2011年5月アーカイブ

 
 今日(2011年5月31日・火)の『毎日新聞』朝刊に興味深い記事があった。

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 「 記者の目 」 古本陽荘(北米支局)
 「 西太平洋に分散配備 」へ転換か 嘉手納統合案の背後にある米戦略
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 である。

 
 ちょこっと引用してみると。
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 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、米上院軍事委員会の
 レビン委員長らが、米軍嘉手納基地(同県嘉手納町など)への統合を提案した。
 
 ・・・・・・。
 
 レビン提案の実際の考案者は、ウエッブ上院議員だ。
 元海兵隊員で、海兵隊幹部と調整した上で公表したとみられている。
 実際、エイモス司令官はワシントンで26日に講演し「好意的に受け止めている」と
 同提案に賛意を示した。
 ・・・・・・。
 問題は、提案が実現した場合、在日米軍の大幅な削減となり、抑止力が低下することだ。
 
 不測の事態が起きかねない東アジアの戦略環境を考えた場合、在日米軍の抑止力が
 低下するならば、それを埋め合わせるため、自衛隊の任務・役割を拡大していくことは
 不可欠となるであろう。
 
 また、日本有事や周辺事態の際の日米の作戦計画について、米側が安心できるレベルまで
 具体化を進め、運用面での日米同盟強化を図ることも必要だろう。
 2011・5・31
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 (*エイモス司令官とは海兵隊のトップだとさ)

 
 自衛隊の拡大、ってか?
 いや、興味深かったのはそのことではない。

 実は、「 ウエッブ上院議員 」 という名前が出てきたことである。
 彼の名前は確か、間違いがなければビルマ(ミャンマー)関係でも出てきた名前である。
 ( たぶん同一人物 )

 ウエッブ上院議員は2009年9月、ビルマ(ミャンマー)のテインセイン首相(当時)と
 会談している。

 ビルマ軍政の独裁者タンシュエ上級大将は西欧諸国を毛嫌いしている。
 なのに、ウエッブ上院議員がよくも軍政の幹部の一人、テインセイン首相と会えたなあ、って
 思っていた。
 
 その理由の一つに、ウエッブ上院議員が海兵隊出身という「軍つながり」があったはず、と
 私は推測していた。

 この「軍のつながり」ってのは、結構強いのかも。
 
 
 テインセイン首相(今年大統領に就任)と会談したウエッブ上院議員は、一体何を話しあったの
 だろうか。
 いろいろと含んだところがあったのだろう。

 というのも、その2ヵ月後の2009年11月、今度は米国のキャンベル国務次官補がビルマを訪れ、
 軍政幹部と会談し、さらに自宅軟禁中(当時)のアウンサンスーチー氏と面会しているからだ。

 要は、キャンベル国務次官補の訪緬(ビルマね)の地ならしとしてウエッブ上院議員が、
 「軍つながり」で、あらかじめビルマを訪れていたんだ( と私は推測するが )


 ここからちょっと暴走しまして・・・こんなことを考えてしまいました。

 ビルマ(ミャンマー)の後ろには中国が控えています。
 キャンベル国務次官補の訪緬、それに先立つウエッブ上院議員の訪緬も中国政府 ( 人民解放軍? )
 と前もって調整済みだったのかもしれない、と。

 ビルマ(ミャンマー)軍政が単独で、しかも直に米国の政府とやりとりする力も意思もないはず(、って
 決めつけてしまうけど)

 ビルマ(ミャンマー)軍政は、新憲法を無理矢理つくり上げ、20年ぶりの総選挙を前にして、
 ちょいとチキンとなり、どこかで落としどころを考えていたのではないだろうか。
 
 そこで、その陰には中国あり、っていうことです ( 陰謀説か・・・?)

 米国は、ビルマ(ミャンマー)を介して、中国側と何か画策していたのではないだろうか (お互いに、
 して、その逆も考えられるけど )


 で、今日の『毎日新聞』の記事である。
 またもや出てきました「ウエッブ上院議員」である。
 彼は「レビン提案の実際の考案者」だそうだ。

 ウエッブ上院議員は、あるルートで中国政府(或いは人民解放軍)をつながっているのではないか。
 
 
 米国、中国と2国間関係だけで考えるのではなく、米国は、沖縄の米軍再編に関して、すでに
 日本政府に見切りをつけて、どこかで中国と東アジアの次なる体制についての方向性を考えて
 いるのでは、と考えておくことも必要ではないか。

 今日の『毎日新聞』の記事を読んで、フト思いついたことである。
 やっぱり暴走気味? ってか。


 

 
 台風一過で、今日で5月は終わりだね。
 
 雨が降ってちょっと涼しくなったと思ったら、今日はちょいと暖かい。

 お腹の具合も、ちょびっとだけ回復気味、かな。

 チーズトーストとトマト、それに苦いコーヒー。
 食後にお腹の薬を飲む。
 

 今日もスキャンの日々。
 ようやくカチンの写真も終わり、次は、シャン(パオー)の写真である。
 
 Shan_Pao 05~10 まで。


 13時過ぎ、火災報知器設置に来る。
 法律の上では、今日が設置の期限だし。
 
 あれまっ、5分で設置は完了。
 簡単なんだ。
 

 ギィギィーとスキャナーを動かす。

 15時過ぎ、DVDを焼く。
 
 晴れてきた。
 ピーカンだし。
 出たい出たい病が・・・。
 とりあえず散歩に出よう。
 
 DVDをそのまま封筒に詰めて、テクテクと出動。
 久しぶりに長距離を歩く。
 
 まずは郵便局まで。
 ゆうメールだと180円だったわ。

 そのまま安売りスーパーまで。
 ダイコンやコーヒーなど、重た目の買い物ばかりなり。
 
 約1時間半歩いて、ちょいと汗をかく。
 ふぅ。

 
 野菜いっぱいを喰らう。
 
 と、またもやマット・デイモンの "Good Will Hunting" を見てしまう。
 なんとまあ、2夜連続だよ(しかも同じ映画だし)
 やっぱり(ボストンが)懐かしいし、面白いし。

 映画の最後に出る、"ALLEN GINSBERG & WILLIAM S. BURROUGHS" って云うのも
 なかなかしゃれている。
 
 あの、アレン・ギンズバーグとウィリアム・バロウズだよ。

 うん。

 
 ビルマ(ミャンマー)の国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』 ("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 に、ドイツの使節団を迎える議会議長の記事が出てました(31日付)
 
 と、他の西欧諸国への対応に比べてなんだろうこの仰々しさは。

 中国・インドに続いてビルマ(ミャンマー)を支えるのは、もしかしてドイツ(独)?なのか。
 ふむ。
nlm_31_05_2011.jpg
 ( ↑ 大きくなります )


 ビルマ(ミャンマー)の国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 
に、中国を公式訪問中のビルマ(ミャンマー)のテインセイン大統領が、現地大使館員を
 ねぎらって贈り物をしたというニュース。
 
 ふむ。

 このニュースはいったい、誰宛に発信しているのか?
 軍政に靡いていたら良いことあるよ、という政府関係者・公務員に向けてのニュースの
 ような感じもするが (穿ってますか?)

nlm_30_05_2011.jpg
( ↑ 大きくなります )


 ギリギリ、フガフガ。
 と、夜中、何度も目を覚ます。
 うーん。

 
 9時前、起きる。
 台風2号の影響は、やや弱くなってる(か?)
 それほど雨は強くない模様か。
 いや、これから影響は強くなるのか。
 ラジオでは、九州・四国方面での警報情報を流しているし。
 ふむ。

 
 チーズトーストときうりと完熟三重トマト、苦いコーヒー。


 スキャン作業もカレン分のモノクロはほぼ終了。
 カチンやシャン(パオー)分がどのくらいあるのだろうか。
 それほど量がないといいのだが。
 それがちょいと心配だなぁ。

 カレンの 4-5分のインデックスを紙スキャンする。


 11時半、ポツポツ雨の中、出動。

 安売りスーパーは、雨のためかそれほど客が多くない。
 JFとトーストをまとめ買い。

 
 さてと。
 とりあえずカレンのカラー写真のスキャンを始める。
 1つ24MBとちょいと大きいサイズだな。

 モノクロ・ボックス内のカラーポジのスキャン量はそれほど多くない。
 と、85年(?)のフィリピンの総選挙のいめーじもありましたゾヨ。
 いわゆる、コリー旋風の選挙模様が一部あり。
 

 カチンのモノクロ写真のスキャンに取りかかる。
 日付けやキャプションがないけど、これもまた80年代前半の写真かな。
 ちょいと興味深いイメージばかりです。
 はい。


 
 台風2号が温帯低気圧となる。


 スキャンばっかり。
 退屈である。


 鹿島アントラーズ、敗ける。
 トホホ。

 マット・デイモンの映画、手元にあった "Goodwill Hunting" をツン見する。
 

 お腹がゴロゴロ痛いです。

 
 

 
 台風が近づいているとか。
 影響はまだ出ない模様。

 チーズトーストと完熟三重トマト、苦いコーヒーなり。
 
 今日もスキャン作業なり。
 Karen-5-28 ~ 5-35 。
 一気に8本だ。
 ふぅ。

 ずっと坐り作業で腰が痛いよね。
 

 カボチャコロッケときざみキャベツ、チキンの南蛮漬け、フとワカメのお味噌汁、
 キウリと糸蒟蒻の酢漬けなり。
 キャベツをきざみながら無心になってたりして。


 NHKのドキュメンタリーを見る。
 天安門事件後、フランスに亡命した中国人男性のその後とか。


 夜、ちょいとウッと鬱屈気味。
 久しぶりに手持ちのDVD映画を見る。
 ま、マット・デイモン系かな。
 
 この前TVで見た映画に若かりし頃の彼が弁護士役(脇役)で出ていた。
 うーん、あの映画のタイトルは何だったんだろうか・・・。
 思い出せない。
 トホ。


視点の先には

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 どんより空で目をさます。
 やっぱり右肩から背中にかけて痛いです。
 ぐずぐず。
 ウトウト。
 

 チーズトーストと熟した真っ赤な三重産トマト、苦いコーヒー。

 今日もスキャンです。
 Karen-5-24 ~ 5-27
 そろそろ、モノクロフィルムには先が見えてきた。
 
 スキャンを続行しながら、いくつか並行して本を読んでいる。
 『完全不平等』
 『日常人類学宣言!』
 『宮本常一が撮った昭和の情景 下』
 『植民地主義の暴力』
 
 どれもが勉強になるけど、気をつけているのが、自分のものの見方、
 いわゆる視点の置き方と視点の方向性と視点の先に何があるのか。
 そのことに注意している。

 鮭を喰らう。


 ビルマ(ミャンマー)の国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 に、ビルマを訪問した米国の学者の記事が出てました(27日付)

 って、いつものジョージタウン大学の David Steinberg 先生じゃあないですか。
 
 国連やアセアンなどの組織ではなく、一個人として Steinberg 氏がとりあげられていることに
 注目せざるを得ないです。
 はい。

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 チーズトーストときうりとコーヒーとバナナ。

 どんより曇り空。
 
 今日もスキャンに精を出す。
 
 パソコンでラジコを立ち上げる。
 と、
 ABCラジオでパーソナリティー (男女2人)の気になる発言があった。

 国歌斉唱時に教職員の起立・斉唱を義務づける条例制定に賛成する、とか。
 
 ま、個人として、いろんな考え方があってもいいだろう。
 でも、条例まで作って「強制」しなければならないことなのか。
 そのことが問題なのに。
 公務員である前にひとりの社会人としての思想信条の自由がないのか。
 
 つまり、
  1999年に可決された「国旗・国歌法案」の際、法制化に関しての政府見解は、
 
 「 国旗の掲揚や国歌の斉唱に関し、義務付けを行うようなことは考えていない。
   国旗の損壊などを刑罰の対象とすることは考えてない 」

 としていたではないか。
 起立を規律とすることがおかしいと思うのだがなあ。

 と、条例化に賛成している大阪府・橋下知事は一体何を考えているのか、
 橋下担当だった某新聞社の記者に、そのあたりのことを問い合わせてみた。

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 今回は思想的なモノではなく、「上意下達」を徹底したい、という意図が
 メーンのようです。
 
 彼の言葉で言うと、「ガバナンス」「マネジメント」となりますが、
 部下を信用しない統治も運営もありえない、ということは、
 中学生くらいなら分かるはず。

 彼に本当の意味での側近がいないことの証拠ですね。

 私は、今回の現象を、哀しみの目で見ています。
 橋下知事はひとりぼっちです。
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 とか。

 ま、ひとりぼっちの橋下知事は、それはそれで身から出た錆だからいいとして。
 そんな独りの彼は、権力を持っているから余計に怖くて危ないのだが。
 誰か、暴走を止めてくれよな。

 それは、選挙権のある府民しかできないのだが(彼の動向をキチンと伝えるメディアもいるが・・・)

 
 フィルムスキャンは、Karen-5-16 ~ 5-21(22) まで頑張る。
 ふぅ。

 『宮本』本(下)に目を通す。

 『日常人類学宣言!』を読んでいたら、おろっ、徐京植(ソ・キョンシク)の名前が出てきた。
 トー然だが、文化人類学も植民地主義や帝国主義などとも関わりがあるんだな。
 ふむ。

 
 作り置きのカレーに照り焼き気味のチキンと茄子を加える。
 が、余り美味しくない。
 カレー・ルーの追加がダメだったか。
 ふむ。


 ビルマ(ミャンマー)の国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 に、ベトナムに関して一つの記事が出てました(26日付)

 それが、どういう訳か前後には全く説明がない、ポツネンとした写真記事である。
 いわゆる「少数民族」モン族 (Hmong) の写真である。
 
 ちょっと気になってビルマ語版の新聞2紙を確認してみると、この写真記事は出ていないのに。
 
 ベトナムはもちろん、自国内の少数派民族のことを、あまり取りあげられたくないはず。
 なのに、である。

 ベトナム政府と軍部の強権支配が続くビルマ(ミャンマー)政府との間にもしかして、
 何かあるのかな。

 ふむ。

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 ビルマ(ミャンマー)の最大都市、ラングーン(ヤンゴン)。
 ユザナ・プラザ (Yuzana Plaza)  は巨大なデパート。

 ところどころエスカレーターも動いている。
 大きさでみると、ヤンゴン市内でも3本の指に入る巨大さではなだろうか。

 デパート内をうろちょろしていると、うわっ、ここにも出没しますか、
 托鉢の小坊主さんたち。
 さすが仏教(上座部)社会だな。

14_DSC8932.jpg

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 ビルマ(ミャンマー)の国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 にフィリピンの記事が出てました(24日付)

 首都マニラのスラム住民の(強制?)退去の記事である。
 
 アセアン諸国域内での、各国の国内問題に関わるこのような記事は、特にビルマ側では
 取りあげないはずだが(逆に、フィリピン政府は公に、ビルマの民主化推進をうったえてますが・・・ )
 
 ビルマとフィリピンの関係が、これまで以上にぎくしゃくしているのかな。

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 今週号の "THE MYANMAR TIMES" が報じてました。

 ビルマ(ミャンマー)のワナマウンルウィン外相が、同国を訪問した米国・ユン国務副次官補に
 「ビルマと呼ばすに、ミャンマーと呼ぶべきだ」 と。

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 He also called on the US should use the official term of ‘Myanmar’
 when it  refers to the country.

 “You might think this is a small matter, but the use of ‘Myanmar’
  is a matter of national integrity,” he said.


 http://www.mmtimes.com/2011/news/576/news57601.html

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 これは、英語(表記)の話
 で、日本語ではまた別の話である。 

 日本ではすっかり「ミャンマー」が定着しつつあるが、日本語表記では、まだまだ 「ビルマ 」 で
 通すべきだと思う。

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 そう、異国や異文化を語るときには、このように宗教や名前など、その社会特有の前提を
 ある程度知ることが必要なのだ。
 
 ここで改めて、ビルマを語る場合いつも議論となる、ビルマという国の呼称について考えて
 みたい。
 
 「 ビルマ 」 か 「 ミャンマー 」 かという問題である。
 
 ビルマ軍事政権は1989年、英語の呼称を「ビルマ」から「ミャンマー」に変えた。
 だが、多くのビルマ人にとって、現在のビルマ軍事政権は選挙を経ずに武力で政権を
 奪取したクーデター政権であるため、正当性がない政権が勝手に国名を変えたことを認めて
 いない。
 
 もっとも軍事政権そのものが呼称変更の1年前、1988年にクーデターを起こした当初、
 これはあくまでも「暫定政権」という意味で、国家法秩序回復評議会(=SLORC:
 State Law and Order Restoration Concil) と名乗っていた。

 同じ軍政は10年後の1998年、その「一時的な政権」という意味を捨て、これからも政権を
 担う意図で、自らを国家平和発展評議会(=SPDC:
 
State  Peace and Development Coundil ) と名前を変えた。

 今までの軍事政権の動きを見ると、「 ビルマからミャンマー 」 「SLORCからSPDC」という
 呼称変更は、単に名前の変更だけでなく、そこには必ず、政策の変更があるということを
 見落としてはならない。

 そこには国民の意思や法を無視して、自らの政権の正統性を強調しようとするための
 名称変更だからなのだ。
 
 ビルマの人が、「ミャンマー」でなく「ビルマ」を使うのは、そういう軍政のごまかしに対して
 否ということをいっているのだ。
 
 だがこのことは、例えば日本語を使う人にとっては、ビルマの人と同じような意味での
 「 ビルマ 」 か 「 ミャンマー 」 かということにはならない。

 ビルマ人の立場とそれ以外の立場は明確に区別されるべきなのだ。

 私は2008年8月8日、ビルマ入りしていた。1988年に起こった
 民主化デモ 「 8888 ( ビルマ語でシッ・レーロン=4つの8)」の20周年を取材をするため
 である。

 ホテルの部屋で英語の衛星放送を見ていたら、「ジョージア」と「ロシア」が交戦状態に入った
 というニュースが流れていた。

 私は一瞬、戸惑った。
 「ん? ジョージアっていう国があったのか?」
 後日、日本に戻って、この時のニュースを確認してみると、
 「ジョージア」とは「グルジア」のことであった。

 「ジョージア」とは英語の呼称で「グルジア」はロシア語の読みだった。
 日本では、ロシア語読みが一般的に日本語として通用している。
 
 似たような例は他にも見られる。例えば米国西海岸のカリフォルニア州 の「ロサンジェルス」を
 表す場合、英語では 「 LA (エルエー) 」 と呼ぶか 「 ロサンジェルス 」 と発音する。

 日本語で一般的に通用する 「 ロス 」 と呼んでも、英語では通用しない。
 また日本では、日本語特有の表記や発音をするので、ヴェトナムはベトナムであり、中米の
 エルサルヴァドルはエルサルバドルである。
 その一方、ルイビトンはルイヴィトンとのまま表記される。

 こういう風に見ていくと、国名や固有名詞の表記は、英語読みや現地読みに拘わらず、
 日本では 「 日本語特有の呼び方 」 をしている。

 それだから、「 ビルマ 」 という呼称も、もし、日本語の呼び方を大切にしようとするならば、
 従来通り日本語で 「 ビルマ 」 と呼ぶのがふさわしいのだ。

 わざわざ英語呼称で 「ミャンマー 」 と呼ぶことはないのである。
 
 それに「ビルマ」という言葉は英語からではなく、オランダ語から派生し日本語に定着してきた
 言葉だからである。
 
 それに言葉を学ぶ機関である東京外国語大学や大阪外国語大学は今も 「 ビルマ 」 「 ビルマ語 」
 という呼び方を使っている。
 
 
 あるいは、こうも言える。日本が国連に登録している「英語呼称」は「ジャパン < Japan > 」で
 ある。

 例えば、お隣の韓国で、韓国人同士が日本のことを話す際、日本のことをわざわざ英語で
 「ジャパン」と呼ばないであろう。

 韓国語では一般的に「「イルボン」と呼ぶのが普通であろう。
 
 それがどこの国であっても普通なのである。中国でもタイでも、それぞれの言葉で 「 Riben ( リーベン/リーペン」「ニップン」と言うだろう。
 
 現地の人が日本を表すのにわざわざ英語で「ジャパン」と呼ばないだろう。

 それなのに、どうして日本は日本語の「ビルマ」を英語読みの「ミャンマー」と変えてしまった
 のであろうか。
 
 国連で使用されている国名が「ミャンマー」だから「ミャンマー」と呼ぶと説明する人がいるが、
 では、日本で日本のことを国連で使われている英語呼称で「ジャパン」と呼ぶのだろうか。
 
 ビルマ関係の文章を読んでいて、「とりあえず、政治的な側面を避けるために、ビルマかミャンマーかは
 棚上げにして、とりあえずミャンマーと呼ぶ(書く)」と説明している説明を目にすることがある。

 そういう説明こそが、まさに政治に囚われているように思われる。

 日本語で書く場合は、「ビルマ」と書けばいいのである。
 
 軍事政権を支持するから「ミャンマー」を使い、軍事政権に反対するから「ビルマ」を使うという
 のは日本語を使う人には当てはまらないように思える。

 もちろん、もっとおおっぴらにミャンマーという呼称が定着すればまた話は別だが。

 http://blog.uzo.net/2009/03/post-2853.html
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 雨ですね。
 ビシビシと大粒の雨。
 結構、強い雨足になってます。
 ( 九州地方は梅雨入り、とか )

 
 チーズトーストとサニーレタス。
 苦いコーヒーは飲み干し、通常のマイルドコーヒーを飲む。

 雨です。
 駅へ。


 フィルムスキャンを続行中。
 ようやく Karen-5 へ取りかかる。
 "5"
を終えると、モノクロフィルムはようやく先が見えてくる(はず)

 
 フィルムスキャンをしながら『「法令遵守」が日本を滅ぼす』から抜き書き。
 と、ウエブで参議院の中継をツン見する。
 さすが 〝反(脱)原子力村の面々〟の出席で参議のウエブ中継のサーバが落ち気味?だとか。

 ひたすらスキャンの作業なり。
 ギュインギュイン。

 必死で作業をしていると、おろっ、もう夕方だ。
 作業に没頭してしまい、あれまっ、昼ご飯を食べるのも忘れてた
 
 カレーでもこさえるか。
 スーパーへ買い物へ。
 そのまま、駅へ。

 毎日新聞者の『宮本常一が撮った昭和の情景 下』 昭和40年~昭和55年(1965年~80年)
 松田素二『日常人類学宣言!』(世界思想社、2009年)が届く。

 早速、両書をペラペラツン読する。



 『毎日新聞』 5月22日(日)・ウエブ版・19時54分配信を見てフト気づく(抜粋)

 
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 韓国の青瓦台(大統領府)によると、中国の温家宝首相は22日、東京で会談した韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領に対し、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記を中国に招いたことを明らかにした。
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 で、軍部が国を強権的に支配し続けるビルマ(ミャンマー)のことである。
 
 国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』 ("The NEW LIGHT OF MYANMAR")の、
 
今日(23日)の一面である。
nlm_23_05_2011.jpg
 ( ↑ 大きくなります )

 温家宝首相が北朝鮮のキム・ジョンイルを招待したのと同じように、胡錦濤・国家主席が
 ビルマ(ミャンマー)のテインセイン大統領を中国に招待したとか。
 
 と、中国の国家主席の英語での表記は、"President" (大統領)だとか。
 知らなかった。
 ふむ。


 季節の変わり目だな。
 暑いのかあったかいのか涼しいのか寒いのか、よく分からん。
 とはいっても、今日はちょいと暖かめだ。

 ゆっくり起きて、ドイツパンと青々レタスとコーヒーなり。
 薬が切れ気味、来週までか。
 そろそろ病院へ (薬をもらいに) 行かねば、とも。
 ん、3ヵ月ぶりくらいかな。


 フィルムスキャンを続行中。
 Karen-4 のエクストラ4本分だな。
 ギュインギュインとスキャナーが唸る。

 
 レタスとピーマンとちりめんじゃことタマゴの昼食なり。
 パクパク。
 うわっ、失敗した。
 まったく美味しくない。

 
 いやね。
 神社へ。
 車で、ビュン。

 
 ホタルイカはちょいと失敗。 
 お吸い物はウムム。
 やっぱりサツマイモがメインか。

 
 先日訃報を聞いた田中好子主演のドラマを見る。
 こちらもフム。
 

 1982年とちょっと古いが、ジャック・レモンの『ミッシング』
 こちらもフムム。


 

イラン想像、ってか

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 強い陽射しで目を覚ます。
 7時過ぎにはもうアッチッチの太陽光線である。
 
 寝よう。
 2度寝である。

 うわっ、月に2度のゴミ捨てを逃してはダメなんだよな。
 ズルズル起きる。

 
 ドイツパン+とろけるチーズを喰らう。
 もちろん苦いコーヒーも。

 
 もちろん、今日もスキャン作業である。
 すべてが、おーばーどぅゅーなのよ。
 焦る焦る(アセアセ)

 Karen-4-21~4-29 まで。

 
 スキャン中は、『国家に従属せず』からの抜き書きをする。
 ペチペチペチペチペチ。

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 職人を大切にしない店は、いずれ消費者に見捨てられ滅びるぞと書きたい。だが、本家のマクドナルドがそうなっていないように、現実は逆である場合が少なくない。
 いや、皮肉や逆説でなく、悲しすぎることに、経済効率優先の価値観の方が、かえって消費者に支持されやすいと言えてしまうのが現代の日本であるようにさえ、私には思える。
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 これを読みながら、メディア会について、ついついイラン想像をしてしまう。

 --------------------
 フリーランスを大切にしない編集部は、いずれ読者に見捨てられるぞと書きたい。
 いや、悲しすぎることに、部数が伸びるから売れるからと、かえってフリーランスは市場の中で使い捨てにされるのが現代の日本のメディア界であるように、私には思える。
 --------------------
 
 嗚呼。
 ってか。

 
 暑い朝だ。
 もしかして、今日は気温30度にもなるのだろうか。
 朝、ドイツパンを頬張りながら、ちょいと汗気味だわ。

 
 今日もスキャン作業である。
 Karen-4-17~4-21

 スキャン中に、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』を読了。
 さすが今 (あっ、もっと前からか ) 売り出し中の郷原信郎先生だわ、っていう感じ。

 「法」ということについていろいろと考えさせてくれる。
 ふむぅ。
 
 と、面白い記述を見つけた。
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 普通は市民は法令に無関心で、なるべく関わり合いになりたくないというのが本音です。
 (P.126)
 --------------------

 確か、これは・・・。
 あった、あった、ここだ。
 --------------------
 〝一般の人〟は法律にしたがっているというのではなく、法律とかかわりあいにならぬよう
 心がけて生活しているのだ。
 (P.115)
 --------------------
 これは竹中労『ルポライター事始』 ( ちくま文庫、1999年 ) の中の一文である。

 郷原センセと竹中労が同じことを・・・。
 ふむむ。

 
 渡辺清『砕かれた神』からの抜き書き終了。
 
 どうしても第2次世界大戦の敗戦と福島の原子力事故が重なってしまって仕方ない。
 
 勝つと喧伝されてた戦争。
 安全だと信じ込まされていた原発。

 その最中も、その後の処理も。
 ふむ。

 
 夕方、体を動かすために安売りスーパまで。
 鯖をまるまる一尾買う。
 

 布団の中に『宮本常一が撮った昭和の情景 上巻』を持ち込み、ツラツラ読みながら寝る。
 ああ、至福なり。

 
 今日もスキャン作業である。
 Karen-4-12~4-16

 夕方、ATMへ。
 ンン万円の支払いなり。
 うー。
 
 最近、入金はほとんどない(というか、全くないよぉ)
 なのに出金は絶えず、立て続けにある。
 うむむぅ。

 クレーム気味の電話をする。
 やっぱりお役所仕事だと埒があきまへん。


 今日(19日)のビルマ(ミャンマー)の国営英字紙
 『 ミャンマーの新しい灯 』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR") の一面を見る。

 米国からユン国務副次官補が訪問してました。

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 ( ↑ 大きくなります )
 
 米国ネタなのに、新聞では結構大きく扱ってます。
 
 
 が、よくよく観察してみると、4日前の中国の高官への対応と比べると、
 その差は歴然としてます。

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 ( ↑ 大きくなります )

 
 5時半過ぎ、目が覚める。
 早すぎるゾ。
 それに、なんだなんだ、この明るさは。
 強い太陽光線が眩しく、痛いほど差し込む。

 チーズトーストとトマト、苦いコーヒー。

 久しぶりに布団を干す。

 
 7時前から机の前に座る。

 今日もフィルムスキャンを続行。
 Karen-4-8~4-11 まで。

 
 さっぱり朝シャン(死語?)で気分爽快なり。

 
 昼は納豆と茶碗蒸しを喰らう。


 斎藤貴男『国家に従属せず』(ちくま文庫)を読み続ける。
 途中、"「禁煙ファシズム」の狂気" の章は、いやね、後半飛ばしてしまう。
 
 
 『宮本常一が撮った昭和の情景 上巻』(毎日新聞社、2009年)が届けられる。
 これは、あの6万円もする『宮本常一 写真・日記集成』のダイジェスト版っていう感じ。
 さすがに『集成』の方は手出しできない値段ですし。
 うむぅ。

 

 
 元気になったはずなのに、グズグズ起きる。
 
 フィルムスキャン作業を続行。
 まだまだ Karen New Year 1981.12.26 分だ。
 Karen-4-5~4-7
 
 良い天気だ。

 
 久しぶりに掃除機掛け。
 部屋の片隅にわたぼこりが目立つもんで。

 
 昼は納豆としめじ味噌汁など。

 
 午後もフィルムスキャン作業。


 夕方、運動不足解消と買い物を兼ねてテクテク散歩。
 さすがに汗をかく。

 100Kにてフライパン(小)を買う。

 
 魚とお肉とレタスと餃子などを買う。
 やっぱり火曜日は買いすぎかな。

 

 夜、DVDで『東京島』を見る。
 原作が話題だったから期待してたのに。
 がっかり。
 映画の感想は、文字にするのも情けないホド、かな。


 --------------------

 もちろん、私は、さきほど、ちょっと政治には期待していない、と言いましたし、
 一人ひとりの、普通の、ごく一人ひとりが考えるということでしか、乗り越えていかれない、
 と思っている人間です。

 ま、何十年か前に、日本という国は、戦争という時代を生きていたわけですね。
 日本人もたくさんの人が死んだわけだし、アジアの人びとを何千万も殺したという、
 そういう時代もあったわけです。

 じゃあ、一体、誰が悪かった。
 軍部だったんだろうか。
 天皇だったんだろうか。

 いろんな考え方はあると思います。
 責任の重さもそれぞれだろうと思います。

 でも、その時代に生きていた日本人の大人、一人ひとりに責任はなかったんだろうか、
 と思うと、確かに、だまされていたんですね。

 大本営発表しかなかったわけだし、教育でもなんでも、みんな神国日本で、天皇陛下が
 偉い、と教わって。
 アジアの盟主だ、と教わって、と。
 
 そんな中で、人びとはそう思ったわけですけども、
 そう思ったことに責任がないのかと思うと、やはりそうではないと。

 だまされたならだまされた責任があると、私は思い、思ってきました。
 戦争に関しては。


 原子力に関してもそうです。
 国家が原子力を進めるといって巨大産業がそれに群がって、そして学者たちも皆、
 それに群がるという中で、日本の多くの人たちは原子力というのは良いものだと
 ずうっと思わされてきたわけですけれども、大きな事故なんて起きっこないと
 みんなが思わされてここまで来たのだと思います。

 でも、事故は、やはり起きてしまったのです。
 何とも、私は、無念です。

 こんなことを防げなかったことが、言葉に尽くせないほど無念ですけれども、
 やはり起きてしまった、のです。

 一体、この責任は誰にあるのかと、問われれば、もちろん原子力の旗を振ってきた人たちにあると
 私は思いますし、その原子力の場にいる、(場に)いた、私にも事故を防げなかった
 責任の一端は、私にもあると思います。


 そして、皆さんには申し訳ないけれども、皆さんもだまされてきたのであれば、
 だまされてきたことに対する責任があると思います。

 それをお一人お一人が受けとめて、どうするのかということをやはり決めていただくということが
 必要だと思いますし、今、今井さんがいったように国民投票ということでも私は構わない、
 と思います。

 やはり、一人が考えるということから始めたいと思います。

 --------------------

 http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/05/13/7gei-may13/
 
 8-8 原発「安全神話」溶融 小出裕章先生
 <3:30><6:31>

"恩赦"、ってか

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 今日(17日)のビルマ(ミャンマー)の国営英字紙
 『ミャンマーの新しい灯』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 大統領の命による "恩赦"、という記事が出た。

 軍部の支配が続くビルマ(ミャンマー)政府はこれまで、ビルマには政治囚はいない
 と公言してきた。

 さて、事実上、「政治犯」として刑務所に囚われてきた人びとは今後、
 どのように処遇されるのだろうか。
 
 ふむ。

nlm_17_05_2011.jpg

( ↑ 大きくなります )

 
 鼻づまり。
 ツライ。
 排ガスで喉と鼻をやられたようだ。
 キレイな空気を吸いたい。
 それって今、日本全国、いや世界規模でゼイタクな悩みになってるんだな。
 
 頭がぼぉ~。
 何もする気がしないyo.
 困ったなあ。

 
 昼は生パン2枚。
 
 
 夜、録画していたNTV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2ヶ月」
 を見る。
 うむぅ。
 
 (いろんな意味で)さすがNHKだわ。

 
 斎藤貴男本を読みながら寝入る。
 

穴、開いてる?

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 先週までは、財布にン万円入ってたのに、今見たら、5000円しかない。

 一体、何に使ったのか。

 まるで穴の開いた X X X のようだ。



鼻水とまらず

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 喉イガイガ、鼻水とまらず。
 
 土曜日に行った京都市内の排ガスにやられたようだ。

 熱が出てきた。
 カゼのようだ。

 
 寝よう。


 ウエブを更新したついでに、ビルマ(ミャンマー)とタイの両国を隔てるサルウィン河の写真を
 並べてみた。

 これは19年前のサルウィン河(1993年5月)
93kar036_1.jpg
 ( ↑ 大きくなります )


 場所はちょっとだけ異なるけど、ほぼ同じ地域のサルウィン河。
 (2011年4月)
15_DSC6888.jpg

16_DSC6887.jpg
 ( ↑ 大きくなります )


 台風1号は去った。
 久方ぶりの晴れですね。

 朝食は、いつものように、チーズトーストと熟れたトマトと苦いコーヒー。
 
 午前中は、データ整理といつものルーティーン作業。
 
 
 品数だけ多い、見た目は豪勢な昼飯を喰らって、さ、出動。
 
 バイクに乗る前、後輪の空気圧が弱いのに気づく。
 で、やっぱり、15分ほど走ると後輪の空気が完全に抜けてヨロヨロ・ヨタヨタ運転となる。
 あー、ヤバイ。
 スピード出してなくて良かった。
 
 ・・・・・・。

 
前後のタイヤのセットで、しめて2万円の出費か。
 今の時期、痛いなぁ。
 ま、安全に関わることだから仕方ない。


 代車を借りて、ビュンと京大へ。

 「アフリカ最後の植民地-西サハラ問題」の講演会である。
 サハラの亡命政権(サハラ・アラブ民主共和国。アフリカ連合 (AU) の正式加盟国)の幹部ベイサット氏が来る、というので。

 ちょうど高文研の真鍋さんに、徐京植(ソ・キョンシク)さんの新刊『植民地主義の暴力』を
 送ってもらっていたので、ページを開く前にちょっと植民地主義のことを改めて
 考えたかったからである。

 ウエブでチョコチョコッと情報を仕入れたのだが、西サハラは、アフリカ最後の植民地なのである。
 ふむぅ。

 
 16時半過ぎ、講演会&質疑応答が一段落。
 で、急ぎ、会場を後にする。

 
 5月の土曜日、天気が良い・・・これだけ条件が揃うと、京都の道路は、
 上から四条に向かって、どこも大渋滞だわ。
 排ガスがヒドい。
 ゴホゴホ。

 
 Yまで戻り、バイクをピックアップ。
 再度、京都にとって返す。

 川端通りで休憩。

 
 18時前、「ひと・まち交流館京都」へ。
 纐纈あや監督『祝(ほうり)の島』上映会である。
 
 約2時間の映画。
 面白かった。
 
 内容もさることながら、この手のドキュメンタリー映画でありがちな、雑な作りを
 全く感じない。

 映像は丁寧。
 計算された撮影と画面構成で、なかなかな唸らせてもらえる映画でした。
 映画の画面が、どういうわけか、米国映画の『ファーゴ』を思い出させるような感じだった。

 21時過ぎ、会場を後にする。

 ビュンと移動なり。
 
 
 徐京植『植民地主義の暴力』の「あとがき」から目を通す。

 いやね、今日ちょうど、アフリカ最後の植民地「西サハラ」の問題を、
 今まで以上に知ることになったからね。

 「植民地」ってのは、実は、想像以上に引きずっている。

 
 で、「あとがき」である。
 徐さんはこう書いている。

 --------------------
 いま私は五九歳になった。彼女はまだ二〇代になったばかりだ。私が彼女の年齢だったとき、まったく同じ疑問と怒りを感じていた。それから四〇年後の現在まで、同じ一つのことを主張し続けてきたような気がする。だが、それで何が、どう変わったというのか。こんな無残な社会を若い世代に残すことになるとは・・・・・・。
 申し訳なさと空虚感が心にこみ上げた。
 --------------------

 「40年」。ふむむ。
 どこかで目をしたような・・・。
 
 嗚呼、小出裕章センセも同じようなことを感じていたんだ(繰り返しの引用になるが)
 --------------------
 「私は1970年に原子力はダメだと思って、なんとか止めさせようと思った人間です。すでに40年経ちました。・・・・・・。私の願いは届かなかったのですね。何とも言葉がない。今は言葉がありません。」

 「でも私は、そのことも実はどうでもいいんです。電気が足りようが、足りなかろうが原子力なんてなものはやってはいけないという、という風に私は思っているんです。・・・、かなりの絶望感をもって、現実に向き合っています。そういう状態です。」
 --------------------

 この2人の、「空虚感」と「絶望感」
 なんだかやりきれない。


  (一部抜粋)
 

 
 13日のビルマ(ミャンマー)の国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』 ("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 
に、国連のナンビア特別顧問がアウンサンスーチー氏と面会したという記事が出ていた。
 
 しかも、(ご丁寧に)午後4時45分という詳細な時間つきだ。

 それにしても、国営紙にアウンサンスーチー氏の名前が出るのは、(たぶん)久しぶりだ。
 よく見ると、スーチー氏の名前の前に、ビルマの女性の敬称である DAW
がついている。
 
 もしかして、NLDと軍部との和解が進んでいるのだろうか?
 ふむ。

nlm_13_05_2011.jpg

 



 あ、もう週末か、早いなぁ。
 しかも天気が良い朝だ。
 ムズムズ。
 
 ようやく、ホッとする時間ができた(気がする)
 が、なかなか自由時間が無いのが現実なのである。
 トホ。

 
 11時、出動。
 Yバシカメラへ。
 NECのノートパソコンを買った(って、自分はないヨ)
 最近のはメモリを4GB以上積むために、最初からOSは64ビットになってんだ。
 知らなかった。
 
 プリンターの差し替え。
 ふぅ。
 これで一段落ですか?

 
 さ、机の前に座って、仕事を再開する。
 昨年から今年にかけて撮影した写真をウエブにアップする。
 すべてビルマやカレン関係となる。
 ペチペチペチペチペチ。

 とりあえず、縦位置・横位置をまとめて、ビルマは2010年の撮影、
 カレンは2011年4月撮影分までのアップとなる。
 ふぅ。
 
 ・ビルマは#272まで。
 http://www.uzo.net/asia/burma/burma000/burma272.htm
 

 ・カレンは#043まで。
 http://www.uzo.net/asia/karen/karen000/karen043.htm
 
 カレンの写真の更新は久しぶりだなぁ。


 さ、次は、フィルムスキャンを再開することになる。
 さて、どこまでスキャンをしたのかな。
 前回は、71本終えたのだっけ。
 最後のフィルムスキャンは1月末だったからなあ。
 確認作業にも手こずり[/]。

 今回からは Karen No.4、1981年12月26日の "KAREN NEW YEAR" からか。
 No.4 は30本ほどあるのだな。
 
 
 ギィギィギィー、とスキャナーを立ち上げる。
 フィルムスキャンは何かと気をつかう。
 
 
 19時前、なんとか2本のフィルムスキャンを終える。
 ふぅ~。
 疲れた。


 しばし、ごろんと横になる。
 
 渡辺清『砕かれた神』を読み終える。
 引き続き、『戦艦武蔵のさいご』(フォア文庫、1979年)を読み出す。
 で、一気に、読了。
 戦闘場面は悲惨の一言に尽きるなあ。
 想像して読んでいると、ちょいとエグイ。
 
 --------------------
 主計兵たちは、いっしゅんにして、だれかれの区別なく、ぐしゃぐしゃにつぶされてしまった。
 ふっとんだ首、くだかれた頭がい骨、どろどろの脳液、ひものようにもつれたはらわた。
 ボロボロの服のきれっぱし、そこらじゅうに、おれたかれ枝のようにちらばっている手や足・・・・・・。

 <・・・>

 たちこめる硝煙のなかで、機械仕掛けのダルマのように、おどりまわっている人かげだ。
 それが森下上水だった。

 ぼくは息をのんでたじろいだ。
 どうしたことだ。

 のっぽの森下のからだが、いっしゅんのうちに半分になっているのだ。
 両足のひざから下を破片でそぎとられてしまったのだ。

 かれは、甲板にその切りかぶのようなひざをついたまま、前歯でくちびるをかみ、目をつりあげ、
 ふるえる両手で、空をつかみながら、どこかへかけだそうと、血だまりのなかを、コマのように
 ぐるぐるまわっている。
 「うおーっ、うお、うおーっ・・・・・・。」
 --------------------
 
 想像以上の惨状だったのだろう。
 ふむ。


 ビルマ(ミャンマー)の国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 に目を通して役に立つなぁ、って感じることがある。
 
 日本の新聞(の国際面)では滅多にお目にかかることのない記事を目にすることだ。

 例えば、『ミャンマーの新しい灯』では時々、イラクとアフガニスタンの死傷者数を載せている。
 
 さすが、米国を目の敵にしているだけあるなあ。
 
 出典を明確にせず、"Internet" としているのはちょいといただけないが、ま、ある程度
 信頼して良い数字なんだろうなあ。

 
しかし、イラクでは既に(たぶん2003年3月以降)、70万人も死者が出ているのか。
 うむぅ。
nlm_12_05_2011.jpg
( ↑ 大きくなります )

命の問題、なのに

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 新聞(『毎日新聞』12日朝刊13版)を読んでいたら、フト目についた。

 
 「 原発が立地する福井県敦賀市の河瀬一治市長が、・・・、脱原発発言をした
    橋下徹・大阪府知事に会談を申し込み、断れた 」

 「 橋下知事への不信感が増した。原発がなければ大阪の経済は成り立たないのは事実。
    直接話を聞いてみたかった 」、そうだ。

 
 原発は経済の問題ではなく命の問題だということが、この河瀬市長には、
 まだ分からないのだろうか。

 これは私自身が原発の立地に暮らしていないから、そう無責任に、簡単に
 言えることなのだろうか。

 でも、市長は行政の長として、今こそ原発に依存しない市政を考えなければ
 ならないのだと思うのだが。
 ふむ。

雨続き、ってか

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 朝、雨の音で目覚める。
 やっぱり降ってきたか。
 
 ずるずる起き出す。
 久しぶりに、インスタントコーヒーではなく、ドリップコーヒーをいれる。
 コポコポ。
 
 野菜なしのチーズトーストにかぶりつく。
 ぱくぱく。


 雨です。
 だから、出動。

 
 提出文書の内容を再確認し、プリントアウトし、郵便局へ。

 
 さ、次である。
 久しぶりにウエブの写真の更新準備にとりかかる。
 まずは細かなファイル番号の確認だ。
 これが結構、大変なんですね。
 ペチペチペチペチペチ。

 写真編集。

 雨が激しくなってます。

 気づいたら、あ、夕方だ。

 ウエブの更新作業、やっぱりそれほど進みませんでした。
 明日に持ち越しか。
 ペチペチペチペチペチ。
 右肩と肩胛骨が痛くなります。
 (∋_∈)


 またまた雨が激しくなります。
 ビュンと駅まで出動です。


 餃子の買い置きがあってホッ。
 キャベツとピーマンがあってホッ。

 
 ウエブの更新作業、まだまだ準備作業の段階。
 ペチペチペチペチペチ。

 
 予報が当たった。
 天気の悪い朝だ。
 
 まだまだ右半身が痛いyo
 ジクジク起きる。
 チーズトーストときうりである。

 
 うわっ。
 久しぶりに飲んだ濃ぃいコーヒーでお腹がグルグル鳴る。
 仕方ない、車で出動か。


 郷原信郎『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書、2007年)が届いてた。


 昨日の下書き文書をもう一度読み直す。
 ま、こんなものか。
 提出前に、もうあと少し冷やそう。
 
 
 さ、原稿の仕上げだ。
 というか、書き始めてないやん。
 
 大体の構想、落としどころは決まってる。
 タイトルは 「写真民俗誌 / 写真民族誌のてがかり ─ やはり現場に行く大切さ 」
 後はキーボードを叩いてまとめるだけ。
 ペチペチペチペチペチ。


 饂飩と豆腐と舞茸を喰らって、ひと休み。


 原稿につける写真を選ぶ。
 久方ぶりに中米エルサルバドルやグアテマラの写真を見る。
 ほぉ~、って。

 
 夕方16時過ぎ、なんとか下書き完成。

 さ、出動だ。
 雨だ。
 スーパーへ、ビュン。

 安売りの時間帯だ。
 スーパー内は16時半を過ぎてから混み出した。
 あれれ。

 原稿送信。

 
 あ、原稿料の入金確認が2つもできていない。
 
 ひとつは昨年度の支払い分。
 なにせ押印が必要だったからね。

 もうひとつは3月の分。
 うっかり忘れていると、後が大変になる。
 
 でも、問い合わせや手続きをせなあかんのは、どうにかならんのかな。
 とホホである。


 今宵は、エセ蒲焼きとダイコン下ろしと干しエビ入り青物としめじの味噌汁をこさえる。
 やっぱり食べ過ぎた。
 ぐった-。

 渡辺清『砕かれた神』を読み続ける。

 「知らなかったら知らなかったことに、欺されていたら欺されていたことに、つまりおのれ自身の無知にたいする責任がおれにあるのではないか。なるほどすべてをそっくり天皇のせいや世の中のせいにしてしまえば都合がいいかもしれないが、それではおれ自身の実体は中に浮いてしまう。」

 「したがって、知らなかった、欺されていた、ということは責任の弁解になっても、責任そのものの解消にはならない。」

 
 敗戦直後のことだが、なんだか今の日本にも通じるような。
 ふむぅう。
 ( 「欺された責任・・・」。 確か、伊丹十三のお父さんも同じようなことを云っていたような・・・ )

 
 

敬礼、ってか

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 「ウィキペディア」によると、
 --------------------
 敬礼(けいれい)とは、相手に敬意を表し、礼をすること。日常の動作ではお辞儀などが含まれる。一般的には、組織の下位の者が上位の者に対して行う動作を指す。単に「礼」と言うことが一般的であるため、敬礼と言う場合にはとくに挙手注目礼を指すことが多い

 --------------------

 「挙手注目礼」とは、再度、「ウィキペディア」では、
 --------------------
 挙手の敬礼(挙手注目の敬礼)は、軍隊の敬礼の中で
 最も有名なものである。 
 --------------------

 MRTV-3 ( ミャンマーTV3 ) を見ると、民間人のテインセイン大統領がインドネシア訪問から
 戻って来た様子を放映している。

MRTV3_10_05_2011.jpg
 ( ↑ RealPlayer <rm> 形式:1MB )

 大統領を政府高官が出迎えている。
 
 と、チョーサン情報相をはじめ、何人かが敬礼で挨拶をしている。
 うーん、軍服を脱いで民間人になっても、今までの軍隊式(?)の敬礼が身についてますか。
 
 うむむ。

 もちろん、民間同士であっても敬礼はしますが・・・。

"red carpet" ってか

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 インドネシアを訪問したビルマ(ミャンマー)のテインセイン大統領。
 赤絨毯の上を歩いて、意気揚々、国威掲揚っていう感じ。

nlm_10_05_2011-1.jpg
 ( ↑ 大きくなります )

 
 で、インドネシア訪問から戻ったテインセイン大統領。
 副大統領の(ティハトゥラ)ウーティンアウンミンウーの出迎えを受けます。

nlm_10_05_2011-2.jpg
( ↑ 大きくなります )

 ん?
 ま、2人仲良く話をしているのは分かるのだが、よく見ると
 大統領(向かって右)と副大統領の2人の位置関係が興味深い。
 
 どちらかといえば、ウーティンアウンミンウーの方が前に出ているような。

 ちょっと前まで表舞台に出ていた、ビルマ(ミャンマー)の事実上の最高権力者
 タンシュエ上級大将が歩く時、横に並ぶ人なんていなかった。
 ましてや前に出て歩こうという政府幹部もいなかった。

 一体誰が今、本当の実力者なんだろうか?

朝から汲々、ってか

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 朝から汲々である。
 余裕がない。

 なんとか今日中に、いわゆる、官僚的文書を仕上げねば。
 ちょいとアセアセ(汗汗)気味である。

 ざっと資料に目を通し、出だしとまとめと全体構成を考えていく。
 ペチペチペチペチペチ。

 う。
 明日はもう一つの原稿の〆切なのに。
 ペチペチペチペチペチ。

 液晶画面の見過ぎで眼が翳む。
 身体を動かそう。
 
 慌てて、テクテク出動なり。
 通信手段を忘れてしまった。

 夕食は、カリカリのお好み焼きを作る。
 豚肉は脂身をそぐ。
 ベズンは干しエビのこと。
 コンニャクは細かくきざむ。
 なかなかカリカリと焼き上がって、美味なり。

 さ、再び、机の前に座る。
 が、
眼痛から頭痛へ、そしてヒドい肩凝りへと広がる。
 さすがに痛み止め薬を飲まざるを得ない。
 ひぇ。
 
 眼がかすんで、液晶の画面を見ることができない。
 とりあえず下書きは完成。

 寝よう。

独自の道、ってか

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 久しぶりのアジトはベッドの寝心地が良い。
 昨夜はオヤヂ飯を喰らいながら、ぐっすりと寝てしまった。

 ゴトゴトと電車の音で目が覚める。
 シャワーを浴びて、冷たいお茶を飲んで、出動である。

 
 秋葉原下車。
 とてつもなく怪しいG氏と合流し、怪しげな区画を徘徊する。
 ふむ、シフクですか、ふむむ。

 自転車をこいで怪しい区画を離れる。
 交差点の100円自販機の前で腰をおろす。
 まずはブツのDVDを手渡す。
 しばし、ぐっちゃらと情報交換。
 

 1時間後、再度、怪しい区画に戻る。
 ダメか。
 ミッション、failed だ。
 これで3度目。
 G氏と散会。


 電車を乗り継ぎ、東京駅へ。
 駅前の本屋でM氏と合流、喫茶店へ。
 しばし近況を交換なり。
 
 どちらかといえば、ぐっちゃらと愚痴っぽい。
 スイマセン。

 構想は練ってるんですが、ちょいと糊しろ的余裕が不足気味かな、と。
 ふむ。
 あっという間に2時間が経つ。
 東京駅構内へ戻る。

 ▓▓ と合流し、M氏とは散会。

 そのまま ▓▓ と地下のショットバーへ。
 そこで、Nさんと初お目見え。
 Nさんは、なんとまぁ、今日の新聞で紹介されていた人ですね、うん。
 
  ▓▓ 、Nさんと3人で業界話をぐっちゃら。
 そいや3人とも、基本的にフリーランスだし。
 16時半過ぎ、Nさんおいとま。

 河岸を変えて ▓▓ とお好み焼き屋へはいる。
 そこで、ヒソヒソと内輪話となる。
 いやねこの話は外には出せないでしょう、お互いに(ってか)
 
 再度、ぐっちゃらと業界話、写真話となる。
 
 --------------------
 これまでの写真は、伝える写真にしろ記録する写真にしろ、
 芸術写真においても、写し手の意識が強くいて、写真そのものに
 語らせることをあまりしてこなかった。

 写し手や編集者の意図を離れて、例えば複数の写真を結びつけるような
 作業をしてこなかったのではなかろうか。
 
 この数年、フォトジャーナリストとして取材を続けながら試行錯誤している。

 写真撮影を取材の中心に据えるなら、それまでのフィルムカメラだと、
 技術的なこと(撮影の際のシャッタースピード、撮影後のフィルムの現像や
 焼きつけなど)が主なところであった。
 
 だが、「デジタルカメラ」の出現で、写真撮影に関して、技術的なハードルは
 極めて低くなってきた。誰でも簡単に写真を撮ることがで、編集・発表・伝達が
 できるようになった。

 そこで、改めて、写真を撮って取材をするということに向き合わざるを得なく
 なってきたのだ。
 
 もしかしたらこれまで通りのやり方で良いのか。
 そのことを、実は今、直面しているのである。
 何か別の(新しい)やり方を見つけなければ・・・。
 もちろん、従来の取材や発表方法の中で残すべきものはある。
 だが、それだけではやっていけない。時代の要請があるとヒシヒシと感じている。
 
 これまでと同じやり方を続けていくには、ある意味、楽であり
 簡単である(ま、必ずしもそうではないが)。
 ところが今という時代、フォトジャーナリストを続ける為には、変化が必要なのである。
 ところがあたりを見回しても新しい道は見えないようだ。
 じゃあ、そんな別の道を作るか。
 ということで ・・・ ・・・なのである。
 
 ( ・・・てなことを結論的に言いたかったのだが)
 --------------------

 独りで勝手に喋ってしまう。
 
 こういう写真論、っぽいのは、まあ自分で話していて空回りするから困るんだよね。
 トホホ。
 
 ま、それでも、既成のやり方にのっかるのではなく、独自の道を模索していこう(っと)

 あっ、時間がない。
  ▓▓ と別れる。

 アセアセと、知らぬ間にアジトから移動なり。

 
 今日も移動なり。
 実際のところ、いったいぜんたい、私はどこにいるのやら。
 最近は動くのが億劫になってきた。
 あきまへんなぁ~。
 
 居所不明が仕事のひとつになっていたりして。
 ふむ。

 
 天気も不安定で、晴なのか曇りなのか雨のなのかわかりません。
 ま、半袖でいいだろう。

 今日はテクテクと歩いて出動。
 電車を乗り継ぐ。

 やっぱり雨ですね。
 
 13時過ぎ、約束の場所へ。
 まずは打ち合わせなり。
 ここ数日、まあ、誰とも口をきいていなかったので話しが過ぎる。
 あかんなぁ~。

 
 14時半からビルマ問題の勉強会となる。
 聞き手はこれからの法曹界をしょって立つ若手諸氏です。
 日本の法曹界は、国際的な問題についてはちょいと疎いのではないか、
 という危機感からでしょうか?
 まあ、実際、そうだと思うけど。
 
 外国語とコンピュータースキル。
 これが今の法曹界では不十分ではないか、とも聞き及ぶ。
 ふむ。

 16時半、ビルマの基本的な話を終える。
 個別の話まで・・・特にビルマに関わる国際法的な所まで踏み込めず。
 ま、いきなりは複雑すぎますし。
 うん。

 17時過ぎから近くの居酒屋で懇親会なり。
 ぐっちゃらと話を続ける。
 いや~、たまには人の話には耳を傾けるのも良いものだ(って、それが仕事だろ)
 って、話をする方が多いけど。
 会話ってのは双方向性っていうのを、ついつい忘れがち。


 メディア(もちろん放送界も含めて)と法曹界は、日本の社会の世間という壁に阻まれていた。
 メディアはインターネットとデジタルの到来で、ようやく解体気味。
 が、法曹界はまだまだ強固にその社会は非社会性を保ってる(ようだ)
 

 
 20時過ぎ、とりあえずG氏にコンタクト。
 とりあえず駅に着いたら連絡します、と。

 21時前頃?散会なり。

 ゴトゴトと電車で、いつものアジトに移動なり。
 


 6時半過ぎ、階下の音で目覚める。
 なかなか静かに寝かせてもらえないのね。

 
 今日は立夏か。
 道理で暑いわけだ。
 
 
 ちょっとプツンと切れた感じ。
 なにもやる気が起こらない。
 困ったなぁ。
 それでも時間は過ぎていく。
 
 人とは立ち止まることができるの(はずなの)に。
 それができない今という時を、どうやって過ごせば良いのだろうか。
 キーボードを叩きながら考えざるを得ない。
 とほ。


 とりあえず身体を動かそう。
 テクテク歩きの出動となる。
 TヤにDVDを返却。
 そのまま百均を経てスーパーへ。
 JFはそろそろやめねば。
 珍しく自分で自分を抑えているやんけ。
 
 ぐる~っと回って歩く。


 明日の準備を仕上げる。
 やっぱり新しいネタをいくつか仕込む。

 
 段ボールを始末せねば。
 

 あ、おとといのビルマ情報をチェックするのを忘れてた。
 これだからルーティーン作業は気を抜けない。


 菅総理が浜岡原発の停止要請を発表。
 おお、英断、だわ。

 
 すでにいろんな所で出ているから明らかだが、小出裕章氏は、
 福島第一原発事故(いわゆる「3・11」)の前から、ずっと警告していたのだよ。
 
 それは原子力の危険性についてだけ語っているのではない。
 
 そのメインストリームから外された研究生活から、社会の仕組みについても言及している。

 「原子力は差別の上にしか成り立たない」

 と。

 
 今年1月20日のエントリーでも取りあげました。

 http://blog.uzo.net/2011/01/post-3775.html




 「 私は1970年に原子力はダメだと思って、なんとか止めさせようと思った人間です。すでに40年経ちました。
 いつかこんな事故が起きると私は警告してきたわけですが、とうとう起きてしまったのですね。なんとか起きないように、起きる前に原子力を止めたいと願い続けてきたわけですけれども、私の願いは届かなかったのですね。何とも言葉がない。今は言葉がありません。」 


 「 こういう事故が現在進行中であるにもかかわらず、さっき宮台さんがおっしゃったように、日本で原子力発電所がまだ実際に動いているのですよね。なぜ動いているかというと、夏になって停電したらやだからだと、電気は絶対必要だと、いうような人がどうも日本人には多いと、いうことらしいんですね。
 そのことに関して私は、データをつけて既に発言をしていますが、今現在、即刻原子力発電所を全部止めたとしても、日本の電力供給に何の支障もありません。ですから止めるのはいいと、私は思います。」 

 「 でも私は、そのことも実はどうでもいいんです。電気が足りようが、足りなかろうが原子力なんてなものは、やってはいけない というふうに私は思っているんです。そういう風に日本人の人たちが思えないということに私は今、かなりの絶望感をもって、現実に向き合っています。そういう状態です。」
 
 
 小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)
 「マル激トーク・オン・ディマンド」(第524回、2011年04月30日)


 5月3日は「世界報道自由デー」です。
 
 これに合わせてか(前後、1日ずれたけど)、ビルマ(ミャンマー)の最大都市ヤンゴンでは
 催し物が行われました。

 ヤンゴン市内29箇所に "Media Corner" ができたました、と。
 
 これを伝える5日付けの国営紙の見出しである。
 "Myanmar will see more freedom of press to be bestowed in line with constituiton"
 
nlm_05_05_2011.jpg
( ↑ 大きくなります )

 (ビルマ)憲法に沿った、というのがミソであるが。
 
ということは、ビルマには報道の自由は、無い、というのが実状であろう。


 同じ日(5月5日)の紙面には英国BBCへの報道についての長い論説があった。
 見出しはこの通り。

 "BBC has entertained fabricated news blatantly again" というものである。
 
 ザッと目を通してみると、結局最後は、ビルマ国軍を賛美するようなものであった。

 "the Tatmadaw protects the nation and its smoothly transforming the nation from olf to new system with the sound foundation..."

 NLM_SML.jpg
 ( ↑ 大きくなります。1.5MB  )

 ビルマ(ミャンマー)は形の上では軍政は終わり、民主化されたのだろう。
 なのにいまだにビルマ国軍を表に出そうというのは、それこそ化けの皮がはがれた、
 といえるのではないだろうか。
 ふむ。

 

 
 ゆっくりと寝た。
 が、やっぱり何か悪い夢を見たようだ。 
 寝起きの気分がすぐれない。
 静かな朝を迎えたいのだが、階下と隣人の音が妙に気になる。
 
 休む時は休もう。
 で、この数日はカレンダーとおりにしてゆっくりしよう。

 
 チーズトーストにきうりをのせて、苦いコーヒーを飲む。
 

 黄砂の影響が弱くなったようだ。
 水面ははっきり、遠くにうっすらと対岸が見えるようになった。
 

 夕方、身体を動かすために出動。
 テクテク歩く。
 もう半袖でも良いくらいの暖かさだ。

 安売りスーパーでローファット牛乳、JFX2を買う。
 
 
 『砕かれた神』を読み続ける。
 米軍に殺害された(とされる)サマ・ビンラディン(ウサーマ・ビン・ラーディン)と
 昭和天皇が重なって仕方ない。
 主義主張のために、狂信的に戦争を推し進めた人として。
 あくまでも印象だが。
 ふむ。


 "EXTRAORDINARY MEASURES"(『小さな命が呼ぶとき』)を見る。
 結末は分かっているから、最後のシーンに向かってどれだけの展開があるか。
 そのことを期待したが、ハズレた。
 映画にするまでもない、テレビ番組で十分だな。
 


 ビルマ(ミャンマー)の国営英字紙『ミャンマーの新しい灯』
("The NEW LIGHT OF MYANMAR")
 米国によるオサマ・ビンラディン(ウサーマ・ビン・ラーディン)の殺害をどう伝えたか。

 して、ビルマの独裁者タンシュエ上級大将は、このニュースをどのように受け取ったのだろうか。
 
 記事自体は新華社のニュースを転載しての小さな扱いでした。
nlm_03_05_2011.jpg
( ↑ 大きくなります :画像を処理してます)

 
 朝8時過ぎ目を覚ます。
 なんだ、霞か靄か(って、見通しによって違いがあるんだって)、空がどんよりと黄土色っぽい。
 というか黄砂やんか。
 なんとまあ、ここしばらくなかった酷さだな、これは。


 ドイツパンを喰らう。
 日本のパンと違って、パン自体がズシリと重たい。
 まるで岩みたい。
 バリンバリンとプリッツェルも喰らう。
 

 写真選びが一段落し、しばしの間、ホッとできそうだ。
 再来週くらいから編集作業が始まる。
 束の間の息抜き、ってか。

 渡辺清『砕かれた神』(岩波書店)を開く。
 あの戦争を経ても日本の社会はそれほど変わっていないのではないかと思う。
 大本営発表を信じていたあの頃と、今と。
 頁をめくる。


 "Happy Myanmar New Year!" と時期はずれの(にも思える)挨拶状が届く。
 んでもね、ビルマ(ミャンマー)は4月半ばが新年だから、まさに今がその時期なんですね。
 はい。


 どうも胃が重たいのである。
 で、昼晩とシャビーな食事となる。
 納豆・海苔・白飯という具合。


 "OFF SCREEN" とい一風変わったドイツ映画を見る。
 ふむ。
 最後まで見て、監督の罠にはまったような感じだ。
 最後まで見る観客を何やら追い(問い)詰めるような内容なんだな。
 むむむ。


 >下の地図、日本がなくありませんか?
 
 「うに」さんによる右のコメントにも挙げましたが、
 確かに4月30日付けのエントリー 「地図に現れる意識、ってか」
  の世界地図には、日本がありません。

 うむむ。




 グズグズ起きる。
 ああぁ、今日は日曜日か。
 って、フリーランスは毎日が日曜日だけど。
 

 大阪が遠くなったなぁ。
 ということで、今日は大阪で報告会がある。
 ちょいと早め、13時半に家をでる。
 ちょいと早めに大阪に着いて、頭髪をチョッキンである。


 15時半ちょうど、大阪YWCA着。
 おお、お久しぶりです。
 国境以来・・・って3週間ほど前だけど・・・ですね。
 ご挨拶。

 16時ちょうど、ビルマ報告会~が始まる。
 私はビルマの全体像を話す。
 それを受けてNさんがビルマとタイの国境の難民の状況について説明。
 最後に、XX さんたちが感想などを。
 18時ちょうど、報告会終わり。


 テクテク歩いて、やっぱり天満方面なり。
 天満駅前の台湾食堂へ。
 店内にお客さんが少ない・・・って、ちょっと不安だったけど、杞憂でした。
 値段もとてもリーズナブル。
 味もなかなかでした。

 20時過ぎ、散会なり。
 JRで一緒に帰るRと、プチぐっちゃらです。
 ここまで来ると、ほんま、シャビー会もほぼ解散気味ですな。
 ふむ。


 話題になった小説『告白』の映画版を見る。
 キャスティングミスはあると思ったが、内容や話の展開はなかなか面白い。
 ああいう所でインド映画っぽくダンスを出すのは秀逸だな。
 うん。

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