ビルマの選挙日が11月7日と決まった。
さて、今後、ビルマに関して、どんな報道が日本でなされるのやら。
それを思うとちょっと気が重い。
その私の気分をまさに代弁してくれている本があった。
永井浩『アジアはどう報道されてきたか』(筑摩書房、1998年)である。
永井氏の著作から、ちょっと長いが、その内容を書き抜きしてみた。
( 縦書きを横書きに。また、ウエブで読み易いように改行した )
本文中に、私の知り合いの記者氏の名前も出ていた。
個人的な友人ではあるが、仕事はまた別の話と言うことで、もちろん、
そのまま引用した。
永井氏がこの本を書いてから、ゆうに10年以上が経った。
だが、ビルマを巡る情況は変わっていない。
もちろんビルマに関する報道も、ほとんど変わっていない。
私自身、在バンコク大手メディアの特派員氏に知り合いもたくさんいる。
( その多くの記者は当然、大体3年ほどで日本に戻ってしまうけど・・・。 )
その仕事振りも、じっくりではないが、いくつか見てきた。
そこでやっぱり、この抜き書きした部分が、まだまだ当てはまるんだなあ
と思った次第である。
もちろん、以下の文章は、自分自身の取材についても突きつけられたことである。
民主派 VS 軍事政権─対立のポイント
以上の経過をみただけでも、軍事政権がいかに国民の民意を反映しない政権であるかは
はっきりしている。
にもかかわらず、NHKの番組は、この政治的合法性を欠いた政権とそれに近いひとにぎりの
エリートのみによって、軍事政権の経済政策をひあすらバラ色に描きあげようとする。
「民主化なくしては健全な経済発展はありえない」というアウンサンスーチーさんの主張や、
彼女たちの民主化運動を支持する圧倒的多数の国民が軍事政権の自画自賛する
経済開発の成果をどのように受けとめているかは黙殺される。
だがこのような偏向報道は、NHKの「開かれた黄金郷」だけに限らない。この番組に
みられるような基本姿勢はほかのメディアのビルマ報道にも、濃淡の差はあっても一本の
赤い糸のようにつらぬかれているのだが、それを検証する前に、民主化勢力と軍事政権の
主張にもういちど耳をかたむけておこう。
両者の最大の対立点は、経済発展と民主化・人権の関係である。
私がアウンサンスーチーさんの口から直接、民主化陣営の考えを聞いたのは、彼女が
自宅軟禁を解かれてから二ヵ月後の一九九五年九月のことだった。
彼女はひさしぶりに見聞したヤンゴン市内の様子についての感想などをまじえながら、
「経済発展には民主化が不可欠」という持論をあらためて強調した。
「国民の生活は苦しく、人々は政治にさまざまな不満をいだいています。でもそれを自由に
口に出すことはできない。そのような政権のもとでは、国民は政府に対して受け身の協力
しかしようとしません。政治への信頼が確立されなければ安定した経済発展は望めません。
最大の課題は、民主主義を回復し、国民の政治への信頼をとりもどすことです。軍人が
政権の座につくまでのビルマは、東南アジアでもっとも発展する国でした」
これに対して軍事政権は、ビルマの最優先課題は経済開発であって、民主主義は二の次
だと主張する。しかもその舵取りができるのは、軍人だけである。ほかのアジア諸国も
そうやって現在の経済発展を達成してきた。
アウンサンスーチーは自国の現実を知らずに民主主義という欧米の価値観を直訳的に
適用しようとする外国の手先、国歌の破壊分子である。軍事政権はこうした理屈をならべて
彼女の政治活動を封じ込めるために、自宅軟禁という強硬措置にでたのである。
メディアはNLD弾圧をどう報道したか
では、「開かれた黄金郷」以外の日本のメディアは、このようなビルマの現実をどんな
視点から報道しているだろうか。
軍事政権と民主化勢力との攻防を公正・中立な立場から客観的に伝えているだろうか。
答えは、すでにふれたように、ほとんどのメディアもNHKと基本的にかわらない。
まず、軍事政権の誇示する「めざましい経済発展」をなんの疑いもない既定事実として
うけいれる。
そして民主化運動弾圧に問題がないわけではないが、軍事政権は経済発展や少数民族
との和平交渉ではそれなりの成果をあげていて、しだいに国民の支持を得つつあるという
ものだ。
一九九六年五月のNLD議員らの一斉逮捕をめぐってビルマ情勢があらためて大きく
取りあげられたときが、その典型だった。
読売新聞は、「民主化・安定・発展の三者を同時にかつバランスよく追求することは、
ミャンマーのように軍部が権力を握る国では、難しい課題」であると書いた。
TBS『ブロードキャスター』の嶌信彦キャスターは「フィリピンが民主化するとASEANで
いちばん経済が遅れてしまったのに対して、ほかのASEAN諸国は独裁的な手法で経済を
発展させた」と強権政治を肯定した。
そしてこうした主張の裏付けとして、「開かれた黄金郷」と同じような軍事政権の成果が
あげられる。
だから、軍事政権の強硬姿勢の背景には「順調な経済発展」への自信(読売新聞)が
あるとされる。「強気の裏に経済成長」(朝日新聞)「市長経済で民主化封じに自信
(毎日新聞)と各紙とも同じような見方だ。
テレビも「経済的にそこそこ上向きになって安定したことに対する軍事政権の自信」
(TBS・福島功男キャスター)
「スーチーさん批判が出てきたことも事実」(NHK「クローズアップ現代」原正年バンコク
特派員)「弾圧を知った一般市民が、安定を捨ててまで、ふたたび立ち上がるでしょうか」
(日本テレビ・庭野めぐみバンコク特派員)といった調子である。
経済発展によって国民の政治離れがすすみ、民主化運動の中核だった学生もノンポリ化
してきたという解釈なのである。だが本当にそういえるのだろうか。
ビルマ現地の声を聞く
たしかに、「開かれた黄金郷」でも放映されたように、ヤンゴンにはホテルやオフィスビル
などの高層ビルがつぎつぎに建設されている。政府発表によれば、一九九三年以来の
国内総生産は年間五~一〇パーセントの高さを示している。
外国からの投資も順調に伸びているとされる。ディスコに通う若者がいるし、外国のブランド
製品をあつかう店も生まれた。
だが問題は、一般市民の大半がそれによって豊かさを実感できず、現在のビルマが「黄金郷」
だと思っていなければ、軍事政権を支持していないという事実である。
・・・・・・。
軍事政権のたびかさなる民主化勢力への弾圧は、けっして「順調な経済発展」への自信の
あらわれではなく、逆に悪化する経済への国民の不満の高まりと、それが民主化運動に
結びつくことをおそれての結果にすぎない、と私は理解している。
私の知るかぎり、日本以外の世界のメディアもほとんどそのように報道している。
日本の報道がいかに的外れであるかは、日本の新聞・テレビによれば経済が発展して
政治離れがすすんできたはずの学生が、その報道の数ヵ月後の十月から数度にわたって
反軍政をさけんで街頭デモをくりひろげたことでも証明された。
一般市民のなかにも、学生たちを直接間接に支援する動きが見られたという。
ビルマの事情に精通したある外国人ビジネスマンは私に、「もしいま、秘密が保障された
公正な選挙が行われれば、やはりNLDが勝利するのはまちがいないだろう」と断言した。
もちろん、日本の新聞やテレビのビルマ報道がすべて偏向しているわけではない。
すぐれた報道や解説もないわけではない。
テレビ朝日の末延吉正記者の『ニュースステーション』でのリポートは、軍事政権による
一連の民主化運動弾圧を「本格的な民主化の動きを軍事政権がおそれた」ものととらえ、
それを裏打ちする数々の事実を精力的な取材と躍動感あふれる映像で伝えた。
「生存権さえ保障されていない」ビルマ民衆の声を拾い集め、日本の対ビルマ政策の変更を
せまった毎日新聞の大野俊記者の「記者の目」も印象に残った。
高坂正堯・京大教授はあるテレビ番組で、軍事政権をしきりに擁護するタレント政治学者の
桝添要一氏に対して、軍の政治への大幅な関与を明記した新憲法草案の内容などを指摘
して「こんな政権は現在の国際社会には通用しない」と反論していた。
ビルマ研究者による的確な解説もときおりは登場する。
だが大手メディアの基本的なスタンスは、いまみたとおりである。
ではなぜ、ビルマの現実からかけ離れた情報がこうも堂々とまかり通るのだろうか。
それは、多くの記者たちが、自分の足と耳と目をたよりに、現場でさまざまな事実をたんねんに
拾い上げていくなかでビルマの現実を判断していく、というジャーナリストとしての基本作業を怠り、
日本人特有のステレオタイプな見方に基づいて取材対象をつごうよく裁断しようとするためでは
ないかと思われる。
「開発独裁」というステレオタイプ
・・・・・・。
そもそもビルマ国民の多くは軍事政権の市場経済化政策を、国民を豊かにするためのもの
とはみていない。彼らからみれば、軍事政権は一九八八年に登場したのではなく、一九六二年
以来ずっとつづいているのである。
そして軍人に経済運営の能力がないことも証明ずみである。
にもかかわらず彼らが経済発展を旗印にかかげはじめたのは、政治的合法性を欠いている
ために、なんとかそれをカバーして国民の支持をつなぎとめる手段が必要だったからにすぎない。
つまり自らの延命のためである。そしてそれは同時に、軍人たち特権層のふところも肥やして
くれる。一石二鳥なのだ。
(PP.107-118)
日本におけるビルマ報道
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