出さない」というのも言い過ぎで、科学として正しくいうなら、「ウランの核分裂反応は二酸化炭素を出さない」というべきだ。
 
 その上、ウランの核分裂反応は二酸化炭素を出さない代わりに、有害な核分裂生成物(死の灰)を出す。それを「再処理工場」というところに送るというが、この再処理施設を作るのにも、膨大な資材・エネルギーがかかっている。さらに、「再処理工場」は死の灰からプルトニウムを取り出すためだけのもので、死の灰そのものは残っており、最終的な処理にまた膨大な資材・エネルギーがいる。


 次に、ゴミの本体である核分裂生成物(死の灰)の話をする。日本で原子力発電が始まった66年から、発電した電気の総量は6兆~7兆キロワット。作った核分裂生成物の量は、広島原爆がばらまいた核分裂生成物の110万発にもなる。この死の灰を無毒化しようと、人類はずっとこの60年研究史続けてきたが、無毒化できないというのが、科学の現状だ。


 一口に死の灰といっても、放射能の寿命の長さには差があるが、低レベル放射性廃物は300年、寿命の長い使用済み燃料や高レベル放射性廃物は、100万年隔離しておかねばならないという。この時間の長さをイメージしてみてほしい。

 日本が原子力発電をはじめて44年。関西電力など9電力会社ができてから、59年しか経っていない。日本が電気を使い出してからも124年。会社の歴史はそれぐらいの長さだ。そこで、放射能の監視は一企業の責任範囲を超えているので、国が責任を300年持つと言っている。
 
 さて、今から300年前を考えると、江戸時代、忠臣蔵の討ち入りの時代だ。当時の人たちに今のわれわれがこんな生活をしていると想像できなかったように。私たちは300年後の世界を想像できない。日本がどんな国になっているのか誰もわからないのに、今の日本政府は責任を持つと言って、青森県六カ所村に押し付けている。

 
 日本で、明治維新が起きてから142年しか経っておらず、アメリカ合州国だって建国から234年。国にはせいぜいそんな歴史しかない。邪馬台国というのが1800年くらい前だが、いまだにどこにあるかわからないと言われている。そういう「人」が作った国が、作り出したものに対し100万年お守りするというのは、非常にばかげた話だ。

  元記事はこちらです  →  http://www.mugla.in/genpatu/hoken10615.pdf

 
 そんなら電気を使うなという阿呆なヤツが出てくるので困るのだが。

写真検索

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 http://uzo.sakura.ne.jp/uzo/index.htm

 
 
 写真検索ですが、
 
 たとえば、
 「 ミャンマー アウン・サウン・スー・チー 」
 ではなく
 「 ビルマ アウンサンスーチー 」

 ミャンマー → ビルマで、
 ビルマ人の人名は 「 ・ 」 なしで行ってください。
 
 それじゃあ、汎用性がないやん、とおっしゃらずに。
 
 悪しからず。

 カテゴリーから入りますと、
 ビルマ(ミャンマー)、
 カレン(ビルマ)
 ロヒンギャー(ビルマ/ミャンマー)
 と一覧で見ることも可能です。

 
 ロヒンギャーたちの住む難民キャンプ。
 ビルマからバングラデシュに逃れた人びとが厳しい生活を続ける。

 日々の暮らしで欠かせないのは、食べること。
 そのために調理の為の薪は必需品。
 数万人という人びとが、キャンプ外へ燃料の為の薪を集めに出かけに行く。
 
 ただでさえ人口の多いバングラデシュのこと。
 地元バングラデシュのベンガル人も生活には青息吐息。
 田舎の暮らしは燃料は薪に頼る部分がある。
 
 勢い、ロヒンギャーたちは、日常生活のレベルでベンガル人から反発を
 受けることになる。

 
 経済的に厳しい人びとが助け合うのは理想的である。
 が、現実はそんなに甘くない。
 だからといって現実だけを最優先させる考え方や実際にも納得いかないけど(とほ)
 
 では、どうすれば。
 _DSC1382.JPG
 
 薪を担いで非公式の難民キャンプに戻って来た男の子。

 
 今朝は朝2時過ぎから活動開始(って、深夜か?)
 朝食が早すぎる。
 

 で、一日中、雨ですね。
 ジトジトジメジメして、なにやらべとつく。
 鬱陶しいなあ。

 南向きでベランダがない我が部屋、雨が強くなると雨粒が部屋に降り込んでくる。
 べっちゃべちゃ。

 そういうわけで、朝6時過ぎには昼食になる。
 昼はチーズとハムのサンドイッチを喰らう。

 なんという乱れた生活なんだろ。
 それでも1日3食です。
 うっすら塩味のハムが美味しい。


 どうも仕事の手順が混乱している。
 バタバタとするだけで、一向に何事も進まない。
 タコは脳味噌が9個(?)あるそうな。
 私も自分の頭にCPUが複数個欲しい。
 
 
 最近はウエブよりもブログ、ブログよりもツイッターがもてはやされている。
 ま、便利は便利なんだけど(自分もかなり使っているし)

 そんな便利なツールを使っているせいか、なんか全てが早い(速い!)
 落ち着かない。
 この頃、強く感じるのは、新聞社系のウエブは、なんかごちゃごちゃしすぎで見づらい。
 これって、自分の方がおかしいのかな、フト考える。
 シンプルさを好みすぎ?

 別件で写真選び。
 久しぶりである、自分の判断で写真を選べるのは。
 うん。

 12時過ぎたら、息切れ。
 ひと休み。

 ひと息ついてペチペチペチペチペチと作業を開始。
 
 
 ビルマ情報のデータベースは現在5000件近いデータが入ってる。
 http://www.uzo.net/bnnj/
 [登録全データ]をみると4600件を超えている。
 (翻訳をしている BurmaInfo の秋元さんもよく続けているなあ)

 これに合わせるように、ビルマの写真データベースもまとめた。
 http://uzo.sakura.ne.jp/uzo/index.htm
 こちらもようやくビルマ関係だけで5000件のデータを入れました。
 これでだいたいビルマの写真はなんとか満足できる範囲でカバーできたのでは、と。
 
 自分で言うのもナンですが、個人でビルマ(ミャンマー写真)をカバーしているのは
 世界一ではないかと(だれも褒めてくれないので、自画自賛)

 もっともアウンサンスーチーなどの検索は、 「スー・チー」 ではなく 「スーチー」 としなければ
 なりません。 その他、ビルマ特有の表記や言葉の使い方があります。


 ビルマの国営紙のPDFデータも結構まとまってます。
 http://www.uzo.net/bnnj/
 こちらはいろいろと手がかかってますので、利用料として有料となってます。


 データも写真も、基本的には利用はタダである。
 写真に関しては、一応、コピーライトマークをいれたり注意書きをしてるが、
 勝手に使ってもそれほど文句を言うわけではない(出典をキチンとしてもらえれば)

 もちろん、出典を明記しないで、勝手に使っている人や団体も知っている。
 だからといって、著作権をたてに、があがあ言わない。

出番の前に

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 カレンの新年際に参加した夜、一晩中歌や踊りが催されていた。

 カレンといえばドン(ドーン)ダンスが有名だが、その夜は別の踊りの
 出し物が用意されていた。

 
DSC_1099.jpg

 鮮やかな衣装に身を包み、見慣れぬ化粧で顔を彩った女の子たちが出番を待つ。


 またもや昼夜逆転の不摂生気味の生活となる。
 ウトウトと数時間ほど寝入る。

 6時半過ぎ、目が覚める。
 曇り空。
 まだまだ雨季のど真ん中、っていう感じ。

 頭をシャキッとさせるため朝風呂に入る。
 
 原稿を2度3度と見直し、ビュンと送信。
 あ、もう昼だ。

 出動。
 どんより空。
 雨に降られなければいいんだがなあ。
 
 Yバシで太陽誘電のDVDとエアーを2本買う。
 
 テクテク歩いていたら、天満近くで雨が降ってきた。
 アフアフと急ぎ足。
 APのオフィスへ。
 
 オヤヂ氏は不在。
 火の玉G氏と、ケーキを喰らいながら企画の打ち合わせ。
 うー、企画を通すとしたら、やっぱりその線ですかぁ。
 ぐっちゃら。

 ほどなくおいとまとなる。

 と、これもって帰ってください、と。
 おお、ロースハムを頂く。
 
IMGP6698.jpg

 なんとまあ、豪勢な。
 久しぶりではないですか、こんな肉塊を手に取るのは。
 ほほほ、です。


 帰りは青空が見える。
 が、蒸し暑い。
 車中、『プロパガンダ株式会社』を読む。

 
 連絡業務をいくつか。
 

 ワカメとトウフ、冷やしウドンなどを喰らう。
 ごろんと横になったら、知らぬ間に寝入ってた。

 

 
 ペチペチペチペチペチとDBの入力作業。
 あともう少しだ。
 1週間以内に終わりそうだ。
 

 と、入力作業に余裕が出てきてPC内のファイルを整理してたら、義勇兵N氏の
 ファイルが出てきた。

 そや、これもアップしてたんだ。
 ま、今後のことを考えて、下部フォルダーにはPWをかけておこう。
 
 2009年4月7日や2008年11月6日に日本人義勇兵のことについて書いた。
 今は亡きN氏のウエブ「日本人義勇兵氏はなぜ戦うのか?」というのを復活させていた。
 http://www.uzo.net/notice/lin/freedom/freedom.htm

 
 大蒜いっぱいのスパゲッチを喰らうと、なぜかお腹をこわしてしまった。
 とほ。

 予定通り進まないのは分かっているのだが、さすがにグロッキー気味になってしまう。
 あれこれ同時進行は、頭と身体がついていかない。
 もう若くないんだし、同時に3つも4つもできましぇん。

 思わず愚痴ってしまう。
 ま、たまにはいいか。

 第22回参議院議員通常選挙で民主党が大敗する。
 だからといって積極的に自民党が支持されたわけでもない、とか。

 今回の選挙、やぱり、去年の衆議院選挙ほどの熱さが感じられない。

 ま、祭りの熱が冷めた、ということか?

 
 
昨日締め切りの原稿を書き始める。
 先月号はなかなか見応えのあるレイアウトだった。
 話の内容も(自分でいうのもおこがましいが)納得できるものだった。

 が、今回はちょいとノリが悪い。
 なんか取材や世相を語るのに飽きはじめた、っていう感じ。
 とりあえず目の前の本をツン読しながらアイデアを練る。
 うーん、思いつかない。
 ちょいと焦り気味。

 と、机の上を見回すと、と、掲載誌が届いてました。
 ま、『朝日新聞』の記者さんやガッコの先生が読む媒体ですけど、
 "Journalism"〔ジャーナリズム〕7月号です。
 http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=11734

 と、月刊『部落解放』5月号でもロヒンギャーのことをグラビアと記事で出してました。 
 http://www.kaihou-s.com/bl/bl_mokuji/bl_201005.htm

 
 うーん、とりあえず目の前の急ぎの原稿だ。
 考えがまとまらないyo。
 じゃあ、ということで、写真をメインに構成を考えよう。
 写真を選びからだ。

 
 ま、なんとか下書きはできたか。
 『写真・日記集成』を読みながら寝入る。
 
 


 ちょっと油断すると、スパムコメントがやって来る。

 最近は手が込んでいて、一見すると、分からない。

 たとえば、こんな感じのが時々やってくる。

 初めまして~~。

 いつも楽しみにしていまーす!
 お仕事頑張ってくださいね~(笑)

 コメント投稿者: nana
 メールアドレス: happy5land@inter7.jp
 URL: http://WWW.mchaeldnby.com/
 IPアドレス: 61.22.223.110

 

 この他にも、いかにも、っていうパターンがあります。
 ったく。

 


 

 
 北ビルマのカチン州は中国が近い。
 国境にほんすぐそこの山奥。

 そこはカチン人(ジンポー人)よりもラワン人(ラワン民族)が多い。
 ラワン人の多くはキリスト教を信奉する。
 DSC_1690.jpg

 電気のない教会では、懐中電灯で聖書を照らし、その内容を詠む。
 聖書は、もちろんラワン語の聖書である。


 と、グーグルマップをはり付けてみました。 
 rawang.jpg
 ( 黄色い線が中国 < or インド > との国境線 )

 プータオは民間の飛行機が離発着できる最北の地である。
 
 写真を撮った箇所(〝このあたり↑〟とある地点)までは大体、
 山の中を片道2週間ほど歩かねばならない。


 
 なぜか疲れがたまっている。
 ほんの1泊2日の東京行きなのに。
 ふぅ、である。

 晴れるが、ちょいと暑い、蒸し蒸しの天気である。

 大阪のセミナーに行こうと思っていたが、大阪まで出るパワーがない。
 ODAの勉強をしたかったんだが。
 困ったもんだ。

 
 とりあえず、やりかけの作業を再開する。
 ペチペチペチペチペチとキーボードを奏でる。


 昼過ぎ、ビュンと出動。
 JにてパンとJFを買う。

 TヤにてDVDを返却する。
 とんでもない映画だった(2つとも)

 なんでこんな映画が作られるのか不思議。
 またそれが配給され、DVDまでなるのか。
 (あ、そんなDVDを借りるのがオレ、か)

 テクテク歩いて不在者投票へ行く。
 
 
 食糧の買い出し。


 作業を続けつつ、帚木蓬生『逃亡』を読了。
 『閉鎖病棟』が上手すぎた為に、ちょいと物足りなさ。
 ま、それでも、読ませる小説だった。

 特に香港を舞台にした第2次世界大戦時の日本軍の動きだし。
 それも加害者個人、しかも憲兵隊員が主人公だし。

 読んでいて怖いな、って思ったのが、知らず知らずのうちに、加害者である
 戦犯の主人公に感情移入していくことだろうか。
 
 読み進めながら、いろいろと書き抜きするための付箋が増えていく。
 

 作業を続ける。
 とりあえず、今日の分を終える。
 もうあと少しだ。


 シャケ(露産)を焼き、ダイコン下ろしをゴシゴシ作る。
 中ほどの部分だったが、舌が痺れるほどの苦いダイコン下ろしとなった。
 

 宮本常一『写真・日誌集成』(別巻、毎日新聞者、2005年)を開く。
 ようやく別巻にたどり着いた。

 《戦前・戦中の写真帳および昭和20-昭和29年(1945-54)の日記》
 である。

 ページを捲ると、写真が原寸大で現る。
 程なく、当時の日誌が続く。
 しかも、1945年1月の敗戦の年だ。

 宮本氏の日誌読み続けながら、日誌を記す意味が分かってくる。
 
 しかも、ちょうど『逃亡』を読み終わったところなので、小説と実際の日誌が重なり、
 頭の中が混乱してくる。
 
 な、なんなんだこの2つの作品を同時に読む、っていうことは。
 しかも時代は、1945年という時だ。


 字面は読めても、一体、これらが何をするのか分からなくなってきた。
 軸をずらして読み、考えろ、っていうことは分かるのだが、して、どの方向にどうやればいいのか。
 分厚い冊子を閉じて考え込んでしまう。

 もちろん目の前の時代の出来事に惑わされずにキチンと物事を見る、ということは分かるのだが。

 日誌を読み進めながら、知らぬ間に寝入っていた。
 

 
 先日、東京に行った際、ホテルの部屋でテレビを見る機会があった。
 ニュースのトップはもちろん、目の前に迫った第22回参議院議員通常選挙であった。
 
 そこで気になったのは、テレビのニュースにおける候補者の選挙演説の場面である。
 実は、以前から気になっていたことだが、今回も同じようなことが起こっていた。

 候補者(特に、各党党首)が演説をする際、テレビ番組の画面で、党首の後ろに
 映り込んでいるSP(=bodyguard、私服警官)たちの姿である。

 特にSPたちの顔つき目つきである。

 そりゃ、彼らの仕事として、怪しい人物を特定するために目を光らせるのは当然だが、
 その厳しい目つきが、候補者や党首の顔と一緒に画面に写り込むのは良くないと思う。

 視聴者に無意識に不快な印象を与えるのではないか、と。

 で、よくよく観察してみると、民主党の場合は、それらSPたちの姿はほとんど映っていない。
 映っていたとしても女性SP?の姿(それも厳めしい目つきはない)

 
 最悪は自民党と公明党である。
 屈強な男がギロリギロリと睨んでいる。
 あの目つき、イヤだ。
 市民を信頼せずに、いつも監視しているんだぞ、という上からの目線を感じてしまう。

 
 最近の選挙はイメージ選挙なのだから、選挙対策本部も細かなところまで目を配るべきだと思う。
 民主党は、やっぱり誰か広告代理店とか、そういう分野に卓越したアドバイザーがいるのかな?

 _DSC5355.jpg

 今年のビルマは40年ぶりに連日気温が40度を超えてました。
 日によっては45度になる日もあった。

 そんな中、多くの人が道路建設に従事してました。
 素手で石片や礫を片付けるのは通常の作業のようでもあり。

 道路は造るだけではなく、維持管理も大変なのに、それだけしっかりした道路を
 仕上げることが出来るのだろうか。
 
 地方の穴ぼこだらけの道路を見るといつも疑問なのである。
 

宿題進まず

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 ごろっとしてたらそのまま寝入ってた。
 ウトウトと布団を敷く。
 
 こういうときは、やっぱりベッドがええなぁ、とも思う。
 甘えたことを言っちゃあ行かんとU2が囁きもする。

 
 
 と、朝です。
 電話で目が覚める。
 火の玉Gさんでした。
 ぼんやり頭で打ち合わせ話。
 では、来週にでも。

 身体が重たいですね。
 

 お礼のひと言を一人ずつ顔を浮かべながら書いていく。
 が、どうしても顔が浮かばない人がいるんだな、これが、また。
 
 結構時間がかかる。
 半日、それだけでペチペチペチペチペチと時が過ぎる。
 
 
 冷蔵庫が空っぽ気味になる。
 冷凍していたホウレンソウをチンする。
 
 
 目がすぐに乾く。
 それに、疲れがすぐに取れないのがもどかしいなあ。
 ったく。

 こげんこっちゃあ、宿題が進まない。

 現実逃避として小説を読み始める。
 ふぅ。

 
 

 
 経済的に貧しいからといって、生活や暮らしそのものが貧しいのではない。
 
 もちろん、道路が整備され電気が過不足なくあり、生活に必要な物資に困ることの
 ない生活があたり前の方が良い。

 でも、そんな夢のような暮らしは、ここビルマとタイ国境地帯ではあり得ない。
 
 ビルマ国軍の迫害から子どもたちが行き場を失っている。
 ここ、そんな国境地帯の、と
ある僧院が子どもたちの保護をしている。

 DSC_1632.jpg
 
 ゴミ一つ落ちていない学校。
 履き物もキチンと整理されている。
 
 経済的な貧しさは、人の生活の貧しさではない。

 ちょうど、第2次大戦直後の日本を舞台にした『逃亡』という小説を読んでいるのだが、
 モノがない生活だけれども、懸命に、ある意味真っ当に生きようとする人びとの姿と
 子どもたちの生活が重なってしまう。

 
 シャワーを浴びて、ホッとすると日付けが変わって、1時過ぎ。
 一日が早いなあ。

 とりあえず、ラップトップを立ち上げると、ゲゲゲ、だ!
 
 連絡の行き違いがあった。
 今日、15時に会う予定だったとか。
 メールが届いていなかった。
 がっくり。
 明日、面談できるかな。
 急ぎ、返信なり。

 
 テレビをつけると、BS2で "VERDICT"(『評決』)を放映してた。
 大好きな映画の一つ。

 キーボードをペチペチペチペチペチ叩きながら、ついつい映画を見てしまう。
 若きポール・ニューマンの姿。
 それに舞台はボストンだし。

 映画の中のような、出会い・誤解・すれ違い・想い出ばかりだなあ。
 あのしっとり感が好きなんだけど。
 やっぱりハッピーエンドは苦手だな(正確が歪んでいる)
 
 ワールドカップは スペイン X ドイツの試合は見ずに寝よう。


 朝、うとうと。
 早起きしていて良かった。
 
電話しようと思っていたら、その相手方から連絡が入る。
 
 「ではこれからお伺いします」と。
 ビュンと電車移動。
 久しぶりに竹橋の新聞社に到着。
 
 で、ご挨拶。
 「どうも初めまして。連絡の行き違いがありまして」と。
 
 うっ、おっ、えっ、あっ、と早速、仕事に話に入ってしまう。
 頭の中で企画がグルグル回る。
 おっと、7月末の紙面ですか-。
 では、それで、ということで。

 仕事話が終わると、これからの写真のことについて、ぐっちゃら。
 やっぱりいろいろと語り合うと思うこと多々あり。
 一人で悶悶と考えるのとは、ちょいとちゃう(当たり前か)

 おいとま。


 名古屋のK氏から連絡有り。
 話は進んでますよ、との返答。


 慌てていて地下鉄に乗り間違う。
 うう、時間がぁ。
 間に合うかなぁ。
 やぱり、東京はよく分からん。
 
 電車に乗り間違って、慌てて飛び降りた、
 と思ったら、
 反対方向だ。
 
 うわっ、降りようとしたら、ドアに身体が挟まった。
 身体が半分車内に残ってしまった。
 バタバタと蟹挟み状態。
 もぞもぞと身体を引っこ抜く。
 ああ、はづかし。
 
 大手町からJRに乗り替えよう。
 歩く。
 ただ単に乗り換えなのに、一駅分くらい歩かされる。
 
 
 で、時間ギリギリ間に合ったか?
 駅の東口、改札を出たところでHさんと再会。
 暑い中、暑い食の中華のお店へ。

 ビルマ通のHさん、なかなか表に出られませんねな。
 ビルマ話をちらほら、共通の知人の話をぐっちゃら。
 あの人は実は-、とか。
 いやね、「ここだけの話」なんですよ。
 はい。

 で、Hさんの差しだした自著にサインを。
 その際、いつものBRCJのノリで「指紋でいいですか?」「鼻○○は?」と思わず、
 いはやは失礼な言葉を口に出してしまいました。
 いや、反省してます。

 ぺちゃくちゃと楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、密会終了だわ。


 M文さんへ。
 例の話についてです。
 そうです、そんな感じなんです。
 これも生みの苦しみ、っていうやつですかね?
 とほ。

 
 さ、次だ。
 近くの○ホテルの喫茶店で、次なる企画の話。
 うー、そこまで飛びますか。
 こりゃ大変だわ。

 「写真民俗誌」とは、人類学っていう分類じゃないんだけど。
 どうもそういう風に取られるんだなぁ。

 ま、これまで公に認められてこなかった手法に名前をつけようとすると、
 まずは近場の概念を当てはめてしまうのは、いやはや仕方ない。

 でも、「ラベル付け」というやり方は、宮本常一さんが嫌っていた手法の一つ。
 ま、どうなるのか、とりあえずお任せします、と。
 来週にも判明するか(と、期待を込めて)

 
 人いきれでうPとなる。

 で、移動。

 今日は早めに部屋に戻ることができた。
 それでも、飛び飛びの会合で疲れまする。
 はい。

七夕の短冊

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 昼過ぎ出動。

 青空でよかったね。

 車中時間があるので、『逃亡』を読み続ける。
 と、「軍艦マーチ」を使った話がでていた。
 あ、これ、今日のお話し会の中で使えるわ。

 めずらしく今回は早めに着いた。
 時間的に余裕があるのはいいね。
 
 
 東京は雨のち曇りです。
 

 17時前 "H" のオフィスへ。
 ご挨拶。

 と、乾杯の準備ですか?
 おお、ドンと中央に大きな液晶画面が!
 これ、何インチだ?

 まずは、宿題ですね。
 写真につけるメッセージをいそいそと書き始める。
 
 ほどなく、ゲストのSさん到着。
 某世界的証券会社の副会長氏が現れたのだ。
 
 さすが、物腰柔らかい。
 うむむ、むむ。
 決して、会話を遮ろうとしないで、人の話に耳を傾けようとするその雰囲気に、
 ほぉ(って、書きすぎ?)

 ▓▓ の ▓▓ さんというのではない。
 名刺と肩書きで仕事をしない人というのがすぐ分かる。
 しかも、私よりも若い。
 年齢など、関係ないのだな。

 それぞれの方向性を語らいながら、ぐっちゃら。
 ほどなく解散。

 お茶の水の駅。
 プラットフォームに立つ度に、この界隈が映し出されるあの映画を思い出す。
 映画自体は、タイ・チェンマイで見た。
 しかも2人で。
 
 ま、いわゆるデートというやつですね。
 ま、昔話ですけど。

 
 で、とっとと電車に乗り込む。
 16時半過ぎ、お話会の会場に着く。
 エレベーターの前で、彦星・織姫の諸氏と遭遇。
 
 七夕の笹の差し入れがなかったですよ(ま、雨ですしね)

 パソコンのセットアップは問題なし。
 無線LANが使えるのは嬉しいね。

 いつも通りの話を始める。
 今日のお客様は、いつもとはちょいと違う。
 笑いを取れるかな?
 それが心配(って、何考えてんだ)


 いつも通りびっしりとビルマ話をする
 (それでも半分ほどだなあ。私の話はくどいから)

 
 と、会の後、個人的にお話を。
 おお、Eさんではないですかー。
 びっくり。
 雰囲気変わりましたー。
 
 昔はもう少し、「剃刀」のような感じがして、ヒヤッとした印象があったのですが、
 今宵は落ち着いた感じがして、ほっこり感(関西の人しか分からない?)を
 醸し出して、いい感じ。

 いくつか自著にサインをする。
 一つだけ「七夕の日に」と書き込んだりして。

 懇親会へなだれ込む。
 みなさん、飲めや語るやら。
 23時過ぎ、散会。

 電車を乗り継ぎ乗り継ぎ。
 うわ、最後の乗り継ぎは遅くなってしまった。
 「○○行き、最終です」との最終電車のアナウンス。
 ギリギリでやばかった。
 ふぅ。
 

 ==================================================================

 第93回みみの会 ご案内

 ビルマ全土を歩いたフォトジャーナリストが明かす──
 「閉ざされた国ビルマ」の今

 ==================================================================

 東南アジア最後の独裁政権国家ビルマ(ミャンマー)では軍部による圧政が
 続いています。

 民主化指導者アウンサンスーチー氏は自宅軟禁に置かれたままです。

 14万人に及ぶ犠牲者を出したサイクロン災禍(2008年)、僧侶のデモと国軍の
 衝突や日本人ジャーナリストの射殺事件(2007年)は日本でも報道されました。

 衝撃的に見えたビルマの混乱から数年──。

 ビルマは今どんな状況にあるのでしょう。

 一般の市民生活は? ビルマに関して、私たちに知らされていないことがたくさん
 あります。
 
 同国の政治的状況や「少数民族」の実態、そしてビルマと日本との関わりについて、
 18年間かけてビルマ全土を歩いたフォトジャーナリスト宇田有三さんに、お話をう
 かがいます。

 プロフィール:うだ・ゆうぞう

 Website: http://www.uzo.net/
 Blog: http://blog.uzo.net/

 1963年神戸市生まれ、在住。
 1990年渡米、フォトジャーナリズムを学ぶ。
 95年、神戸大学大学院国際協力研究科修了。
 98年、「平和・協同ジャーナリスト基金 奨励賞」 受賞。
 2002年、「日本ジャーナリスト会議(JCJ)第1回黒田清新人賞」授賞。
 写真コンテスト入賞や個展多数。著書に『ビルマ軍事政権下に生きる
 人びと 1993-2005』(写真集、解放出版)などがある。

 日 時:7月7日(水)午後7時~午後9時(受付は6時30分より)
 会 費:1,000円
 会 場:東京都しごとセンター 5F 第2セミナー室(定員51名)
 地 図: http://www.tokyoshigoto.jp/traffic.php

 交 通:飯田橋駅から:JR中央線「東口」より徒歩7分
 /都営地下鉄大江戸線/東京メトロ有楽町線・南北線「A2出口」より
 徒歩7分/ 東京メトロ東西線「A5出口」より徒歩6分
 ▽水道橋駅から:JR中央線「西口」より徒歩8分
 ▽九段下駅から:東京メトロ東西線「7番出口」より徒歩8分
 東京メトロ半蔵門線・都営地下鉄新宿線「3番出口」より徒歩10分
 ==================================================================

 みみの会は、出版関係者を中心とした勉強/交流の会です。
 どなたでも参加いただけます。この案内の転送も歓迎します。

 お問い合わせは: はる書房 さくま Tel/03-3293-8549
 メール: ootomi@mist.ocn.ne.jp
 みみの会について: http://d.hatena.ne.jp/miminokai/about


 ここは北ビルマ、カチン州。
 中国国境が近い土地でもある。

 戸数20余りのラワン人の村。
 立派な教会が一つある。

 
学校も一つある。
 DSC_3915.jpg
 
 そう、後ろに映っている倒れかかっているのが校舎である。
 その前の、山間の中でも平べったい部分が校庭。

 陽が暮れる前、子どもたちがそこで遊び回る。
 
 200X年1月のこと。
 ビルマの山奥でこういう暮らしがあったことを憶えておきたい。


 今日は朝から早起き。
 久しぶりに健康的な日になりそうっ。

 
 メールをチェックして、ルーティーン作業。
 ペチペチペチペチペチ。

 
 写真のDB打ち込み作業。
 ペチペチペチペチペチ。

 
 件の企画が一時中断なのか?
 では、押し入れから引っ張り出した写真集を、さて、どうしたらいいのかぁ。
 フゥ、である。

 ま、それはそれで。
 2回目のことだし。

 
 暑い。
 エアコンをつけてしまう。


 茎ワカメのお吸い物。


 運動不足の解消を兼ねて出動。
 テクテク歩く。
 保険料を収める。
 記事のコピー。
 図書館へ。


 ウドンと牛乳を買って、Jに寄って、テクテク歩いて帰る。
 およそ1時間弱歩く。
 汗びっしょり。

 水浴び。

 
 『三たびの海峡』からの書き抜き。
 結末は、ちょっと帚木さんらしくない。
 しっとり感がなぁ。
 
 次は、『逃亡』を読むか、『アフリカの蹄』を読むか。
 小説でしか表せないことを書くからなあ、この人は。
 フム、楽しみだ。
 ドキュメンタリー以上だわ。

 
 NHKが大相撲の生中継を中止するとか。
 やっぱり、力士の野球賭博を見て見ぬふりしてきたことがNHKの内部で問題に
 なったからだろうか(って、嫌味の一つも言いたくなる)

 おお、久しぶりに魁傑(現・放駒親方)の顔を見たぞ。
 実は、その昔、魁傑のファンだったりして。
 


 押し入れをごそごそしていたら、エルサルバドルの FMLN ゲリラ兵士が実際に使っていた
 スカーフが出てきた。

 fmln_flag.jpg

 
 これは、1992年のものだから、およそ20年前のものか。
 この仕事を始めた時のものだから、昔を思い出して、ちょっと感涙。

 たまにはごそごそしてみるもんだ。

その違いは?

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 ビルマとバングラディシュのロヒンギャー難民キャンプ。

 同じ非公式の難民キャンプというのに、その支援と運営方法は全く異なる(ように見える)

 
 こちらはナヤパラ。
 _DSC2193.jpg


 して、こちらはクトゥパロン。
 DSC_5727.jpg

 なんでこんなにも違うんだろうか?

 
 『三たびの海峡』を読みながら、ウトウト寝てしまう。

 と、朝5時過ぎだ。
 既に明るいぞ。
 今日は晴れそうだ(しかも暑くなりそう)

 ウトウトとしながらゴミ出しに行く。
 小まめに切り取っり、冷凍庫に入れていた「脂肪」も忘れずに。
 
 
 うとうと。
 と、例の企画の件で電話あり。
 金曜日に送った内容についてだ。
 う~ん、やっぱりか、という感じ。
 なんだか流れそうな感じ。

 時の流れに~♪♪
 
 って、口ずさんでいる場合ではない。
 目の前に積んだ写真集を見る意欲がなくなってくる。
 うー、である。
 ちょいと脱力感。

 
 ファイルの修正とデータのアップがストップしてしまいそう。
 とりあえず、急ぎ、作業を続ける。


 洗濯機を3回まわす。
 3回目はお気に入りのカメラマンベストだけを洗う。
 タイとカンボジアの軍服を重ねあわせて作ったタフで、とても使い勝手の良い
 ベストである。
 これは、ヤンゴンで特注して作ってもらった。
 
 
 この間から読んでいる仏教関連本について、上座仏教におけるサンガと律の位置づけが
 もう一つ分からん。
 特にビルマにおいて。

 で、『ビルマ仏教徒 民主化蜂起の背景と弾圧の記録』を読み返す。
 ふむ。

 
 暑い。
 で、水を浴びる。
 まるでビルマと同じ生活だわ。
 とほほ。


 カレーを喰らってパワーを全開。

 
 午後遅くから再び作業の続き。
 あと残り13ページ+αとなった。
 これからが勝負だわい。

 しかし、目がかすむ。
 目薬のさしすぎが却って悪いのかな。
 
 
 ツイッターのビルマ編とニュース編を整理し始める。
 ペチペチペチペチペチ。

 
 あ、電話が3つも入ってた(着信あり)
 ごめんなさい。

 
 2010年7月4日の『ミャンマーの新しい灯』("The NEW LIGHT OF MYANMAR")

 ビルマ軍政(SPDC)のトップで独裁者のタンシュエ議長が、中国に向かう
 Secretary-1 of the State Peace and Development Council General(長い役職名),
 Thiha Thura Tin Aung Myint Oo
を新首都ネピドーの空港で見送る場面である。

 ナンバー1とナンバー2(マウンエイ副議長)はまあ、別格として、他の軍政のメンバー同士の
 間合いというか距離感が微妙なんで笑ってしまった。
 テインセイン首相は、やぱり軍服をぬいでますね。
 NLM_04_07_2010.jpg

 


 ひと言でロヒンギャーの難民キャンプといっても、そこが公式キャンプか非公式キャンプか
 では、生活が大きく異なる。
 
 また、クトゥパロンのキャンプか、ナヤパラのキャンプかでも違う。
 
 そもそも、「ロヒンギャー」という存在の複雑さを理解せずに、単に"難民"として一括にしたがる
 外部者もいる(ま、私もだけど)

 
 が、そういう中にあって、子どもたちの元気さはどのキャンプでも変わらない。
 カメラのレンズを向けると、たちまち囲まれる。

 自然な姿の子どもたちを撮るには時間とエネルギーがどこよりも必要である。

 _DSC1086.jpg

 ここはクトゥパロンの公式キャンプ。
 テキパキとレンガ運びをこなす子どもたち。

 
 曇りのち・・・雨かと思ったら、晴れやん。
 予報は当たらず。
 そんなこったら、洗濯しときゃ良かった(と、午後、遅くになって思う)


 Tヤのキャンペーンが続く。
 やっぱり、ワールドカップで売り上げが落ちてるんだろうか?
 気合いを入れてサッカーを見たら、映画を見る気がしないだろうし。
 (午後、遅くにTヤに寄ってみると、おじいおばあの客が多いように思えたし)


 暑い。
 今日、1回目の水風呂に入る。
 文字通り、水浴びだけど。

 
 冷蔵庫の温度調節が狂っているのか、野菜(トマトやレタス)がすぐにダメになる。
 これって大丈夫かな?って思うのを食べてるし。
 いやはや。


 Twitter の設定と整理が半分終わった。
 ひと息つくと、それだけで次の作業にとりかかる元気がない。

 とりあえず、自分のメインの作業-写真のアップを急がねばならないし。
 眼圧が上がっているのか、目がかすむんです。
 ふぅ、である。


 午後からビュンと出動。
 Kにてデイパックを物色。
 と、梅雨の晴れ間か、人出が多い。

 デイパック、Yバシはちょいと(価格帯で)手が出ない。
 ほどほどの大きさのブツを見つける。
 値段は。
 ま、ギリギリ許される範囲かな。
 即買いである。
 その他、もろもろ。

 
 箒木蓬生『アフリカの蹄』『三たびの海峡』『逃亡(上)』をゲット。
 宮本常一『写真・日記集成』(別巻)も。
 重たいよ。
 
 ひいこら言いながらスーパーへ。
 遅い昼食(5時過ぎ)は、冷やしウドンなり。


 やっぱりTヤに寄ってしまう。
 お馬鹿なハリウッド映画を借りる。
 ま、時々、ジャンクフードを食べたくなるのと同じ、っていうことだね。
 
 ケビン・ベーコンやジェイソン・ステイサム主演だし・・・。
 そいや、私は、「ケビン・ベーコン指数」は3である。

 
 早速、『三たびの海峡』を読み始める。
 箒木さんって、英語、フランス語、韓国語をこなすんだ。
 すごいなあ。
 それに、いつも読み応えのある、流れる文体で小説を書くし。
 努力家以上の人なんだろうなぁ。

 
 今日2回目の水風呂である。

 大蒜カレーを作る。
 通常の大蒜とは違って、粒1コがまるまる一房の大蒜なのである。
 それほどにおいも強くないし。

 お腹いっぱいになって、お馬鹿映画を見る。
 画面展開が早くてついていけません。
 

 言論の自由を謳う人の 甘っちょろ 真剣 さに辟易してるんで、言論の自由を完全に保証しない
 「戦う民主主義」 について考えたいのだが、・・・、いやね、あなた方のいうことは正しいですよ、
 そりゃ。
 いろいろと頭が回らん。

 ま、これも言い訳だけど。
 
 

 
 やっと思い出しました。
 Thaungyin River でした。

 ビルマとタイの間を流れる河が両国を隔てる国境線となりまして。
 
 タイ語ではモエイ河(Moei River)、ビルマ語でタウンジン河(Thaungyin River)
 さて、カレン語では何というのか?        ^^^^^^
                            発音合ってます?

 
 浮き輪を使っているからといって、川遊びをしているのではありません。
 両国を「非合法」で行き来する人びとです(もっぱらビルマ→タイの流れですが)

 DSC_3482.jpg

 乾期のせいか、水深はそれほどでもなく、歩いて渡る人もいます。

 
 ま、今日も天気の話から。
 
 朝6時過ぎ、バタバタと猛烈な雨音で目が覚める。
 いやー、びっくりですね。
 このボロマンション、倒れるんじゃないか?
 ちょいとビクビク。

 で、2度寝なり。
 

 ラジオのガァガァ音で目が覚める。

 身体が怠いのは、不健康な生活のせい?
 パソコンの画面を見るのがつらい。
 見たことにしよう。
 
 
 送ってもらった『週刊金曜日』を見ると、大町正夫さんがタイの記事を書いてた。
 「あれから」すっかり、タイのニュースも流れてこない。

 今回もきっちりタイの王制について言及している。
 大手メディアは書けないのよね、あの国の王様については。

 ちょい前、新聞がそのことについて書いて、とんでもないことになったし。
 バンコクの総局(支局)が閉められたら、それこそ大変だしー。
 東南アジアの取材基地を失うからね。

 だからといって、それで日本の読者に対する責任が果たされているのかどうか。
 いやね、現地の記者はみなさん頑張ってますよ。
 東京のお偉いさんがどう腹をくくるか、それ次第だってね。

 ま、難しいところだね。
 でも、なんとか報道はして欲しいよね。
 真っ向直球の発表じゃなくて、変化球なんか使って。
 うん。

 湿気がすごい。
 窓を開けたら雨粒が飛び込んでくるし-。
 エアコンつけたら・・・。
 うー、これはこれで難しい判断だ。


 と、某所から「お米を送りましょうか」と。
 この間の会話からですね。
 さて、どういう返信をするか。
 これも難しい判断だよね。

 
 たまったルーティーンワークに精を出す。
 ためる、っていうことは、ルーティーンになってないやん。
 と、
 自分で自分に突っ込む。
 ペチペチペチペチペチ。

 
 雨がやんだり、降ったり。

 
 キャベツ焼きに焦げ目の付いた豚肉を絡ませる。
 茎若布を喰らう。
 ヘルシーなり(食事だけでも)
 
 
 ちょっと滞っていたDBへの写真登録を再開させる。
 あと15ページ余り。
 もう少しだよん。

 
 いぢくりまわしていた sobees がおかしくなった。
 ラジオでワールドカップを聴きながら、手当をする。
 ふぅ。


 炎天下のカラダン河 (Kaladan River) を下る。
 DSCF0390.jpg
 
 これで、イラワジ河、サルウィン河、チンドウィン河など、ビルマの主要な河にはほとんど行った
 ことになる。

 運搬船に乗り込んで、街を目ざす。
 太陽光線は痛い。
 45度を超える気温は半端ではない。


 と、前方を見ていると、水が跳ねた。
 ん?
 魚か?

 にしては大きすぎる。
 また跳ねた。

 あれは・・・あ、海豚だ。
 びっくり。
 
 イラワジ河には棲息していると聞いていたが、ここカラダン河にもいるんだ。
 あ、また表れた。
 カメラ・・カメラ・・・慌てる。
 
 あ、小さく消えていった。
 うわー、残念。
 でも、しっかりとその姿、目に焼きつけた(って、具体的にはどんな形かはっきり
 とは覚えていないんだが・・・)

 
 しかし、蒸し暑い。
 寝苦しいのだ。

 うとうと。

 布団の中に入ってラップトップでちょこまか作業を始める。
 Twitter のアカウント整理である。

 さて、どのクライアントソフトを使うか。
 頭を悩ます。
 とりあえず情報収集。
 
 やっぱりメインはこれか、ということで、sobees だ。
 次に tweetdeckhootsuite か。
 ま、好みの問題もあるだろうし。

 うとうと。
 気がついたら目覚まし時計を抱え込んでいた。
 汗びしょり。


 ぬるいお湯をかぶって目をさます。
 トマトとチーズのトースト、キリキリに冷え切ったアイスコーヒーを飲む。

 そうでした。
 帚木蓬生の本は、『逃亡』と『三たびの海峡』でしたか。
 早速手配。


 昼前出動。
 
 と、車中、TA氏より電話あり。
 
 半時間後、詳しく聞きますと、「書評書きますけど」って。
 あらま。
 既に本紙で紹介されてしまってました・・・げ(*_*)

 
 Yバシでカバンを物色。
 気に入ったサイズの物がない。
 噂の iPad を触ってみる。
 うう、ほしい。
 
 
 テクテク歩いてAPのオフィスへ。
 火の玉レディ氏(火の玉ガールから昇格です)と再会。
 企画の話をぐっちゃら。
 
 近所の定食屋へ。
 春雨麻婆豆腐を喰らう。
 ごっTZあんです。

 で、再びオフィスに戻り、企画の話をぐっちゃら。
 おお、紛失したと思ってた写真集3冊、ここにありましたかー。
 ほどなくおいとま。

 と、小雨降る。
 蒸し暑い。


 テクテク歩いてK病院へ。
 お祝い&お見舞いである。
 なんとまあ驚きのNKOであるし。

 本人が現れるまでお父さんとぐっちゃら(ばっかりかいな!)
 ほどなく、ちょいとやつれたNKO氏現る。
 ま、その顛末などを簡単に聞く。
 しっかしー、なー、と。
 こちらも程なくおいとま。

 
 紀伊國屋で本を物色。

 電車でビュンと移動。
 駅前の飲み物屋にて密会なり。

 例のブツ "NINE THOUSAND NIGHTS" を受け取る。
 やっぱり重たいよね、これって。

 「写真民俗誌」に関して、いろいろと質問を投げかける。
 ちょいとひとひねり半したやっかいな問いかけである。
 パラダイムシフトを起こそうとしているのである。
 が、まだ具体的に表現できないのが悩ましいところ。
 
 ま、そのうち固まってくるだろう。

 ジャンクフードを買って帰る。


 水風呂に入って、身体を冷やす。
 ふぅ~、気持ちいい。


 ラジオでワールドカップ(ブラジルXオランダの試合)を聴きながら、
 ブログに Twitter を埋め込む作業を始める。
 で、フォローはどうすれば良いのだろうか???
 ふむ。
 
 ま、とりあえず、ウエブ+ブログ+Twitter の仕様はほぼ整った、か。

 Twitter は 横
の「最近のブログ記事」の下に表示しました。
 


 あ、ブラジルが負けた。

 
 アウンサンスーチー氏への締め付けは厳しいビルマ軍政 (この20年で14年の自宅軟禁を
 強いている)であるが、スーチー氏のお父さんアウンサン将軍は独立の英雄である(尤も、
 その「英雄さ」を弱めようとしているようにも感じるが)
 
 ラングーン(ヤンゴン)のど真ん中、官庁街にあるパンソーダン通りの角。
 路上の書店にもアウンサン将軍の自伝が売られており、時にそれを手をする人もいる。
 _DSC4423.jpg
 
 「アウンサン将軍ですね。好きですか?」って問いかけると、ニヤッと笑って返事を寄越してきた。

 やっぱりそうなんだ。

 
 食べ物の足がはやい。
 遅い朝食に熟れたトマトを食べようとしたら・・・、
 29日に買った6個入りのトマトのうち、1コが腐りかけていた。
 うわっ、である。
 買った当初から元々古かったのかな?
 
 郵便物や書類をまとめる。
 留守にすると、すぐにたまる。
 なぜか請求書やその類が多い。
 ゲソッとする。

 
 人名の書き間違いが多い気がする。
 自分でもよくするエラーだが、メールのに間違った名前を書いてしまう。
 年博さんを敏浩としたり。
 私宛の名前の間違いには、「宇多」とする人をたまに見かける。


 日中はほどよい暑さのせいか、なぜか脱力感。
 なにもする気がしない。

 
 とりあえず、不安定なデスクトップPC対策としてデータのバックアップ。
 巨大ファイルがずらりずら。
 時間がかかりそうだ。
 はやくUSB3.0が普及しないかな。

 
 ツイッターの複数アカウント処理として、sobees っていうのを使おうと思う。
 これは Facebook とも同期できそうだ。
 でも、フォローワーの管理を何処ですればよいのだ??
 よく分からん。
 ま、使い出したらわかるかな。

 
 今日は一の日の市で木曜日。
 買い出しに出かける。
 丸アジを丸まま一尾を買う。
 その他、ハーフや粉など。
 あっさりとした麦茶を飲み続けると、時にこってりローファット牛乳を
 ごく飲みしたくなってくる。
 ゴクゴク。


 Tヤの4本1000円セールをまだやっている。
 この間、半額セールもあるし、どないしたTヤ。
 それほど業績が悪いのか?
 それとも駆け込み需要喚起なのか?

 
 日々の成果が見えない作業を続けるのは、やっぱり不安だらけ。
 でも、コツコツとやるしかない仕事もあるのだ、と自分に言い聞かせる。
 

 例のヤツ、X ですか。
 ふぅ~。

 
 ツイッターばやりの昨今ですが、ここに来て、ツイッターだけに頼ることなく、
 ブログの方の更新も続けよう。
 うん。

 
 タイやカンボジア、フィリピンであまり見かけなかった光景。
 
 ビルマの人の読書熱は高いと思う。
 
 あちらこちらで本を読み、漫画を見ている人をよく見かける。
 DSC_2585.jpg
 
 雨季のど真ん中、蒸し暑い日々が続くラングーン(ヤンゴン)の下町。
 本を読みながら、ま、レジャー気分だけでも味わうか。

2010年9月

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