夜の暑さは徐々に和らいでいるようだ。
そや、季節の上では今日は立秋だし。
窓を全開にして寝ることができる。
それでも、最階上の部屋は照りつける太陽で昼間、屋上が熱せられているから
イヤ大変。
陽が暮れて涼しい風が吹き始めても、屋上→天井と熱が伝わってくる。
部屋の中に2層の空気の層ができる。
タマゴ2個のサンドイッチ。
午前中はルーティーン作業。
12時かっきりに手を止めて、昼食はそば飯を喰らう。
昼からは澤地久枝『密約』(外務省機密漏洩事件)の書き抜き。
この“事件”に関して、誤解していた部分がかなりあった。
いつのまにかどんよりと灰色の曇り空。
テクテクと散歩に出る。
やっぱり歩いて有酸素運動ですか、ってか。
Tヤに寄ってDVDの返却。
図書館に寄って、本の返却。
D、Jに寄って、牛乳とウドンとJFを買う。
ふぅ、やっぱり帰りは汗だくだ。
水風呂に入って、さっぱり。
『写真・日記集成』を読み続ける。
1949年2月まで目を通す。
しかし、自分のモノの知らなさに愕然。
写真を撮り続けるためにも、もっと勉強せねば。
目の前の現象を撮るだけなら、それほどの苦労は要らないんだが。
あれれ。
勢いづいて、未来社の宮本シリーズをツン読する。
『甘藷の歴史』『開拓の歴史』『海に生きる人びと』『村のなりたち』など。
いずれも50年前に出版された本である。
知識はもちろんのこと、どのような視点で対象を見て、分析しているのか。
例えば、「十四世紀の終わりごろ、倭寇が朝鮮半島をおかしはじめたころ」と
この頃からあの土地へ侵攻していたことなど(ちょっとこだわりすぎ?)
昨日の広島原爆の日に関して、どうもモヤモヤがある。
なので、
小田実の『ひとりでもやる ひとりでもやめる』(筑摩書房)を開く。
日本の人、朝鮮の人が原爆の犠牲者になったのはよく知られている。
だが、
「もう今は周知の事実となっているようですが、終戦後、広島の原爆の犠牲者の
なかに捕虜の『米兵』がいたという話を、まさに噂話として聞きました。」
「長崎の場合には、アメリカ合州国の政府は明白に連合軍の捕虜の存在を知って
いました。『米兵』の捕虜がいたかどうかはいまだにはっきりされていないよう
ですが、『英兵』『豪州兵』などの捕虜の存在は明瞭でした」
「現地の司令部はワシントンの米軍本拠に、長崎には捕虜収容所があるが原爆を
投下していいか、というおうかがいをたてています。答えは、投下してよい、
です。」
「死者には日本人やアメリカ合州国人ばかりではありません。中国人もいたし、
東南アジアの人もいたし、・・・・・・。」
そう、○○人という区分け自体がおかしいのである。
、と思う。
ネギ焼きを喰らってごろり。
本棚から適当に本を抜き出して、ツン読しながら寝入る。

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