ビルマ(ミャンマー)写真の最近のブログ記事



 ビルマ写真 (ミャンマー写真)-5000枚
 (Burma photo / Myanmar photo)-5000 images


http://www.uzo.net/asia/burma/burmatop.htm




 

年賀はがき用のイメージ(丑)

 来年のお年玉付きの年賀はがきの発売が今日(10月30日)
 始まったとか。

 来年の干支は、丑、ですね。

 私自身は全く年賀葉書を書きません。
 今年は、仕事をのぞいた年賀葉書は4枚くらいだったかな。
 失礼にも、お返しをしていません(申し訳ない)
 
 そこで、丑にちなんで、絵はがき用の写真イメージをアップ
 します。

 以下の写真、ご自由にダウンロードしてお使いください。
 プリンターの設定は 1440dpi X 1440dpi 以下に設定した方が
 綺麗に仕上がると思います(ドットがつぶれないので)

 
  bu01431.JPG
 約600KB, JPGイメージ,  360dpi,  15cmX10cm 

  DSC_5026.jpg
 牛+牛+牛を組み合わせて犇(ひし)めく、と書きますね。
 ほんと、犇めいています。
 約1MB, JPGイメージ, 360 dpi, 15cm X 10cm

プリント写真ダウンロード

 写真展で展示しましたプリントをオンラインで販売します。
 1枚=10,000円

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 1440X1440 dpi 以上のプリンターをお持ちでしたら
 高解像度写真をご自宅でプリントできます。

 300dpi 44cm X 29cm (5190 pixel X 3455 pixel):
 A3ノビサイズ
 
 ダウンロードファイルサイズ:
 1ファイル当たり:30MB75MB
 --------------------
 【振込先】
 
 郵便局
 振替口座
 口座番号:00990-4-266753
 加入者名(口座名称):宇田有三
 (振り込み手数料をご負担願います)
 
 *振り込み確認次第、IDとPWをメールにて送信します。 
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 以下、ご希望のイメージをクリックするとダウンロードの
 ページにアクセスします。
 
 ID と PW を入力願います。
 回線によって時間がかかります。
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 (1)
  bub0001.jpg
 アウンサンスーチー(Aung San Suu Kyi)、1996年 

 (2)
 
bub1004.jpg
 アウンサンスーチー(Aung San Suu Kyi)、1996年
 
 (3)
  bub1001.jpg
 アウンサンスーチー(Aung San Suu Kyi)、1996年

 (4)
  bub000.jpg

 アウンサンスーチー(Aung San Suu Kyi)、1996年

 (5)
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 アウンサンスーチー(Aung San Suu Kyi)、1996年
 
 (6)
 
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 アウンサンスーチー氏が書記長を努める国民民主連盟
 (NLD)党の本部前。
 6月19日はスーチー氏の誕生日である。
 民主化活動家とスーチー氏の支持者はこの日(2007年)、
 軍事政権側の嫌がらせにも拘わらず、NLD党本部に集まった。
 完全に抑え込まれているように報道されているビルマの
 民主化活動であるが、自らの正しいと信じる所に従って
 行動する人は、軍事政権下の暴力の下にも存在している。
 そんな彼ら彼女たちの存在を忘れてはならない。

 (7)
 
DSC_3019.jpg
 2007年9月の「サフラン革命」の際、アウンサンスーチー氏の
 自宅へ通じる道は閉鎖された。

 (8)
 
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 (9)
 
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 ビルマ(ミャンマー)の第2の都市マンダレーはかつて、
 ビルマ王国の中心地であった。王宮を巡る堀の四方に
 かつての反映の面影を忍ばせる。今はその影の向こうに
 衛星放送のアンテナが姿を現す。

 (10)
 
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 イラワジ河(エーヤワディ川)、2003年

 (11)
 
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 パガン(バガン)の夜明け、2003年 (Pagan/Bagan)
 
 (12)
 
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 (タニンダイー管区、2003年)

 (13)
 
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 カレン人の心のふるさと、ズゥエカビン山。
 (カレン州、2005年) 

 (14)
 
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 夜明け間、朝食の揚げパンを買いに開いたばかりの食堂へ
 向かう女の子。熱帯のイメージがあるビルマであるが、
 中央から北の高原ビルマでの気温は低く、朝霧が立ちこめる
 ことも多い。
 (シャン州、2006年)

 (15)
 
DSC_3475.jpg
 カチン州、2007年

 (16)
 
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 ビルマ最北の村(タフンダン村)へ近づくにつれ、雪を頂いた
 山々を臨むことができる。
 (カチン州、2007年)
 
 (17)
 
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 日本の約1.8倍の広さを持つビルマ。
 その広い国土を北から南に貫く川は、3つある。
 イラワジ河(エーヤワディ河)、サルウィン河(タンルウィン河)、
 チンドウィン河である。

 チンドウィン河やイラワジ河の名前は、第2次大戦時の日本に
 よるビルマ侵攻の歴史を振り返るとたびたび眼にする。
 当時の日本軍の壊滅に繋がったインパール作戦の失敗時の
 ことだ。
 当時の激戦の面影は今は全くなく、現地の人の静かな暮らし
 がある。  

 (18)
 
DSCF0330.jpg
 
イラワジ河の支流の一つの河口。
 夜明け直後、人びとが手こぎの通船に乗って動き出す。
 (2007年)

 (19)
 
DSC_9452.jpg
 ビルマ国内で政治に関わる行動をすることは危険である。
 庶民の暮らしの苦しさを訴えるだけでも軍事政権から弾圧の
 対象となる。人びとは声を潜めて日々の不平不満を晴らす
 しかない。
 その中でも、例えばウー・パパレイ(マンダレー在住)という
 コメディアンは、当局者の警告にも関わらず、軍事政権を
 笑いの種にして庶民の代弁者となっている。
 ウー・パパレイ(パパレー)はこれまで何度となく逮捕・拘束され、
 獄中の人となっている。
 
 (20)
 
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 ビルマ新年、2007年

 (21)
 
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 パオー民族のシンピュー式、2007年

 (22)
 
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 宗教の違い、民族の違い、それ以外に生活形態の違いが
 社会の中に存在する。
 仏教徒の新年を迎える「水かけ祭り」(ダジャン/ティンジャン)が
 表なら、庶民の生活に根ざした精霊信仰「ナッ神」を祀る
 「タウンビョンの祭り」は裏の存在である。
 その「タウンビョン祭り」の中心の司祭(ナッカード)の多くは今、
 同性愛者が努める。
 (マンダレー管区、2007年)

 (23)
 
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 みずかけ祭り(ティンジャン/ダジャン)、2007年

 (24)
 
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 カレンニー軍の記念日に集まったカレー民族戦線の兵士たち。
 (カヤー州/カレンニー州/カレニー州、2007年)

 (25)
 
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 ヒンズー教徒の火祭り、モン州・2003年
 
 (26)
 
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 ラングーン(ヤンゴン)のムスリム、2005年

 (27)
 
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 ビルマは英国の植民地であったことは知られている。
 その英国の植民以前に、ビルマの南方はポルトガルの
 支配下にも置かれていた。
 その後、ビルマ人とポルトガル人の末裔がマンダレーの
 郊外に移り住んだ。
 その末裔の村を訪れると、青い眼や緑の眼をしたビルマ人に
 会うことができる。
 (ザガイン管区、2007年)

 (28)
 
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 ビルマは40~135もの民族が暮らす多民族国家だと
 されているが、その分類の中にさえ含まれない人びとも
 存在する。

 ビルマ最北の地に暮らすタロン民族のダウェさん(55歳)が
 ラワン民族の子どもたちに囲まれる。
 ダウェさんは、東南アジアでも珍しい、極めて背の低い
 民族(ピグミー)である。
 歴史的・文化的な背景から、現存するタロン民族はダウェさんと
 その姉妹の3名のみになってしまった。
 この3人がいなくなると純粋なタロン族はこの地球上から
 滅んでしまう。
 (カチン州、2007年)

 (29)
 
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 村の教会にて、2007年・カチン州
 
 (30) 
 DSC_4515.jpg
 キャラバン隊、カチン州・2007年

 (31) 
 ka93011b.jpg
 
公式発表では1984年以来、ビルマとタイの難民キャンプには
 軍事政権の迫害から逃れた、主に「少数民族」のカレン人たちが
 住む。
 その難民数はこの20年以上、増えることはあっても減ることは
 ない(2008年現在、国外避難民は約14~20万人)
 
 夜明け直後の難民キャンプ。朝餉の準備の音にまじって、
 子どもたちの暗唱する声があちこちから聞こえてくる。
 少女が一人、家の端にしゃがみ込んで学習内容を暗唱していた。
 (クレコー難民キャンプ:ビルマ-タイ国境、1993年)

 
 (32) 

 
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 日が沈む前、合図をしたわけではないのに、それぞれの
 家から一斉に水くみに出かける人びと。
 水瓶の形から、隣国バングラディシュと国境を接する
 ラカイン州(ヤカイン州)だと分かる。
 (ラカイン州、2003年)

 (33)

 
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 田舎に暮らす者は誰もが働き手の一人。
 夕暮れが近づき、男の子が一人小川から水をくんで
 帰り道を急ぐ。
 (カチン州、2007年)

 

 (34)
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 僧院への帰りを急ぐ幼い僧。
 2003年、イラワジ管区(エーヤワディー管区)

 (35)
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 炎天下での稲刈り。
 顔にはビルマ(ミャンマー)特有の「タナカ」を塗る。

 (36)
  05bub071.jpg
 ビルマの民族衣装ともいえる巻きスカートを「ロンジー」という。
 男性用は「パソウ」、女性用は「タメイン」とも呼ぶ。

2016年1月

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