韓国の最近のブログ記事

植民地支配の産物、ってか


 約4ヵ月分の新聞の切り抜きを済まし、いくつか気になった記事を読み直す。
 
 自分の取材対象でもあった元「慰安婦」のことを再考せざるを得ない。
 元「慰安婦」の問題は、先のアジア・太平洋戦争だけの問題ではない。

 
 これは日本の朝鮮支配、1910年からの「植民地支配の産物」なのだ、ということである。
 取材記者自身がそのことに気づいていないと、その報告も自ずと限られてくるだろう
  (自らへの反省を込めて)

 
 というのも、1000回目を迎えた「水曜日集会」を報告する際にも、当事者である元「慰安婦」に
 直接しようとする日本のメディアがほとんどいなかったことである
 (私自身がその場にいたというから、というわけではない)

 
 「水曜日集会」1000回目の記事は、あくまでも題目は、日韓関係が主であるようだ。

 また、『毎日新聞』は社説で、「日本側にも道義的な責任はある。」としているが、
 これはあくまでも「法的責任を否認するつあめのレトリックとして機能している」としか読めない。
 
 つまり、

 --------------------
 
 「法」が未整備であった状況での犯罪、あるいは「法」の主体となることを
 歴史的に否定されてきた人々に対する犯罪、これに現存する「法」の範囲を
 超える犯罪の責任を問い、補償を行っていくためにこそ、「法」の上位の概念
 としての「道義」が問題となるのである。そして、場合によっては、このような「道義」の
 認識にもとづいて新たな立法が行われ、「道義的責任論」が新たな「法的責任」を
 生み出すことにつながる。
 (徐京植『植民地主義の暴力』高文研、2011年)
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 「水曜日集会」1000回目を迎える前夜、「ナヌムの家」のラウンジにてテレビに見入るハルモニ
 (ハルモニの部屋にはそれぞれ、個人用のテレビをもっている)
009.jpg

いつも通りの朝、ってか

 
 韓国ソウルの日本大使館前で12月14日、元「慰安婦」による「水曜集会」1000回が行われた。

 ビックリするくらいの参加者、取材者の数であった。

 
 が、当事者であるハルモニたちはその日の朝、「ナヌムの家」ではいつも通り、
 なんら変わらぬ朝を迎えていた。

 
 いつも通り、みんな揃って朝食をとります(今日は特別で、お客さんがいてはりますが) DSC4355.jpg


 朝から証言を聞きに来た人に目を潤ませながら自分の経験を話す姜日出(カンイルチュル)
 ハルモニです。
DSC4385.jpg

 
 
 「ナヌムの家」から車で約1時間半、ソウルの日本大使館(レンガ色の建物)前に到着しました。
 
 さ、今日は1000回目の「水曜日集会」だ。
 姜日出ハルモニと金順玉(キムスノック)ハルモニ。
DSC4478.jpg

 
 詳しくは今週発売の23日(金)号の『週刊金曜日』にて。

「像」とか「碑」とか、ってか


 韓国ソウルの日本大使館前で12月14日、元「慰安婦」による「水曜集会」1000回を
 記念して像が設置された。

 さて、この像を各メディアはどう表現したか。
 
 過去にこだわるのか、過去に学んで将来に向けて進んでいこうとしているのか。
 
 ちょっとだけですけど、違いが分かりますね。

 『産経新聞』は「慰安婦の碑」
 『朝日新聞』は「元慰安婦の少女時代を題材にした記念碑」
 『読売』は「いわゆる従軍慰安婦の碑」「従軍慰安婦問題を連想させる少女のブロンズ像」
 『毎日新聞』は「元慰安婦の少女時代を象徴するブロンズ像『平和の碑』」
 『サーチナ』は「慰安婦平和の碑」
 『ロイター』は「慰安婦問題を象徴する少女像」
 『共同』は「被害女性を象徴する少女のブロンズ像『平和碑』」
 『時事』は「慰安婦問題を象徴する少女の像」
 『中央日報日本語版』は「慰安婦平和の碑」
 『朝鮮日報日本語版』は「慰安婦の平和碑」
 『毎日中国経済』は「記念碑」
 『聯合ニュース』は「慰安婦を象徴する少女の像『平和の碑』」

 0_DSC4704.jpg
 

何とか一枚、ってか

 
 7時前、目が覚める。
 さ、今日が本番だ。
 ちょいと気合いを入れる。
 
 まずは荷物をまとめておこう。
 ごそごそ。
 8時前、食事風景を撮影。
 今日という特別の日だから、撮影もオーケーかな。

 インターネット雑誌の取材インタビューを受けていました。
 写真を撮ろうと思ったら・・・「ダメ!」と。
 
 ▓▓ も朝から、ドキュメンタリー取材陣に自分の過去や今の暮らしを
 力を込めて、目に涙を浮かべ、
語ってました。

 10時出発だというが・・・いつでも出発できるようにしておいた方が良いね。
 ・・・・・・。
 スタッフカードは・・・要らない、とも。
 ちょいと不安ですけど。

 あ、やっぱりだ。
 いつもより1時間早い、9時半の出発になった。
 ・・・、ウルサイ、って怒られるし-。
 とほ。

 11時、着。
 うわぁあ。
 すごい数の人出と取材陣のカメラの放列だ。
 10年前の10倍はあるよ、これは。
 びっくり。
 
 ・・・・・・。
 長いよ。
 2時過ぎ、おわり。
 ふぅ。

 で、皆と一緒にお昼を食べに行く。
 
 ・・・、まずはニュース写真と長めのキャプションを送らねば。
 改めてラップトップで撮影した写真を確認。
 ふぅ~、あれだけの取材陣の中で、最後の最後にベストポジションを確保できた。
 なんとか記念となる一枚を撮ることができました。
 ホッ。
 ペチペチペチペチペチと編集なり。
 ビュン、と送信。

 と、本ちゃんの雑誌用の写真は今夜中に送れば良いと。
 ふぅ、時間的な余裕ができた。
 近くの食堂に夕食を食べに行く。
 ま、焼き肉は食べられへんかったけど、お腹一杯。
 まあ、満足かな。

 大阪のO氏から朗報届く。
 やったね~。
 
 さ、ひと息ついたところで写真選択と編集だ。
 ペチペチペチペチペチ。
 日付けが変わる前に、候補写真6枚をビュンと送信。
 ふぅ。
 なんとか間に合いました。
 
 ゆっくりとお風呂に入るのだ。
 ポカポカ

 

東北の震災取材、ってか

 
 6時半過ぎ目が覚める。
 窓の外を見るとまだ暗い。
 真っ暗というわけではないが、夜明けを感じさせる暗さでもない。
 
 ・・・。
 車の窓はびっしりと霜が降りて真っ白だ。
 まあ、東北の震災取材っぽい、ってか。
 ・・・。

 昼食はかっきり12時過ぎ。

 早めの夕食なり。
 5時前は早すぎるか。

 
 
 <かなり抜粋>

身体がポカポカ、ってか

 
 やっぱり・・・はちょいと苦手かな。
 身体が温まりすぎるので。
 ポカポカだよ。

 で、電気を点けたまま、知らぬうちに寝入っていた。
 3時過ぎ、消灯、なり。

 7時過ぎ、起きる。
 B1で、まあ、シャビーな朝食なり。
 ま、仕方ないか。

 電話あり。
 ああ、ちょいとてんてこ舞い。
 いやね仕分けが必要なので、ね。

 久し振りにカメラマンジャケットを着る。
 もちろん DOMKE 純正だよ。

 ・・・・・・。
 11時20分、6番出口で待ち合わせ。
 うどん屋に入る。
 
 
地下鉄で移動。
 バスに乗り換える前、夜食を調達なり。
 DDでお茶。

 バスに乗る。
 約1時間弱。
 あ、下りるところを間違えた。
 うー、重たい荷物を持ってバスの停留所一つ分歩く。
 ・・・・・・。

 うわ、車が
立ち往生。

 
 まじって行動。
 写真をペチペチ撮ります流。
 
 
18時で・・・って。 
 そんなー。
 
 身体がポカポカして、うたた寝ばかりなり。
 頭が回りません。

 
 <抜粋>

10年前のスカーフ、ってか


 取材の準備をしていたら、押し入れからこんなスカーフが出てきた。

 10年前、ソウルでハルモニからもらったものでした。

 うん。

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戸惑う女子高生たち、ってか


 韓国・京畿道(キョンギド)広州(クワンジュ)市郊外に建つ「ナヌムの家」(2011年11月2日・水)

 994回目の「水曜日集会」の朝、広州市内の女子高生2年生約30人が「ナヌムの家」を訪れ、
 ハルモニにご挨拶。
 
 その後、彼女たちは敷地内の清掃のボランティアに精を出す。

 ハルモニを前にした女子高生たち、最初はどこかぎこちなく、戸惑い気味でした。

 
 多くは説明しませんが、分かる人には分かる状況です。

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